魔法の森にある、古風で奇妙な古道具屋。
店の名前は香霖堂。
店主は、銀髪にメガネがトレードマークの森近霖之助。
お客はほとんど暇つぶしに来る連中ばかりだが、時たま希少な品を持ち込み、そしてそれを購入する客もいる為、なんとか看板が外れる事無く、毎日平穏に営業している。
この前も、幻想郷に住み着いた白い鬼が、「銀の鉱脈を見つけた」と、大量に鉱石を持ち込み、それを紅魔館の鬼のメイド長が、喜んで買い取っていった。おかげで、売り上げについては上々、懐はぬくぬくしている。
しかし、金銭欲のあまり無い彼は、その日その日を暮らせれば十分だと思っているので、たとえ売り上げが少なかったとしても、今の暮らしに満足していた。
何より、自分の『未知のアイテムの名称と用途を知る』能力を、思う存分発揮できるのが堪らない。
一つだけ困り事が有るとすれば。
それは、その日の昼前位にやって来た。
「よう、香霖。今日も退屈しのぎの相手をしてやりにやって来たぜ」
店の入り口をくぐり抜け、同じ魔法の森に住む、黒い帽子にエプロンドレスを着た、黒い魔女、霧雨魔理沙がやってきた。
彼は別段退屈などしていなかったが、自分が退屈しているのを他人に置き換えて、何だこの店は、来た客にお茶の一つも出さないのかと、わめいている少女をジロリと眺める。
唯一の困り事。それは古い顔馴染みの彼女が来る度に、どういう訳か騒動が起こり、そのたび店の壁やら、屋根から床などが、見事なほどに破壊される。当事者の本人には、いたって悪気は無く、そして何も無かったかのように帰る為、店の売り上げの何割かがその修繕に当てられていた。
「僕は別に退屈していないし、お茶の葉から湯飲みの置き場所まで、全部知っているだろう。勝手に淹れて、おとなしく暇つぶししてくれないか」
そして彼は、椅子に腰掛け、外界から入手した雑誌に再び目を落とす。雑誌の名前は『月刊ハングオン』。所謂バイク情報誌で、幻想郷には縁遠い物だが、ある外界から来た客から預かった、オフロードバイクを手入れしているうちに、どうも興味を持ったらしい。
相手をしてくれない店主に、黒い魔女は頬を膨らませ不満を述べる。
「なんだよ、その態度。こんな可愛い茶飲み友達よりも、そんな本の方が大事なのかよ。まったく、つれないぜ」
と言いながらも、棚から慣れた手つきでお茶の葉を取り出し、『魔理沙専用』と黒々と書かれた湯飲みをテーブルの上に置く。すでに、まったりモードに突入だ。
「来る度に、店を破壊して帰っていく輩を、茶飲み友達と言うのかな」
霖之助は素っ気無く返事を返す。
「あんなのは破壊の範疇に入らないぜ。ちなみに私の破壊の最低基準は、たとえるなら博麗神社の鳥居が丸々消滅する位だな」
さらりと恐ろしい事を言う。彼は、神社の主に激しく同情した。そういえばこの前も、神社の形が変わっていたような気がする。
彼は冊子を閉じ、魔女のいるテーブルの、空いている席に腰を下ろす。
「今日は、ぜひ、用事がすんだら穏便にお帰り願いたいね」
「なんでまた。そんな事言われると、ますます長居したくなるぜ」
「昼から、君も知ってるだろう、浪鬼さん。午後からあの人に、バイクの乗り方を教えてもらう約束してるんだ」
魔理沙の目が輝いた。
霖之助は後悔したがもう遅い。好奇心の塊が、箒に乗って飛んでいる様な彼女が、興味を持たない訳が無い。
「ふーん、妹紅とよろず屋やってる、外から来た平和主義の鬼か。そういや、有ったよな。あいつがここまで乗って来た、ブルーなんとか」
霖之助は、やれやれと思いながら答える。
「ああ、時々は動かしてやらないと調子が悪くなるって言ってたし、僕も興味が有る、って言ったら、快く承諾してくれたよ。自分の代わりに可愛がってやってくれってさ」
「今どこに有るんだ、あれ」
「先代の残した、裏の倉庫の中だよ。念の為言っておくが、関係者以外、立ち入り禁止だから」
まあ、言っても無駄だろうと思いつつ、彼は返事する。どの道、先代の作った倉庫は、霖之助が持っている鍵が無ければ、開ける事も入る事もできない。例え、彼女の十八番のマスタースパークを撃ち込んでも、傷一つつく事は無い。先代は、『物質の状態を固定し保存する』程度の力の持ち主だった。
先代、どうして店の方も同じ仕様にしてくれなかったんですか。
霖之助は心の中でつぶやく。十数年前、「後は全部お前に任せる。じゃあな」と外の世界にフラリと出ていったきり戻ってこない、『元トレジャーハンターだったらしい』先代に、愚痴った。
「私の箒と、どちらが早いかな。楽しみだぜ」
何やら話の方向性が、嫌な方に向かい始めた。命がけのドラッグレースはご免こうむる。
その時、店の呼び鈴が、カランコロンと鳴り、客の来訪を告げた。
人里のお客が、日用品を買いに来た。香霖堂には、少数だがそういう品も置いてある。
お客に応対する為に、霖之助は席を外す。
黒い魔女は、にやりと笑みを浮かべ、行動を開始した。
「またどうぞ、ご贔屓に」
帰っていくお客に、彼は声をかけ、店の中に振り返る。
黒い魔女の姿はどこにも無かった。
湯飲みの中のお茶は、しっかり空になっている。
そして、店の裏庭へ続く扉が半開きになっていた。
魔理沙が倉庫に行ったのは明白だ。
彼は、自分の腰にぶら下げている鍵の束を見る。倉庫の鍵はそこにある。しばらくすれば、彼女も入れない事に気付いて、あきらめて帰って来るだろう。
そう思いながら、倉庫の鍵に手を触れる。既知のアイテムの場合は、その状態を知る事ができるのも彼の力の一つだ。
情報が、彼の頭の中に伝わる。
『私は、裏庭の倉庫の鍵です。現在、私は倉庫を開けた状態にあります。以上』
冷や汗が流れた。
そういえば、今朝、保管品の様子を見る為、一度中に入ったっけな。鍵を閉め忘れるとは、何たる不覚。
魔導書の類は無いが、先代が収集した訳の分からない物が、あの中には山の様に保管してある。そして霖之助は、魔理沙がとんでもない収集癖が有る事を知っていた。
そして、倉庫の中には手を触れただけでも、かなりヤバイ代物が眠っている。
彼は店の扉に、『本日、都合により閉店いたします』と書かれた札をぶら下げると、魔理沙の後を追いかけた。
その頃、倉庫の中では、当初の目的を忘れた黒い魔女が、まるで宝の山に飛び込んだかの様に狂喜乱舞していた。
「おー、すげー、なんじゃこりゃー。うほほー、こんな面白い物初めて見たぜ。ひょー、これなんか咲夜が見たら、まとめて持って行きそうだな」
ちなみにそれは、かなり物騒な形をした『グルカナイフ』である。ダース単位で置いてあった。
「おっ、こりゃ『てっぽー』って奴だな。魔法が使えない奴が、弾幕ごっこに使う奴か」
ちなみにそれは、『ステアーAUGカスタム。ジェノサイドアサシン』と呼ばれる、やはり物騒な代物だった。
そして、倉庫の一番奥に、一際、彼女の興味を引く物があった。ご丁寧に張り紙まで付いている。
「妖夢の使ってる刀に似てるなー。なになに、『さわっちゃ駄目、絶対。by先代店主』。なんて言われたら、余計触りたくなるぜ」
猫にモンプチ、狐に油揚げである。魔理沙は、その朱塗りの鞘に納められた日本刀を取り上げた。
柄を握り、一気に刀身を引き抜く。彼女は気付かなかったが、刀身にはその製作者の名が刻まれていた。
『村正』と。
次の瞬間、魔理沙は、意識を失った。
開け放れた倉庫の扉を見て、霖之助は歯噛みする。
そして中から、一振りの日本刀を片手に、フラフラと出てくる魔理沙の姿を見た。その手から、カランと音を立てて鞘が地に落ちる。
考えていた最悪の事態が、現実になってしまった。
村正。また、『妖刀 村正』とも呼ばれるその刀は、博麗大結界が幻想郷を覆った頃、妖怪退治の為に、散々血を吸ってきた。そして、刀自体が、危うく妖物に成りかけた所を、時の博麗神社の主が封じたと言う、いわく付きの代物だった。
霊夢の母が、香霖堂の先代に預けた物だと、彼も聞いていた。
先見の明があったのかもしれないが、今となってはもう遅い。
『あぁ、久しぶりに、人間の血が吸えるのう』
魔理沙の声とは明らかに違う、男の声が吐き出される。
ゆらりと刀を振り上げ、無造作に霖之助に向かって下ろされる。彼女から十m近く離れていたが、嫌な予感に従い、彼は横っ飛びに転がった。
先ほどまで彼がいた場所を、疾風が通り抜けた。地面がえぐられ、直線状にあった木がなぎ倒される。
奴は、魔理沙の魔法の力を利用している。霖之助は直感した。ここで食い止めなければ、魔理沙も、里の人間達も危ない。
その間にも、妖刀は連続して斬撃を繰り返す。構えから軌道を予測し、霖之助は紙一重で攻撃を回避する。
『うざいな、薙いでやろう』
横薙ぎの、二連撃。
霖之助に、もはや逃げ場は無かった。
不可視の刃に、体を両断されると覚悟した。
だが。
その凶刃は、彼に届かなかった。
「大丈夫か?」
彼の前に、立ちはだかったのは白い影。
外の世界から来た、不死の鬼。
その名は、浪鬼。
『邪魔をするな』
妖刀から放たれた斬撃は、かざした浪鬼の手の前で雲散霧消する。
「悪いけど、邪魔をさせてもらうよ。それから店長、何が起きたのか説明してもらえると有り難いな」
霖之助は答える。
「魔理沙が、妖刀の封印を誤って解いたらしい。今、彼女はあの刀に操られている」
「どうすれば良い、刀を破壊するか」
「駄目だ。魔理沙の魂が、刀の中に取り込まれている可能性がある。過去の文献で似た話を読んだ」
「打つ手無しか」
「いや、たぶん、どうにかできる。あそこに鞘が落ちてるだろう」
霖之助の指差す先に、朱塗りの鞘が落ちている。
「ああ」
「あれにまた刀を納められれば、封印できる」
「なら、オレは彼女の体を押さえよう。その間に、店長は鞘で刀を封印してくれ」
「頼む」
「まかせてくれ。不死身の体は、こんな時も便利だ」
そう言い残し、浪鬼は、自分の体で霖之助をかばいながら、魔理沙に、妖刀に向かって走る。
斬撃が、幾度も浪鬼の体を襲う。衝撃で白い甲殻が砕け、そこから緑色の血が飛び散る。
それを無視しながら、彼は魔理沙の両腕を、妖刀の動きを止める事に成功した。
「店長!! 」
浪鬼の合図を受け、鞘めがけ走る霖之助。しかし。
『甘いわ』
刀身の先端が輝き、一筋の光線が霖之助の足を貫いた。
もんどりうって、転がる霖之助。
灼熱感を伴う痛みが、全身を襲う。
歯を食いしばりながら、彼は鞘を手に取った。
そして渾身の力を込め、罵声と共にそれを投じる。
「魔理沙を返せ、この糞野郎!! 」
浪鬼は、霖之助から投じられた鞘を、確かに、その手に受け止めた。
「眠れ、永劫にな」
悪あがきしようとする妖刀を、朱塗りの鞘が包み込む。
怪しの力は消え、村正は再び封印された。
魔理沙が目覚めると、そこはまるで、紅い悪魔の妹が、暴れまくったような様な惨状が広がっていた。
そして。
「ようやく、目が覚めたか」
傍らには、満身傷だらけの霖之助がいた。浪鬼は、すでに自分のねぐらである山に帰った。村正も再度、厳重に封印された。
「ごめん」
魔理沙は知っていた。妖刀に意識を取り込まれ、操られている間、自分が何をしでかしたかも。
「わかってるならいいさ。これからは、変な物に軽々しく触るんじゃない」
「うん」
「じゃ、店に戻るか。取って置きの玉露で一服しよう」
背中を見せる霖之助。その姿は、自分が幼かった頃から少しも変わっていない。
「香霖」
「ん」
魔理沙に呼ばれ、霖之助は振り向いた。
「なにさ」
「あの時、『魔理沙を返せ』って言われた時、なんだか嬉しかったぜ」
夕日のせいか、霖之助は、彼女の顔が少し赤く見えた様な気がした。
「そんな事、言ったかな。必死だったから覚えてないよ」
「このー、人が真面目な話してるのに茶化すんじゃねーぜ」
「おお、怖い怖い。うむ、いつもの魔理沙だ。さてと一服しましょーか」
「まてー、こーりーん」
魔法の森に、黒い魔女の元気な声が木霊する。
その声には、何か楽しげな響きがあった。
店の名前は香霖堂。
店主は、銀髪にメガネがトレードマークの森近霖之助。
お客はほとんど暇つぶしに来る連中ばかりだが、時たま希少な品を持ち込み、そしてそれを購入する客もいる為、なんとか看板が外れる事無く、毎日平穏に営業している。
この前も、幻想郷に住み着いた白い鬼が、「銀の鉱脈を見つけた」と、大量に鉱石を持ち込み、それを紅魔館の鬼のメイド長が、喜んで買い取っていった。おかげで、売り上げについては上々、懐はぬくぬくしている。
しかし、金銭欲のあまり無い彼は、その日その日を暮らせれば十分だと思っているので、たとえ売り上げが少なかったとしても、今の暮らしに満足していた。
何より、自分の『未知のアイテムの名称と用途を知る』能力を、思う存分発揮できるのが堪らない。
一つだけ困り事が有るとすれば。
それは、その日の昼前位にやって来た。
「よう、香霖。今日も退屈しのぎの相手をしてやりにやって来たぜ」
店の入り口をくぐり抜け、同じ魔法の森に住む、黒い帽子にエプロンドレスを着た、黒い魔女、霧雨魔理沙がやってきた。
彼は別段退屈などしていなかったが、自分が退屈しているのを他人に置き換えて、何だこの店は、来た客にお茶の一つも出さないのかと、わめいている少女をジロリと眺める。
唯一の困り事。それは古い顔馴染みの彼女が来る度に、どういう訳か騒動が起こり、そのたび店の壁やら、屋根から床などが、見事なほどに破壊される。当事者の本人には、いたって悪気は無く、そして何も無かったかのように帰る為、店の売り上げの何割かがその修繕に当てられていた。
「僕は別に退屈していないし、お茶の葉から湯飲みの置き場所まで、全部知っているだろう。勝手に淹れて、おとなしく暇つぶししてくれないか」
そして彼は、椅子に腰掛け、外界から入手した雑誌に再び目を落とす。雑誌の名前は『月刊ハングオン』。所謂バイク情報誌で、幻想郷には縁遠い物だが、ある外界から来た客から預かった、オフロードバイクを手入れしているうちに、どうも興味を持ったらしい。
相手をしてくれない店主に、黒い魔女は頬を膨らませ不満を述べる。
「なんだよ、その態度。こんな可愛い茶飲み友達よりも、そんな本の方が大事なのかよ。まったく、つれないぜ」
と言いながらも、棚から慣れた手つきでお茶の葉を取り出し、『魔理沙専用』と黒々と書かれた湯飲みをテーブルの上に置く。すでに、まったりモードに突入だ。
「来る度に、店を破壊して帰っていく輩を、茶飲み友達と言うのかな」
霖之助は素っ気無く返事を返す。
「あんなのは破壊の範疇に入らないぜ。ちなみに私の破壊の最低基準は、たとえるなら博麗神社の鳥居が丸々消滅する位だな」
さらりと恐ろしい事を言う。彼は、神社の主に激しく同情した。そういえばこの前も、神社の形が変わっていたような気がする。
彼は冊子を閉じ、魔女のいるテーブルの、空いている席に腰を下ろす。
「今日は、ぜひ、用事がすんだら穏便にお帰り願いたいね」
「なんでまた。そんな事言われると、ますます長居したくなるぜ」
「昼から、君も知ってるだろう、浪鬼さん。午後からあの人に、バイクの乗り方を教えてもらう約束してるんだ」
魔理沙の目が輝いた。
霖之助は後悔したがもう遅い。好奇心の塊が、箒に乗って飛んでいる様な彼女が、興味を持たない訳が無い。
「ふーん、妹紅とよろず屋やってる、外から来た平和主義の鬼か。そういや、有ったよな。あいつがここまで乗って来た、ブルーなんとか」
霖之助は、やれやれと思いながら答える。
「ああ、時々は動かしてやらないと調子が悪くなるって言ってたし、僕も興味が有る、って言ったら、快く承諾してくれたよ。自分の代わりに可愛がってやってくれってさ」
「今どこに有るんだ、あれ」
「先代の残した、裏の倉庫の中だよ。念の為言っておくが、関係者以外、立ち入り禁止だから」
まあ、言っても無駄だろうと思いつつ、彼は返事する。どの道、先代の作った倉庫は、霖之助が持っている鍵が無ければ、開ける事も入る事もできない。例え、彼女の十八番のマスタースパークを撃ち込んでも、傷一つつく事は無い。先代は、『物質の状態を固定し保存する』程度の力の持ち主だった。
先代、どうして店の方も同じ仕様にしてくれなかったんですか。
霖之助は心の中でつぶやく。十数年前、「後は全部お前に任せる。じゃあな」と外の世界にフラリと出ていったきり戻ってこない、『元トレジャーハンターだったらしい』先代に、愚痴った。
「私の箒と、どちらが早いかな。楽しみだぜ」
何やら話の方向性が、嫌な方に向かい始めた。命がけのドラッグレースはご免こうむる。
その時、店の呼び鈴が、カランコロンと鳴り、客の来訪を告げた。
人里のお客が、日用品を買いに来た。香霖堂には、少数だがそういう品も置いてある。
お客に応対する為に、霖之助は席を外す。
黒い魔女は、にやりと笑みを浮かべ、行動を開始した。
「またどうぞ、ご贔屓に」
帰っていくお客に、彼は声をかけ、店の中に振り返る。
黒い魔女の姿はどこにも無かった。
湯飲みの中のお茶は、しっかり空になっている。
そして、店の裏庭へ続く扉が半開きになっていた。
魔理沙が倉庫に行ったのは明白だ。
彼は、自分の腰にぶら下げている鍵の束を見る。倉庫の鍵はそこにある。しばらくすれば、彼女も入れない事に気付いて、あきらめて帰って来るだろう。
そう思いながら、倉庫の鍵に手を触れる。既知のアイテムの場合は、その状態を知る事ができるのも彼の力の一つだ。
情報が、彼の頭の中に伝わる。
『私は、裏庭の倉庫の鍵です。現在、私は倉庫を開けた状態にあります。以上』
冷や汗が流れた。
そういえば、今朝、保管品の様子を見る為、一度中に入ったっけな。鍵を閉め忘れるとは、何たる不覚。
魔導書の類は無いが、先代が収集した訳の分からない物が、あの中には山の様に保管してある。そして霖之助は、魔理沙がとんでもない収集癖が有る事を知っていた。
そして、倉庫の中には手を触れただけでも、かなりヤバイ代物が眠っている。
彼は店の扉に、『本日、都合により閉店いたします』と書かれた札をぶら下げると、魔理沙の後を追いかけた。
その頃、倉庫の中では、当初の目的を忘れた黒い魔女が、まるで宝の山に飛び込んだかの様に狂喜乱舞していた。
「おー、すげー、なんじゃこりゃー。うほほー、こんな面白い物初めて見たぜ。ひょー、これなんか咲夜が見たら、まとめて持って行きそうだな」
ちなみにそれは、かなり物騒な形をした『グルカナイフ』である。ダース単位で置いてあった。
「おっ、こりゃ『てっぽー』って奴だな。魔法が使えない奴が、弾幕ごっこに使う奴か」
ちなみにそれは、『ステアーAUGカスタム。ジェノサイドアサシン』と呼ばれる、やはり物騒な代物だった。
そして、倉庫の一番奥に、一際、彼女の興味を引く物があった。ご丁寧に張り紙まで付いている。
「妖夢の使ってる刀に似てるなー。なになに、『さわっちゃ駄目、絶対。by先代店主』。なんて言われたら、余計触りたくなるぜ」
猫にモンプチ、狐に油揚げである。魔理沙は、その朱塗りの鞘に納められた日本刀を取り上げた。
柄を握り、一気に刀身を引き抜く。彼女は気付かなかったが、刀身にはその製作者の名が刻まれていた。
『村正』と。
次の瞬間、魔理沙は、意識を失った。
開け放れた倉庫の扉を見て、霖之助は歯噛みする。
そして中から、一振りの日本刀を片手に、フラフラと出てくる魔理沙の姿を見た。その手から、カランと音を立てて鞘が地に落ちる。
考えていた最悪の事態が、現実になってしまった。
村正。また、『妖刀 村正』とも呼ばれるその刀は、博麗大結界が幻想郷を覆った頃、妖怪退治の為に、散々血を吸ってきた。そして、刀自体が、危うく妖物に成りかけた所を、時の博麗神社の主が封じたと言う、いわく付きの代物だった。
霊夢の母が、香霖堂の先代に預けた物だと、彼も聞いていた。
先見の明があったのかもしれないが、今となってはもう遅い。
『あぁ、久しぶりに、人間の血が吸えるのう』
魔理沙の声とは明らかに違う、男の声が吐き出される。
ゆらりと刀を振り上げ、無造作に霖之助に向かって下ろされる。彼女から十m近く離れていたが、嫌な予感に従い、彼は横っ飛びに転がった。
先ほどまで彼がいた場所を、疾風が通り抜けた。地面がえぐられ、直線状にあった木がなぎ倒される。
奴は、魔理沙の魔法の力を利用している。霖之助は直感した。ここで食い止めなければ、魔理沙も、里の人間達も危ない。
その間にも、妖刀は連続して斬撃を繰り返す。構えから軌道を予測し、霖之助は紙一重で攻撃を回避する。
『うざいな、薙いでやろう』
横薙ぎの、二連撃。
霖之助に、もはや逃げ場は無かった。
不可視の刃に、体を両断されると覚悟した。
だが。
その凶刃は、彼に届かなかった。
「大丈夫か?」
彼の前に、立ちはだかったのは白い影。
外の世界から来た、不死の鬼。
その名は、浪鬼。
『邪魔をするな』
妖刀から放たれた斬撃は、かざした浪鬼の手の前で雲散霧消する。
「悪いけど、邪魔をさせてもらうよ。それから店長、何が起きたのか説明してもらえると有り難いな」
霖之助は答える。
「魔理沙が、妖刀の封印を誤って解いたらしい。今、彼女はあの刀に操られている」
「どうすれば良い、刀を破壊するか」
「駄目だ。魔理沙の魂が、刀の中に取り込まれている可能性がある。過去の文献で似た話を読んだ」
「打つ手無しか」
「いや、たぶん、どうにかできる。あそこに鞘が落ちてるだろう」
霖之助の指差す先に、朱塗りの鞘が落ちている。
「ああ」
「あれにまた刀を納められれば、封印できる」
「なら、オレは彼女の体を押さえよう。その間に、店長は鞘で刀を封印してくれ」
「頼む」
「まかせてくれ。不死身の体は、こんな時も便利だ」
そう言い残し、浪鬼は、自分の体で霖之助をかばいながら、魔理沙に、妖刀に向かって走る。
斬撃が、幾度も浪鬼の体を襲う。衝撃で白い甲殻が砕け、そこから緑色の血が飛び散る。
それを無視しながら、彼は魔理沙の両腕を、妖刀の動きを止める事に成功した。
「店長!! 」
浪鬼の合図を受け、鞘めがけ走る霖之助。しかし。
『甘いわ』
刀身の先端が輝き、一筋の光線が霖之助の足を貫いた。
もんどりうって、転がる霖之助。
灼熱感を伴う痛みが、全身を襲う。
歯を食いしばりながら、彼は鞘を手に取った。
そして渾身の力を込め、罵声と共にそれを投じる。
「魔理沙を返せ、この糞野郎!! 」
浪鬼は、霖之助から投じられた鞘を、確かに、その手に受け止めた。
「眠れ、永劫にな」
悪あがきしようとする妖刀を、朱塗りの鞘が包み込む。
怪しの力は消え、村正は再び封印された。
魔理沙が目覚めると、そこはまるで、紅い悪魔の妹が、暴れまくったような様な惨状が広がっていた。
そして。
「ようやく、目が覚めたか」
傍らには、満身傷だらけの霖之助がいた。浪鬼は、すでに自分のねぐらである山に帰った。村正も再度、厳重に封印された。
「ごめん」
魔理沙は知っていた。妖刀に意識を取り込まれ、操られている間、自分が何をしでかしたかも。
「わかってるならいいさ。これからは、変な物に軽々しく触るんじゃない」
「うん」
「じゃ、店に戻るか。取って置きの玉露で一服しよう」
背中を見せる霖之助。その姿は、自分が幼かった頃から少しも変わっていない。
「香霖」
「ん」
魔理沙に呼ばれ、霖之助は振り向いた。
「なにさ」
「あの時、『魔理沙を返せ』って言われた時、なんだか嬉しかったぜ」
夕日のせいか、霖之助は、彼女の顔が少し赤く見えた様な気がした。
「そんな事、言ったかな。必死だったから覚えてないよ」
「このー、人が真面目な話してるのに茶化すんじゃねーぜ」
「おお、怖い怖い。うむ、いつもの魔理沙だ。さてと一服しましょーか」
「まてー、こーりーん」
魔法の森に、黒い魔女の元気な声が木霊する。
その声には、何か楽しげな響きがあった。
霖×魔という、(幻想郷的には)アブノーマルなカップリングも良いかな、と思えてしまう程。
浪鬼君も、もう殆ど「普通の登場人物」みたいな扱いになっている気がして、何だか嬉しいディス。
沙門さまのSSは、オリキャラやオリ設定が多いので、新鮮な楽しみがあって大好きです!
ちなみに魔理沙、ブルーなんとかに勝つには、時速340キロ必要だよ(笑
ご感想ありがとうございます。毎回試行錯誤の連続で、しかも、こんな東方大丈夫かな、と迷いながら話を作ってます。でも貴重な時間を使って、色々と感想や意見や、時にはお叱りもいただけて本当にありがたいです。また次回がんばります。でわでわ。
原子力エンジン搭載のバイクおいてあるよろず屋も何気にすごいやw
ご感想ありがとうございます。どうやら、褌がこーりんの制服らしいので、今後どうなるかわかりませんが。ブルーなんとかは、確かに原子力エンジン搭載してるので、そのうちチャイナシンドロームが起きるかもしれません。でわでわ。
つーか出す必要性があるかどうか考えて欲しい
つーか出す必要性があるかどうか考えて欲しい
ご感想ありがとうございます。自分を叱ってくれる方、大歓迎です。いつも走り出してから考えるタイプなので、以後、注意します。でわでわ。