私は、今日も湖を見ている。どうしてなのかは、私にも分からない。
引き寄せられるとしか形容のしようがない、不可思議な情念に突き動かされている。
湖面に乱反射する太陽光は、とても眩しく、私は目を細めて湖を眺め続ける。
陽がその位置を変える度に、湖面の色は様々に変化していく。
自然の作り出した芸術としか、言いようがない。
湖を囲む森の木々の緑に映え、さながら額縁の中の油絵の如き様相を想起させる。
美しいから、湖畔に座り湖を見続けるのか。それは、違うのではないだろうか。
だが、漫然と、漠然とした感情しか、浮かび上がってこない。
果たして、私は一体何の為に湖を眺め行くのか。
その様は、私には到底答えることの出来ない難問に挑み続けるかの如く。
決して答えが出ることはないのだろう。そう、確信する。
いくら考えても答えは出ることがない。ならば、ただ眺め続けよう。
それが、私の至った結論だった。
遙か向こうより、喧騒が聞える。きっと、大妖精達の声だろう。
彼女達は、くるり、またくるりと湖畔を周り、その内私に気付くだろう。
気付いたら、こちらに声をかけてくる筈だ。それで、私は湖を眺めるのを止めにしよう。
意味のない行為よりも、友人と過ごす時間の方が、大事に決まっているのだから。
だが、彼女達はこちらに気付かない。
もしかすると、気付こうともしていないのではないか。
くるりくるり。あちらこちら。
ふわりと舞う彼女達の姿は、こことは分け隔てられた世界の様にも思える。
一言、声をかければ良いのだ。だが、どうしてなのだろうか。声を、かけられない。
湖が、私を掴んで離そうとしないのだ。動こうにも、身体が動かせない。
私の目は、湖面から逸らすことが出来ない。
私の口は、ただぱくぱくと、空気を求む魚の様に動くだけ。
私の腕は、地面に接着された様に張り付く。
私の足もまた、張り付いている。
どうしてなのか、これは、一体どういうことなのだろうか。
答えの出ない難問を解くまで、私はこの場所から動くことは出来ないのか。
そして、誰も私を見つけてはくれないのか。
誰にも私は気付かれないのか。
耐え難い苦痛が私を苛む。だが、私の心はただ湖にのみ引き寄せられている。
苦痛すら、上書されてしまうかの如く。
一体、私に何が起きているのだろうか。
終わらない顛末とも呼べる、奇妙な矛盾が起きているのか。
嗚呼、誰か、誰か私を見つけて。
ただ、それだけを願いつつ、時が流れ行く。
夕暮れ時、私はまだ眺め続けていた。
いくら変わり行く色だとしても、眺め続ければ飽きは来る。
だが、私の心は何かを求めている様だった。
奇妙だ、とても。客観的に私自身を見ると、とても奇妙なのだ。
美術館にて、一日中同じ絵を眺め続けている人の様に。
誰か気付いてはくれないのだろうか。そして、私を助けてはくれないのか。
「チルノちゃん?」
唐突に、後ろから声をかけられる。瞬間、私の身体は自由を取り戻す。
腕も、足も、何もかもが私の思うが侭に動く。
だが、まだ、湖に心が囚われ続けている。
「あ、大ちゃん」
「チルノちゃん、だいじょうぶ? ここ最近、私達と遊んでくれないし……」
「ごめんね、大ちゃん。 あたい、ちょっと調べたいことがあるんだ」
「そうなんだ、じゃあ、それが終わったら、また遊ぼうね!」
そう言って、大妖精は姿を消す。だが、それは問題ではない。
どうして、心にも思っていないことを口に出したのか。
調べたいことなんて有る筈がない。
これも、湖の魔力なのだろうか。恐ろしい、本当に恐ろしいことだ。
私の心は、またぞろ湖へと向かう。
月が昇る。辺りはもう既に暗闇で包まれている。
浮かぶ光は蛍だろうか。
湖面にて、乱反射するのは淡くて朧な光。そして、月光。
星と月と蛍の光以外は何も見えない。
私自身、闇に飲み込まれてしまったかの如く。
もう、私は私自身を見つけ出せない。
深く、暗き闇の中に、溺れ、そして息が出来なくなる。
私が、私でなくなるのだろうか。
ふと、湖を眺める。
蛍の踊りが湖面に映る月光の舞台上で繰り広げられている。
嗚呼、美しい。
これが、自然の作り出す芸術なのだろうか。
目を瞠り、その情景に目は奪われる。
ふと、私の視点は急に上昇する。
何故だろうか、気付かぬ内に私は立ち上がっていた。
意思とは裏腹に。
私は、一体何をしているのだろうか。
足が、動く。
一歩ずつ。
ゆらり。
動く。
身体は、ただ湖面に引き寄せられる。
湖面に映る、月光の舞台へと誘われる。
嗚呼、抗う術はない。
止まれと念ぜど、ゆらめきは止まらない。
一歩、一歩。
また一歩。
嗚呼。
引き返せない。
止まらない。
私は、もう私ではない。
思い返せば長い様で短い生涯だった。
毎日が楽しい日々だった。
これからも、続くと思っていた。
続けたいと思っていた。
ならば、何故私の足は湖へと進み行くのか。
私には、皆目検討がつかない。
ざぶり。
遂に、足は踏み入れる。
私は、過去を回想することしか出来ない。
ざぶり。
一歩進むごとに、頭の中に映像が雪崩れ込む。
この映像は、私が経験してきたことなのだろうか。
それとも、これから経験することなのだろうか。
ざぶり。
更に映像が浮かび上がる。
楽しい日々の映像が。
ざぶり。
ざぶり。
ざぶり。ざぶり。
私は、ただ冷たいと思った。
ただ、それだけ。
既に、私の首にまで水が来ている。
湖の冷たさが心地良い反面、得体の知れない恐怖が私の心を襲う。
もう、引き返すことは出来やしない。
湖に、私の心は囚われているのだから。
誰も、通りすがらない。
独り、独りきりで消えていくのだろう。
悲しいと思った。
辛いと思った。
怖いと思った。
けれど、そう考えているうちに。
私の身体全体が、湖の中へと消えていた。
私は、考える事をやめた。
嗚呼、綺麗だ。
湖の外から見ていた景色も綺麗だった。
けれど、湖の中から見た景色もまた綺麗だった。
いや、綺麗というよりは幻想的だった。
ゆらりと湖面が波立ち、泡沫も浮かぶ。
蛍は酔った様に奇妙に動き、丸い月は原型を止めない。
この世のものではない風景が、そこには広がっていた。
それは、当たり前のことだったのかもしれない。
だって、もうここは、この世ではないのだから。
そこで、わたしのいしきはとぎれた。
一体、私は何をしていたのだろうか。
暗い世界の中、一人きりで膝を抱えて考える。
答えなんてなかったのだ。
そう考える。
嗚呼、でも、もうどうでも良い。
全てとは切り離された世界に、独りきりでいるのだから。
もう、戻ることのない世界に想いを馳せても仕方がない。
もう、私は。
チルノが入水自殺したってこと?
自然に還ったってこと?
なんか嫌だな
その中で物語に組み込んでいたら、とても楽しめた気がします。
チルノっぽさが少なかったと感じました、残念。
それだけに色々と目に付くところが残念だね
明るくてお馬鹿なチルノが、作中にあるくらい思いつめるまでの変化の過程を丁寧に描いてくれればなぁー