Ⅰ 第一種…
本日、地霊殿に珍しい客がやってきた。
「おや、あんたは地底の入口ン所の橋姫さんではないか。いったい何用でわざわざ?」
「ちょっとね…さとりのとこまで案内して頂戴。」
パルスィの様子はお燐から見ても弱々しかった。
まず、綺麗なエメラルドグリーンだった両目は黒の絵の具を混ぜたような、生気の感じられない色になっていた。
髪もツヤがないし、色が少し褪せている気もする。
なにより、いつものパルスィが漂わせている妬ましオーラが全くないのだ。
これは只事ではないと、お燐は早速颯爽とご主人様のところへ運んだ。
「さて、なにやら事情が沢山ありそうな心ですが、言葉に出して話してくれますか?」
「そうね。さとり、相談があるの。」
重苦しそうなパルスィから、そのまま重苦しい声が発された。
「私は嫉妬により形成され、嫉妬によって動いてきたような妖怪でしょ。」
形成は大げさでは、と思うさとりである。
「さて、そんなわたしから嫉妬を奪うとどうなると思う?」
「貴方が嫉妬で形成されてるなら全てが無くなってしまうでしょうね。」
「それは大げさよ。」
自分でもそう思っていたのか。まあ、さとりにとっては数秒前から分かっていたことだろうが。
「でも、私の生命活動エネルギーが無くなってしまうことに等しいのよ。」
「そして、今、貴方から嫉妬が奪われてしまったわけですね。」
「そう。私、もう妬むことができない体になってしまったのよー。」
と、テーブルにつっ伏すパルスィ。たれパルスィである。
さとりが問う。
「一体何故。この世からあなたにとって妬むべきものが全て消えたわけではないでしょう。」
「いい、まず最近地上との交流が出来るようになったじゃない。だから地上の光が全く妬ましくないのよ。」
「それじゃ金欲。」
「それもダメ。地上との交流が始まったことによって、橋を通る人がかなり増えたんだけどね。
彼らが通行料と間違えてと思うんだけど、私の家の前に金を落としてくれるのよー。」
さとりは知っている。それは通行料のつもりなんかじゃないってことを。
実は、パルスィの家はとんでもなくボロい。人が住んでいるのかと疑うぐらい廃墟である。
何故かというと、単純に建て替えていないからである。
でも彼女は困らない。
基本的に地底の妖怪は夜に家に帰らない。どんちゃん騒ぎをそのまま夜通しぶっ通す。
または居酒屋のカウンターで倒れて寝てしまう。
パルスィは大抵勇儀に担がれてそのまま彼女の家で寝ている。
家は実質倉庫のような役目である。
だが、地上の人はそんなことも知らず、この家の住民は橋を守ってくれてるのにもかかわらずなんてみずほらしい生活なんだと勝手に哀れむのだ。
そして金を置いていくのである。
無論、そんな真相はパルスィは知らない。
「なら物欲。」
「貯金された金が有り余っているのよ。だからなにかいいものを見ても『その気になれば私だって買えるし。』って考えちゃうのよね。買わないけど。」
その気になれば私だって…という言葉の有効活用例を初めて見た気がする。
ちなみに日本人の貯金好きは世界の中でも異様なほどである、ってけーねが言ってた。
「じゃあ、カップルとか見て、リアジュー妬ましい!とかはどうですか?」
「私気が付いてしまったの…。私が勇儀と一緒に居酒屋で食事して、そのまま家に行って、寝て、朝私が早く起きたなら朝ごはん作ってあげて、
いろいろ話をして、たまに二人で地上に行って屋台に行ったりしているのって、これってリア充じゃない?って。
もうそれからは橋を手を繋いで渡る輩を見てもぜんぜん熱くなれなくて…」
末永く爆発しててください。
寝るの意味があっちの方面であれば、完全に恋人関係です。
なお押し問答は続いた結果…さとりは諦めた。
「なるほど、本当に妬むものがないんですね。」
「このままでは本当に私の存在がなくなってしまうかもしれない…」
とりあえず駄目元で妬ませせてみようと試みるさとり。
「それじゃあ、試に私がお題を上げますから、妬んでみて下さい。」
「まあ、やってみるだけやってみる。」
パルスィは半ば諦めているようだ。
咳払い一つした後、さとりは誇らしげに言った。
「私の家はこんなに広いんですよー。どうですー。いかにも豪邸でしゃれてるでしょー。えへん。」
「確かに…外から見ても異様なほど巨大よね、妬ましいっ。
あ、でもこんなに広いと掃除が大変じゃないのかしら。ステンドグラスなんて綺麗にするの大変っぽいし。
実際に住んでみると部屋と部屋の距離が遠いって不便なのよね。あと誰かに用があって呼びつけるときとかとか…」
「はいよくわかりました。根っからの重症ですね。 …おや?」
その時さとりは見た。
彼女が一瞬妬む動作をするとき、爪を噛んだのだ。
さらに、深層心理を見ると、彼女は嫉妬するとき爪を噛む癖があるということが分かった。
よく見ると、彼女の右手の親指の爪先は歪な形であった。
「ならばこれです。私の親指を見てごらんなさい。どうです?」
「特になにもないけど。」
何が言いたいというような顔をするパルスィ。
「綺麗でしょう。では、自分の指を見てはどうです?」
「なっ!何でこんなにギザギザしてるの?」
どうやら自分の癖に気が付いていないのか…
「ふふふ、どうです。妬ましくありませんか、このきれいに揃った爪は…」
「くっ、妬ましい…はっ!」
「どうやら自分の癖に気が付いたようですね。ではお燐の爪も見ていきますか?きれいに研ぎ澄まされていますよ?」
「なんて妬ましいの!ありがとさとり!」
そういってパルスィは駆け去って行った。
これから彼女は嫉妬が必要になれば、他人の爪を見ればいい。そうしたら癖で彼女は自分の爪を噛むだろう。
そうしたらますます他人の爪が妬ましくなる。こうして永久機関の完成である。
数日後
「助けてさとり!あなたの奥義が破られてしまったの!
ある日私が勇儀と手を繋いで歩いていたら、あいつが言ったの『パルスィは手が綺麗だなあ』って。その手は偶然左手だったわ。
その時私は気が付いた、右手を極力隠していけばいいんじゃないかって。
それで何もかも妬ましくない数日を過ごしているうちに、爪が伸びたから切ったら、私の右手の親指も正常になったのよ!」
「末永く爆発しててください。」
おっと、過去の第三者の視点の心まで読まれてしまったらしい。
Ⅱ 駐車場と電柱
紫に頼んで一時的に大結界の外に出て、外の世界の観光に来ている地霊殿の面々。
街並みを歩いているうちにお空がざわざわしてきた。
「さとりさまー!なんと、私の名前があちこちにあります!どういうことなんでしょう!?」
「あー、これはただの駐車場ですね。」
外の世界には、観光に来ている者達がもう一組いた。天狗の新聞記者どもである。
街並みを歩いているうちに文がざわざわしてきた。
「ねえはたてー!?ここの通りにたくさん私の名前があるんだけど、これなに?どゆこと?」
「何言ってんの、そこはただの通学路よ。」
Ⅲ とある従者へのインタビュー
―― 主人に言われて悔しかった言葉は?
「そうですね、結構な頻度で言われる言葉なんですが、『あなたは半人前ね~』といった類の言葉ですね。
これは私が半人半霊であって、さらに私にいろいろと至らないところがあるから言われている、そんな単純なことではないんです。
私の師匠である祖父に対しては、幽々子様は必ず『妖忌は未熟者ね~』と笑いながら言います。
例えば、みそ汁をつい吹きこぼしてしまったり、包丁が上手に使えなくて漬物が切れずに繋がっていたりする時とかに冗談めかして言うんです。
幽々子様は感性が古風というか、特殊というか…まあそういうお方でして、
完全な物よりも、少し欠けていたりするものを好むんですよね。
だから、この言葉はある意味褒め言葉だったりします。師匠もそこらへんは心得ていたので、笑いながら言葉を返していました。
そうすると、『半人前』という言葉の意味、重みが分かるでしょう?
私なりの解釈なのですが、私は少し欠けてるという度ではなく、半分ほど欠けていてるレベルで、もはや風情もないといった感じでしょうかね。
よそ者がからかい半分でこの言葉を発するのには全く動じないのですが、幽々子様の言葉だとグサッときますね。」
―― 主人に言われて恐ろしかった言葉は?
「『あなたは半熟者ね~』です。しかも食事前の風呂上りに言われました。食われるかと思いました。」
Ⅳ 巫女(Not みこ)
魔法の研究が一息ついたため、いつものように霊夢のもとに向かうことにした。という思考をすでに椅子から立ち上がる前に終わらせている。
これが霧雨魔理沙なのである。
むしろ、実験中も考えていたのかもしれない。無意識のうちに、研究の励みのために。
久しぶりの伸びをしたらつい「あうっ!」っと変な声が出た。
誰も聞いていないだろうが恥ずかしくなってきょろきょろとあたりを見渡す。
玄関にある箒をひったくると、照れ隠しのためかいつもの一割増しの速さで空を翔けていった。
神社に着くと先客がいた。いや、客と呼ぶには彼女の態度は緩み過ぎている。無論、いつもの光景なのだが。
「…本ぐらい家で読めばいいだろうに。」
「ここが落ち着くのよ。こーこーがー。」
180度寝返りの反復運動を繰り返しながら、紫は答えた。
360度でない理由は、彼女の両手が本をがっちりホールドしているからである。
「霊夢はこの私を置いてけぼりにして昼寝モードに移行しちゃったから、お茶は自分で用意することね。あ、私の分もお願いー。」
「まったく、お前は何様なんだか。」
手慣れた手つきで茶を入れる。やはりいつものことである。
「紫様よ。ミス幻想郷紫少女様よ。」
「その名で呼ばれたいんだったら、幻想郷の全てを敵に回すことになるな。」
即否定。紫が自信を持たせないためにも大切なことである。
万が一自信を持ってしまって変なアクションをされたら、もしかしたら幻想郷は滅亡してしまうかもしれないからである。
「そんなことはないわ。藍や幽々子は私について来てくれるはずよ。」
わるあがき。
「それはないぜ。」
「そうね、それはないわね。」
再び静寂。
紫の本へのがっちりホールドが一瞬緩み、一枚のページが重力による振り子運動によって対岸に渡った。
「まったく、本なら自宅できちんとマッサージチェアにでも座って読めばいいだろう。ここに来る意義はあるのか?」
「それじゃあ、なぜあなたはここに来たのかしら。どうせ、研究に行き詰ったか、一段落ついたか、それか宴会をしようとしているかのどれかでしょ。」
「おやおや、妖怪の賢者ともあろうものが、なお選択肢を3つ残すとはな、らしくないぜ。
さあて、当ててみるんだな。確率はなんと1/3だぜ。」
皆さんもご一緒にお考えください。分からなかったら永琳のところへ治療を願うべきです。
「むー、それじゃ研究に行き詰った!」
「私は宴会をするつもりはなかったと言っておこう。今なら先ほどのお前の発言を変えられるぞ。」
「じゃあ、研究に一段落ついたのね。」
「ああ、そうだ。」
「常識的事項ね。」
「常識ではないが、すこし頭を捻れば分かることだな。」
ページはなおひらひらと捲られていく。
紫はなおごろごろと転がっている。
「結局あなたは大した用もなくここにやって来ているのよ。私と同じで。」
さもここが我が家と言わんばかりの読書をしている奴と一緒にしてほしくはないだろう。
「失礼な。私は体をリフレッシュしているんだ。どこぞのグータラとは違う。」
「そんなもん家でもなんとかなることじゃない。」
「家は大の字になるほどのスペースはないんだ。」
「ちょっと家の外に出ればいいじゃない。」
「魔法の森は空気が悪いんだ。」
「やれやれ、強情ね。なんとなくここに来てしまう自分を認めちゃえばいいのに。」
ごろごろ、はらり。
「…何の本を読んでるんだ?」
「んー、まだ幻想入りはしないであろう本。というか、もしあなた達が読んだところであまり面白さは理解できないでしょうね。」
「失礼な、私にだって文学少女なんだぜ。」
「魔導書のだけどね。えーとね、そうじゃなくて、よく知られていないのカテゴリーの人についての本ですから。
『腐○子彼女』っていうんだけど、『ふじょし』といっても分からないでしょう?」
「なんだ、助詞の種類か?」
「そうそう、符助詞。“符の壱「四重結界」”の≪の≫ね。」
ごろごろ、ぱたん、むくり。
「む、油揚げの匂い…夕飯が出来たわね。」
「いつのまに藍になったんだ、お前は。」
「藍に出来て私に出来ないことはないのよ、回転以外なら。じゃあね。」
オノマトペでは表現できない音でスキマが開き、紫は転がりつつスキマに入って行った。
「あら、いつのまに紫が魔理沙に変装しているわね。」
入れ替わりに、後ろから霊夢がやって来た。
「おや霊夢、私は正真正銘360度全身全霊で本物の魔理沙さんだぜ。」
ホントに霊夢は寝起きでも寝ぼけたりはしない。つまらない。
目を擦るぐらいしてくれたほうがキュートってものよ。
魔理沙は先ほどの紫との会話を思い出しながら、霊夢に尋ねた。
「なあ、『ふじょし』ってなんだか知ってるか?」
「何よいきなり。どういう単語なのよそれ。」
「えーとだなー、さっき紫が言ってたんだけどな…」
カクカクシカジカ
「紫が言ったことねぇ、どうせ訳分からない意味なんでしょうね。」
「ふーむ、気になる…なあ霊夢、でっかい辞書持ってるか?」
「あると聞かれればあるわ。運ぶの面倒だから、ついて来て。」
気になったらすぐ調べる。これ勉強の鉄則である。
場面転換。
霊夢は書庫から特に角っことかは大ダメージを与えられそうな武器を取り出して魔理沙に渡した。
「よっこいせっと。これがは~ほの辞書だから、ここにあるはずね。」
「えっと、とりあえず真ん中を、ばさっと。それで、じ、じ、じ…」
辞書の引き方、覚えていますか?小学校の時にやったはず。
( 少女検索中 )
「『婦女子』 婦人。女性。 …普通ね。あいつはこの事を言ってたの?」
「こんな単純な言葉じゃない筈なんだがな。紫もよく知られていないカテゴリーとか言ってたし。
こういう時は検索する文字を少々変化させるのがいいんだぜ。」
経験者はかく語りき。努力の天才は辞書など使いこなせて当然なのです。
「へえ、どうやって。」
「そうだなあ、活用語じゃないだろうからな、とりあえず『ふじょ』で調べたらどうだ?」
もし活用語なら終止形っぽくするべし。
( 少女検索中 )
いくつかの検索結果が出てきました。
「『扶助』 助けること、力を添えること。 これ?何か違うような気がするけど。」
「『扶助士』ってことか?」
「ああ、そう考えればそれもありね。」
「とりあえず候補1だな。」
「『婦女』 これはさっきと一緒ね。」
「これは却下だな。」
「…ってこれは?」
「ん、なんだ? 『巫女』だと?これでふじょって読むのか?」
本当です。気になる方はご自身のお手元の辞書にて。
「そうみたいね。 『巫女』 みこ。いちこ。 へえ、いちことも読むんだ。」
「巫女のくせに知らないのか。名ばかり巫女だな。」
「巫女であってもふつー知らないわよ。それじゃあ、『巫女士』ってこと?」
「『巫女子』じゃないか?すでに巫女は仕事のことを表しているんだから、士はないだろ。」
「へえ、『巫女子』ねえ。普通に『巫女』と同じ意味っぽいわね。」
「なあ、それってお前のことじゃないか?お前自身も巫女の仕事をよく知らないんだから、私なんかほとんど知ってるはずがない。
そして紫が知っているということも納得できる。」
「なるほどねぇ。」
明後日の方向性で納得する少女たち。彼女たちを修正してくれる人などここにはいません。
「おや、霊夢さんったら、いないと思ったらこんなところにいたんですか。珍しく読書ですか?」
「珍しくとは何よ、いい度胸ね早苗。」
「事実だからな、しょうがない。」
「ですねー。魔理沙さんもこんにちは。」
このタイミングで颯爽と早苗参上。
ぽつりと、魔理沙が口から言葉を漏らした。
「あー、そういえば早苗も『巫女子』になるのか。」
その時、歴史が動いた。
早苗は上に配置した。
つまりupにsetした。
続けて言うとupsetした。
素直に言うと混乱した。
(ななななななななんで魔理沙さんがそのことをーー!私が『腐女子』だったことを知っているんですかー!
だってアノ本の類は全部向こうにおいてきたはずだしー!神奈子様や諏訪子様がばらす筈がないしー!)
「んー、でもなんか正確には違うとか以前言ってなかったっけ?まあ、似たようなもんよね。」
(なななななななんで霊夢さんまでそのことをー!しかもさらに踏み切って私が801に進化しかけだったことまでバレテルー!)
ZUNドコZUNドコZUNドコZUNドコZUNドコ
「ちょ、なんで早苗トランス状態になってんのよ!?」ピチューン
「危ない危ない!どうしたんたぜ急に!?」ピチューン
本日、地霊殿に珍しい客がやってきた。
「おや、あんたは地底の入口ン所の橋姫さんではないか。いったい何用でわざわざ?」
「ちょっとね…さとりのとこまで案内して頂戴。」
パルスィの様子はお燐から見ても弱々しかった。
まず、綺麗なエメラルドグリーンだった両目は黒の絵の具を混ぜたような、生気の感じられない色になっていた。
髪もツヤがないし、色が少し褪せている気もする。
なにより、いつものパルスィが漂わせている妬ましオーラが全くないのだ。
これは只事ではないと、お燐は早速颯爽とご主人様のところへ運んだ。
「さて、なにやら事情が沢山ありそうな心ですが、言葉に出して話してくれますか?」
「そうね。さとり、相談があるの。」
重苦しそうなパルスィから、そのまま重苦しい声が発された。
「私は嫉妬により形成され、嫉妬によって動いてきたような妖怪でしょ。」
形成は大げさでは、と思うさとりである。
「さて、そんなわたしから嫉妬を奪うとどうなると思う?」
「貴方が嫉妬で形成されてるなら全てが無くなってしまうでしょうね。」
「それは大げさよ。」
自分でもそう思っていたのか。まあ、さとりにとっては数秒前から分かっていたことだろうが。
「でも、私の生命活動エネルギーが無くなってしまうことに等しいのよ。」
「そして、今、貴方から嫉妬が奪われてしまったわけですね。」
「そう。私、もう妬むことができない体になってしまったのよー。」
と、テーブルにつっ伏すパルスィ。たれパルスィである。
さとりが問う。
「一体何故。この世からあなたにとって妬むべきものが全て消えたわけではないでしょう。」
「いい、まず最近地上との交流が出来るようになったじゃない。だから地上の光が全く妬ましくないのよ。」
「それじゃ金欲。」
「それもダメ。地上との交流が始まったことによって、橋を通る人がかなり増えたんだけどね。
彼らが通行料と間違えてと思うんだけど、私の家の前に金を落としてくれるのよー。」
さとりは知っている。それは通行料のつもりなんかじゃないってことを。
実は、パルスィの家はとんでもなくボロい。人が住んでいるのかと疑うぐらい廃墟である。
何故かというと、単純に建て替えていないからである。
でも彼女は困らない。
基本的に地底の妖怪は夜に家に帰らない。どんちゃん騒ぎをそのまま夜通しぶっ通す。
または居酒屋のカウンターで倒れて寝てしまう。
パルスィは大抵勇儀に担がれてそのまま彼女の家で寝ている。
家は実質倉庫のような役目である。
だが、地上の人はそんなことも知らず、この家の住民は橋を守ってくれてるのにもかかわらずなんてみずほらしい生活なんだと勝手に哀れむのだ。
そして金を置いていくのである。
無論、そんな真相はパルスィは知らない。
「なら物欲。」
「貯金された金が有り余っているのよ。だからなにかいいものを見ても『その気になれば私だって買えるし。』って考えちゃうのよね。買わないけど。」
その気になれば私だって…という言葉の有効活用例を初めて見た気がする。
ちなみに日本人の貯金好きは世界の中でも異様なほどである、ってけーねが言ってた。
「じゃあ、カップルとか見て、リアジュー妬ましい!とかはどうですか?」
「私気が付いてしまったの…。私が勇儀と一緒に居酒屋で食事して、そのまま家に行って、寝て、朝私が早く起きたなら朝ごはん作ってあげて、
いろいろ話をして、たまに二人で地上に行って屋台に行ったりしているのって、これってリア充じゃない?って。
もうそれからは橋を手を繋いで渡る輩を見てもぜんぜん熱くなれなくて…」
末永く爆発しててください。
寝るの意味があっちの方面であれば、完全に恋人関係です。
なお押し問答は続いた結果…さとりは諦めた。
「なるほど、本当に妬むものがないんですね。」
「このままでは本当に私の存在がなくなってしまうかもしれない…」
とりあえず駄目元で妬ませせてみようと試みるさとり。
「それじゃあ、試に私がお題を上げますから、妬んでみて下さい。」
「まあ、やってみるだけやってみる。」
パルスィは半ば諦めているようだ。
咳払い一つした後、さとりは誇らしげに言った。
「私の家はこんなに広いんですよー。どうですー。いかにも豪邸でしゃれてるでしょー。えへん。」
「確かに…外から見ても異様なほど巨大よね、妬ましいっ。
あ、でもこんなに広いと掃除が大変じゃないのかしら。ステンドグラスなんて綺麗にするの大変っぽいし。
実際に住んでみると部屋と部屋の距離が遠いって不便なのよね。あと誰かに用があって呼びつけるときとかとか…」
「はいよくわかりました。根っからの重症ですね。 …おや?」
その時さとりは見た。
彼女が一瞬妬む動作をするとき、爪を噛んだのだ。
さらに、深層心理を見ると、彼女は嫉妬するとき爪を噛む癖があるということが分かった。
よく見ると、彼女の右手の親指の爪先は歪な形であった。
「ならばこれです。私の親指を見てごらんなさい。どうです?」
「特になにもないけど。」
何が言いたいというような顔をするパルスィ。
「綺麗でしょう。では、自分の指を見てはどうです?」
「なっ!何でこんなにギザギザしてるの?」
どうやら自分の癖に気が付いていないのか…
「ふふふ、どうです。妬ましくありませんか、このきれいに揃った爪は…」
「くっ、妬ましい…はっ!」
「どうやら自分の癖に気が付いたようですね。ではお燐の爪も見ていきますか?きれいに研ぎ澄まされていますよ?」
「なんて妬ましいの!ありがとさとり!」
そういってパルスィは駆け去って行った。
これから彼女は嫉妬が必要になれば、他人の爪を見ればいい。そうしたら癖で彼女は自分の爪を噛むだろう。
そうしたらますます他人の爪が妬ましくなる。こうして永久機関の完成である。
数日後
「助けてさとり!あなたの奥義が破られてしまったの!
ある日私が勇儀と手を繋いで歩いていたら、あいつが言ったの『パルスィは手が綺麗だなあ』って。その手は偶然左手だったわ。
その時私は気が付いた、右手を極力隠していけばいいんじゃないかって。
それで何もかも妬ましくない数日を過ごしているうちに、爪が伸びたから切ったら、私の右手の親指も正常になったのよ!」
「末永く爆発しててください。」
おっと、過去の第三者の視点の心まで読まれてしまったらしい。
Ⅱ 駐車場と電柱
紫に頼んで一時的に大結界の外に出て、外の世界の観光に来ている地霊殿の面々。
街並みを歩いているうちにお空がざわざわしてきた。
「さとりさまー!なんと、私の名前があちこちにあります!どういうことなんでしょう!?」
「あー、これはただの駐車場ですね。」
外の世界には、観光に来ている者達がもう一組いた。天狗の新聞記者どもである。
街並みを歩いているうちに文がざわざわしてきた。
「ねえはたてー!?ここの通りにたくさん私の名前があるんだけど、これなに?どゆこと?」
「何言ってんの、そこはただの通学路よ。」
Ⅲ とある従者へのインタビュー
―― 主人に言われて悔しかった言葉は?
「そうですね、結構な頻度で言われる言葉なんですが、『あなたは半人前ね~』といった類の言葉ですね。
これは私が半人半霊であって、さらに私にいろいろと至らないところがあるから言われている、そんな単純なことではないんです。
私の師匠である祖父に対しては、幽々子様は必ず『妖忌は未熟者ね~』と笑いながら言います。
例えば、みそ汁をつい吹きこぼしてしまったり、包丁が上手に使えなくて漬物が切れずに繋がっていたりする時とかに冗談めかして言うんです。
幽々子様は感性が古風というか、特殊というか…まあそういうお方でして、
完全な物よりも、少し欠けていたりするものを好むんですよね。
だから、この言葉はある意味褒め言葉だったりします。師匠もそこらへんは心得ていたので、笑いながら言葉を返していました。
そうすると、『半人前』という言葉の意味、重みが分かるでしょう?
私なりの解釈なのですが、私は少し欠けてるという度ではなく、半分ほど欠けていてるレベルで、もはや風情もないといった感じでしょうかね。
よそ者がからかい半分でこの言葉を発するのには全く動じないのですが、幽々子様の言葉だとグサッときますね。」
―― 主人に言われて恐ろしかった言葉は?
「『あなたは半熟者ね~』です。しかも食事前の風呂上りに言われました。食われるかと思いました。」
Ⅳ 巫女(Not みこ)
魔法の研究が一息ついたため、いつものように霊夢のもとに向かうことにした。という思考をすでに椅子から立ち上がる前に終わらせている。
これが霧雨魔理沙なのである。
むしろ、実験中も考えていたのかもしれない。無意識のうちに、研究の励みのために。
久しぶりの伸びをしたらつい「あうっ!」っと変な声が出た。
誰も聞いていないだろうが恥ずかしくなってきょろきょろとあたりを見渡す。
玄関にある箒をひったくると、照れ隠しのためかいつもの一割増しの速さで空を翔けていった。
神社に着くと先客がいた。いや、客と呼ぶには彼女の態度は緩み過ぎている。無論、いつもの光景なのだが。
「…本ぐらい家で読めばいいだろうに。」
「ここが落ち着くのよ。こーこーがー。」
180度寝返りの反復運動を繰り返しながら、紫は答えた。
360度でない理由は、彼女の両手が本をがっちりホールドしているからである。
「霊夢はこの私を置いてけぼりにして昼寝モードに移行しちゃったから、お茶は自分で用意することね。あ、私の分もお願いー。」
「まったく、お前は何様なんだか。」
手慣れた手つきで茶を入れる。やはりいつものことである。
「紫様よ。ミス幻想郷紫少女様よ。」
「その名で呼ばれたいんだったら、幻想郷の全てを敵に回すことになるな。」
即否定。紫が自信を持たせないためにも大切なことである。
万が一自信を持ってしまって変なアクションをされたら、もしかしたら幻想郷は滅亡してしまうかもしれないからである。
「そんなことはないわ。藍や幽々子は私について来てくれるはずよ。」
わるあがき。
「それはないぜ。」
「そうね、それはないわね。」
再び静寂。
紫の本へのがっちりホールドが一瞬緩み、一枚のページが重力による振り子運動によって対岸に渡った。
「まったく、本なら自宅できちんとマッサージチェアにでも座って読めばいいだろう。ここに来る意義はあるのか?」
「それじゃあ、なぜあなたはここに来たのかしら。どうせ、研究に行き詰ったか、一段落ついたか、それか宴会をしようとしているかのどれかでしょ。」
「おやおや、妖怪の賢者ともあろうものが、なお選択肢を3つ残すとはな、らしくないぜ。
さあて、当ててみるんだな。確率はなんと1/3だぜ。」
皆さんもご一緒にお考えください。分からなかったら永琳のところへ治療を願うべきです。
「むー、それじゃ研究に行き詰った!」
「私は宴会をするつもりはなかったと言っておこう。今なら先ほどのお前の発言を変えられるぞ。」
「じゃあ、研究に一段落ついたのね。」
「ああ、そうだ。」
「常識的事項ね。」
「常識ではないが、すこし頭を捻れば分かることだな。」
ページはなおひらひらと捲られていく。
紫はなおごろごろと転がっている。
「結局あなたは大した用もなくここにやって来ているのよ。私と同じで。」
さもここが我が家と言わんばかりの読書をしている奴と一緒にしてほしくはないだろう。
「失礼な。私は体をリフレッシュしているんだ。どこぞのグータラとは違う。」
「そんなもん家でもなんとかなることじゃない。」
「家は大の字になるほどのスペースはないんだ。」
「ちょっと家の外に出ればいいじゃない。」
「魔法の森は空気が悪いんだ。」
「やれやれ、強情ね。なんとなくここに来てしまう自分を認めちゃえばいいのに。」
ごろごろ、はらり。
「…何の本を読んでるんだ?」
「んー、まだ幻想入りはしないであろう本。というか、もしあなた達が読んだところであまり面白さは理解できないでしょうね。」
「失礼な、私にだって文学少女なんだぜ。」
「魔導書のだけどね。えーとね、そうじゃなくて、よく知られていないのカテゴリーの人についての本ですから。
『腐○子彼女』っていうんだけど、『ふじょし』といっても分からないでしょう?」
「なんだ、助詞の種類か?」
「そうそう、符助詞。“符の壱「四重結界」”の≪の≫ね。」
ごろごろ、ぱたん、むくり。
「む、油揚げの匂い…夕飯が出来たわね。」
「いつのまに藍になったんだ、お前は。」
「藍に出来て私に出来ないことはないのよ、回転以外なら。じゃあね。」
オノマトペでは表現できない音でスキマが開き、紫は転がりつつスキマに入って行った。
「あら、いつのまに紫が魔理沙に変装しているわね。」
入れ替わりに、後ろから霊夢がやって来た。
「おや霊夢、私は正真正銘360度全身全霊で本物の魔理沙さんだぜ。」
ホントに霊夢は寝起きでも寝ぼけたりはしない。つまらない。
目を擦るぐらいしてくれたほうがキュートってものよ。
魔理沙は先ほどの紫との会話を思い出しながら、霊夢に尋ねた。
「なあ、『ふじょし』ってなんだか知ってるか?」
「何よいきなり。どういう単語なのよそれ。」
「えーとだなー、さっき紫が言ってたんだけどな…」
カクカクシカジカ
「紫が言ったことねぇ、どうせ訳分からない意味なんでしょうね。」
「ふーむ、気になる…なあ霊夢、でっかい辞書持ってるか?」
「あると聞かれればあるわ。運ぶの面倒だから、ついて来て。」
気になったらすぐ調べる。これ勉強の鉄則である。
場面転換。
霊夢は書庫から特に角っことかは大ダメージを与えられそうな武器を取り出して魔理沙に渡した。
「よっこいせっと。これがは~ほの辞書だから、ここにあるはずね。」
「えっと、とりあえず真ん中を、ばさっと。それで、じ、じ、じ…」
辞書の引き方、覚えていますか?小学校の時にやったはず。
( 少女検索中 )
「『婦女子』 婦人。女性。 …普通ね。あいつはこの事を言ってたの?」
「こんな単純な言葉じゃない筈なんだがな。紫もよく知られていないカテゴリーとか言ってたし。
こういう時は検索する文字を少々変化させるのがいいんだぜ。」
経験者はかく語りき。努力の天才は辞書など使いこなせて当然なのです。
「へえ、どうやって。」
「そうだなあ、活用語じゃないだろうからな、とりあえず『ふじょ』で調べたらどうだ?」
もし活用語なら終止形っぽくするべし。
( 少女検索中 )
いくつかの検索結果が出てきました。
「『扶助』 助けること、力を添えること。 これ?何か違うような気がするけど。」
「『扶助士』ってことか?」
「ああ、そう考えればそれもありね。」
「とりあえず候補1だな。」
「『婦女』 これはさっきと一緒ね。」
「これは却下だな。」
「…ってこれは?」
「ん、なんだ? 『巫女』だと?これでふじょって読むのか?」
本当です。気になる方はご自身のお手元の辞書にて。
「そうみたいね。 『巫女』 みこ。いちこ。 へえ、いちことも読むんだ。」
「巫女のくせに知らないのか。名ばかり巫女だな。」
「巫女であってもふつー知らないわよ。それじゃあ、『巫女士』ってこと?」
「『巫女子』じゃないか?すでに巫女は仕事のことを表しているんだから、士はないだろ。」
「へえ、『巫女子』ねえ。普通に『巫女』と同じ意味っぽいわね。」
「なあ、それってお前のことじゃないか?お前自身も巫女の仕事をよく知らないんだから、私なんかほとんど知ってるはずがない。
そして紫が知っているということも納得できる。」
「なるほどねぇ。」
明後日の方向性で納得する少女たち。彼女たちを修正してくれる人などここにはいません。
「おや、霊夢さんったら、いないと思ったらこんなところにいたんですか。珍しく読書ですか?」
「珍しくとは何よ、いい度胸ね早苗。」
「事実だからな、しょうがない。」
「ですねー。魔理沙さんもこんにちは。」
このタイミングで颯爽と早苗参上。
ぽつりと、魔理沙が口から言葉を漏らした。
「あー、そういえば早苗も『巫女子』になるのか。」
その時、歴史が動いた。
早苗は上に配置した。
つまりupにsetした。
続けて言うとupsetした。
素直に言うと混乱した。
(ななななななななんで魔理沙さんがそのことをーー!私が『腐女子』だったことを知っているんですかー!
だってアノ本の類は全部向こうにおいてきたはずだしー!神奈子様や諏訪子様がばらす筈がないしー!)
「んー、でもなんか正確には違うとか以前言ってなかったっけ?まあ、似たようなもんよね。」
(なななななななんで霊夢さんまでそのことをー!しかもさらに踏み切って私が801に進化しかけだったことまでバレテルー!)
ZUNドコZUNドコZUNドコZUNドコZUNドコ
「ちょ、なんで早苗トランス状態になってんのよ!?」ピチューン
「危ない危ない!どうしたんたぜ急に!?」ピチューン
妖夢の話も流れとオチが見事だった。
けど巫女子話はオチがもうひとひねり欲しかったです。
ZUUドコZUNドコ
とても面白かったです