Coolier - 新生・東方創想話

Song for you

2005/05/23 06:37:09
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 夜の闇を押し返すほどの強烈な閃光が、虚空で炸裂した。
 閃光の中から小さな影が吹き飛ばされていく。一見すると人影のようだが、そのシルエットには翼があった。鳥かもしれなかった。
「きゃああっ」
 人とも鳥ともつかない影は悲鳴を上げていたが、大気は既に爆発音で飽和状態まで震えてしまっていた。小さな少女の声などあっさり掻き消されてしまう。
 翼から白い羽根をいくつも散らしながら、ひゅるるるる……と少女は落下し、地面に叩きつけられた。その時にはもう、空には正常な夜闇と静寂が戻っていた。
「何かいたようだが気にせず進むとするぜ」
 空にはもうひとつ人影があり、その人物はすっとぼけた声を残して高速で飛び去っていった。


 時が止まったかのような静謐。
 草原を吹きすぎてゆく微かな風の音に、いつしか弱々しい声が混ざっていた。
「うう……また負けた。人間ごときに……」
 鳥みたいな翼を持つ少女が、草むらに突っ伏して、屈辱に震えていた。指先に長く伸びる爪で地面を引っ掻き、半べそをかいている。
 少女は夜雀、ミスティア・ローレライ。
 夜雀なので夜雀らしく人間を惑わし、さらってしまったりしようとしているのだが、ここ最近はどうも上手くいっていない。出くわす人間がことごとく、紅白の巫女やら白黒の魔法使いやら悪魔のメイドやらといった、幻想郷でも最強クラスの者ばかりだったのだ。ひたすらに不運だった。
 やがて泣くのにも飽きたのか、ミスティアはごろりと仰向けになった。背中の翼は傷めてしまわないようにすぼめながら。
 ぼんやりと夜空に目を巡らせる。今日の空は、星の瞬きも月の輝きも、心なしかいつもより弱く思えた。彼らがあまり自己主張していない、今日みたいな夜空が、ミスティアは好きだった。歌唄いの立場からすると、主役を食ってしまうほどの強い照明など逆効果でしかない。
「ん、だけど……」
 不自然に暗すぎやしないか?
 ミスティアは首を傾げる。なんだかこの暗さには人為的なものを感じる。そう、例えば、人を夜盲症にする夜雀の能力みたいな感じの――
 そう思い当たったとき、不意に空でまばゆい光がほとばしった。それと同時、ばっと夜空が明るくなる。太陽が昇ったわけではなく、単に星や月たちの明度が増しただけなのだが、それまでの暗さに慣れされていたミスティアの目には、ずいぶんとまばゆく感じられた。
 思わず目を細めるミスティアの耳に、
「きゃう……」
 か細い悲鳴が飛び込んでくる。
 そう離れていない場所からだ。多分、あの光がほとばしった場所の真下あたり。
 ミスティアはそう当たりをつけると、ほとんど無意識のうちに翼を羽ばたかせ、そちらへと飛び出していた。


 その地点では、草むらの上で少女がひとり、目を回していた。仰向けになって、なぜか両腕をぴんと広げ、自らの体で十字架を形作っている。このまま墓標にでもなるつもりだろうか。
「きゅうう……」
「あら、妖怪」
 そばに立ったミスティアは、そいつの正体を見抜く。
 それはミスティアと同じくらいの年かさと見える少女だった。煤みたいなもので汚れてはいるが、あどけなく可愛らしい顔立ち。月光に濡れる金色の髪がとても綺麗で、小さな赤いリボンがよく似合っていた。
 今更ながら、面倒なことになったと思う。ここへ来たはいいが、さてどうしたものか。
「ほっといて帰ろっか」
 そう決めかけたとき、少女がうわごとのように声を発した。
「人間……また逃げられちゃった……お腹がきゅうぅ……」
 踵を返そうとしていたミスティアの動きが止まる。彼女は少女をまじまじと見つめた。この子も同じく、人間に敗れたところなのか。
 そのまま見下ろしていると、少女のまぶたがぴくぴくと震えだし、やがて目が開かれた。紅く大きな瞳だった。
 瞳はゆらゆら揺れている。脳震盪でも起こしたのかもしれない。
「ええと、大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるような目なら、鳥目にでもなったほうがいいよ」
「いや、鳥目にするのが私の仕事だから」
 少女はむくりと身を起こし、焦点の定まらない目でミスティアのことを見つめた。
「……ます」
「うん?」
 少女のつぶやきが聞き取れず、ミスティアは耳を近づける。
「いただきます」
「ぎにゃああああああっ」
 耳たぶに激痛が走り、夜雀は空に今夜二度目となる悲鳴を響かせた。それは一度目のものより遥かにおぞましい、身の毛もよだつようなものだった。


「悪気はなかったの」
 弾幕で制圧してやると、少女はそう弁明した。
「食べきってしまえば文句も出ないだろうと思っただけで」
 それは立派な悪意ではないかと、ミスティアは考える。
 少女は宵闇の妖怪で、名をルーミアといった。ひどく空腹であるという彼女を、ミスティアは森にある隠れ家へ連れていき、食料を分け与えてやった。
 食べられそうになったというのに、なんでこんな親切をしているのかと言えば、そこにはちゃんとした目論見があった。
 がつがつと小柄な体に似合わない健啖っぷりを披露しているルーミアに、ミスティアは持ちかける。
「時にあんた、私と組まない?」
「ふまぐぅまむまー?」
「そう。同じ夜行性で、人間を相手の狩猟を行う。そのくせ最近は、人間相手に連敗街道まっしぐら……全く同じ境遇でしょ、私たち?」
「ふぉむまごめー」
「もはやこれ以上、敗北の屈辱を味わいたくはない。人間を慄かせる、そんな妖怪としてのあるべき姿を取り戻したい。それは私もあんたも同じ気持ちだと信じている」
「ふぇんぐらむやはー」
「そこで。私たち二人の力を合わせようってわけ。なに、プライドを損なうとか考えなくてもいいから。最近はペアでの問題解決がトレンドらしいのよね。実際、いつぞや私も、人間と妖怪の二人組みに蹂躙されたし。四回も」
「ふーたぐらふぁー」
「どう? 乗ってみない? 私とあんたとで、幻想郷の夜の恐ろしさを、今一度人間たちに知らしめるの。これはもはや個人の問題ではない、妖怪の尊厳を懸けた一大計画なのよ! ムーブメントよ!」
 しゃべっている内に、なんだか自己暗示が始まってしまったらしいミスティア。いつしか大きな身振りを交え、熱弁をふるっている。
 ルーミアはいちいちうなずいていたが、実際は咀嚼で顎が動いているだけなのかもしれなかった。
「はむぐむもんごりあんー」
「よし、それじゃ決まりね。ここに私とあなたの軍事同盟締結を宣言するわよ!」
 高らかな夜雀の啼き声が、森のしじまを揺らす。かくして、どこぞの人形の一団よりも脆弱そうなリトルレギオン・「救夜軍事会議(仮称)」が誕生したのだった。


 翌日の晩から、さっそく二人は行動を開始した。
 翼を広げるミスティアの隣には、両腕を広げるルーミアの姿。並んで森の上空を飛ぶ。
 思えば、一人きりじゃない夜間飛行なんて、ずいぶんと久しぶりのことだ。そうミスティアがひとり言のつもりでつぶやくと、ルーミアに聞こえていたようで、私もだよと返された。なんとはなしに、微笑を交わす。照れくさいが、いやな気分ではなかった。
 夜風も心地よく、ミスティアはいつものように上機嫌に唄い始めた。
「ららー……それは遠い国の、遠い夜のものがたりー――」
 ルーミアは目を閉じて、それに耳を傾ける。
「ミスティア、上手だね」
「るー……えへへ、そんなことあるけどね」
「でも……」
「ん?」
「私が聞いてた夜雀の歌とは、違うのね。確かこんなのだったんだけど。ちんち……」
「すとっぷ! それは乙女が口にしてはならない禁忌の呪言よ! ていうか歌じゃなくて鳴き声だし、それ」
 ミスティアがルーミアに飛びついて口を手で塞ぎ、その勢いで二人は空中をごろごろと転がる。
「とにかく二度と口に上らせてはだめ。同盟規約に明文化しておかなくちゃ……」
 そこでミスティアは、同じ高度を何かが接近してくることに気付いた。もう、かなり近くまで来ている。騒いでいたせいで知覚するのが遅れてしまったのだ。
 急いでルーミアから離れて姿勢を整える。じき、接近してくる相手の姿が確認できた。
 人間だった。
 ただの人間ではない。紅白おめでたい配色の巫女。そう、巫女だ巫女、巫女巫女
「レイム!」
 よりによって、いきなり嫌な相手に出くわしてしまった。ミスティアはつい数日前、彼女に手痛い敗北を喫したことを思い出す。それ以前にも何度か戦ったことがあるが、いずれも結果は同じだった。
 せっかく結成したばかりの同盟だ、まずはお手軽な獲物を狙って勢いに乗ろうと、そんな計画だったのに。
「なんだ、あんたらか」
 霊夢も少し遅れて、こちらを認識したようだ。
「夜中に騒がしいと思ったら。いい加減に懲りてよ、お願いだから」
「うわ、連日の巫女だ」
 ルーミアが宙で器用に後ずさりする。ミスティアは驚いて彼女に視線を向けた。
「え? あんたが昨日やられたのって、霊夢なの?」
「うん……」
 よほどひどい目に遭わされたのか、ルーミアは顔を青褪めさせている。
 ここは私がしっかりしなければ、盟主として。ミスティアは使命感を無理やり燃え立たせると、霊夢に長い爪を突きつけた。
「いいわ、覇道の開幕を飾るにはちょうどいい相手よ。軽くひねって、あんたの神社に同盟旗を打ち立ててやるわ。光栄に思いなさい!」
「なに言ってるのか分からないけれど、腹は立ってきたわ」
 霊夢はなおざりに構えた。ミスティアは不敵に口の端を吊り上げる。
「二人を相手取るってのに、舐めたものね。これから毎夜耳元でリフレインすることとなる私の歌声に悶絶するがいいわ。いくわよ、ルーミア!」


「やっぱり、敗北を認め、向き合い、敗因を究明することって大事だと思うのよ」
 森の隠れ家で、ミスティアとルーミアはちゃぶ台を挟んでいた。
「そんなわけで反省会。なにか意見はある?」
「おかわり」
「それは建設的な考えではあるかもしれないけれど、そもそも問題の焦点がどこにあるか理解しているのかしらルーミアちゃん?」
「私が飢えていること、かな?」
「まあ、敗北から飢餓という問題が発生するのは認めるけどね……」
 ちゃぶ台に積み重ねられた食器の山に、ミスティアは溜め息をぶつけた。救夜軍事会議(仮)の台所事情は早くも逼迫しつつある。このままでは遠からず、同盟は自己崩壊に至るだろう。
 それより先に解散するのも手か。ふっとそんな選択肢を思いついてしまい、ミスティアは慌ててかぶりを振った。
 貧しいのはなぜか。それはルーミアのせいもあるけれど、究極的には「負けたから」だ。とにかく、勝たないことには、この窮状を脱することはできない。そのためにも、ルーミアという戦力は欠かせない。
 ――本当にそうか? またも悪魔の囁きがミスティアの心に挿し込む。
 さっきの闘いを思い出してみろ。ルーミアが加わったことで勝ち目も見えてくるかと期待していたが、結局は、一に一を足したところで十に届くわけではない、そんな初歩の数学の教育をされただけだったじゃないか。これじゃ何度やっても無駄だ、無駄。おまえは引き入れる相手を間違えたんだよ。
 ミスティアの脳内でルーミア不要論が台頭し、みるみる声を大きくしていく。そんなことを知ってか知らずか、ルーミアがのんきに言った。
「ごちそうさま。それじゃ、洗い物するね」
「あ、うん……」
 気のない返事をして、また考え込む。そんなミスティアの耳に、ルーミアの鼻歌が届いてきた。
 はじめミスティアは聞き流していたが、すぐにはっと顔を上げた。それは稚拙な調べではあったが、間違いなく、霊夢との遭遇前にミスティアが聞かせた歌のメロディと同じものだった。
「ルー……」
 食器を洗っている彼女を呼ぼうとして、思いとどまる。代わりに、ミスティアは唄い始めた。
 鼻歌に夜雀の澄んだ声が重なる。外が明るくなるまで、二人は何度も何度も、同じ歌を繰り返した。
 ミスティア脳内会議で可決寸前だったルーミア排除案は、ひとまず凍結された。


「大事なのは連携だと思うのよ。二人という数の力を最大限に活かすためにも」
 拳を振り上げて語るミスティアに、ルーミアもうんうんと真剣な表情でうなずき返す。
「例えば。あんたのムーンライトレイに私のイルスタードダイブを重ねてごらん? 巫女も失禁ものの一大スペクタクルよ」
「おおー」
 想像したルーミアは感嘆の声を上げたが、すぐに小首を傾げた。
「でもそれって反則じゃない?」
「ぐっ……だから、今のは例えよ、例え。連携の重要性は分かったでしょ?」
「うーん……要するに連携ってのは、単体で食べるよりも、合わせて口にした方がずっと美味しいってことと同じ? モッツァレッラチーズとトマトのサラダみたいな」
「……まあ、そんなところよ。大事なのは弾幕少女としての矜持を失わないこと。それを踏まえた上で、よりえげつない連携を考えるのよ」
 具体的な連携案をいくつか挙げ、そして二人は練習を開始した。


 数日後。
 ミスティアとルーミアは再び夜空で霊夢と対峙していた。
「あんたらさ……これって私への嫌がらせなの?」
「今日こそ年貢の納め時よ、霊夢! あんたに払えるだけの年貢があればの話だけどね」
「やかましい」
 ミスティアは霊夢を挑発しつつ、傍らのルーミアを横目で見た。うん、練習で自信がついたのか、今日は怯えた様子もない。単に霊夢への恐怖を忘れてしまっただけかもしれないが。
「いくよ!」
 ミスティアの合図で二人は散開、左右から霊夢に迫る。ルーミアがレーザーを放出、敵の逃げ場を狭めたところへミスティアが弾をばら撒く。
「あら、頭をひねってみたのね。知恵熱は出なかった?」
 霊夢は軽々と攻撃をかわす。これくらいでは、まだまだ余裕のようだ。
「ならば!」
 ルーミアに敵の注意を引き付けさせ、その間にミスティアは歌声を紡ぐ。人間を鳥目にする呪いの歌。
 歌声は確実に霊夢の視力を弱めたはずだった。そこへルーミアと共に畳み掛けた弾幕は、しかし、
「夢想封印!」
の一言で瞬時に掻き消されてしまう。
 空の只中で、巫女は仁王立ちになっていた。視力が落ちているせいか、目がやぶ睨みになっていて、さながら悪鬼の形相だ。
「うわわ……」
 ルーミアが情けない声を出し、後退する。綻びる包囲網。ミスティアは慌ててルーミアに呼び掛けようとするが、
 巫女がそれを黙って許してくれるはずもなかった。


 ミスティアは隠れ家の柱に爪で×印を刻み付けた。柱にはこれで×が六つ並ぶ。ルーミアと組んでから霊夢に敗れた数。意地になって、ひたすら霊夢に喧嘩を売るも、結果は六連敗。
 繰り返す戦いの中で、霊夢は二人に対する基本戦術を確立してしまったらしい。まず、強引にでもミスティアを封じる。すると一人取り残されてしまったルーミアは恐慌に陥り、ろくに抵抗できなくなるのだ。ミスティアを置いて逃げないだけマシとは言えたが、これでは永遠に勝ちなど望めない。
「あんた、あいつの弾幕にトラウマでも植え付けられたの?」
「そーかも」
「お気楽にうなずかない」
「……ごめんね」
 うなだれるルーミアを見ていると、ミスティアも強くは言えなくなる。
ふっと息をつくと、ミスティアは提案した。
「連戦で疲れてきたし、今日は特訓をやめて、山へ食料調達に行こうか」


 ルーミアが隠れ家に居つくようになってからというもの、食料調達の頻度は三倍になった。面倒ではあったが、でもまあ、一人でうろうろするよりは楽しいことも、認めないではない。
 季節の山菜を大量に確保し、月の下を帰路に着く。今日はなんとなく飛ばないで、渓流のそばを並んで歩いてみる。
 せせらぎの音を聞いているうちに、インスピレーションが湧いてきた。ミスティアは小さく口を開き、即興のメロディと歌詞で唄いだす。
 途中からルーミアもハミングで加わってきた。終わったらもう一度。ルーミアは覚えられた部分だけ、歌詞を口にする。
「風と水がであったらー」
「るるるー」
 気が付くと、空いている手にルーミアが指を触れてきていた。ちょっと驚いたが、捕まえてきゅっと握り返してみる。目を向けてみると、ルーミアも紅いきれいな瞳をこちらに向けて、笑っていた。
 歌声が途切れると、二人は足を止めて、川辺に佇んだ。川面に月明かりが揺れている。さらさらと水の唄う音。
「あのね」
 ルーミアが流れに目を落としたまま、言った。
「実を言うと、私、はじめはあまり乗り気じゃなかったの」
「霊夢と戦うこと?」
「それより前、二人で人間を襲ってみようってところから」
 そう言えば、元々はそういう計画だった。特に霊夢を狙おうという話ではなかったはずだ。ミスティアはやっと思い出して、苦笑した。
「いつの間にか暴走しちゃってたね」
「……はじめはね、ごはんをもらうのが目的だったんだ」
「おい」
「そのお礼に、ちょっとだけ付き合ってみるつもりだった。でも一緒に過ごしているうちに、ミスティアといるのが楽しくなってきたの」
「………」
「だから本当は、霊夢に勝てなくってもいいの、私は。ミスティアとこうして毎日一緒に遊んだり、唄ったりしていられたら。でも、ミスティアが本気で霊夢に勝ちたいと思っているのは分かってるよ。だから、真面目に戦おうとはしているんだけど……」
 ミスティアに触れる手が、力を緩める。
「ごめんね。いつも私が弱虫で」
 自分の手の中からルーミアの手が脱け出そうとしている。そう感じたミスティアは、とっさに手の力を強めた。
「ミスティア?」
「……今度で、終わりにしようか」
「え?」
「霊夢への挑戦。次を最後にしよう」
 ルーミアは返事をせず、ただ顔をミスティアに向けた。ミスティアはじっと川面を見つめたままでいる。


「あんたたち、本当にもう、勘弁してくれない?」
 霊夢は怒っているのか泣いているのか、なんともつかない複雑な表情で二人を迎えた。
「私、そこまで恨まれるようなこと、何かした? ねえ?」
「いや、単にこっちの都合なんで……」
 さすがにこんな態度を見せられると、挑戦者側にも相手を気の毒がる心情が芽生える。
「今日で最後だから……」
「……そう。なら、仕方ないわね」
 巫女は深く深く息を吐いた。
「でも約束してもらうわよ。これっきり、私に絡んでこないって」
 そして、いきなり空を踏みしめて飛び込んできた。本気を出して速攻にかかるつもりらしい。
 ミスティアとルーミアは、まずは常の通り散開、相手を挟み込むように動く。
 二人が雨霰と叩きつける弾幕を、霊夢はふわふわとした機動でかわしながら、これも常の如くミスティアに攻撃をロック。追尾性能を持たせた御札を大量に飛ばす。
 ミスティアは全速で逃げながら、リズムを刻み始めた。
「さぁーて、今日のナンバーは……」
 口から吐くのは夜盲の呪歌。霊夢くらいの相手になると大した効果がないのは散々思い知らされていたが、それでも気休めくらいにはなる。
 鳥目にされて、しかし霊夢はやはりいささかも動じない。
「いい加減、これにも慣れてきたかも。嬉しくないけど」
 細めた目が、ミスティアを探そうとしている。確実にその視界は狭くなっているのだ。なってはいるのだが――
「ま、私とは相性最悪の能力よね。やっちゃえ、夢想妙珠!」
 巫女を取り囲むように大きな光の玉がいくつも現れる。それらはごく短い時間、霊夢の周りにたゆたい、それから獲物の匂いを捉えた猟犬の如く飛び出した。獲物とはもちろん、ミスティアだ。
「うわっ、やっぱりだめなのー?」
 殺到する光玉は、ミスティアの技量でかわしきれるものではなかった。どむどむどむ、とサンドバッグのように打ちのめされ、あえなく墜落する。
「ミスティア!」
 原っぱの真ん中に落ちた彼女のそばに、ルーミアが飛んでくる。無防備な背中を霊夢に晒していることも構わず。
 意識の残っていたミスティアは、それを注意しようとして、止めた。もう、戦闘放棄でいい。これまでだ。
 心配そうに覗き込んでくる宵闇の少女に、ミスティアは無理に作った笑顔を見せた。
「ごめんね、ルーミア。弱っちいのは私もおんなじだよ」
「そんなことない。ミスティアは頑張ったよ」
「でも、だめだった。あいつをやっつけられたら、きっとルーミアのトラウマだって晴らせたのに」
 ルーミアは潤んでいた目をしばたたかせた。
「そのために……?」
「いや、さっき考え付いたんだけどね」
「ねえ、もう帰るわよ?」
 霊夢が腰に手を当てて見下ろしている。
「好きにしてよ」とミスティアは答えようとしたが、それより早くルーミアが霊夢を振り返っていた。
「待って。まだ私が残ってる」
「ルーミア?」
 期せずして、ミスティアと霊夢の声が重なった。
 ルーミアはまたミスティアを向いて、
「唄って。ミスティア」
「……無理よ。いくら鳥目にしたって、あいつのずる性能じゃ無意味に近いわ」
「そうじゃない。霊夢にじゃなくて、私に唄ってほしいの」
 つい今まで涙をこぼすかと見えていた紅い瞳には、月光よりも強く、静かな光が宿っていた。
「ルーミアに……?」
「うん。人を呪う歌じゃなくて、祝う歌。あなたの歌は、きっと私を勇気づけてくれるから」
「祝う?」
 そんな能力、私にはない。私にあるのは、人を惑わせ、鳥目にする能力だけ。
 ミスティアのそんな気持ちを読み取ったかのように、ルーミアは微笑んだ。
「ミスティアは使っていたよ、いつだって。私を元気付ける能力を」
 それで、やっと理解できた。
 ただの、ありきたりの、普通の歌。それでいいと彼女は言っているのだ。
 戦闘中には相手を呪う歌しか唄ったことがなかった。相手を夜盲症に陥れる、自分が勝つためだけの歌。ただ聞かせるだけが目的の歌など、必要なかった。
 今日、この夜までは。
「分かった、唄うわ。あんたのために」
 最後に一度視線を交わすと、ルーミアは身を翻して、空へと戻っていった。霊夢は律儀に待っていてくれた。


 ミスティアは唄い始める。
 地上から友の戦う姿を見守りながら。
 友への、いつも二人で唄ってきた歌を。






 隠れ家の柱に七つ目の×印を刻むと、ミスティアはルーミアを振り返った。
「ま、そうそう上手くいくものじゃないよね」
 どちらからともなく苦笑を交わす。
「でも、ボムを三つも使わせたんだから、大殊勲よね。あれは、ルーミアがレーザーを閉じていたら勝っていたわよ、きっと」
「無理だってば」
 ルーミアは首を振りつつも、どこか愉快そうに柱の傷を撫でた。
「まだ、挑戦するの?」
「ううん、あれで最後だって言ったじゃない。救夜軍事会議はここで解散よ……ま、しばらくは、ね」
 そう決めて、ミスティアはルーミアの反応を待つ。解散と聞いて、「ならば帰る」と彼女は言わないだろうか。これで二人の縁も切れるのだろうか。どうしても不安だった。
 だが、ルーミアは当たり前のように言ったのだ。
「それじゃ、今日はどうするの?」
 ミスティアは思わず安堵の息を吐きそうになり、急いでそれを押し殺した。取り繕うように、胸を張って告げる。
「それはもちろん、唄って、遊ぶわよ」
 ルーミアの目が輝く。ミスティアはちょっとだけ意地悪げな顔をした。
「でもまずは、食料集めね」
「うえー……」
「七割近くはあんたが食べちゃうんじゃない。ほら、行こう!」
 二人は隠れ家を飛び出し、夜空へと翼を、腕を広げた。
 しばらくして、遠くの空に、仲良く合唱する声が響きだす。夜風に乗っていつまでもどこまでも、歌声は流れていった。



ルーミアって花映塚に出るんですかね(遠い目)
日間と申します。
タイトル通りの話です。二人をもっと可愛く書けたら良かったのですが。
それにつけてもルーミアって花映塚に(略

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日間
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コメント



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7.90|||削除
感動した!

ルーミア続編にも出て欲しい!プレイヤーとしてじゃなくても!
最悪、毛玉の一個連隊に混ざって出て(閉じるムry

15.80名前が無い程度の能力削除
読後、とても爽やかな気分になれる素晴らしい一品でした。
今後も頑張って下さいませ。
19.無評価上泉 涼削除
うお、ガチで友情してますねこの二人。
誰かを鳥目にする以外に唄うことの理由を見い出したミスティアが良かったです。
今後、食料集めには骨が折れそうですが、それもまたご愛嬌。
24.60藤村流削除
「おかわり」
 最高です。

 ミスティアはいろんな妖怪たちと合う気がしますね。可能性を感じました。
30.80削除
最近、みすちーにも萌え始めてしまって困る…世の中って素敵だ。
57.80euclid削除
ルーミス可愛い!
と見せかけて霊夢さん超カワイイ!!
多かれ少なかれ、彼の楽園の素敵な巫女さんはこんな挑戦をちょくちょく受けてるのだろうか、
と、別のことも考えてみたり。