Coolier - 新生・東方創想話

正直者の師

2005/05/21 17:39:19
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天才だとか、不老不死だとか。
私はそうは思いません。


///

「師匠、てゐが、てゐがー!」


布団の中でうとうとしていたときのこと。
タイガー? などと外が騒々しい。部屋の扉を開ける。
飛び込んできたのは弟子、ウドンゲ。夜中でも元気だ。
彼女がおぶっているのは、てゐ。ぐったりしている。耳以外も。

「てゐを助けてください・・・・・・」
「これは――」

診る。外傷らしきものはない。魔法や呪いの残滓も感じられない。
脈は速く、熱はない。瞳孔は収縮し、赤い、のはいつものことか。
はっきりしているのは虫の息だということ。

「取り柄はないけど元気なのがてゐじゃなかったの」
「って何鼻つまんでるんですか師匠!トドメですか!」
「最期くらいこの手で、と思ってね」
「手心は加えるなよ――じゃないです!」

きっ、と赤い瞳で睨まれた。怖くはないが泣きそうな顔をしている。

「それにしても、なにしたの」
「それが・・・わからないんです、そこの竹林に落ちてきて」

ふむ、と頷き、淡々と告げる。

「ウサギの病気は専門外よ」
「またまた」
「知らないものは知らないわ」
「そ、そんな!」
「座薬でもあげたら楽になるんじゃない」

返事を待たず部屋を出た。
今夜は月がよく見える。沈むまで数時間。
永遠亭を離れるまで、とうとうウドンゲは追ってこなかった。

てゐがどうなろうと構わない、というわけではない。
あらゆる薬を知り、作るといっても、人を相手にしたものだ。
あくまで薬師であり、原因を突き止める診断、こと地上のウサギ相手はできない。
――というのが建前だ。
確定できずとも見当はつくし、時間を稼ぐ術もないわけではない。
ただ、躊躇っていた。

私にはわからない。
竹林を歩きながら、自分に言い聞かせるように呟く。
わからないならどうするか。
考え、できることをやるしかない。幸か不幸か、心当たりはひとつある。
まったく世話が焼ける兎だ。
息が切れる。知らず駆け足になっていた。
目指すは、紅の館。


///

「止まりなさい!」

赤毛の門番が叫ぶ。健康そのものといった印象。
しかし彼女の抱える欲求不満は知っている。

「どきなさい紅美鈴」
「中国じゃな・・・・・・って!」

展開されかけた弾幕が止まった。この機を逃さず駆け抜ける。
無駄な知識も役に立つことがあるものだ。



ついた。噂に違わぬ、膨大な書物と埃の間。
目的の本はあるだろうが、これでは見つけるのが手間だ。
そこにいた妖怪――こちらも見ず本を読んでいる――に声をかける。

「貴方にこれを」
「これは、まさか」
「えぇ。人妖問わず禁じられた薬の一つ――媚薬よ」
「もらっておくわ。・・・・・・ところで何しにきたの?」
「うさぎ、いえ動物に関する本を探してるの」
「あっちの奥から4番目と5番目の棚ね」
「かたじけない」

「調教――じゃない、使役についてのものはあるかしら」
「その向かいがそう」

いや、ただ聞いてみただけで、興味があるわけじゃない、もちろん。

「小動物の写真集ならこっちの棚よ」
「おぉ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「べ、別に私は動物好きじゃないから」
「へぇ」
「本当よ!」
「はいはい」

片っ端から本を開いてはめくり、記憶にある症状と照らし合わせる。
はずれ、はずれ、はずれ、ときて4冊目で見つけた。
あたりというか、食あたりだ。さまざまな生物がいる幻想郷ならではの。
あの馬鹿は拾い食いでもしたのだろう・・・・・・。
ともあれ主な原因は交感神経の遮断による平滑筋の弛緩、
特に肺の横隔膜筋がやられると呼吸が止まり死に至るというもの。

わかってしまえば薬はできる。小瓶を取り出し、集中に入る。
魔力を精製、効果を強く想い、具現するまでに凝縮。
――弾丸をひとつの空間に連ね重ねて、向きを揃え高密度に。
さらに吸収されやすく、代謝が遅く、全身に届き、副作用を抑える形へ修飾。
――狙いを外すことなく、撃墜もされない、極小の弾幕となす。
触媒なし、かつ初めてのものゆえ、かなり魔力を消費した。
しかし成果として小瓶に入っていたものは、灰色の灰――失敗だ。
何故、と自問する。
手順に問題はなかったし、ちゃんと優しい嘘も半分入れたのに。

「あら、いらっしゃい」

邪魔が入るとしたら、そろそろだろうとは思っていた。


///

そのころの永遠亭では、一つの狂気が生まれつつあった。

「こうなったら、この秘薬にかけるしかないわ」
「でも座薬ってやっぱり服を脱がせないとだめよね」
「――ワンピース どこから剥くか 迷います」
「めくれば・・・・・・いえ、こういうことは万全を期すべきだわ」
「よし、一気に全部!」
「これはてゐのためなんだから、遠慮することはないのよ」
「む・・・・・・」
「すべすべ・・・・・・若いっていいわね・・・・・・」
「はっ、寒そう。暖めないと」
「たたたしか、こういうときは肌で直接温めるのがいいって――」


///

紅魔館の主は弾幕を放つでもなく、こちらを見ていた。

「邪魔したわね、もう帰るからお茶はいいわ」
「そういわず、朝まで遊んでいきなさいよ」
「・・・・・・」
「お疲れかしら?年は取りたくないものね」
「えぇ困ったわ。片腹の痛み止めは持ってなくてね」
「ふん。その手にもってるのは――痛み止めでも蓬莱の薬でもなさそうね」

出口へと向かいかけた足が止まる。
二人の視線が交差した。

「ああ。違うわ。どちらにせよ貴方にはあげないし」
「いらない。失敗作なんて」
「いやいや、失敗してないわ」
「さて、貴方の薬を飲んで助かった奴がいるのかしら」

それは、考えないようにしながら、頭から離れないことだった。
死すべきときに死ねない体。
永遠。
いつか死んでいく仲間。
死という解放すら許されない閉鎖。
――言葉がのどを塞いで息ができない。

「死んでも幸せそうなのもいることだしねぇ」
「なるほど」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ま、例外はいいわ。帰らないなら遊びましょう」
「誰も帰らないなんて言ってない」
「頑固。そんなことだからいつまでも罪滅ぼしをしてるわけね」
「それは」

その通りかもしれなかった。
こないだの半幽霊の眼の薬、あれも罪滅ぼしのようなものだった。
薬を作れるなどといいながら、自分がしているのは失敗と償いばかりだ。
そしてその度に、犠牲者も増えていく。

「また後悔するくらいなら止めちゃいなさいよ」
「・・・・・・」

あのときに戻れたらと思ったことはいくらでもある。
私が違う道を選んでいたら、姫や藤原妹紅も今のようにはならず。
こんな風に悩み続けることもなく。
そう考えると、なんだか馬鹿らしくなってきた。
何もかも、余計なことだったのか―――

「誰の薬か知らないけど、一人二人いなくなったって何も変わらないわよ」
「そんなことない」

思わず否定して。
やっと気づいた。
確かに間違いを重ねてきただけの日々かもしれない。
それでも、そうして、この地上で見つけたものもある。
まぶたを閉じると浮かぶもの。
それは他人がどう言おうと変わらないものだ。

「やっぱり帰らせてもらうわ、力ずくでも」

私は何をしていたのか。苦笑しながら、弓を構える。
つまらないことに時間をかけたせいで、もはや余裕はない。
迷うこともない。

「弟子が待ってるのよ」
「でしょうね」

その言葉を聞き終わると同時、真下に開いた穴に落ちた。


///

「もういいわ咲夜、ご苦労だったわね」
「いえ、お嬢様こそ御見事でした。でもこれで良かったのですか?」
「魔力も残っていない奴を相手にしてもつまらないでしょう。それに」

紅い吸血鬼は振り返り、もう一人の来訪者に目を細めた笑みを向ける。

「そこの妖怪が睨んでたしね。珍しい運命もあるものだわ」
「別に。呼ばれたから飛び出たのよ」
「待ってたみたいに素早かったけど」
「たまたま暇だったからねぇ」
「そしてたまたまアイツの下にスキマを開けて、たまたま永遠亭に落としたわけね」
「・・・・・・何が言いたいのかしら?」
「貴方は死人が増えると喜ぶ側だと思ってたのよ」

妖怪は眠そうな表情のまま、窓の外を見遣り、

「私は――置いていかれるのが嫌いなだけよ」

ぽつりとつぶやいた声は、日傘に吸い込まれて消えた。


///

一瞬の闇の後、降り立ったのは永遠亭の目前。
竹をしならせ風が吹き抜けていく。
深々と降る月の光は、ほとんど傾いていなかった。

握り締めていた灰は、いつのまにか白く澄んでいる。

お節介ばかりね、と一人ごちながら部屋へ。
中では、てゐとウドンゲが一緒に寝ていた。
ウドンゲは疲れて寝てしまっただけだろう。
てゐは先ほどより顔が青くなっている。

薬を水に溶かすと、そっとてゐの口に入れる。
少しずつ息が穏やかになっていく。
半刻ほどして、すぅすぅという寝息になった。持ち直したらしい。
体力だけは大したものだ。

出て行く前に布団をかけなおしてやろうとして、見てしまった。
布団の中の二人が何も着ていなかったことを。

わからない一体何で裸でこんな不可思議現象が裸で私の部屋でよく見たら服が床に。
落ち着け私。

座薬をあげようとしたのだろうか。
しかしウドンゲまで服を脱いでいる理由は、見当もつかなかった。

そそくさと部屋を出る。
熱くなった頬やら何やらに、夜風が気持ちいい。
縁側に座りながら、ここから見る月も悪くないと思う。
帰りたいと思わなくなったのはいつからだったろうか――



翌日。
呼ぶ声に目を覚ました。あのまま縁側で寝てしまっていたらしい。
顔を上げ、自分を起こした声の主を探す。
と、ウドンゲの顔を見た途端、昨夜の映像がフラッシュバックした。

「師匠、昨日はありがとうございました!」
「わわ私は何も見てないし、何もしてないわよ」
「え、でも――」
「そう、あれよ、お前の座薬。あれが効いたんでしょ」
「えっと、その・・・・・・そうですか!きっとそうですね!」

私ってすごい! などと叫びながら、はしゃいでいるウドンゲ。
その声に目を覚ましたのか、目をこすりながらよたよたと歩いてくるてゐ。
実に情けない。
それでも、これが、私の弟子たちだ。

今日もまた、いつもの生活が始まる。


///

私は跳びまわりながら、
師匠が息を漏らしたのを見逃しませんでした。
座薬が効いたはずはありません。
使う前に寝てしまったのですから。

そもそもこんな時間まで、しかも外で寝ていたなんてことは今までに無く。
それほどまで疲れていながら、何もしてない、などと。

天才だとか、不老不死だとか、そういうのじゃなくて。
師匠の師匠らしいところというか。
きっと、師匠は師匠でなくてもやっぱり師匠だったと思います。
あ、でも、いつか、いつの日か師匠と弟子としてではなくて――

――あぁ、もう我慢できないので
よろけたフリして抱きつくことにします――

てゐの運んでくる幸せを書こう、ということで春雨です。
永琳やうどんげは「人間」に含まれるか・わかりませんが。
そのあたりは詐欺師ですしなんとか。

ともあれ、えーりん!えーりん! と思って頂ければ幸いです。
では、ありがとうございました。
春雨
[email protected]
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コメント



0.3560簡易評価
16.80名前が無い程度の能力削除
えーりん!えーりん!…実にいい師匠でございました
36.90司馬漬け削除
師匠の所作に対するうどんげの心情がこう……ぐわぁー!
良いものを読ませていただきました。
40.70名前が無い程度の能力削除
ラストのウドンゲの独白が最初の一文と被せられていると分かった瞬間、こう、キュピーンと来ました。
間に挟まれた小ネタとシリアス分の按配もよかったですねぇ。
46.70刺し身削除
一回読んでも話が分かりませんでした。
二回読んでも言いたいことが伝わりませんでした。
三回読んだら…師匠の愛が伝わりました(´ω`)
53.70おやつ削除
冒頭部分とラストの部分にやられました。
ウドンゲ可愛いよウドンゲ。
そしていい師匠をありがとうございました。
60.90no削除
STGは死ぬほど下手なので実はまだうさきさんたちにはお目にかかっていませんが、
とてもよい話を読ませていただきました。
64.無評価春雨削除
まとめてレスとさせていただきます。
読んでくださっただけでとても感謝です。
えーりんメインのつもりがウドンゲが目立っているようですが。
でもそれぞれの思いを感じていただけたら幸いです。

指摘されたわかりにくい部分はプチ創想話の方で補足しました。
こんなことのないよう反省して、より良いものを目指します。
あとはレスの遅さも改善します、すみませんでした。
82.80名前が無い程度の能力削除
使う前に寝てしまったのですから
使う前にナニしてたのかを詳しく!
90.100名前が無い程度の能力削除
貴重な話を読めた気がします