Coolier - 新生・東方創想話

金色の猫

2005/05/22 01:52:19
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     ――金色の猫――

桜舞う庭で、剣を構えて剣の先にあるものを睨み
神経を集中させている少女がいる。
また少女に対峙しているもう一人は、目を瞑り扇を口元に広げ
何の構えもしていない、ように見える。

少女の方は魂魄妖夢。
見た目は少し幼げに見えるが溢れる殺気はその姿と裏腹に
迫力のあるものだった。
対しもう一人は西行寺幽々子。
西行寺家のお嬢様であり、目の前に遮立つ魂魄妖夢の主でもある。

・・・集中。集中して相手の動きを見切るんだ・・・

桜の花弁が綺麗に舞う中、二人の間にどれだけの緊張と静寂があっただろうか

相手の動きを見切るには・・・狙いを先読みする。
これはお師匠様から学んだ事だ。
幽々子様の狙いは・・・上!!

前にいた筈の幽々子はいつの間にやら妖夢の予想通りに上に跳んでいた。

「考え事をしている暇は無いはずよ、魂魄妖夢。」

く・・・・・っ

冷たく発せられた言葉は妖夢を恐怖にさせる。
幽々子が扇を振るうと眩く光る胡蝶が一挙に舞い落ちた。

速い!!

妖夢はとっさに恐怖を脳裏から離して構え直すと
目の前にいる胡蝶たちを斬り落とし、被弾しないように幽々子目がけて
跳躍した。刀を握る手に力が増す。
懐に入ってしまえば此方のもの・・・幽々子様、覚悟!!

あっという間に幽々子に近づき、
本気で、当たるように楼観剣を振るう。

「はあぁっ!!」

ヒュッ

楼観剣は空気を斬り、手ごたえは無い。

避けられたか・・・!!どこにいる!?
狙いを見切れ!!・・・後ろか!?

「上よ」

な・・・さらに上!?しまっ・・・体制が整えられな・・・・・

またも幽々子は胡蝶を妖夢目がけて舞わせる。
輝く胡蝶が拡散して妖夢を襲う。

「く・・・ッ!!」

危ういながらも剣を盾にして胡蝶の被弾を避ける。
しかし、地面に向かって勢い良く落とされ背中を強打した。
背中には激痛が走り、妖夢の顔が痛みに歪む。

痛・・・ッ―――!!

背中の痛みに耐えながらとっさに体を起こすが、すでに勝負はついていた。

「はい、終わり♪」

さっきまでの冷たく冷えきった声が嘘かのように
陽気な喋り方をする幽々子。
顔も和らいでいて、にこりと微笑んでいる。
いつの間にか閉じられた扇は妖夢の顔の直前で止められていた。
妖夢の頬に冷や汗が流れる。

「・・・さすが幽々子様。少ししか動きが見れませんでしたよ」

「少し見れただけでも上出来。初めなんか全く私の事見れずにいたものね。
 それから妖夢。あなたはすぐに慌てたり焦ったりする癖が目立つわね。」

「うぅ・・・頑張ります・・・・・」

幽々子様はにっこり笑って私に手を差し伸べてくれた。
私は素直に甘え、手を伸ばす。
ぐいと引っ張られる感覚がして、一瞬だけど自分の体が宙に浮くのがわかった。

「よいしょ・・・妖夢、あなた最近太ったんじゃない?重いわよ?」

「余計なお世話です!!」

その後二人で笑い合うと幽々子お腹がお約束のように鳴る。
彼女にとって朝食を食べないことは3日何も食べていないことと
同じようなものなのだ。

「幽々子様、無理なダイエットはお体に良くないですよ?」

「・・・そ、そうね・・・じゃあご飯!!妖夢作って~~♪」

「たまには手伝ってくださいよぅ」

「嫌~~♪」

「仕方ないですねぇ・・・つくりますから、待っててください」

「は~~い♪」



さて、今日は何を作ろうかな・・・夕べは激辛ギョウザ(幽々子様は口から炎を出して倒れてたような・・・)とかを作って中華系にしたから
今朝はあっさりにしようかな・・・

痛む背中をさすり、歩きながら朝食は何するかを考えていた。
この家庭では炊事洗濯は妖夢が担当しているのだ。
幽々子は人の2,3倍は食べるものだから作る方は大変のようだ。
・・・と

みゃ――――――

「あっさりと言ったらやっぱり・・・ん?」

この場には不似合いな、どこか弱々しく聞こえる何か動物の声が聞こえた。

・・・猫・・・?どこから迷い込んだのか・・・
これはきっとスキマの紫様の仕業ね・・・
スキマから猫を連れ込んだのか・・・
あの方はそういう悪戯が好きだからなぁ・・・・・

      みゃ――――――

あぁまた。全く紫様は面倒なことをするんだから・・・
鳴き声を聞く限り弱ってるみたいだし、少し様子見してくるか・・・

妖夢は庭に出てその鳴き声の主の居場所を捜した。
あたりを見回すと、小さな木陰の下で傷だらけの汚れた茶色い猫が
うずくまっていた。震えているようにも見える。

うわぁ、かわいい・・・じゃなくて、なんて酷い怪我だ・・・助けないと!!

「大丈夫、今助けるから!!」

そういってタオルを持ってくると、猫を抱き上げ
すぐさま暖かい部屋に連れ込んだ。

・・・本当に酷い怪我だ・・・これは紫様の仕業じゃない・・・
流石の紫様でもそんな酷いことはしないし・・・
・・・いや、キレたらするかも・・・・?

妖夢はしばらく、歩くのもままならない猫の姿を見つめていた。
猫は震えながらまた鳴いた。

可哀想に・・・一体誰がこんなことを―――

「ようむ~?ご飯まだぁ~?」

ハッ!!しまった、ご飯忘れてた!!

「はいっただいま!!・・・ちょっと待ってて、猫さん」

・・・猫さんのこと、幽々子様には言わない方がいいかもしれないな・・・
反対されたらおしまいだし。

妖夢は猫をその場に残し、改めて食事の準備を再開した。




「あら、妖夢。今日はいつもより沢山つくったのねぇ・・・」

「え、あ、そうですか?」

小さな台に二人分とは思えないくらいに多くの料理が並べられる。
(まぁその大半は幽々子がたいらげてしまうのだが)

猫さんの分も作っただけなんだけどなぁ・・・

「ご飯に関して私の目はごまかせませんわよ♪」

「あぅ・・・・」

気づかれてしまった・・・修行が足りないのか・・・

妖夢は仕方なく猫を拾ったことについて幽々子に話した。
食事終了後、妖夢は幽々子を連れて猫のいる部屋へと移動した。
猫は目を瞑り、タオルに包まれて気持ち良さそうに寝ていた。

「ふぅん・・・この子ね・・・」

「・・・ちゃんと世話しますし、怪我が治り次第野に帰しますから!
お願いします、少しの間ここにおいてやってください!!」

と、幽々子の顔を見る。

「・・・・・・」

    ――――ドクン
心臓の音が、聞こえた

「・・・幽々子・・・様・・・・・?」

「え?・・・あら、ごめんなさい。あまりにも可愛らしいものだから
見入ってしまったわ。どうしたの、妖夢?」

「え・・・こ、この子、怪我が治るまでの間
ここにおいてあげれないですかって・・・お願いしてたんです・・・」

「・・・えぇ、いいわよ。でもそのかわり世話はあなたがするのよ?」

「・・・はい。もちろんです。」

「なら問題ないわ。じゃあ私は一休みするわね。おやすみ~」

そういって幽々子は襖を開けて布団の敷かれた部屋へと消えた。

――――ドクン

『―――世話は妖夢がするのよ?―――』

幽々子様は、私の話を聞いていなかった。
未だにあの時の――猫を見たときの幽々子様の顔が頭に浮かぶ。
今朝、幽々子様と訓練をしたときのような、
頑なに動かない口と
――――冷たい瞳。
その鋭い視線はまるで戦う時の―――

みゃ――――

「わっ!?」

いつの間にやらあの猫が目を覚まし、妖夢の真下に来ていた。
よほど人懐こいようで、妖夢の足に頭をさすりつけている。

ぅわ、かわいい・・・・!!

さっきまで考えていた恐怖はすっかり消え、猫の可愛らしさになんだか安心してしまった。
しかし猫は傷だらけの体が痛むのか、震えていた。

みゃ――――

「・・・よかった・・・しばらくここにいられるよ。
・・・怪我はちゃんと治してあげるからな・・・・・・・」

みゃ――――

・・・それにしても、この子随分汚れてるなぁ・・・
洗ってあげようかな。個人的に洗わなきゃ気がすまないし・・・

「猫さん、傷むだろうけど、洗ってキレイにしてあげるから、我慢して」

そういってまたタオルに包んだまま風呂場に連れて行き
少し暖かい水でゆっくり洗ってやった。
みゃ――みゃ――――

痛々しい傷からは少し血が滲んでいた。
猫は傷みに耐え切れないのか必死に暴れる。

ごめん・・・ちょっと我慢して・・・・
・・・ん?この傷は・・・・・

妖夢は猫の傷をよく見てみる。
なんだか道具でつけられた傷が多い。
それも、ここ幻想郷には珍しい道具。

人間がつけた傷なのか・・・?どうしてこんなところに?

みゃ―――

はっとして猫に視線を戻す。猫は妖夢を見上げて鳴いていた。
妖夢は笑って猫を撫でてやった。
しばらく経つと汚れはキレイに落とされ、タオルで拭いてやると
元のような茶色ではなく金色のような綺麗な艶をした毛色になった。

「綺麗な毛色・・・洗ってよかった」

本当に毛並みが綺麗で、仕草が可愛くて、もう一度撫でた。

「よし、じゃあ次は包帯とか巻くからね」

みゃ――――

妖夢の言葉に反応しているかのように鳴く猫。
妖夢は乾いた猫を抱き上げると、また違う部屋へと移動した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

西行寺幽々子は布団の中で目を瞑っていた。
そして目を開けて誰にも聞こえないような小さな声でつぶやく。

「どうしたものかしらね・・・あの厄介なものは・・・」

少し悲しそうな顔をして、また目を瞑った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3日経ったある日の朝。
猫が歩けるくらいにまで回復すると、
妖夢はその間やってなかった西行寺家の庭掃除するために、
箒を持って靴を履いた。歩けるようになった猫は、随分と妖夢に慣れたらしく、後ろをついてくるようになった。今も猫は妖夢が靴を履き終えるのを座って待っていた。
と、いきなり幽々子が後ろから現れた。

「おはよー、妖夢。何してるの?」

「あ、幽々子様。おはようございます。
久しぶりに庭掃除でもしようかと思いまして・・・
それにしても珍しいですね、
幽々子様がこんな朝早くからおきてらっしゃるなんて」

「失礼ね、私だってたまには早く起きるわよ。ところでようむ~」

「はい?」

妖夢が振り返って幽々子の方を見ると、幽々子は庭の方を指差して言った。

「庭に花壇を作って花を植えない?きっときれいな庭になると思うな♪
っていうかすでに花壇は出来てるわ。」

「花壇なんていつの間に作ったんですか!?
・・・でも花を植えるのはいい考えですね。」

「でしょー?花の種も仕入れてあるのよー♪」

「早!?・・・そういうのだけは早いんですね・・・」

「だけとは失礼ね、用意周到って言いなさいよぅ」

「はいはい」

そう言い、二人は花の種を幽々子作の花壇に撒いた。

「咲く時が楽しみですね」

「・・・そうね」

みゃ――――

猫が鳴いたかと思うと幽々子はいきなり激しく咳き込んだ。

「ケホッ、ケホッ・・・・・っ・・・」

「幽々子様!?どうなさったんです!?」

「少し体調が悪いみたいなのよ・・・風邪だと思うから心配ないわ」

「風邪ですか・・・薬でも買ってきましょうか?」

「大丈夫よ、寝ていれば治るわ。・・・薬は、意味が無いから・・・――――」

幽々子は聞こえないように言ったのであろうが、
妖夢にはしっかり聞こえていた。

意味が、無い・・・―――?一体どういう・・・

気にするほど酷い風邪ではないのか、と思った妖夢は、
さっきのことなど気にせず、笑った。

「あはは、確かに幽々子様は寝ればなんでも治りますよね」

「でしょ?だから問題ないわ。少し寝てくるわね」

「はい、わかりました。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あれから幽々子様はまだ不調が続いているらしく、あまり外出しなくなった。
『寝ていられて嬉しいわ』と幽々子様は言っているが、
従者としてそれなりに心配なのだ。

「妖夢~~」

「なっ・・・幽々子様!寝ていないと風邪治りませんよ!?」

「大丈夫よ~~。それより花壇が見てみたくなって・・・」

「見たら早く寝てくださいね?
・・・そういえば花壇の花、なかなか芽出しませんね・・・」

「ほんとねぇ・・・なぜかしら」

二人は並んで花壇を覗いていた。だが生憎芽は出ていない。

「はやく芽が出るといいわね・・・」

「そうですね・・・」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数日後。少しずつ元気になってゆく猫を見て、思わず笑みをこぼす妖夢。

・・・あれ以来幽々子様もあの目でこの子を見なくなったし、
あれは私の見間違いだったかな。
・・・そう、ただの猫に幽々子様が敵視するわけない、筈。

妖夢はふと自分の考えに誤りを感じる。

『ただの』?どうしてこんなに小さな『ただの』猫が
あんな酷い怪我をしていた?
幽々子様は・・・一体何を知って・・・―――
・・・・・・深く考えるのはやめた!!
今は猫さんが元気になればいい。
そうだ、今日は少し散歩に行こうかな。

その日の昼、妖夢は猫を連れて西行寺家を出た。

「・・・やっぱり外は気持ち良いな・・・猫さんも歩ける程度になってきたし」

みゃ――――

「・・・あ」

前に誰かいる・・・?遠くて見えな・・・・―――

「妖夢、久しぶりね。」

「わぁっ!?」

突然目の前にスキマが出来て、ある人物が現れた。
スキマ妖怪と呼ばれ、あらゆるスキマを操る能力を持つ者、八雲紫。

「紫様ですか・・・びっくりしたじゃないですか・・・」

「ふふ、予定通り♪」

「ところで紫様はこんなところで何をしていらっしゃるのですか?
幽々子様に用事があるのならお呼びしましょうか?」

「幽々子に会いに来たわけじゃないからいいわ。ただの散歩よ。
全く・・・相変わらずね。礼儀正しいところは全然変わらないんだから。」

「いえ、そんな・・・」

「そういえば妖夢、あんたこそこんなところで何してるのよ」

「それは・・・」

みゃ――――

「あら。猫?」

「えぇ。酷い怪我でしたから幽々子様にお願いして
直るまでは住ませて良いと言われたので」

紫様は猫さんをじっと見つめていた。

「・・・名前は、決まっているの?」

「そういえば・・・まだです。」

「今までなんて呼んでたのよ?」

「・・・・・・・猫さん、と・・・・」

「・・・え?・・・・・・・・・・本当?」

「ホントですが・・・」

「ホントのホント?」

「本当ですってば」

「・・・・・・・」

「?」

「・・・・・・・・・・・・」

「???」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷっ」

途端に紫様は大笑いをし始めた。

「な、な、なんですか!!!」

「いや、『猫さん』って・・・ぷぷっ」

「~~~~~~~~っ!!笑わないで下さい!!!」

恥ずかしくて赤面してしまう。
笑い終えたのか、急に紫様が静になった。
そしていきなり鋭い目つきになって私にこう言った。

「・・・私から、忠告をしておくわ」

「え・・・?」

また一瞬、胸騒ぎがした。

「容易な気持ちで、動物を飼わない方が良いわよ」

その言葉を聞き、思っていたよりも普通だったため、内心ホッとして
『なんだそんなことですか』と言おうとした。だけど。

「それから」

ドクン

「その猫を、幽々子に近づけては駄目」

「どういう・・・意味ですか・・・」

「そんなに深く考えないの。とりあえずこの忠告だけ聞いてくれれば」

「・・・・はい」

「うん、あんたは理解がいいから助かるわ。
じゃあね、『猫さん』に名前でも付けてあげなさいよ」

妖夢はあの時の幽々子の瞳を思い出した。
冷たい、瞳を。

「・・・・・・」

―――その猫を、幽々子に近づけては駄目――――

何故・・・?そういえば幽々子様は今までこの子に触れてない。
ただの一度も―――

みゃ――――

猫が妖夢の足にさすりつけ、甘える。

・・・この子に何がある・・・?一体何が・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

幽々子は瞑っていた瞼をゆっくりと開き、ムクリと起き上がる。
いつも携帯している扇を懐から出して、ふわりと開いた。
その開いた扇で自らの口元を隠し、一言。

「・・・紫。何か用かしら?それでは妖夢に泥棒と間違われるわよ」

「ふふ・・・そうね、気をつけるわ。」

西行寺家の一室、幽々子の寝室にスキマが出来、
スキマ妖怪の紫がゆらりと現れた。
紫もまた、幽々子のように扇を開いて口元を隠していた。

「それで、何か用?」

「単刀直入に聞かせてもらうわ。
あの猫・・・いえ、『あれ』はどうするつもり?
妖夢はすっかり気に入っているみたいだけど。」

「・・・・・・・」

「何も対策を考えていないのなら・・・妖夢には悪いけど『あれ』は・・・」

「考えておくわ」

「・・・まぁ、判断はあんたに任せるわ。
それじゃ、またね―――」

紫はまたスキマの闇へと消えていった。
幽々子はそれを見送ると、うつむき咳きをして小さくつぶやいた。

「・・・・・っ少し、きつくなってきたわね・・・・・・ケホ・・・ッ」

咳きが止まると、扇をまた懐にしまい、立ち上がって外へ出た。



紫様は一体何が言いたいのだろう・・・考えれば考えるだけ不安になる。

みゃ――――

「・・・大丈夫、心配するな。私はお前の見方だから―――」

猫の頭を優しく撫でて、また歩き始める。
と、妖夢は肝心なことを忘れていたことに気がついた。

・・・猫さんの、名前。すっかり忘れてた。

妖夢は再び立ち止まりしゃがみ込むと、猫をじっと見つめた。

どうせなら良い名前がいいよなぁ・・・
確かに紫様が言うように、『猫さん』というのは失礼かもしれない。
それは固有名詞に『さん』をつけただけであって、名前ではない。
紅白の巫女を『巫女さん』と言ったり、黒い魔法使いを『魔法使いさん』
と呼んでいるようなものなのだから。
・・・そう考えると、私はなんと呼ぶのだろう。
『半分人間の幽霊さん』か・・・?いや違うな。
『西行寺家に仕える庭師さん』か?・・・長いな。それとも・・・・・・

みゃ―――

はっ!何を考えているんだ、私は。
この子の名前を考えなくては。
えーと・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・思い、つかない。
名前なんて、考えたこともないしなぁ―――・・・
『妖夢』と『幽々子』を合わせて『妖子』?
・・・猫さんにはしっくりこないな。じゃあ『スイム』?
・・・パクリはよくないな。じゃあ・・・―――

「『ゆう』なんてどうかしら」

「あぁ、いいですね。『ゆう』ですか。呼びやすくて・・・・って、えぇっ!!??」

「やっほ~~妖夢~~」

幽々子が手をひらひら振ってやってくる。

「幽々子様じゃないですか!?こんなところで何をしているのですか!
まだ寝ていないと・・・」

「だって妖夢がいないとつまらないんだもの。
最近はその猫ちゃん・・・いえ、『ゆう』ちゃんとばかり遊んでいるから」

「『ゆうちゃん』・・・?あぁ、この子の名前ですね。
『ゆう』・・・・いい名前だと、思います。
ゆう、幽々子様がつけてくれた名前、大切にするんだよ」

みゃ――――

「あら、ちゃんと返事するのね。賢いわ」

「すごいでしょう?」

「ホント、すごいわ」

今なら、幽々子様に聞ける。ゆうに、何があるのか。

「・・・・・幽々子様」

「何かしら。」

「あなたは―――――」
 
ゆうの――何を知っているのですか――――?

口が、動かない。動こうとしない。
聞かなければならないのに。

「あなたは・・・・・・・・」

聞かなければ。

「・・・・・・・・・・」

聞かなければ。

「・・・・・・・・・・・」

聞けなかった。
なんだか、嫌な予感がして。

「・・・なんでも、ないです・・・」

「そう」

幽々子様はにっこりと笑った。だけど、なんだかぎこちない笑顔に見えた。
いつも一緒だからわかってしまう。

幽々子は何か思いついたように手を軽く叩き、妖夢に言う。

「ところで、庭に植えたあの種・・・全く芽出さなかったでしょ?
だから少し花壇を改良したのよ。・・・妖夢、見てくれない?」

またにこっと笑った。だけど先ほどのぎこちなさはなくなっていた。

さっきのつらそうな笑顔は気のせいかな・・・

「いいですよ。芽が出なかったのは
幽々子様の花壇の作り方が悪かったんですね」

「なによぅ、それ!」

笑い合う二人。同時に西行寺家に向けて歩き始める。
妖夢はいつもと違う幽々子の雰囲気に不安を感じながらも気にしなかった。
家に到着し、幽々子の示した場所を見た。

芽は、まだ出てない。
幽々子様が花壇を直したと言っていたけど、芽が出ない原因は沢山見当たる。
一つ、種見えてる。
二つ、硬く土押さえすぎ。
三つ、水やりすぎ。(だばだばだし)
いちいち指摘するのも面倒だし後で私が直しておこう。
・・・・・ん?白い札に何か書いてある・・・?
土に深く埋めてあって見えない・・・・・

「幽々子様、これはなんですか・・・―――」

          ドサッ
「え・・・・・―――――」

妖夢が振り返った瞬間、幽々子は地にのめり込むようにふっしていた。
息は荒く、とても苦しそうに呼吸をしている。

「―――幽々子様っ!?」




会話はいつものようなやりとりだったのに・・・どうして・・・―――

幽々子が倒れて、半日程経った。もう夜中の2時過ぎだった。
あの後、妖夢は倒れた幽々子をいつもの寝室へと運び、
つきっきりで看病にあたった。
何度か眠気でうとうとしたが、妖夢は自分の頬を叩いて無理にでも起きていた。
そして目を瞑ったままの幽々子に
聞いているのかいないのかは分からないが、悲しそうな声で話しかける。

「幽々子様・・・どうなさったんですか・・・
目を開けてください・・・・・・」

みゃ――――

「・・・・・・・・・ゆう・・・・」

『――その猫を、幽々子に近づけては駄目―――』

          ドクン

「まさか・・・・・お前なのか・・・・・?」

みゃ―――――

可愛らしく鳴く猫。妖夢は悔しそうな表情で幽々子を見つめる。


「幽々子様・・・私は一体どうしたら・・・・・・」

みゃ―――――

一鳴きしたかと思うとゆうは歩いて窓に向かっていた。
ゆうが私の元を離れるなんて初めてだったから驚いた。

「ゆう、どこ行くの」

みゃ―――――

またゆうは一鳴きして、一度だけ此方を向くとまた歩き出した。

「・・・早く、戻ってきなさいよ。
私は・・・幽々子様のおそばを離れるわけにはいかないから・・・」

そういって去って行くゆうを見送ると、
妖夢は幽々子の看病に戻った。





「ねぇ、咲夜」

「はい、なんでしょう?」

紅魔館の一部屋、大きなテーブルと椅子があり、
黒い翼の生えた少女が椅子に座っていた。
その横には丸いお盆を持ったメイド服の女性が礼儀正しく立っている。
少女は永遠に幼い紅き月、吸血鬼のレミリア・スカーレット。
レミリアは紅茶を飲みながらメイド服の女性、
完全で瀟洒な従者、十六夜咲夜と話している。

「やっぱり咲夜の淹れる紅茶は格別においしいわね。」

レミリアは少女のような体をしながらも、話す言葉は大人そのものだった。
咲夜はそれを聞いて少し顔を綻ばせる。

「ありがとうございます。・・・ところでお嬢様・・・」

「何かしら。」

「最近少しお疲れですか?
なんだか疲れが溜まっているような表情でしたので。」

「・・・そうね。少し溜まってるかもしれないわ。」

「今日はもうお休みになられた方が・・・」

「・・・そうしたいところだけど・・・今日はちょっと用事があるから出かけるわ」

「そうなのですか・・・」
             ・・・・・
「さて、早速出かけるわね。厄介な用事は、早めに終わらせた方が楽だもの」

「私もお供します。お嬢様になにかあれば・・・」

「安心なさい、咲夜。すぐに終わるわ。
それに・・・私は悪魔よ?何があっても平気。あなたは留守を頼むわ」

「・・・わかりました」

「じゃ、行ってくるわね」

レミリアはベランダから勢いよく跳んだかと思うと
迅速の速さで駆け抜け、空の闇へと消えた。


咲夜には、分かっていた。
何か、この幻想郷には元々いない、妙なモノがいたことを。
そしてそれが、主であるレミリアにとって苦になっていたことを。


「お気をつけて、お嬢様・・・―――」

紅い月が、咲夜を紅く照らしていた。




  ―――――ドクン

「・・・・・・・ッ―――――!?」

ちょうど、幽々子の額に新しく冷やしたタオルを乗せた直後だった。
妖夢の心臓が大きく動いた。

       ドクン

まただ。すごく、嫌な予感がする―――
―――・・・ゆう・・・・・・!?

「・・・っ・・・幽々子様・・・申し訳ありません、少し、お待ちください・・・!!」

妖夢は二つの剣を握ると、家を飛び出し、走り出した。
靴すら履かずに。

       ドクン

ゆう・・・・・・!!どこ・・・・!?
何か、何かが起きてる気がする・・・・・・ゆう・・・・・・・・!!

妖夢は走った。
何故なのか、誰よりも早くあの子を、
ゆうを見つけ出さなければいけない気がした。
だから
走って
走って
走り続けた。
靴も履かなかったから、足は痛かったのに、それでも走った。
そうしなければいけない気がしたから。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

みゃ―――――

「・・・見つけた」

先に猫を見つけ出した人物の影は小さかった。
しかし、その小さな影には、大きく広げられた翼の影もあった。
その人物――少女は宙に浮き、紅い瞳で猫を見下ろし睨んでいた。

みゃ――――

「お前ね、この妙な妖気の正体は。」

レミリアは燃えるような紅い瞳で、しかしとても冷たい瞳で
猫を見下ろしている。
少女からは赤黒い波動が体全体から溢れ出ていた。
猫は、そんな少女を見つめ、鳴き続ける。

「悪いけど、早速消えてもらうわ。
うちのメイド長は心配性だからね。早く帰らないといけないもの」

レミリアの開いた手は真っ直ぐ横へ伸ばされていた。
その手のひらには、紅い光が集まり、塊ができていた。
塊は、鋭く巨大な矢の形をしていた。

「終わりよ。神槍 スピア・ザ・グングニル」

と、言い、自分の手のひらにできた、自分より大きな紅い矢を
猫めがけて投げた。
矢は速く、猫に避けることなど不可能だった。
その矢は猫に――――当たらなかった。
矢は、突然やってきた人物によって切り裂かれ、吹き飛ばされていた。

「何を・・・・・していた―――!!」


その人物の名は、魂魄妖夢



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

妖夢はあれからもずっと走り続けていた。
ゆうの無事を祈りながら。
体力も尽きてきて、息もかなり上がってきた頃、
やっと妖夢は、ゆうの姿をとらえることが出来た。
ゆうはちょこんと座り、月のほうを見ていた。
妖夢はホッとして、ゆうに近づこうと足をゆっくり前に進ませる。

「・・・・・ふぅ・・・・見つけた。ゆう――――」

前に進む。
すると、紅い月に照らされた地面に、一つの影が見えた。
影の持ち主は、木々によって遮られ、わからない。
ただ、その影には普通と違うものがあった。
大きな、悪魔のような翼。

―――――――ドクン

また前に進む。
そして。ついに、見た。
紅い月が似合う、黒い翼の生えた少女を。
その少女は妖夢がよく知っている少女だった。
妖夢の目は、少女が持っている紅い巨大な矢を見た。
そして、その矢の矛先がゆうであることを知ると、
いつの間にか飛び出していた。

間に合え!!

少女は此方に気づいていない。
矢を投げる体制になった。

間に合え!!!!

足が痛かった。でも、もうどうでも良かった。
ただ間に合いさえすれば。

ゆう―――――!!!

少女――否、悪魔が、紅い矢を投げた。
届くか届かないかはわからなかった。
だけど、走りながら目を瞑り、剣を思い切り振り切った。

バシィ!!!

手応えはあった。だけど、あの矢からゆうを守り抜いたかはわからなかった。
少しして目を開くと、そこにはあの矢は無く、
ゆうも無事であることが確認できた。
間に合ったことに安堵したのと同時に、少女に対する憎悪が
妖夢の心の中に渦巻いていた。

こいつは・・・・・ゆうを・・・・・!!!

考えれば余計に憎悪が増す。
妖夢は息を整えると、怒りに満ちた強い目で睨んだ。憎悪の塊みたいな声で、
少女―――レミリアに言った。

「何を・・・・・していた―――!!」

しかしレミリアは平然とした表情で今度は妖夢を見下ろす。

「邪魔をするなと言いたいところだけど・・・
一つ聞きたいことがある。
ソレを飼っているのはお前かい?」

と、レミリアは猫を指差し言う。
しかし妖夢は全く聞く耳を持たない。

「答えろ!!!」

「私に向かってそんな態度をとるとはいい度胸ね。
そんなことよりも、ソレはお前のなの?」

「黙れ!!・・・そうだ、この子は私の子だ。
手出しはさせない・・・・・・!!」

「・・・・・お前は」

ふと、レミリアは顔を伏せた。

「お前は何も知らないのね。」

「・・・・・・なんだって・・・・・・・・・・・?」

顔を伏せたままのレミリアはそんなことを言う。
妖夢は目を細め、聞き返す。
そして思い出した。紫の言葉を。

―――その猫を、幽々子に近づけては駄目―――

「まぁいいわ。悪いけどソレは私が始末させてもらう。
どいてくれないかしら」

「ま、待って!!教えてくれないか!?
この子に・・・ゆうに何があるのか!!」

「先にそいつを始末してからよ。そこをどいて」

「―――嫌に、決まってる!!理由もなしで、ゆうを殺させるものか!!」

妖夢は再び剣を構える。
少女のような悪魔は殺気を放ち、妖夢を睨む。

「・・・・・・どけと、言っている。」

「・・・・・・っ・・・・」

この殺気に満ちた瞳だけで人を殺せそうだった。
実際、妖夢も足が竦んだ。
自分で小刻みに震えているのがわかった。
ビリビリと殺気や威圧が妖夢を襲う。
しかし妖夢も負けまいと震える足を抑えようとする。
お互い睨み合いがしばらく続いた。
そして最初に口を切ったのが妖夢だった。

「・・・どかないって・・・・言ってるだろう・・・!!」

「・・・・残念ね。そんなに私の邪魔がしたいの。
だったら先にお前を始末するだけよ。」

「!?」

レミリアが一つステップを踏んだかと思うと、
その場にはすでにいなかった。
妖夢は慌てて周りを警戒し、剣を構える。

消えた・・・・・!?どこにいる・・・・!?

妖夢は未だに震える足を懸命に抑え、剣を強く握る。
遠くに座っているゆうの姿を少し見ると、改めて構えなおした。
剣を握る手に力が増す。

ザッ

いきなり後ろで地に足をつけた音がした。

「!!」

はっとして後ろを素早く見ると、
レミリアはこちらめがけて駆けてきていた。
すかさず構えていた剣を迫るレミリアに振るった。
が、剣は宙を切り、手ごたえは無い。
相手の姿はまた消え、妖夢は焦ってまた次の姿を探す。
しかし、今度は音すらも聞こえなかった。

「遅いわね。止まって見えるわ。」

「―――!!!」

いつの間にか、レミリアは妖夢の真後ろにいた。
冷や汗を流して目を見開く。

やばい―――本当にやる気だ―――――!!

すぐさま離れようとステップを踏んだ瞬間、レミリアは言った。

「紅魔 スカーレットデビル」







「・・・・ほう、剣を利用して直撃を避けたか。」

「く・・・――――」

技が放たれた瞬間、妖夢は地面に剣を突きつけ、
自らの体を吹き飛ばして直接の被弾を避けた。
しかし、片方の腕は避けきれず火傷をしていた。
さらに避けたときに自分の体を吹き飛ばしたため
全体的に体を強打していた。
じんじんと火傷の箇所や、体が痛む。
レミリアは一度地に降り、立ったまま妖夢を見下ろす。

「わかっただろう?お前如きにやられる者じゃない。
さぁ、大人しく。」

「・・・・・・まだまだぁ!!」

「・・・・私はしつこいのも嫌いなのよ」

またもレミリアは消える。妖夢もまた慌ててあたりを見回す。

幽々子様との訓練を思い出せ!!
どうやって戦った・・・!?
何を教えてもらった・・・・・・!?
私の癖は・・・・・―――――癖?

(慌てたり焦ったりする癖が目立つわね)

・・・・・落ち着くんだ。集中して相手の場所を見切れ!!

妖夢はゆっくりと目を瞑った。

レミリアは妖夢の雰囲気に違和感を感じ、一旦姿を現した。
また紅い月を背景に宙に浮いた。

「・・・・どうしたのよ?あれを始末してもいいの?」

「・・・・・・・・」

妖夢は黙ったまま、ゆっくりと瞼を開け、
落ち着いた瞳でレミリアを見上げる。
その態度が気に入らなかったのか、レミリアは声を荒げ、
深い紅色の瞳で睨んだ。

「―――――馬鹿にしてるのか?」

「・・・・いざ、参る!!」

妖夢は地からレミリアめがけて弾け跳んだ。
敵に向かって剣を振るう。
だが、やはりそれは避けられ、剣は宙を切る。

大丈夫。落ち着けばいい。
落ち着いて相手の位置を正確に見切るんだ。

また瞼を閉じた。




レミリアは妖夢が剣を振るった瞬間、
翼を利用してさらに高く、妖夢の後ろに飛んでいた。
妖夢の背中を上から冷たく見下ろす。

―――ふん、やはり未熟、魂魄妖夢。
翼の無いお前には空中戦は圧倒的に不利。
空中戦で私の動きを読むものはいない。
・・・・この一撃で終わらせるわ。

レミリアは拳を握り、妖気を込める。
また紅い光が集まり、次第に大きくなった。






「・・・・・・・」

―――殺意を、感じる。
一点に強い力を感じる・・・・・
場所は・・・・・・上だ!!!!

「ああああぁぁッ!!」

「な・・・・・・!?」

妖夢は後ろを振り返り、上に向かって剣を振るった。
レミリアは突然の攻撃に驚いた。
また、自分の動きを見切り、攻撃を仕掛けてきたよう夢にも驚いた。
かろうじてその斬撃を避けるが、
妖夢の剣はレミリアの腕を少し切り裂いていた。
レミリアには、自分への攻撃的な態度に対する怒りと、
悪魔としての威厳を砕かれた憎悪が心の中を駆け巡る。
目を見開いたレミリアは腕を振り上げ、また妖気を手のひらに集めた。
そして、ゆうを殺そうとしていた時のような
紅い、紅い、巨大な矢を作り上げていた。
ダッと走り出し、妖夢に迫る。

「調子に乗るな!!半妖如きが!!!」

レミリアは迅速の速さで走る。
地に足を着いた妖夢は落ち着いた表情で構えなおす。
しかし、その勝負は何者かによって阻止された。

「やめなさい!!レミリア・スカーレット!!」

「!!」

レミリアは翼を使い、進路方向と逆に羽ばたかせせ止まり、
声の主らしき人物を睨んだ。

「・・・何のようだ、西行寺幽々子。
邪魔をしないでほしいのだけど」

「!?」

その場にいたのは、妖夢の主である西行寺幽々子だった。

幽々子様!?何故此処に・・・・・!?

「いいえ、あなたたちを戦わせるわけにはいかない。
・・・私がどうなろうと貴女には関係の無いこと・・・
私たちの問題は私たちが解決しますわ。」

言葉を繋げる幽々子だが、息は少し荒く、話しているのも大変そうだった。
レミリアは集めてあった妖気を消すと、幽々子に向いた。

「・・・まぁいいわ。西行寺幽々子が死のうが私には関係ない。
・・・魂魄妖夢。ソレを始末するかどうかはお前が決めなさい。」

「え・・・・・どういう意味――――」
        ・・
「意味ならそこの二人に聞くのね」

「あら、バレてたのね、私がいたこと」

と、突然スキマができて、そこから紫が幽々子のちょうど横に姿を現した。

「当たり前よ、八雲紫。
身体的に瀕死な西行寺幽々子が一人でここまでこれるわけがないわ」

「ふふ・・・さすが紅魔館の吸血鬼さんね」

「私は無駄な話も嫌いなの。今日は帰らせてもらうわ。」

そう言い、また黒い翼を羽ばたかせ、空の闇へと消えていった。

・・・『ソレを始末するかどうかはお前が決める』?
私が?ゆうを?
『西行寺幽々子が死のうが』?
幽々子、様が――――死―――?

「・・・幽々子様、あの吸血鬼、なんて嫌な冗談、言ってるんでしょうね・・・
そんなこと・・・冗談でも嫌だって言うのに・・・」

「・・・・・・・・」

「幽々子様?嘘ですよね・・・・・・?
いなくなったりなんか、しないですよね?」

「妖夢。やめなさい。」

幽々子は苦しそうに顔を歪めながら、黙ってうつむいていた。
気の弱い少女のように幽々子に問いかける妖夢に、紫が制止の声を放つ。

「幽々子様ってば・・・・・・・」

「妖夢。あんたに、話したいことがあるの。
とっても大切な、重要な話を」

「・・・・・・・・」

「聞いて・・・くれるわね?」

「・・・・・・・・」

「返事は?」

「・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・」

小さく返事をして、目を瞑った。
紫は溜め息をつくと、ちらりとゆうを見て、口をひらいた。

「あんたは、あの猫・・・ゆうの持っている力を知っているかしら?」

「ちから・・・・?・・・知りません・・・・・
でも、良くない事だって言うのは、わかりました。」

「そう・・・・・。じゃあそのよくない事だってわかっていても
知りないと思うかしら?」

「・・・・・・・。・・・・・・はい、知りたいです。
たとえ悪夢のような話であっても最後まで聞きます。
覚悟は、出来ています。」

開かれた瞼の下にあった瞳には、妖夢の強い意志がこめられていた。
紫はもう一度小さく溜め息をつくと、妖夢の瞳を見つめ、話を始めた。

「・・・・ゆうは、近くにいる妖怪の大きな妖気、
またその者の生きるための力を奪う力を持っているのよ」

生きるための力。
つまりそれがなくなるということは
人間でいう、『死』の状態。

妖夢は目を強く握る。

「幽々子の体調がどんどん悪くなっていたことは、あんたも知ってる筈。
ゆうは、一番近い存在にいた、幽々子の妖気と生きるための力を
奪い取っていたのよ。
実際、今もね・・・」

『薬は、意味が無いから・・・―――――』

「!!・・・でも、待ってください・・・!!じゃあ何故私は無事なのです!?
幽々子様よりもゆうに近い存在だった私が!!」

「考えなさい。ゆうは『妖怪』の妖気を奪うといったでしょう?
あんたは妖怪でもあるけど、人間でもある。
だからその力は活動しなかった。」

「・・・・・・・」

「本題に戻すわ。
ある時なぜなのか、ゆうは周りの他の妖怪たちの力をも奪い始めた。」

「・・・幽々子様の妖気が奪われて小さくなったから・・・?」

「えぇ。レミリア・スカーレットや藍たちやパチュリー・ノーレッジ。
そして、私も。」

「・・・・っ」

「力を何者かに奪われていることに気づいたレミリアは
ゆうを、自分から力を奪う者を消すためにここまでやってきたのよ」

・・・・・・・・・

「・・・どうして、ゆうはそんなことをしたんですか・・・どうして・・・・」

「・・・・最初に、『悪魔のような話であっても最後まで聞く』と言ったわね。
その言葉、忘れては駄目よ。」

しばらくしてからこくんと頷いて紫を見た。
思わず唾を飲み込んだ。
そして、紫の口から出た言葉は、
予想することの出来ない、嘘のような真実だった。

「ゆうは・・・人間によってつくられた、人工生物だからよ」

「・・・・・・え?」

人間につくられた?
ゆうが?
そんな馬鹿な話が、あるわけない
そう、あるわけが、ない

「そんなの・・・有り得ないですよ・・・!
ゆうは・・・ちゃんと生きてました・・・!!」

「あんた、ゆうを見つけたとき様子はどうだった?」

「え・・・傷だらけで痛そうで・・・・・・」

「そう。確かにゆうは人間によってつくられた存在。
だけど、だからと言って感情や痛みが無いわけじゃない。
どうやらゆうには両方ともあるようね。
妖夢が言う通り、ゆうは本物の猫と同じで生きている」

ゆうの方を見ると、まだ同じ場所で座ったままずっとこちらを見ていた。

「でも、背負うべき運命は、全く違う。
ゆうは『妖怪を始末する』という任務を背負って此処まで来た。
もちろん、人間達によってつくられた任務を」

「そんな・・・・・・」

ゆうは、幽々子様を始末するためにつくられた
―――――生きた人形・・・・・・――――?

「それからその傷の話・・・それはきっと人間達がゆうに実験した時の傷ね」

「実、験・・・・?」

「ゆうには、私たち妖怪を
確実にいなくなさせるための力をつける必要があった。
だから何度も実験して、私たちに気づかれない方法を探したのよ。
そして、確実に成功するように、何度も、何度も。」

「そんなの・・・・・おかしいじゃないですか!!
なんでゆうにそんなこと・・・・
なんでこの子にそんなことさせるんですかっ!!
こんなの・・・・酷すぎです・・・・・・!!!」

「私たちは妖怪よ?
人間にしたら危険な存在。消さなければならないもの。
だから、猫であるこの子・・・ゆうに無理やりにでもやらせた。
その方が、安全で確実なやりかただから」

「・・・・・やっぱり・・・・おかしいです・・・!!
嫌なことを、この子に押し付けたんじゃないですか!!
こんなの・・・・・ふざけてる!!!!」

「落ち着きなさい。妖夢。
今は人間に怒っている場合ではないわ。
・・・このままゆうを放っておけば、幽々子は死ぬ。確実にね。
だから妖夢。あなたはゆうを斬らなければならないの。
ゆうと一番近い存在だったから・・・」

妖夢はそれを聞いた瞬間、目を見開いた。
まさか、自分でゆうを傷つけなければいけないときがくるなんて
思ってもみなかった。

私がゆうを・・・・・斬る?あんなに酷い目にあっているゆうを・・・・・?
だけど・・・・・斬らなければ幽々子様が・・・・・

「妖夢・・・・・」

今でも苦しそうな表情の幽々子が優しい笑顔で妖夢に話す。

「私は大丈夫よ・・・・・」

「・・・っ・・・・!!大丈夫じゃないじゃないですか!!
どうしてだまっていたのですか!!どうして・・・・・!!」

幽々子様が苦しんでいるとわかっていたら、
真実を知る前に私はゆうを・・・・・

「・・・・妖夢が幸せそうだったから、邪魔したくなかったのよ・・・」

「・・・・・・・え」

「だって妖夢のあんなに楽しそうな、幸せそうな顔は
初めて見たんだもの・・・」

・・・・幽々子様は・・・私のために・・・・・―――?

「妖夢、まるで自分の子どもを育ててるみたいで・・・・・・」

「・・・・・・・っ・・・・・・・・・!!」

こんな私のために・・・・・

妖夢の頬を、水滴の塊が伝い、落ちる。
それは、いくつもいくつも流れ落ちた。


私は、なんてダメな従者なんだろう。
自分のせいで、主があれだけ苦しんでいると言うのに。
あんなに、自分を想っていてくれているのに。

流れ落ちているものを手で拭い、決断した。
従者としての選択を。

「・・・・幽々子様。待っててください。今、助けますから。」

「妖夢・・・・・?」

妖夢はくるりと方向転換をして剣を抜いた。
そして、ゆっくりと歩き始めた。
ずっと行儀よく座っている猫・・・・ゆうの方へと
それに気づいた幽々子は、出るだけの大声を出した。

「妖夢!!待ちなさい!!
っ無理をしてゆうを斬っては駄目!!!・・・くっ・・・・」

「大丈夫ですよ。きっと私は・・・私のままで、ゆうを斬れます。」

そう、私ならできる。
いや、しなければならないんだ。
ゆうのために、幽々子様のために
・・・・・自分のために

「やめなさい、妖夢。」

妖夢と猫の間に扇を広げ、妖夢を妨げる紫。

「・・・っ紫様!!どいてください!!
あなただって・・・・斬らなければならないと、仰ったじゃないですか!!」

「えぇ。確かに言ったわ。
だけど、さっき幽々子が言ったみたいに無理をして斬るのは駄目よ」

「・・・・・・?」

「そんな心理状態でゆうを斬ってごらんなさい。
あんたは一生それを引きずるでしょうね。
また幽々子に迷惑をかけるだけになるわよ」

「っ・・・・ですが・・・・ですがこのままでは、
幽々子様がいなくなるかもしれないんです・・・!!
幽々子様がいなくなるなんて・・・私は嫌です・・・・・!!!」

「妖夢・・・・・」

幽々子は顔を上げ、妖夢を見た。
と、

みゃ―――――

そう鳴いて、さっきまで座っていた立ってゆうは歩き出した。
妖夢はゆうを見つめる。

ゆうは、妖夢を通り過ぎ、紫を通り過ぎ、
幽々子の前までくると、またちょこんと座って小さく鳴いた。


妖夢には聞こえた気がした。


『ありがとう、もう大丈夫だから』 と。

妖夢はゆうと幽々子に近づき、ゆうの頭をやわらかく撫でてやった。
頭を動かし、ゆうは気持ちよそうに鳴いた。
そして妖夢は幽々子を見て、悔いなく微笑んだ。

「・・・幽々子様。一つお願いがあります。
ゆうを・・・ゆうの魂を送ってあげてください。」

「妖夢・・・・」

「『私が斬らなければならない』というわけじゃない。
ただ、ゆうをどうするかは私に決めさせたかったんでしょう?紫様。」

「さすが妖夢ねぇ・・・・その通りよ。
・・・・幽々子。これが妖夢の望みであり、
あんたにとっても、あの猫にとっても、妖夢にとっても
一番いい選択。そしてこの場にいる全員が望んでいることよ」

「紫・・・・」

みゃ――――

猫は、幽々子の瞳を見ているのか、顔を全く動かさない。
ゆうの頭を優しく撫でた幽々子はゆうに微笑みかけ、話しかけた。

「・・・ゆう・・・あなたにこんな思いをさせてしまってごめんなさい。
妖夢に愛され続けたあなたはきっと幸せだったと思うわ。
また会えるのを楽しみに待ってるわ―――」

そういい、掌から胡蝶を舞わせた。
胡蝶は穏やかに眩く輝きながら舞い、ゆうを包み込んだ。


胡蝶たちの光の中
ゆうは座ったまま妖夢の方へと振り返り、
最後に一度だけ鳴いた


光が消え、胡蝶がいなくなると、ゆうは倒れていた。
妖夢の目は、ゆうに釘付けになり離れなかった。
また、涙が目に溜まっていた。
妖夢は動かなくなったゆうに近づき、しゃがみ込むと、
そのまだ暖かい体をすくい上げ、強く抱きしめた。

「・・・・っゆう・・・ゆう・・・・・・・・っ・・・・!」

「妖夢。」

「紫様・・・幽々子様は・・・・?」

「幽々子は寝てるわ。疲れてたのね。
とりあえず家に連れておいたから、帰ったら様子みてやって頂戴ね。」

「ありがとうございます・・・」

「それから。・・・・よく、決断したわね・・・・。
我慢しなくてもいいわ。涙なんて、好きなだけ流しておきなさい。」

「・・・・はい・・・・・・・っ」

妖夢はゆうを抱きしめたまま、枯れ果てるまで涙を流した。
いつまでも、いつまでも―――――

ちょうど、太陽が地平線から出てきていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あれから紅魔館へ戻り、またメイドと紅茶を飲んでいたレミリアは
瞑っていた目を少し開いて、小さな声で言った。

「・・・・終わったか・・・・・」

「お疲れ様でした。お嬢様。」

「ねぇ咲夜」

「なんでしょう?」

「・・・・いつもそばにいる存在があるっていいことよね」

咲夜は一旦驚いた表情になったが、
すぐ表情を変えて微笑み、大切な主を見つめた。

「・・・・・そうですね・・・」

レミリアはティーカップを置くと、椅子から降りた。

「じゃあ、私はもう寝るわね。もうすぐ夜明けだもの」

「はい。おやすみなさい」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「幽々子様ー!朝ごはんですよー!!」

「ん~あと五時間~~」

「起きてください!!」

あれから一週間が経った。
幽々子様の体調は日に日に回復し、力をすべて取り戻した。
私の怪我もほぼ治ってきた。

「全く・・・幽々子様は・・・・ん?」

庭を覗いて、あの花壇のあるところを見ると、
何かが土から出ていることに気がついた。

「・・・・!」

近寄ってみてみると、あの種の撒いたところに、
小さな小さな芽が出ていた。

芽が・・・いつの間に・・・・
そうだ、水あげないと。

妖夢はバケツに汲んだ水を少しずつ芽に与えた。
水が太陽に反射して、金色に輝いているように見えた。

うわぁ・・・・・綺麗・・・・あ。

幽々子が倒れる直前、たまたま目にした白い札。
水を与えた時に泥が流れ、書いてある字が見えた。

幽々子様・・・・・ありがとうございます・・・・・

そこにははっきりと、書いてあった。
金色に輝く、あの猫と同じ名前。




寝室にて、幽々子はムクリと起き上がると、
枕元に座っている、少し半透明の金色に光る猫に話しかけた。

「おはよう。ゆう」

おはようございます。幽々子さん。
まさか話せるなんて、思ってもみなかったです。

「ふふ、まぁ私としか話せないけどね。
それより・・・また会えたわね・・・・。私知ってるのよ?
あなたは私のために自らレミリアに会いに行ったんでしょう?」

・・・・知って、いたのですか・・・
・・・あの館の主人は怖いから近寄るなと、聞いたので・・・
その人ならすぐにでも自分を始末しにくるかなって思って。
幽々子さんを助けたかったから、行きました。

「ありがとう。その気持ち、すごく嬉しかったわ。」

たとえ自分がつくられた存在だったとしても、
この想いを忘れはしません・・・
あなた方に出会えて、本当に幸せだった・・・

「そうね・・・ゆうは、最高の主に出会えたわね。
強く、優しい、主に。
何か妖夢に伝えたいことはあるかしら?」


   もちろん、ある
     伝えてください、あの人に

  『ありがとう』と―――――
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コメント



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15.90とら削除
目から汗が止まりません!
どうしてくれるんですか!!
26.90名無し毛玉削除
こういう話に弱いんです…・゜・(ノД‘)・゜・。
33.100名前が無い程度の能力削除
感動した!