やぁ、私はナズーリンだ。
ネズミの妖怪であり、毘沙門天代理であるご主人『寅丸星』の部下兼監視役、かつ飛行型変形幽霊船『聖輦船』のメンバーでもあり、そして人里に建つ『命蓮寺』の雑用などもこなしている。
つまり、私はダウザーなのである。
肩書きが多いので鬱陶しいかもしれないが、事実なので勘弁願いたい。
それはともかく。
私はいま、現在進行形で激しく悩んでいるのである。
◇ ◇ ◇
「・・・困ったなぁ」
ここは私の自室。
時刻はお昼過ぎ辺り。
本来この時間は、寺の雑務かダウジングに励んでいるのだが・・・。
「突然、こんなものを渡されても」
私の目の前には、一通の手紙。
封は開いており、すでに中身も確認済みだ。
その書面には、丁寧に書かれた文字。
その内容が、私の頭を痛くする。
その手紙を取り囲むように、なずりん(部下の小ネズミたちが私と同じ姿になってしまったモノの総称)たちも座り込んで頭を悩ませている。
・・・一匹だけグースカ寝ていやがりますが。
「どうすればいいと思う?なずりん」
「なずぅ~・・・?」
私は、なずりんたちに問いかけるが、みんな困り果てた顔をしている。
そりゃ困るよな。
なずりんたちだって、おそらく、いや絶対こんなもの貰ったことないだろうし。
・・・え?
これが何かって?
「恋文なんて、初めて貰ったぞ・・・」
本日何度目か分からない溜息と一緒に、そう呟いた。
そう。
恋文である。
ようはラブレターってやつだ。
しかも、相手は人里の青年。
人間である。
朝、私が寺の外側を掃除していた時に突然渡されたのである。
顔を真っ赤にして何言ってるか分からないくらい呂律のまわっていない早口言葉を述べた後、これを私に渡して一目散に去って行ったのである。
その有様は滑稽にも見えたが、よく考えると笑いごとではないのである。
これが私宛でなく、寺の他の面子だったら笑い話にでもできたんだがね。
封筒の裏には『ナズーリンさんへ』って書かれているし、中身の文面を何度確認したところで、これが私宛であることには変わりなかったのである。
「いや、本当に困ったぞこれは」
なにせ、私は恋文なんて貰ったことが無い。
それどころか、異性に告白されたこともない。
というわけで、こういった物の対処の仕方が分からないのである。
いや、こういうのが嫌いってわけじゃない。
私だって、こういうものを貰ったら少なからずは嬉しい。
それはつまり、誰か一人にでも好意を持ってもらえているという証なのだから。
・・・少し恥ずかしいがね。
でも。
「できれば、丁重にお断りしたいところだね」
今のところ、私は恋愛には興味がない。
しかも相手は人間だ。
寿命も、価値観も、きっとその目に映る世界だって違っているはずなんだ。
まぁ、あの巫女や魔法使いだったら案外人外相手でもやっていけそうな気がするがね。
でも私には、そんな自信がない。
もしかしたら、私はこういうものに対して臆病なのかもしれない。
好きになって。
好意を抱いて。
でも、もしその相手を裏切ることになったら。
傷つけることになったら。
そして、そのことによって私自身も傷ついたら。
ふと、脳裏によぎるのは寺の面々。
随分、仲良くなった。
随分、深入りしてしまった。
随分、私を見るみんなの目が穏やかになった。
もし、その目がある日突然全く違ったものになってしまったら・・・。
私はそんな想像を振り払うかのように頭を振る。
ネガティブなことは考えないようにしよう。
特に、寺の面々に対してだけは。
それよりも。
今はこの恋文である。
どうしたものかと考えてみたが、一人では良い案が浮かばなかったので、なずりんたちを召集し、もう何回目になるか分からないナズーリン会議を開いているのである。
最初、この議題を取り上げる前に、毎回ナズーリン会議では捻りが無いんじゃないかという同志Aの発言により、ナズーリン会議に変わる新しい名前を10分くらい考えていた。
『オペレーション・ラタトスク』とか頭に浮かんだが、そんな名前を付けた暁には、私は『鳳凰院鼠真(ちゅーま)』とか言われそうなので、やっぱしいつも通りのナズーリン会議で落ち着くことになった。
閑話休題
思い切って、試しに受けてみたらどうか?という意見もでた。
先ほど恋愛には興味がないとは言ったものの、何処かで恋人同士というシチュエーションに憧れていたところがあるのも事実かもしれない。
以前、人里でどこぞのバカップルに対して嫉妬しながら心の中で「爆発しろ」と念じたら、本当に爆発してね。
いやぁ、あれは笑った笑った。
ハハハッ・・・。
いやいや、そうじゃなくて。
でも、やっぱしどう想像しても私が人間の男性と仲良く手を繋いで歩いている姿がしっくりこないのである。
それ以前に、そんなことを人里内でやってみろ。
噂は一気に広がり、鴉天狗が疾風のごとく現れて、ウチの寅が大暴走でもしたら最悪である。
というわけで、やっぱし受けるという方向はナシ。
どう断るかである。
でもなぁ。
断るとは言ったものの、やはりなるべく相手を傷つけないようにしたいというのは、こういうシチュエーションに立たされたものなら誰でも思ってしまうのかね?
別に気を使う必要もないし、私はそんな柄じゃないし。
でもなぁ・・・。
と、あれこれ悩んで現在に至るわけである。
◇ ◇ ◇
散々悩んだ挙句、何も解決しないままナズーリン会議は幕を閉じた。
少々煮詰めすぎたのか、私もなずりんたちも軽く頭痛がしていた。
これ以上、ここで悩んでいても埒が明かない。
本当は避けたかったが、思い切って寺の面子の誰かに相談することにした。
本当に避けたかったんだぞ?
だって恥ずかしいだろ、いくら寺の面子といってもこの手の話題は。
だが、背に腹は代えられぬ。
このまま問題を解決せずに、あの青年になんの返事をしないというのも気が引けたからである。
その気が無いなら、ちゃんとそう伝えるべきだ。
後は、どんな風に伝えたらいいかだけである。
私はなずりんたちと共に部屋を出ると、廊下を歩きはじめた。
「さて、誰に相談するか・・・」
廊下を進みながら、真っ先に寅と正体不明は除外した。
碌なことにならん。
そんなことを考えていた矢先。
「あら、珍しいわね。貴方がこんな時間にこんなところにいるなんて」
「どうかしたの、ナズーリン?」
目の前に立っていたのは、一輪と船長だった。
ふむ・・・。
この2人なら大丈夫か?
少しくらいはからかわれそうだが、もしかしたら良い案を出してくれるかもしれない。
そう考えた私は。
「ちょっといいかい、2人とも。実は相談したいことがあってね」
うわぁ、いざ話すとなると結構ドキドキするなぁ。
だが、そんな表情は一切表に出さず。
「あら、本当に珍しいわね。あの賢将と名高いネズミ様が相談事なんて」
「なに?なになに?何か悩み事があるんだったら遠慮なしにこのムラサ船長に話してみなさい」
よしっ、決めた。
この2人に相談に乗ってもらおう。
ただ。
「実はあまり人には話せないことでね。一輪の部屋を借りていいかい?」
その私のセリフに増々興味を持った2人と共に、一輪の部屋へと向かったのである。
◇ ◇ ◇
で、一輪の部屋。
実は忍者屋敷のようになっており、壁を操作すると抜け穴が出てきたりするのである。
しかも、その内の一つは魔界にまで繋がっているらしい。
いや、今回はそんなことはどうでもいいのだ。
3人分(+なずりん用)の湯飲みを用意してくれた一輪。
ずずっと茶を啜る。
はぁ、落ち着く。
そういや、朝からずっと悩んでいたせいで何も飲んでいなかったな。
今になって喉がカラカラになっていたことに気付く。
そんなことにさえ気が回らなくなっていたか。
こういうのを『恋は盲目』と言うのかね?
・・・言わないね。
だって、恋しているわけじゃないし。
「それで?」
ゆっくりと湯飲みを口から離し、一輪が問いかけてくる。
「ナズーリンの悩みかぁ・・・。なんだろうね?やっぱしダウジング関係?」
好奇心で目をキラキラさせている船長も問いかけてくる。
ふむ・・・。
ここはいきなり本題に入る前に、少し遠まわしに聞いてみるか。
「ふ、2人はさ・・・」
ゴクリと、息をのむ。
さっき茶で潤した喉が早くもカラカラになっていく。
やはり緊張するな、この話題は。
私の周りに座って心配そうに見つめてくるなずりんたち。
私は意を決したように口に出した。
「2人は、その・・・。もし誰かから告白されたらどうする?」
2人の目が丸くなる。
キョトンとしたようにこちらを見ている。
そして。
「え、な、何を言い出すのよいきなり。こ、告白?」
「え、え、え?告白って、あの!?」
この反応は予想していた。
いくら普段から冷静沈着な一輪でも。
いくら普段から能天気な船長でも。
いきなりこんな話題を振られたら困るはずだ。
だが、最初っから「実は私、恋文を貰ってね・・・」とかも言いづらいし。
だからまずは、この2人が仮に誰かから告白されたらどうするかを聞いてみることにした。
「・・・まぁ、断るわね。私、尼僧だし」
いち早く冷静さを取り戻した一輪による一刀両断。
容赦ないね、一輪は。
バッサリだよ。
「わ、私は・・・!そ、そうだねぇ・・・。いや、アハハ・・・」
全く落ち着きを取り戻していない船長。
心配するな。
そっちのほうが普通な反応だ、たぶん。
「あ、でもね」
船長が続ける。
「もし、知り合いがそういうことになったら応援するよ。そりゃもう、一生懸命に」
まだ顔を赤くしながら、にこやかに答える。
ふむ、知り合いなら応援か。
・・・。
・・。
よし、なら今度はこう聞いてみよう。
「ならさ。もし仮に・・・」
早くなる鼓動を落ち着かせながら、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「仮にだよ?もし私が誰かから告白されたら・・・」
バリンッ!!!
目の前には、砕けた湯飲みが2つ。
一輪と船長のものだ。
私は全身が硬直した。
そしてその後に来たのは『震え』。
『恐怖』による『震え』。
もし、あの湯飲みが砕けたのが2人が驚いて落としてしまったものなら、こんな反応はしなかっただろう。
落としたのではない。
2人の手の中で砕け散っていたのだ。
握撃・・・!
湯飲みを、握り潰しやがった・・・!
あまりの事態に、同じく一瞬固まっていたなずりんたちが一斉に私の後ろに隠れてブルブル震えていた。
2人の顔をそっと見る。
笑っていた。
先ほどのように、にこやかに笑っていた。
だけど、その目は・・・。
もし、その目がある日突然全く違ったものになってしまったら・・・。
すみません、私なにか悪いことしましたっけ?
もしかして、私が告白されるというシチュエーションがお2人にはお気に召さなかったのでしょうか?
もしかして、先を越されたとか考えて大層ご立腹ですか?
「・・・されたの?」
突然の声。
地獄の底から湧き出てくるような恐怖さえ感じる声。
「ナズーリン。貴方誰かに告白されたの?」
いつもの一輪の口調。
静かな、ゆっくりとした口調。
だが、その口調には殺意が込められているように感じた。
「か、仮の話だ!もしもの話だって!別に誰からも告白なんて・・・」
「本当?」
慌てふためくように捲し立てる私の声を遮るかのように、船長から問いただされる。
すみません、そのにこやかな顔でドスのきいた口調やめてもらえませんか?
「ほ、本当だって!仮に私が告白されたら2人はどうするのかなぁって・・・」
いかん。
これは本当のことを話したら、私は抹消される。
冷や汗をドバドバ流しながら取り繕うように喋る私に対して。
「そりゃあもちろん相手をこr・・・、問いただすわね。そして、こんなネズミに関わったら碌なことにならないからやめておきなさいって忠告してあげるわ」
さ、さいですか・・・。
なんか不穏なことを言いそうになった気がしたが、あえて突っ込まないことにした。
聞き間違いだ、うん。
私はまだ死にたくない。
てか、碌なことにならないって・・・。
何時もながら厳しい意見ですね、一輪さま。
ふと、先ほどから黙ってしまった船長のほうを見る。
いや、黙っているわけじゃない。
小さすぎて聞こえなかっただけだ。
口元がぼそぼそと動いている。
よーく耳をこらしてみると・・・。
「ふふふ、そうなんだそーなんだ。ナズーリンを横取りするって言うんだ。そんなことが許されると思っているのかな?かな?ナズーリンはこの寺で一生私と未来永劫幸せに過ごしていくってことは私が船幽霊になる前から決まっていることなんだからフフフ、ウフフ。そんなヤツが現れた日には寺の門で逆さ吊りにして生まれてきたことを後悔するほどアンカーを打ち込んで。あ、そうだお水もたっぷり飲ませてあげなくちゃいけないよねだって寺のお客様だもんお水くらい出さないといけないよねそりゃもういっぱいいっぱいお腹が膨れるまで飲ませて殺すころすコロスコロスコロス・・・!!」
何も聞いていない!
私には何も聞こえなかった!!
小さすぎてよく聞き取れなかったけど、絶対この人(?)危ないこと口走っているよ!
ヤバい。
悩みを解決してもらおうと神にすがったら、相手は悪魔か何かの類だったみたいな感じになってきた。
これは早々に切り上げたほうがいいな。
「そ、そうか。貴重な意見、ありがたくおもうよ。じゃ、じゃあ。私はこれから急用があるのでここら辺で・・・」
そういいながら立ち上がろうとしたが。
「あら?まだ貴方の悩みを聞いていないんだけど?『本当』はナニを相談しにきたのかしら?」
背筋がゾッとなる。
目の前には、恐ろしいほど笑顔な悪魔が2匹。
立てない・・・。
逃げ出せない・・・。
だが、この場でこれ以上留まるのは愚策。
私は怪しい素振りを見せないよう視線を2人に固定したまま、なずりんを使って部屋の状況を把握した。
一瞬の思考。
次の瞬間、私は立ち上がるそぶりを見せるように体を少し揺らした。
「雲山!!」
私が逃げると思ったのだろう。
一輪がすぐさま部屋の隅に待機していた雲山を使おうとする。
だが。
「雲山!?」
動かない。
私にはよく分からないが、なずりん曰く「やれやれ・・・」だそうだ。
なずりんたちはよく雲山と遊んでもらっている。
だからなのか。
少なからず、雲山と意志の疎通ができるようになったらしい。
あらかじめ、なずりんから雲山は邪魔しないことを教えてもらっていた私は、驚きで一瞬動きを止めた一輪の隙を逃さない。
船長が慌ててアンカーを振り上げる。
遅い!
「畳返し!!」
振り下ろした私の手が、部屋の畳を一気に跳ね上げる。
さらに怯む2人。
だが、念には念をだ。
部屋の出口はすでになずりんたちが開けてある。
そちらへ向かって一気に駆け抜けると共に。
「なずっ!!」
なずりんが部屋に放り込んだのは閃光玉。
爆発するような眩い光が部屋を包む。
2人の悲鳴。
「全員散開!自身の身の安全を確認したら各自ポジションに付いて待機!」
なずりんに指示を出した私は寺の庭へと飛び出る。
だが、まだ危険だ。
もう少し遠くに逃げないとすぐに襲ってくるだろう。
庭には木やら岩やら、そこを抜けたら灯篭とか。
直線スピードなら、あの魔法使いや天狗の足元に及ばない。
だが。
こういった複雑で狭い場所なら、小柄で小回りの利く私の方が上だ。
障害物を一瞬のうちに通り抜けて、一気に境内を駆け抜けていく。
なんで身内からこんな必死に逃げなくてはいけないのだろうか?
何か少し悲しくなりながら、そんなことを思うのだった。
◇ ◇ ◇
時間は一瞬。
数秒で一気に寺の門まで駆け抜けた。
「はぁ、はぁっ・・・!」
流石に息が上がったな。
足を止める。
あの2人には、時間を置いてある程度冷静さを取り戻したあと、ちゃんと1から説明しよう。
恋文を貰ったことに関しては何を言われるか分からないが、断る意向を伝えたらそこまで機嫌を悪くはしまい。
さて、それまでは寺から離れた方がいいな。
何処へ行こうかと考えていると。
「あ、ナズーリンさん。おはよーございまーす!!」
うおっ!!
突然、横からデカい声で挨拶されたので驚いたが。
「あぁ、響子か。お勤めご苦労さん。というか、相変わらず大きな声だね。あと、今は昼だぞ」
「もちろんです!これが私の取り柄ですからっ!」
そう元気に答える(忠告はスルーされた)のは、『幽谷響子』。
最近になって命蓮寺に入門した妖怪である。
つまり、この寺の新メンバーである。
いつものように、寺内を箒で掃除していた。
「どうしたんですか?そんなに息を切らして」
「いや、何。ちょっとした運動だよ」
それはお疲れ様ですー。
何の疑問も持たずに笑顔で返してくる。
あぁ、幸せそうでいいなぁ。
私なんて、さっきまで生と死の境界に立たされていたというのに。
あ、そうだ。
ちょっと聞いてみようか。
「な、なぁ」
「はい、なんでしょう?」
「もし、君が恋文なんて貰ったらどうするかい?」
「恋文、ですか・・・?」
私の問いにキョトンとした顔で答え。
「もしかして、ナズーリンさん恋文貰ったんですか?」
そのまま核心をついてきた。
ぐはっ、まさかいきなり本題を当てられるとは思わなかった。
少し焦ったが、響子に相談してみるのもいいかもしれない。
こいつは寺に来て間もない。
まさか、いきなり私が恋文を貰ったことに対してとやかく言うことはないだろう。
そう考えた私は、少し安心していたのだろう。
この後起こる最悪の事態なんて全く考えもせず、私は朝起きたことを響子に話した。
◇ ◇ ◇
私が若干顔を赤くしながら順を追って説明し、さてこれから本題である『断る』ことについて話そうとしたとき。
「・・・ダメです」
「え?」
黙って聞いていた響子が、突然口を開いた。
おいおい。
まさか君までいちゃもんつける気かい?
だが。
その次に響子から口に出た言葉は予想だにしないことだった。
「ダメです!恋文だなんて!」
「は!?」
思わず疑問を口に出した私に構わず、突然響子が熱弁し始めた。
「想いは・・・。想いはちゃんと口にだして伝えないと!相手に自分の口から言葉に表してこそ、初めてその想いが伝わるのです!大体なんなんですか、その男は!?ちゃんと自分の言葉を口にも出来ないで恋文だけ渡して逃げたんですか!?そんなの卑怯です!ナズーリンさんに失礼です!」
「いや、それは君の持論だろうが?そういうことが出来ない相手もいるからこそ恋文というものがあってだな。というか、相談したいのはそういうことじゃないし。てか、声がデカい!」
熱くなって大声だしている響子を必死に宥めながら、内心恥ずかしい思いでいっぱいになる。
頼むから叫ばないでくれ!
だが、事態は私の予想の斜め上どころか別の世界線へと跳んでいった。
「いいでしょう!この私が今からお手本を見せてあげましょう!」
そういって、大きく息を吸う。
待て?
お手本?
山彦の妖怪?
大声?
・・・。
・・。
ちょっ、まさか!?
「ま、待つんだky「ナズーリンさぁあああああああああああああああああああああああん!!愛してますよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」ギャァ嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
あぁ、分かった。
漸く理解した。
こいつはアホの子だ。
真っ白になって呆然と立ち尽くす私に対して、満面の笑みを浮かべながら響子が。
「どうです、ナズーリンさん。これくらいすれば、きっとその男性の方の想いだって伝わるはすです!」
「あぁ、伝わったよ・・・。間違った方向に」
今の爆音。
人里内どころか、幻想郷全体に広がってもおかしくない響子の叫び。
明日から人里歩けないな。
絶対みんなからからかわれるな。
そして・・・。
いま私の視線の先にいる相手には確実に伝わってしまったな。
視線の先。
響子ではない。
そのすぐ後ろで同じく真っ白になってカタカタ震えながら白目むいている我がご主人様である。
拙すぎる。
絶対聞かれてはいけない相手に聞かれてしまった。
そして、恐れていた事態が、どうしても避けたかった事態が起きてしまった。
「・・・そうだったんですね」
ボソッと喋りはじめる。
未だに震えている理由は、さっきとは違うものだろう。
俯き、表情は見えない。
だが。
私には、いまのご主人様がどんな顔をしているのかが容易に想像できる。
「あ、星さん!おはよーございまーす!」
一方、事態を全く飲み込んでおらずに能天気に挨拶する山彦妖怪。
そういやそうだったな。
ウチのご主人様が私のことをどう想っているかを寺内で知らないのは君だけだったね。
自分で言うのもなんなんだが、ご主人様は私のことを・・・。
「やっぱし、そうだったんですね・・・。ふふっ、貴方もナズーリンが狙いだったんですね?ナズーリン狙いでこの寺に入門してきたんですね。いや、分かりますよ?こんなに凛々しくて気が利いて、それでいて可愛らしくてキュートで愛くるしい私の可愛い可愛い想い人に心奪われてしまった貴方の気持ち。でもですね?それはいけないことなんですよ?そんな邪な気持ちで寺の仲間になる輩はもう十分なんですよ?奪っちゃうんですね?貴方も私からナズーリンを掠め取ろういう魂胆だったんですね?なら仕方ありませんねぇ・・・。ちょっとキツーイお仕置きが必要になっちゃいますけど別に構いませんよね?だって、私とナズーリンの未来のためですもん。ちょっとやりすぎたって全然全然問題・・・」
ぶつぶつ言い始めるご主人様を、首を傾げてハテナ顔で見つめている響子。
喋るごとに、だんだん増していく怒気と殺気。
やっぱし何時ものように勝手に暴走し始めた。
頭が痛い。
おそらくそれさえにも気付いていないだろう。
「あのぅ、ナズーリンさん?星さんどうしちゃったんですか?」
能天気に尋ねてくる。
どうやら、今度はこの天然娘も一緒に連れて逃げなくてはいけないらしい。
はぁ、今日は厄日だ。
と、考え込んでいる暇はない。
怒れる寅が爆発する5秒前。
4
私が響子の手を握り締める
それで2秒早まった
1
「逃げるぞ響子!」
一気に響子の手を引きながら駆け出す。
0
そして・・・
「ゴラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
意味不明の絶叫と共にこちらへと襲い掛かってきた!
本気になったときの寅と純粋に追っかけっこして勝てるとは思っていない。
少しだけでも距離を取った。
それで十分。
私は振り向きざまに巨大化させたペンデュラムを寅の足元へと叩きつける。
跳躍でかわす寅。
「なんでですかぁ!?なんでナズーリンは他の女と手を繋いでるんですかぁ!?なんで逃げようとするんですかぁ!?ナズーリンはそっちの女のほうが大事なんですか!?そんなの許しません!今すぐそいつをこちらに引き渡しなさい!!」
槍を振りかざし、こちらへ目掛けて下降してくる。
よし。
もう飛行して空中で止まるということはないな。
私は響子を抱え、後ろへ跳躍。
次の瞬間。
道脇で待機していたなずりんが、寅の着地地点へと飛び出して丸い円盤状の物体を設置した。
着地と同時にそれを踏んだ寅。
カチッという小さな音。
そして。
「ナズー・・・、に、にゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
寅の全身に電流が駆け巡る。
そのまま痺れて動けなくなった。
ふぅ・・・。
作っておいてよかったな、痺れ罠。
暴走した寅には十分なアイテムだ。
なんて、ご主人様に向ける意見ではないようなことを考え。
「さぁ、今のうちに逃げるぞ!」
「へ?あ、はぁ・・・」
未だに状況を把握していない響子を引っ張って、人里内を駆け出した。
◇ ◇ ◇
人里内。
今日も賑やかで、様々な人妖が闊歩している。
その中を、響子の手を引いて駆けていく。
人里内の視線が全てこちらへと向いている。
やっぱし、少なくとも人里全体には響いてしまったなぁ。
その証拠に、みんなの視線は生暖かい。
クスクスと笑い声も聞こえる。
「あらあら、今日もナズちゃんは大変ねぇ」
「あの子が新しい彼女かしら?」
なんて声も聞こえてくる。
違う!
こいつは彼女なんかじゃない!
てか何だ、『新しい』って!?
もう恥ずかしさで一杯だ。
それを抑えて必死に走る。
ちなみに、何も理解してない後ろのアホの子は元気よく挨拶しながらみんなに手を振っていた。
畜生、全部こいつの所為なのに、なんで私が苦労しているんだ!?
・・・まぁ、あんなこと相談した私にも非があるのかもしれないが。
ともかく、一刻も早く人里を出たい。
人混みを躱しながら出口を目指す。
「あやややや!見つけました新カップル!愛の逃避行ですか、羨ましいですね。すいません、記事にするので一言「お前は最後に殺すと言ったな!あれは嘘だ!!」ごふぅ!?」
途中、見覚えのある障害物が視界に入ってきたので、持っていた乾坤圏を叩きつけて沈黙させた。
さぁ、人里の出口まであと少し。
少し切れそうになった息をなんとか整えて、足に力を込める。
と。
「っ!?響子!」
咄嗟にソレに気付いた私は響子を抱えて横へ跳ぶ。
次の瞬間、爆音と共にさっきまで私たちがいた場所が爆発した。
上空からの攻撃。
この攻撃には覚えがありすぎる。
私たちが空を見上げると、そこには。
「あぁ!?トラっちの言うとおりだ!ナズナズ何やってんのさ!?」
ぬえだった。
いつものUFOに乗って上空をふよふよしていた。
いつもと違うのは、周りにいるUFOの数。
空一面に埋め尽くされたそれは、明らかに私たちに照準を向けていた。
「あ、ぬえさーん!おはよーございまーす!」
「響子!さっきの叫び声は何!?ナズナズはあんたのものじゃないんだよ!?何勝手に朗らかに告白してんのさ!?」
どうやら、さっきの響子の絶叫だけではなく、ご主人様にも言われて来たな。
そうなると、私が狙いというよりも寧ろ・・・。
「ちなみに、ぬえ。ご主人様は?」
「寺の前でマヒして倒れているよ?」
やっぱし放ってきたか。
まぁ、いまはそれが大助かりなんだが。
ダメ元で交渉してみるか。
「ぬえ、ここは手を引いてくれるわけにはいかないかい?」
「そいつをこっちに渡してくれたら、ナズナズを狙う理由なんてないよ?」
上空でニコニコしているが、ここで響子を引き渡したら碌なことにならないのは分かった。
しかし、響子だけを狙うだなんて、やはりご主人様に頼まれたからか?
ぬえのことだ。
なんか条件付きで来たに違いない。
そうじゃなかったら、この悪戯好きが大人しく言うことなんて聞かないだろう。
「ぬえ。別にご主人様の言うことなんて聞く必要はないぞ?ご主人様には後でちゃんと説明しておく。ともかく、響子は別に悪いことはしていない(と思いたい)。なら、ぬえには響子を狙う理由なんてないだろ・・・!?」
私が言い終わるところで、ぬえ(と周りのUFO)の様子が豹変した。
こちらへの敵意が跳ね上がる。
「ぬ、ぬえ?」
「・・・やっぱし、ナズナズはナズナズなんだね」
そう言って、ぬえが手を天へとかざす。
さっきまでニコニコしていたその表情も一変し、真剣な、そしてどこか泣きそうな顔になっている。
ぬえに応えるかのように周りのUFOが敵意を露わにする。
や、ヤバい。
せっかく一輪、船長、ご主人様と切り抜けてきたのに、今度はぬえか!?
「響子!全力で逃げろ!!」
「全機一斉掃射!ナズナズのバカァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
私とぬえの、ほぼ同時の叫び。
ぬえの手が勢いよく振り下ろされる。
それを皮切りに。
人里内で大爆撃が始まってしまった。
◇ ◇ ◇
あれほど穏やかだった人里。
いまでは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
逃げ惑う人々。
混乱に乗じて殴り合いを始める輩。
霊夢の太ももはもらったー、とか意味分からん。
それよりも。
今は上空から降り注ぐレーザーの嵐をどうにかしないと。
こんなことになるのだったら、ぬえのUFOからレーザーを出す方法なんて一緒に考えてあげるんじゃなかった。
この星を防衛するゲームのごとき攻撃の雨嵐。
奮闘するのはなずりん。
皆が妖針ライフル-連三式(弾数66、大容量魔力炉LV1、弾数アップ)を上空に向けて一斉掃射する。
・・・なんか、違うゲームになっている気がするが。
「や、やめるんだ、ぬえ!人里内での交戦はマズい!ちょっと落ち着いて・・・」
「うわーん!お前なんかに渡してやるものかー!!」
ダメだ、全然聞いてくれてない。
だが、人里でのイザコザは拙い。
後で慧音先生に何を言われるか。
ちなみに、慧音先生は妹紅と共に遠出している。
畜生、イチャイチャチュッチュか!
爆発しやがれ2人とも!
「ナズーリンさん!これが命蓮寺式の肉体強化の修行なんですね!?お互い競い高めあうことで肉体的にも精神的にも強くなっていくという・・・」
「お前はもう黙っていろやぁあああああああ!」
畜生、なんかある意味やっかいな奴が入門してしまった。
この絶望的な攻撃の中でも笑顔を崩さない。
もしかして、ある意味図太いのかもしれん。
ともかく。
今はこの状況を打破しなくてはならない。
何かないか?
なずりんたちの攻撃では応戦しきれない。
崩されるのも時間の問題。
打開策だ。
何か打開策だ・・・。
その時。
目の前に現れたのは。
「厄~。厄ですよ~。おひとつ100円です。いりませんか~?」
「いまなら厄を弾丸に込めるハンドガンもセットですよ~。いりませんか~」
人里まで出張にきていたのだろう。
顔なじみの河童エンジニアと、厄神さま。
藁にもすがる思い。
こうなれば、なんでもいい。
「すみません!その厄とハンドガン1つ!」
「はい、全部で1600円ですよ」
リボルバー式の銃と厄が込められた弾丸6発。
私は瞬時に銃に弾を装填し、それを上空へと向けた。
相手は平安より恐れられた大妖怪。
一発でも外したら勝ち目はないと思え。
狙いは一瞬。
そして怒涛の六連撃。
その全てがクリーンヒット。
ぬえの顔面に直撃する。
すまない、ぬえ。
今は君にも大人しくしてもらいたいんだよ。
弾丸を喰らったぬえには、ダメージらしきものは見当たらない。
「うわーん!ナズナズまで攻撃することないじゃんか~!!」
泣き叫ぶ鵺妖怪。
すまない、ぬえ。
後でちゃんと説明するから。
「うぅ・・・。全部あんたが悪いんだから!全機、響子に向けて一斉・・・ぐはっ!?」
改めて響子に総攻撃を行おうとしたその時。
上空から飛来してきたモノがぬえに直撃する。
落ちていく正体不明。
その頭に突き刺さっていたのは。
「赤べこ?」
よくわからんが、厄を喰らったことによって、ぬえに対して予想だにしない不幸が直撃したらしい。
少し可哀そうにも思ったが。
「今だ、一気に人里を抜けるぞ!」
「は、はいぃ~」
ようやく人里を出た。
そのまま、近くの森へと入っていった。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁっ・・・!」
人里近くの森。
高い木に囲まれ、隠れるには絶好な場所。
近くの大きな木にもたれかかるように、腰を下ろす。
「や、やっと撒いたか・・・」
ようやく訪れた安堵。
大きく深呼吸。
本当に、今日は厄日だった。
「あのぉ、ナズーリンさん。私、何か悪いことしましたっけ?」
ハテナ顔で尋ねてくる響子。
今は私の横で腰を下ろしている。
「き。君は。もう少し自分の言動に注意を払ったほうがいい」
「??」
いまいち分かっていない様子。
やれやれ、人生の先輩として、寺の先輩として教えることがいっぱいありそうだな。
まぁ、こいつは『悪く』はないだろう。
ただ、まだ寺の状況を把握していないだけだ。
ご主人様は私に好意を持っている。
自意識過剰ではない。
周りの意見を聞いても、これは事実。
だからこそ。
純粋に私のことだけを想っていてくれるからこそ。
こういった事態を起こしたくはない。
あの、私のことになると暴走する癖さえなければなぁ。
私が、ご主人様に持っている想い。
慕っている。
それは間違いない。
どんなに不甲斐ない主でも。
どんなにミスが多い主でも。
それを覆すような魅力を持っているのは確かだ。
だからこそ、私は監視役としての自分よりも、ご主人様の部下としての自分を大切にしているんだ。
まぁ、それが恋愛に直結しているかは別にしておいて。
他の寺の面子にも、大分感情輸入した。
いまでは、誰もがかけがいのない存在だ。
他の面子が私の事をどう思っているかは知らない。
出来れば、聞きたくない。
もし、皆が私に不信感を持っていたとしたら。
聖が、一輪が、船長が、ぬえが・・・。
それは嫌だ。
私は、皆の事が大好きだ。
毘沙門天の使命なんてどうでもいい。
私は。
命蓮寺のみんなとずっと一緒に幸せに暮らしたい。
それが私の幸せ。
それが私の喜び。
だからこそ。
訳も分からず、新しく入門してきた響子が袋叩きにあうのは嫌だ。
みんな仲良くが一番だ。
みんなで、仲良く食事を共にして。
偶には喧嘩だってしてもいい。
でも、夕飯の時にはお互い謝って。
それが私の幸せ。
皆がその生涯を終えるときに、『幸せだった』と言えるような生活をしていきたい。
「ナズーリンさんは、みんなのことを本当に大切に想っているのですね」
突然、響子が優しく語りかけてくる。
ほんのちょっと、その言葉に呆然とする。
そして。
「・・・そう、見えるかい?」
「はいっ!」
こ、これは参ったな。
まさか、新参者に私の本心を見抜かれるなんて。
「君も、きっと皆のことを本当に大切に思えてくるよ」
それが、私の本心。
決して変え難い本心。
響子に言われて、改めてその気持ちを心に秘めたその時。
「ナズちゃん」
突然の声に慌てて振り向く。
視線の先には。
「・・・聖か」
何故か、ホッとする。
まさか聖が訳の分からんことでとやかく言ってくることはあるまい。
安堵の気持ちで立ち上がる。
「すまないね。人里の方にも随分迷惑をかけてしまった。後日、私が代表で謝ってくるよ」
そういって、頭を垂れる。
「いいえ。ナズちゃんが気に掛けることは全然ないのですよ」
その言葉に。
本来なら安堵を浮かべるはずだが、今日だけは違った。
その言葉。
その口調。
いつもの聖とは、決定的に違った。
「ひ、聖?」
私は冷や汗を流して頭を上げる。
「誰かが、相手にどんな感情を向けるのかは、その人の自由です。それは誰にも咎めることはできません。でも・・・」
こちらへと視線を向ける聖。
その目は。
いつもの慈愛に満ちた目とは違っていた。
「やっぱし、私もどう足掻いても『人間』の心を持っているのです。『人間』の感情を持っているのです。それを抑えるのは、やはり苦行なのです」
聖の視線の先。
いつもと違う聖の鋭い視線は、確実に響子を捉えていた。
ま、待ってくれ。
意味が分からない。
なんで響子にそんな視線を向けるんだい?
そんなの、いつもの聖じゃない。
やめてくれ。
「ひ、聖!君が何を思っているかは分からない。でも、響子は・・・!」
私が必死に弁解する。
その時。
「そう。そうなのね。貴方は響子の味方をするのね」
木の陰から出てきたのは一輪。
「ナズ、なず、なずぅ・・・!」
船長。
「許しません、絶対に許すことはできません!」
ご、ご主人様。
「もう逃がさないよぉ」
げ、ぬえ。
気付いたら、寺のメンバー全員に囲まれていた。
「大丈夫ですよ。ほんのちょっと『説法』を聞かせるだけですから。さぁ、こちらへ響子ちゃんを・・・」
手を差し伸べながら歩み寄ってくる聖。
それと同時にジリジリと距離を詰めよってくる寺のメンバー。
そこで。
ようやく私はカチンときた。
きっかけは私かもしれない。
原因は私かもしれない。
悪いのは私かもしれない。
だけど。
今のみんなはおかしい。
理不尽だ。
例え、私が原因の発端だとしても、これは理不尽だ。
徐々に怒りが込み上げてくる。
怒りというよりも、ストレス。
朝から散々悩んで、寺のみんなから訳の分からんいちゃもんをつけられ、響子までが狙われ。
色んなものが溜まっていたのだろう。
もう、我慢の限界だ。
「いざ、南無三!」
その聖に叫びと共に、一斉に飛びかかってくる寺のメンバー。
それが引き金となった。
押し上げてくる怒りの本流。
溜めていた我慢の限界。
そのすべてが、火山が噴火するように一気に爆発した。
「ふ・ざ・け・る・なぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
理性を失い、怒りのままに絶叫する。
巨大化するペンデュラム。
眩く輝くロッド。
ふえるわかめちゃんを食って巨大化する、私の頭の上でずっとグースカ寝ていたなずりん。
森の茂みから一斉に飛びかかってくる他のなずりんたち。
その全てが荒れ狂う中で。
「いい加減にしやがれや貴様らぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」
賢将とかそんなことを忘れて、私は怒りのままに暴れまくった。
◆ ◆ ◆
ここから先は、ナズーリン(と、なずりん)による一方的な残虐ファイトが繰り広げられます。
とても見せられない凄惨な場面なので、カットさせていただきます。
申し訳ありませんが、脳内イメージで完結してください。
『城島怒りのテーマ』でも聴きながらだと臨場感が増すと思われます。
◆ ◆ ◆
そうして。
寺のメンバーを徹底的にボコって、全てが終わった。
その後、冷静になった皆に対して、一から説明した。
恋文を貰ったというところで何故か切れそうになった皆を、『断る』という意向を伝えて落ち着かすことに成功した。
そして、私はその青年の元へと向かった。
ちゃんと、断りの意向を伝えた。
元々、相容れない存在だと。
私には、人間に対する恋愛感情を持っていないことも。
それで終わり。
これで丸く収まると思った。
なのに。
その青年は、「絶対諦めません」なんて言いやがって、こっちの意向も無視して延長戦に持ってきやがった。
それを建物の陰で聞いていた寺のメンバー(響子を除く)が、その青年をボコボコにした所為で、結局丸く収まらなかった。
◇ ◇ ◇
余談。
人里内で徹底的に暴れまわったことに関しては、後日慧音先生から厳しい説教が言い渡された。
すみませんでした・・・。
さらに余談。
例の恋文だが。
なんか持っていると不幸になりそうで怖かったので、最近寺の裏の墓地に現れた妖怪に食べてもらった。
こうして、私の初めての恋愛体験は、(ある意味)苦い経験として終わったのであった。
ネズミの妖怪であり、毘沙門天代理であるご主人『寅丸星』の部下兼監視役、かつ飛行型変形幽霊船『聖輦船』のメンバーでもあり、そして人里に建つ『命蓮寺』の雑用などもこなしている。
つまり、私はダウザーなのである。
肩書きが多いので鬱陶しいかもしれないが、事実なので勘弁願いたい。
それはともかく。
私はいま、現在進行形で激しく悩んでいるのである。
◇ ◇ ◇
「・・・困ったなぁ」
ここは私の自室。
時刻はお昼過ぎ辺り。
本来この時間は、寺の雑務かダウジングに励んでいるのだが・・・。
「突然、こんなものを渡されても」
私の目の前には、一通の手紙。
封は開いており、すでに中身も確認済みだ。
その書面には、丁寧に書かれた文字。
その内容が、私の頭を痛くする。
その手紙を取り囲むように、なずりん(部下の小ネズミたちが私と同じ姿になってしまったモノの総称)たちも座り込んで頭を悩ませている。
・・・一匹だけグースカ寝ていやがりますが。
「どうすればいいと思う?なずりん」
「なずぅ~・・・?」
私は、なずりんたちに問いかけるが、みんな困り果てた顔をしている。
そりゃ困るよな。
なずりんたちだって、おそらく、いや絶対こんなもの貰ったことないだろうし。
・・・え?
これが何かって?
「恋文なんて、初めて貰ったぞ・・・」
本日何度目か分からない溜息と一緒に、そう呟いた。
そう。
恋文である。
ようはラブレターってやつだ。
しかも、相手は人里の青年。
人間である。
朝、私が寺の外側を掃除していた時に突然渡されたのである。
顔を真っ赤にして何言ってるか分からないくらい呂律のまわっていない早口言葉を述べた後、これを私に渡して一目散に去って行ったのである。
その有様は滑稽にも見えたが、よく考えると笑いごとではないのである。
これが私宛でなく、寺の他の面子だったら笑い話にでもできたんだがね。
封筒の裏には『ナズーリンさんへ』って書かれているし、中身の文面を何度確認したところで、これが私宛であることには変わりなかったのである。
「いや、本当に困ったぞこれは」
なにせ、私は恋文なんて貰ったことが無い。
それどころか、異性に告白されたこともない。
というわけで、こういった物の対処の仕方が分からないのである。
いや、こういうのが嫌いってわけじゃない。
私だって、こういうものを貰ったら少なからずは嬉しい。
それはつまり、誰か一人にでも好意を持ってもらえているという証なのだから。
・・・少し恥ずかしいがね。
でも。
「できれば、丁重にお断りしたいところだね」
今のところ、私は恋愛には興味がない。
しかも相手は人間だ。
寿命も、価値観も、きっとその目に映る世界だって違っているはずなんだ。
まぁ、あの巫女や魔法使いだったら案外人外相手でもやっていけそうな気がするがね。
でも私には、そんな自信がない。
もしかしたら、私はこういうものに対して臆病なのかもしれない。
好きになって。
好意を抱いて。
でも、もしその相手を裏切ることになったら。
傷つけることになったら。
そして、そのことによって私自身も傷ついたら。
ふと、脳裏によぎるのは寺の面々。
随分、仲良くなった。
随分、深入りしてしまった。
随分、私を見るみんなの目が穏やかになった。
もし、その目がある日突然全く違ったものになってしまったら・・・。
私はそんな想像を振り払うかのように頭を振る。
ネガティブなことは考えないようにしよう。
特に、寺の面々に対してだけは。
それよりも。
今はこの恋文である。
どうしたものかと考えてみたが、一人では良い案が浮かばなかったので、なずりんたちを召集し、もう何回目になるか分からないナズーリン会議を開いているのである。
最初、この議題を取り上げる前に、毎回ナズーリン会議では捻りが無いんじゃないかという同志Aの発言により、ナズーリン会議に変わる新しい名前を10分くらい考えていた。
『オペレーション・ラタトスク』とか頭に浮かんだが、そんな名前を付けた暁には、私は『鳳凰院鼠真(ちゅーま)』とか言われそうなので、やっぱしいつも通りのナズーリン会議で落ち着くことになった。
閑話休題
思い切って、試しに受けてみたらどうか?という意見もでた。
先ほど恋愛には興味がないとは言ったものの、何処かで恋人同士というシチュエーションに憧れていたところがあるのも事実かもしれない。
以前、人里でどこぞのバカップルに対して嫉妬しながら心の中で「爆発しろ」と念じたら、本当に爆発してね。
いやぁ、あれは笑った笑った。
ハハハッ・・・。
いやいや、そうじゃなくて。
でも、やっぱしどう想像しても私が人間の男性と仲良く手を繋いで歩いている姿がしっくりこないのである。
それ以前に、そんなことを人里内でやってみろ。
噂は一気に広がり、鴉天狗が疾風のごとく現れて、ウチの寅が大暴走でもしたら最悪である。
というわけで、やっぱし受けるという方向はナシ。
どう断るかである。
でもなぁ。
断るとは言ったものの、やはりなるべく相手を傷つけないようにしたいというのは、こういうシチュエーションに立たされたものなら誰でも思ってしまうのかね?
別に気を使う必要もないし、私はそんな柄じゃないし。
でもなぁ・・・。
と、あれこれ悩んで現在に至るわけである。
◇ ◇ ◇
散々悩んだ挙句、何も解決しないままナズーリン会議は幕を閉じた。
少々煮詰めすぎたのか、私もなずりんたちも軽く頭痛がしていた。
これ以上、ここで悩んでいても埒が明かない。
本当は避けたかったが、思い切って寺の面子の誰かに相談することにした。
本当に避けたかったんだぞ?
だって恥ずかしいだろ、いくら寺の面子といってもこの手の話題は。
だが、背に腹は代えられぬ。
このまま問題を解決せずに、あの青年になんの返事をしないというのも気が引けたからである。
その気が無いなら、ちゃんとそう伝えるべきだ。
後は、どんな風に伝えたらいいかだけである。
私はなずりんたちと共に部屋を出ると、廊下を歩きはじめた。
「さて、誰に相談するか・・・」
廊下を進みながら、真っ先に寅と正体不明は除外した。
碌なことにならん。
そんなことを考えていた矢先。
「あら、珍しいわね。貴方がこんな時間にこんなところにいるなんて」
「どうかしたの、ナズーリン?」
目の前に立っていたのは、一輪と船長だった。
ふむ・・・。
この2人なら大丈夫か?
少しくらいはからかわれそうだが、もしかしたら良い案を出してくれるかもしれない。
そう考えた私は。
「ちょっといいかい、2人とも。実は相談したいことがあってね」
うわぁ、いざ話すとなると結構ドキドキするなぁ。
だが、そんな表情は一切表に出さず。
「あら、本当に珍しいわね。あの賢将と名高いネズミ様が相談事なんて」
「なに?なになに?何か悩み事があるんだったら遠慮なしにこのムラサ船長に話してみなさい」
よしっ、決めた。
この2人に相談に乗ってもらおう。
ただ。
「実はあまり人には話せないことでね。一輪の部屋を借りていいかい?」
その私のセリフに増々興味を持った2人と共に、一輪の部屋へと向かったのである。
◇ ◇ ◇
で、一輪の部屋。
実は忍者屋敷のようになっており、壁を操作すると抜け穴が出てきたりするのである。
しかも、その内の一つは魔界にまで繋がっているらしい。
いや、今回はそんなことはどうでもいいのだ。
3人分(+なずりん用)の湯飲みを用意してくれた一輪。
ずずっと茶を啜る。
はぁ、落ち着く。
そういや、朝からずっと悩んでいたせいで何も飲んでいなかったな。
今になって喉がカラカラになっていたことに気付く。
そんなことにさえ気が回らなくなっていたか。
こういうのを『恋は盲目』と言うのかね?
・・・言わないね。
だって、恋しているわけじゃないし。
「それで?」
ゆっくりと湯飲みを口から離し、一輪が問いかけてくる。
「ナズーリンの悩みかぁ・・・。なんだろうね?やっぱしダウジング関係?」
好奇心で目をキラキラさせている船長も問いかけてくる。
ふむ・・・。
ここはいきなり本題に入る前に、少し遠まわしに聞いてみるか。
「ふ、2人はさ・・・」
ゴクリと、息をのむ。
さっき茶で潤した喉が早くもカラカラになっていく。
やはり緊張するな、この話題は。
私の周りに座って心配そうに見つめてくるなずりんたち。
私は意を決したように口に出した。
「2人は、その・・・。もし誰かから告白されたらどうする?」
2人の目が丸くなる。
キョトンとしたようにこちらを見ている。
そして。
「え、な、何を言い出すのよいきなり。こ、告白?」
「え、え、え?告白って、あの!?」
この反応は予想していた。
いくら普段から冷静沈着な一輪でも。
いくら普段から能天気な船長でも。
いきなりこんな話題を振られたら困るはずだ。
だが、最初っから「実は私、恋文を貰ってね・・・」とかも言いづらいし。
だからまずは、この2人が仮に誰かから告白されたらどうするかを聞いてみることにした。
「・・・まぁ、断るわね。私、尼僧だし」
いち早く冷静さを取り戻した一輪による一刀両断。
容赦ないね、一輪は。
バッサリだよ。
「わ、私は・・・!そ、そうだねぇ・・・。いや、アハハ・・・」
全く落ち着きを取り戻していない船長。
心配するな。
そっちのほうが普通な反応だ、たぶん。
「あ、でもね」
船長が続ける。
「もし、知り合いがそういうことになったら応援するよ。そりゃもう、一生懸命に」
まだ顔を赤くしながら、にこやかに答える。
ふむ、知り合いなら応援か。
・・・。
・・。
よし、なら今度はこう聞いてみよう。
「ならさ。もし仮に・・・」
早くなる鼓動を落ち着かせながら、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「仮にだよ?もし私が誰かから告白されたら・・・」
バリンッ!!!
目の前には、砕けた湯飲みが2つ。
一輪と船長のものだ。
私は全身が硬直した。
そしてその後に来たのは『震え』。
『恐怖』による『震え』。
もし、あの湯飲みが砕けたのが2人が驚いて落としてしまったものなら、こんな反応はしなかっただろう。
落としたのではない。
2人の手の中で砕け散っていたのだ。
握撃・・・!
湯飲みを、握り潰しやがった・・・!
あまりの事態に、同じく一瞬固まっていたなずりんたちが一斉に私の後ろに隠れてブルブル震えていた。
2人の顔をそっと見る。
笑っていた。
先ほどのように、にこやかに笑っていた。
だけど、その目は・・・。
もし、その目がある日突然全く違ったものになってしまったら・・・。
すみません、私なにか悪いことしましたっけ?
もしかして、私が告白されるというシチュエーションがお2人にはお気に召さなかったのでしょうか?
もしかして、先を越されたとか考えて大層ご立腹ですか?
「・・・されたの?」
突然の声。
地獄の底から湧き出てくるような恐怖さえ感じる声。
「ナズーリン。貴方誰かに告白されたの?」
いつもの一輪の口調。
静かな、ゆっくりとした口調。
だが、その口調には殺意が込められているように感じた。
「か、仮の話だ!もしもの話だって!別に誰からも告白なんて・・・」
「本当?」
慌てふためくように捲し立てる私の声を遮るかのように、船長から問いただされる。
すみません、そのにこやかな顔でドスのきいた口調やめてもらえませんか?
「ほ、本当だって!仮に私が告白されたら2人はどうするのかなぁって・・・」
いかん。
これは本当のことを話したら、私は抹消される。
冷や汗をドバドバ流しながら取り繕うように喋る私に対して。
「そりゃあもちろん相手をこr・・・、問いただすわね。そして、こんなネズミに関わったら碌なことにならないからやめておきなさいって忠告してあげるわ」
さ、さいですか・・・。
なんか不穏なことを言いそうになった気がしたが、あえて突っ込まないことにした。
聞き間違いだ、うん。
私はまだ死にたくない。
てか、碌なことにならないって・・・。
何時もながら厳しい意見ですね、一輪さま。
ふと、先ほどから黙ってしまった船長のほうを見る。
いや、黙っているわけじゃない。
小さすぎて聞こえなかっただけだ。
口元がぼそぼそと動いている。
よーく耳をこらしてみると・・・。
「ふふふ、そうなんだそーなんだ。ナズーリンを横取りするって言うんだ。そんなことが許されると思っているのかな?かな?ナズーリンはこの寺で一生私と未来永劫幸せに過ごしていくってことは私が船幽霊になる前から決まっていることなんだからフフフ、ウフフ。そんなヤツが現れた日には寺の門で逆さ吊りにして生まれてきたことを後悔するほどアンカーを打ち込んで。あ、そうだお水もたっぷり飲ませてあげなくちゃいけないよねだって寺のお客様だもんお水くらい出さないといけないよねそりゃもういっぱいいっぱいお腹が膨れるまで飲ませて殺すころすコロスコロスコロス・・・!!」
何も聞いていない!
私には何も聞こえなかった!!
小さすぎてよく聞き取れなかったけど、絶対この人(?)危ないこと口走っているよ!
ヤバい。
悩みを解決してもらおうと神にすがったら、相手は悪魔か何かの類だったみたいな感じになってきた。
これは早々に切り上げたほうがいいな。
「そ、そうか。貴重な意見、ありがたくおもうよ。じゃ、じゃあ。私はこれから急用があるのでここら辺で・・・」
そういいながら立ち上がろうとしたが。
「あら?まだ貴方の悩みを聞いていないんだけど?『本当』はナニを相談しにきたのかしら?」
背筋がゾッとなる。
目の前には、恐ろしいほど笑顔な悪魔が2匹。
立てない・・・。
逃げ出せない・・・。
だが、この場でこれ以上留まるのは愚策。
私は怪しい素振りを見せないよう視線を2人に固定したまま、なずりんを使って部屋の状況を把握した。
一瞬の思考。
次の瞬間、私は立ち上がるそぶりを見せるように体を少し揺らした。
「雲山!!」
私が逃げると思ったのだろう。
一輪がすぐさま部屋の隅に待機していた雲山を使おうとする。
だが。
「雲山!?」
動かない。
私にはよく分からないが、なずりん曰く「やれやれ・・・」だそうだ。
なずりんたちはよく雲山と遊んでもらっている。
だからなのか。
少なからず、雲山と意志の疎通ができるようになったらしい。
あらかじめ、なずりんから雲山は邪魔しないことを教えてもらっていた私は、驚きで一瞬動きを止めた一輪の隙を逃さない。
船長が慌ててアンカーを振り上げる。
遅い!
「畳返し!!」
振り下ろした私の手が、部屋の畳を一気に跳ね上げる。
さらに怯む2人。
だが、念には念をだ。
部屋の出口はすでになずりんたちが開けてある。
そちらへ向かって一気に駆け抜けると共に。
「なずっ!!」
なずりんが部屋に放り込んだのは閃光玉。
爆発するような眩い光が部屋を包む。
2人の悲鳴。
「全員散開!自身の身の安全を確認したら各自ポジションに付いて待機!」
なずりんに指示を出した私は寺の庭へと飛び出る。
だが、まだ危険だ。
もう少し遠くに逃げないとすぐに襲ってくるだろう。
庭には木やら岩やら、そこを抜けたら灯篭とか。
直線スピードなら、あの魔法使いや天狗の足元に及ばない。
だが。
こういった複雑で狭い場所なら、小柄で小回りの利く私の方が上だ。
障害物を一瞬のうちに通り抜けて、一気に境内を駆け抜けていく。
なんで身内からこんな必死に逃げなくてはいけないのだろうか?
何か少し悲しくなりながら、そんなことを思うのだった。
◇ ◇ ◇
時間は一瞬。
数秒で一気に寺の門まで駆け抜けた。
「はぁ、はぁっ・・・!」
流石に息が上がったな。
足を止める。
あの2人には、時間を置いてある程度冷静さを取り戻したあと、ちゃんと1から説明しよう。
恋文を貰ったことに関しては何を言われるか分からないが、断る意向を伝えたらそこまで機嫌を悪くはしまい。
さて、それまでは寺から離れた方がいいな。
何処へ行こうかと考えていると。
「あ、ナズーリンさん。おはよーございまーす!!」
うおっ!!
突然、横からデカい声で挨拶されたので驚いたが。
「あぁ、響子か。お勤めご苦労さん。というか、相変わらず大きな声だね。あと、今は昼だぞ」
「もちろんです!これが私の取り柄ですからっ!」
そう元気に答える(忠告はスルーされた)のは、『幽谷響子』。
最近になって命蓮寺に入門した妖怪である。
つまり、この寺の新メンバーである。
いつものように、寺内を箒で掃除していた。
「どうしたんですか?そんなに息を切らして」
「いや、何。ちょっとした運動だよ」
それはお疲れ様ですー。
何の疑問も持たずに笑顔で返してくる。
あぁ、幸せそうでいいなぁ。
私なんて、さっきまで生と死の境界に立たされていたというのに。
あ、そうだ。
ちょっと聞いてみようか。
「な、なぁ」
「はい、なんでしょう?」
「もし、君が恋文なんて貰ったらどうするかい?」
「恋文、ですか・・・?」
私の問いにキョトンとした顔で答え。
「もしかして、ナズーリンさん恋文貰ったんですか?」
そのまま核心をついてきた。
ぐはっ、まさかいきなり本題を当てられるとは思わなかった。
少し焦ったが、響子に相談してみるのもいいかもしれない。
こいつは寺に来て間もない。
まさか、いきなり私が恋文を貰ったことに対してとやかく言うことはないだろう。
そう考えた私は、少し安心していたのだろう。
この後起こる最悪の事態なんて全く考えもせず、私は朝起きたことを響子に話した。
◇ ◇ ◇
私が若干顔を赤くしながら順を追って説明し、さてこれから本題である『断る』ことについて話そうとしたとき。
「・・・ダメです」
「え?」
黙って聞いていた響子が、突然口を開いた。
おいおい。
まさか君までいちゃもんつける気かい?
だが。
その次に響子から口に出た言葉は予想だにしないことだった。
「ダメです!恋文だなんて!」
「は!?」
思わず疑問を口に出した私に構わず、突然響子が熱弁し始めた。
「想いは・・・。想いはちゃんと口にだして伝えないと!相手に自分の口から言葉に表してこそ、初めてその想いが伝わるのです!大体なんなんですか、その男は!?ちゃんと自分の言葉を口にも出来ないで恋文だけ渡して逃げたんですか!?そんなの卑怯です!ナズーリンさんに失礼です!」
「いや、それは君の持論だろうが?そういうことが出来ない相手もいるからこそ恋文というものがあってだな。というか、相談したいのはそういうことじゃないし。てか、声がデカい!」
熱くなって大声だしている響子を必死に宥めながら、内心恥ずかしい思いでいっぱいになる。
頼むから叫ばないでくれ!
だが、事態は私の予想の斜め上どころか別の世界線へと跳んでいった。
「いいでしょう!この私が今からお手本を見せてあげましょう!」
そういって、大きく息を吸う。
待て?
お手本?
山彦の妖怪?
大声?
・・・。
・・。
ちょっ、まさか!?
「ま、待つんだky「ナズーリンさぁあああああああああああああああああああああああん!!愛してますよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」ギャァ嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
あぁ、分かった。
漸く理解した。
こいつはアホの子だ。
真っ白になって呆然と立ち尽くす私に対して、満面の笑みを浮かべながら響子が。
「どうです、ナズーリンさん。これくらいすれば、きっとその男性の方の想いだって伝わるはすです!」
「あぁ、伝わったよ・・・。間違った方向に」
今の爆音。
人里内どころか、幻想郷全体に広がってもおかしくない響子の叫び。
明日から人里歩けないな。
絶対みんなからからかわれるな。
そして・・・。
いま私の視線の先にいる相手には確実に伝わってしまったな。
視線の先。
響子ではない。
そのすぐ後ろで同じく真っ白になってカタカタ震えながら白目むいている我がご主人様である。
拙すぎる。
絶対聞かれてはいけない相手に聞かれてしまった。
そして、恐れていた事態が、どうしても避けたかった事態が起きてしまった。
「・・・そうだったんですね」
ボソッと喋りはじめる。
未だに震えている理由は、さっきとは違うものだろう。
俯き、表情は見えない。
だが。
私には、いまのご主人様がどんな顔をしているのかが容易に想像できる。
「あ、星さん!おはよーございまーす!」
一方、事態を全く飲み込んでおらずに能天気に挨拶する山彦妖怪。
そういやそうだったな。
ウチのご主人様が私のことをどう想っているかを寺内で知らないのは君だけだったね。
自分で言うのもなんなんだが、ご主人様は私のことを・・・。
「やっぱし、そうだったんですね・・・。ふふっ、貴方もナズーリンが狙いだったんですね?ナズーリン狙いでこの寺に入門してきたんですね。いや、分かりますよ?こんなに凛々しくて気が利いて、それでいて可愛らしくてキュートで愛くるしい私の可愛い可愛い想い人に心奪われてしまった貴方の気持ち。でもですね?それはいけないことなんですよ?そんな邪な気持ちで寺の仲間になる輩はもう十分なんですよ?奪っちゃうんですね?貴方も私からナズーリンを掠め取ろういう魂胆だったんですね?なら仕方ありませんねぇ・・・。ちょっとキツーイお仕置きが必要になっちゃいますけど別に構いませんよね?だって、私とナズーリンの未来のためですもん。ちょっとやりすぎたって全然全然問題・・・」
ぶつぶつ言い始めるご主人様を、首を傾げてハテナ顔で見つめている響子。
喋るごとに、だんだん増していく怒気と殺気。
やっぱし何時ものように勝手に暴走し始めた。
頭が痛い。
おそらくそれさえにも気付いていないだろう。
「あのぅ、ナズーリンさん?星さんどうしちゃったんですか?」
能天気に尋ねてくる。
どうやら、今度はこの天然娘も一緒に連れて逃げなくてはいけないらしい。
はぁ、今日は厄日だ。
と、考え込んでいる暇はない。
怒れる寅が爆発する5秒前。
4
私が響子の手を握り締める
それで2秒早まった
1
「逃げるぞ響子!」
一気に響子の手を引きながら駆け出す。
0
そして・・・
「ゴラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
意味不明の絶叫と共にこちらへと襲い掛かってきた!
本気になったときの寅と純粋に追っかけっこして勝てるとは思っていない。
少しだけでも距離を取った。
それで十分。
私は振り向きざまに巨大化させたペンデュラムを寅の足元へと叩きつける。
跳躍でかわす寅。
「なんでですかぁ!?なんでナズーリンは他の女と手を繋いでるんですかぁ!?なんで逃げようとするんですかぁ!?ナズーリンはそっちの女のほうが大事なんですか!?そんなの許しません!今すぐそいつをこちらに引き渡しなさい!!」
槍を振りかざし、こちらへ目掛けて下降してくる。
よし。
もう飛行して空中で止まるということはないな。
私は響子を抱え、後ろへ跳躍。
次の瞬間。
道脇で待機していたなずりんが、寅の着地地点へと飛び出して丸い円盤状の物体を設置した。
着地と同時にそれを踏んだ寅。
カチッという小さな音。
そして。
「ナズー・・・、に、にゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
寅の全身に電流が駆け巡る。
そのまま痺れて動けなくなった。
ふぅ・・・。
作っておいてよかったな、痺れ罠。
暴走した寅には十分なアイテムだ。
なんて、ご主人様に向ける意見ではないようなことを考え。
「さぁ、今のうちに逃げるぞ!」
「へ?あ、はぁ・・・」
未だに状況を把握していない響子を引っ張って、人里内を駆け出した。
◇ ◇ ◇
人里内。
今日も賑やかで、様々な人妖が闊歩している。
その中を、響子の手を引いて駆けていく。
人里内の視線が全てこちらへと向いている。
やっぱし、少なくとも人里全体には響いてしまったなぁ。
その証拠に、みんなの視線は生暖かい。
クスクスと笑い声も聞こえる。
「あらあら、今日もナズちゃんは大変ねぇ」
「あの子が新しい彼女かしら?」
なんて声も聞こえてくる。
違う!
こいつは彼女なんかじゃない!
てか何だ、『新しい』って!?
もう恥ずかしさで一杯だ。
それを抑えて必死に走る。
ちなみに、何も理解してない後ろのアホの子は元気よく挨拶しながらみんなに手を振っていた。
畜生、全部こいつの所為なのに、なんで私が苦労しているんだ!?
・・・まぁ、あんなこと相談した私にも非があるのかもしれないが。
ともかく、一刻も早く人里を出たい。
人混みを躱しながら出口を目指す。
「あやややや!見つけました新カップル!愛の逃避行ですか、羨ましいですね。すいません、記事にするので一言「お前は最後に殺すと言ったな!あれは嘘だ!!」ごふぅ!?」
途中、見覚えのある障害物が視界に入ってきたので、持っていた乾坤圏を叩きつけて沈黙させた。
さぁ、人里の出口まであと少し。
少し切れそうになった息をなんとか整えて、足に力を込める。
と。
「っ!?響子!」
咄嗟にソレに気付いた私は響子を抱えて横へ跳ぶ。
次の瞬間、爆音と共にさっきまで私たちがいた場所が爆発した。
上空からの攻撃。
この攻撃には覚えがありすぎる。
私たちが空を見上げると、そこには。
「あぁ!?トラっちの言うとおりだ!ナズナズ何やってんのさ!?」
ぬえだった。
いつものUFOに乗って上空をふよふよしていた。
いつもと違うのは、周りにいるUFOの数。
空一面に埋め尽くされたそれは、明らかに私たちに照準を向けていた。
「あ、ぬえさーん!おはよーございまーす!」
「響子!さっきの叫び声は何!?ナズナズはあんたのものじゃないんだよ!?何勝手に朗らかに告白してんのさ!?」
どうやら、さっきの響子の絶叫だけではなく、ご主人様にも言われて来たな。
そうなると、私が狙いというよりも寧ろ・・・。
「ちなみに、ぬえ。ご主人様は?」
「寺の前でマヒして倒れているよ?」
やっぱし放ってきたか。
まぁ、いまはそれが大助かりなんだが。
ダメ元で交渉してみるか。
「ぬえ、ここは手を引いてくれるわけにはいかないかい?」
「そいつをこっちに渡してくれたら、ナズナズを狙う理由なんてないよ?」
上空でニコニコしているが、ここで響子を引き渡したら碌なことにならないのは分かった。
しかし、響子だけを狙うだなんて、やはりご主人様に頼まれたからか?
ぬえのことだ。
なんか条件付きで来たに違いない。
そうじゃなかったら、この悪戯好きが大人しく言うことなんて聞かないだろう。
「ぬえ。別にご主人様の言うことなんて聞く必要はないぞ?ご主人様には後でちゃんと説明しておく。ともかく、響子は別に悪いことはしていない(と思いたい)。なら、ぬえには響子を狙う理由なんてないだろ・・・!?」
私が言い終わるところで、ぬえ(と周りのUFO)の様子が豹変した。
こちらへの敵意が跳ね上がる。
「ぬ、ぬえ?」
「・・・やっぱし、ナズナズはナズナズなんだね」
そう言って、ぬえが手を天へとかざす。
さっきまでニコニコしていたその表情も一変し、真剣な、そしてどこか泣きそうな顔になっている。
ぬえに応えるかのように周りのUFOが敵意を露わにする。
や、ヤバい。
せっかく一輪、船長、ご主人様と切り抜けてきたのに、今度はぬえか!?
「響子!全力で逃げろ!!」
「全機一斉掃射!ナズナズのバカァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
私とぬえの、ほぼ同時の叫び。
ぬえの手が勢いよく振り下ろされる。
それを皮切りに。
人里内で大爆撃が始まってしまった。
◇ ◇ ◇
あれほど穏やかだった人里。
いまでは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
逃げ惑う人々。
混乱に乗じて殴り合いを始める輩。
霊夢の太ももはもらったー、とか意味分からん。
それよりも。
今は上空から降り注ぐレーザーの嵐をどうにかしないと。
こんなことになるのだったら、ぬえのUFOからレーザーを出す方法なんて一緒に考えてあげるんじゃなかった。
この星を防衛するゲームのごとき攻撃の雨嵐。
奮闘するのはなずりん。
皆が妖針ライフル-連三式(弾数66、大容量魔力炉LV1、弾数アップ)を上空に向けて一斉掃射する。
・・・なんか、違うゲームになっている気がするが。
「や、やめるんだ、ぬえ!人里内での交戦はマズい!ちょっと落ち着いて・・・」
「うわーん!お前なんかに渡してやるものかー!!」
ダメだ、全然聞いてくれてない。
だが、人里でのイザコザは拙い。
後で慧音先生に何を言われるか。
ちなみに、慧音先生は妹紅と共に遠出している。
畜生、イチャイチャチュッチュか!
爆発しやがれ2人とも!
「ナズーリンさん!これが命蓮寺式の肉体強化の修行なんですね!?お互い競い高めあうことで肉体的にも精神的にも強くなっていくという・・・」
「お前はもう黙っていろやぁあああああああ!」
畜生、なんかある意味やっかいな奴が入門してしまった。
この絶望的な攻撃の中でも笑顔を崩さない。
もしかして、ある意味図太いのかもしれん。
ともかく。
今はこの状況を打破しなくてはならない。
何かないか?
なずりんたちの攻撃では応戦しきれない。
崩されるのも時間の問題。
打開策だ。
何か打開策だ・・・。
その時。
目の前に現れたのは。
「厄~。厄ですよ~。おひとつ100円です。いりませんか~?」
「いまなら厄を弾丸に込めるハンドガンもセットですよ~。いりませんか~」
人里まで出張にきていたのだろう。
顔なじみの河童エンジニアと、厄神さま。
藁にもすがる思い。
こうなれば、なんでもいい。
「すみません!その厄とハンドガン1つ!」
「はい、全部で1600円ですよ」
リボルバー式の銃と厄が込められた弾丸6発。
私は瞬時に銃に弾を装填し、それを上空へと向けた。
相手は平安より恐れられた大妖怪。
一発でも外したら勝ち目はないと思え。
狙いは一瞬。
そして怒涛の六連撃。
その全てがクリーンヒット。
ぬえの顔面に直撃する。
すまない、ぬえ。
今は君にも大人しくしてもらいたいんだよ。
弾丸を喰らったぬえには、ダメージらしきものは見当たらない。
「うわーん!ナズナズまで攻撃することないじゃんか~!!」
泣き叫ぶ鵺妖怪。
すまない、ぬえ。
後でちゃんと説明するから。
「うぅ・・・。全部あんたが悪いんだから!全機、響子に向けて一斉・・・ぐはっ!?」
改めて響子に総攻撃を行おうとしたその時。
上空から飛来してきたモノがぬえに直撃する。
落ちていく正体不明。
その頭に突き刺さっていたのは。
「赤べこ?」
よくわからんが、厄を喰らったことによって、ぬえに対して予想だにしない不幸が直撃したらしい。
少し可哀そうにも思ったが。
「今だ、一気に人里を抜けるぞ!」
「は、はいぃ~」
ようやく人里を出た。
そのまま、近くの森へと入っていった。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁっ・・・!」
人里近くの森。
高い木に囲まれ、隠れるには絶好な場所。
近くの大きな木にもたれかかるように、腰を下ろす。
「や、やっと撒いたか・・・」
ようやく訪れた安堵。
大きく深呼吸。
本当に、今日は厄日だった。
「あのぉ、ナズーリンさん。私、何か悪いことしましたっけ?」
ハテナ顔で尋ねてくる響子。
今は私の横で腰を下ろしている。
「き。君は。もう少し自分の言動に注意を払ったほうがいい」
「??」
いまいち分かっていない様子。
やれやれ、人生の先輩として、寺の先輩として教えることがいっぱいありそうだな。
まぁ、こいつは『悪く』はないだろう。
ただ、まだ寺の状況を把握していないだけだ。
ご主人様は私に好意を持っている。
自意識過剰ではない。
周りの意見を聞いても、これは事実。
だからこそ。
純粋に私のことだけを想っていてくれるからこそ。
こういった事態を起こしたくはない。
あの、私のことになると暴走する癖さえなければなぁ。
私が、ご主人様に持っている想い。
慕っている。
それは間違いない。
どんなに不甲斐ない主でも。
どんなにミスが多い主でも。
それを覆すような魅力を持っているのは確かだ。
だからこそ、私は監視役としての自分よりも、ご主人様の部下としての自分を大切にしているんだ。
まぁ、それが恋愛に直結しているかは別にしておいて。
他の寺の面子にも、大分感情輸入した。
いまでは、誰もがかけがいのない存在だ。
他の面子が私の事をどう思っているかは知らない。
出来れば、聞きたくない。
もし、皆が私に不信感を持っていたとしたら。
聖が、一輪が、船長が、ぬえが・・・。
それは嫌だ。
私は、皆の事が大好きだ。
毘沙門天の使命なんてどうでもいい。
私は。
命蓮寺のみんなとずっと一緒に幸せに暮らしたい。
それが私の幸せ。
それが私の喜び。
だからこそ。
訳も分からず、新しく入門してきた響子が袋叩きにあうのは嫌だ。
みんな仲良くが一番だ。
みんなで、仲良く食事を共にして。
偶には喧嘩だってしてもいい。
でも、夕飯の時にはお互い謝って。
それが私の幸せ。
皆がその生涯を終えるときに、『幸せだった』と言えるような生活をしていきたい。
「ナズーリンさんは、みんなのことを本当に大切に想っているのですね」
突然、響子が優しく語りかけてくる。
ほんのちょっと、その言葉に呆然とする。
そして。
「・・・そう、見えるかい?」
「はいっ!」
こ、これは参ったな。
まさか、新参者に私の本心を見抜かれるなんて。
「君も、きっと皆のことを本当に大切に思えてくるよ」
それが、私の本心。
決して変え難い本心。
響子に言われて、改めてその気持ちを心に秘めたその時。
「ナズちゃん」
突然の声に慌てて振り向く。
視線の先には。
「・・・聖か」
何故か、ホッとする。
まさか聖が訳の分からんことでとやかく言ってくることはあるまい。
安堵の気持ちで立ち上がる。
「すまないね。人里の方にも随分迷惑をかけてしまった。後日、私が代表で謝ってくるよ」
そういって、頭を垂れる。
「いいえ。ナズちゃんが気に掛けることは全然ないのですよ」
その言葉に。
本来なら安堵を浮かべるはずだが、今日だけは違った。
その言葉。
その口調。
いつもの聖とは、決定的に違った。
「ひ、聖?」
私は冷や汗を流して頭を上げる。
「誰かが、相手にどんな感情を向けるのかは、その人の自由です。それは誰にも咎めることはできません。でも・・・」
こちらへと視線を向ける聖。
その目は。
いつもの慈愛に満ちた目とは違っていた。
「やっぱし、私もどう足掻いても『人間』の心を持っているのです。『人間』の感情を持っているのです。それを抑えるのは、やはり苦行なのです」
聖の視線の先。
いつもと違う聖の鋭い視線は、確実に響子を捉えていた。
ま、待ってくれ。
意味が分からない。
なんで響子にそんな視線を向けるんだい?
そんなの、いつもの聖じゃない。
やめてくれ。
「ひ、聖!君が何を思っているかは分からない。でも、響子は・・・!」
私が必死に弁解する。
その時。
「そう。そうなのね。貴方は響子の味方をするのね」
木の陰から出てきたのは一輪。
「ナズ、なず、なずぅ・・・!」
船長。
「許しません、絶対に許すことはできません!」
ご、ご主人様。
「もう逃がさないよぉ」
げ、ぬえ。
気付いたら、寺のメンバー全員に囲まれていた。
「大丈夫ですよ。ほんのちょっと『説法』を聞かせるだけですから。さぁ、こちらへ響子ちゃんを・・・」
手を差し伸べながら歩み寄ってくる聖。
それと同時にジリジリと距離を詰めよってくる寺のメンバー。
そこで。
ようやく私はカチンときた。
きっかけは私かもしれない。
原因は私かもしれない。
悪いのは私かもしれない。
だけど。
今のみんなはおかしい。
理不尽だ。
例え、私が原因の発端だとしても、これは理不尽だ。
徐々に怒りが込み上げてくる。
怒りというよりも、ストレス。
朝から散々悩んで、寺のみんなから訳の分からんいちゃもんをつけられ、響子までが狙われ。
色んなものが溜まっていたのだろう。
もう、我慢の限界だ。
「いざ、南無三!」
その聖に叫びと共に、一斉に飛びかかってくる寺のメンバー。
それが引き金となった。
押し上げてくる怒りの本流。
溜めていた我慢の限界。
そのすべてが、火山が噴火するように一気に爆発した。
「ふ・ざ・け・る・なぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
理性を失い、怒りのままに絶叫する。
巨大化するペンデュラム。
眩く輝くロッド。
ふえるわかめちゃんを食って巨大化する、私の頭の上でずっとグースカ寝ていたなずりん。
森の茂みから一斉に飛びかかってくる他のなずりんたち。
その全てが荒れ狂う中で。
「いい加減にしやがれや貴様らぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」
賢将とかそんなことを忘れて、私は怒りのままに暴れまくった。
◆ ◆ ◆
ここから先は、ナズーリン(と、なずりん)による一方的な残虐ファイトが繰り広げられます。
とても見せられない凄惨な場面なので、カットさせていただきます。
申し訳ありませんが、脳内イメージで完結してください。
『城島怒りのテーマ』でも聴きながらだと臨場感が増すと思われます。
◆ ◆ ◆
そうして。
寺のメンバーを徹底的にボコって、全てが終わった。
その後、冷静になった皆に対して、一から説明した。
恋文を貰ったというところで何故か切れそうになった皆を、『断る』という意向を伝えて落ち着かすことに成功した。
そして、私はその青年の元へと向かった。
ちゃんと、断りの意向を伝えた。
元々、相容れない存在だと。
私には、人間に対する恋愛感情を持っていないことも。
それで終わり。
これで丸く収まると思った。
なのに。
その青年は、「絶対諦めません」なんて言いやがって、こっちの意向も無視して延長戦に持ってきやがった。
それを建物の陰で聞いていた寺のメンバー(響子を除く)が、その青年をボコボコにした所為で、結局丸く収まらなかった。
◇ ◇ ◇
余談。
人里内で徹底的に暴れまわったことに関しては、後日慧音先生から厳しい説教が言い渡された。
すみませんでした・・・。
さらに余談。
例の恋文だが。
なんか持っていると不幸になりそうで怖かったので、最近寺の裏の墓地に現れた妖怪に食べてもらった。
こうして、私の初めての恋愛体験は、(ある意味)苦い経験として終わったのであった。
でも文章が幼すぎるな、三点リーダくらい使おうず
次も頑張ってね