美鈴は符を両手に構え両足を広げると、キッと私を睨みつける。
いつも彼女の困り顔、泣き顔ばかり見ていたせいか僅かに気圧された。
そう、彼女は紅い館を守る門番。その外見に似合わず数多の外敵をその
実力で排してきたのだ。その力、決して甘くみて良いものではない。
私は肩幅まで両足を広げ臨戦態勢を取る。まだナイフは構えない。この
距離では牽制にもならない。
半端な手札は命取り。彼女は符を構えているが、真に彼女の実力が発揮
されるのは近接戦闘。符を目くらましに飛び込んでくる気だろう。そこに
ナイフを合わせるか?
私の能力は彼女も承知。私の能力で止められる時は精々1~2秒。今の
この距離では時を止めても彼女に届かない。そのギリギリの距離を保って
いる。
彼女の脚力に符の力を上乗せすれば、この距離を一瞬で詰めることも可能
だろう。私の能力は初見であれば無敵。だが彼女は私の能力を知っている。
「不味いわね……」
彼女は武道家。間合いの把握、空間把握力は私より遥かに上。私が前に
一歩出ると同じだけ下がる。私の攻撃範囲の僅かに外側を常に保っている。
例え、大きく動いて揺さぶりを掛けても、逆にこちらの隙を見せることに
なるだけ。
彼女は微動だにしない。
気を張り詰めたまま、
その一瞬を逃さぬよう、
真っ直ぐに
真剣に
恐れもなく
驕りもなく、私を見ている。
良いだろう、こちらもタダで済ますつもりはない。
彼女の眼差しに応え本気になろう。
己が一切を省みず、ただ殺すだけの人形となろう。
瞳に赤が灯る。殺意が膨らむ。ナイフを召喚し両手に並べる。
「さあ はじめましょう」
彼女が両手の符を一斉に放つ。七色の符が踊り、ぶつかりあう度に
微細に分かれ彩やかな雨となる。踊り狂う符は風を巻き起こし彩雨を
纏い、極彩の嵐と化して私に襲い掛かる。
風に乗る符の一つ一つが必殺の威力を持ちながら、それでもまだ
これは牽制に過ぎない。
彼女が待つは私が時を止めた瞬間。
時を止め終わった後の無防備な状態。
彼女は符を放つとすぐに、その右拳に己の気全てを注ぎ込み始めた。
私は---
「咲夜さん! この間はありがとうございました!」
満面の笑みを浮かべる彼女に困惑する。はて、私何かしたかしら?
「この間、あの黒いのがまた押しかけてきた時ですよ。フラン様と黒い
の遊びに巻き込まれた私を、助けてくれたじゃないですか!」
あぁ、そういえば。流れ弾に当たって床に転がるこの娘を門の外に
放り出したっけ。絨毯に付いた血は落ちにくいから。
「あのままだったら絶対死んでましたよ。私、気を失ってたから知らな
かったんですけど他の娘達が教えてくれました。咲夜さんがあの弾幕の
雨の中に飛び込んで私を運び出してくれたって! ホント、ありがとう
ございました!」
まぁ、私の能力を使えば弾幕の雨といえど、蜘蛛の巣をかわすような
ものだ。大した事ではない。
「いいわよ。お嬢様の遊びで人死に出すのもなんだし。人じゃないけど」
「ホント ありがとうございました。咲夜さんってちょっと怖いってゆーか、
何となく冷たいイメージがあったんですけど……でも 誤解だったんですね!
咲夜さんってホントはすごく優しい人だったんですねっ!」
いや、まぁ、何と言うか……こう真っ直ぐとキラキラした目でそんな事言わ
れると、その……正直……困る。
私に与えられる眼差しは『畏怖』『嫌悪』そして『恐怖』
人の身でありながら、『時間』を『空間』を弄ぶ私に対する眼差しは、人で
あれ、妖であれ変わらない。
運命を操る我が主に、私の運命を絡め取られるまでは。
この紅い館で働き出してからは、紅白や黒いのその他色々な変なモノたちと
出会い、私の世界も少しずつ変化していったのだけれど。
それでも、こんな真っ直ぐな好意は初めて。なんだかくすぐったいような、
ひどく落ちつかない気持ちになってしまう。
「そんな事より、またあの黒いのを館に上げて! 貴方、自分の仕事が何だか
解ってるの?」
知らず口調が厳しくなる。あぁ、もぅ! こんなのただの照れ隠しだって自分
にだって解っているのに!
「あ、えとその……」
「言い訳はいいわ。だいたい貴方は……」
あぁ、また……いつものように……
私は知っていた。私は彼女の事が好きだと。
彼女の笑顔が眩しくて
彼女の泣き顔が愛しくて
だから
だから……
私は、彼女の本気に応えなくてはならない。
彼女が本気で向かってくるならば……
私も全力で叩き潰す!
目前に迫る彩雨の嵐を最小限の動きで避わす。
七色の符が、私の腕を、足を、身体を、頬を掠めていく。
十、十二、十八--- 最早かわした符の数は数え切れない。
「ここまでですっ!」
彼女が右拳に気を込めたままで、左の掌を振りかざす。その腕の動きに
合わせ避わした筈の符すらも再び舞い戻り……一斉に襲い掛かる!
前後左右、天地すら囲まれてもなお……私は時を止めなかった。
傷付き血を流した右足に力を込め一気に飛ぶ。
全ての方角から襲いくる符の嵐など意識すらしない。
弾丸のように彼女に向かって疾る身体。
迫る符を意識しないまま両手のナイフで叩き落す。
瞳を真紅に染め、両手のナイフを気が狂ったかのように振り回す。
残像すら残らぬ速度で
『時間』も『空間』も『生命』も『死』も欠片も残さず切り刻む!
刻むのは前方のみ。右足に、左肩に、次々と符が直撃するが気にも留めない。
ただ前方の彼女への道のみを切り開く。
彼女の戸惑いを感じる。
何故、時を止めないのか? 何故避わそうともしないのか?
頬が緩む。自分の口が三日月のように開く。まるで見慣れた悪魔のような歪んだ笑い
が口の端に浮かび上がる。
なんて可愛い彼女
やっぱり、貴方は門番
だから、館の中には住む事ができない
『敵』と刃を交えて尚……『敵』の身を案じるなんて……
この紅い館に棲まう事が出来るのは……
容赦も慈悲も欠片もない……『悪魔』だけ!
目前に迫る私に、彼女は戸惑いながらも渾身の右拳を放つ。その拳に込められた莫大な
『気』であれば触れるもの全てを消し飛ばすであろう。
だが……もう遅い。
「時よ」
世界の色彩が消え、世界の鼓動が消え、世界の活動が消える。
ただ、私だけを取り残して。
「意外と頑張ったわね……正直、貴方がここまでやるとは思ってなかったわ。
でも、まぁ、これで……」
彼女の背後に立ち、両手に無数のナイフを並べ……
「チェックメイトよ」
動き出した時の中、彼女の全身に無数のナイフが突き立てられた。
私は貴方の事が好きだけど
それでも、我が主に抗うのであれば容赦はしない
私もまた……この紅い館に棲まう……
『悪魔』と呼ばれた存在(もの)だから……
「えぅー痛いですー」
情けない声を上げながら彼女は地面を転がる。
仮にも彼女は妖怪(何の妖怪か知らないが)だ。ナイフの十や二十刺さった
ところで死ぬことはないだろう。
どちらかといえば私のほうが重傷だ。なにしろ私は一応人間なのだから。
「ま、とりあえず、これで納得したでしょ」
「あーじゃあ、給金アップの件は?」
「私に勝てたらね」
-終ー
咲夜さんの愛情表現に、もうメロメロですわ。もし給金がアップしたとしても、馬小屋から納屋に移る位だったりして。
結構相性がいいのかも・・・。なんて読んでて思った。