※拙作『天狗の嫁入り』の後日談になりますが、別に読んでいなくても大丈夫です。
地霊殿の自室に入ると、こいしがいた。
姉の顔をまっすぐ見つめて、この写真あげる、と言う。
さとりは驚いたが、表情には出さなかった。妹と顔を合わせるのもひさしぶりだった。いつもふらふら、あてもなくどこかをうろついていて、たまに帰ってきても、ちょっと目を離すとまたいなくなってしまうような子なのだ。会話の機会自体が少ないんだから、たまに話すときくらい、うるさいことを言わず、相手がすることを受け止めてやるべきだと考えていた。
両手で差し出されたのは、こいしの自分自身の写真だった。カメラに目を向けて、こいしは少し笑っていて、いつも何を考えているかわからないような妹が、どこか、はにかんでいるように見えた。
とてもかわいかった。さとりは写真をまじまじと見つめて、それから目の前の、薄ら笑いをしている妹に目を向けた。両者をかわりばんこに、繰り返し繰り返し検分した。やっと気が済むと、
「ありがとう。大事にするわ」
と言って、写真を胸のポケットに入れた。こいしはうれしそうに見えた。一応、お姉ちゃんの部屋に勝手に入っちゃだめよ、めっ、とも言っておいた。
それから二三日経ったあとのことだった。地霊殿の執務室で、前の日の仕事のつづきをやっていると、お燐がやってきて、
「はい、さとり様、どうぞ」
口の端っこをくいくい持ち上げるような笑みを浮かべて、さとりに写真をいちまい手渡した。
お燐が写っていた。普段着の黒のゴシックなドレスではなくて、色はやっぱり黒だったけど、もっとゴージャスな、大人っぽいドレスを着ていた。体にぴったりしていて、膝から下の裾がきれいに広がっている。肩はむき出しで、胸元が見えた。お燐の小さなゴムマリみたいな胸の、谷間が見えていた。髪の毛はいつもの三つ編みをほどいて、上のほうでまとめている。
結婚式みたいに見えた。さとりは驚いて、どうしたのこれ、ついに結婚するの(おくうと)、と訊いた。
「ちがいますよ。こいし様が写真に凝って、地底じゅうの住人を撮りまくってるんです。私も撮ってもらって、それでちょっと、おめかししたんです。どうですか」
そうなの、とこたえた。どうですか、と重ねて訊くので、すごくきれいでびっくりしました、でもあなたには、ちょっと早いんじゃないかと思う、と正直に言った。きれいだったけど、お燐が着るとまだまだ幼い部分が強くて、背伸びをしているように見えてしまう。でもそんなところが魅力でもあるので、逆に言うと、今しか撮れない素敵な写真かもしれない。
そう言うと、お燐はいったん、複雑そうな表情をしたけど、すぐに上機嫌になって、そうですか、ですよねえ、ですよねえ、とうれしそうに写真を持って帰っていった。
次に来たのはおくうだった。灼熱地獄跡の床にぺたりとおしりをつけて座って、足を前にほうり出しているおくうをななめ上から撮った写真で、服装はいつもと同じだったけど、構図が凝っているからか、常よりも全体的に整っているように見えた。ぼさぼさの髪も、ところかまわず寝転ぶからしわがついてしまっている服も、ちゃんと見れば今と変わらなかったが、写真の中だと、それが計算ずくでそうなっているような、おさまりのよいものに見えるのだった。
それに背が高くて美人なおくうが、年相応に幼く写っているように、さとりには見えた。わずかに口が開いていて、きょとんしている。大きく目を開けて、カメラを注意して見ているようだった。写真と実物を見比べると、おくうはほんとうにあどけない女の子なんだから、もっと大事にしてやらなければいけない、という思いがこみ上げてきた。いつもは自分よりも大きくて、丈夫なところばかりが目立つから、ついつい体を使った仕事ばかりをさせてしまうけど(頭を使った仕事は、できないんだけど)。
おくうが帰ると、さとりは机の上に肘をつき、手の上にあごを乗せて悩んだ。
「どうして、私のところには来ないんですか」
見当はついていた。おおかた、修行して良い写真を撮れるようになってから、お姉ちゃんを撮ってあげよう、という算段だろう。あの妹に限って、遠慮しているというのは考えにくかった。自由極まりない生き方をしているのだ。
それならそれで、こちらも準備を整えておこう。さとりはそう考えて、ひとまず衣装を確保するため、地霊殿を出て地底と地上の境目あたりに向かった。仕事はほっぽりだした。どうせいつやってもかまわないような仕事なのだ。
◆
黒谷ヤマメのおしりは丸い。衣装のせいでそう見えるのもあったけど、実際にもそのおしりは大きくて、けれどデブではなく、男心をそそるような形をしているし、女にとってもうらやましいようなおしりだった。さとりは手を伸ばして、ヤマメのおしりを撫でた。
「きゃんっ」
と声を出して、ヤマメは飛び退いた。振り返って、じとっとした目でさとりを見つめる。
「すいません。あまりにいい形なもので、ついつい手が伸びてしまいました」
「地底のアイドルのおしりは、それほど気安くないのよ……何しに来たの」
妹の最近の趣味について告げると、ヤマメは、あぁ、という顔をした。自分も撮ってもらったのだという。
「彼女、なかなかやるわね。センスがいいし、トークも上手いわ。人の服を脱がすフォースがある」
「え? いつの間にヌードカメラマンに?」
「ともかく、それで、どうしたの。私の写真見たいの?」
「いえ、それはあとにして、折り入ってお願いがあるのです」
「何かな」
「地底のアイドルトップチャートを驀進しているヤマメさんに、私をProduceしていただきたいのです」
「Produce……衣装揃えたりとか、髪型整えたりとか、そういうこと?」
「はい。なんかこう、私の、なんかこう、この身からあふれでる、地底に降りたエンジェル的なところを、あますことなく演出していただきたいのです」
「園児」
「ちがいます」
それは普段着だった。
ヤマメはけっこうのりのりになって、リクエストにしたがい、さとりに天使の羽根をつけてみたり、白いキャミソールに水玉パンツを履かせてみたり、ちょっと癖っ毛なさとりの髪の毛を、もっとくるくるにしてみたり、逆にサラサラのストレートにしてみたりした。そのどれもがかわいくて、けれどさとりがやるとどことなくうす暗い雰囲気を引きずっているのでへんに扇情的になったりした。
方向性を変えてみよう、ということで、猫耳をつけてみたり、ミニスカで大きな黒い羽根になんかよくわからない大きなマントをつけてみたりもした。面白いけど、べつにペットのコスプレがしたいわけじゃないですし、という結論になった。
最終的には、ひとつの衣装でまとまった。ヤマメの目から見ると、それは最初はかなり意外だったけど、少しするとかなりはまっているように思えたし、こいしがこのさとりの写真を撮るのかと思うと、胸の底からにやにや笑いが出てきて、おさえきれなくなってしまった。
「ありがとうございます。パーフェクトですね」
「パーフェクトでミラクル! さとりん、キュートだよ」
「プリティですか」
「キュートよ」
「ありがとうございます。それでは、帰ります」
「その格好で地底を歩くの?」
「ええ。見せびらかしたいですし」
さとりはほんのり頬を染めて、くすくすと笑った。
ヤマメはそれを見て、抱きつきたい衝動に駆られたが、演出が乱れてしまうかもしれない、と思って我慢した。報酬ということで、こいしが撮るさとりの写真を、焼き増しして分けてもらうことにした。それから自分の写真をさとりに見せた。大きくて形のよい乳房や困ってしまうほどうらやましいおしりが、まずいところぎりぎりまであらわになっていて、さとりはさらに頬を赤くした。いいですね、と言うと、女だからね、と言って、ヤマメもまた頬を染めて笑った。
◆
電話が鳴った。こいしが携帯電話を取ると、姉からだった。
「こーいしっ」
「はーい」
「お姉ちゃんね、着替えたの」
「はい?」
「こいしに写真を撮ってもらおうとして、いろいろ用意したのよ。今家にいるから、早く来て。いっぱい撮ってほしいの。ねえ、早く、早く、我慢できなくなっちゃう」
「お姉ちゃん、えろいよ」
「サービスです。でも、準備完了なのはほんとうなので、すぐにでも撮ってほしいのよ」
「お姉ちゃんは後回しにするつもりだったんだけど……ほら、ラスボスだからさあ」
「順番でいうと、あなたのほうが本編クリア後でしょ。いいから、ハリー、ハリー」
「といってもなあ」
電話を耳に当てながら、勇儀とパルスィを見た。本番写真を撮っている最中だった。パルスィのほうは、まだ抵抗していたけど、勇儀のほうが盛り上がりきってしまっていて、もうこいしの力ではどうしようもなかった。
「ああ、ああ、パルスィ、パルスィ」
「ちょっ、やめっ……あんっ」
すごかった。発売すれば、三四年は遊んで暮らせそうな写真がすでにいっぱいたまっていた。
いっぱいあるから、もういいか。
そう考えて、こいしは一応ふたりに向けてぺこりとお辞儀をし、地霊殿へ向かった。立ち去る背中から、「ああん、ああん、パルぅい、パルぅい」といったような色っぽい声が聞こえてきて、後ろ髪をひかれたが、平たく言うと変態的な行為につきあってはいられないと思った。
地霊殿に着いた。こいしにとっては、なつかしい住居でもあり、なかなか足が向かない、ちょっと気まずい場所でもあった。
第三の目を閉じて以来、言葉には出さないけど、姉が怒っているのはよくわかったし、地上に出るようになってからは時間をつぶせるところがいくつもあるので、ついついそちらのほうを優先して、実家にはかまわなくなってしまう。
重たい最初の扉を開けて、中に入った。しんとしていた。女の子ばかりが住んでいるくせに、荘厳としていて、キャピキャピしたところのまったくない建物だった。地底なので地上よりも暗く、ところどころの窓にはまっているステンドグラスも、美しいというよりは圧迫感がある。意識を外に向けると、そういうところが感じとれた。いつもは無意識に、ふらふら歩き回る。
感じることに蓋をしているのは、外の世界がおっかないからだ。
こいしにとって、姉も、自分の家も、同じように外の出来事で、それが自分の中に入ってくるのは、喉からビー玉を飲み込むみたいな、息が詰まってしまうようなことだった。
趣味で写真を撮るようになって、少しはましになったかな、と思っていたけど、やっぱり家に帰ってくると、緊張してしまう。
とんとん、とノックをして、しばらく間を置いて、姉の部屋の扉を開けた。姉がこちらに背を向けて立っていた。
黄色い上着に、丸い形の帽子、緑色のスカートに黒いブーツ、ハイソックスをはいていた。こいしと同じ衣装だった。
こいしはびっくりした。
「お、お姉ちゃん」
「ふふふ……」
さとりが振り向く。口元を猫みたいにして、にんまり笑っていた。桃色の髪がかすかにゆれて、綿菓子のように見えた。
「驚いたようね。してやったり」
「そりゃ驚くよ。何で私のコスプレしてるの」
「ペアルックです」
さとりはつかつか、こいしに近寄ってきて、呆然としているこいしの手をいきなり、ぎゅっと握った。
「さ、撮って。撮って。自分で言うのもなんだけど、似合っているでしょう」
「似合ってる」
「そうでしょう、そうでしょう。だって、私はあなたの姉なんだもん。鏡を見て思ったけど、私たち、そっくりね。ついつい笑っちゃった」
「……私のほうが似合ってるもん」
「あら、そうかしら」
「私の服だもん。お姉ちゃんは、いつもの服のほうがいいよ」
「むむ」
さとりは落ち込んだ。良かれと思ってしたことなのに、はじめに驚かすのは成功したけど、そのあとはあんまり受けが良くなかった。
もう一度鏡を見て、やっぱり、似合ってると思うけどなあ、と考えてこいしの方に向き直ると、こいしは自分の上着のボタンをはずして、服を脱いでいるところだった。
「こ、こいし。何してるの」
「脱ぐんだよ」
「何で。あなたは脱がせるほうじゃなかったの」
「みんなが脱ぐのは、変態だからだよ。私はお姉ちゃんの服を着るの」
「え?」
「ほら、そこにあるでしょう。お姉ちゃんが脱いだ服。私がそれを着るの。お姉ちゃんが私の服を着てるんだから、それでおあいこでしょ?」
「成程……で、でも」
「何」
「何だか恥ずかしい」
「でしょう」
けっきょく、服をとりかえっこしたような感じになった。写真を撮るとき、どうしても自分の服を着ているこいしを見てしまって、さとりは恥ずかしいような、でもうれしいような気持ちがした。こいしのほうでも同じだった。
ぱちぱち写真を撮りながら、ふたりとも黙っていた。何を話せばいいのかわからなかった。もくもくとシャッターを切っている妹はなんだかとても真剣そうで、声をかけるのがためらわれたし、ファインダー越しに見る姉は新鮮で、肌の色や髪の色、こくこくと変わる表情なんかのすべてが、とても貴重で、いとおしいものに思えた。
写真を撮るとき、常にうっすらと、自分はそういうことを考えているんだ、とこいしは思った。
しばらくはそうやって、シャッターの音だけがさとりの部屋に響いていた。先に口を開いたのは、やっぱり姉のほうだった。
「こいし」
「ん?」
「写真撮るの、好き?」
「好きだよ。おもしろいもん」
「良かった」
「お姉ちゃんのことも好きだよ」
「……うん」
さとりは泣きそうになってしまった。その表情も、カメラに写った。
「こいし」
「うん」
「あなたは毎日、あらゆる面で、どんどんよくなっている……どんどん成長している。困ったわね、私のほうが、置いていかれそう」
「……何言ってるのかわからない。お姉ちゃんのほうが、どうしたって偉いよ。私を守ってくれる」
「あなたの撮った写真を見たわ。モデルになったみんなの、心の声を聴いた。みんなとてもうれしそうで、満足していた。私は誇らしかった。それから、うらやましかった」
「……」
「いいわね、あなたは」
「そうかな」
「あのね、こいし」
「うん」
「外の世界が怖いのは、私もいっしょなの」
カメラが勝手に下を向いて、姉の足だけを撮ってしまった。調子が狂った。たかだか写真を撮ってるだけなのに、お姉ちゃんは何を言ってるんだろう。涙がじんわり、目の下のほうから出てきて、うまく撮れなくなってしまった。
ペアルックとかなんとか、頭のネジがゆるんだようなことをする姉だけど、私を泣かすことができるのは、やっぱりお姉ちゃんだけなんだ、と思った。
こいしは、はい、と言って、カメラをさとりに手渡した。
「え?」
「お姉ちゃんが変なこと言うから、うまく撮れなくなっちゃった。今度はお姉ちゃんが私を撮って」
さとりは少し、口の中でもごもご言ったあと、意を決したようにカメラを構えて、自分の服を着ている妹を撮りはじめた。いろんなポーズをした。落ち着いてやるようにがんばっていたけど、そのうち撮りながら顔が真っ赤になってしまった。シャッターを切る度、こいしが直接自分の心に飛び込んでくるようで、けれど自分の服を着ているから、なんだか種々のことがごちゃまぜになって、よくわからなくなってしまった。
それから何度か、役割を交代しながらふたりはお互いの写真を撮りつづけて、いいかげん頭がぼうっとなったところでやめた。自分たちはもしかすると、とてもえろいことをしてしまったのかもしれない、と思って、ふたりとも死ぬほど気恥ずかしかったが、それでもその日はずっと、お互いを見ながら過ごした。
その日からしばらくの間、ふたりは服をとりかえっこしたまま暮らした。お燐やおくうは驚いたが、そういうプレイなんです、と言うと深く納得してくれた。こいしは微力ながら、地霊殿の財政に貢献しよう、と考えて、勇儀とパルスィの本番写真を写真集にして出版しようと画策したが、機関の審査にひっかかって発禁をくらった。
地霊殿の自室に入ると、こいしがいた。
姉の顔をまっすぐ見つめて、この写真あげる、と言う。
さとりは驚いたが、表情には出さなかった。妹と顔を合わせるのもひさしぶりだった。いつもふらふら、あてもなくどこかをうろついていて、たまに帰ってきても、ちょっと目を離すとまたいなくなってしまうような子なのだ。会話の機会自体が少ないんだから、たまに話すときくらい、うるさいことを言わず、相手がすることを受け止めてやるべきだと考えていた。
両手で差し出されたのは、こいしの自分自身の写真だった。カメラに目を向けて、こいしは少し笑っていて、いつも何を考えているかわからないような妹が、どこか、はにかんでいるように見えた。
とてもかわいかった。さとりは写真をまじまじと見つめて、それから目の前の、薄ら笑いをしている妹に目を向けた。両者をかわりばんこに、繰り返し繰り返し検分した。やっと気が済むと、
「ありがとう。大事にするわ」
と言って、写真を胸のポケットに入れた。こいしはうれしそうに見えた。一応、お姉ちゃんの部屋に勝手に入っちゃだめよ、めっ、とも言っておいた。
それから二三日経ったあとのことだった。地霊殿の執務室で、前の日の仕事のつづきをやっていると、お燐がやってきて、
「はい、さとり様、どうぞ」
口の端っこをくいくい持ち上げるような笑みを浮かべて、さとりに写真をいちまい手渡した。
お燐が写っていた。普段着の黒のゴシックなドレスではなくて、色はやっぱり黒だったけど、もっとゴージャスな、大人っぽいドレスを着ていた。体にぴったりしていて、膝から下の裾がきれいに広がっている。肩はむき出しで、胸元が見えた。お燐の小さなゴムマリみたいな胸の、谷間が見えていた。髪の毛はいつもの三つ編みをほどいて、上のほうでまとめている。
結婚式みたいに見えた。さとりは驚いて、どうしたのこれ、ついに結婚するの(おくうと)、と訊いた。
「ちがいますよ。こいし様が写真に凝って、地底じゅうの住人を撮りまくってるんです。私も撮ってもらって、それでちょっと、おめかししたんです。どうですか」
そうなの、とこたえた。どうですか、と重ねて訊くので、すごくきれいでびっくりしました、でもあなたには、ちょっと早いんじゃないかと思う、と正直に言った。きれいだったけど、お燐が着るとまだまだ幼い部分が強くて、背伸びをしているように見えてしまう。でもそんなところが魅力でもあるので、逆に言うと、今しか撮れない素敵な写真かもしれない。
そう言うと、お燐はいったん、複雑そうな表情をしたけど、すぐに上機嫌になって、そうですか、ですよねえ、ですよねえ、とうれしそうに写真を持って帰っていった。
次に来たのはおくうだった。灼熱地獄跡の床にぺたりとおしりをつけて座って、足を前にほうり出しているおくうをななめ上から撮った写真で、服装はいつもと同じだったけど、構図が凝っているからか、常よりも全体的に整っているように見えた。ぼさぼさの髪も、ところかまわず寝転ぶからしわがついてしまっている服も、ちゃんと見れば今と変わらなかったが、写真の中だと、それが計算ずくでそうなっているような、おさまりのよいものに見えるのだった。
それに背が高くて美人なおくうが、年相応に幼く写っているように、さとりには見えた。わずかに口が開いていて、きょとんしている。大きく目を開けて、カメラを注意して見ているようだった。写真と実物を見比べると、おくうはほんとうにあどけない女の子なんだから、もっと大事にしてやらなければいけない、という思いがこみ上げてきた。いつもは自分よりも大きくて、丈夫なところばかりが目立つから、ついつい体を使った仕事ばかりをさせてしまうけど(頭を使った仕事は、できないんだけど)。
おくうが帰ると、さとりは机の上に肘をつき、手の上にあごを乗せて悩んだ。
「どうして、私のところには来ないんですか」
見当はついていた。おおかた、修行して良い写真を撮れるようになってから、お姉ちゃんを撮ってあげよう、という算段だろう。あの妹に限って、遠慮しているというのは考えにくかった。自由極まりない生き方をしているのだ。
それならそれで、こちらも準備を整えておこう。さとりはそう考えて、ひとまず衣装を確保するため、地霊殿を出て地底と地上の境目あたりに向かった。仕事はほっぽりだした。どうせいつやってもかまわないような仕事なのだ。
◆
黒谷ヤマメのおしりは丸い。衣装のせいでそう見えるのもあったけど、実際にもそのおしりは大きくて、けれどデブではなく、男心をそそるような形をしているし、女にとってもうらやましいようなおしりだった。さとりは手を伸ばして、ヤマメのおしりを撫でた。
「きゃんっ」
と声を出して、ヤマメは飛び退いた。振り返って、じとっとした目でさとりを見つめる。
「すいません。あまりにいい形なもので、ついつい手が伸びてしまいました」
「地底のアイドルのおしりは、それほど気安くないのよ……何しに来たの」
妹の最近の趣味について告げると、ヤマメは、あぁ、という顔をした。自分も撮ってもらったのだという。
「彼女、なかなかやるわね。センスがいいし、トークも上手いわ。人の服を脱がすフォースがある」
「え? いつの間にヌードカメラマンに?」
「ともかく、それで、どうしたの。私の写真見たいの?」
「いえ、それはあとにして、折り入ってお願いがあるのです」
「何かな」
「地底のアイドルトップチャートを驀進しているヤマメさんに、私をProduceしていただきたいのです」
「Produce……衣装揃えたりとか、髪型整えたりとか、そういうこと?」
「はい。なんかこう、私の、なんかこう、この身からあふれでる、地底に降りたエンジェル的なところを、あますことなく演出していただきたいのです」
「園児」
「ちがいます」
それは普段着だった。
ヤマメはけっこうのりのりになって、リクエストにしたがい、さとりに天使の羽根をつけてみたり、白いキャミソールに水玉パンツを履かせてみたり、ちょっと癖っ毛なさとりの髪の毛を、もっとくるくるにしてみたり、逆にサラサラのストレートにしてみたりした。そのどれもがかわいくて、けれどさとりがやるとどことなくうす暗い雰囲気を引きずっているのでへんに扇情的になったりした。
方向性を変えてみよう、ということで、猫耳をつけてみたり、ミニスカで大きな黒い羽根になんかよくわからない大きなマントをつけてみたりもした。面白いけど、べつにペットのコスプレがしたいわけじゃないですし、という結論になった。
最終的には、ひとつの衣装でまとまった。ヤマメの目から見ると、それは最初はかなり意外だったけど、少しするとかなりはまっているように思えたし、こいしがこのさとりの写真を撮るのかと思うと、胸の底からにやにや笑いが出てきて、おさえきれなくなってしまった。
「ありがとうございます。パーフェクトですね」
「パーフェクトでミラクル! さとりん、キュートだよ」
「プリティですか」
「キュートよ」
「ありがとうございます。それでは、帰ります」
「その格好で地底を歩くの?」
「ええ。見せびらかしたいですし」
さとりはほんのり頬を染めて、くすくすと笑った。
ヤマメはそれを見て、抱きつきたい衝動に駆られたが、演出が乱れてしまうかもしれない、と思って我慢した。報酬ということで、こいしが撮るさとりの写真を、焼き増しして分けてもらうことにした。それから自分の写真をさとりに見せた。大きくて形のよい乳房や困ってしまうほどうらやましいおしりが、まずいところぎりぎりまであらわになっていて、さとりはさらに頬を赤くした。いいですね、と言うと、女だからね、と言って、ヤマメもまた頬を染めて笑った。
◆
電話が鳴った。こいしが携帯電話を取ると、姉からだった。
「こーいしっ」
「はーい」
「お姉ちゃんね、着替えたの」
「はい?」
「こいしに写真を撮ってもらおうとして、いろいろ用意したのよ。今家にいるから、早く来て。いっぱい撮ってほしいの。ねえ、早く、早く、我慢できなくなっちゃう」
「お姉ちゃん、えろいよ」
「サービスです。でも、準備完了なのはほんとうなので、すぐにでも撮ってほしいのよ」
「お姉ちゃんは後回しにするつもりだったんだけど……ほら、ラスボスだからさあ」
「順番でいうと、あなたのほうが本編クリア後でしょ。いいから、ハリー、ハリー」
「といってもなあ」
電話を耳に当てながら、勇儀とパルスィを見た。本番写真を撮っている最中だった。パルスィのほうは、まだ抵抗していたけど、勇儀のほうが盛り上がりきってしまっていて、もうこいしの力ではどうしようもなかった。
「ああ、ああ、パルスィ、パルスィ」
「ちょっ、やめっ……あんっ」
すごかった。発売すれば、三四年は遊んで暮らせそうな写真がすでにいっぱいたまっていた。
いっぱいあるから、もういいか。
そう考えて、こいしは一応ふたりに向けてぺこりとお辞儀をし、地霊殿へ向かった。立ち去る背中から、「ああん、ああん、パルぅい、パルぅい」といったような色っぽい声が聞こえてきて、後ろ髪をひかれたが、平たく言うと変態的な行為につきあってはいられないと思った。
地霊殿に着いた。こいしにとっては、なつかしい住居でもあり、なかなか足が向かない、ちょっと気まずい場所でもあった。
第三の目を閉じて以来、言葉には出さないけど、姉が怒っているのはよくわかったし、地上に出るようになってからは時間をつぶせるところがいくつもあるので、ついついそちらのほうを優先して、実家にはかまわなくなってしまう。
重たい最初の扉を開けて、中に入った。しんとしていた。女の子ばかりが住んでいるくせに、荘厳としていて、キャピキャピしたところのまったくない建物だった。地底なので地上よりも暗く、ところどころの窓にはまっているステンドグラスも、美しいというよりは圧迫感がある。意識を外に向けると、そういうところが感じとれた。いつもは無意識に、ふらふら歩き回る。
感じることに蓋をしているのは、外の世界がおっかないからだ。
こいしにとって、姉も、自分の家も、同じように外の出来事で、それが自分の中に入ってくるのは、喉からビー玉を飲み込むみたいな、息が詰まってしまうようなことだった。
趣味で写真を撮るようになって、少しはましになったかな、と思っていたけど、やっぱり家に帰ってくると、緊張してしまう。
とんとん、とノックをして、しばらく間を置いて、姉の部屋の扉を開けた。姉がこちらに背を向けて立っていた。
黄色い上着に、丸い形の帽子、緑色のスカートに黒いブーツ、ハイソックスをはいていた。こいしと同じ衣装だった。
こいしはびっくりした。
「お、お姉ちゃん」
「ふふふ……」
さとりが振り向く。口元を猫みたいにして、にんまり笑っていた。桃色の髪がかすかにゆれて、綿菓子のように見えた。
「驚いたようね。してやったり」
「そりゃ驚くよ。何で私のコスプレしてるの」
「ペアルックです」
さとりはつかつか、こいしに近寄ってきて、呆然としているこいしの手をいきなり、ぎゅっと握った。
「さ、撮って。撮って。自分で言うのもなんだけど、似合っているでしょう」
「似合ってる」
「そうでしょう、そうでしょう。だって、私はあなたの姉なんだもん。鏡を見て思ったけど、私たち、そっくりね。ついつい笑っちゃった」
「……私のほうが似合ってるもん」
「あら、そうかしら」
「私の服だもん。お姉ちゃんは、いつもの服のほうがいいよ」
「むむ」
さとりは落ち込んだ。良かれと思ってしたことなのに、はじめに驚かすのは成功したけど、そのあとはあんまり受けが良くなかった。
もう一度鏡を見て、やっぱり、似合ってると思うけどなあ、と考えてこいしの方に向き直ると、こいしは自分の上着のボタンをはずして、服を脱いでいるところだった。
「こ、こいし。何してるの」
「脱ぐんだよ」
「何で。あなたは脱がせるほうじゃなかったの」
「みんなが脱ぐのは、変態だからだよ。私はお姉ちゃんの服を着るの」
「え?」
「ほら、そこにあるでしょう。お姉ちゃんが脱いだ服。私がそれを着るの。お姉ちゃんが私の服を着てるんだから、それでおあいこでしょ?」
「成程……で、でも」
「何」
「何だか恥ずかしい」
「でしょう」
けっきょく、服をとりかえっこしたような感じになった。写真を撮るとき、どうしても自分の服を着ているこいしを見てしまって、さとりは恥ずかしいような、でもうれしいような気持ちがした。こいしのほうでも同じだった。
ぱちぱち写真を撮りながら、ふたりとも黙っていた。何を話せばいいのかわからなかった。もくもくとシャッターを切っている妹はなんだかとても真剣そうで、声をかけるのがためらわれたし、ファインダー越しに見る姉は新鮮で、肌の色や髪の色、こくこくと変わる表情なんかのすべてが、とても貴重で、いとおしいものに思えた。
写真を撮るとき、常にうっすらと、自分はそういうことを考えているんだ、とこいしは思った。
しばらくはそうやって、シャッターの音だけがさとりの部屋に響いていた。先に口を開いたのは、やっぱり姉のほうだった。
「こいし」
「ん?」
「写真撮るの、好き?」
「好きだよ。おもしろいもん」
「良かった」
「お姉ちゃんのことも好きだよ」
「……うん」
さとりは泣きそうになってしまった。その表情も、カメラに写った。
「こいし」
「うん」
「あなたは毎日、あらゆる面で、どんどんよくなっている……どんどん成長している。困ったわね、私のほうが、置いていかれそう」
「……何言ってるのかわからない。お姉ちゃんのほうが、どうしたって偉いよ。私を守ってくれる」
「あなたの撮った写真を見たわ。モデルになったみんなの、心の声を聴いた。みんなとてもうれしそうで、満足していた。私は誇らしかった。それから、うらやましかった」
「……」
「いいわね、あなたは」
「そうかな」
「あのね、こいし」
「うん」
「外の世界が怖いのは、私もいっしょなの」
カメラが勝手に下を向いて、姉の足だけを撮ってしまった。調子が狂った。たかだか写真を撮ってるだけなのに、お姉ちゃんは何を言ってるんだろう。涙がじんわり、目の下のほうから出てきて、うまく撮れなくなってしまった。
ペアルックとかなんとか、頭のネジがゆるんだようなことをする姉だけど、私を泣かすことができるのは、やっぱりお姉ちゃんだけなんだ、と思った。
こいしは、はい、と言って、カメラをさとりに手渡した。
「え?」
「お姉ちゃんが変なこと言うから、うまく撮れなくなっちゃった。今度はお姉ちゃんが私を撮って」
さとりは少し、口の中でもごもご言ったあと、意を決したようにカメラを構えて、自分の服を着ている妹を撮りはじめた。いろんなポーズをした。落ち着いてやるようにがんばっていたけど、そのうち撮りながら顔が真っ赤になってしまった。シャッターを切る度、こいしが直接自分の心に飛び込んでくるようで、けれど自分の服を着ているから、なんだか種々のことがごちゃまぜになって、よくわからなくなってしまった。
それから何度か、役割を交代しながらふたりはお互いの写真を撮りつづけて、いいかげん頭がぼうっとなったところでやめた。自分たちはもしかすると、とてもえろいことをしてしまったのかもしれない、と思って、ふたりとも死ぬほど気恥ずかしかったが、それでもその日はずっと、お互いを見ながら過ごした。
その日からしばらくの間、ふたりは服をとりかえっこしたまま暮らした。お燐やおくうは驚いたが、そういうプレイなんです、と言うと深く納得してくれた。こいしは微力ながら、地霊殿の財政に貢献しよう、と考えて、勇儀とパルスィの本番写真を写真集にして出版しようと画策したが、機関の審査にひっかかって発禁をくらった。
それって天界追放されますよね?
パルぅいは流行ると思いました
しかし、キスメの言及がないのは個人的に映姫様に裁かれろー、で-25点。点数は切り上げで。
でも言ったら服を交換してるだけなのに、しっかりえろく書ける作者さんは凄い。
文体もほんとに好きです。他の作者さんのがラノベっぽいのと比べて児童文学っぽいのかな?すごく雰囲気のいい文章だと思います。下ネタエロネタバリバリなのに。