既に己の死期を悟っていた彼女が冗談交じりに言う
「私の亡骸は館を見渡せるあの丘に埋葬してくださいね」
数え切れない程に交し合った冗談、二人を取り巻く状況が如何に変わろうとも
それでも変わらない物はこのように存在するのだ、そして私は乗る事にした
「貴方の主たる吸血鬼の王に向かって神の作法に習えだなんて、言ってくれるものね」
「長年奉仕を続けた勤労メイドに退職手当も出さないなんて、随分としみったれた王ですね」
「全く年寄りは口五月蝿くて敵わないわね…そんなにして欲しいならやってやるわよ、向きは勿論仰向けにね」
「他には蝋燭と、猫は迷い家のを捕獲するとして… ああ、パチェには露西亜の風を用意させないと、忙しくなるわ」
目を細めすっかりこけた頬を揺らす彼女、だが、やがて私は見抜いてしまった
瞳には強い強い意志が宿っている事を、本気で“退職手当”を望んでいる事を
そしてそんな私の心の機微も同じく、彼女は見抜くに違いない、長年連れ添った主人と従者とはそのような物なのだから
そして最期の日、極近しい者だけが集められた部屋、身分の割には驚くほど質素な彼女の部屋
外では余計な気を利かせた空が朝からしとしとと鎮魂歌を奏でているが、決して重苦しい雰囲気になる事は無く
泣き出す者も無理に明るく振舞う者も居ない、そんな事を彼女が望む訳が無い事をその場に居る全員が理解しているからだ
雨音が遠くに聞える中、単なる日常生活の1コマとして彼女は一人一人にさらりと別れを告げ、ついに私の番が来た
「レミリア様、今までありがとうございました」
「こちらこそ世話になったわね、咲夜」
実に、簡潔なやりとり、今生の別れだと言うのにここまでドライな言葉しか交わさないのも全て彼女の意向
約一名、出来の悪い門番が理解は出来ても実践出来ていない様子だったのが腹立たしい、全く使えない奴だ。
勿論、その後は館を挙げての盛大な葬儀が執り行われる事も無く
彼女の希望通り、湖面に浮かぶスカーレット家の館を一望出来る丘に小さな墓が立てられた
その後、気の遠くなるような年月を経てもその墓から花が絶える日は訪れなかったと言う。
かくして、人の世を捨て悪魔に忠誠を誓っても尚、祝福されし神の子で在り続ける事を選択した咲夜は
一生死ぬ人間として輪廻の輪に還る事になるのだ・・・・・・・・・・・・・・・私を置いて
こうやって咲夜の死の運命を眺めるのは何度目になるだろう、私はいつからか事ある度に自室に篭っては
何度も咲夜の運命の糸を手繰りその人生の最後を見ている、何度も何度も咲夜を殺し続けている。
そう、咲夜も不老不死になってみない?
そうすれば、ずっと一緒にいられるよ。
私は一生死ぬ人間ですよ。
大丈夫、生きている間は一緒に居ますから。
きっかけは単なる戯れで拾った、ただそれだけの幼い人間の女、だったハズなのに
彼女との思い出を振り返るには今まで彼女と過した時間の更に倍の時間を要するだろう
それ程までに濃密な時間を共に歩んだ結果、不覚にも彼女は私に取って無くてはならない存在になってしまった
吸血鬼が愛を語るだなんて我ながら馬鹿馬鹿しい話だと思う、でもこれは動かし様の無い純然足る事実
ならば認めてしまおう、レミリア・スカーレットは十六夜咲夜を愛しているのだ。
今までは露ほどの変化も生まれない怠惰で、不変な灰色が私の世界の全てだったのに
彼女と言う花を見つけた時、そして自分の気持ちを確認して以降、世界の景色は一変した
どんな些細な事にも喜びを見出す事の出来る余裕も生まれたし
単純に、彼女と同じ空間に居るだけで言葉に出来ない様な充足感を得る事が出来た
しかし、そうやって日々の幸せを積み重ねて行きながらも、時折チクリと私の胸に刺さっては
しばらくの間、熱を発し続ける小さな棘の存在、得体の知れない漠然とした不安
無意識の内に心の奥底へと押し込めていたその不安の正体が分かった時……
それは単なる棘なんかでは無く、白木の杭にも勝る、それは恐ろしい呪いだった
─────そう言えば、人間とは老いる生き物だった
少女は大人になり老い衰え、やがては死に至る、今まで人間とは単なる食料でしか無かった為、そんな簡単な事も忘れていた
一瞬恐ろしい事を考え肝が冷えてしまったが、問題は無い、そんな脆弱な人間など辞めてしまえば良いのだし
私は幸いにもその手段を持っているのだから。
「ねえ貴方、名実共に私の僕になってみない?」
500年近く生きてきた私が初めて、眷属を持とうと決心したその日、咲夜を自室へ呼んだ。
永遠の命、古今東西の人間はその夢を叶える為にあらゆる知恵を、金を、時間を注いできたと聞く
噂に聞く所では600人以上の同胞を殺してその血を浴びた奴まで居たらしい
ともあれ、この誘いに乗らない人間など居る訳が無いとタカをくくり、食事の為ではなく
別の用途に用いる為に犬歯をキシキシと鳴らしながら咲夜の返事を待つと
咲夜はまるで予め用意していた台本を朗読するかの様に一息で言い放つ
「結構ですお嬢様、私は一人の人間として生涯仕えさせていただくと心に誓っておりますので」
咲夜の返答は私の想像を越えた所にあり、声は聞こえても意味を成す言葉に変換出来なかった
それでも何とか体勢を立て直し言葉を返す
「そ、そう、人間のくせに不老不死の誘いを蹴るだなんて、欲が無いのね」
「私はレミリア様の下にお仕え出来るだけで十分に満たされてるんですよ」
「まあいいわ、下がりなさい」
「では失礼致します」
ドアは音も立てずに閉まり、私は一人部屋に残された
まるでそのドアは人間と妖魔と言う存在を隔てる象徴であるかの様に見えたのを今でも覚えてる
その日以来、事ある度に、冗談交じりに、あくまで素っ気無く彼女に問いかけ続けた
毎回、言い回しや状況は違えど言葉の意味が示す所は常に同じ
“貴方も不老不死の存在になって生涯私の側に居て欲しい”
その問いかけに対する返事も毎回、言い回しや状況は違えど言葉の意味が示す所は常に同じ
“私は永遠の命に興味はありません、人間として生き人間として死にます”
何度私が尋ねようが誘惑しようが首を縦に振る事は無い、先日のやりとりだって
そう、咲夜も不老不死になってみない?
そうすれば、ずっと一緒にいられるよ。
この言葉にいかなる想いが込められていたか、特に表情を変える訳でもなく、何気なく発せられた言葉
それは冗談か何かの類ではなく、既に懇願の域に達してると言う事に彼女は気が付いていただろうか。
要するに、私は
吸血鬼と人間、如何に両者が通じ合い、共に同じ道を歩んでるとしても
とある分岐に差し掛かったその時、片方は左の道に片方は右の道に進まなくてはいけない
その線を越えてしまうといくらレミリアでも運命を覆す事は出来ない、それは正にボーダーオブライフ。
要するに、私は十六夜咲夜を失ってしまう事を恐れていた
今日も独り、自室に篭り糸を手繰る
真の意味で私と歩んでくれる運命を探し続け、また咲夜の最期を看取った
それは今までの中でも最悪の部類に入る、実にくだらない事故での幕引き
いかに人間が脆弱な存在であるかを再認識させる、犬死にと呼んでも過言の無い理不尽な死。
もう耐えられない、私の力を使おう、見つからないのなら造ればいい
既存の運命の中から取捨選択するのではなく、自らの能力を最大まで行使する事により
全く新たな可能性と言う名の道を産み出す……しかしこれは危険な賭けだ
自然の摂理を大きく歪めるその力は、必ずしも自分が望んだ結果に辿り着けるとは限らない
道と言うよりもトンネルと呼んだ方が適切な、先の見えない真っ暗な穴。
でも、自分の愛する存在が何度も何度も死に逝く様を見続けた結果
そんな不確かな物にすら縋ってしまう程に私は傷つき、弱り果てている。
私は、十六夜咲夜を失ってしまう事を何よりも恐れていた
「私は咲夜と一緒に居たい、ずっと一緒に居たい………」
翌朝、目を覚ましたレミリアは最高の気分だった、延々と苦しめられてきた問題にもケリが付き
本来は忌々しいハズの陽光ですら、彼女を祝福するかの様だった。
そんなレミリアの様子は館の住人達に知れ渡り、長い間館を覆っていた重苦しい雰囲気は綺麗に拭払され
この日の紅魔館は…悪魔の住む館だと言うのに、どの瞬間を切り取っても笑顔と幸福に満ち溢れていた
そしてレミリアはあまりにも気分が良いので腕の良い仕立て屋を呼びつける、儀式には相応の衣装が必要なのだから。
後日、注文の品を受け取り自室に戻るとこっそりと中身を確認・・・・・・完璧な仕上がりだ
その申し分無い仕事振りにニンマリと表情が崩れてしまう、あの仕立て屋には相応の報酬を与えてやろう。
私は丁寧に梱包し直した先程の衣装を持って咲夜の私室を訪れ、ドアを二度ノックする
この時間なら休憩してるに違いない……幾ばくかの沈黙を経てドアの向こうから返事が聞えた。
「どなたでしょうか?」
「私よ、咲夜、開けなさい」
「お嬢様? ちょっと待ってくださいね」
開かれたドアの向こうには私だけの愛しい咲夜が居た
今すぐにでも押し倒してその濡れた唇に舌を這わせたい欲求に駆られたがここは我慢。
「御機嫌よう」
「あらあら、またどうしたんですかその大きな包みは」
「これね、なんだと思う?」
「何だと言われましても、、、ああ、この刻印は贔屓にしてる仕立て屋の……
となると、新しいドレスでも新調なされたのですか?」
私が舞踏会様の新しいドレスを新調した時は真っ先に咲夜に見せに行くので
今回もそうだと勘違いしてる様だ、でもそれは不正解。
「まぁ、半分は正解ね」
「ではフランドール様への贈り物でしょうか、誕生日も近い事ですし」
勿論、とっくの昔に忘れてしまった私達の誕生日を決めたのも、誕生日を祝う習慣を持ち込んだのも咲夜だ
こんな2、3の言葉を交わすだけでも如何に彼女が私の生活に影響を及ぼしているかが分かる。
「それも不正解、回答権は残り一つよ」
「なら、私への贈り物と言う事ですかね?」
「正解よ、じゃあ賞品を進呈するわ」
主人が従者へ贈り物をすると言うのに驚きも臆しもせずにしれっと言ってのけるこの態度
咲夜を咲夜たらしめんとする大きな要素がこれだ、瀟洒で自由で、全く可愛い私の咲夜。
「開けてもよろしいでしょうか?」
「それは駄目よ、今開けるのは駄目、今夜の訪問はそれを着て私の部屋をノックなさい」
「かしこまりました」
今ここであの包みを解かせ、中に入ってる物を見た時の咲夜の表情を眺めるのも楽しそうだけど
さっきも我慢したのだし、楽しみは後に取っとかないとね。
夕食を終え、やがて館全体が闇と静けさに包まれた頃、自室にノックの音が響き私だけの花嫁が姿を現した。
「待っていたわ……あら、なんだか顔が赤いわよ、咲夜」
「こんな格好したら誰だって顔赤くします! 一体何を仕立てさせてるんですか…」
「何…って単なるウエディングドレスじゃない」
「本当に単なるウエディングドレスだとしても真夜中に着て歩き回るなんて恥ずかしいですよ!」
それでも咲夜が律儀に着てきたそれは単なるウエディングドレスなんかではなく
大胆過ぎる程に開かれた胸元は小さいながらも形の良い咲夜の乳房を惜しげも無く晒していたし
バックリと割れた背中からは咲夜の白く艶かしい肌がこれでもかと露出している
それは吸血鬼の花嫁にはうってつけとも言える何とも淫靡な花嫁衣裳だ。
「その衣装を見た時はどう思った?」
「どうって、またよく分からない思いつきが始まったなぁと」
ぐっと咲夜の手を引き寄せ、顔と顔が密着する。
「本当に、そう思ったの?」
「あの、その…」
普段の態度とは打って変って 私とこういう事をする時 の咲夜はいつも急にしおらしくなり
こんな咲夜は本当に可愛くて食べてしまいたくなる、よし食べてしまおう。
「んっ……ずるっ…」
私の舌が無理やり唇をこじ開け口内に侵入すると咲夜の舌がおどおどと出迎えてくれる………本当に可愛い子
そうやってしばらくの間口内を嬲り、それにも飽きるとベッドへ突き倒し、ウエディングドレスを引き裂き、咲夜の全てを貪った
普段は目にする事も無い扇情的な衣装に興奮したのか、咲夜もまた激しく乱れた。
やがて行為も終わり全身汗だくになった私は、咲夜の首筋に犬歯をあてがい皮膚を軽く破る
初めての時は咲夜も驚いたが、もう数え切れない程に繰り返してきた結果、この行為は吸血行為とは程遠い
単なるマーキングの様な物だと知り、今日も暴れる事なるそっと身を委ねてくれる
申し訳程度の血を吸った私は、そのまま咲夜の首筋から顔を離す──────事も無くグッと牙を突き入れた。
「なっ、レ、レミリア様! は、んぐっ!!」
何やら喚き出した口に指を突っ込んで栓をすると、更に牙を沈めて行く。
「んーっ!! んんんーー!!」
咲夜が首を振ってイヤイヤするが、そんな事をしても私の劣情を促すだけなのに…
可愛い咲夜、ああ、私だけの可愛い咲夜を蹂躙している、最高の気分、最高の気分だ。
「んー! んーー! ………………んっ……んんんーーー!!!」
最奥まで打ち込んだ牙からズビズビッと下品な音を立てながら咲夜の血を吸い始める
ああ、温かい、なんて温かいんだ、こんなにも咲夜の血は温かくて美味しいのになんで今までの私は途中で止めてたんだろう
あんな首を甘噛みして血を舐めた程度で何で私は満足してしまっていたんだろう
もう少し奥に牙を進めていればほら、こんなにも甘くて温かくて美味しい物が飲めるのに。
もう既に咲夜の口から指は抜き取られ、レミリアの両手は咲夜の背中に回されているが
当の咲夜と言えば、既に光が失われビー球の様な瞳から二筋の涙を流し、だらしなく開けられた口からは舌と涎が垂れ
時折ハッ、ハッと熱い声が漏れる、良く観察してみると頬も赤くなってるのが分かるだろう。
ゴクリ、ゴクリと喉を嚥下させる度に咲夜の体温が失われていくのが分かる
このまま私が生命を陵辱し続ければ咲夜は死に至るだろう、しかし何の問題は無い。これは私がずっと恐れていた単なる喪失では無いのだ
脆弱でちっぽけな人間だった咲夜は今日この時点で死を向かえ、変わりに永遠の生を授かった咲夜が産まれる
紆余曲折はあったものの、何の問題も無く不老不死の存在になった咲夜は生涯私の側に居るだろう、考えるだけで胸が躍る。
この日ばかりは飲み残す事なんて許されない、人から吸血鬼に至るその境界線を越えるまで
私は血を飲み続ける、喉を鳴らし飲み続ける、途中で少し戻してしまったが
床に撒き散らかされた血は舌を這わせて全て舐め取った、これで何の問題は無い。
そして吸血鬼として在り続けて500年近く、初めて眷属を創った達成感を全身に強く感じた私は
もはや全身血塗れでピクリとも動かない花嫁の手を握り、眠る事にした、何の問題は無い
明日、眼を覚ました時には歪な動作だった全ての歯車は噛み合い、永遠の時を刻む事になるだろう、何の問題は無いのだから。
翌朝、目を覚ましたレミリアは、部屋の惨状を見て現状を把握
様々な種類の感情が瞬時にしてレミリアの全身を駆け巡ると、それらは体の節々に染みこみ、遅れて声帯が震えた。
「あ……あ、あ、あ、あああああああっ!!!」
考えてみればあの朝から何かがおかしかった、それは自分の意識だけがふわふわと浮かんでいる様で
自分がやってる事を全て客観的に眺めていた気がする、しかしその事を不自然だなんて思いもせず
ただ流される様に日々を楽しみ、仕立て屋を呼んで、衣装を受け取り、咲夜に着せ、咲夜を……
「何て事を…私は何てっ! 何を事やってるのよ!!」
決して犯してはいけない領域、それは咲夜の同意を得ずに無理やり引き込む事
有無を言わさず押さえつけ、牙を打ち込めば確かにそれで咲夜は不老不死の存在になるだろうし
精神操作を行使すればもっとスマートに、彼女の同意を持って事に及べるだろう………だがそれで出来上がるのは単なる箱庭だ
私が欲しいのは僕でも眷属でもない、咲夜じゃないと十六夜咲夜じゃないと駄目なのに
生涯私の側に居て欲しいのは、私が生涯愛し続け、愛され続けるのは確固たる己を確立した咲夜じゃないと駄目なのに…
「さ、さくやぁ、さくやぁ…」
私は自らの手で自らの幸せを、未来を破壊した、咲夜の想いを踏みにじった、それは正に悪魔の所業
何故、どうしてこんな事になってしまったのか……考えるまでもない
昨日までは自分で自分をコントロールし続けてこれたのに、何故あんなにも簡単に一線を、越えてはならない一線を越えたのか
こんな未来は彼女にも、私にも存在しなかったハズなのに何故……考えるまでもない
咲夜を失う事の恐怖に耐え切れなかった、弱い私が考えも無しに取った行動は……ある可能性を産んだではないか。
レミリアの叫び声を聞いたメイドから連絡を受けたパチュリーはバタリ、と音を立てドアを開け放ち、咲夜の部屋に飛び込み
「レミィ…貴方やってしまったのね?」
真っ赤に染まった花嫁衣裳を身に付けピクリともしない咲夜と、それに縋りつき今も大声で泣き続けるレミリアを見て全てを理解する
分かりきってる事だと言うのに口から漏れてしまった呟きに返答は無かった。
レミリアが産んだ可能性とは 不老不死の存在となった咲夜と生涯を共に過す
結論から言えばそれは叶った、あの後、直ぐにパチュリーの部屋に運び込まれた咲夜は人間とは別種の生命体として息を吹き返した
だがしかし…咲夜には才能が無かった、あらゆる方面に置いて天才的な才能を発揮し、瀟洒で完璧な人間ではあったが
唯一つだけ、この場合に置いては致命的なそれ、咲夜には吸血鬼としての才能が無かった
洗礼前の死、死体を埋めるロープが盗まれる、または単純に吸血行動によって……
他にも挙げるとキリが無いがともかく、吸血鬼になる為の手順を踏んだ人間がそれでも吸血鬼になれない
若しくは吸血鬼として再び目を覚ました後も肉体的な、精神的な、霊的な欠損が生じる場合がある
それは万人に一人の可能性なのだが、こんな事が科学的に解明出来る訳も無く、原因が分からない為に
吸血鬼達はそのような出来損ないを見ては決まってこう呟くのだ、コイツには才能が無かった、と
そして咲夜が失った物は記憶、思考力、それらに順ずる全ての知性だった。
数週間の時が経ち、食堂に向かう為に咲夜を乗せた車イスをレミリアが押していた
ただ、死なないだけの存在、何を持って生きると定義するのかはそれこそ人それぞれだが
植物状態とまでは行かないにしろ、口から出る言葉はあーだのうーだのと意味を成さない声だけ
食事もトイレも一人で済ます事が出来ずにまるで大きな赤ん坊の様なこの咲夜
少なくとも、以前の十六夜咲夜は死んだと言えるだろう
まあ、誰がどう定義した所で彼女の体はこれ以上老いる事も無い不老不死の存在なのだけれども。
食卓を囲むのは三人、レミリアとパチュリー、それと、咲夜
静かにナイフとフォークを操るレミリアとパチュリー、それに対し両手を使って本能のままに食事を摂る咲夜
そこだけを見ると滑稽だ、なんて印象すら浮かぶが両者の鎮痛な面持ちがその気持ちを裏切る
そして蚊の無く様な声で、レミリアが呟く、手に持っていたフォークが地面に転がった。
「私は咲夜を愛していただけなのに…なんで、こんな」
レミリアの呟きを聞き取ったパチュリーは手を止め、静かに立ち上がると
首を折りテーブルを見つめ続けるレミリアをそっと後ろから抱きしめた
「知ってるわ、レミィ、貴方は隠せていたつもりだったかもしれないけど
皆知っていた、勿論咲夜も」
レミリアは何も答えずテーブルを見つめる、咲夜が居る方向からはスープをズズズと啜る音が聞える
「その事で咲夜からも相談を受けていたのよ」
「え…? ほんとうに?」
「そうよ、咲夜も勿論貴方を愛していたわ、事実、咲夜は貴方の眷属になりたいといつも言ってたのよ」
「う、そ……よ、だって何時も咲夜は私の誘いを拒んで」
「今じゃもう理由を聞く事も出来ないから、これは私の推測でしかないけど
咲夜は自分に才能が無い事を直感で分かってたんだと思う、勿論その後に起こるであろう事も」
「だって、あの子なら自分で分かってそうじゃない? あの十六夜咲夜なんだし」
しばらく呆然としてたレミリアはあの日以来、もう誰の目を気にする事も無く呟き続けてきた言葉を口にする
「さくやぁ、さくやぁ…私は貴方を愛してたのに、愛してたのに何でこんな…」
パチュリーはそんなレミリアに一言、残酷とも取れる言葉を投げかける
「でも、貴方は愛し方を間違えたのよ」
レミリアは泣いた、あの日以来涙を流さなかった日は無かったがいつも流す様な静かな涙ではなく号泣した、叫び続けた
それでも咲夜はそんなレミリアを気にする事も無く、確かな意匠が施された陶器の皿を嘗め回していた。
あぁ…レミリア様(君)が色欲に任せて行動を選択したために咲夜さん白痴ENDに…
次プレイ時は相手を思いやって慎重に行動してください。
GAME OVER 【→初日からやり直す】
なぜなら我々はただ一つの歴史を見ただけに過ぎないからだ。
ゲームの選択肢は、この世に存在する全てのゲームに通じるリセットの仕方と言うものがある。
GAME OVER 【→明日からやり直す】
今と今に連なる過去から逃れず受け入れよ、それだけで全ては変化する。