Coolier - 新生・東方創想話

月まで届け、笹の煙

2011/07/08 03:18:55
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パチパチ

燃えていた
破裂音と共に竹が燃えていた

「すまんな、妹紅、手伝ってもらって」
「ん、いいよ」

慧音と妹紅はその様子をただじっと見ていた

願い事の書かれた短冊は燃えて
願い事は煙となる
煙となった願いは天へと昇る
昇って行く

ぱちぱちと

それは毎年、七夕の翌日
7月8日の恒例行事だった。



○ ○ ○



「慧音、また七夕の準備か?」
慧音が竹林に来て竹を切り出しているのを妹紅が見つけたのはその一週間前の事になる
「ああ、寺小屋の前に置くんだ、しっかりした物を取らないとな」

毎年、七夕の前には竹が立てかけられ、里の人々は願い事を掲げた短冊を竹に吊るす。
それは慧音が里に来る前からの慣習だった。

だが、慧音が里の寺小屋に村一番の大きさの竹を掲げるようになってから子供だけではなく大人まで願い事を飾るようになっていた。
それ以来慧音の竹伐りは慧音の欠かせない仕事となった。

「毎年毎年ごくろーさん」
「そんなやる気のないことを言われんでも毎年親御さんや大人達から礼を言われるよ」
「じゃあ必要ないとでも?」
「とんでもない、礼の言葉は幾らでも歓迎だ。」
「礼の品と言わないあたり流石は慧音だ、無欲だね。」

慧音はそう聞くと屈託のない笑い声をあげた後さも困ったかの様肩を竦めた。

「無欲すぎて明日の生活にも困るありさまだよ、ああ困った。」
「掘りたての筍をご馳走するよ。」
「流石は妹紅だ、話が分かる。」
「無欲なんじゃなかったっけ。」
「なんたって妹紅だからな、友と里の人々とは違うよ。」
「嬉しいんだか嬉しくないんだかわからない台詞をありがとう。」
「ありがたく受け取っておけ。先生のありがたい言葉だ。」
「慧音が言うとなんとなくありがたみが薄れるような。」

慧音が竹をよいしょっという掛け声と共に持ち上げると妹紅は竹の先端を持つ場所に移動し竹を支えて手伝った。

「お、すまんな。」
「良いって、こうするともうすぐ七夕、そんな感じがするよ。」
「うちに来るとそうめんが出るぞ。」
「いいや、祭の方にするよ。」

里では毎年七夕になると七夕祭りが開かれる。
暑さを乗り切るという意気込みと、しばらくぶりの祭りを楽しみにしている里の人々が浮き立つ夜が来る。
慧音も妹紅も誰もかれも関係なく七夕を祝い、酒を飲み、織姫と彦星に思いを馳せる夜が来る。


しばらく坂道を下った後、妹紅は竹を持ち上げながら困ったようなため息をあげた。

「しっかし、あの時慧音が竹を切り出しているって気付かなかったらなー、食事奢る羽目にならなかったのかな。」
「ああ、数年前の話じゃないかそれ。」
「数年って短さだったっけ。」
「まあいいじゃないか、妹紅は祭の花形に関わる仕事ができ、私は腹を満たせる。相互幸福、いいこと尽くめだ。」
「なんだかなあ。」

笑う慧音の後ろで妹紅はしきりに首をひねらせていた。



○ ○ 



妹紅が竹林を散歩中、竹を鋸で切っている慧音を始めて見つけたのは更にその数十年前にさかのぼる。

「おっす慧音、何やってるの。」
「妹紅か。いや何、七夕用の竹を切っているんだ。」
「竹って、どの竹?」
「寺小屋の前のあの竹。」

妹紅はふと考えた後、それが里で最も大きな竹であることを思い出す。

「ああ、あの竹、慧音が切りだしたのか。」
「ん?気付かなかったのか?」
「ずっと力自慢の男が切ってると思っていた」
「じゃあ私が男で力自慢とでも?」
「え?慧音は男じゃないのか?」
「冗談はよせ妹紅。」
「へーへー、すみません。でも慧音凄いね、あの竹って大の男数人がかりで運んでやっと運んで行ける大きさだからいつも誰が運んでいるのか不思議だったんだよ。」

慧音がよいしょ、と掛け声をかけると竹は豪快に倒れていった。

「慧音がいつもそれを運んでいるのか?」
「ん、そうだぞ」

慧音は大きな竹をひょいっと持ち上げ、肩に抱えて運び出した。
妹紅の方を向いて慧音はにやっと笑う。

「どうだ、凄いだろう。」
「…今後慧音には逆らわないようにするよ。しっかし七夕かー、七夕祭り楽しみだなー。」
「お、妹紅も七夕を楽しめるようになったか、前までは七夕、って聞くと人が射殺せそうな目をしていた妹紅が遠い昔のようだな。」
「何年前の話をぶり返すんだよ。」
「さあ、何年だったか何十年だったか…。」

慧音も妹紅も思案する。
はて、あれは何年前だったかな、と。







妹紅がその風習を知ったのは妹紅が慧音に連れられて初めて人里に来た時だった
偶然その時は七夕の三日前で人々は祭の準備に慌ただしく働いている所だった。

「ん、あれは竹?」
「そうだ、来週は七夕なんだ。」
「七夕?なんだい、そりゃ。」
「七夕と言うのは、願い事を書いた短冊を竹に吊るす行事だ。天上の織姫と彦星に届くようにな。」
「…なんだ、星祭りか。」
「星祭り?」
「私がまだ外に居た時父上がやってた、竹竿に糸をかけて願いを星に祈ると叶えられるって習わしに従い梶の葉に歌を書き付けて天に向かって手向けるんだ。」
「ははあ、確かそんな風習が平安時代にあったな。」

慧音は確か七夕の原型である星祭りと言う行事が行われていたのは平安時代であることを思い出した。

「ん?と言う事は、そうか、七夕を日本で最初に経験したのは妹紅達なんだな?」
「…そういう事になるな。」
ぼそっと妹紅は不機嫌そうに呟いた。
「ははは!そうか、妹紅、星祭りはどんな感じだった。」

慧音はさも面白いと言った風に妹紅に話しかける。

「最初は、家族で祝っていたよ。父上は出世、母上は家内安全、そんな事を願っていたよ。でもさ…」

妹紅はそこで言葉を区切り、意を決したように切り出した。
「あいつが来てからさ、父上はあいつの事ばっかり考えるようになった」
そこに来て慧音はしまったという顔をした。
「あいつが来てから滅茶苦茶さ…。」
ぎりり、と音が聞こえる程歯ぎしりをする。
「畜生…」
妹紅は立ち止まって震えだした。
慧音は黙ってそんな妹紅を見ている事しかできなかった。

しばらくそんな妹紅を見ていた慧音は語りかけるように言った。
「妹紅、酒を飲もう、私が悪かった。」
そして慧音は妹紅をそっと慧音の家へ誘導していった。

それが、妹紅が七夕を知った日だった。



○ ○



「しかし、お前も成長したな。」
竹を持ち運びながらしみじみと慧音は語る。
「ん?何が?蓬莱人は成長しないよ?」
「…やはり見間違いか。」
慧音が言ったのは妹紅の内面の話だったが妹紅は分かっていない様だった。
成長しているんだかしていないんだか分からないなと慧音は苦笑する。

ふうーっとため息を吐く慧音の後ろで妹紅はぼーっとしていたが。ふと
「空が青いなぁ」
と呟いた。
「空が青いな、うん。」
「どうした妹紅」
「いや、あの日も今日も空の青さは変わらないなって思ったんだよ」

あの日、と言うのは何時の日か。
妹紅が幼かったあの日か。
蓬莱人になったあの日か。
幻想郷にやって来たあの日か。
七夕を知ったあの日か。

ともかく空は蒼い、何時だって快晴の空の蒼さは同じだった。
何処までも続く、終わりのない蒼。
そんな蒼の下を、竹を担ぎながら二人は歩いていた。

「あ、そうだ慧音。」
「なんだ妹紅。」
「これ終わったらさ、慧音の家で筍を料理して、食事して、食べ終わったらさ。」
そして妹紅は何でもないように
「輝夜を殺しに行くよ」
唐突に殺人予告をした。

妹紅に何がそう言わせたのかは分からない。
それは空の蒼さの所為だったかもしれない。
それともただ単に殺し合いがしたくなっただけかもしれない。

「ん、そうか。」
「飯食い終わったらだけどね。」

傍から見れば物騒な会話を交わしながら、二人は坂道を下って行った。



○ ○ ○ ○



いよいよ祭りの日がやって来た。

人々が浮かれ、騒ぐ夜がやって来た。
出店に子供が群がり、酒に酔い知れる
慧音と妹紅は喧騒の中、竹に吊るされた願い事を見ていた。

「何々…『わが生涯に一辺の悔いなし』?何だこれは。」
「あはは!こっちのなんて『さぼらない部下が欲しい』と『さぼっても怒らない上司が欲しい』だよ。」
「笑えない願い事だな。」

竹に吊るされた願いは見ていて飽きなかった
『家内安全』
『飯が欲しい』
『妖怪に襲われないように』
『強くなりたい』
『求聞史記の完成』
『あたいったらさいきょーね!』
『河童の技術は世界一ィ!』
『商売繁盛』
『慧音先生の下着が…見たいです…』
『夏と言ったら秋だ!』

短冊一枚一枚に願いがある。
生きている者の数だけ願いがある
生きているから願う、より良い生の為に。
だとしたならば。

「願い事なんてさ、叶えてもらうもんじゃ無いんだよ。」
妹紅はどうなのだろう
生きても死んでも無い妹紅は何を願うのだろう。

「そう言わずに。ほら、お前も書いてみたらどうだ」
「えー」
「折角の祭り、折角の七夕だ。楽しまなければ勿体ないだろうが。」
「分かったよ」

妹紅は頷くとあーだのうーだの唸りながら願い事を考え始めた。

「いきなり言われると思いつかないもんだな、これ。」
確かにそうだろう、妹紅は今まで願い事なぞ考えなかったに違いない。
だが、そうして悩んだ末に出た答えに意味はある。

「よしっ、できた。」

妹紅は短冊を慧音に見せた

『慧音が私に筍料理をねだらなくなりますように』

そこには確かに、そう書かれていた

「…ぷっ、くはは!」
「何だよ慧音、急に吹き出して。」
「いや何、随分とちっちゃな悩みだなと思ってな。」
「こっちにとってはちっちゃくないんだよ。」
「だが無理な相談だな、妹紅の筍料理は上手いから食べに行くよ。」
「…やっぱり七夕の願い事なんて叶わないよ」

妹紅はちゃんと生きていた
下らない願いでもいい、確かにお願いを持っていた。

その事が慧音は何故か無性に嬉しかった。



○ ○ ○ ○ ○



「そういえば、そんなこともあったな。」


シュウシュウ パチパチ

音を立てて燃える竹を見ながら慧音は昔を思い出していた。

「ん?慧音、何かあった?」
「あ、いや、何でもない。」

その後は二人で燃える竹を見ていた。

シュウシュウ パチパチ



「なーに湿気た顔して竹なんか見てるのよ。」
暫くすると輝夜が二人を見に来た。
「何で見に来たんだよ」
「いやね、因幡がね、『赤白の御目出度い蓬莱人と頭に弁当箱乗っけた先生が燃えている竹を見てた』って言ってたから見に来たら本当にただ見てるだけなんだもん。」
「…あの詐欺兎だな」
もしそんなことを言っている兎が居たら十中八九因幡てゐだろう。今度会ったらただじゃおかない、慧音と妹紅は心の中で一致団結した。

「…しかし変わったもんだな。」
そう、変わった、妹紅も 輝夜も。

「そんな事だからにぶちん妹紅とか言われるのよ。」
「なんだとぉ~っ、このニート!」
「むぐぐ、モンペ!」
「ニート!」
「モンペ!」
「むぐぐぐぐ」
「うぐぐぐぐ」
「こら、二人とも。喧嘩はよさんか。」
「あてっ」
「いてっ」

二人の頭を叩きながら慧音はその事をしみじみと感じていた。


○ ○ ○ ○ ○ ○



その後しばらく慧音は竹を見ていた

「祭でさ、慧音が酔っぱらってさ。」
「えっ、なにそれなにそれ。」
「教えてあげない。」
「むぐー。妹紅のくせに生意気な。」


煙は高く、高く。まるで織姫と彦星に願いを届けに行くかのように昇って行く。
願いを乗せて、想いを乗せて昇って行く。



「まったく、願い事を書けば願いが叶うなんてその発想、楽観的にも程があるわね。」
「まあね、でもそれがいいんだよ、きっと。楽観的な行事が七夕なのさ。」
蓬莱人達の楽しげな会話が慧音の耳に聞こえてくる。



でもな、妹紅
七夕の願い事と言うのも案外効き目があるかもしれんぞ?



そう考える慧音の前で
「妹紅が成長しますように」と書かれた短冊は、パチパチと煙になっていった。
「しかし旨いわねこの焼き芋」

「むぐむぐ」
芒野探険隊
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コメント



0.470簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
うん
7.80奇声を発する程度の能力削除
最後w
しんみした雰囲気が良かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
七夕当日じゃなく、翌日が舞台なのが渋い。
お祭りの後の静かさというか雰囲気が、そして日常に帰って行く感じが良い。

素敵な作品でした。