Coolier - 新生・東方創想話

桃々夢

2011/07/08 01:04:28
最終更新
サイズ
22.79KB
ページ数
1
閲覧数
1807
評価数
8/27
POINT
1490
Rate
10.82

分類タグ


白玉楼の道場で私、魂魄妖夢は稽古相手と向き合っている。7メートル程離れたところに立っている彼女は右手に持った木刀の切っ先を垂らし、まるで構えらしい構えはとってない。
対する私は両手で木刀を握り、相手に左肩を向け半身で構えている。この方を相手に二刀流など考えられない。最初に立ち会ったとき尋常ない膂力で刀を敢えなく叩き落されてから、片手で握る愚を思い知った。

「その構えってことは、私から打ち込んでいいわけ?」
「…そう受け取っていただいて構いません」

この構えはもともと急所を相手から隠して防御重視。先に打ち込んでもらわないと意味がない。

「いい覚悟じゃない。その意気やよしっ!」

一気に距離を詰めての初太刀は大上段からの振り下ろし。まともに受けるのは絶対無理!左に大きく跳んで着地と同時に踏み込…めないっ!振り下ろしから繋げた低空の横薙ぎが飛んできたのを間一髪で後ろに跳ねて躱したけど、私もバランスを崩してしまった。でも相手も大振りの後で隙ができてる。ここが勝負!脚をバネみたいにして跳び上がり、中空から全体重をかけて打ち下ろす!その体勢じゃ防御がせいぜい…え!?

『ベキィ!』

木刀同士がぶつかり合う音がして私の体は打ち込んだのと逆のベクトルに弾き飛ばされる。衝撃が手首から背中へ伝わって脳天へと抜けていく。

「おっと」

このままでは受け身が取れず床に叩きつけられるというところで私は受けとめられたようだ。その瞬間に私が感じたのは、かすかに匂う桃の香り。




「いたた…また今回も駄目でしたか…」
「二の太刀を躱したまでは良かったんだけどね。まあ刀を手放さなかったのは褒めてあげるわよ」
「う、何だか次元が低い気がします。そういえば、最後のあれは一体…?」
「ん?」
「いや、私はあのとき打ち返されるなんて思ってもみなかったものですから、あれはどんな技をお使いになったのかと思いまして」
「あれはただ思いっきり振り上げただけよ」
「それであの威力…ですか。腰の入らない体勢ですから腕力だけですよね。うーん、私にはとても真似できないです。ところで…」
「ん、何かしら?」
「そろそろ下ろしてもらっていいでしょうか?」
「ああ、はいどうぞ」
「どうも失礼しました。それではもう一本お願いします!」




私が彼女ー比那名居天子さんに稽古をつけていただくようになったのは、かれこれ1ヶ月程前から。天子さんが紫様とご一緒に幽々子様をお訪ねになられたときにその場のノリで話が進んでいき、日がな退屈を持て余しているという天子さんの二つ返事で決まった。ちなみに私の意思は一度も確認されないまま。別にいいけど。
それから2日おき程度に天子さんに来ていただいているが、まだ一本も取ったことがない。それどころか本気を出してもらってさえない始末。この人思った以上に強すぎる。
というわけで、半人前とはいえ剣に覚えが無いわけではなかった私の自信はこの短期間でボロボロに打ち砕かれたのだった。




「ん、この団子いけるわね」
「ああ、餡子に桃を練りこんでみたんですよ。せっかくいただいたから使ってみようと思いまして」
「あの桃ってそのまま食べたらかなり水っぽくてアレだけど、これなら気にならないわね」
「せっかくお褒めくださって嬉しいのですけど、自分で持ってこられたのに水っぽくてアレとか言うのはどうかと」
「んー、でも事実だし、天界の食糧事情を考えるとこうなるのは必然なのよ」



稽古の後は3人でこうやってお茶の時間を過ごすのが習慣になった。ちなみに幽々子様はと言えば、ひたすら黙々とお団子を口の中に放り込んでいらっしゃる。どうやら幽々子様もお気に召してくださったらしい。
普段の天子さんを見ていて気付いたことがいくつかある。まず以前から持っていた印象とは違いとても礼儀作法がしっかりしていて、立ち居振舞いや食事のマナーが完璧だ。きっと実は御良家の育ちに違いない。次に何でも美味しく食べてくれる。こうしてお出しするお茶菓子や遅くなったときにご一緒する夕食も、今の所は全部美味しいと言ってくださっている。天界には桃しか食べ物が無いから何でも美味しく感じるとは本人の弁だけど、作る側としては悪い気はしない。そして最後に、まあ何と言うか…綺麗だ。肌は透き通るみたいに白いし睫毛もすごく長くて端整な顔立ちだし手足がスラッと長くてスタイルもいいし少しウエーブのかかった青くて長い髪は揺れ動く度にキラキラ光がこぼれるみたいだし。私は戦闘に不向きだからって短めにしてるけど、天子さんを見てるとあまり関係ないみたいだから伸ばしてみようかな、なんて思ってしまう。とにかく黙ってお淑やかにさえしてくれれば、浮世離れした美しさだ。まあ天人様なのだからもともと浮世にはいないのだけど。
にしても私、天子さんにあらゆる点で負けてる気がする。勝ってるところでパッと思いつくのは…料理の腕ぐらい?うーん、微妙。ここは思い切って聞いてみることに。

「天子さん、私が天子さんより優れてるのはどういった点でしょうか?」
「そうね、まずは瞬発力かしら。さっきの一本目の、二の太刀を躱したあとの動きみたいにね。瞬間の速度なら天狗にだって引けを取らないわ。後はまあ、根性かしらね」
「根性、ですか」
「そう、あれだけやられてもメゲずに向かってくるところとかね。私ならとっくに飽きて諦めてるわよ」

あまり褒められた気にならないのは気のせいだろうか。剣以外のことも知りたかったけどまあいいか。せっかくだからこれも聞いてみよう。

「ところで天子さんはどうやって剣の修行をなさったのですか?」
「別に修行らしい修行はしてないわ。最初は片っ端からそこらの天人に喧嘩売って、後は死神との実戦で。死神に負けると死ぬから、まあ必死だったわ」
「なるほど、天子さんの剣は実戦で鍛えられたものなのですね。でもそれにしては振りや構えが綺麗です。だから私はてっきりどなたか師がいらっしゃると思ってました」
「まあ何百年での話だからねぇ。それだけやってれば自然と理にかなったものになるでしょ」

え?何百年?

「ちょっと待ってください。天子さんっておいくつなんですか?」
「何なのよいきなり」
「いや今何百年ってお聞きしたので」
「変なとこに食いつくわね。まあ分かりやすく言うと、この間幽々子と話してたら生まれた年が近いってのがわかってビックリしたわ」

そうだったのか…だいたい幻想郷の方々というのは見た目で実力や年齢がわからないのが常だけど、この方は特にそうだと思う。見た目と中身のギャップがもう、いろいろな意味で大きすぎる。



その後も剣術談議や他愛のない話をしたりして、そろそろ日が落ちるという頃に天子さんはお帰りになった。私は今幽々子様と二人で食卓を囲んでいる。それにしても幽々子様のお食事は…失礼ながら『餌』感覚だと思ってしまう。同じように美味しいと言われても、天子さんから言われた方が嬉しいと最近気が付いた。



「ねえ妖夢、稽古の成果は上がってるの?」

夕食後の熱いお茶をテーブルに置くと、幽々子様から質問された。

「そうですね…正直、自分の未熟さを思い知っているところです。世の中上には上があるということを改めて気づかされました」
「それは妖夢にとってすごくいい経験ね。今まで明らかな格上と稽古するなんてなかったものね」
「はい。それに天子さんの剣は私と正反対の実戦で培われたものなので、足りない部分を埋められると思います」
「それならあのとき天子に提案してよかったわ。彼女自身もここに来るようになって楽しそうだもの。でもね、妖夢」

幽々子様がいつになく真剣な表情になり、私は若干の緊張を感じる。

「最近妖夢が天子のことばっかり構うから、私は寂しいわあ」

かと思ったら突然袖口で涙を拭う真似をして、突拍子もないことを言われたのでビックリしてしまう。

「え、あ、そうでしたっけ?」
「さっきだって私もいるのに天子とばっかり話して。仕方ないからお団子食べるしかなかったのよ」
「いや、それはいつものことじゃないですか。と言うか今まで剣の話ができる方なんてろくにいなかったのでつい…」
「いいのよ妖夢。親心として寂しくはあるけど、私は妖夢の恋路を見守ってあげるから」
「な、何てことをおっしゃるんですか!確かに天子さんは私よりずっと強いし綺麗だし確かに我儘で自分勝手ですけど…とにかくそんな風になんて思ってないですからね」

そう、天子さんはあくまでも稽古相手なのだ。恋愛対象として考えるなんて失礼に違いない。
湯呑みを手に取り一気にお茶を啜る。

「熱っっっっつっ!!」
「あらあら、気をつけないと駄目よー」

うー、口の中と喉がヒリヒリする。どうやら動揺してたらしい。しっかりしろ、私。





翌日、朝食の後片づけを終えた私が庭の手入れをしていると、天子さんがやって来た。2日続けていらっしゃるのは初めてのことだ。

「おはようございます天子さん」
「おはよう、妖夢。今日は別に稽古に来たわけじゃないのよ。幽々子はいるかしら?」
「ああ、幽々子様なら居間におられると思いますのでお通しいたしますね」
「ええ、よろしく頼むわ」

天子さんと並んで廊下を歩く。昨日の幽々子様とのやりとりを思い出してなんだか妙に意識してしまう。チラッと横顔を見てみると、やっぱり綺麗だなと思った。そのとき微かに桃の香りがしたから思わず大きく鼻で息を吸ってしまった。気付かれてなければいいけど。

「ねえ幽々子、今日一日妖夢を貸してほしいんだけど」

居間に着いて幽々子様を見るなり開口一番天子さんが言った言葉に、私の目は丸くなる。

「あら、今日は稽古じゃないのね?」
「そうそう、ちょっと天界まで連れていくわよ」
「ですって。よかったわね妖夢。気をつけて行ってらっしゃい」
「天界…ですか。はあ、どうせ私の意思は関係ないですよね」
「ありがと幽々子。じゃあ早速行くわよ」





そういうわけで私は今天界に向かっている。天界には以前2度ほど訪れたことがある。どちらも天子さんと立ち合って、最初は私が勝ったけど今にして思えばあれはすごく手加減されていたのがわかる。次はコテンパンにされたけど、やっぱり手加減されてた。何せ私も含めて8人続けて倒したのだからすごい。全員実力者揃いだったのに。実際稽古をつけてもらっていても、まだまだ強さの底が見えないなぁ。私もこんなに強くなれるだろうか。
その天子さんは私のすぐ前を飛んでいる。風に揺れる髪が、太陽の光を反射してキラキラ輝いている。青空にそのまま溶け込んでしまいそうだ。そう言えば朝会ったとき以来、天子さんから目が離せない。

「ほら、着いたわよ」

どうやら到着したようだ。とはいえ、前回来たときよりも早く着いた気がする。

「ここは天界の一番上じゃないんですね?」
「そうよ。今日はこっちに用事があるの。あっちに街があるから行くわよ」
「へえ、天界にも街なんてあるのですね」
「当たり前じゃない。でないと服や楽器が揃わないわ」

それもそうか。でも真っ先に服と楽器と来るあたりがいかにも天界らしい。天子さんと話をしながら花畑と川に挟まれた小道を歩く。足元を見ると地面はずーっと大きな一枚の岩のように見えた。それなのに花は美しく咲いている。砂どころか埃一粒すらないのは、ここが本当に清らかな場所だと感じさせる。そういえばとっても空気が綺麗だ。息を大きく吸い込んでみる。あ、またあの桃の香り。急に照れ臭くなって下を向いた。

「ほら、着いたわよ」

天子さんに言われて頭を上げると、何時の間にか街の入口に立っていた。意外と人通りが多く、建物は全部白くててっぺんが尖った構造をしている。紛れもなく異郷に来たと感じる。そんなに遠くはなかったけど。
天子さんの少し後ろから着いていく。何となく周りの人から避けられている気がする?

「天子さん、なんか私達変に注目浴びてないですか?」
「ああそれはね、私が昔ここら辺の天人をぶっ飛ばしてまわってたからよ」
「ああ、昨日お聞きした件ですね」
「そ。もう随分昔の話なんだけどねぇ」
「よかった。てっきり私が原因かと思いました」
「妖夢は半分死んでるようなものだから大丈夫」
「ああ、なるほど」

天子さんが喧嘩してる様子、見てみたかったなあ。

「この通りの建物は、全部お店なのですか?」
「ええそうよ。服屋と酒屋と釣具屋と楽器屋と家具屋と茶屋と遊郭。全部そのうちのどれかよ」

最後が気になるがここは置いておこう。

「それにしては建物が多いですが、同じ種類のお店が何軒もあるのですか?」
「そうそう。まあそれぞれ住む場所ごとに使う店が違うってわけなのよ。天界はほら、階級社会だから」
「へえ、でもちゃんとしたお店があるなんて意外でした。そういえば天界の方はどうやってお金を得ているのですか?」
「お金は要らないの。欲しいものがあったら持っていくだけよ」
「え、どういうことですか?」
「天界で店を出して他人の役に立つことは即ち徳を積むということだからね。そうやってより高い場所に行くことができるのよ。持っていく方だって、天人は欲が少なくて必要な分だけしか要らないからちょうどいいのね。そうやってここは成り立っているわ」
「なるほど。そういえば天子さん」
「何かしら?」
「私をここに連れて来たわけを教えてくださいませんか?」
「あは、内緒。ちょうど最初の目的地に着いたから教えてあげない」

嬉しそうに笑いながら天子さんは一件の店に入っていった。私も後を追って大きな白い扉を開ける。中に入ると、どうやらそこは服屋のようだ。広々とした店内には羽衣…?のような服が何着か飾ってある。天子さんがカウンター越しに女性の店員に声をかけると、店員は足元から何かの袋を取って天子さんに渡した。

「じゃあ妖夢、これに着替えて」
「へ、私…ですか?」
「当たり前よ。そのために連れてきたんだもの。ほら早く早く」

天子さんから渡された袋を開けて、中の服を両手で広げてみる。これは…青いワンピースだ。胸元が開いているデザインで、レースで縁取ってある。スカートの裾にもレースがいっぱいだけど、なんだか丈が短いような。でも可愛い服だ。そしてこの青は…天子さんのスカートと一緒。
ついたての向こうで着替える。って、この服肩も出るし膝も出てる。なんかこの格好で人前に出るのは恥ずかしい。

「ほらほら、着替えたなら早く出てきなさいよ」

私がなかなか出られずにいると天子さんから催促されてしまった。まあ、いつまでもこうしてるわけにもいかないか。

「すみません、お待たせしました」

私の姿を見ると、天子さんはすごく嬉しそうな顔をしていた。つい苦笑いしながら聞いてしまう。

「どうですか?似合います?」
「似合う似合う!すごく可愛いわよ妖夢。やっぱり私の目に狂いはなかったわね。わざわざ用意した甲斐があったわ」
「あ、これって私のために作ってくださったんですか?」
「当たり前じゃない。天界で普通に用意したらこんなのしかないわ」

と言いながら天子さんはそこにかけてある羽衣を指差す。確かに道行く人はこんな服を着ていた。それにしても、私のために服をあつらえてくれたなんて。しかも、こんなに可愛い服を。そういえばサイズもぴったりだ。

「あ、ありがとうございます」

う、照れて声が上ずってしまった。天子さんはその間に店内にあった全身鏡を私に向ける。

「わぁ、これ、私じゃないみたいです…」

思わず嘘偽りのない感嘆の声が漏れた。鏡に映っているのはどこからどう見ても可愛らしい女の子。思えば寝間着に着替える以外はずっと同じような格好だったもんなあ。こんな服を着るのなんて初めてかもしれない。自分も女の子だったんだと改めて自覚する。

「でしょ?妖夢もれっきとした女の子なんだから、オシャレにもっと気を配るべきなのよ」
「あ…」

そう言いながら天子さんは私の髪に結んでいたリボンをほどいて、代わりに同じ黒いリボンのついた白い帽子を被せてくれた。

「はい、これで完成!」

そう言って天子さんから肩をポンと叩かれた。もうすごく照れてしまうけど、それ以上に嬉しい。天子さんにこんなにしてもらえるだなんて…。

「あ、あの、本当にありがとうございます。私、こんな服着せてもらうの初めてで…」
「いいのいいの。私が着せたかったんだから。これからも私が妖夢の服を用意してあげるわ」
「そんな、私はもうこれで十分ですよ」
「まあまあ。私に任せておけば大丈夫だから。よし、それじゃ次行くわよ!」
「あ、その前に着てた服を袋に入れてきますね」

そうして次の店を目指して歩いているけど、どうも露出が多いのと帽子のせいで落ち着かない気がする。スカートが短いから股の間がスースーするし。そのせいで余計にドキドキしてしまう。でも、こういうのも楽しいかも。誰かと連れ歩くなんてしたことなかったし、相手が天子さんだから尚更なのかな…。

「次はここよ、妖夢」

今度の目的地は、どうやら楽器屋のようだ。天子さんは棚に並べられた楽器をひとつひとつ真剣に見ている。

「すごくいっぱい種類がありますね。琴と、三味線と、太鼓と笛と、他にも私の知らない楽器ばかりです」
「うーん、どれにしようかしら」
「そういえば、天子さんの得意な楽器は何なのですか?」
「ああ、全部よ」
「ぜ、全部ですか?」
「そう、全部。暇だからいろいろやってたら、何でもできるようになったわ。んー、これにしましょうかしら」

私が驚く間もなく天子さんは一本の笛を持って店員にウィンクをすると、店員はそれを見て深く頭を下げていた。これが人間の里なら紛れもなく万引きだ。

「よーし、次行きましょう」

次はお茶屋だった。とはいえお茶を飲む場所ではなく茶葉だけが置いてあった。天子さんはそこで甘茶をもらって、私にそれを手渡した。

「次から私が来るときは、それを淹れるようにしてね」

ということらしい。天子さんは甘茶が好きなのか。意外なところで天人らしいのかな。
街での用事を済ませた天子さんと、次は有頂天に向かう。桃の木がたくさん立ち並んでいて見覚えのあるここは、以前天子さん達と宴会をした場所だ。その一画に二人で腰をおろす。

「そもそも妖夢は堅すぎるのよ。幽々子があんなだからそうなっちゃうのかもしれないけど、女の子としてやっぱりオシャレして趣味の一つも持ってないとね。そっちも私が教えてあげるわよ」
「すみません、なんだか天子さんの手を煩わせてしまって」
「ほら、そういうところが堅いのよ。真面目なのはいいことだけどね。だいたい私も毎日退屈で仕方なかったんだから、最近そっちに出入りするようになっていい暇つぶしになってるし、逆に私が礼を言わなきゃいけないかもね」

そう言って天子さんはにっこり笑う。これからも天子さんとこうやって過ごせると思うと、つい私も嬉しくなってしまう。

「そうそう、これ」

天子さんはさっきの笛を取りだした。黒地に赤く装飾がしてある横笛だ。

「お手本見せてあげるわね」

天子さんは目を閉じて唇を歌口に当てた。それだけの動作ですごく慣れているのがわかった。そして綺麗な音が流れだしてくる。透明感のある耳に優しい音が伸びやかなメロディーに乗って空気に溶けていく。私はその音を聴きながら、天子さんが目を閉じているのをいいことに顔をじっと見つめている。

「はい、ざっとこんなもんね」
「びっくりしました。天子さん、本当に上手なんですね。私こんなきれいな笛の音を聴いたの初めてです。旋律もすごく良くて」
「でしょ?でも妖夢も練習すればきっとできるようになるわよ。というわけでこれあげるから毎日吹くのよ」

と、今天子さんが吹いたばかりの笛を手渡された。というか既に私は練習することになってるのか。天子さんらしいと言えば天子さんらしいけど、せっかくだからやってみようかな。楽器を扱うなんて初めてだ。考えると私、本当に剣ばかりやってたんだなあ。

「あ、はい。ありがとうございます。ちゃんと練習しますから、稽古にいらっしゃった時はこれも教えて下さいね。」
「もちろん。妖夢が上手になったら二人で合奏しましょうね 」
「それできたらいいですね。楽しみです」




それからまた少し話をして、私は白玉楼に帰ったのだった。

「幽々子様、只今戻りました」
「あら妖夢、随分可愛くなって帰ってきたのね」

そういえば天子さんからいただいた服のままだった。それまで普通だったのに幽々子様から言われて急に恥ずかしくなってしまう。

「天子さんからいただいたんですよ。もっとオシャレすべきだと言われました。あと、甘茶もお土産にいただいてます」
「あらそう、良かったわね。でもその様子だと天子もだいぶ貴方のことを気に入ってるみたいね。よかったじゃない、妖夢」
「いや、それは思いますけど絶対に幽々子様の仰るような意味ではないですからね!それでは夕食の用意をしてきます」




そうして夕食を終えたあと、私は自室で天子さんからもらった笛を手に取り、あることに気が付いた。

「この笛、天子さんが吹いてた…」

そう、天子さんが吹いていた光景を、私はジッと見ていたのだ。ということは、私がそれを吹くということはつまり…間接キスというわけで…。どうしよう。すごく緊張する。両手で笛を持って口に近づけたままの態勢で固まってしまう。笛の歌口に天子さんの唇が重なって、心臓の鼓動が速くなる。たった笛を吹くというだけの行為にこれだけ覚悟を強いられるだなんて。
恐る恐る、ゆっくり、そっと口を付けてみた。当たり前だけど、硬い木の感触。適当にいくつか穴を塞いで、息を吹いてみる。かなり間抜けなブオーという音がなった。これが私の初めての音だ。いつか天子さんみたいに…とまではいかなくても、ちゃんとした演奏ができるようになりたいな。そして音が出た瞬間に一つ自覚したことがある。

(私はきっと、天子さんのことが好きなんだ…)

そうとしか考えられない。妙に意識したり、一緒にいるとドキドキしたり、服をもらったり褒めてもらって嬉しかったり、同じ笛を吹くのを緊張したり…。心臓の鼓動が更に速くなる。自分で聞こえるくらいに。天子さんの顔が頭の中に貼りついて離れない。気付いたら私の思考は天子さんのことでいっぱいだった。いや多分、これは今に始まったことではないのだ。私がこの気持ちに気が付く前から、私は天子さんのことばかり考えていたのだから。
もう一度、笛に口を付けてみる。これが本当に天子さんの唇だったらなぁ、なんて想像しながら。今度はさっきより高い、プゥーという音だった。





「もう、ちょっと一体どうしたのよ!?やめやめ!」
「いや、大丈夫です。お願いします」
「駄目よ。そんな状態じゃ稽古にならないわ。」

次の日いつものように道場で向き合った途端、天子さんに強い口調で咎められてしまった。原因はわかる。私、全然集中できてなかったから。それでもせっかく来てくれた天子さんに失礼のないようになんとか誤魔化そうとしてみたけど、やっぱりばれてしまったみたい。その原因まではさすがにばれてないと思うけど。

「すみません、私がいたらないばかりに」
「珍しいこともあるものね。何か悩みでもあるの?」

さすがに貴方が原因です、なんて言えるわけないし。

「いえ、何でもないんです。それよりもせっかく来て頂いて申し訳ありません」
「私はどうせ暇だからいいんだけど、よかったら相談に乗ってあげてもいいわよ」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「強情ねぇ。ま、何があったか知らないけど、あまり無理しちゃ駄目よ」

そう言って天子さんは私に顔を近づける。アップの天子さんと桃の香りでなんだか頭がクラクラしてくる。

「はい、すみません。ご迷惑の上ご心配までかけてしまって」
「まあいいわよ。じゃ、せっかくだから前々からしたいって思ってたことさせてもらうわ」
「え、一体なんですか?」
「これをこうするの」

そう言うと同時に天子さんは私の半霊に顔を近づけ…

『ペロッ』

(っつ~~~~!!)

背筋に電気が走るような感覚。思わず声が出そうになるのを必死で我慢した。一瞬で顔が熱くなって、汗も吹き出てきた。ちょっと半霊を舐められただけでこんなになるなんて。でも天子さんの舌の感触はすごく柔らかくて、温かくて、わずかに触れただけで溶けてしまいそうな気がした。何とかして動揺を隠そうとする私の側で、天子さんは「やっぱりヒンヤリしてるのねー」と呑気なことを言っている。

「ま、とりあえずここにいても仕方ないから私は帰るわ。その前に神社にでも寄って帰ろうかしら。それじゃ妖夢、また来るけど次はしっかりするのよ」
「はい、今日は本当に申し訳ありませんでした。またよろしくお願いします」





その後は一日中上の空で、頭がボーッとして何も手に付かなかった。ちょうど幽々子様が紫様のところに泊まりの用事があってご不在でよかった。こんな情けない姿を晒すわけにはいかないから。もっとも今の私にはそんな矜恃を語る資格もないのかもしれないが。

そうして何とか一日を終え、布団に入ったところで抑えていた衝動が溢れ出す。天子さんに半霊を舐められたあの感覚が私の体を支配している。天子さんの舌が触れた瞬間を何度も何度も思い出し、その度に身震いする。もう一度その感覚を味わいたくて、私は自分で半霊を舐める。

(ひゃっ…!)

体が痙攣して、クラっとする感じがした。でも、これじゃ物足りない。天子さんに舐められたのとは全然違う。どうしようもない感情に苛まれて、なぜか涙が溢れてくる。天子さんの唇を求める欲望と、天子さんを好きだと思う気持ちがない交ぜになって、布団の中できつく自分の体を抱きしめる。次第に私の思考は一つのことで埋め尽くされていった。

(天子さんに天子さんに天子さんに舐めてほしい舐めてほしい舐めてほしい舐めてほ…)
「ご機嫌いかが、妖夢ちゃん」
「うわぁあ!!」

冗談じゃなく心臓が止まるくらい驚いて、私は布団から飛び起きた。なぜ、どうして今ここに…

「天子さん…」
「うふふ、ちょうど悶えてる頃かなと思って」
「……」

何も口に出すことができず、私はただ下を向く。一体天子さんは私のどこからどこまでをわかっているのだろう。考えただけで、怖い。

「最初はね、妖夢」

天子さんはゆっくり歩きながら私の後ろに座った。また今度も、あの桃の香りが漂う。

「貴方のこと、妹みたいに思ってたのよ」

そのまま私の両肩に手を置いて、耳に息を吹きかけるように囁く。その度に私の体はビクッと震える。

「でもね、だんだんすごく可愛く思うようになっちゃって」
「あっ…」

肩に置かれた右手が半霊に移る。天子さんの白くて細い指先がそっと触れた瞬間、私の口から短く声が漏れた。

「全部、私のものにしたくなったの」
「はっ…はぁっ…ふぁっ……!?」

天子さんはそう言いながら人差し指の先だけで半霊を撫で回す。体の内側が熱くなって抑えきれない声が溢れるけど、それ以上のことを求めている自分がいた。

「だから貴方もその気になってくれるように、いろいろ頑張ったのよ。まあ十分その甲斐があったわね」
「天子さん…(ああ、舐めてほしい…)」

思わず出かかった言葉を何とかこらえた。これを言ってしまえばもう元に戻れない気がした。でもまさか、天子さんの掌の上だったなんて。そんなことも今はどうでもよかったけど。

「ねぇ、妖夢…」

今まで一度も聞いたことのない、天子さんの艶のある声。この声だけで心まで溶けそうになる。まるで魔法でもかけられたかのように。

「な、何ですか…」
「私が、気付いてないとでも思ってる?」
「なっ…!」
「ちゃんと言わないと、してあげないわよ?」

ああ、やっぱり。今までがそうだったのだから、今朝のことだって天子さんの思い通りだったんだ。私の今の欲望も、全部見透かされてる。もう戻れないって思ってたけど、この状況でそれに抗う術なんて私は持ち合わせていない。それよりも、今はただ…

「舐めて…ください……」
「よく言えました、妖夢。ご褒美あげるわね…」

天子さんの舌先が、そっと半霊に触れた。
ある日、天啓が下ったんです。てんみょんって。
妄想を抑えきれずに書いてはみたものの、出来上がったのはカップリングが目新しいだけで、
どこかで見たことのあるようなものの寄せ集めでした。
イメージが伝わるように大至急挿絵を描いてみました。下のURLから。
最後にアイディアを下さった某スレの方々、本当にありがとうございました。
GH3
http://coolier.sytes.net:8080/uploader/download/1310054575.png
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.780簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
新しい可能性だな
9.90名前が無い程度の能力削除
思ったよりも良いモノを読ませて頂きました
てんみょんは俺の……なんだろう
10.90奇声を発する程度の能力削除
てんみょん…バリエーションはまだまだ無限大ということか…
14.90名前が無い程度の能力削除
続きを書き忘れてますよ。
半霊舐めるだけで終わるような天子じゃないでしょう
16.無評価GH3削除
>>2様
むしろ剣という共通点がありながら今まで無かったのが不思議と思います。

>>9様
私も考えましたがどうせ流行らないしそのうち考えるのを止めました。

>>奇声を発する程度の能力様
天子とプリズムリバーとかアリだと思います。

>>14様
それは違うサイトの対象ですので…今回はここまでです。
17.80名前が無い程度の能力削除
半霊舐めとか初回からレベル高すぎるでしょう……将来が心配だ(何が
19.80名前が無い程度の能力削除
「最初はね、妖夢(の半霊)」
「貴方(の半霊)のこと、妹みたいに思ってたのよ」
ですねわかります
22.80名前が無い程度の能力削除
続きはイカロで、ということなんですかっ!?
24.100名前が無い程度の能力削除
最初はてんみょん~?と訝しんだものですが、いやはやこれは…いいですね。