まずい、マズイマズイマズイマズイマズイ!!?
二人分の紅茶とティーポット、そして自慢のクッキーがのったトレイを手に持ちながら、だらだらと冷や汗が止まらない。
この館のお嬢様の妹君、フランドール・スカーレット様をティータイムに招待したのがつい先ほど。
彼女のことですから、準備を終えればすぐに来るでしょうから、それ自体は喜ばしいことなのですけど。
でも、今だけは……今だけはマズイ!!
だって、今私の視線の先には――ピンクの表紙をした、他人には見せられない本がテーブルの上にポツーンと置かれていたりするのですから。
「し、仕事行く前に直すの忘れてたぁぁぁぁ!!?」
俊敏な動きでトレイをテーブルに置き、ガシッと本を掴むと、きょろきょろと辺りを見回し始める。
こ、こんな本を妹様に見せるわけにはいきません! もし、あの方に見られてしまったら、次の日からどんな顔をすればいいというのか!!?
とにもかくにも、妹様が部屋に来る前に直さなきゃいけないんですけど、どこに直しましょう!!?
助けて!! み○さん!!?
――ベッドの下に隠すで、ファイナルアンサー?――
「不安にしかならない!? ていうかベッドの下って、親に見つかるエロ本の隠し場所ナンバーワンじゃないですか!!?
オーディエンスです! オーディエンスを要求します!!」
ジーッと睨み付けてくるみ○さんの幻を振り払い、どこかに隠す場所がないかきょろきょろ見渡す。
部屋には隅にある大きめのベッド以外に、中央の丸いテーブルと本棚と衣装箪笥、あとは姿見ぐらいしかないシンプルな内装。
わ、我ながらなんという面白味のない部屋でしょうか。ベッドの上がみんなの人形で溢れてることを除けば、なんと凡庸か!?
それはそうと本を隠さなくてはなりませんし、今は何より時間がありません!
「偉い人はいいました。木を隠すなら森の中であると、つまりここは本棚が正解に違いない!!」
そんなわけで本棚の中央にあった空きにジャストイン。
ふぅっと一息ついて、流れていた冷や汗をぬぐいながらテーブルに戻る。
妹様が来るまでに準備しなくちゃいけませんし、時間をとられてしまいましたから急ぎませんと。
それにしても我ながら妙案でした。昔の偉い人には感謝しなくてはいけませんね。
だってほら、おかげであの本もうまく隠せ――
「――てないしッ!!?」
なんということでしょうか!? ピンクの背表紙が自己主張しちゃってますよアンチクショウ!!?
黒とか茶色の本が並ぶ中、ピンクの本とか悪目立ちにもほどがあります!
――本棚に隠すで、ファイナルアンサー?――
「ノーノー!! フィフティーフィフティーをプリーズ!!」
再び現れた司会者の幻を振り払い、慌てて本棚からあの本を引っ張り出す。
こ、こうなったら見つかった時が恥ずかしいですが、衣装箪笥の下着入れに隠すしかありません!
妹様なら人の箪笥を勝手に開けることなんてしないでしょうし、冷静に考えれば一番安全な隠し場所かも。
そうと決まれば早速箪笥にこの本を――
がちゃり。
「小悪魔ー、来たよー!」
「マイブックを相手のゴールにシュウウウウウウ!!」
隠せなかったんで勢いそのままにベッドの下に投げ入れる私だったのでした。
って、結局本がベッドの下にぃぃぃぃぃぃ!!?
もー無理です! もう隠し場所が変更しようがありませんよこれ!!?
み○さんテレフォン!! テレフォンプリィィィィィィッズゥ!!?
『あれ? 小悪魔ちゃん呼んだ?』
なんか神綺様に繋がったぁ!!?
私が驚いている視界の隅で、み○さんの幻がグッと親指を立てて消えていく。
お、男前です、み○さん!!
『実は神綺様、かくかくしかじかというわけなんですが』
『ふふーん、私に任せて小悪魔ちゃん! そういう時はね――』
ブツンッ!
って、アドバイスもらう前に通信途中で切れたぁー!!?
ま、まさかの時間切れなんてあんまりです!! きたないなみ○さん、さすがみ○さんきたないっ!!
「……なにしてんの、小悪魔?」
「いいえ、何でもありませんよ妹様!! ささ、いつもの席へどうぞ!!」
「……ねぇ、さっきなんかベッドの下に投げ入れてなかった?」
「ゴキブリホイホイです! 最近蒸し暑くてゴキの季節ですから!!?」
ごまかしの言葉が自然と口をついて出ますが、妹様は「ふーん」となんとか納得していただいた様子。
咄嗟のことなんでポリシーの「基本的に嘘をつかない」がちっとも守れていませんが、今はそれどころじゃありません!!
……うぅ、後で反省会ですよぉ。嘘ついたこととか本を出しっぱなしにしたこととか諸々含めて。
とにもかくにも、今は落ち着きましょう。慌てているとかえって怪しまれかねません。
「さぁ、どうぞ妹様。ダージリンを用意いたしましたので、クッキーの甘味も引き立ちましょう」
「ふふ、その辺は信頼してるわ。さぁ、しっかりエスコートしてくださいな」
手を差し出す彼女の前で跪き、手の甲にキスをしてから部屋の机へエスコート。
妹様やお嬢様の部屋の机に比べれば小さな代物ですが、妹様が座るだけで気品溢れる絵になるのですから不思議なものです。
ダージリンのマスカテルフレーバーと呼ばれる特徴的な強く甘い香りが鼻腔をくすぐり、気持ちを幾分か落ち着かせてくれる。
パフォーマンスもかねて、紅茶をカップに入れつつ、ティーポットをどんどん上へ上へ。
最初は難しい淹れ方ですが、慣れてくるとほらこのとおり、見るものを楽しませるにはなかなか丁度いいのかもしれません。
「はい、どうぞ妹様」
「ありがと。まったく、普段からそれだけ真面目ならいいのにねぇ」
「失礼な。私はいつでも大真面目ですよー?」
「昨日、後ろから不意打ちでわき腹くすぐってきた奴が何を言うか」
「大真面目に悪戯を敢行しただけです!」
「はいはい、このお調子者め」
口では悪態をついてはいらっしゃいますが、その表情に浮かんでいるのは飛びっきりの笑顔。
花のようで、可愛らしい笑顔を浮かべながら、妹様は紅茶の香りを楽しむと、優雅に口に運んで味を堪能して。
そんな彼女の様子を見やり、私は内心で胸をなでおろします。
……よかったぁ、この分ならなんとか誤魔化しきれるかもしれません。
あれを妹様に見られたら、私、恥ずかしくて死んじゃうかもしれませんからね。
「ところでさ小悪魔?」
「はい、何でございましょう妹様?」
にこやかに聞き返してみると、彼女はクッキーを齧って私を――いや、私のすぐ後ろに視線を向けている。
……おや? この妹様の視線の方角って、確か――ベッドがある方向な気が……。
あれ、やだこれ、すっごい嫌な予感が。
「小悪魔のベッドから、ピンクの本がはみ出してるんだけどあれ何なの?」
い、嫌な予感的中ぅぅぅぅぅぅ!!?
バッと慌てて振り向いてみてみれば、ベッドの下からひょっこり顔を出した例の本。
し、しまった!! 勢いよく投げ入れすぎて壁に跳ね返ってきてしまいましたかッ!!?
そして、多分その慌てた姿が何よりも一番まずかったことに気がついたけど、すでに後の祭り。
妹様はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたかと思うと、パチンと指を鳴らして蝙蝠を召還。
私が本を確保するよりもわずかに早く、蝙蝠たちが妹様のもとへ本を運んでしまったのでした。
い、いやぁぁぁぁぁぁ!!? 最悪の事態が今ここにィッ!!?
「へぇ~、ふーん、小悪魔はこれ見られたくないんだねぇ。思春期の人間はベッドの下にエッチな本を隠すって言うけど、小悪魔もだったとは驚きね」
「あ、あぁぁぁ!!? ち、違うんですよ妹様!!? そ、それは――」
「たまには、こうやって仕返ししてもいいよねぇ。いつもやられてばっかりだし、あなたの性癖、ここでさらけ出させてもらうわ!!」
「いや、だから待ってくださぁぁぁぁぁぁいッ!!?」
涙目で懇願しながら、慌てて駆け寄って阻止しようとするけどもう遅い。
悪魔のような笑みを浮かべた妹様は、私の目の前で羞恥を煽るように思いっきり本を開いてしまった。
▼
×月○日 晴れ
今日は仕事の帰りに、廊下を歩いている妹様を発見。
しかしながら、妹様の表情は優れず、なにやら悩み事がある様子。
そんな彼女の気を晴らすように、「妹様ぁ~」なんて声をかけながらくすぐってみる。
しばらく笑い転げていた妹様でしたが、すぐに復活して右ストレートでぶったたかれました。
とても痛いですけど、私の悪戯で少しは気がまぎれてくれればいいなと、そう思う。
彼女が少しでも笑ってくれるなら、私に降りかかる痛みなど笑ってねじ伏せてやりましょう。
悩んでいた事情を聞いてみれば、どうやらお嬢様と喧嘩してしまわれたらしい。
そんな落ち込んでしまっている彼女にいくつかアドバイスをして、その日はそのまま別れました。
笑顔で「ありがとう」と言われると、少しでも彼女の力になれたのだと思えて、すごく嬉しい。
私は、そんな妹様の笑顔が大好きですから。そんな妹様が、愛しいから。
うん、明日は妹様を部屋に招待してティータイムにするのもいいかもしれない。
まだ妹様が誘いに乗ってくれるかはわからないけれど。
でも――、もし本当に誘われてくれたら……嬉しいな。
ふふふ、今から楽しみだなぁ。
きっと明日も素敵な日になりますように。
▼
お互い、茹蛸のように真っ赤な顔のままピクリとも動かない。
煙が出そうなのは私も妹様もおんなじで、何を喋っていいのかすらわからない始末。
み、見られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?
しかも! よりにもよって!! 昨日の日記をぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?
イヤァァァァァ!!? 恥ずかしくて穴があったら入りたいです!!
「……小悪魔」
「ひゃい!!?」
恥ずかしさのあまりに小さな声の妹様と、恥ずかしさのあまりに変な声を上げるしかない私。
そんな奇妙なやり取りの後、彼女の続けた言葉はやっぱり小さな声で。
「……えっとね、私、小悪魔に悪戯されるの……嫌じゃ、ないよ」
そんな、こっちを殺しにかかってるんじゃないかと思うような台詞を、真っ赤な顔で恥ずかしそうに呟いたのでした。
頭が、真っ白になるというのは、こういうときのことを言うんだとあらためて思い知らされる。
カチ、コチと時計が時を刻む音がどこか遠い。パクパクと口を開閉させるしかできない私と、ますます顔を赤くして小さくなってしまう妹様。
何も考えられない。何も反応できない。
植物が水を吸うように、徐々に徐々に彼女の言葉の意味を私の脳が理解した途端、ボンッとさらに顔を真っ赤にさせて。
そんな風に、お互いに言葉を発することができないまま、どれくらい時間がたったでしょう。
「な、なーんて、冗談……だけどね。冗談……え、えへへへ」
「そ、そうですか。じょ、冗談ですよね。うん、冗談」
「そ、そう。冗談じゃないけど、うん、冗談!」
多分、お互い何を言ってるのかさっぱりわかっちゃいないんでしょう。
妹様の言葉なんて、もはや誤魔化しにすらなっていない。
とにもかくにも、このままだとまずいと本能的に理解した私は、照れ笑いを浮かべながらおもむろにドアに手をかけた。
とにかく、今は少しだけでもいいから落ち着くための時間がほしかった。
それは多分、妹様も同じでしょうから。
「妹様、私ちょっと別のお菓子取ってきますね!!」
「う、うん! 私、ここで待ってるから!!」
明らかに動揺した言葉を交わして、そそくさとキッチンへと一目散。
けれども、頭の中では色んなことがこんがらがって、まともな思考なんかできやしない。
うぅ、よりにもよって妹様にあれを見られるなんてぇ! しかも、あんな、あんな言葉を口にされたら、私は、私は――
「私は一体、これからどんな顔して妹様の前にいればいいんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
思っていた言葉が口に出てることにも気づかないまま、恥ずかしさを誤魔化すように全力疾走。
通りすがる妖精メイド達が何事かと視線を私に向けるけど、私はそんなことにも気づかないままキッチンに滑り込んだ。
この後、妹様と出会うたびにお互いにちょっぴり態度がギクシャクしたのですが、それはまた別の話ということで、ここはひとつ。
しかし、にやにやが止まらん。
ほんとニヤニヤがとまらんwww
あなたの作品が大好きですw
いやさ…表紙がピンクとか…絶対アレだと思っていたらまさかの日記帳wwwwwww
この二人が甘甘すぎて口から砂糖がっがががっがっががァァアァアアァァ…
ご馳走様でした。おかわりを要求しますwwwwwww
次もこの濃度でよろしk(以下無言
素敵でした
でも、二人が幸せそうで何よりです。
最高です、むしろもっとやってくださいお願いします
妹様、そのセリフは危険なのぜ
にやにやが止まらない。100点。