Coolier - 新生・東方創想話

ハネムーン・デイズ5

2005/05/21 14:03:28
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「ねー、紫さまー」

『私』は、縁側でぼけー、っとしてる紫さまに声を掛けた。
いまは夕方。
エントツから煙が上がって、カラスがカーカー言ってた。
藍さまが作ってる夕飯のニオイが、すごく楽しみ。
ふだんなら、こんなボケ老人ちっくになってる紫さまを相手になんてしないんだけど(反応がなんも無かったりするんだ)、今はちょっと気になることがあった。

「んー、何よ」

珍しく返事が返ってきた。
何年ぶりのできごとなんだろ、ちょっと感動。

「あの時にさ、傍にいたよね」
「はい?」
「ほらほら! 藍さまが迎えに来てくれた時に!」
「さあ……何のことかしら?」

身に憶えがありませんのことよ? とかヘンな返事をしてた。
でも、確かにあの時、視線を感じたんだ。

「なんで、会わなかったの? あの人、紫さまの知り合いなんでしょ?」
「……どうして、そう思うの?」
「だって――」

私は思い返す、あれは、間違いなく、

「だってあの人から、紫さまのニオイがすごくしたもの」

ずいぶん違ってたとこもあったけど、だいたいは同じだった。

「ね、なんで会わなかったの?」

そして、その時の、あの人への視線は「会いたくてたまらない」って言ってた。

「――――」

紫さまは、しばらく私を見てから目を離し、どっか別の場所を見出した。
そして、そのまま、じいっと黙った。
私も黙る。
横顔だけが見えてた。

……あんまり美味しくない虫が、まわりで鳴いてた。
風がヒゲを揺らしてる。
夕日がまっかで、トマトみたいだ。

――紫さまの目が、なんだかすごく怖い。そして、同じくらいかわいそうだって思った。
なんでだろ?

「……私はね、昔、人間だった時があったの」

つぶやく言葉が泣いてるみたい。

「うん、その日々は、とても大切だった。なにひとつ、私は忘れていない……」

影が濃くて、虫の音がとても静か。

「だから、さ」

振り向いた瞳が、すごくすごく強かった。

「最後の倶楽部活動の境界は、乱したくなかったのよ。たとえ、それが私自身の行動であっても、ね」













ハネムーン・デイズ 












明治のこの世界に跳躍し、まず始めにしたことが、月製のナイフで纏わり付こうとする『運命』を切り刻むことだった。
夜闇の中、刃は生きているかのように鼓動を繰り返していた。
振り抜いた軌跡が、いつまでも網膜に白く残る。レミリアの運命線はそれに容易く裂かれ、宙に溶けていった。
あまりに明瞭に見える――『結界の掛かっていない』――夜空を見上げて位置関係を把握しつつ、わたしはナイフをしまった。
続いてカバンから帽子を引っつかみ、目深にかぶる。
緩んでいたネクタイを首元まで締めた。
沸き立ちそうだった心が静かに固まる。
この二つの作業は、わたしにとって戦支度であり仮面だった。
結界探索の時には必ずしている――わたしを拘束し、方向を明確にするもの。カオスを締め上げるものだ。
さあ、行こう。
友達が助けを待っている。
助けられる人間はわたししかいない。
少なくとも、この時代、この場所では。
一秒で思考し、あとはただ走った。
走りながら空間跳躍を行なう。
――カシャリ――
別の場所に転移しながらなお走り、夜空に掛かる時計を見た。
残り時間を確認する。
あまり、余裕は無かった。
『わたしが視た記憶』まで、僅かな時間しかなかった。
夜の森を駆ける。
月は朧に辺りを照らし、足元すら明確にしない。
足が土を踏む音と、シャッター音だけがやけに響く。
影絵の中を走っているような錯覚が襲ってた。
けれど、森の暗さはもうわたしを脅かさない。
焦燥で脳が焼き切れそうになっていた。
とにかく速く、一刻でも速く。
『この時代』に帰還する途中、もう一度視た『メリーのその後の行方』が脳内で再生される。
アレをメリーにさせない為なら、わたしは喜んでこの命を差し出すだろう。
一回は助けてもらったのだ、なら今度はわたしが彼女を救う番だ。
助け逃げなんて、わたし相手にできると思うな、メリー。
たとえ、あなたが拒否しても助けてやる!

胸中で吠え、大岩を跳び越える。
無意識的にでも空間を操っているのか、一度のジャンプがやたらと大きい。
その後、樹の幹に着地、それを蹴り水平に飛躍、ふたたび幹に着地という移動を繰り返す。
上から見ればピンボールにでも見えたことだろう。
通常ではありえない速度で景色が過ぎて行った。
風が肌を引き、服を盛大にはためかせる。
蹴り、跳び、跳躍し――

――とても憶えのある川に到着した。

あの川、だった。
わたしが遭難時に頼りにした小川。
紅い屋敷に繋がる道。
数メートルの停止跡を残し、砂利を盛大に弾いて立ち止まる。
当然、だろう。
分かっていた。
道行く途中で妨害あるとしたら、それは彼女しかいない。

――レミリアが、そこにいた。

月光を反射する水流の手前、影絵の森の中心で、ぽつねんと座っている。
なぜか、その姿は老人のようにも見えた。
緊張も戦意も無い、ひたすらに静かな空気が満ちていた。

「……ひさしぶりね」

わたしから、まず声をかけた。
ゆるゆると彼女は顔を上げ、こちらの姿を認めた。

「そう、ね……」

僅かな微笑み。

「……貴女にとっては、そうなのでしょうね、けれど私にとってはたったの――――いえ、それでもやはり『久しぶり』になるのかしらね。時間なんて、主観的なものだわ。観測によって容易く歪む曖昧な――」
「通してくれる?」

言葉を遮り、わたしは意思を込めてまっすぐ言った。
レミリアは酷く不満そうな顔をし、「イヤよ」と一言だけ返答してきた。

「いま、急いでるの、もの凄く。もしここでわたしを通してくれるなら、その後、一生あなたに仕えてもいいわ。奴隷にでも何にでもなってあげる」

混じりけ無しの本気だった。
なんだったら臓器の一つや二つ付けてやってもいい。
レミリアの顔が唖然とした。そう返されるとは思ってなかったらしい。
だけれど、わたしの表情に嘘やハッタリの気配が無いことを認めると、彼女の顔に生気が――いや、鬼気が染み出した。

「……貴女を捉えていいのは私だけよ」

ゆらりと地面から立ち上がり、睨みつける。
陰々とした言葉から、殺意が滲んでいた。

「通る? ああ、察するに、いま行なわれようとしてる儀式の邪魔をしたいのね? そうね、ただそれだけの理由なら、見逃しても良かったわ」

意外な言葉だ。
けれど、予想通り、続けて逆接詞が繋がった。

「でも、駄目だわ。その言葉を聞いて気が変わった。黙って見逃すわけにはいかない」

瞳が鋭く細まる。
レミリアが、老人から妖怪へ戻ってゆく。

「そう、私は大抵のことは許す。反逆すること――私にナイフを投げつけたことさえ許すわ。たとえ咬みつかれても殺されても、この身体には何の影響もないことだもの」

見せつけるように、『傷痕の無い』胸を示した。
わたしが以前に投げた――時間的には『ほんのついさっき投げた』ナイフ跡はどこにも無かった。

「けどね、たった一つ、私には許せないことがあるの。それは、貴女が他の誰かに心や魂を奪われること。主人である私以上に大切な存在が或る――――そんなこと、そんなことは絶対に許さないッ!」

背中の蝙蝠翼を広げた。
爪がぎちりぎちりと音を立てて伸び、瞳の虹彩が紅く窄まる。
紅い光を纏い、小さなシルエットが浮き上がった。
こちらも黙って見ているわけにはいかない。
なにせわたしには『時間が無い』のだ。
左手でナイフを抜き、右手でカメラを構える。
向こうの圧倒的な存在感に比べると、頼りないこと甚だしい。
ドン・キホーテが理性的なら、きっとこんな気持ちだったんだろう。

「いくわよ十六夜咲夜! 貴女が誰のものか、その身に刻んでやるわ!」
「残念だけど間に合ってるわ! わたしは売約済みよ、レミリア・スカーレット!」

他を当たれと叫びつつ、ナイフを投げた。
わたしの全身の筋力を使用して飛び行くそれは、多段式ロケットのように、手からは離れてなお速度を増した。
物理法則を裏切った加速に、レミリアはごく僅かな戸惑いを見せる。
その寸毫の隙を逃さず、わたしはカメラでレミリア・ナイフ間の『空間を切り取った』。
代替物も無しに行なわれた転移は、そこに膨大な真空を生む。

「!?」
「喰らえ!」

中腰に踏ん張りながら叫んだ。
あらゆるものが『その空間』に引き寄せられる。
レミリアは翼を羽ばたかせて逃げようとしていたが、全てはそこへと吸い込まれる。
わたし自身でさえ、気を緩めれば宙を舞いそうだ。
まさに常軌を逸した突風だった。
だから、わたしが放った直線と妖怪は当然のように交差し、

「え――?」

その右腕をすっぱりと切り離した。
分離した肉隗はくるくると舞い、ナイフは何の影響もなく突き進み、大樹に柄までめり込んだ。
切り裂かれた傷痕からは血は吹き出ず、コールタールのようにわだかまっていた。

――――心のどこかで、そのことを酷く残念に思った。

薄々気付いてたことだけれど、どうやら、わたしは本格的にオカシイらしかった。
なにかが、外れている。
常人とは意識がズレてる。

そう、考えてみればわたしは――
――ルーミアへ迷わず発砲できた。
――レミリアにナイフを全力で投げれた。
――てゐに、一歩間違えれば大怪我させる部分跳躍を行なえた。
ヒトの形をしたモノを傷つけたのに、そこには微塵も『躊躇が無かった』のだ。
わたしの本質は、殺人鬼と呼ばれるものに近いのだろう。
そのことを、わたしは深く納得した。

――とはいえ、今はそれでなにも問題ない。
むしろ好都合ですらある。

呆気にとられているレミリアに駆け寄り、わたしはカメラを構えた。

「ッ!」

残影となってその場を離脱しようとする彼女をフレーム内に捉え、『部分跳躍』を行なう。
そこには、良心による停滞は一切なかった。
フラッシュが焚かれ、可愛らしい悲鳴を上げレミリアの左半身が『消えた』。
まったく同時に、わたしの手元に出現する。
生乾きの写真が欠損箇所で舞っていた。
ねっとりとした紅を滲みださせているそれを弾き飛ばし、わたしは地面の砂と小石を掴んで、体勢の崩れてるレミリアに投げつけた。

「きゃ!!?」

これで両手を潰し、恐らくは運命操作の基点となる目を閉じさせたことになる。
――ここから逃げ出すのに、充分すぎる隙だった。
わたしはカメラを構え、目標地点へ向けた。
儀式の行なわれる方角へと、ファインダーを覗き、心を集中させる。
移動場所の、精密な画像が表示されるはずだったそこには――
――なにも、見えなかった。

「!」

接近しすぎてる物体が何かを理解するより先に、バサバサという羽根音がわたしを包んだ。
服が嫌な音を立てながら裂け、血が吹き出る。
凶々しい形をしたモノに、視界すべてが遮られてゆく最中、『わたしが手元に引き寄せたレミリアの左半身』が、多量の蝙蝠へと解けているのを発見した。

「くっ!」

心中、自分を罵った。
『式を打つ』という作業は、一定以上の『力』があれば誰にでも可能なものだ。それを予想してなかったなんて、どうかしてる。
わたしは手を振るい、空間を転移させるが、とてもじゃないが追いつかなかった。
いくら空間をあまさず『視れ』ても、相手の数が多すぎる!

「――ああ、そういえば、貴女に言ってなかったけれど……」

レミリアの静かな声がした。
『ちょっとした言い忘れ』を、軽やかに告げる口調。
同時に前方で小さな爆発音がした。風切り音が上方を通り過ぎ、後方で何かが着地する。

「――私、吸血鬼なの」

振り返ることも、避けることもできなかった。
再び爆発音――レミリアの身体の発射音――がして、紅光を纏った彼女が衝突した。
周囲の風景がぐるん、と回転し、全速力以上の速さで過ぎ去った。
体勢を整えることすらできず、わたしは樹皮に背中から着地する。
肺の空気が押し出され、小枝の折れるような音が『身体の中から』響いた。

「だから、この程度の傷、問題にもならないわよ?」

含み笑いが、わたしを揶揄した。
彼女の両手には蝙蝠が集積し、元の形を取り戻そうとしている。
そこに欠損は無く、傷のひとつも付いていない。
わたしは血の味がする唾を飲み込み、樹の幹に手をついて立ち上がる。
その作業だけで、身体中が悲鳴を上げ、激痛が奔った。
だが、無視する。折れた肋骨のことは考えない。目の前の敵にだけ意識を集中させる。
すぐ側に刺さっていたナイフを引き抜いた。
……この位置に投げ出されたのが、ワザとなのか偶然なのかは知らない。
だけど、『武器が手元にある』。
まだ、わたしは戦える。
まだメリーを救うことができる!

――わたしが駆けるより先に、レミリアは跳躍した。
人間では不可能な高さにまで跳び上がり、右手を大きく振りかぶる。
狂的な歓喜に彩られた瞳が、爛々と光っていた。

「くっ!」

振り下ろされた閃光の一撃を、わたしはナイフで受け止めた。
左手に衝撃はほとんど無かったが、それでも彼女の手を呆気なく切り裂き――

「!?」

――二ィ、と口の端を吊り上げていた。
そして傷をもろともせず、『右手を肩まで裂けさせながら』わたしを殴りつけた。

「がッ!」

顔がのけ反り、空を仰ぐ。
衝撃を殺すことは叶わず地面へ倒れた。
意識が一瞬、途絶える。
間を置かず頭を鷲攫みにされ、持ち上げられた。頭蓋骨が軋む。
両足を引き摺られながら、そのまま背後の樹へと思いっきり叩きつけられた。
――後ろで、乾いた破砕音がした。
万力のような指が外され、ズルズルと座り込む。
後頭部が酷く熱く、ぬめっていた。

「あ――」

それでも反撃しようと、ゆるゆるとカメラを持ち上げる。
――レミリアの足に、手ごと踏み潰された。
右腕から血を滴らせ、変わらぬ支配者然とした笑顔のままで踏み躙られる。
骨と機械が等しく破砕し、口から絶叫が放たれる、指はその機能を果たさず、激痛を伝えるだけの装置となった。
左手が、わたし自身、呆れるような速度で反撃を繰り出した。
まるでバネ仕掛けのトラップだ。
だが、レミリアはそのナイフすら避けてみせた。
軽くジャンプし、翼を羽ばたかせ宙を飛ぶ。

わたしは上空のレミリアを睨みつけ、立ち上がろうとするが、身体が拒否してた。
腰が数センチ上がったと思ったら、再び地面に戻る。

くすくすと、上方から笑い声が降ってくる。
服すらも再生させたバケモノは、いまや最初と変わらぬ姿だった。
いや、『楽しそう』な分、むしろ今の方が生き生きとしてる。

「無様ね、咲夜」

わたしのではない名前を呼ぶ。

「その程度の実力で、一体、なにをするつもり?」

わたしは何とかして立ち上がろうとする。
ナイフは手離していないのだ。
まだ、闘える。
まだ――

「メリー……と言ったかしら? 彼女のところへ行くつもりなの? 行ってなにをするの?」

なにを、言っている……?
そんなのは考える以前のことだ。

「――バカな儀式を止めて、一緒に帰るに……決まってるわ……」

言葉をなんとか紡ぐ。
回復の時間を稼ぐためにも、相手の言葉に対応する必要があった。

「あら、そうなの?」

くすくすと、おかしそうに、本当におかしそうにレミリアは笑った。
まるで、見当外れな望みを口にしてる幼子への反応。『なぜこんな簡単な勘違いに気付かないのだろう』と揶揄う大人の笑み。

「それだから怒っていたの? 意外な答えだわ。メリーとやらが生贄にされるという理由だけで、本当にそれだけが原因で怒っているの?」
「あ、当たり前じゃない……」

返事をしながらも、なんとか立ち上がった。
背後の樹に寄りかからなければ、すぐにでも倒れそうだ。
足がガクガクと震えてる。

「逆では、ないのかしら?」
「え……」
「先を越されそうだからではないの? 我慢してたことを目の前でされれば、怒りの一つも湧くというものよね」

なにを、わけの、わからない、ことを――?

「エモノを横取りされれば、禽獣ですら猛るわ。それは自然が構築した正当な怒り。競合者を排除する為の、生命螺旋が紡ぐ真理にして心理――」
「わけの分からないこと、言わないでよ。何を言っているの?」
「あら」

目じりを細め、八重歯を見せて、言った。

「自分で気付いていないの? だって――」

わたしの混乱した様が面白いのか、笑みが、いままで以上に深くなる。

                        ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「――だって貴女、心のどこかで、ずっとメリーのことを殺したいと思ってたんじゃない」

頭が、真っ白に染まる。
レミリアが、なにを言ってるのか理解できなかった。
ルーミアやてゐにしたことを、なぜか思い出した。

「違うッ!」

口が反射的に叫んでた。
感情が導くまま、ナイフを最短・最速で迸らせる。
笑みを浮かべたままでそれを『掴み』、レミリアは言葉を続けた。

「何が違うの? 貴女自身、気付いているはずだわ。もし、誰もいままで指摘せずにいたのなら、私が断言してあげる。貴女は紛れもなく殺人鬼よ。友達ですら殺したがる、業の深い生き物なのよ」
「巫山戯るな!」

脳が沸騰した。
許せない。
絶対に許せない。
だが、それでもナイフは動かなかった。刃のついてない部分を強固に掴まれてる。
理解すると同時に、右手に持ったカメラの欠片を、レミリアの顔めがけて振り下ろした。
潰れた右手を、当然のように振るう。
相手は、舞うように回転し、これを避けた。

「納得がいかないのかしら? ――――でも、私は、貴女にとても良く似たニンゲンにロンドンで会っているの」

全身を使ってナイフを走らせた。
光る軌跡を残して相手を襲う。
レミリアの爪に弾かれた。

「鏡は見た? 貴女はそっくりよ? 表情なんか特に!」

視界が紅かった。
口から笑いが零れそうになる。
よりにもよって『わたしがメリーを殺す』などという虚言を発したバケモノを殺すため、わたしは最速でナイフを振るう。
また弾かれる。

「本当に、同一人物ではないかと思うほど……あのニンゲンに理性を加えれば、きっと貴女のようになるわね」
「黙れ!」

カメラの欠片を投げつける。
腕を横に振る動作に弾かれた――
レミリアの、真っ紅な双眸を正面から見てしまう。

「そう、貴女は本当にそっくりよ、『切り裂きジャック』と呼ばれたニンゲンに!」

――言われた瞬間、メイド服に身を包み、膨大数のナイフを投げている未来の自分が『視えた』。
忠実に、瀟洒に、笑みすら浮かべて侵入者を殺傷してゆくその姿は、確かにそう言われてしかるべきものだった。
ギリ、っと奥歯を噛み締め、脳内の妄想を駆逐する。
欠片を弾いた彼女の腕の内側へと、地を蹴り、高速で身体をすべり込ませる。
アッパーの要領で、下から上へとナイフを振り上げた。
だが、それより先にレミリアは前へと『飛んで』いた。
刃が当たらず、腕を抑え込まれる。
膝蹴りをしようと足を蹴り上げるが、それをも予期していたかのように、残った軸足を払われた。
わたしは成す術もなく地面に倒れる。

「くっ!」

立ち上がろうと腹に力を込めるが……

「――言ったでしょう」

――出来なかった。
目の前に顔があった。
両腕は押さえ込まれ、身動きが取れない。
わたしの目は、レミリアの目しか映さない。

「貴女と私は織物の縦糸と横糸であると。私は好きになった相手の『血を吸いたくなる』。同じように、貴女は好きになった相手を『傷つけたくなる』のよ。私たちの本質はとても近しいところにある。同じ闇を共有している」

……てゐに向けて――多少なりとも好意を持った相手に向けて――拳銃の『引き金を引けたこと』を思い出した。
弾が入っていたかどうかは問題じゃない。恐れなく、躊躇無く、わたしはそれが出来た。

「認めなさい――私たちはそういう生物なの。良いも悪いも関係無いわ、ただ『そう或る』存在なのよ」
「違う……わたしは違う!!」

叫び、わたしは唯一動く頭で攻撃した。
鈍い音と共にレミリアの顔がのけ反る。
弛んだ手から腕を引き抜き、斜めに斬り裂く。
吸血鬼はズレた部分を押さえながら、空へと飛んだ。

「――捕食者と被捕食者が、仲良く手を取り合えるはず無いわよね。できたとしても、それはただの偽りでしかない」

声が振ってくる。
傷痕が、溶けるようにくっつき、跡形もなく消えてゆく。
わたしはその姿を『視つめた』。
悪魔の囁きには、もう耳を貸さない。
わたしの成すべきことをする。
潰れた指が自然に動き、
――カシャリ――
そんな幻聴と共に、彼女の背後に『空間跳躍』した。
地面を見つめてる隙だらけの後ろ姿に向け、ナイフを振り下ろす。
白い斬撃が網膜に残る。

「――ッ」

思わず舌打ちをした。
レミリアは、翼を羽ばたかせ、わずかに前へと飛んだ。
わたしの攻撃は空振りに終わる。
その場で回転し、五指の爪を横に振るう反撃を、わたしはナイフで受け止めた。
凄まじい加速が身体に加えられたが、わたしは『空間を操る』ことにより、その落下速度を殺した。

「――館で話を聞いていて、不思議に思ったことがあるの」

月を背負い、変わらぬ口調でレミリアは続けた。

「結界の探索は、いつも貴女が乗り気だったようね? むしろメリーが従う立場だった」
「――――」

答えない、答える必要が無い。
ナイフを構え、殺害手段を構築してゆく。

「なぜ探索をしようと思ったのかしら? なぜ異界に赴こうとしたのかしら? 貴女もメリーが視た夢を体験したかったから? 本当に?」

癇に障る喋り方だった。
わたしを嬲る気だけがある態度だ。

「私はね――」

彼女は、自分を掌で示した。

「血を吸いたいのは必ず相手が『怯えている時』なの。心の底から恐怖し、救いを渇望する感情がブレンドされた血液は、一度吸えば他の時なんて馬鹿らしく思えるほど美味なのよ」
「――――」

だから、どうした。
早く地上に降りて来い、わたしを攻撃してみろ。
その良く喋る口を斬り刻んでやる。

「咲夜、貴女も同じじゃない?」

上空からの双眸が細められる。
気に食わない……同類を見る目だった。

「豪胆な、滅多に怖がることのないメリーを『怯えさせるために』、結界探索をしてたんじゃない?」
「――!」
「異界でなら、いかなる犯罪も隠蔽できる。たとえ殺害しても『失踪』で済ませられる。なにせ死体は出てこないのだから」
「――――」
「そう、『偶然』にも、貴女の結界探索は、心理としても状況としても、メリーを殺すのにとても都合が良い状――」
「違うッ!!!」

わたしは遮って叫ぶ。
これ以上は、聞いてるのも苦痛だった。
空間を『操り』、助走をつけてジャンプした。凄まじい速度で空が迫り、レミリアに接近する。
飛び避けようとするレミリアを捉え、ナイフを振り上げる。
閃撃は、彼女の左翼を斬り裂いた。

「!」

はじめて吸血鬼の顔が焦った。
地上へと墜落して行く彼女に向け、わたしは空間を『蹴った』。
上昇と同速で下降する。
彼女の姿が再び迫る。
裂帛の気合と共にナイフを突き出した。
その直線は、途中で防御しようとした右手ごと、彼女の額を貫いた。
手にずっしりと、確かな手ごたえが伝わる。
そのまま重力加速を利用して、右手と顔を地面に縫い付けた。
粉塵が舞う様子と、牙の生えた口が大きく無音の悲鳴を上げる様子を見ながら、『ナイフを横に振るう』。
レミリアの全身が大きく震えたのを、身体越しに感じた。
酷く残酷な気分になりながら、馬乗りに乗り上げた。
そこから追撃しようとする行為は、しかし彼女が振り回した腕に遮られた。
さほど力を込めたようには見えないのに、4メートル近くを吹っ飛ぶ。
わたしは地面を滑走しながら身体を半回転させ、素早く中腰で立ち上がった。

「――痛ったた、無茶をするわね……」

バケモノは、そう言って、首を振りながら起きた
額から僅かに血は流れているが、傷痕はもはや存在してない。
本当に、なんて回復力だ。

「一歩間違えば貴女、攻撃どころか墜落死してたわよ? 自滅覚悟なんて非効率極まりないことを、よく行なう気になれたわね……」
「――――」

黙って睨みつける。
呼吸を整え、ナイフを握り直す。
右手は潰れ、肋骨は折れているが、他の部分は動かせる。
大丈夫だ。
まだ、闘える。

「それだけメリーとやらが、貴女の心を縛っているということ、か…………参ったわね――」

歩を進める。
不用意に顎に手を当て考えてる吸血鬼に無音で近寄る。

「それほどまでに貴女を束縛しているのなら、彼女を殺しましょう」
「!」

足が、止まる。

「そうすれば、『貴女は私を殺す為』に、傍にいなければならない。それをした者を、貴女は決して許すことはできないでしょう? きっと、魂を心の全てを使用して、私を憎悪してくれるわね」

唇が、薄く酷薄な形を作っていた。

「いえ、それよりも、メリーの血を吸って傀儡にでもしようかしら? 身体はおろか魂すらも陵辱し尽くしてあげる。そうね、もの言わぬただの人形としてなら、彼女を館に置いてもいいわ」

――そうすれば、貴女も一緒に来てくれるわね? と続けた。

「―――――――――――――――――」

――激怒ですら追いつかない。
哄笑が入り込む余地が無いほどの赫怒。破滅的な極低温が生成された。
この悪魔が、本気でそれを行なうつもりであると分かった。
口に出した以上、必ず実行するだろう。

――スイッチが切り替わる。
多少なりとも持っていた共感や畏怖が無くなった。
レミリアを、一個の生物としてではなく、排除すべき『対象』として捉える。
それは、わたしにとって斬り刻むべき、ただの物体となった。

――回路が、咬み合わさる。
体内の歯車が回り出し、いつものように勝手に起動した。
だが、外部機械が既に存在しない為に通常の手順を行なえず右手が歪んだ。時空が収束と拡散を同時に行い、骨が軽やかな音と共に破砕する。
その右手を、握り締める。
力が遡る。
双眸に力を込める。
内部の生体を以って対象を視つめる。
『わたしが世界を視る』。

……足を、踏み出した。
背後の星時計が徐々に遅くなってゆく。
極点を中心にした回転速度が、壊れた玩具のようにゆるやかになる。
その時計が完全に停止した瞬間――異常な色彩へと、世界が音を立てて覆った。
全き静寂が、この場に顕現した。
風は凍り、水滴は宙で止まり、舞い散る木の葉は見えないピンで止められた。
固定された世界の中で――『わたししかいない世界の中』で――無造作に歩み寄り、標的を攻撃範囲に捉えた。

――それは媒体だ。

遥か遠くに思える過去、確かに聞いた言葉。

――言うなれば補助輪のようなものだ。たしかに安全ではある、手軽でもある。だが、それ以上のことをさせない『枷』にもなっている。

確かに、その通りだったのだろう。
わたしは、宝物だったカメラを失い、初めてこの能力を全開にすることができていた。

光るナイフがレミリアの頬に吸い込まれる。
僅かな骨の感触を伝えながら、反対側へと抜けた。
彼女はまるで動かなかった。
血滴が宙で停止する。
体重を移動させ、反動をつけながら更に斬りつける。
袈裟斬りにし、振り上げて二の腕を斬り離し、横に斬り通すことで鎖骨を砕き、回転ながら斬り下ろし――止まった時間の中で、幾度も幾度もナイフを振るった。
白い軌跡が消えることなく重なる。
接点で僅かに紅い線が滲んでいるだけで、あとは完全な純白だった。
反転し、舞い、身体を翻して斬りつづける。
視界すべてが斬痕の白で染まった頃になって、ようやくわたしに限界が訪れた。
手を止め、力を抜いた――――星時計がその役目を正しく認識し出す。
わたしはレミリアを正視し、告げた。

「メリーは渡さない」

――世界が復活した。
刹那の間もなく、幾十もの線が同時に走り、レミリアは拳大の肉隗に分断された。
それらは重力に逆らうことが出来ず、地面に崩れながら落ちてゆく。
無秩序に広がり、わたしの足元にまでやって来た。

それは、一方的な破壊であり、殺戮だった……
























また、話数が増え申した。

おそらく、『ハネムーン・デイズ』は全七話になる予定。
これ以上は、増えません。

あと……オリジナル設定、満載ですね。
どこからともなく「どこがハネムーンなんだ!」というツッコミが聞こえる気がします。
いやまったく甘いどころか塩っ辛い雰囲気が満載です。
そして、次話もっと塩辛い!!(爆

それと、なるべく排除しよう、排除しようとしてるんですが、そこかしこに『吸血鬼モノ』の影響がうかがえますね……ざっと数えただけで影響数は四つくらい?

なんかもう、朝日に溶けそうな勢いだったりしますが、なんとか、残り二話、がんばります……
nonokosu
http://nonokosu.nobody.jp/
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