「時の流れって無情ね……」
幻想郷の中で最も大きいとされている湖、通称、霧の湖。
その湖を見守っている妖怪が一人。彼女はため息とともに一言呟いた。
ここでは、
「大ちゃん待てーー!」
「あっ、チルノちゃん!凍らせてくるのは反則だよ!それに危ないよ!」
「いっけえぇぇぇぇ!」
「きゃああああ!」
といったように、妖精達が仲良く遊んでいる。そして、
「……まったく、チルノはいっつもやりすぎよ」
冬の妖怪、レティ・ホワイトロックは一言つぶやいた後、湖の方角へ向かっていく。
レティは、例えて言うならお母さんのような役割に近い。
霧の湖にいるやんちゃな妖精達を子供と形容した場合、お母さん、というのが一番正しいだろう。
それに、体こそ小さいが、大人の雰囲気を持っているという珍しい妖怪でもある。
しかし、レティにはもう一つ大きな特徴―――運命があった。
チルノをなだめた後、元の場所に戻る。
「明日で、もう春ね。今年は随分短かったわ」
冬が終わると、消えてしまう。
それがレティに与えられた運命だった。
消えてしまう、といっても大袈裟なものではなく。
いつの間にか、冬になったときにこの場所へ姿を現し。
春になる直前にこの場所から忽然と姿を消す。
湖の妖精達は、そのことを知っているのだが、特に気にする用も無い。
冬の間だけ現れるレティが、妖精達のお母さん的な立場に立っていることについて、疑問を持つ妖精もいない。
妖精達は、ただレティがこのような存在であると言うことを認識するのみだ。
寂しがる妖精は、妖精のガキ大将的な存在、チルノ、の親友である通称大ちゃんと呼ばれている妖精くらいのものだろう。
「ちょっと例年より寂しい年になったわね」
霧の湖の外側、人一人が座れる位の大きさの岩場。ここがレティの特等席。
「今年は相談してくる妖精も少なかったしね」
妖精であろうと、一人一人に悩みはある。
その悩みを気軽に相談できる相手としても、レティは存在していた。
というよりも、レティの存在意義の半分は、これが占めているといってもいい。
そして、レティに相談した妖精達が、レティがいなくなることを寂しがるのである。
最も、寂しがる理由が、単純にレティがいなくなることを寂しがってるのか、相談相手がいなくなってしまうことにがっかりしているのか分からない。
これが、レティにとって唯一の悩みであったりする。
しかし、それを相談する相手も、相談をする必要も無かったりするので、本人はあまり気にしていない。
ただ、レティが一番妖精達の中で信をおいている妖精、大ちゃん。
レティはいつも大妖精、と呼んでいるのだが、あまり親しみを加えるとより一層いなくなった後に寂しさが増してしまうからだ、という理由らしい。
その、大妖精―――大ちゃんが、前者である、ただ単純にレティがいなくなっていることを寂しがっている妖精であった。
「大妖精も立派になって……」
妖精でも、精神面では大きく成長していく。
レティにとっては、大妖精の成長が大きな楽しみだ。
しかし、同時にだんだん相談も少なくなっていく大妖精に寂しさを感じることもある。
親離れした子供を惜しむかのように。
「あなたはどう思う?」
レティは後ろの森のほうへ声をかけた。
「どう思う?博麗の巫女さん」
レティがもう一度声をかける。
奇妙な沈黙が流れる。
「いつから気づいてたのかしら?」
先に沈黙を破ったのは、森のほうに隠れていた少女、博麗霊夢だった。
「さぁ、冬が始まった頃からかしら」
「……ほぼ最初から気づいてたって事ね」
「で、私に何か用かしら?」
「……別に、なんでもないわ」
霊夢は、週に二、三回ほど、必ずこの場所に足を運んでいた。
もちろん、霊夢にもここにいる理由はあるだろう。
事情があるのはレティでも分かっていた。
「で、冬の最初から気づいていて、一言も声をかけなかったのはなんでかしら?」
「あら、声をかけて欲しかった?」
「……別に」
「ふーん、まあいいわ、じゃあ一ついいことを教えてあげる」
レティは一呼吸おいて、霊夢にこう告げた。
「私はそろそろ、この幻想郷という舞台から一時的に姿を消すわ」
「……ふーん」
「あら、あまり驚かないのね」
「別に、私には関係ないわ」
「……まあいいわ。じゃあ、せっかくだしちょっと昔の話をしましょう」
レティと霊夢は面識がある。
「初めてあなたに会ったのは、二年前くらいだったかしら?霊夢」
「……あまり憶えてないわ」
「あの時、あなたは思いっきり私を打ち落としたわ」
「……」
「あの頃のあなたは、ただがむしゃらだったわね」
「そんなことない」
「ふふふ、冗談。私はあなたのことなんてまったく知りもしないわ」
「……何よ」
「さあね」
レティは何が言いたいのだろう。
霊夢はずっと、そんなことを考えていた。
最も、このような内容では霊夢にはレティの意図を感じられるはずも無かった。
「私を打ち落とした後は、どうだったかしら?霊夢」
「……」
「あら、どうしたのかしら?」
「ずるい」
「何が?」
「今更そんなことは話さないで欲しい」
「私は被害者よ?」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
また沈黙が流れる。
「レティ、ちょっと提案があるんだけど」
沈黙を破ったのはまたも霊夢だった。
「くろまく~」
レティがさえぎる。
「は?」
「霊夢、黒幕って分かる?」
「……分かるわよ」
「すごく損な役回りだと思わない?」
「何が」
「最後にだけ出てきて、やられちゃうのよ」
「ふーん」
「私だって、黒幕なのよ」
「どこがよ」
「冬にだけ出てきて、消えちゃうんだもの」
「それは違う気がする」
「だよね」
相変わらずのふわふわした会話。
霊夢が提案の話に戻そうとする。
「それで、提案なんだけど……」
「何?」
「うちの神社に来ない?」
「何で?」
「別に意味は」
「じゃあ、行かない」
「……最後の日にこのままいなくなるのはかわいそうだと思ったからよ」
「大きなお世話ね」
「ダメかしら?」
「霊夢がどうしてもっていうんなら」
「……さっきからそうなんだけど、霊夢霊夢って、馴れ馴れしい」
「あら、嫌がってるようには見えなかったけど」
霊夢には、分からなかった。
冬になると現れ、春になると消える。
そうわかっているのなら、何故こんなにも無駄に日々を過ごすのか。
霊夢の知っている限りでは、レティは妖精以外の誰とも関わってない。
それに、関わると言っても相談に乗るかチルノを止めにかかるかである。
人間は、自分の寿命が近づくと、死にたくないと言って最後に足掻くと言う話だ。
しかし、死の目前まで迫ると、急に何かを残そうとするらしい。
レティは死ぬわけではない。とはいえ、そういう姿勢があってもおかしくないとは思うのである。
だが、これは霊夢が人間だからの発想なのかもしれない。
とにかく今の状況としては、霊夢がレティに話しかけられてから軽くあしらわれているような状態。
「あの、レティ」
「何?霊夢ちゃん」
「……」
「あら、呼び捨てはダメかなぁと思って」
「むかつく」
「ふふふ」
依然、それは変わらず、レティが会話の主導権を握っている。
いや、会話というレベルに達していないかもしれない。
「ちゃん付けはやめて」
「あら?じゃあどうすればいいかしら?」
「もう、呼び捨てでいいわよ」
「馴れ馴れしいのは嫌なんじゃ?」
「ちゃん付けのほうが馴れ馴れしい」
「それもそうね」
「で……レティ」
「何?霊夢」
「やっぱり、神社に来てほしい」
「あら、折れるの早いわね」
「お願い」
「何で?」
「さっきも言ったでしょ」
霊夢が最後の一言を口にすると、それっきりレティは黙りこくった。
時間にして、約3分。
沈黙に耐え切れなくなったのは、またしても霊夢だった。
「どうしたの?返答は?」
「いや、ちょっと考え事」
「何よ」
「霊夢って、私のこと好きなのかなぁ~、と思って」
「……」
「照れちゃって、可愛いわね」
「……むかつく!!」
やはり、レティのほうが一枚上手だった。
霊夢は否定の素振りを見せようとするが、顔がすでに十分赤い。
そのことがどんなことを意味するかは、たとえチルノだとしても分かる。
なので、霊夢はそれ以上何も言わなかった。
ただ、レティには、霊夢がレティのことを好きだったとして、その理由が分からなかった。
「霊夢」
「……何よ」
「ちょっと相談」
「……何?」
「何で私のことが好きになったの?」
「私は一度もあなたが好きだとは言ってない」
「じゃあ、私の魅力を教えて、それならいい?」
「……」
「どうかしら?」
霊夢は顔を伏せる。そしてレティに話しかける。
「魅力なんていわれても、分からないわ」
「へぇ、それは一体どういうことかしら?」
「趣味なのか、そういう嗜好なのか分からないけど、その人を好きになることに魅力とか、そういう意味は必要ないと思うの」
「それはつまり?」
「つまりって……」
「認めちゃう?認めちゃうのかしら?」
「……むかつく」
両者、再び黙りこくる。
「霊夢」
今度は、レティが先に沈黙を破った。
「ばいばい」
霊夢は、その声を聴いた瞬間にレティの方向へ向きなおした。
しかし、その方向には、レティの姿は無かった。
「え……」
しばらく硬直する霊夢。
あまりに唐突過ぎて、何がおきたのかが分からない。
レティはもう消えてしまった?
「あ、あれ……」
レティは自分から消えたのだろうか。
それとも勝手に消えてしまったのだろうか。
しかし、霊夢はそんなことすら考えている余裕さえなかった。
茫然自失。愛する人を失った霊夢。
失った……という表現は正確には正しくないが、霊夢のショックの大きさはそれ同等に大きい。
というよりも、あまりに急過ぎて脳がおっついてないのかもしれない。
レティは霊夢に未練を持たせたくなかったのか?
なるほど、神社に行って、最後に一緒に過ごして、目の前で消えようものなら、霊夢は最後までだらだらとレティを惜しまなければならない。
霊夢はそのほうがよかったのだろう。
でも、レティのほうが霊夢のことを考えて、自ら消えてくれたのではないか。
「も、もしかしたら、レティは、さ、最初っから私に、興味なんか、無かった?」
そうだとしても、消えた理由に納得がいく。
それでもやはり、レティは勝手に消えたという可能性も考えられる。
自分で消えることが出来る……ってことではなかったとしたら。
それはレティの意思ではなく、霊夢が考えすぎだと言うことになる。
「レティ……」
霊夢は、もうしばらくは戻ってこないだろう愛する人の名前を口にする。
「好きだったのに……愛していたのに……やっぱり、ダメなのかしら?人間と妖怪だから?ただ単純にあなたが私を認めてくれないから?」
霊夢は虚空に問いかける。
「レティ……レティ……!」
霊夢は何度も何度も呼びかけた。
しかし、返事が来ることはなかっ
「なあに?」
あった。しかも自然に。
霊夢のすぐ後ろ。
「あ~あ、認めちゃった~♪」
再び茫然自失となる霊夢。
「……ええと、確認できてなかったから」
「……」
流石にレティも焦りを見せる。
「霊夢の気持ちが聞きたかった」
「……」
「ほら、私って優しいから」
「……」
「このままいなくなるわけないじゃない」
「……」
「それに、そこまで霊夢が焦ってると思わなくてさ」
「……」
「普通、気配とかで気づかないかな~って」
また沈黙。
「ね、ねぇ……機嫌直してくれるとうれし」
「レティのバカヤローーー!」
恐ろしい勢いで平手打ちを繰り出す。
レティはそれをよけようともせず、モロに食らった。
ばちーん!
大きな音が辺りを響かせる。
「あ……」
やってしまった、という表情の霊夢。
まともに当たるとは思っていなかったようだ。
沈黙。今日一番痛い沈黙。
「……博麗霊夢。通称、博麗の巫女」
レティが謎の会話を始める。
霊夢にも、何がなんだか分からない。
「実力十分、異変解決はほぼ彼女に任せればOK」
「……」
「見た目、かわいい。短気で暴力的なところもあるが、乙女らしい一面も見せる」
「むぅ……」
「でも、まだまだ子供ね」
そういうと、レティはもう一度姿を消した。
周りを見渡す霊夢。
辺りの気配を探る霊夢。
しかし、レティの姿はどこにも無く、気配も感じられない。
まさか―――
そう、霊夢が思った瞬間、顔のすぐ近くに奇妙な違和感を感じ―――
頬に、なにかの違和感を感じた。
そう、まるで口付けのような。
「ふふっ、来年に期待するわ。私はこういう運命だけど、幻想郷ではそれを捻じ曲げることもできる。ただ、それを私がするかどうかはあなたの成長次第」
空から降ってきた声。
「霊夢、がんばってね」
霊夢は、もう一度辺りを見渡す。
しかし、レティの姿はない。
しかし、見えるのは湖で無邪気に遊んでいる妖精達のみ。
「馬鹿ね……私……」
大人になったつもりでいた、ということか。
いや、自分がまだまだ子供だと言うことは霊夢には分かっていたのだろう。
霊夢は、レティに憧れていたのかもしれない。
しかし、それは霊夢にしか分からない事実。
「確かに私はまだまだ子供だわ」
霊夢は、何も無い空に向かって呟く。
「でもね、レティ、人間の成長ってすごいのよ」
返答は、もちろん無い。
「私は、せっかちだった。最初のあなたの質問にも、答えていない」
しかし、その声には、強さがともっている。
「どんなに時間が経ってもいい、どんなにあなたが遠い存在でもいい」
霊夢は、大きく深呼吸して、さらにもう一度一呼吸。そして一言。
「それでも私は諦めない」
霊夢に失ったものは無く、かわりに得たものが一つ。
それは、自分の未熟さを認める心と。
レティを愛する権利を得るための。
大きな決意。
幻想郷の中で最も大きいとされている湖、通称、霧の湖。
その湖を見守っている妖怪が一人。彼女はため息とともに一言呟いた。
ここでは、
「大ちゃん待てーー!」
「あっ、チルノちゃん!凍らせてくるのは反則だよ!それに危ないよ!」
「いっけえぇぇぇぇ!」
「きゃああああ!」
といったように、妖精達が仲良く遊んでいる。そして、
「……まったく、チルノはいっつもやりすぎよ」
冬の妖怪、レティ・ホワイトロックは一言つぶやいた後、湖の方角へ向かっていく。
レティは、例えて言うならお母さんのような役割に近い。
霧の湖にいるやんちゃな妖精達を子供と形容した場合、お母さん、というのが一番正しいだろう。
それに、体こそ小さいが、大人の雰囲気を持っているという珍しい妖怪でもある。
しかし、レティにはもう一つ大きな特徴―――運命があった。
チルノをなだめた後、元の場所に戻る。
「明日で、もう春ね。今年は随分短かったわ」
冬が終わると、消えてしまう。
それがレティに与えられた運命だった。
消えてしまう、といっても大袈裟なものではなく。
いつの間にか、冬になったときにこの場所へ姿を現し。
春になる直前にこの場所から忽然と姿を消す。
湖の妖精達は、そのことを知っているのだが、特に気にする用も無い。
冬の間だけ現れるレティが、妖精達のお母さん的な立場に立っていることについて、疑問を持つ妖精もいない。
妖精達は、ただレティがこのような存在であると言うことを認識するのみだ。
寂しがる妖精は、妖精のガキ大将的な存在、チルノ、の親友である通称大ちゃんと呼ばれている妖精くらいのものだろう。
「ちょっと例年より寂しい年になったわね」
霧の湖の外側、人一人が座れる位の大きさの岩場。ここがレティの特等席。
「今年は相談してくる妖精も少なかったしね」
妖精であろうと、一人一人に悩みはある。
その悩みを気軽に相談できる相手としても、レティは存在していた。
というよりも、レティの存在意義の半分は、これが占めているといってもいい。
そして、レティに相談した妖精達が、レティがいなくなることを寂しがるのである。
最も、寂しがる理由が、単純にレティがいなくなることを寂しがってるのか、相談相手がいなくなってしまうことにがっかりしているのか分からない。
これが、レティにとって唯一の悩みであったりする。
しかし、それを相談する相手も、相談をする必要も無かったりするので、本人はあまり気にしていない。
ただ、レティが一番妖精達の中で信をおいている妖精、大ちゃん。
レティはいつも大妖精、と呼んでいるのだが、あまり親しみを加えるとより一層いなくなった後に寂しさが増してしまうからだ、という理由らしい。
その、大妖精―――大ちゃんが、前者である、ただ単純にレティがいなくなっていることを寂しがっている妖精であった。
「大妖精も立派になって……」
妖精でも、精神面では大きく成長していく。
レティにとっては、大妖精の成長が大きな楽しみだ。
しかし、同時にだんだん相談も少なくなっていく大妖精に寂しさを感じることもある。
親離れした子供を惜しむかのように。
「あなたはどう思う?」
レティは後ろの森のほうへ声をかけた。
「どう思う?博麗の巫女さん」
レティがもう一度声をかける。
奇妙な沈黙が流れる。
「いつから気づいてたのかしら?」
先に沈黙を破ったのは、森のほうに隠れていた少女、博麗霊夢だった。
「さぁ、冬が始まった頃からかしら」
「……ほぼ最初から気づいてたって事ね」
「で、私に何か用かしら?」
「……別に、なんでもないわ」
霊夢は、週に二、三回ほど、必ずこの場所に足を運んでいた。
もちろん、霊夢にもここにいる理由はあるだろう。
事情があるのはレティでも分かっていた。
「で、冬の最初から気づいていて、一言も声をかけなかったのはなんでかしら?」
「あら、声をかけて欲しかった?」
「……別に」
「ふーん、まあいいわ、じゃあ一ついいことを教えてあげる」
レティは一呼吸おいて、霊夢にこう告げた。
「私はそろそろ、この幻想郷という舞台から一時的に姿を消すわ」
「……ふーん」
「あら、あまり驚かないのね」
「別に、私には関係ないわ」
「……まあいいわ。じゃあ、せっかくだしちょっと昔の話をしましょう」
レティと霊夢は面識がある。
「初めてあなたに会ったのは、二年前くらいだったかしら?霊夢」
「……あまり憶えてないわ」
「あの時、あなたは思いっきり私を打ち落としたわ」
「……」
「あの頃のあなたは、ただがむしゃらだったわね」
「そんなことない」
「ふふふ、冗談。私はあなたのことなんてまったく知りもしないわ」
「……何よ」
「さあね」
レティは何が言いたいのだろう。
霊夢はずっと、そんなことを考えていた。
最も、このような内容では霊夢にはレティの意図を感じられるはずも無かった。
「私を打ち落とした後は、どうだったかしら?霊夢」
「……」
「あら、どうしたのかしら?」
「ずるい」
「何が?」
「今更そんなことは話さないで欲しい」
「私は被害者よ?」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
また沈黙が流れる。
「レティ、ちょっと提案があるんだけど」
沈黙を破ったのはまたも霊夢だった。
「くろまく~」
レティがさえぎる。
「は?」
「霊夢、黒幕って分かる?」
「……分かるわよ」
「すごく損な役回りだと思わない?」
「何が」
「最後にだけ出てきて、やられちゃうのよ」
「ふーん」
「私だって、黒幕なのよ」
「どこがよ」
「冬にだけ出てきて、消えちゃうんだもの」
「それは違う気がする」
「だよね」
相変わらずのふわふわした会話。
霊夢が提案の話に戻そうとする。
「それで、提案なんだけど……」
「何?」
「うちの神社に来ない?」
「何で?」
「別に意味は」
「じゃあ、行かない」
「……最後の日にこのままいなくなるのはかわいそうだと思ったからよ」
「大きなお世話ね」
「ダメかしら?」
「霊夢がどうしてもっていうんなら」
「……さっきからそうなんだけど、霊夢霊夢って、馴れ馴れしい」
「あら、嫌がってるようには見えなかったけど」
霊夢には、分からなかった。
冬になると現れ、春になると消える。
そうわかっているのなら、何故こんなにも無駄に日々を過ごすのか。
霊夢の知っている限りでは、レティは妖精以外の誰とも関わってない。
それに、関わると言っても相談に乗るかチルノを止めにかかるかである。
人間は、自分の寿命が近づくと、死にたくないと言って最後に足掻くと言う話だ。
しかし、死の目前まで迫ると、急に何かを残そうとするらしい。
レティは死ぬわけではない。とはいえ、そういう姿勢があってもおかしくないとは思うのである。
だが、これは霊夢が人間だからの発想なのかもしれない。
とにかく今の状況としては、霊夢がレティに話しかけられてから軽くあしらわれているような状態。
「あの、レティ」
「何?霊夢ちゃん」
「……」
「あら、呼び捨てはダメかなぁと思って」
「むかつく」
「ふふふ」
依然、それは変わらず、レティが会話の主導権を握っている。
いや、会話というレベルに達していないかもしれない。
「ちゃん付けはやめて」
「あら?じゃあどうすればいいかしら?」
「もう、呼び捨てでいいわよ」
「馴れ馴れしいのは嫌なんじゃ?」
「ちゃん付けのほうが馴れ馴れしい」
「それもそうね」
「で……レティ」
「何?霊夢」
「やっぱり、神社に来てほしい」
「あら、折れるの早いわね」
「お願い」
「何で?」
「さっきも言ったでしょ」
霊夢が最後の一言を口にすると、それっきりレティは黙りこくった。
時間にして、約3分。
沈黙に耐え切れなくなったのは、またしても霊夢だった。
「どうしたの?返答は?」
「いや、ちょっと考え事」
「何よ」
「霊夢って、私のこと好きなのかなぁ~、と思って」
「……」
「照れちゃって、可愛いわね」
「……むかつく!!」
やはり、レティのほうが一枚上手だった。
霊夢は否定の素振りを見せようとするが、顔がすでに十分赤い。
そのことがどんなことを意味するかは、たとえチルノだとしても分かる。
なので、霊夢はそれ以上何も言わなかった。
ただ、レティには、霊夢がレティのことを好きだったとして、その理由が分からなかった。
「霊夢」
「……何よ」
「ちょっと相談」
「……何?」
「何で私のことが好きになったの?」
「私は一度もあなたが好きだとは言ってない」
「じゃあ、私の魅力を教えて、それならいい?」
「……」
「どうかしら?」
霊夢は顔を伏せる。そしてレティに話しかける。
「魅力なんていわれても、分からないわ」
「へぇ、それは一体どういうことかしら?」
「趣味なのか、そういう嗜好なのか分からないけど、その人を好きになることに魅力とか、そういう意味は必要ないと思うの」
「それはつまり?」
「つまりって……」
「認めちゃう?認めちゃうのかしら?」
「……むかつく」
両者、再び黙りこくる。
「霊夢」
今度は、レティが先に沈黙を破った。
「ばいばい」
霊夢は、その声を聴いた瞬間にレティの方向へ向きなおした。
しかし、その方向には、レティの姿は無かった。
「え……」
しばらく硬直する霊夢。
あまりに唐突過ぎて、何がおきたのかが分からない。
レティはもう消えてしまった?
「あ、あれ……」
レティは自分から消えたのだろうか。
それとも勝手に消えてしまったのだろうか。
しかし、霊夢はそんなことすら考えている余裕さえなかった。
茫然自失。愛する人を失った霊夢。
失った……という表現は正確には正しくないが、霊夢のショックの大きさはそれ同等に大きい。
というよりも、あまりに急過ぎて脳がおっついてないのかもしれない。
レティは霊夢に未練を持たせたくなかったのか?
なるほど、神社に行って、最後に一緒に過ごして、目の前で消えようものなら、霊夢は最後までだらだらとレティを惜しまなければならない。
霊夢はそのほうがよかったのだろう。
でも、レティのほうが霊夢のことを考えて、自ら消えてくれたのではないか。
「も、もしかしたら、レティは、さ、最初っから私に、興味なんか、無かった?」
そうだとしても、消えた理由に納得がいく。
それでもやはり、レティは勝手に消えたという可能性も考えられる。
自分で消えることが出来る……ってことではなかったとしたら。
それはレティの意思ではなく、霊夢が考えすぎだと言うことになる。
「レティ……」
霊夢は、もうしばらくは戻ってこないだろう愛する人の名前を口にする。
「好きだったのに……愛していたのに……やっぱり、ダメなのかしら?人間と妖怪だから?ただ単純にあなたが私を認めてくれないから?」
霊夢は虚空に問いかける。
「レティ……レティ……!」
霊夢は何度も何度も呼びかけた。
しかし、返事が来ることはなかっ
「なあに?」
あった。しかも自然に。
霊夢のすぐ後ろ。
「あ~あ、認めちゃった~♪」
再び茫然自失となる霊夢。
「……ええと、確認できてなかったから」
「……」
流石にレティも焦りを見せる。
「霊夢の気持ちが聞きたかった」
「……」
「ほら、私って優しいから」
「……」
「このままいなくなるわけないじゃない」
「……」
「それに、そこまで霊夢が焦ってると思わなくてさ」
「……」
「普通、気配とかで気づかないかな~って」
また沈黙。
「ね、ねぇ……機嫌直してくれるとうれし」
「レティのバカヤローーー!」
恐ろしい勢いで平手打ちを繰り出す。
レティはそれをよけようともせず、モロに食らった。
ばちーん!
大きな音が辺りを響かせる。
「あ……」
やってしまった、という表情の霊夢。
まともに当たるとは思っていなかったようだ。
沈黙。今日一番痛い沈黙。
「……博麗霊夢。通称、博麗の巫女」
レティが謎の会話を始める。
霊夢にも、何がなんだか分からない。
「実力十分、異変解決はほぼ彼女に任せればOK」
「……」
「見た目、かわいい。短気で暴力的なところもあるが、乙女らしい一面も見せる」
「むぅ……」
「でも、まだまだ子供ね」
そういうと、レティはもう一度姿を消した。
周りを見渡す霊夢。
辺りの気配を探る霊夢。
しかし、レティの姿はどこにも無く、気配も感じられない。
まさか―――
そう、霊夢が思った瞬間、顔のすぐ近くに奇妙な違和感を感じ―――
頬に、なにかの違和感を感じた。
そう、まるで口付けのような。
「ふふっ、来年に期待するわ。私はこういう運命だけど、幻想郷ではそれを捻じ曲げることもできる。ただ、それを私がするかどうかはあなたの成長次第」
空から降ってきた声。
「霊夢、がんばってね」
霊夢は、もう一度辺りを見渡す。
しかし、レティの姿はない。
しかし、見えるのは湖で無邪気に遊んでいる妖精達のみ。
「馬鹿ね……私……」
大人になったつもりでいた、ということか。
いや、自分がまだまだ子供だと言うことは霊夢には分かっていたのだろう。
霊夢は、レティに憧れていたのかもしれない。
しかし、それは霊夢にしか分からない事実。
「確かに私はまだまだ子供だわ」
霊夢は、何も無い空に向かって呟く。
「でもね、レティ、人間の成長ってすごいのよ」
返答は、もちろん無い。
「私は、せっかちだった。最初のあなたの質問にも、答えていない」
しかし、その声には、強さがともっている。
「どんなに時間が経ってもいい、どんなにあなたが遠い存在でもいい」
霊夢は、大きく深呼吸して、さらにもう一度一呼吸。そして一言。
「それでも私は諦めない」
霊夢に失ったものは無く、かわりに得たものが一つ。
それは、自分の未熟さを認める心と。
レティを愛する権利を得るための。
大きな決意。
分類としては妖怪に属するはずですが…。雪女だし。
内容は個人的には好きですよー。
次回作とか楽しみになれます
修正。やらかしちまったよ。これじゃあにわか東方厨と変わらないよ!勢いでやりすぎたよ!
意図的なもの……ということにしておこうという考えが一瞬頭をよぎったが、それも反省。
推敲の時点で気付くべきだった。
次も楽しみにしてます