――我思う、ゆえに我あり。
団子は目覚めた。
***
ぷつりぷつりと身が切れる。ころりころりと身が回る。ぽとりぽとりと身が並ぶ。
ひやり冷たく、硬い皿。どさり重たく、餡が被さる。少々苦しい。
「ほーい、草団子」
「はいな」
さて、私は何だ? 草団子。自明である。自分のことだし。どうでもいいか。
軽快な音を伴い、薄暗い中を突き進む。賑わいに溢れているようだ。
「先生にお姐さん、お待ちどおさま。草団子一皿ね」
「うん? ああ、そうだった。すまない」
振動。
「ゆっくり召し上がって頂戴な」
「ありがとう」
成る程、私の運命は此処に辿り着いたようだ。
隣には葛饅頭が二皿鎮座している。しかし、先客達には切り取られた跡が見えない。歯型も付いていないようだ。何かあったのだろうか。御不興を買った? 瑞々しい肌をしているというのに、それはなかろう。ああ、私の到着を待っていてくれたのか。それだ。何はともあれ、挨拶をせねばなるまい。
やぁ、同輩。御機嫌は如何かな。
「ほら、美味しそうだなぁ。妹紅」
「そうね」
返事は無い。まぁよかろう。今は卓の両脇にそびえる影を迎えるべきだ。さて、私はどちらの口に入るのか。
双方の顔は、朱に染まり強張っている。青服は笑みを浮かべているものの、金槌で頬を叩かれたなら、割れるのではなかろうか。妹紅と呼ばれた少女なら、涼しげな音が茶店に響き渡るだろう。
食されるのは吝かではないが、緊張されていては嬉しくないものだ。
気楽に私を食べて。
「あー、何だ。とにかく食べようか」
「そう、そうよね。えっと、それじゃ頂きます」
ああ、私達に楊枝が迫る。噛み付きはしないというのに、恐る恐る刺さないで欲しい。見ているだけで、こそばゆくなる。いや、”餡を零さないように”という配慮か。それなら分かる。よくよく見たなら、今にも零れ落ちそうだ。優しい人で良かった。
「あれ、慧音は?」
口の手前で宙吊りにされた私は、どういう気分になっているのだろうか。落ち着かない。
「ああ、先に食べてくれ。見ていたいんだ」
「何か照れるわね」
この瞬間が遂に来たか。焦らされたものだ。
さらば、私。程ない頃に、また腹の中で相まみえよう。溶けてるかも知れないけど。
「ん、甘ふておいひい」
ああ、咀嚼されている。今頃、使命を果たす無上の快楽が、私を満たしているのだろう。
早く私も食べて。
「それは何よりだが、物を口に入れたまま話さないように。それと」
何だ? 慧音が圧し掛かってきたのか? 真上が良く見えない。
餡で遮られた視界に、腕が生えた。引っ込んだ。
「これでは、うちの生徒に笑われるぞ」
指の先には深い小豆色。成る程。
「うん、甘い」
私と合わせてこその味だというのに、餡のみで語らないで欲しい。
私と一緒に食べて。
「どうした、妹紅」
何故、固まっているのだろうか。味が悪かった? いや、”美味しい”と言ってくれたはずだ。腹の中にいる私が、何か粗相をしているのか? それは無いと思うが、一体何が起きている。
「あのさ、慧音。ちょっとそういうの、きつい」
私が口の中に残っているのだろうか。言葉が不明瞭だ。その上、両手で顔が覆われていると、聞き取り辛いから勘弁して欲しい。
まぁ良かった。恐らく、私が原因ではないのだろう。
「すまない茶をもらってくるっ」
既に湯呑みは、二人分あるというのに何故? 空になっているのかな。多分そうだろう。
わざわざ自ら取りに行くとは、優しい人だ。
「もう」
ああ、そんなに激しく揺らさないで欲しい。卓から落ちるかと思った。
何だ? 私を見詰めてもらっても困る。両腕に載った双眸が怖い。私が何か無礼を働いたのか? いや、身に覚えなどない、多分。睨まないで欲しいものだ。全身に隙間無く、楊枝が突き立つ錯覚へ陥る。握り締められた湯飲みが痛々しい。割れやしないだろうか。
「おい、団子」
はい、どうかなさいましたか。
「何で慧音は、あんなことしてくれるのよ」
存じ上げません。
「死ぬかと思ったじゃない。こんなところで死体晒すのなんて嫌よ」
私めに仰られても。
助かったのだろう。両腕の作る窪みに、顔が沈んだ。あのまま続いていたなら、視線で殺される。私の場合は痛むのだろうか? それは問題だ。折角、優しい人に食べてもらえるというのに。早く慧音が戻ってこないだろうか。いや、二人とも優しいから、どちらでも構わない。
優しく私を食べて。
「あー、妹紅。すまなかった」
「うん、気にしないで。嬉しかったし」
何とも弱々しい。押し出されている心太とて、まだ幾らか芯があると思う。
湯飲みが増えていく。四人前。餡と私のまだらになって、平穏に包まれながら腹へ収まるのは良さそうだと思う。けれども、熱い茶に混じり、喉を流れていく感覚は一体どうなのだろうか。きっと幸せが奔流となり、忘我の境地へ私を誘うのだろう。
美味しく私を食べて。
「さて、私も頂こう。博麗のが絶賛していたならば、味に期待が持てる」
ああ、今度はどの私だろう。
「あれ?」
「どうかしたのか、妹紅」
何だ? また焦らされるのか? 勘弁して欲しい。
只管に想い焦がれている瞬間は、一体何時訪れるのだろうか。
「あれって早苗よね」
「山の祝?」
「ほら、入り口の近くにいる二人」
”入り口”? 意識を暗がりにある座敷から、日光が眩しい往来の方へ。
店先に置かれた縁台には、丁稚らしき風体の童が並んで腰掛けている。やや手前、机と長椅子の席には娘達が一組。こちらは店内に溢れる客とは違う、異色の服装へ身を包んでいる。
さて、どちらだ。
「ああ、確かに。普段と違う身形だな。気付かない訳だ」
「もしかして、隣にいるのって文?」
”普段と違う”となると、恐らく手前の一組か。
何やら、慧音と妹紅が相談を始めた。”見られたくない”やら”逃げる”やらの言葉が混ざっている。まさか私を捨て置いて、店を出るつもりなのか。
憎い。至福の時間を妨げる輩が憎い。
「けど、様子が変ね。どんな時でも目敏く見つけてくるのに」
あんな二人は放って置いて、私を見て欲しい。
葛饅頭も泣き濡れて、静かに待っているのだ。分からないけど。
「そう言われればそうだな。祝を前に、煩悶しているように見える」
「やっぱりそう?」
憎い奴が何をしていると言うのだ。
ああ、団子ではないか。私の一部、私の身体。私が楊枝の先で漂っている。もう憎くない。許そう。
しかし、一体何を? 食べてくれるのならば、自身の口先へ持っていくものだろう。けれども私は相手に向けられている。突き出している側が何事かを口にして、突き出されている側は団子を……素晴らしい。私がまた幸福へ包まれた。照覧せよ。照覧せよ。天に舞う鳥は歓喜を歌い、地を駆ける獣は喜びに踊るのだ。天照大神が光を下賜されたのだ。嗚呼、素晴らしい。
「あー」
気の抜けた声。何事か。
「悩む訳よね」
入り口から正面へ向き直ったが、瞬間に双方目を伏せた。何事か。
ワラビ餅が相席になった。私には手を付けないまま。
文と早苗が席を立った。私には手を付けないまま。
湯飲みが一組参戦した。私には手を付けないまま。
私を食べて
「あのさ、慧音」
「何だ、妹紅」
沈黙が重い。餡に押し潰されそうだ。
「饅頭、乾いちゃったよね」
「そうだな」
無残な姿だ。私の餡も干乾びてはいないだろうか。
「お茶、冷めちゃったよね」
「そうだな」
熱い奔流は夢と消えたのか。無念だ。
「あのさ、慧音」
「何だ、妹紅」
沈黙が重い。捏ねられている時とて、ここまでの圧力は無かったはずだ。
「このままじゃ、駄目だと思うんだよね」
「そうだな」
その通り。このままでは、駄目になる。私が。
「だからさ」
何だ? 妹紅が身を乗り出したのか。腕が見える。慧音が引き寄せられた。何が起きている? 餡に遮られて、真上が良く見えない。水の跳ねる音が聞こえる。何をしているのだ。私はどうなる。
「何でこんな。妹紅、人前で」
「これなら、もう恥ずかしくないわよね」
大層息を荒げているようだが、何だったというのか。
「だから、私に食べさせて」
***
ああ、燃え盛る悦楽。遂に訪れたのだ。
溶ける。
熱い。
でもだからこそ、少し情景が想像しにくい場面もありました。
(自分の読解力がないからかもしれませんが……)
文章の使い方やリズム感はとても好みで、楽しく読ませて頂きました。
団子視点とは恐れ入った。いや、もこけねもいんだけど団子かわいい。
食べられることに至福を感じているのが実に可愛い。
今度団子を食べるときに意識してしまいそうだww