「あ、お疲れ様です。メイド長」
「お疲れ様」
廊下ですれ違う妖精メイドに瀟洒に挨拶を返す。
私の名は十六夜咲夜。
完璧にして瀟洒な従者。
かつかつと歩く私の前方、曲がり角の方から声が聞こえる。
「はーしんどい」
「午後の昼下がりってやる気出ないよねぇ」
そんな可愛い愚痴に一瞬苦笑を漏らすも、一秒後には口元を引き締める。
角を曲がると、案の定、壁にくたっともたれた妖精メイドが二匹。
「こら。しゃんとしなさいな」
「わ! メイド長!」
慌てて壁から離れ、背筋を伸ばす二匹。
うむ、素直でよろしい。
「しんどいのは分かるけど、皆頑張ってるんだから。ね?」
「は、はい! すみませんでした!」
「ん。分かればいいのよ」
私はそれだけ言うと、かつかつと二匹の横を通り過ぎた。
過度の叱咤は敵愾心を煽るだけであり、逆効果だ。
「……メイド長、すごいね。ずっと働いてるのに、全然疲れてないみたい」
「……ホントホント。尊敬しちゃう」
そんな背後のひそひそ話も丸聞えだったが、まあこれについては聞かなかったことにしておこう。
さらにその後も何匹もの妖精メイドとすれ違った私は、その度に瀟洒に挨拶をしたり、あるいは瀟洒に激励をしたりした。
紅魔館のメイド長たる者、常に瀟洒に振舞うことを忘れてはならない。
そうこうしているうちに、私はいつの間にか自室扉の前に辿り着いていた。
「……さて」
誰に言うともなく呟き、扉を開く。
部屋の中に足を踏み入れつつ、後ろ手に扉を閉める。
そして。
「―――時間停止―――」
一瞬にして、世界がその挙動を停止する。
ただ一点、私という存在だけを除いて。
にやりと、私は口角を吊り上げる。
今まさに、ハイパー咲夜ちゃんタイムが幕を開けた。
「うああ~!! つ~か~れ~た~!!」
そんな雄たけびを上げながら、ベッドにぼふんとダイブする私。
ぼよよんという弾力が返ってきて、ほんの一瞬、浮揚感を味わう。
「つかれたーつかれたー! 咲夜ちゃんは休息を欲するのでありますー!」
ばたばたばたばたと、ひたすら自由泳法でベッドの上を蹂躙する。
ひとしきり暴れてから、ぐでっと突っ伏す。
「ふはー」
顔面が枕に沈み込んでゆくこの心地良さ。
このまま少し寝ちゃおうかなとも思ったが、完全に眠り込んでしまうと停止が解ける危険性があるのでそこは自重しておく。
「あー極楽極楽」
今度は仰向けになり、両手足を大の字にう~んと伸ばす。
全身の関節が小気味よくパキパキ鳴って気持ち良い。
「なんかみなぎってきた」
反動をつけてベッドから飛び降りた私は、とりあえず瀟洒ダンスを踊ってみることにした。
くるくると回転したり、適当にジャンプをしては着地に失敗して転んだり。
疲れているときほど、無性にはしゃぎたくなるのは何故なんだろう。
「自由だー!!」
別に普段が不自由であるとは思わないが、今の私ほど自由な存在も他にないだろう。
何せ今この世界には、この私しか存在していないのだから。
そんなこんなではしゃぎ回ること十数分、瀟洒ダンスの五番あたりでむきゅぅとお腹が鳴った。
「レスキューレスキュー。小腹レスキュー。咲夜ちゃんは救援物資を要求するであります!」
無線機を持つ仕草をしてどっかの誰かに応答を求める。
もちろん返答はないが、そんなことは気にしてはいけない。
「そうだ、ポテチを食べよう」
おおむろに戸棚を開け、食べかけだったポテチの袋を取り出す。
再びベッドにダイブして、寝っ転がりながらばりばりと頬張る。
「うーん。やっぱりポテチはのりしおに限るわね」
コンソメパンチも捨てがたいけどね。
そんなことを思いつつ、ごろごろだらだらしているうちにポテチはなくなった。
「ふぅ」
小腹レスキューも完了したあたりで再び大の字になる。
生きてるって素晴らしいわあ。
「……むにゅ」
若干うとうとし始めてきた。
いかん、いかん。
「ほいさっと」
弾みをつけて跳ね起きる。
今ここで眠ってしまったら全てが水泡に帰してしまいかねない。
「そうだ、あれを読まないと」
私はポテチの油脂と青ノリがつきまくった手を石鹸でしっかりと洗ってから、本棚から一冊の本―――先日、お嬢様からお借りした漫画―――を取り出した。
なんでも、近未来の宇宙空間を舞台にした、愛とスペースデブリにまつわるお話らしい。
「これ読んだら仕事に戻ろうっと」
再びベッドにぼふんして、私は枕を抱えて読み始めた。
あーたのしー。
「……ふぅ」
およそ一時間後(あくまでも体感)、私は漫画を読み終え、すっきりした気分で伸びをしていた。
流石はお嬢様のお勧めだけあって面白かった。
ついつい時間を忘れてのめり込んでしまった。
「まあ、時間止まってるんですけどねー!」
セルフツッコミまでしてしまう始末だ。
それほどまでに今の私のテンションは高かった。
後で二巻を借りるとしよう。
「……さて、と」
だが、この楽しい時間もそろそろお開きだ。
私の能力とて無限ではなく、一日あたりに行使できる上限は決まっている。
この館ではいつ何時何が起こるか分からないので、常に最低限の力は残しておかないといけない。
「まあ、だったらこんな息抜きのために使うべきではないのかもしれないけど……」
しかしそうは言っても、私だって少し普通じゃないだけのただの人間であり、休息(ハイパー咲夜ちゃんタイム)は絶対的に必要なのだ。
そしてそれを思う存分満喫するためには、たとえ自室の中であっても、こうして時間を、もとい世界を停止させる必要がある。
……なぜなら。
この紅魔館においては、蝙蝠に姿を変えた主が窓の外から闖入してきたり、あるいはその主の妹がノックもせずにいきなり部屋に入ってきたり、はたまた私のファンと思しき妖精メイドが扉の外で聞き耳を立てていたりするからだ。
ゆえに、常に完璧かつ瀟洒で在り続けなければならない紅魔館のメイド長たる私にとって、休息時の時間停止という措置は、自身のイメージを死守するための絶対防衛線なのだ。
「うっしゃ」
姿見の前に立ち、ぱしっと両手で頬を叩いて気合を入れ直す。
充電完了。
「いくわよ、咲夜」
そこに映る自分は、普段通りの、完璧にして瀟洒な従者に他ならなかった。
自身が完全に在るべき姿に戻ったことを確認した私は、
「―――停止解除―――」
瞬間、世界に色が戻る。
チクタクと、時計の針の音がする。
私が部屋を出ると、いつも通りの世界が私を迎えてくれた。
かつかつと、廊下を歩く。
通り過ぎる妖精メイドに、瀟洒に挨拶をする。
「お疲れ様」
「おっ……お疲れ様です」
なぜか、少し驚いたような表情だった。
ちょっと瀟洒過ぎたのかしら。
「お疲れ様」
「あっ……えっと……お、お疲れ様です」
その後も何匹もの妖精メイドに瀟洒に挨拶をしたが、皆一様に驚いた顔つきになった。
……ふむ。どうやら、十分な休息(ハイパー咲夜ちゃんタイム)を取ったことで、瀟洒さにも一層磨きが掛かったようね。
私は続けて、大図書館に給仕に行った。
パチュリー様の普段のお世話は小悪魔に一任しているが、三時のおやつだけは私が用意する慣習になっている。
私が今日のおやつであるザッハトルテを持って訪れると、
「あ、ありがとう。咲夜」
「い、いつもありがとうございます。咲夜さん」
意外にも、パチュリー様と小悪魔まで驚いた様子だった。
どうも、私の瀟洒レベルは自分で思っている以上に高まっているようだ。
なんか面白くなってきた。
気を良くした私は、特に用事も無かったが門前の美鈴のところにも行ってみた。
案の定、美鈴は驚いた表情となり、
「さ、咲夜さん。今日もお美しいアルネ」
と、なんだか不自然な言語を発していたが、まあ期待通りに驚いてくれたので気にしないことにした。
再び館内に戻った私は、先ほど読み終えたお嬢様所有の漫画を持って、地下にある妹様の部屋に行ってみた。
お嬢様から、「フランも読みたがっていたから読み終えたら貸してあげて」と言われていたのだ。
普通の吸血鬼ならばまだ寝ている時間帯だが、妹様は長年のひきこもり生活の結果、夜昼逆転の生活リズムになってしまったので、多分普通に起きていることだろう。
「あ、ああ……わざわざありがとう。咲夜」
思った通りに妹様は起きており、そしてやはり私を見るや、目を見開いて驚嘆して下さった。
とうとう、私の瀟洒エントロピーは吸血鬼をも凌駕するレベルにまで達したようだ。
……流石は完璧にして瀟洒な従者ね、十六夜咲夜。
なんて内心で自画自賛してみる。
もちろん、外面にはおくびにも出さないが。
非常に満足した心地で地下室を後にした私は、いつも以上に瀟洒な足取りで廊下を歩く。
「後はお嬢様か……でも、この時間じゃまだ寝てるわよね」
なんて独りごちていると、
「あら、咲夜」
「お嬢様」
偶然にも、曲がり角で当の主に出くわした。
私は即座に、宇宙最高ランクの瀟洒さをもって挨拶をする。
「おはようございます。お嬢様」
「お……おはよう。咲夜」
そう答えるお嬢様も、例に漏れず驚きを隠せない表情だ。
まるで、昨日までの私とは違う私を見ているかのような目を此方に向けている。
予想通りの反応に、私は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、
「どうされたのですか? 随分お早いお目覚めのようですが」
「う……うん。なんか、目が覚めちゃって」
「そうですか。では、お早めの御夕食に致しますか?」
「ああ、いや……まだ、いいわ。そんなにお腹空いてないし、早く目が覚めちゃったついでに、霊夢のとこにでも行こうかなと思ってたとこだから」
「畏まりました。では、どうかお気をつけて」
「…………」
ぺこりと一礼し、主を見送る所作の私。
しかし、お嬢様は何やら物言いたげな顔つきで、その場に留まっている。
「? どうしたのですか?」
「…………」
お嬢様は周囲をきょろきょろと見回してから、私に向けてちょいちょいと手招きをした。
「?」
身をかがめ、お嬢様と同じ目線になる。
すると、お嬢様は少し背伸びをして、私の耳元に顔を寄せてきた。
なんか可愛い。
「あのね、咲夜」
「はい」
「とっても言いにくいことなんだけど」
「はい」
「前歯に、青ノリついてる」
全世界が停止した。
了
「お疲れ様」
廊下ですれ違う妖精メイドに瀟洒に挨拶を返す。
私の名は十六夜咲夜。
完璧にして瀟洒な従者。
かつかつと歩く私の前方、曲がり角の方から声が聞こえる。
「はーしんどい」
「午後の昼下がりってやる気出ないよねぇ」
そんな可愛い愚痴に一瞬苦笑を漏らすも、一秒後には口元を引き締める。
角を曲がると、案の定、壁にくたっともたれた妖精メイドが二匹。
「こら。しゃんとしなさいな」
「わ! メイド長!」
慌てて壁から離れ、背筋を伸ばす二匹。
うむ、素直でよろしい。
「しんどいのは分かるけど、皆頑張ってるんだから。ね?」
「は、はい! すみませんでした!」
「ん。分かればいいのよ」
私はそれだけ言うと、かつかつと二匹の横を通り過ぎた。
過度の叱咤は敵愾心を煽るだけであり、逆効果だ。
「……メイド長、すごいね。ずっと働いてるのに、全然疲れてないみたい」
「……ホントホント。尊敬しちゃう」
そんな背後のひそひそ話も丸聞えだったが、まあこれについては聞かなかったことにしておこう。
さらにその後も何匹もの妖精メイドとすれ違った私は、その度に瀟洒に挨拶をしたり、あるいは瀟洒に激励をしたりした。
紅魔館のメイド長たる者、常に瀟洒に振舞うことを忘れてはならない。
そうこうしているうちに、私はいつの間にか自室扉の前に辿り着いていた。
「……さて」
誰に言うともなく呟き、扉を開く。
部屋の中に足を踏み入れつつ、後ろ手に扉を閉める。
そして。
「―――時間停止―――」
一瞬にして、世界がその挙動を停止する。
ただ一点、私という存在だけを除いて。
にやりと、私は口角を吊り上げる。
今まさに、ハイパー咲夜ちゃんタイムが幕を開けた。
「うああ~!! つ~か~れ~た~!!」
そんな雄たけびを上げながら、ベッドにぼふんとダイブする私。
ぼよよんという弾力が返ってきて、ほんの一瞬、浮揚感を味わう。
「つかれたーつかれたー! 咲夜ちゃんは休息を欲するのでありますー!」
ばたばたばたばたと、ひたすら自由泳法でベッドの上を蹂躙する。
ひとしきり暴れてから、ぐでっと突っ伏す。
「ふはー」
顔面が枕に沈み込んでゆくこの心地良さ。
このまま少し寝ちゃおうかなとも思ったが、完全に眠り込んでしまうと停止が解ける危険性があるのでそこは自重しておく。
「あー極楽極楽」
今度は仰向けになり、両手足を大の字にう~んと伸ばす。
全身の関節が小気味よくパキパキ鳴って気持ち良い。
「なんかみなぎってきた」
反動をつけてベッドから飛び降りた私は、とりあえず瀟洒ダンスを踊ってみることにした。
くるくると回転したり、適当にジャンプをしては着地に失敗して転んだり。
疲れているときほど、無性にはしゃぎたくなるのは何故なんだろう。
「自由だー!!」
別に普段が不自由であるとは思わないが、今の私ほど自由な存在も他にないだろう。
何せ今この世界には、この私しか存在していないのだから。
そんなこんなではしゃぎ回ること十数分、瀟洒ダンスの五番あたりでむきゅぅとお腹が鳴った。
「レスキューレスキュー。小腹レスキュー。咲夜ちゃんは救援物資を要求するであります!」
無線機を持つ仕草をしてどっかの誰かに応答を求める。
もちろん返答はないが、そんなことは気にしてはいけない。
「そうだ、ポテチを食べよう」
おおむろに戸棚を開け、食べかけだったポテチの袋を取り出す。
再びベッドにダイブして、寝っ転がりながらばりばりと頬張る。
「うーん。やっぱりポテチはのりしおに限るわね」
コンソメパンチも捨てがたいけどね。
そんなことを思いつつ、ごろごろだらだらしているうちにポテチはなくなった。
「ふぅ」
小腹レスキューも完了したあたりで再び大の字になる。
生きてるって素晴らしいわあ。
「……むにゅ」
若干うとうとし始めてきた。
いかん、いかん。
「ほいさっと」
弾みをつけて跳ね起きる。
今ここで眠ってしまったら全てが水泡に帰してしまいかねない。
「そうだ、あれを読まないと」
私はポテチの油脂と青ノリがつきまくった手を石鹸でしっかりと洗ってから、本棚から一冊の本―――先日、お嬢様からお借りした漫画―――を取り出した。
なんでも、近未来の宇宙空間を舞台にした、愛とスペースデブリにまつわるお話らしい。
「これ読んだら仕事に戻ろうっと」
再びベッドにぼふんして、私は枕を抱えて読み始めた。
あーたのしー。
「……ふぅ」
およそ一時間後(あくまでも体感)、私は漫画を読み終え、すっきりした気分で伸びをしていた。
流石はお嬢様のお勧めだけあって面白かった。
ついつい時間を忘れてのめり込んでしまった。
「まあ、時間止まってるんですけどねー!」
セルフツッコミまでしてしまう始末だ。
それほどまでに今の私のテンションは高かった。
後で二巻を借りるとしよう。
「……さて、と」
だが、この楽しい時間もそろそろお開きだ。
私の能力とて無限ではなく、一日あたりに行使できる上限は決まっている。
この館ではいつ何時何が起こるか分からないので、常に最低限の力は残しておかないといけない。
「まあ、だったらこんな息抜きのために使うべきではないのかもしれないけど……」
しかしそうは言っても、私だって少し普通じゃないだけのただの人間であり、休息(ハイパー咲夜ちゃんタイム)は絶対的に必要なのだ。
そしてそれを思う存分満喫するためには、たとえ自室の中であっても、こうして時間を、もとい世界を停止させる必要がある。
……なぜなら。
この紅魔館においては、蝙蝠に姿を変えた主が窓の外から闖入してきたり、あるいはその主の妹がノックもせずにいきなり部屋に入ってきたり、はたまた私のファンと思しき妖精メイドが扉の外で聞き耳を立てていたりするからだ。
ゆえに、常に完璧かつ瀟洒で在り続けなければならない紅魔館のメイド長たる私にとって、休息時の時間停止という措置は、自身のイメージを死守するための絶対防衛線なのだ。
「うっしゃ」
姿見の前に立ち、ぱしっと両手で頬を叩いて気合を入れ直す。
充電完了。
「いくわよ、咲夜」
そこに映る自分は、普段通りの、完璧にして瀟洒な従者に他ならなかった。
自身が完全に在るべき姿に戻ったことを確認した私は、
「―――停止解除―――」
瞬間、世界に色が戻る。
チクタクと、時計の針の音がする。
私が部屋を出ると、いつも通りの世界が私を迎えてくれた。
かつかつと、廊下を歩く。
通り過ぎる妖精メイドに、瀟洒に挨拶をする。
「お疲れ様」
「おっ……お疲れ様です」
なぜか、少し驚いたような表情だった。
ちょっと瀟洒過ぎたのかしら。
「お疲れ様」
「あっ……えっと……お、お疲れ様です」
その後も何匹もの妖精メイドに瀟洒に挨拶をしたが、皆一様に驚いた顔つきになった。
……ふむ。どうやら、十分な休息(ハイパー咲夜ちゃんタイム)を取ったことで、瀟洒さにも一層磨きが掛かったようね。
私は続けて、大図書館に給仕に行った。
パチュリー様の普段のお世話は小悪魔に一任しているが、三時のおやつだけは私が用意する慣習になっている。
私が今日のおやつであるザッハトルテを持って訪れると、
「あ、ありがとう。咲夜」
「い、いつもありがとうございます。咲夜さん」
意外にも、パチュリー様と小悪魔まで驚いた様子だった。
どうも、私の瀟洒レベルは自分で思っている以上に高まっているようだ。
なんか面白くなってきた。
気を良くした私は、特に用事も無かったが門前の美鈴のところにも行ってみた。
案の定、美鈴は驚いた表情となり、
「さ、咲夜さん。今日もお美しいアルネ」
と、なんだか不自然な言語を発していたが、まあ期待通りに驚いてくれたので気にしないことにした。
再び館内に戻った私は、先ほど読み終えたお嬢様所有の漫画を持って、地下にある妹様の部屋に行ってみた。
お嬢様から、「フランも読みたがっていたから読み終えたら貸してあげて」と言われていたのだ。
普通の吸血鬼ならばまだ寝ている時間帯だが、妹様は長年のひきこもり生活の結果、夜昼逆転の生活リズムになってしまったので、多分普通に起きていることだろう。
「あ、ああ……わざわざありがとう。咲夜」
思った通りに妹様は起きており、そしてやはり私を見るや、目を見開いて驚嘆して下さった。
とうとう、私の瀟洒エントロピーは吸血鬼をも凌駕するレベルにまで達したようだ。
……流石は完璧にして瀟洒な従者ね、十六夜咲夜。
なんて内心で自画自賛してみる。
もちろん、外面にはおくびにも出さないが。
非常に満足した心地で地下室を後にした私は、いつも以上に瀟洒な足取りで廊下を歩く。
「後はお嬢様か……でも、この時間じゃまだ寝てるわよね」
なんて独りごちていると、
「あら、咲夜」
「お嬢様」
偶然にも、曲がり角で当の主に出くわした。
私は即座に、宇宙最高ランクの瀟洒さをもって挨拶をする。
「おはようございます。お嬢様」
「お……おはよう。咲夜」
そう答えるお嬢様も、例に漏れず驚きを隠せない表情だ。
まるで、昨日までの私とは違う私を見ているかのような目を此方に向けている。
予想通りの反応に、私は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、
「どうされたのですか? 随分お早いお目覚めのようですが」
「う……うん。なんか、目が覚めちゃって」
「そうですか。では、お早めの御夕食に致しますか?」
「ああ、いや……まだ、いいわ。そんなにお腹空いてないし、早く目が覚めちゃったついでに、霊夢のとこにでも行こうかなと思ってたとこだから」
「畏まりました。では、どうかお気をつけて」
「…………」
ぺこりと一礼し、主を見送る所作の私。
しかし、お嬢様は何やら物言いたげな顔つきで、その場に留まっている。
「? どうしたのですか?」
「…………」
お嬢様は周囲をきょろきょろと見回してから、私に向けてちょいちょいと手招きをした。
「?」
身をかがめ、お嬢様と同じ目線になる。
すると、お嬢様は少し背伸びをして、私の耳元に顔を寄せてきた。
なんか可愛い。
「あのね、咲夜」
「はい」
「とっても言いにくいことなんだけど」
「はい」
「前歯に、青ノリついてる」
全世界が停止した。
了
こんな私もうすしお派!
さくやしゃん……
この作品によって再認識したのは以下の二点。
青ノリは少女の敵。
咲夜さん最大のストロングポイントはやっぱそのナチュラルっぷりだよね。
うん、瀟洒な掌編でございました。
ところでお嬢様とは漫画の趣味が合いそうだ…
きーみが瀟洒じゃなくなってーく
青ノリ前歯についーてるーよ
気付いてくーれーよー!
咲夜ちゃんが可愛すぎた。
まぁ、そういう時もあるさ。
あと、お嬢様に借りた漫画は面白いから全部読むべき。
これが日常
コンソメにしときゃ良かったのにw
さすがです。
瀟洒な咲夜さんと、咲夜ちゃんとのON、OFFがすごすぎる。
人間だしやってしまうことあるよね
だがそこがいい!
私が思う本当にできる人間は、あなたの咲夜さんみたいな人だと思います。
本当にポテトチップスののり塩、お好み焼き、たこ焼きを食べた後、人前に出る前に確認しないと…
読者を飽きさせない書き方が素晴らしい!
エントロピーを凌駕してますね。流石、まh(蹴
因みに、ボクは最近、コンソメがお気に入りです。
楽しませてもらいました。
ポテチをかじるどころか袋を破くこともできないってスプリガンが言ってたとかそんなの些細な事。
瀟洒じゃねぇ!ぜんっぜん瀟洒じゃねぇこの咲夜さん!!
だがそれがいい
問題ない。