Coolier - 新生・東方創想話

浮世に愁う、黒死の蝶

2005/05/23 10:01:36
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私が望めば彼は死ぬ
私が願えば彼女は死ぬ
私が祈れば貴方が死ぬ

・・・たとえ 私が死を求めずとも・・・


私は幸福だったと思う。
幸福の定義は様々。例えば愛情 例えば友情 地位や名誉あるいは
富にそれを求めることもあるだろう。
それは相対的なものであり、他者からの客観によらず主観によって
持たらせるものであり、幸福の条件など万人に当てはまるものはない。
ただし あくまでも私の主観ではあるが、万人に当てはまる幸福の定義
を挙げるならば・・・

他人の死を望まずにいられること だ。

私はこの地域一帯を統べる領主の娘として生を受け、頼れる父と優しい
母 そして屋敷に仕える者達に愛情込めて育てられた。
父は豪放な性格ながらも細やかな心配りもでき 領民の信望も厚く
母は美しき人であり 穏やかな微笑を絶やさず 父の支えとなっていた。
二人とも私の自慢の両親であった。
父は領主であるともに この地に1000年前から存在する妖桜を封ずる
役目を持っていた。妖桜がその花を咲かす時 この地に住まうもの全てに 
厄災が訪れるという伝承もあったが、この妖桜が咲いたところをみた者は
なく記録にも残っていないため 現在では子供を脅かすための怪談話の一
つに過ぎなかった。

私は領主の娘として また尊敬する父母の自慢となるように 勉学に
詩吟に 舞踊に励んだ。
父母に 師に 友達に誉められるたびになお励み、領主の娘としてだけで
なく私自身を周囲に認めさせていった。

私は皆を愛し 皆は私を愛した。

私は皆の幸せを心から願ったし 皆も私の幸せを願っていた。
そう信じていた・・・



そんなことは ありえないのに・・・


結局 私は鈍感だったのだろう 
最初はちょっとした違和感。だが一度自覚すると それは確かな悪意として 
存在していた。
私は他人を羨んだことはない だから他人を妬んだこともない
ゆえに気付かなかった 
羨望は嫉妬に成り代わるということを。

今になって思えば それほど大したことではない。
持ち物を隠されたり つまらない噂を流されたり
気にしなければ それで終わる その程度のものだった。
何といえども 私は領主の娘。それ以上の事をして大事にする訳にはいか
ない。私に悪意を持つ者もその程度の計算はしていただろう

だが私の世界は 周囲の愛情 優しさに守られ続けた私の世界は・・・

その程度の悪意に 容易く蝕まれていった。


ある日 いつものように舞踊の稽古を終えた帰り道 その娘達に囲まれた。
娘達は口々に あの程度の踊りで・・・だの 領主の娘だから・・・等と
嫌味ったらしい言葉を投げ掛ける。
普段の私であれば、唯々俯き じっと耐えているだけだったろう。
我が身を省み反省し このような事を言われない様にしなければと
只 自分を責めるだけであっただろう。
その日はたまたま機嫌が悪かったとしか言い様がない。
その日 私は初めて 生まれて初めて こう思ったのだ。

「邪魔だ」と・・・

その時 私の側を ひとひらの蝶が 墨染めのように黒い蝶が 通り
過ぎた気がした・・・

「ぐっ!」
突然 目の前の娘達の一人が胸を掻き毟るようにして 倒れ伏した。
周りの娘達も 勿論この私も 何が起きたのか一瞬理解出来なかった。
娘の一人が、倒れ伏した娘を起こそうとしその娘が 「死んでる・・・」
と呟いてもなお 私には理解できなかった・・・

あれは私がやったのだろうか・・・布団に包まり震えながら 昼間の事
を思い返す。確かに私は彼女を邪魔だと思った。だが思っただけだ。
私は何もしていない。
だが・・・ 生まれて初めて私の中に生まれた悪意。それは未だに私の
中に燻っている。お腹の底にどんよりと沈殿している。その暗い炎は
その澱みは・・・
私が彼女の死を望んだ事を伝えていた。

そんな馬鹿な 望んだだけで人が死ぬはずがない。あれはただの偶然だ。
彼女はもともと病気かなにかだったのだ。

そう思い込もうとした。思い込んだ。思い込めるはずだった。

それでも その夜は結局 一睡もできなかった。


翌朝 私は布団から起き出すと 顔を洗うために井戸へ向かった。
まだ春先であり水は冷たかったが、少しは気を晴らすことができた。
昨日のあれは ただの偶然。
それが私の出した結論であり、それ以外には考えようがなかった。
望むだけで死を与えるなど 神様じゃあるまいし そんなこと私なんかに
出来る訳がない。

だが もしそんな力があるなら・・・それを自覚していたならば・・・
私は彼女に力を使っただろうか・・・
また思考が堂々巡りを始める。昨日考えても仕方のないことと割り
切った筈なのに。

その時 井戸の淵に二羽の雀が降り立った。私はなんとなく雀を眺め

「死んじゃえ」と呟いた

別に雀が嫌いだった訳ではない。ただ自分にそんな力はないのだと
確認したかったのだ。

二羽の雀が共に地面に落ち しばらくもがいてから動かなくなった時
私は獣のような叫びを上げ 地面に倒れた。



・・・意識を失う瞬間 あの 墨染めの蝶を 見たような気がした



それからの私は部屋に篭り続けた。父も母も従者達も心配して部屋に
訪れようとしたが 私は頑なにそれを拒んだ。

人に会うのが怖かった。 
自分がまた誰かを殺してしまうのではないかと怯えた。
何より 自分にそんな力があると知られてしまうのが恐ろしかった。


そうして2年の時が過ぎた・・・


2年も経てば世界も変わる。最近は部屋の前に食事が出される以外
部屋を訪れようとする者もいない。時々、父と母の諍いの声が聞こえ
てくることがあった。
あんなに仲の良かった両親が私の所為で争っていると思うといたたま
れなかった。
自らの死を望んだ事もあったが それを実行する勇気もなかった。

部屋に篭っていても 従者達の声は聞こえてくる。どうやら戦が始まっ
たらしい。私の父も領主として戦陣に立つそうだ。
父の無事を心から祈りながら それでも 出陣前に部屋を訪れた父に
会う勇気は出せなかった・・・

戦は負けたそうだ。父は捕らえられ斬首されたらしい。母の泣き声を
聞きながらも 私は酷く冷静だった。
今更 私に嘆く資格があるはずもない・・・

敵の軍勢がこの町に攻め入るそうだ。従者達の殆どは逃げ出したが
母と一部の従者はこの屋敷に残るらしい。母は私に逃げるよう勧めた
けれど、私もまたこの屋敷を、この部屋を出るつもりはなかった・・・

やがて 屋敷に踏み込んでくる何十もの具足の音が聞こえてきた。屋敷
に火を掛けられたのか轟々という音と、刀をかち合う金属音が聞こえて
くる。時折聞こえてくる悲鳴に怯えながらも、私はここで死ぬ覚悟を
固めていた。私は人殺しだ。他人の命を奪った私。ならば私の命もまた
他人に奪われるべきだと。
私が命を奪った彼女に比べれば 命を奪われる前に覚悟するだけの時間
を与えられた私。今更ながら彼女に対し申し訳ない気持ちになった。

そしてついに 2年間閉じられていた扉が蹴破られた。

男は鎧装束を血で染め、同じく血に染まった刀を下げていた。
私は正座したまま 瞳を閉じる

覚悟はできた。 さぁ 終わらせて下さい。

男が近づいてきた。覚悟は固めたつもりだったが全身から汗が吹き
出る。震え出す身体を必死で抑え、その時を待つ。

だが 中々その時が来ない。不審に思い薄目を明けると・・・
男が私の顔を覗き込んでいた。

「ほぅ 中々別嬪じゃねぇか」
男はそういって私を押し倒し馬乗りになる。
「な、何を!」
叫ぼうとする私の口を右手で抑え 私の着物を引き裂く。
私は理解していなかった。戦場において女がどのような扱いを受ける
のかを。

そして私は見た。開け放たれた向かいの部屋で 胸に刃を突き立てられ、
すでに絶命している母に男達が群がっているのを!



「どけ」



その声は私の声とは思えない程 暗く冷たかった。

私の上に乗っていた男が絶命する。

私は立ち上がり 母のもとへ向かう。私の周りをひらひら ひらひらと
無数の蝶が舞う
あの 墨染めの蝶が!

母に群がっていた男達が私に気付き 刀を手にして立ち上がる。私に
対して不審な目を向けるが、私は男達の事など見てもいない。

ただ 母だけを 見ていた。

胸に突き立っているのは我が家に伝わる守り刀。おそらくはここで
男達と戦い 刀を奪われ逆に刺されたのであろう。
母の部屋はもっと屋敷の奥にある。ここで 私の部屋の前で戦った
ということは・・・

守ろうとしたのだろう 2年間 心を閉ざし顔も見せなかった娘の事を。

私は何をしていたのだ。母がここで必死に私を守ろうとしていた間、
ここで殺されるのが宿命だと、自分が殺した彼女に対する償いだと、
自分勝手に思い込んで!
私ならできたはずだ。父を、母を、周りの皆を、この忌まわしい力で救う
ことが。私が死を望みさえすれば・・・ 

「こんなふうに!」

男達に殺意を向け、黒蝶を飛ばす。黒蝶が触れただけで誰一人 例外も
なく 声すら上げる間もなく 絶命する!

騒ぎを聞きつけ 新たに十人程が駆け付けるが 殺意を向けるだけで
殺す。
殺す度に私の周りの黒蝶は数を増していく。
まだだ。まだ気配を感じる。この屋敷に、この町に、この国に!
まだまだ敵の気配が溢れている!

「みんな。みんな! 死んでしまえっ!」

叫びと共に数十、数百、数千の黒蝶が一斉に羽ばたく!
生命を奪うために。 死を与えるために。


そして・・・

・・・誰もいなくなった・・・




全てが終わり 私は一人 妖桜を訪れた。

妖桜は 妖しく 荘厳に 華麗に 幽玄に 満開に咲き誇っていた。

「言い伝え・・・ホントだったんだ・・・」

もっともこの地に死を齎したのは妖桜ではない。この私だ・・・
この私なのだ・・・
街は死体の山。 敵も味方もなく 男も女もなく 子供も老人も 等しく
平等に死は訪れていた。
死はどこまで広がったのだろう・・・ひょっとしたら この世界で生きて
いるのは もう 私一人かも知れない。

生き残った人を探して彷徨う。 結局・・・生き残った人は見つからず
私は一人 妖桜に辿り着いた。
涙が流れる・・・そんな資格がないと解っていたが、どうしても涙が止ま
らない。
満開の妖桜に、生まれたての小鹿のような頼りない足取りで、一歩一歩
近づいていく。

あぁ 綺麗だ・・・
ひらひらと 花びらが まるで薄紅色の蝶のように 風に舞う。
まるで死者を弔うかのように 哀しきこの世を愁うかのように・・・


これからどうすれば良いのだろう 誰に謝れば良いのだろう どうやって
償えば良いのだろう

誰に問うでもなく問いかける

勿論 答える者などない・・・
その答えなどない答えに・・・



「教えてあげましょうか?」

応える者がいた。


驚いて顔を上げると、妖桜の枝に一人の少女が腰掛けていた。

年は私と同じくらい。 そういえば顔も似ている気がする。その凝った
意匠の和服は白く 額の三角巾とあわせるとまるで死装束のようだった。

「あ、あなたは誰?」

少女は優雅に微笑むと枝から降りる。フワリとまるで重力を感じさせず
ソッと優しく地面に降り立つが・・・

「んきゃん!」

足を滑らせ尻餅を付いた。

「あいたたた・・・せっかく 格好よく決めてたのに~」と間延びした声で
呟く。そんな緊張感の欠片もない声や仕草に私は・・・


・・・恐怖を感じていた・・・


何なのだ この娘は。理屈ではなく理由もなく 私には解る。
望むだけで 祈るだけで 願うだけで死を与える私が・・・
望まずとも 祈らずとも 願わずとも死を与えてしまうこの私が・・・

・・・この娘を  殺すことは できない。

身体が震える 歯の音が合わない 膝がガクガクと笑い倒れ込んでしまい
そうだ。何故こんなにも怖いのか それすら解らないのに。

「あ~ では改めて。さっきの続きだけど・・・教えてあげましょうか?
これからどうすれば良いか、誰に謝れば良いか、どうやって償えば良いか」


少女は相変わらず、間延びした声で 威厳などなく まるで友達に話すかの
ように気楽に語る。

「答えは一つ 『気にしない』よ。『誰』を『いつ』『何処で』『どうやって』
『何の為に』『何人』殺そうと気にする必要はないの。気にする必要は全然ない
のよ」

何でもないことように 先程までの気楽な口調から 何一つ変わらないままで
・・・そう語る。

「人を殺してはいけない理由・・・そんなものはないわ。理由があれば殺しても
良いのかという話よね。だから貴方が何人、何十人、何百人、何千人殺そうとも
全く気にする必要はないの・・・」

こいつは・・・何を言っているんだろう。人殺しなど許されない 許される筈も
ない。段々と怖れが怒りに代わる。

「ただね・・・殺しても良いということは、殺されても文句は言えないという事。
人が人を殺すことを罪と呼ぶのは、自分が殺されたくないからだけなの。
だから、貴方のように自らの死を覚悟しているならば・・・殺したいだけ殺せば
いい。私にとってはどうだっていいことよ」

勝手なことを!私がこの能力でどれほど苦しんだか知らないくせに!

私が望めば彼は死ぬ
私が願えば彼女は死ぬ
私が祈れば貴方が死ぬ

・・・たとえ 私が死を求めずとも・・・

だから誰にも関わらないように生きてきたのに!
誰も憎まぬよう 誰も羨まぬよう 部屋に一人で篭っていたのに!
貴方なんかに私の気持ちが解る筈もない。
私は誰も殺したくなかった。誰一人殺したくなかった!
こんな能力 欲しいと望んだことなんか一度もなかったのに!
それを・・・その気持ちも知らぬ者が勝手なことを言うんじゃない!

怒りが殺意に変わる。殺意に応え 墨染めの黒き蝶が 狂ったように
踊り回る。数え切れぬ程の無数の黒蝶が 津波のように彼女を包み
込もうと押し寄せる!

「あら。私を殺す気?残念だけれど私はすでに死んでいる。今日ここに
来たのわね。貴方を連れにきたのよ・・・冥界にね」

彼女は微笑みながら 懐から取り出した扇を広げ口元を隠す。
彼女の周りにもまた 幻の蝶が舞う 赤、黄、青、緑、橙、藍、紫 
そして

・・・私と同じ墨染めの蝶が・・・





勝負にもならなかった。私の蝶は悉く弾き飛ばされ 彼女の蝶は全て 
私を貫いた。

混濁した意識の中で私は見た。
彼女が妖桜に手を付いた瞬間
満開の花が弾けるように散っていくのを・・・

まるで 舞い散る雪のような 切なく 哀しい情景だった・・・

「この木は 西行妖の分け木。人の生命を吸い上げ 花を咲かす妖樹
よ。自分では何一つ出来ないかわり 自分が選んだものに能力を与え
る・・・死を操る能力を」

「生死は天が決めるもの。それを覆す貴方の能力は人の手に余るもの。
だから私が迎えにきたの。
私の名は 西行寺 幽々子。冥界の白玉楼の主。生死を司るものよ」

彼女の言葉が遠くなっていく・・・

「お眠りなさい・・・冥界には浮世の愁いなどない・・・白玉楼は貴方を
歓迎するわ」

意識が消えていく・・・私は安心する・・・

あぁ これで・・・怯えなくても良いんだ・・・辛かった・・・苦しかった・・・
そして・・・淋しかったよ・・・
父さま 母さま みんな・・・会いたいなぁ・・・

「会えるわよ・・・白玉楼でね」

その声はとても優しく 私は穏やかな気持ちで 眠りについた・・・








「幽々子さま。何か最近 幽霊の数が凄く増えたんですけど・・・」
彼女は魂魄 妖夢。この白玉楼の庭師だ。
私は寝起きでぼーっとしていた。幽霊は朝に弱い。幽霊が朝に出たなんて
話が何処にも残っていないのだから、これは確かなことだ。
「何言ってるんですか。もうお昼を過ぎてますよ」
そういえば 太陽はすでに真上にある。大分、寝過ごしてしまったようだ。
「それより 幽霊が凄く増えてるんですけど!また幽々子さま何かやった
んですか?」
失礼な物言いである。しかし何かしたのも、またなのも、事実なので
とりあえず惚けておくことにする。


その時 庭の片隅でそれを見つけた。


私は草履を履くと それのもとへ歩く ゆっくりと 怯えさせないように

それは庭の端で一人蹲っている白い幽霊だった。他の幽霊たちはみんな
気楽に 気ままに この白玉楼の庭を飛び回っているのに この幽霊だけ
は 一人隅っこで蹲ったままだった。

私が手を伸ばすと びくりと震えるが、それでも逃げ出そうとはしなかった。

私は優しく微笑み、その怯えたままの傷付いた魂に語りかける・・・




「ようこそ 白玉楼へ」



                                  ー終ー
2回目のはじめまして。床間たろひです。

妖々夢でのアルティメットトゥルース⇒幽雅に咲かせ、墨染めの桜⇒ボーダーオブライフにやられた私として

は、幽々子様はカリスマ溢れるお方なのですが・・・永夜抄でのボケッぷり。いや・・・もう・・・なんて

いうか・・・大好きです!(最終面の「妖夢・・・目の前の永遠を斬りなさい・・・」には痺れたなぁ)

というわけで、一つご感想など宜しくお願い致します。
床間たろひ
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コメント



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9.60てーる削除
最初は主人公が幽々子かと思いました・・・
西行妖に分木ってのはちょっと突飛かと思いましたが、知ってか知らずか、過去の自分の写し身と関わる幽々子様・・・なんともはや。

>>最終面の「妖夢・・・目の前の永遠を斬りなさい・・・」には痺れたなぁ
同じくです。是非カリスマぶりを今後も発揮して欲しいものです・・・・。