Coolier - 新生・東方創想話

夏に桜が咲きました

2011/06/26 19:44:43
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―――――ポチャン。


光が落ちて、四つに割れる。
四つに割れた光が、また四つに割れる。


零れる。
光が、零れ落ちる。
溢れて、流れて、落ちる。



―――――ピチャン。



波紋が広がる。
二つ、三つ……たくさん。
広がって、大きくなって、囲む。


記憶。
記憶の海。
記憶の世界。


全てが止まり、終わらない世界。


溢れる。
光が溢れて、流れる。
震えて、歩む。
波紋が広がる。
囲む。





囲む。


銀の光が落ちた。
波紋は、広がらない。
しずくが跳ねる。
四つに割れて、八つに割れて、落ちる。


セピア色。
セピア色の、世界。


コチコチと、秒針の進む音。
止まった世界で、進む音。
セピア色の中に、色づくもの。



―――――お嬢さん。



声が、聞こえる。
懐かしくて、ひどく、哀しい声。
大嫌いな声。
大好きな声。
忘れてしまいそうな、声。
絶対に忘れない声。



――――――お嬢さん。



呼びかけられて、振り向く。
くるり。
ステッキが回った。
チャリチャリと、鎖が擦れる。
ナイフが落ちた。


シルクハットが飛び跳ねる。
飛び跳ねて、四つに割れる。
落ちた。
跳ねる。
また落ちる。



緑色の瞳が、私を見ていた。









「咲夜」


呼ばれて、明後日に向けていた顔を、お嬢様に戻す。
大きな椅子に座っているお嬢様は、不満げな顔で、手に持ったティーカップをのぞきこんでいた。
たちのぼる紅茶の匂い。
ふわり、揺らめく湯気。
照明が、照らす部屋。紅く塗られた、鮮やかな壁。


「咲夜」


二度目。
お嬢様が、私を呼んだ。
不機嫌そうに。
いかにも、不機嫌そうに。


「なんでしょう、お嬢様」


確認するように、そして事実、確認の声をかける。


不機嫌の色が濃くなった。
紅い瞳がこちらを向く。


不満げに、さも不満げにへの字に曲げられた口から、
僅かに犬歯がのぞいていた。
しめった、輝った唇が、曲がる。
不機嫌そうに。


「甘ったるいんだけど。何か、変なものをいれたでしょう」


ふるふると、首を振った。
振って、頷く。
頷いた。


「……いや、どっちよ……いれたの?」


頷く。こくこくと頷く。
頷いて、振った。
首を横に、振った。


「…………」


不機嫌の色が、変わらずあった。
不機嫌の色が、こちらに向いていた。
一瞬考えて、セピア色。
永遠の一瞬で、考える。
考えて、わからない。
わからない。
戻る。


「いかが、なさいました?」


聞いてみた。


お嬢様は首を振って、息を吐いた。
吐いて、また首を振った。


「角砂糖」


こてんと、首をかしげる。


「練乳」


反対側に、こてん。


「ありったけのジャム」


もう一度、こてん。


「チョコレート」


首を戻す。
戻して、天井を見上げた。
照明が照らす。
眩しい。


「ああ、チョコレートね。ああ、そう。チョコレート」


顔を戻すと
お嬢様が、なにやら頷いていた。
私も頷く。
お嬢様が私を見た。
お嬢様の視線を辿って、振り向く。
扉があった。
チョコレートみたいな。
ためしに、手を振ってみる。
扉は、手を振り返してはくれなかった。


「何をやってるのよ。あのね、咲夜。紅茶にチョコレートは、ないと思うんだけど」


お嬢様に顔を向ける。
ないと、思うんだけど。
もう一度、お嬢様が言った。
瞬きをして、お嬢様の瞳をのぞきこむ。
それから。
それから、


「好きでしたから」


そう言った。
ふうん、とお嬢様。
再びティーカップに視線を落として、ゆらゆらと揺らす。


波紋が広がった。
小さく。
広がって、小さく。
ふわりと、湯気。


「元気がでますよ」


お嬢様が、私を見た。
不思議そうに私を見て、それからカップを見た。
口をつける。
飲む。
喉が動く。


「……なるほど」


息を吐いた。
熱のこもった息。
吸って、吐く。
胸が上下する。


「なるほど。元気がでそうだ」


お嬢様が、言った。
不満の色は、もう無い。
笑みを浮かべて、お嬢様は私を見た。


「しかし、チョコレートはないわ」


ぱちくり、と。
瞬きをする。
そうして、こてんと首をかしげた。

















「桜は、咲きましたか?」


前を歩くお嬢様が、立ち止まって振り返った。
私も立ち止まり、私を見上げるお嬢様を、見下ろす。
胸が邪魔をして、お嬢様の顔が見えなかった。


…なんてことは、なかった。


「今は夏だが」


なるほど。
夏。
サマー。
なるほど。


「サマーバケイション。なるほど」
「何を感嘆してるんだ、お前は」


呆れたように言うお嬢様に、眉根を寄せてみせる。
お嬢様が、もっと呆れた顔をした。
もっと眉根を寄せる。
もっともっと呆れた顔をした。
もっともっと眉根を……。


「暑さにやられたの?そういえばあなた、暑いの苦手だったわね」


お嬢様が、一転して心配そうな表情を浮かべた。
浮かべて、見上げてくる。


セピア色の一瞬。
考えて、一瞬。
閃く。
戻る。
忘れていた。
永遠の一瞬。
セピア色の世界。
考える。
思い出す。
戻る。


「いえ、平気ですわ、お嬢様。咲夜はこのとおり、元気です」


笑って見せれば、そう、とだけ言って、お嬢様が前を見て、私を見て、
前を向いて歩きだした。
その背中に続く。


と、はたきを持った妖精メイドを発見した。
ぱたぱたとはたいて、窓。
なぜ、窓。


「ちょっと」


声をかける。
妖精メイドは肩を跳ねて、ゆっくりと振り返った。


「……なんでしょう」


言われて、はっとする。
なんだろう。
なんでもないような。
そうでもないような。
あごに手を添えて、考える。
答えはすぐに出た。


わからない。


わからないから、放っておくことにした。
お嬢様は向こうに行ってしまっている。
追わなくては。


「……そうそう」


一歩踏み出して、踏み止まる。
妖精メイドが、不思議そうに私を見た。


「桜は、咲いていたかしら」


妖精メイドは、不思議そうに私を見ていた。


「今は、夏ですが」


窓を、はたきだした。

















―――――お嬢さん。



緑色の瞳が、私を見ていた。
雫が落ちて、跳ねる。



お嬢さん。



声が、響く。



桜は咲いたかい?



響く。



それはきれいかい?



響く。



そうか、そうか。きれいか。君も、そう思うか。



響く。



そうだ、これをあげよう。



響く。



食べてみなさい、元気が出るから―――――。



響かない。
響かず、掠れて、潰えた。










「咲夜」


コチコチと、秒針が動く。
動いて、伝える。
時間が進んでいることを。
時は動いていることを。
温もりが消えていくことを。


懐中時計の背を撫でると、摩擦の熱が、指に残った。


「咲夜」


振り返る。
お嬢様が、手招きをしていた。
パチン、懐中時計の蓋を閉め、鎖を腰に括り付ける。
歩み寄る。


お嬢様は、本の山から一冊を抜き出し、私に差し出した。


『時の勇者』


古ぼけた本の表紙には、短くそう書かれていた。


「時の勇者だって。あなたにはぴったりの話かもしれないわね」


お嬢様が、どこか得意げに言う。


本を、開いてみた。
ページを捲っていく。


時を翔る勇者の話。
遡る話。
英雄譚。
きれいな、話。


好きだった。
悪者のくせに。
英雄譚が、大好きだった。
思い出す。
笑う声。
飛んで散る雫。
頭に置かれた温もり。
紅に染まる世界。


本を閉じる。


「あら、気にいらなかった?」


お嬢様の言葉に、首を振って返す。
それから、本を返した。
いつのまにか崩れていた本の山を元の姿に戻していると、
向こうから、パチュリー様がやってきた。


「ああ、それ。時の勇者」


パチュリー様は、私が手に持つ本を見て、早口にそう言った。


「七年前に読んだわ」


小さな声で、言う。


七年前。
七年の歳月。
十四年前。
十四年前の、私。
幼い私。
私が、私のスカートを引っ張った。
目をやる。
目があった。
すぐに逸らす。
私は悲しそうな顔をして。
流れるように、幼い私が消えた。


きれいな話よね。


パチュリー様が言った。
言って、お嬢様から本を受け取り、ページを捲った。
パラパラと見ていって、閉じる。
それから、差し出してきた。


「時の勇者。あなたにはぴったりの英雄譚じゃないかしら」


受け取る。
開いてみた。
ページを捲っていく。
悪を倒す話。
悪者を、やっつける話。
剣で突き刺して、やっつける話。
紅が飛ぶ。
笑った。
笑顔で、頭に、温もり。
左右に、動く。
笑う。
緑の瞳が、宝石みたいに輝いていた。
純真無垢な子供のように。
本当に何も知らなくて、幼くて愚かだった私を見据えて。
時は流れている。
あの頃とは違う。
でも戻ることはできない。


本を、閉じた。


「あら、気にいらなかったかしら」


パチュリー様の言葉に、首を振って返す。
羽が動いた。
お嬢様の羽が動いて、お嬢様が私の前にやってくる。
私の顔をのぞき込んで、それから。


それから、私の手を引いて歩きだした。


「おやつのじかんだ」


羽が、動いた。















照らす。
湖が日光を反射して。
きらきらと輝きを放って、青。
空と同じ、青。


「日光がテラスを照らす」


お嬢様が、言った。
日光がテラスを照らす。
はて。
たしかにそうだ。
照らしている。
お嬢様の体に良くない。
前に立って、遮る。
遮って、お嬢様の顔を見つめた。


「……今のはちょっとしたギャグよ。何か反応しなさい」


顔を背けて、お嬢様。
あごに手を添えて、私。
ぽんと手を打って、私。


「日光がテラスを照らす」


お嬢様が、一瞬目を丸くした。
それから、恥ずかしそうにもじもじと手をすり合わせる。
ほほに朱がさしていた。


「日光がテラスを照らす」


ごん、と、お嬢様。
額をテーブルに打ちつけて、そのまま。
そのまま、動かなくなった。
隣に立って、テーブルを見下ろす。
ケーキが、切り取られたままの姿でそこにあった。
紅茶が、湯気を上げていた。
ふと庭の方に目をやって。
花壇の方に目をやって。
門番を発見した。
発見すると、門番が私に気づいて、顔をあげた。
立ち上がって、飛び上がる。
テラスの前で滞空した。


「こんにちは、咲夜さん」


そういって微笑む門番に、ええ、こんにちは。と返す。
門番はお嬢様を見て、どうかしたんですか?と聞いてきた。
首を振ってみせる。
何も。
何も、ないわ。


「はあ、そうですか…。では、私は戻りますね」


門番が降りていくのを、見届ける。
それから、思い出す。
あの門番は武術を得意としていたことに。
武術。
やけに、好きだった。
やけに、近接戦闘を好んだ。
無意味に接近戦を挑んだ。
その力を相手取る人間など、いないというのに。
いつも、相手をさせられていた。
これも生き残るすべだと。
そう言って笑って、私を投げ飛ばしていた。
光が散る。
思わず、頭を押さえていた。















秒針は進む。
世界が止まってはいないことを伝えて、進む。
針が回る。
くるくると。
狂ったように。
いつまでも止まらず。
私の一生、止まらずに。
逆に回ることは、今はなく。
ただ正確に、時を伝える。




















――――私はね、桜を見るのが夢だったんだ。



笑いながら、言う。
私に笑いかけながら、言う。
大きな大きな桜の木の、太い幹に体を凭れて、笑う。



そりゃあもう、夢心地だよ。



ぶんぶんと、感情に押されるままに首を振った。
溢れ出る悲しみに押されるままに、手をついた。
首を振る。
否定する。


だって、夢は、叶ってないじゃない。



何、心配することは、ないのだよ。何も、ないのだよ。



ほほを、伝う。
光が落ちる。
熱いものが落ちて、割れる。
弾ける。
死んで欲しくない。
居なくなって欲しくない。
一緒にいて欲しい。
まだ、まだしたいことはたくさんあった。
余りある程に、あった。
笑いたかった。
笑い合いたかった。
悲しいのは、嫌だけど、でも、一緒に居られるならば。



素直な子だ。本当に、君は素直な子だ。



手がのびてくる。
違う。
そこじゃない。
私は、こっちに。


座ったまま、地面に足を擦りつけるようにして、進む。
頭を下げて、くぐる。
頭に、温もり。
熱い。
両手でその腕をつかんで、それから。
それから、進んで、体に抱きついた。



―――――ほら。どうだい。君が生きてるのが、わかる。君が、温かいのがわかる。



もぞもぞと、首を振った。
縦に振った。
振って、顔を擦り付けた。
温もりが移る。
ほほに残る。



ああ、君の心臓が、動いているのが、わかる。



左右に動く、手。
大きな手。
皺の多い、手。
青白い手。
滑り落ちて、ほほに。撫でられて、温もり。
熱い、紅色。


どうしてだろう。
手を、重ねる。
どうして、だろう。
光が流れる。
どうして、温もりがなくなっていくんだろう。
どうして、冷たく。
どうして…。


肩を、押された。



さあ、もう行きなさい。ここにいてはいけない。



首を振った。
嫌だ。
離れたくない。
どうして、離れるものか。


縋り付こうとして、押し返された。
力強く、押し返された。


どうして……。


溢れ出す。
零れて。
流れて。
止まらない。


どうして押し返すの?
一緒にいちゃあいけないの?


首を、振った。
違う。
わかってる。
わかる。
私のせいだということが。
私を逃がそうとしてくれていることを。
わかって、でも、理解できない。
離れたくない。



――――しょうがない子だ。本当に、しょうがない。



撫でられる。
骨張った手で。
優しく。



だったら、そうだ。私の頼みを聞いてくれるかい?



顔を、見上げた。
空を見ている。いや、見ていない。
見えていない。
丸い、きれいな黄色に照らされて。
照らし出されて。
笑顔。



━━━━なあ、桜は、咲いているかい?



ざあ、と、風が吹いた。
見上げる。
もっと見上げる。
ざわざわと、ざわめく緑。
いっぱいに広がる、緑。
こくこくと、頷いた。
咲いてる。
いっぱいに、咲いている。
きれいに、咲いている。


そうか、と、言って笑う。
そうか、そうか、咲いているか。
そうか、きれいか。君も、そう思うか。


笑う。
私も、笑う。
そうしないといけない気がして、笑う。
でもすぐに、笑みは消えた。


どうして。


喘ぐ。
苦しそうに喘ぐ。
紅色が、溢れた。
飛び散って、熱い。



ああ、だめだ。私は、だめだ。



苦しげに、そう言う。
嫌だ。
言わないで。
行きなさいなんて、言わないで。


そうだ、と、銀のナイフを取り出す。
うまく投げられるようになったのを、まだ見せてない。
びっくりさせようと思ってたから。
ねえ、見て!
そう言おうとして、口を閉じた。
無駄だ。
もう、見せることはできない。
見えないのだ。
ナイフに、目を落とす。
どうしようもならない。
どうにもできない。
酷い。



縁とは、不思議なものだ。交差すれば、出会う。運命のようなものだ。



顔が、こちらに向いた。
紅色が流れる。



君と私が出会ったのも、そんな不思議な縁が、交差したから、なのかもしれない。



縁。
知らない。
そんなものは、知らない。
生きていてくれれば。
死なないでいてくれれば。



これを、あげよう。



チャリ、と、音。
金色が、光る。
懐中時計。



それが君に教えてくれる。君に、全てを。
さあ。変わりに、私の願いを叶えておくれ。



金色の時計を見つめる間もなく。
喘ぐ。
苦しそうに。



どうか……私が私でなくなる前に、どうか、楽にして欲しい。



目を、見開いた。
それから、首を振る。
自嘲気味に口の端を吊り上げて、笑いながら、言う。



私は、自分で自分を手にかけることができない、弱虫なんだ。それが、恐ろしくてたまらない。




でも、君ならば。



君ならば、怖くない。





嫌だった。
そんなの、嫌だった。
どうして私が終わらせなければならない。
いつまでも一緒にいたいと願う私が。


さあ、はやく。


急かされて、ナイフの柄を握り込む。
願いを叶えてやりたい。
嘘だ。そんなの、絶対しない。
やりたくない。
でも……。



終わらせておくれ。君の手で。君の、力で。



銀の光が、閃いた。
閃いて、紅色が散る。
押し込む。
刺して。
奥に。


苦しげに呻く声。
吹き出る紅色。
掻き消すように、悲鳴。
私の口から、悲鳴。


ずっと、そうしていた。
長く、そうしていた。
いつしか、世界はセピア色。
何もかもが、セピア色。



一瞬の中で、私は泣いた。






















「咲夜」


声をかけられて、振り返る。
夕日が向こうに落ちていく。
夕焼けの空が天上を覆う。
玄関で、扉を開けたまま止まるお嬢様。
手に目をやる。
傘を持っていた。


「はい、ただいま」


開きながらお嬢様の元に行き、かざす。
影が出来た。


「どちらへ行くんでしたっけ?」
「博麗神社よ。言ったでしょう?この暑い中に、急に桜が咲いたって言うから、花見に行くのよ。招待されてなくともね」


はぁ、と頷く。それから、足並みをそろえて飛びあがった。
後ろにパチュリー様が続いて飛ぶ。
低空飛行。
ゆったりと飛んで、花壇の上。
飛んで、門。


「ああっ、いってらっしゃーい」


門番の声を背に、神社へ。















カチコチと、秒針が進む。
時は進んで、戻ることはない。
戻ることは……。


「きれいに咲いたわねー」


神社で、花見。
飲めや歌えの大騒ぎなのは、いつものこと。
舞い落ちる桜の花を目にして、笑う。
あの時は、嘘をついてごめんなさい。


桜は、咲いていますよ。




カチンと、秒針が鳴った。
尻切れトンボ。オチなんてなかった。
今回の絶対条件は『戦闘がない』こと。
中華妖精
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