不意に足元の感触が変わった。
道路を舗装するアスファルトの(と思える)感触から、土と草の入り混じる感触へと。
それは時を刻む針のように、多くの段階を踏んで徐々に変わっていったというよりも、
テレビの電源を切るように唐突に切り替わった。というほうが近い。
繋ぎ目を、渡った。そんな感じだ。
さて。
感触が変わった事を知るには、感触が伝わるものが必要だ。
たとえば機器。たとえば人体。この場合は人体だった。
「……ってか、どこなんだよ、ここはよ~?」
と言ったのは、アイロンじみた形のリーゼントをした男。青い瞳と両耳のピアスが特徴的だった。
身長はかなり大きい。180センチは軽く越えている。
それに比例して肩幅も広く、その大きな体を包むのは改造された学生服だ。
―――どこからどう見ても。不良学生にしか見えなかった。
だが、その青い瞳には穏やかな色があった。ただの不良学生には無い、優しい色が。
「ああもう、サボろうなんて考えるんじゃなかったぜ」
不良学生であることには変わりがないが。
「霧だらけでなんも見えやしねえし……」
彼の居る辺りは、一面の霧に包まれていた。足元すらまともに見えない。見えるのは霧だけ。
「この霧そのものが、うさんくせえしよー」
それは不可思議な霧だった。
まず目に付くのはその色だ。―――紅い。
「……まるで血だぜ」
そして、……妖気とでもいうべきか。
普通の人間なら30分くらいで参ってしまいそうな、そういった圧力を感じる。
暗いわけではないのだが
――霧を通して射す、膨れ上がった月の光が、ぼんやりと辺りを照らして――
なんとも嫌な感じだった。
「つーか、いつの間に夜になったんだ? そんなに歩いてた気はしないんだが」
実に不思議である。
ゆえに、止まっているわけにはいかない。彼は歩く。霧をかき分けひたすらに。
「やれやれ……。腹も減ってきたし。このままいけば餓死か? そいつぁ嫌だぜ―――」
先ほどから思う事をいちいち言葉にしているのは、不安を感じているからだ。
それはそうだ。これはどう見ても異常事態。
そういうのには慣れているとはいえ、不安にならないはずが無い。
手の届く距離に元凶が居ないのだから。
だから歩く。
「おおあっ! ―――びっくりしたあーっ! なんだ今の音は!?」
唐突に聞こえてきた爆音に驚きながらも、歩く。歩く。歩く。
―――その甲斐あってか。
(決して霧が薄れてきたわけではないのだが)だんだんと、辺りが見えてきた。
その光景に彼は驚く。
「! こいつぁ……」
横手に広い広い湖が見えた。
正確には、見えたというより、居るといったほうが正しい。
湖中にぽつりと浮かぶ島に、彼は居た。
―――実に不自然だ。
彼の記憶が正しければ、彼が暮らしている町の傍、そこにある山の辺りを歩いていたのだ。
山に湖は無い。どこをどうすれば湖の島に到達するのか。
だがそれよりも。彼が気にしていたのは。
「こいつぁー、実にグレートだぜ……」
目の前にそびえ立つ、西洋風の大きな屋敷だった。
彼が知っている家の中では、
知人の漫画家の家や、邪悪な殺人鬼の家が一二を争う大きさなのだが―――
どちらもこの屋敷とは比べ物にならない。
ここはあまりに大きく。あまりに妖しい。
「……あ~、すんげえ嫌な予感がするぜ」
ここに住んでいるのは相当あれな奴に違いない。と、彼は思った。
大きな家に住んでいる奴に、ろくな奴は居ないのだ。去年の騒動でそれを思い知った。
なんにせよ。
歩きに歩いてようやくめぐり逢った民家だ。
「失礼しまっス……!」
訪ねないという手は無かった。
なぜか屋敷を囲む塀がぶち壊れていたので、そこを越えて中に入る。
その壊れ方は、壊して中に入るためというより、何かしらの流れ弾がぶち壊したもの。と見えた。
「!」あるものを見て、彼は走り出す。
ここで戦闘が起こった―――現在進行形で起こっている事は、どうやら間違いない。
それを示すのは壁の跡と庭の傷、そしてボロ雑巾。彼はすぐにそれの元へたどり着いた。
―――木に引っかかった少女。ボロボロの民族衣装を着た、赤い髪の少女の元に。
彼女の体は服と同じくらいに壊れていた。
幾多の針で串刺しの刑にかけられ、レーザーか何かで炙られればこうなるだろうか。
意識は当然無く。しかしながら息はある。
そして、これは直感だが、このまま放っておいても死なないという感じがした。
まるで人間ではないような生命力を―――
「間に合えよッ!」
だが、放っておく訳はなかった。彼にはそうするための力がある。
見た目からも判るように、彼はただの高校生。
たとえば『医学部卒のお医者さん』に見えるはずは無く、事実そうではない。
しかしなまじっかの医者よりも凄い力を持っていた。
……彼は少女の体を地面に横たえ、意思によって力を発動させる。
それは―――
「クレイジー・ダイヤモンドッ!!」
常人の眼には見えず、耳にも聞こえない力の像(カタチ)。
生物のような機械のような、どこかダイヤモンドを思わせる姿の拳士。
それが彼からまるで影のように現れ出でて、ボロ雑巾のような少女の体に触れた。
―――実に、奇妙な事が起こった。
時間が逆巻いたかのように――否。
神話に謳われる修復職人がその手腕を思うさま揮ったかのように、
少女の傷があっという間に塞がっていった。
しかし変化はそれだけに止まらない。体と同じように、服の傷も直りはじめる。
……それが触れてからほんの一瞬。ただそれだけの時間で、全ての傷は直って消えた。
少しの間。
「―――っ、ここは……」
少女が眼を開いて、頭を軽く振りながら体を起こし、彼を見た。
すぐに意識が戻ったという事は、見た目ほどの重傷ではない。
「ういっス。指は何本に見えます?」
彼は少女に指を立てて見せる。前にもこんな事をやったな。と思いながら。
「六本……。ところであなたはどちら様で?」
「おれは」
言う途中、彼は直しそこねを見つけた。
地面に転がっているズタズタの帽子。彼はそれを拾いあげて先ほどと同じようにする。
「―――」それを見た彼女は息を呑んだ。
あっという間に。『龍』と書かれた星型のプレートがついた帽子が手の中に現れた。
それを彼女に差し出して、彼は言った。
「東方(ひがしかた)、仗助」
あんたは? と、彼――仗助が問う。
「―――私は紅美鈴(ホン・メイリン)。このお屋敷の門番を勤めているものです」
差し出された帽子を受け取りながら、彼女――美鈴は答えた。
「そうスか。美鈴さん、どうにもヤバイ状況のようだが―――」
仗助は、すぐそばにある、屋敷の中へと続く(塀と同じようにぶち壊れた)門を見ながら。
「いったいここで、何が起こっているんスか?」
事態は危急。ならば説明は簡潔に。
美鈴の説明はシンプルなものだった。
「ふたりの曲者がお屋敷の主を狙ってやって来た」
と。……それは事実であったが、大切なところを言っていない。
たとえば侵入者は屋敷を中心として辺りに広がる霧を止めるためにやってきたとか。
その霧を発生させているのがこの屋敷の主であることとか。
しかし仗助がそれらの事を知るはずもなく。つまり判断は偏って。
「なるほど。―――よし判った、ここはおれに任せてくださいっス」
詳しい事情がわからないなら、面識のあるほうに肩入れするのは人情だ。
それに、ここで恩を売っておけば帰り道も機嫌よく教えてもらえることだろう。
そしてこんな屋敷に住んでいるという事は、かなりのお金を持っているに違いない。
(謝礼は金となって来るかもなーッ! うひひ!)
それだけではなかったが、三割程度はその思いに占められていた。
さて。
仗助が屋敷の中に入ろうとすると、
「お待ちを。私に道案内をさせてください」
紅美鈴はこの屋敷の門番だ。
屋敷とは何の関わりも無い仗助に、屋敷の事を任せておくはずもなかった。
というか、まだ仗助が敵でないと決まったわけではない。
仗助が屋敷の事情を知らないように、美鈴もまた仗助の事情を知らないのだ。
「道案内。……そりゃありがたいっスが、危険ですぜ?」
敵にやられて無様に転がっていた美鈴に、
先に待ち受ける修羅場を切り抜けるだけの力があるとは思えない。
知らなくても予想できる。
足手まといがいると迷惑なのは、当たり前の事だった。
門番がその勤めを果たそうとするのと同じくらい、当たり前の。
「私は―――」
美鈴が言葉を発した。すると風が吹いた。下手をすれば肌が裂けてしまいそうな強い風だ。
その風は美鈴から仗助へと吹きつけて、美鈴の意思を理解させる。
(―――こいつは!)
仗助が直す力を持っているように、
美鈴は気を使う能力を持っている。氣ではなく気。大気の気だ。
「紅魔館の番人なんですよ」
力と意思の証明終了。風は止んで、静寂が
屋敷の中から轟音と閃光が迸った。
「……オッケー、ついてきなッ!」
仗助は走り出す。美鈴も走り出す。
ここに止まる理由も時間も無い。今するべきはただ一つ。前進だ。
屋敷の中は異様の一語に尽きた。
外から見ても大きかったが、中はそれよりはるかに大きい。ちょっとありえないほどに。
中にも漂う紅い霧が、先を見通せる程度に薄いのは、その広さゆえか。
しかし薄かろうとそうでなかろうと。廊下はまさしく迷宮じみて。
「こっちです!」道案内は必須と言えた。
しかし、道案内があっても、最善の道を知っていても。
進むにはやはり時間が必要だった。
……その時間が多少になるか、相当になるかは進む者の能力しだい。
仗助はモノを直すという、おそらくはこの世でもっとも優しい能力を持つ。
しかしながら空を飛ぶ事も、追跡してくる足跡より速く走ることも、出来ない。
だから。
そう、だから現在は、美鈴の力―――気を使う能力で引っ張ってもらっている。
風に乗りて前へ行く。
(うおおおおお―――ッ!! ヤバイッ! これは……速すぎるッ!)
仗助は拳士を上半身だけ出して、美鈴の腕に掴まっていた。そっちのほうが確実だからだ。
しかし、そんな手を繋ぐような格好で、時速100キロを軽く越えている空中疾走。
美鈴の操る大気の壁によって迫り来る大気から守られているとはいえ、
生身の人体にとって辛い事には変わりがない。
いつも時速300キロオーバーのパンチ打ってるのは肉体ではないゆえ。
(長くは持たないッ!)
それに、この姿勢がまずい。
仗助が空を飛べないから、美鈴は二人ぶん飛ばなければいけない。
つまりそれは、侵入者より遅いという事。
侵入者はふたり。その能力は先ほど聞いていた。どちらの侵入者も、自力で空を飛べる。
荷物というハンデが有るのと無いのと。どちらが速いかは言うまでも無く。
そして、出発時間の違いもあった。
侵入者たちは――どのくらいかは見当がつかないが――確実に先を行っている。
侵入者たちが間違った道を行っても、仗助たちが先に目的地へとたどり着けるかどうかは微妙だ。
それに、侵入者たちが正解の道を(直感か何かで)選ばないとも限らない。
差を埋めるものが、必要だった。
「待った! ストップ! 提案っス!」
仗助は声を張り上げる。ちなみに空中疾走を始めてから一分と経っていない。
「……?」
美鈴は訝しげな視線を仗助に向けつつ大気を制御し、空中で静止する。
「壁とかを抜きにして一直線に目的地へ向かおうとするなら、どっちに行けばいいんスか?」
「こっちです」
即答。美鈴はすぐ傍にある壁を指し示した。
「よしッ!」
仗助は力を使った。
拳士がそばに現れ出でて、高速無数の拳撃を壁にと打ち込む。
「ああっ!」
破砕音と共に壁に人が通れるほどの穴が開いて、その向こうの廊下を映し出した。
「ブチ壊し抜ける……! さあ、早く行かないと―――」
壁の穴は既に塞がりはじめていた。まだなんとか通れるが、猶予は無い。
「間に合わなくなっちまうっスよー!」
どこかから、爆音が響いた。
―――破壊・疾走・再生。繰り返し。
そのようにして仗助たちは突き進んだ。己の存在を大声で触れ回るように。
ならばそれは当たり前の事だった。
全ての穴は用を果たせば消え、痕跡なぞ塵一つ残さなかったが、破壊音だけはどうしようもない。
……それを聞きとがめる者の存在も。
何枚目かの壁をぶち抜いて、次の廊下に進入する。
「ホントに広いな、ここは……! あとどのくらいなんスか?」
「あと、もう少しです」
移動しながらそんなふうに話していると、静かな声がした。
「あなた達はいったい何をやっているのかしら?」
その一言で美鈴は、時間でも止められたかのように移動をやめた。
……言葉を放ったのは、美鈴の真下、廊下に立つメイド服の女性。
(―――ありゃ、もしかしてメイドってやつか!? 初めて見た……!)
見た目からすると仗助とたいして変わらない歳であろうに、少女と呼ぶのはどうにも憚られる、
幾多の時間を経た刃物のような―――シャープでクールな雰囲気の女性だった。
「さ、咲夜さん」
美鈴に咲夜と呼ばれたその女性は、美鈴たちを見上げ、無言で立っている。
降りて来い。
と、言われたわけではないのだが。美鈴は怯えをにじませつつ、廊下へと着地した。
どうにも素通りしていい状況ではなく。仗助は掴まっていた手を離す。
(……さて、これが見えているか……?)
咲夜は美鈴を見て冷たく言った。
「門番が易々と侵入者を通してどうする」
「う……」返す言葉も無い。
「あとでお仕置きね」
そして。
「さっきからやけに喧しいと思ったら―――二割ぐらいはあんたの仕業か」
仗助のほうを見ながら咲夜が言った。まったくもってその通り。怒る筋合いは無い。
「いやあ。申し訳ないっス」
「ちゃんと塞いでいるみたいだからいいけれど。
……ところでその妙な髪と服。いったい何処の流行?
ハンターの中に、たまにそういう奴が居るのよね」
「今なんつった、テメエ……!」
怒る筋合いが、あった。
仗助の瞳から、先ほどまではあった穏やかさが消えて、代わりに猛烈な怒りが浮かんだ。
「え? あの、ちょっと?」美鈴の困惑の声など無視して、
一歩。二歩、三、四―――と。仗助はずんずんと咲夜のほうへ歩いていく。
そして目前で立ち止まり。口を開く。
「もう一度言っ」
「まあ、何処でも何時でもいいか。私にとっては関係ないこと」
唐突。咲夜の声は仗助の背後から聞こえた。目前の咲夜の姿は、掻き消えている。
「ッ! こいつ―――!?」
「貴方は時間を直す事が出来るかしら?」
そして、調速機の壊れた時間(セカイ)が動き出した。
硬音が廊下に響き渡る。
音を立てるはダイヤの拳と銀のナイフ。
拳が描くは煌めく流線(アドリブ)。ナイフが描くは閃く弾幕(パターン)。
それらのスピードは常人の瞳には捉えられないほど速い。
咲夜の力は時間を操る力。
その力の下では光速すらも最遅に変わる。
……咲夜は何度も時間を止め、己の位置を細かく大きく変えてナイフを撃ちだして来た。
その数は数えるのも嫌になるほどだ。
しかしあくまで弾幕なので、目標を狙っているものは数少ない。
弾幕の本来目的は戦場空間の制圧にある。
さて狙われている仗助は。
弾幕を、自分狙いの弾(ナイフ)すらも避けられない。足の速さが足りない。
仗助はそれを判っている。だから下手に動かない。
迫り来るナイフを見つめ。ダイヤの拳士を傍に立たせ。
ジャブ。フック。ストレート。アッパー。砕けることのない心の拳を縦横に振るって。
「ドララララ―――ッ!!」
全ての弾を、弾く。
―――これが風や水や魔力か何かだったなら、砕けはしなくても弾く事は出来なかっただろう。
弾がナイフだったから。殴って砕くことの出来るものだったから、こうして生きている。
しかし、それにも限度がある。
拳は決して砕けない。だが、それを永遠に振るっていられるわけではない。
集中力が途切れるのが先か。時間が終わるのが先か―――
それを見ている紅美鈴は、決して手を出そうとしない。
どちらに肩入れする事も無く、仲裁する事も無く。ただ、見守る。
攻防がハイレベルすぎた―――というわけではない。
究極奥義のひとつやふたつ、端役のウサギにだって存在するのだ。
それを使えば割って入ることは出来るだろう。
だけどしない。
これはそう、試験のようなものだ。
試験の邪魔をするのは全く意味の無い行為。人の遊びを邪魔するのと同じくらい。
ていうか、流れ弾を回避するのに忙しくてそれどころじゃない。
「うひゃあ!」
固まってきたナイフを何とか避けるも、予想外の方向から弾かれてきたナイフは駄目だった。
「ッ……!」
刃が体に触れて、美鈴はあることを知った。
―――手ごたえで、仗助は悟った。
「……」
止まる理由は無い。無言で前進を開始する。
己へと降りかかる/己の行く道を塞ぐナイフを弾き飛ばしながら、咲夜の元へと進む。
じりじりと。ずかずかと。大胆に。慎重に。使い分けて。縫うように、ゆく。
その姿を見て、咲夜は移動を止めた。
ナイフによる攻撃は止めていない。今現在も怒涛のように銀の刃は流れている。
ただ、己の立ち位置をひとつところに定め、
n方向からの一撃ではなく一方向からのn撃を仕掛けると決めただけの事。
そして、そのついでにひとつの仕掛けを―――
密度を増した刃の群。
それを、仗助はただひたすらに打ち掃う。
……先ほどより楽になっているはずはない。
道理として、距離を縮めれば縮めるほど、次の刃が到達するまで時間は短くなる。
なのに。いまだ直撃どころか、かすったものも無かった。
咲夜とて、何の工夫なしに投げているのではなく、
投擲のタイミングを不規則に変化させ、ときにフェイントを入れて揺さぶりをかけている。
だが。仗助はあくまでもシンプルに。
「ドオオオオオオオオラアアア――――――!!!」
殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って
殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って
殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って
殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って
殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って
そして、咲夜の目の前にたどり着いた。ナイフの、拳の、届く間合いに。
一瞬の間。
その間に、拳を振るう事が出来た。ナイフを振るう事が出来た。
しかしどちらも振るわなかった。
仗助は拳を振るわなかった。咲夜はナイフを振るわなかった。
必要が無かったからだ。
仗助が咲夜の目前にたどり着いてから一瞬の後。
仗助に、全方向から総計六十本のナイフが襲い掛かった。
―――それは、停止した時間の中で放たれたものではない。もっと過去から放たれたもの。
移動を止めた際に、引いておいた伏線そのもの。
咲夜の力は時と間を操る力。
それで空間を捻ってやれば、放ったナイフを神隠す事も。
それで時をいじってやれば、放ったナイフを未来に進ませる事も。
こうして正面から不意打ちすることも、可能なのだ。
咲夜が立ち位置を固定したのは、全てこれを上手くやるため。
無情に迫る銀の群。避ける隙間などありはしない。
仗助は。ナイフを四本は耐える事が出来るだろう。だが、六十本全てを耐えられるだろうか?
無理である。
仗助の肉体はあくまでも人間。そんなに刺されて死なない人間は居ない。
己の力で傷を塞げばとにもかく、あいにくと自分の傷は治せない。
仗助は当然、反応して打ち落とすだろう。しかし全てを打ち落とす事が出来るだろうか?
出来ない。
たとえ停止した時間の中で動けたとしても、それは難しい。
全方向からの同時射撃はまったくもって甘くない。
狙いの角度はバラついて、一気に打ち払えないように配置されている。
さて、仗助はどうするのだろうか。
何もしなかった。
仗助は、何もしなかった。
拳を振るう事もせず、回避を試みる事もせず、防御すらもしなかった。
結果。仗助の無防備な体にナイフが殺到する。
だが。
「―――私のナイフがッ!?」
仗助の体に触れたものから、ナイフは壊れて床に落ちていった。
「……」
ナイフは高速で投擲されたもの。数も多く。さすがに無傷とはいかない。
肌は傷つき血は流れ。服も傷つき破片にまみれ。
だがそれでも。仗助は生きて、立っている。
乱れひとつ無いリーゼントが、彼の姿を輝かせた。
仗助の力はモノを直す力。
触れれば正確に、壊れたものを元の形へ直す事が出来る。
しかしそれは、あえて歪めて直す事も出来るのだ。
戻すのではなく、直しているのだから。
……砕けた壷を素人が直そうとすれば、
出来上がるのは元の形とは似ても似つかない奇怪なオブジェだ。
仗助は、己へと向かってくるナイフを弾きつつ壊し・直した。
切れ味を失わせ、脆くなるように。当たった場合、こうなるように。
それは相手を地道に無効化させる遠まわしな手段。
相手が無限にナイフを取り出せれば意味の無い行為だったが、
咲夜にそれが出来ない
――弾切れになったら時間を止めて戦闘中だろうと回収しなくてはいけない――
事が幸いした。
殴った感触で回収の事を知った仗助は、迷わず前進し、あえて当たる事を選んだ。
しかしそれは半ば賭けのようなもの。
咲夜がナイフの仕掛けに気づいたら。いやそれ以前に当たり所が悪ければ。
……仗助の運を褒めるべきか? 覚悟を褒めるべきか?
いや、この場合に褒め称えるべきは、仗助の集中力。
咲夜がやむをえず回収するまでナイフの嵐に耐え切った気合だろう。
そして気合の根っこ、拳を振るうためのエネルギーとなっていたのは―――
「もう一度言ってみろ。おれの髪型が、どうだって……!?」
あこがれを、生き方の手本となっているあの人を、侮辱された事に対する怒りであった。
(これは……)
至近にて相対する咲夜は、それのことが解った。先ほどはよく見て、見えていなかった。
「けなすやつは許さねえ……! 何者ンだろうと、黙っちゃあいねえ!」
「……訂正するわ。妙なのは頭じゃなくて、その性格」
楽しげに咲夜が言った。
敵と相対すれば、殴らない理由は無い。
しかし仗助は、ここでもまだ拳を振るわない。
いいや、最初から殴る気はなかった。相手は女性で―――倒すべき敵でもないのだ。
「人間って、使えるような使えないような……」
誰のでもない声が聞こえた。
出来ることなら見たくはない。
しかし、あまりの恐ろしさゆえにどうしても確かめるしかない。そんな気配と共に。
「―――ッ!?」
声のしたほうに仗助が振り向けば、そこに居たのは―――
「お嬢様……!」
背中に悪魔のような羽が生えた、紅い瞳の少女だった。
「こいつは―――」
仗助は怖れを込めて半ば無意識につぶやく。
直感した。
目の前に居るこれが、妖気の、妖霧の、元凶だと。
見た目はただの子供なのに、何よりも警戒しろと本能が強く叫んでいる―――!
「咲夜、ここはもういいわ。下がっていなさい」
「はっ」
答えた一瞬後には、既に咲夜の姿は無かった。時間を止めたに違いない。
ついでにと連れて行ったのか、美鈴の姿も無かった。
一対一。実に、ろくでもない状況だった。
(グレート……!)
仗助は下唇を噛んだ。
殺意なんて物騒なものはぶつけられていない。
どちらかといえば興味っぽいものを向けられている。
なのに、こうして対峙しているだけで冷や汗が出てくるのだ。
「さっき、人間が使えるとか使えないとか言ってたな。あんたは人間じゃあねーのか?」
だが、黙っているわけにもいかない。時間を止める事は出来ない。
「ええ。人間を使うほうよ。色々と」
「たとえば?」
「飲んだり」
少女の口元にちらりと鋭い牙が見えた。
羽。飲む。牙。連想するのは一つ。
(吸血鬼……!)
―――こうして相対するのは、運命というやつだろうか。
仗助の体に流れる血は、吸血鬼とは実に縁深いものである。
石仮面。柱の男。DIO。
だけど、それらの言葉を、己の血統にまつわる物語を仗助は知らない。聞かされていない。
しかし。目の前の相手の危なさは判った。
「帰り道を教えてくれねーか。ひとりで帰るからよー」
「せっかくだから泊まっていきなさい。夜は人間の歩くべき時間じゃないわ」
「いやだと言ったら~?」
「嫌とは言わせない。その血に興味があるの」
言葉を告げる瞳は好奇心で輝いて。
「―――『ここ』の外にも、あなたみたいな力を持つ人間がたくさん居るのかしら?」
窓から差し込む月の光が、少女の姿を紅く彩った。
「やれやれ……」
「こんなに月も紅いから―――」
「寝られない夜になりそうだぜ」「眠れない夜になりそうね」
……拳と拳がぶつかりあう。
小さな拳とダイヤの拳。少女の拳と仗助の拳が、音を立ててせめぎあう。
それが何度目かなんて問うのは意味が無い。
弾幕をかわしている最中に、あと何秒耐えれば撃ち倒せるのかと考えるくらいに意味が無い。
そんな余裕はあるものか。
吸血鬼である少女の力は、ダイヤの拳士に匹敵した。
どちらも強かった。速かった。凄みがあった。
ただ打ち合っているだけで、空を飛べない仗助が空中に浮き上がってしまうほど。
……だから、本来なら、とっくに決着がついていたのだ。
それが未だについていない理由は、運命などという不明瞭なものではない。
少女はやりすぎてしまわないように手加減していた。
そして、仗助の心の拳が見えていなかったから、あえて攻撃に専念していた。
仗助に攻撃する暇を与えないように。
守る仗助は、咲夜との戦いで溜まった疲労が取れていなかった。
そして、どうにも攻撃する気になれなかったから――相手はあまりに少女すぎた――
相手の攻撃を弾くことに専念していた。
逃げる理由は無く、逃げられる理由は無く。
さりとて進む事も出来ず―――。
ゆえに、拳は触れ合い弾き合う。
高速で連発される衝撃音は、拳舞を激しく重厚に表現する。
たった二人で奏でているそれはまるで、亡き王女のための七重奏(セプテット)のよう。
しかし亡き王女なんてこの館には居なかったので、
そのリズムは代わりに引き篭もりの魔法少女が受け取った。
奏者はその事を知るはずもなく、己の音楽を奏でつづけている。
……仗助の父は、吸血鬼に良く効く奇妙なエネルギーを自在に操る事が出来た。
それは水面に立つ事も、息を切らすことなく走ることも、
触れた動物を眠らせることも、怪我の手当ても可能な『技術』だったが、
しかし仗助はそれを扱えない。
素質はあるはずだが―――いかんせん訓練されていない。存在すら知らない。
だから限界だった。
(やべえ―――!)
疲労によるミス。たとえようもなくクリティカルな。
防御は間に合わない。少女の拳が突き貫けて
「ぐうッ!」
―――凄いのを腹にもらった。
肉を抉り取られたような激痛。
それをゆっくりと噛み締める暇も無く、衝撃のままに吹き飛ばされて壁に激突する。
なんとか。なんとかダイヤの拳士で受け身は取ったが、ダメージは大きい。
まだ戦える。けれど―――
「遊びは終わりにしましょう。コンティニューはしっかりと終わらないから駄目よ」
月よりも紅い少女の瞳が、仗助を正面から見つめている。
仗助の前方、七メートルほどの所――ダイヤの拳士の射程距離外――に少女が立っている。
「グレート……! こいつぁー遊びだったのか。
ゲームから下ろさせないためにてめえの指を傷つけるぐらい、やり口がおかしいぜ~?」
軽口でもたたかなければやっていられない状況だった。
……さて、このままだと何をされるのか。想像はつくが。
(―――どうするッ!? 背中の壁をブチ壊し抜けるか!? この子をぶっ飛ばすか!?)
どっちも難しい。そう易々とやらせてくれるなら、とっくに退く事が出来ていた。
仲間の助けは期待できない。
こんなピンチにアメリカンコミック・ヒーローのようにジャジャーンと登場して、
間一髪のところを助けてくれるような旅の仲間は残念ながら居ない。
(―――)
現実は非情ということで諦める なんて出来るはずは無かった。
(やるしか……ねえッ!)
使ってどうにかできる仕掛けはあった。
仗助は先ほど、床に服にとばら撒かれたナイフの破片を手中へ隠し持っておいた。
相手が吸血鬼と判ったからだ。吸血鬼の弱点くらい、仗助だって知っている。
咲夜のナイフは『銀』製だ。
破片のままではたいして役に立たないだろう。しかし、壊れているものは直せばいいだけだ。
仗助にはそれが出来る。
「いつもの遊びとはちょっと違うけど―――こういうのも、ここの遊びよ」
言いながら少女がゆっくりと歩いてくる。やるならば、ギリギリまで引き付けて―――
どこまでも紅い炎の柱が、床から吹き上がった。
「なにぃーッ!?」
叫んだのは仗助だ。少女はそれどころではなかった。
それは少女にとって、イレギュラーな出来事だったのだろう。
少女は炎に巻き込まれていた。背中側を。一瞬で羽が焼滅した。
ついでに前方、すなわち仗助のほうへと吹き飛ばされる。地に転がった。
仗助も余波を受けた。熱波が全身を痛めつけていく。直撃しなかっただけ幸いと言うべきか。
炎は床に大穴を開けていた。しかし火事にはなるまい。
燃えたというより、破壊されたと言ったほうが正しいからだ。
燃えるものが無いほど壊されているなら、燃える道理は無い。
―――そして、そこからは。
「あ。お姉様ごめんなさい」
不思議な羽を背に、不気味にねじくれた黒い杖を手に持つ、金髪の少女が現れた。
なんとも目を引く羽だった。その羽を言い表すなら。
一枚一枚がそれぞれ違う色の葉っぱが、二本の黒い枝に七枚ずつくっついている。
なんだろう。鳥でも蝙蝠でもない―――まるで悪魔のような。もしかすると羽ですらない。
実に妖しいものだった。
「フランドール……!」
炎によって吹き飛ばされた少女が、立ち上がって、金髪の少女へ振り向きながら言う。
少女と、金髪の少女―――フランドールは似ていた。
髪の色こそ青と金で大違いだが、瞳の色と、顔立ち。そして雰囲気はそっくりだった。
つまり怖い。
フランドール自身がお姉様と言ったとおり、少女とは間違いなく姉妹なのだろう。だが、
(こいつ……、姉よりヤバいぜ!)
先ほどの炎の使い方がそれを示している。
そこに誰かが居る事を考えなかった―――
というよりも、誰が居ようと関係ない。という思い切りを感じた。
とんでもない思考回路だ。
クレイジー。それ以外になんと言えばいいのか。
「もしかして、それ、人間なの?」
フランドールが仗助を見ながら言った。
その瞳は、まるで紅く輝く泥のよう。
「……そうよ」
静かな声で答える少女の表情は、仗助には見えない。しかし背中は良く見えた。
(……義理は無い! 治す義理は無い! 自業自得のうえ、もう―――)
先ほど焼かれた少女の羽は、既に治り始めていた。
このまま放っておいても問題はないだろう。だが、その背中は痛々しげで。
(―――だから、しょうがねえよなーッ!)
思わず、仗助は己の力で少女の羽を治した。
人も物も直せるのだ。吸血鬼であろうと何も問題は無い。
「……!」
少女が己の快癒を知ったのと同時、正面のフランドールもそれを知る。
「! なにそれ? いまなにをしたの?」
問うたのは、仗助に対してか少女に対してか。
「自分で証明してみなさい、フランドール」
少女は自分へのものとして話を進めることにしたようだ。
なぜ判るのかといえばそれは簡単。少女はフランドールに言葉を放つ直前、
(離れていなさい。吹き飛ばされるわよ?)
仗助に囁き声でそう告げたからだ。
少女は前に出る。まるで仗助をかばうように。
「久しぶりに、本気で行くわよ……!」
その手に握るは深紅の槍。いつの間にか出現した槍。魔力で編まれた巨大な槍だ。
「―――よおし、遊ぼ! お姉様!」
フランドールはその手に握る杖を燃え上がらせた。己の背丈より何倍も大きく。
それはまるで真紅の剣。
先ほど廊下に穴を開けて少女にダメージを与えた炎は、それによるものだった。
「冗談じゃねえぞ―――ッ!」
仗助は走って逃げ出した。
そして、最大級の姉妹喧嘩が始まった。
吹き荒れたのは言葉でも拳でもなく―――弾だった。
少女が振るう深紅の巨槍は、実のところ投擲槍。それ自体が一つの弾だ。
そしてそれは無数にある。力で作られたものならば、力の続く限りいくつでも作る事が出来る。
フランドールが振るう炎の剣は、辺りを壊すと同時に炎の弾をばら撒く。
剣の炎が尽きる事は無い。495年分の力が、この程度で尽きるわけが無い。
槍が飛び、剣が薙ぐ。
紅の姉妹はそれらをかわしあう。交わし、避わしあう。
どちらが有利と言うことも無く
――少女には力が足りず、フランドールには経験がなさ過ぎる――
それゆえに戦いは取り留めなく続く。
その被害を一番被っているのは廊下で。
二番目に被っているのは仗助だった。
月光が大量に差し込んでいた。
「―――なんて威力だッ!?」
ずいぶんと風通しの良くなった廊下を、仗助は駆け抜ける。
少女たちは高速で移動しながら、剣と槍をかわしている。
だから、仗助がどんなに走っても走っても走っても、戦闘領域から脱出する事が出来なかった。
それでも仗助は走る。それ以外に何が出来たのか。
そんなところに、炎の剣がやってきた。
廊下を破壊しながら迫り来るそれは、仗助を狙ったものではない。ただの流れ弾だ。
だから、まだなんとかしようがある。
(かわすことは出来ないッ! ならッ!)
通り過ぎるまで、持ちこたえればいいだけのこと。
廊下を壊しながらこちらに来るのならば、それより早く廊下を直してやればいい。
それでも駄目だというのなら、炎を炎になる前へと直してやればいい。
手段はある。……だがしかし。
この圧倒的な破壊の力に、仗助の力……再生の力で対抗する事が出来るのか。
ダイヤモンドは砕けない。しかし、燃え尽きずにいられるか―――?
「急に闘志がわいて来たぜ。やってやるッ!」
仗助は迫り来る炎に向かい、ダイヤの拳を握り締めた。
―――訪れたのは閃光。そして砲声。
「ッ!」
あまりに強い光のため、眼を開けていられない。だが判る。
仗助の後ろから、まさしく光速でやってきた光の洪水が、炎の剣を相殺しているのだ。
でなければ、炎の剣はとっくに仗助の立ち位置へと到達しているころだ。
仗助の疑問は一つ。それは誰が放ったものか。
(……この音。光。もしかして、侵入者の奴か~?)
時間は無駄に使えない。考えながらも位置移動。後ずさる。
―――花火が燃え尽きる時のように、光が弱くなってきた。
仗助は眼を開き、辺りを見やる。
世界はたいして変化していなかった。
炎の剣はフランドールの手元に戻っている。仗助の体も五体満足である。それはいい。
「わたしの魔砲で押し切れないとはな。脱帽するぜ」
言ったのは、魔女のような帽子をかぶった、黒い服の少女。
箒に乗って空中に浮かんでいる、先ほどまでは明らかに居なかった少女だ。
(こいつが侵入者か。なんともまあ~……古風(アナクロ)な)
「あなた、だれ?」
フランドールが黒い少女を見つめている。己の戦いを忘れたかのように。
どう見てもチャンスであるが、戦っていた相手―――青髪の少女は、撃ちかからず息を整えていた。
「博麗霊夢。巫女だぜ」
黒い少女―――巫女には絶対に見えない少女が、フランドールの問いに答える。
「ちょっと。なに人の名前を騙っているのよ」
すると、すぐさま別の声が飛んできた。仗助はそちらへと向く。
「悪魔を騙そうとすると後が怖いわよ? 魔理沙」
紅白の巫女が空に浮かんでいた。箒も亀も使わず、自身の体だけで。
それは仗助にとって幸運だった。亀は苦手だ。未だに。
「だれが悪魔?」
フランドールがまた問うた。
「あんたら」巫女がフランドールと青髪の少女を指し示す。
「こいつかな」魔理沙と呼ばれた少女が巫女を視線で示した。
「あなた達よ」咲夜が魔理沙と巫女を指差した。
「うおっ!?」仗助が己の隣へいきなり現れた咲夜に驚いた。
「じゃあ、全員悪魔ってことで」フランドールが結論を出した。
「……」青髪の少女は静かに息を整えていた。
四秒後。
「さて。この妖霧を出しているのはどっち?」
巫女が紅の姉妹を平静な顔で見ながら問う。
「青いほうじゃないか? なんとなく」
魔理沙が横から口を挟むが、しかし質問を潰すほどではない。
「……っ」
青髪の少女は答えない。相当に、フランドールとの戦いが堪えていた。
代わりにフランドールが答えた。
「私と言ったら遊んでくれる?」
「何して遊ぶ?」「いくら出す?」巫女と魔理沙が同時に言った。
フランドールが笑い、
「コインいっこ分の弾幕ごっこ!」
そして四人に分裂した。
―――その後起こった事は、逐一描写するにはあまりに複雑で高速で騒々しかった。
「大人しくしなさい!」
巫女がフランドール二人と青髪の少女をまとめて結界で縛れば、
「避けるなよ?」
魔理沙が残りのフランドールに魔法を放つ。
「お嬢様!」
咲夜が時間を止めれば青髪の少女は結界から抜け出して戦闘領域を埋め尽くす紅の弾を放ち。
「フランドール!」
「あははっ!」
フランドールはそれに対抗して己の羽根と同じ色とりどりの弾幕を張る。
「いい加減にしなさいよあんたたち!!」
本を小脇に抱えた少女が乱入してきて渦巻く火炎を皆に放てば、
「てめえらあッ!」
髪を焦がされた仗助がぶちきれたりした。
ごく自然に戦いは屋敷の外に飛び出して、そして誰も居なくなった。
―――外は屋敷の中より広いといっても、力が集まるにはやはり狭い。
不思議な力、魔法の力、時間の力、運命の力、破壊の力、五行+日月の力、再生の力。
力たちはぶつかり混ざり弾き相殺増幅干渉、そして
大爆発。
夏の日差しが、仗助の肌を焼く。
紅の霧は既に無く、太陽はその姿を世界に絶賛公開中だった。
久しぶりの公開で調子に乗っているのか、日差しは強くようするに暑い。
(……ちっくしょー。クーラーがいとおしいぜ~)
そう思いながら、仗助はダイヤの拳を振るう。
なぎ倒された庭の木が直り、屋敷の壁の大穴が塞がっていく。
仗助の力、『クレイジー・ダイヤモンド』はモノを直す力だ。
それは生物・無生物を問わず、壊れているかどうかも問わない。しかし、制限はある。
自分の傷を治す事は出来ないし、終わったものを直す事も出来ない。
塵一つ残さず消滅したものも、触れる事の出来ないものも、直す事は出来ない。
……けれど制限はそれだけだ。
たとえばモノが半壊したという程度ならば、問題なく直すことが出来る。
触れた範囲だけは。
「次は西側のほうをお願いするわ」
瀟洒な声が仗助に指令を下す。誰の声かは言うまでも無い。
屋敷の修繕作業を監督している、紅魔館メイド長十六夜咲夜の声である。
「了~解っス」
仗助はおとなしく、指示された場所へと向かった。
この屋敷で起こった問答無用の大乱戦。
あれから一日と経っていない。
……死なない肉体の持ち主でも死んでしまいそうな、熾烈な戦いだった。
しかし、なんとか。本当になんとか。戦いに参加したものは全員生き延びた。
根っからクレイジーなひとりを除いて、常に全員が止めどころを模索していたからだ。
その甲斐あっての全員無事である。
だがその代わりとして屋敷は壊れた。思い切り壊れた。それはもう壊れた。
半壊が四割で、全壊が六割。
仗助が直せるのは半壊まで。消滅してしまった部分は、新しく作るしかない。
辺りでは、館のメイドたちが所狭しと働いていた。
「これは?」「こっちに置いといて」「あからさまに人手が足りないね……」
「うん。氷精の手でも借りたいよー」「本気?」「……ごめん、今のキャンセル」
その中には奇妙な羽を持つ金髪の少女―――フランドール・スカーレットが居て、
屋敷の修繕を手伝っているのか邪魔をしているのか良く判らない行動、
炎の剣で壊れすぎたものを消滅させていたりする。日光なんて苦にもしていない。
「歯ごたえ無くてつまんない……」「ほう? なら、歯ごたえを加えてやろう」
それを止めているのか煽っているのか。
帽子をかぶった金髪の少女、
霧雨魔理沙が魔法を使って次の餌食予定だったものに足を生やし、そこいらを走り回らせたりした。
その魔法は、この屋敷の図書室から無断で借りてきた魔道書を元に使ったものだ。
それに文句を言うべき図書室のヌシは、屋敷の中で倒れている。
館の主、レミリア・スカーレットは某巫女にくっついて神社に居た。
そんなこんなの問題点はあったが、屋敷はおおむね平穏といえた。
―――仗助は、騒動からは少し離れた場所で、一人拳を振るって修繕作業をしていた。
逃げ出すわけにもいかない理由と、責任がある。
(帰り道、わかんねえしよ~)
それに、考えたい事もあった。作業をしながら仗助は思い返す。
咲夜との戦いを思い返す。
あと一歩というところで勝負は水に流れたが、まだ咲夜の態度には余裕があった。
切り札を何枚も隠し持っているという感じだった。
あのままやりあっていれば―――どうだったろうか。
レミリアとの戦いを思い返す。
最初から、拳ではなく弾幕で攻められていたらどうなっていたか。
ナイフなら打ち落とせる。
しかし、エネルギーそのものとなると―――。
最後の乱戦を思い返す。
……どれもこれも厳しい戦いだった。
もう一度やれと言われれば、仗助は即座に拒否するだろう。
しかし、こうして思い返すのは嫌ではなかった。
(殺し合いじゃあ~、なかったからな―――)
仗助が戦った誰にも、殺気は無かった。
ついやりすぎて死んでしまう事はあっても、相手を憎み、殺そうとする気は無かったのだ。
だからいい。
殺人鬼とやりあうよりは、よほどいい。
「ふう」
仗助は汗をぬぐい、少し休憩する事にした。地面に座り、
「あー。腹ぁー減ったぜ……」
「やっぱり便利ねえ。あなたの血液型、何?」
「B型ッス」
唐突に現れた咲夜に、仗助はいまさら驚かず答えた。
「うちに就職しない? 給金は出ないけど」
「―――」
仗助が何かを答える前に、
「みなさーん! お昼ですよー!」
遠くで美鈴の声がした。
「あのー、とりあえずメシ食ってきま―――って、もういねえ」
その通り、咲夜は既に見える範囲には居ない。
「……おれも行くか」
仗助は立ち上がり、歩き出す。
日差しは強く、しかし涼しい風が吹いていた。
―――こうして今年の幻想郷の夏は、
幻想郷に住むほとんどの人々にとって、いつもの夏と同じように当たり前に過ぎていった。
東方(ひがしかた)紅魔郷
~ Diamond of Scarlet Devil ~ 終
よし次はDIOだ!
紅魔狂でこれなら、妖々夢だと……
……吉良が幽々子と茶飲んでるー!
大変美味しかったです。
DIO様と咲夜さん!
DIO様のびっくりする所が見たいです安西先生!
この作品の仗助も、この面子の中では弱い方ですが、スタンド能力をうまく使って十分活躍しています。活躍するには強くなければいけないなんてお約束はどこにもありませんからね。
何が言いたいかと言うと、この作品は面白かったと。前置き長っ。
俺 は こ れ を 読 む た め に 生 ま れ て き た
両作品を知っていると、よくわかります