一人で列車に取り残され、チルノは泣きじゃくる。
「うえっ・・ひっく・・・こわいよぉ・・・ひとり・・うっ・・」
薄い鼻水が唇を通り越してあごまでたれている。あごの先端の骨をくるむように丸くたまった肉
まで来ると、鼻水は雫となって床にたれた。
ポタッ・・・ポタッ・・・・
「あたいこんなに鼻水だしたの初めて・・・うぐっ・・・」
細長い針葉樹の板を無数にはめたしっかりしたつくりの床に垂れる自分の鼻水の様子を
眺めていると、チルノは落ち着きを取り戻してきた。もう涙も流れないし、息を吸っても
ひっくとはいわない。
ふとチルノは左手を見た。アイスクリームのカップのふちに沿って、アイスの塊の外側が
解け始めていた。チルノは急いで右手の木製の5cmほどのヘラですくって食べ始めた。
「甘くておいしい・・・。」 これでチルノはすっかり上機嫌になった。
「アイスクリームが教えてくれたわ!くよくよせずに今を楽しめということなのね!」
チルノは座席に座ると飲み物を置く出っ張ったスペースにアイスのカラを置き、よっこいしょと窓を開けた。
霖之助はビールを飲みつつ今後どうするか考えた。ビールでも飲んで度胸つけなきゃやっとれん。
ゴクッゴクッとのど仏を上下させて飲むと、のどから口中へ苦味が通った後の甘さが浮かび上がり、
穀物とアルコールの混ざった薫香が鼻に抜けた。うまい。こんな非常事態でもビールはうまいのだ。
霖之助は少し機嫌を直した。
「ビールが教えてくれたよ。くよくよせずに問題を片付けるしかないな。」
顔を動かさずに目だけ左のベンチを見ると、雲山と妖忌は日差しがのどかに照りつける中、
夢の世界の住人になっていた。雲山は踏ん張りが利いてうたた寝がしやすいのか、足ありモードだ。
よくみると妖忌は半目が開いて黒目がこちらを向いているが、
今回は断言できる。盗み見ているわけではないと。これは老化だ。
落花生の袋は二人の手をするりとこぼれ、中身がベンチの周りに転がった。すると鳩が5~6羽バサバサと飛んできて、
「コプコプ・・ポルッ・・」と控えめに声を出しつつ豆をついばんだ。
霖之助は「リグルの虫の知らせサービスがあったな!それでまずあのガキを駅に固定しよう!」と閃き、ビールのコップをホームに
ポイ捨てして足早に駅を後にした。鳩のうちの一羽がついばむのをやめ、まっすぐ遠くを見ながら硬直したかと思うと
白い糞をたらした。それは雲山の足の親指の上に着地した。
チルノは向かいに座った筋骨隆々とした壮年の男性と会話をしていた。窓の外には田んぼが広がり、稲は青々と丈高く、
風が吹くたびに濃い緑の絵の具でそのキャンバスに絵が描かれ、風がやむとまた乾いた明るい緑一色に戻るのだった。
「私は若木草丸というんだ。お嬢ちゃん。」
「若木草丸さん・・今の風景にぴったりの名前ね!あたいチルノ!」
「チルノちゃんは賢いな。すぐに気の利いた言葉が見つかるのは肉体の循環がうまくいっている証拠だよ。」
「え? ・・・・んー、よくわかんない。子供だから。」
「うわはははっ!」若木は普段の紳士然とした声からは想像もつかない、低く地のおくから響くような大声で笑った。
そのとき肘を横に少し張り出すようなしぐさをしたが、普通の人なら肘と胴体の隙間から後ろの背もたれが見えるはずだが
彼の背中はどこまで腕を開いてもそれを埋めるようについてきて、結局背もたれは見えなかった。
ビクッ!チルノはつめの小さな白い両手を顔の右側でそろえ、小さく飛びずさった。まつげが大きく上下に分かれ、きわめて薄い青の
瞳が純粋な驚きを伝えた。
「驚かせてしまってごめんよ。ところで、鍛えた男性の肉体はヘルメス型とヘラクレス型に分かれるんだ。
私は日本男児にヘラクレス型を広めようとしているんだ。ヘルメス型はどこか媚があり、正しさに向かおうとする主体性が希薄であるからね。
男性が自分の力で人生を掴み取り、社会に一種の清潔感を作り出す。それがヘラクレス型男子の理想とするところさ。」
そう言うと若木は両腕をクワガタの角のように上に掲げた。チルノは鍛えた体は赤ちゃんのようなツルツルした質感の肌になることを知った。
若木の腕は彼自身の頭より太かった。
「若木さん、強い体って、いいね!」
「そう!いいものなんだよ!チルノちゃん!」
「霖之助にも会わせたかったな。絶対霖之助よろこぶもん。」
そうチルノが思うと、フッと客車の中が暗くなった。
そして霖之助の「次の駅でじっとしてなさいチルノ。」という思念がチルノの丸い大きな頭に入ってきた。
「わかったよぉー!」とチルノが叫ぶと、役目を終えた2億匹のチャバネゴキブリが、張り付いていた客車の屋根からいずこかへと
飛んでいった。客車の中は元通りの明るさになった。
「こんなに安くていいの?」
霖之助は事務所で出されたコーヒーを啜りながら、向かいに座る少女に話しかけた。短髪にブラウスというそっけない
格好だが、それでも魅力を薄めきれないほどの美貌の少女だった。素材なら幻想郷ナンバーワンだ。
「これでも貰いすぎなくらいなんですよ。なんたってこの事業、人が里で生活してくれれば勝手にインフラが整備されますから。ははっ。」
笑うときに自然に見せる笑顔がまた魅力的だった。やりすぎ感を決して感じさせない立ち居振る舞いだが、美しさに芯の通ったものがあるために
気品に満ち溢れていた。霖之助がリグルをうっとり眺めているのと時を同じくして、昆虫の黒い大群の塊は空中で霧散してそれぞれのねぐらへ帰っていった。
霖之助はチルノの待つ駅へと出発した。
つづく
「うえっ・・ひっく・・・こわいよぉ・・・ひとり・・うっ・・」
薄い鼻水が唇を通り越してあごまでたれている。あごの先端の骨をくるむように丸くたまった肉
まで来ると、鼻水は雫となって床にたれた。
ポタッ・・・ポタッ・・・・
「あたいこんなに鼻水だしたの初めて・・・うぐっ・・・」
細長い針葉樹の板を無数にはめたしっかりしたつくりの床に垂れる自分の鼻水の様子を
眺めていると、チルノは落ち着きを取り戻してきた。もう涙も流れないし、息を吸っても
ひっくとはいわない。
ふとチルノは左手を見た。アイスクリームのカップのふちに沿って、アイスの塊の外側が
解け始めていた。チルノは急いで右手の木製の5cmほどのヘラですくって食べ始めた。
「甘くておいしい・・・。」 これでチルノはすっかり上機嫌になった。
「アイスクリームが教えてくれたわ!くよくよせずに今を楽しめということなのね!」
チルノは座席に座ると飲み物を置く出っ張ったスペースにアイスのカラを置き、よっこいしょと窓を開けた。
霖之助はビールを飲みつつ今後どうするか考えた。ビールでも飲んで度胸つけなきゃやっとれん。
ゴクッゴクッとのど仏を上下させて飲むと、のどから口中へ苦味が通った後の甘さが浮かび上がり、
穀物とアルコールの混ざった薫香が鼻に抜けた。うまい。こんな非常事態でもビールはうまいのだ。
霖之助は少し機嫌を直した。
「ビールが教えてくれたよ。くよくよせずに問題を片付けるしかないな。」
顔を動かさずに目だけ左のベンチを見ると、雲山と妖忌は日差しがのどかに照りつける中、
夢の世界の住人になっていた。雲山は踏ん張りが利いてうたた寝がしやすいのか、足ありモードだ。
よくみると妖忌は半目が開いて黒目がこちらを向いているが、
今回は断言できる。盗み見ているわけではないと。これは老化だ。
落花生の袋は二人の手をするりとこぼれ、中身がベンチの周りに転がった。すると鳩が5~6羽バサバサと飛んできて、
「コプコプ・・ポルッ・・」と控えめに声を出しつつ豆をついばんだ。
霖之助は「リグルの虫の知らせサービスがあったな!それでまずあのガキを駅に固定しよう!」と閃き、ビールのコップをホームに
ポイ捨てして足早に駅を後にした。鳩のうちの一羽がついばむのをやめ、まっすぐ遠くを見ながら硬直したかと思うと
白い糞をたらした。それは雲山の足の親指の上に着地した。
チルノは向かいに座った筋骨隆々とした壮年の男性と会話をしていた。窓の外には田んぼが広がり、稲は青々と丈高く、
風が吹くたびに濃い緑の絵の具でそのキャンバスに絵が描かれ、風がやむとまた乾いた明るい緑一色に戻るのだった。
「私は若木草丸というんだ。お嬢ちゃん。」
「若木草丸さん・・今の風景にぴったりの名前ね!あたいチルノ!」
「チルノちゃんは賢いな。すぐに気の利いた言葉が見つかるのは肉体の循環がうまくいっている証拠だよ。」
「え? ・・・・んー、よくわかんない。子供だから。」
「うわはははっ!」若木は普段の紳士然とした声からは想像もつかない、低く地のおくから響くような大声で笑った。
そのとき肘を横に少し張り出すようなしぐさをしたが、普通の人なら肘と胴体の隙間から後ろの背もたれが見えるはずだが
彼の背中はどこまで腕を開いてもそれを埋めるようについてきて、結局背もたれは見えなかった。
ビクッ!チルノはつめの小さな白い両手を顔の右側でそろえ、小さく飛びずさった。まつげが大きく上下に分かれ、きわめて薄い青の
瞳が純粋な驚きを伝えた。
「驚かせてしまってごめんよ。ところで、鍛えた男性の肉体はヘルメス型とヘラクレス型に分かれるんだ。
私は日本男児にヘラクレス型を広めようとしているんだ。ヘルメス型はどこか媚があり、正しさに向かおうとする主体性が希薄であるからね。
男性が自分の力で人生を掴み取り、社会に一種の清潔感を作り出す。それがヘラクレス型男子の理想とするところさ。」
そう言うと若木は両腕をクワガタの角のように上に掲げた。チルノは鍛えた体は赤ちゃんのようなツルツルした質感の肌になることを知った。
若木の腕は彼自身の頭より太かった。
「若木さん、強い体って、いいね!」
「そう!いいものなんだよ!チルノちゃん!」
「霖之助にも会わせたかったな。絶対霖之助よろこぶもん。」
そうチルノが思うと、フッと客車の中が暗くなった。
そして霖之助の「次の駅でじっとしてなさいチルノ。」という思念がチルノの丸い大きな頭に入ってきた。
「わかったよぉー!」とチルノが叫ぶと、役目を終えた2億匹のチャバネゴキブリが、張り付いていた客車の屋根からいずこかへと
飛んでいった。客車の中は元通りの明るさになった。
「こんなに安くていいの?」
霖之助は事務所で出されたコーヒーを啜りながら、向かいに座る少女に話しかけた。短髪にブラウスというそっけない
格好だが、それでも魅力を薄めきれないほどの美貌の少女だった。素材なら幻想郷ナンバーワンだ。
「これでも貰いすぎなくらいなんですよ。なんたってこの事業、人が里で生活してくれれば勝手にインフラが整備されますから。ははっ。」
笑うときに自然に見せる笑顔がまた魅力的だった。やりすぎ感を決して感じさせない立ち居振る舞いだが、美しさに芯の通ったものがあるために
気品に満ち溢れていた。霖之助がリグルをうっとり眺めているのと時を同じくして、昆虫の黒い大群の塊は空中で霧散してそれぞれのねぐらへ帰っていった。
霖之助はチルノの待つ駅へと出発した。
つづく
東方って基本見てて楽しいやつらですよね。この空気感が好きです。
この調子でがんばってください
はい!がんばります。*^^*
ありがとうございます。これからも叱咤激励をどんどんください。m--m
「ラビィ・ソー氏の作品が面白いから読んでください」とコメントを戴きました。
全て読ませていただきました。
個人的には貴方には、読者に迎合するよりも、もっともっと突っ走って、尖がって欲しいと思いました。
読者から酷評された物の方が何かキラリと光る物を感じます。
しかし同時に、上から物を言うようですみませんが、あなたの作品はあまり創想話向きではないとも感じました。
ここでは、多少外れてはいても、ストーリーやキャラの性格は基本、設定に基づいています。
なので、コメントが批判的になりがちなのも、読み手側が(私もですが)元々の東方の世界観からあまりにも大きく外れてしまっている作品はすんなりとは受け入れ難いから、が理由だろうと思います。
こちらに投稿するなら、例えば、本文の初めに注意書きとして作者様の作品でのキャラ崩壊や独自設定についてを明記して
「~それでもおkならこの先を読んで下さい」
などのように記述してみてはいかがでしょうか?
でないと、何も知らない読み手は突然の話の展開にはあまりいい印象は受けないと思いますので、せめてこのぐらいの配慮はされた方が良いと思います。
逆に、これを記述するだけでも随分批判コメはなくなると思いますよ?
少なくとも私はそういった独自設定を前提に考えればこの作品は『アリ』だと思います。
成長された作者様の次回作に、期待してます!
長文失礼しました。
男の生き様はそこに表れると思います
私はというか普通は飲むべきではないです
戦いにはアルコールは全力を出すことへの天敵ですし、真摯な態度でないですし、真摯さは愛でもあるので冷たい気がします
ですがあえて全力でなく冷たく真摯さに欠いたことをした方が良いこともある気がします なんというんですかね
一種の勇気というか冷静さというか
そこに着目していただけるなんて存外の喜びです。
私は、飲んだほうが行動力が出るのなら、飲んだりんのすけの判断を尊重したいと思うのです。一歩を踏み出すことからすべては始まりますし、飲んだことが失敗に繋がったのなら、
次は飲まずに動けるでしょう。