シーカー 後編
6日目
ルナサの様子がおかしいのは一目で分かった。
今日も調理場で材料の下ごしらえを担当していたのだが、一つ一つの工程があまりにも遅かった。周りの妖精たちもどうしたのか、と何度も尋ねることもあった。そのたびに彼女は弱弱しい笑顔で何でもない、と言って答えていた。
普段ならペースを落とせば注意されるのが調理場内でのルールだったのだが、彼女の場合、ペースを落としたことで不思議と周りのペースと一体することが出来た。
それが彼女には皮肉にしか思えなかった。
「以上報告です」
「ありがとう。下がっていいわ」
咲夜の私室。時刻は夕方で彼女の部屋にも夕闇が窓から差し込んできた。
定時の報告内容を聞いてから、咲夜は今日の調理場内での報告にきた妖精を下がらせた。お辞儀と同時に部屋から退出する彼女を見送ってから軽くため息をつく。
「問題なし、か。皮肉よね」
咲夜は首を軽く回す。こきりと小気味のいい音が鳴らし、彼女は座っていた椅子から立ち上がる。
「さて、優良娘の相談と行きますか」
何故か楽しそうに呟いていた。
こんこんとノックの音が聞こえる。
ベッドで寝転んでいたルナサは気だるそうにどうぞといった。
「入るわね」
「咲夜……」
入ってきたのはメイド長の咲夜。ティーセットを乗せたワゴン付である。
軽く挨拶をした後、彼女はポットに入った紅茶をカップに注いでいく。
その様子からどうやら長話があるようだと踏んだルナサはベッドから起き上がり、ラウンドのテーブルがある椅子に腰掛けた。
「どうぞ。お好みでジャムを入れてみたらどうかしら?」
「ありがとう、いただくわ」
器に入った林檎ジャムをすくい、カップの中に落とす。備え付けられたスプーンでかき混ぜてから、口をつけた。
「甘…………」
「あら、甘いのは苦手?」
「そうではないけど、これ、甘すぎる」
「それはそうよ。あなた用に作ったんだから」
「?」
「酸いも甘いも噛み分ける。『酸い』の貴女には丁度いいんじゃなくて」
これは咲夜なりの冗談を交えた励ましであった。
「何があったのか聞いてもいいかしら?」
「………やだって言ったら?」
「質問に質問で返すのは感心しないけど、もしそう言ったら次はチョコレートかしら」
「勘弁して」
ルナサはくすくすと笑いながら甘ったるい紅茶を口につける。
「ちょっとは元気が出たようね。入ったときすごいふくれっ面だったわよ」
「そう? 意識してないからわからないや」
咲夜もようやく紅茶に手をつける。もちろんジャム無しで。
「じゃあ、元気出たついでに語ってちょうだい」
「………いやに突っついてくるね。メイド長としての仕事? それとも野次馬精神?」
「どちらかといえば前者かな。後は友人としてかな」
楽しそうに、けれどルナサから見ても不快にならないような笑みを浮かべる咲夜。
ルナサは話していいものかと少し逡巡する。プライベートなことなので人に話すのが気恥ずかしいからだ。
しかし、自分で悩んではみたが結局、答えが出なかったことを思い出し、彼女に打ち明けることにした。
「私が悩んでいる大元の悩みは大好きな人が別の人とキスをしていたこと。それを思い出すと悲しいの」
「……………へ? い、今なんて」
「……? 大好きな人が別の人とキスをしたっていったけど」
「………………うわぁ………そっち方面、ね」
咲夜は椅子にもたれるように首を仰いだ。
実は彼女がこの悩みにのりのりだったのはルナサみたいな真面目系の人物はどういうことで悩むのかという好奇心であった。普段、そつなくなんでもこなす彼女が抱える悩み事はいかなるものか。
確かに上司として、友人としてというのは嘘ではないが、どちらかといえば、先ほどの質問で言えば『後者』であった。
「……あ~、ごめん。続けてちょうだい」
「…? 分かった。それで、悲しいことがあると私は音楽を作れることができるのだけれど、この前お嬢様の前では演奏することができなかった。一言で言えば、スランプなの」
「そうだったの………でも、どちらかといえば、スランプなのは悩みとしての程度は低いのね?」
先ほど大元といっていたので確認のために咲夜は言葉を挟む。
「そう。私が真に悩んでいるのは、その恋人とどうすればいいんだろうか? 実はその人のもとから逃げてしまって悩んでいる」
「………………は? 恋人?」
「そうだけど」
「大好きな人って言ってなかった?」
「言った。大好きな人は恋人。そうでしょ?」
何をおかしなことを言っているんだろうと首を傾げるルナサ。
実は咲夜の中では大好きな人=片思いの人という図式ができていたのだ。故に、この片思いをどうすればいいのかという悩みだと思っていた。
しかし、実際は…
(まさか、すでにいたとはね)
顔に表さないだけで内心驚きの連発である。加えて、焦りもあった。
メイドを初めて数年、今ではメイド長というありがたい肩書きをもらっている彼女だが、実はまともに恋愛体験をしてこなかった。
職場が女100%という事もあり、そういう感情はからっきしだったのである。
最近はそういった感情も芽生えなくはないのだが対象が対象であって口にしがたい。
要するに彼女は恋愛体験をしたこともないのに相談に乗っていいのかという悩みを持った。
(これじゃあ、ミイラ取りがミイラになる、か)
変な野次馬精神出さなければ良かったなどと数分前の自分を侮蔑した。
「えっと、話を整理するわね。あなたの恋人が別の人とキスをしていた。で、その人から逃げてきた。そして、自分はどうすれば良いか悩んでいる」
「その通り」
頷くルナサ。
(やばい。整理するとかなりディープだっていうのが分かった)
頭を抱える咲夜。
これではどっちが相談に来たのか分からない。正直お手上げではあったが、決して他の人にたらい回そうという気持ちはなかった。
なぜなら、彼女に『友人として』と宣言したからだ。
ルナサと自分の悩みに負けそうになりながらも彼女は言葉を紡いでいく。
「まずはどうして逃げ出したのか、ここを教えてちょうだい」
「別の人とキスしていたらショックで逃げ出さない?」
(そうよね。そう切り返すよね)
咲夜は困りながらしどろもどろに言葉をつないでいく。
「あ、えっとそういう意味じゃなくて。……あ~、どうして理由を聞かなかったのかなっていう意味なの」
「……何か聞きたくなかった」
少しルナサのトーンが落ちたのが分かった。
どうやらここから深く聞きほれそうだと当たりをつけた咲夜は身を乗り出す。
「それは分かるけど……聞かなきゃ何も展開が起きないでしょ」
「分かる、分かっている。けれど、もしキスしたのが本当だったら私はどうすれば良いか分からない」
「………うん、『本当だったら』? ちょっと待って。貴女、その言い方だと現場を見ていないの?」
その一言にルナサは言葉を塞ぐ。
咲夜は人差し指で軽くあごを擦る。どういう状況だったのかと予測を立てながら慎重に言葉を選んでいく。
「もしかして人伝? 妹たちからとか、かしら」
「……そうよ」
「だったら、それは誤解だったということもあるかもしれないわよ。もしかして貴女を困らせようと末っ子が考えたことかもしれないじゃない」
「……だとしても、やはり聞くのは怖い」
俯きながら目に見えるように塞ぎ込むルナサに、どうしたものかと咲夜は悩んだ。
悩みの解決方法は理由を問いただせることなのだが、どうやって後押しをすればいいかが鍵となる。
そこで彼女は思いついた。今回の場面が恋愛事情であって、それを例えば友達との喧嘩別れに置き換えたらどうだろうか。案外いけるのではと得心する。
職場とポジションの都合上、そういった相談を受けてきた彼女。その中から参考になりそうな言葉を模索する。
「ねぇ、ルナサ。貴女、聞くのが怖いって言ってるけど、今の状況の方が怖くないかしら?」
「え?」
「だって、どっちつかずにいるのよ。嘘なのか本当なのか、そんな中間点にずっといるなんて絶対無理。最悪、このまま自然消滅してしまうかもしれないわよ、貴女の知らないところで」
「それは、困る!」
「でしょ? それなら貴女自身が確認した方がいいわ。仮にキスしたのが本当だとしても、傷は浅くてすむ。嘘なら尚良し」
「咲夜…」
落ち込んでいたルナサが顔を上げた。
咲夜は椅子から立ち上がり、ルナサの背後に回る。そして彼女の頭の上に軽く手を乗せた。
「思い立ったが吉日。私は貴女を応援しているわ」
まるで子供に勇気を持たせるような母親のように咲夜はルナサの頭を撫でる。
絹のような彼女の髪は咲夜の指に絡みつくことはなく静かに揺れる。
ルナサは咲夜の行動に最初驚いたが、撫でている彼女の手が段々と気持ちよくなり、目を細めていく。
「ルナサ、いますか?」
咲夜がルナサの頭を撫で始めてから5分足らず、彼女の私室にノック音と同僚の声が響いた。
「あ、いるよ」
「今、あなたの客さんが来てるけど……ってメイド長も一緒だったんですか」
「こんばんは」
中に入ってきた妖精は咲夜を見るとすぐに挨拶する。
咲夜もそれを返してからルナサは誰が来たのか尋ねた。
「誰、その人?」
「メルランさんです。ここに姉は来ているかと聞かれたのでいるといったら、すぐに呼んでほしいと言ってるけど…」
「咲夜…」
妹の名前が妖精から告げられた。その言葉にびくりと体を震わせるとルナサは後ろに立っている咲夜の方に振り向いた。
不安そうに尋ねる彼女に咲夜は笑顔で肩を叩く。
「言ったでしょ? 思い立ったが吉日。頑張ってらっしゃい」
「……分かった!」
頑張れ、の一言が嬉しかったのか、顔に余裕が戻っていた。
「案内して」
椅子から立ち上がり妖精の後を付いていくようにルナサは部屋から出て行く。しかし、完全に戸が閉まりきる前に彼女は言葉を紡いだ。
「相談に乗ってくれてありがとう」
その言葉が恥ずかしいのかルナサはそっぽを向いたままであった。
しかし、それで十分なのか咲夜は笑顔で返事した。
「どういたしまして」
こくりと頷いてからルナサは戸を閉めた。
部屋の主がいなくなった。
咲夜はルナサが据わっていた椅子に腰掛ける。そして、大きなため息をついた。
「ふぅ………慣れないことはするもんじゃないわね。つっかれた~」
およそ彼女らしからぬように手や足を伸ばし背伸びする。自室でもないのに油断しきった表情や仕草を見せていた。
彼女の人生で初めての恋愛相談。まだまともにしたこともないのに乗って良かったのかという悩みは達成感に変わっていた。ルナサの後押しをできたことが純粋に嬉しくて、そして相談の難しさから開放されて思わず顔をほころばせた。
「私も恋愛したいかも」
ぽつりと言葉を洩らす。その一言が1週間前に天狗の新聞で記事にされた、あの写真を思い出させた。
咲夜は思わず赤面し、紅茶に手をつける。
「…っ!? げほっ……………甘」
ルナサが飲んでいた激甘ジャム入り紅茶を飲んでむせた咲夜がそこにいた。
「姉さん!」
妖精に案内され、部屋に入ったルナサをメルランは勢いよく抱きしめた。
「メルラン、苦しい。ちょっと離れて」
「あ、ごめんなさい」
勢いよく抱きついたメルランは少し気恥ずかしそうにぱっと離れた。
ルナサはほんの少し咳をする。
「探したわ、幻想郷中。姉さんのことだし、あまり立ち寄らなさそうな場所を探していたけど、比較的早く見つかってよかった!」
「ごめんね。心配掛けて」
「ううん、いいの。もとはといえば、私が悪かったんだから」
メルランは俯きながら言葉を紡いでいく。
「姉さん。本当にごめんなさい」
「………もしかして香霖堂のことで謝っているの?」
「ええ……霖之助さんと霊夢がキスをしていたっていうことなんだけど、あれは私達が見間違えていたの。霖之助さんはしていない」
「そっか………良かった! それが聞けて嬉しい!」
ルナサはほっとしたように胸をなでおろした。
本当は自分から真相を聞くつもりだったのだが、嘘ということを先に妹から告げられた。結果オーライである。
「姉さん。もし良かったら、霖之助さんと話してほしいの。いくら私が話しても実があまり入っていないから、こういうことは二人で話し合ったほうがいいわ」
「そうね、私もそう思う。メルラン、悪いけどあの人を明日、ここに呼んできてくれないかしら?」
「え、ここで話すの?」
プライベートな話を縁のないここで話すのはいかがなものかと考えるメルラン。野次馬の一人や二人いてもおかしくないここで話すのは危険なのでは。
「大丈夫。待ち合わせがここなだけで、ちゃんと別の場所で話すから」
「あ、そうなの。分かったわ、朝の方がいいかしら?」
「できれば、十時までにお願い。昼には仕込みもあるしね」
メルランは分かったと頷くと約一週間ぶりの姉との会話が楽しく思えた。
てっきりひどい言葉が投げかけられるものだと身を構えていたがそんなことはなく、和やかに進む。
ここにいたことが姉にとっては最良だったのだと、紅魔館の住人に感謝した。
7日目
霖之助は霧の湖を歩いていた。
昨晩、香霖堂に駆けつけたメルランから事情を聞き、今日紅魔館に来る様にいわれていた。
実は、メルランやリリカから近くまで運ぼうか提案されていたのだが、どうしても自力で会いに行きたい伝え、丁重に断っていたのである。紅魔館から香霖堂までは歩くだけでも骨が折れる距離がある。なので今日の彼は5時起きの行動であった。
春らしい季節。
温かみとほんの少しの肌寒さがある季節だが、彼の額には珠のような汗が浮かんでいる。どれだけ苦労して歩いているか窺えた。
「後、もう少しか」
目の前には霧隠れしながら異質な存在を放つ紅魔館が見える。
自分の行程もやっと報われると感じていた。
「いや、これからが大事か」
それでも彼の頭にあるのは疲れよりも、これからの話し合いである。
内容如何によってはこれまでの6ヶ月が終わってしまう。
彼はルナサのこと本当に愛していた。だからこそ、しっかりと話し合おうと決めていた。
「おはようございます。今日来ることをルナサさんから窺っていますよ」
出迎えてくれたのは門番の美鈴。珍しいことに直立不動でのお出迎えであった。
「少々お待ち下さいね」
「ああ、よろしく頼むよ」
館内に向かう美鈴を見届け、霖之助は額に浮かぶ汗をポーチに入っていたタオルで拭く。
暫くして、彼女と一人のメイドが現れた。
「では、ごゆっくり」
「ありがとう、美鈴さん」
「いえいえ、これでやっと眠れますから」
美鈴はメイドに手を振って館から横へ逸れていく。どうやら自室でサボるようだ。
一方、メイドはてててっと小走りに門のほうへ近づいた。
「久しぶり」
「といってもまだ1週間なんだけどね」
「それでも私には長く感じた」
「………おはよう、ルナサ」
「おはよう、霖之助」
メイドの姿をしたルナサは霖之助に微笑む。
その笑顔を暫く見ていなかった――霖之助は口では『まだ』と言っていたがやっぱり長かったんだと実感した。
「貴方に連れて来てもらった場所に行きましょ?」
「分かった」
紅魔館から少し離れた小高い丘。
紅魔館の赤と湖と空の青、草原の緑が映えるこの場所はかつて霖之助とルナサが恋人ごっこを演じていたときに来た初めてのデートスポット。そして、彼女が香霖堂から逃げ出してやって来た場所でもある。
二人の思い出の場所で二人は草むらの上に腰掛けた。
「早速だけど、話したいことがある」
「くすくす、貴方らしいわね。いきなり本題から入るなんて」
「ははは……そうかもね。でも、決心があるうちに話したいんだ。………聞いてくれるかい?」
「ええ。お願い」
一陣の風が通り抜けた。
「まずは君に謝らなければならない。誤解や不満を与えてすまなかった」
「誤解は何を指しているか分かるけど。不満は何を指しているのかしら?」
「君が何度もキスをしたがっていた事、だよ」
「……貴方は気がついていたの? じゃあ、どうしてしてくれなかったの?」
てっきり気がついていなかったと思っていたルナサには寝耳に水で驚いた。分かっていながら拒んでいたことに驚きながらも今度は不満が募り出す。
私達は恋人なのに、どうしてそれを拒むのか、と。
「……僕はそういった類のことはもっと将来にするべきだと考えていたんだ。だから君の行為もわざと気がついていないようにスルーしてきたんだ」
「将来?」
「………僕は今の交際を真剣に考えている。現状だけでなく、未来のことも」
「……!? 霖之助さんそれって…」
ルナサは霖之助の言わんとしていることを悟り、思わず言葉を呑んだ。
「その言葉はもっと後になって話す。だから、もう少し待ってほしい」
緊張しているのか霖之助は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
対するルナサも彼の言葉が本当に耳に届いているのか、顔を真っ赤にしながらこくこくと何度も頷く。
「ルナサ、僕は偏屈屋だ。そして頭が固い。そんな僕だから君は一度僕のもとから逃げてしまった。それくらい、融通が利かなく、意思疎通も大変だと思う」
「……………」
「それでも、僕はまだ君と一緒にいたい」
霖之助は身を乗り出し、膝の上に置かれていたルナサの手を握る。
「だから、もう一度一緒にいてほしい。僕は君に夢中になってしまった!」
その言葉がルナサの心に大きく響いた。
感極まり彼女の目からいくつもの涙が流れる。体も小刻みに震える。
やがて、彼女は彼の胸に頭を埋めた。
「私も……貴方と…っ……一緒がっ………いいよぉ」
最後の方は言葉が小さくなった。霖之助に力強く抱きしめられ、言葉が途切れる。
苦しそうに、けれどそれ以上に嬉しそうに表情をほころばせた。
霖之助はルナサの真っ赤な顔を起こす。まだいくつもの涙が流れている。
彼は彼女の顔を自分の方に近づけて囁いた。
「目、瞑ってくれないか?」
「……良いの?」
「あんな事いった手前やりにくいが、そのなんだ」
「?」
「したくなった」
ルナサは思わずきょとんとする。
そしておかしそうに静かに笑った。
「だ~め♪」
「どうしてだい?」
「だってあれだけ、私を待たせたのよ? 許さないんだから」
「ぐっ!」
「だから、私からするね」
そう言ってルナサは霖之助のほうに顔を寄せる。
ゆっくりと吸い込まれるように二人の唇は重なった。
「えへへ…………ファーストキス!」
嬉しそうに照れながら笑うルナサがいた。
そのときの表情が霖之助にとって決して忘れられないものとなった。
最近姉がぐっときれいになった。
元々きれいだなと思ってはいたが、よりきれいになったと思える。姉妹だと言うひいき目抜きにしてもこの人は幻想郷一きれいだと思う。
それがメルランの最近の感想だった。
「姉さん、嬉しそうだね」
「あ、やっぱりそう思う」
そして同時に饒舌になったとも思った。何故だろう。
以前なら、『そうかな』などとワンクッション挟んでいたと思うが、それが少なくなった。
これもあの人お陰だろうか。
「ただいま!」
元気よく玄関の音を開けて帰ってきたのはリリカ。愛用のキーボードと一緒に今日は太陽の丘へソロコンサートに出かけていたのだ。
「おかえり。どうだったお客さんは?」
「もう、ばっちり! 客受けは最高だったよ」
リリカはよほど気分がいいのか親指を上げながら、話をふったメルランのほうへ近づく。
「ルナ姉たちも予定入っていたよね?」
「そうね。私は幽々子さんたちにお呼ばれしたわ。まるで転生の誘いみたいね。騒霊なだけに」
「私は紅魔館。前から約束していたからね」
「あ、あのスランプだっていたあのときの? ルナ姉はどっちでいくの?」
リリカはメルランの隣に座り、ルナサに質問をする。
ちなみに『どっち』と言うのは演奏パターンのことである。もともとの欝の音に今ではハッピーな音も出せるルナサ。二つ扱えるゆえのリリカの質問であった。
「もちろんハッピーな音よ」
「はいはい、ご馳走様」
「うわ、胸焼けしそう」
「ひどいわね貴女たち」
少し不満そうに呟きながらも彼女は手入れをしていたバイオリンをケースにしまう。時間らしく彼女は椅子から腰をあげた。
長女を見送ろうと二人も腰をあげ、玄関まで付いていく。
「じゃあ、行ってくるわね」
「行ってらっしゃい、姉さん」
「気をつけてね」
浮かび上がり、外に出た彼女を二人は手を振って見送った。
けれど途中、不意に姉が二人の方に振り向いた。
「「?」」
「あ、そうそう。今日はあの人のところに行くから帰らないからね♪」
嬉々とした声が二人の耳に届いたときには彼女は遠くの方に向かっていた。
当然、二人の『お幸せに』と言う言葉は彼女に聞こえるはずもなかった。
end
6日目
ルナサの様子がおかしいのは一目で分かった。
今日も調理場で材料の下ごしらえを担当していたのだが、一つ一つの工程があまりにも遅かった。周りの妖精たちもどうしたのか、と何度も尋ねることもあった。そのたびに彼女は弱弱しい笑顔で何でもない、と言って答えていた。
普段ならペースを落とせば注意されるのが調理場内でのルールだったのだが、彼女の場合、ペースを落としたことで不思議と周りのペースと一体することが出来た。
それが彼女には皮肉にしか思えなかった。
「以上報告です」
「ありがとう。下がっていいわ」
咲夜の私室。時刻は夕方で彼女の部屋にも夕闇が窓から差し込んできた。
定時の報告内容を聞いてから、咲夜は今日の調理場内での報告にきた妖精を下がらせた。お辞儀と同時に部屋から退出する彼女を見送ってから軽くため息をつく。
「問題なし、か。皮肉よね」
咲夜は首を軽く回す。こきりと小気味のいい音が鳴らし、彼女は座っていた椅子から立ち上がる。
「さて、優良娘の相談と行きますか」
何故か楽しそうに呟いていた。
こんこんとノックの音が聞こえる。
ベッドで寝転んでいたルナサは気だるそうにどうぞといった。
「入るわね」
「咲夜……」
入ってきたのはメイド長の咲夜。ティーセットを乗せたワゴン付である。
軽く挨拶をした後、彼女はポットに入った紅茶をカップに注いでいく。
その様子からどうやら長話があるようだと踏んだルナサはベッドから起き上がり、ラウンドのテーブルがある椅子に腰掛けた。
「どうぞ。お好みでジャムを入れてみたらどうかしら?」
「ありがとう、いただくわ」
器に入った林檎ジャムをすくい、カップの中に落とす。備え付けられたスプーンでかき混ぜてから、口をつけた。
「甘…………」
「あら、甘いのは苦手?」
「そうではないけど、これ、甘すぎる」
「それはそうよ。あなた用に作ったんだから」
「?」
「酸いも甘いも噛み分ける。『酸い』の貴女には丁度いいんじゃなくて」
これは咲夜なりの冗談を交えた励ましであった。
「何があったのか聞いてもいいかしら?」
「………やだって言ったら?」
「質問に質問で返すのは感心しないけど、もしそう言ったら次はチョコレートかしら」
「勘弁して」
ルナサはくすくすと笑いながら甘ったるい紅茶を口につける。
「ちょっとは元気が出たようね。入ったときすごいふくれっ面だったわよ」
「そう? 意識してないからわからないや」
咲夜もようやく紅茶に手をつける。もちろんジャム無しで。
「じゃあ、元気出たついでに語ってちょうだい」
「………いやに突っついてくるね。メイド長としての仕事? それとも野次馬精神?」
「どちらかといえば前者かな。後は友人としてかな」
楽しそうに、けれどルナサから見ても不快にならないような笑みを浮かべる咲夜。
ルナサは話していいものかと少し逡巡する。プライベートなことなので人に話すのが気恥ずかしいからだ。
しかし、自分で悩んではみたが結局、答えが出なかったことを思い出し、彼女に打ち明けることにした。
「私が悩んでいる大元の悩みは大好きな人が別の人とキスをしていたこと。それを思い出すと悲しいの」
「……………へ? い、今なんて」
「……? 大好きな人が別の人とキスをしたっていったけど」
「………………うわぁ………そっち方面、ね」
咲夜は椅子にもたれるように首を仰いだ。
実は彼女がこの悩みにのりのりだったのはルナサみたいな真面目系の人物はどういうことで悩むのかという好奇心であった。普段、そつなくなんでもこなす彼女が抱える悩み事はいかなるものか。
確かに上司として、友人としてというのは嘘ではないが、どちらかといえば、先ほどの質問で言えば『後者』であった。
「……あ~、ごめん。続けてちょうだい」
「…? 分かった。それで、悲しいことがあると私は音楽を作れることができるのだけれど、この前お嬢様の前では演奏することができなかった。一言で言えば、スランプなの」
「そうだったの………でも、どちらかといえば、スランプなのは悩みとしての程度は低いのね?」
先ほど大元といっていたので確認のために咲夜は言葉を挟む。
「そう。私が真に悩んでいるのは、その恋人とどうすればいいんだろうか? 実はその人のもとから逃げてしまって悩んでいる」
「………………は? 恋人?」
「そうだけど」
「大好きな人って言ってなかった?」
「言った。大好きな人は恋人。そうでしょ?」
何をおかしなことを言っているんだろうと首を傾げるルナサ。
実は咲夜の中では大好きな人=片思いの人という図式ができていたのだ。故に、この片思いをどうすればいいのかという悩みだと思っていた。
しかし、実際は…
(まさか、すでにいたとはね)
顔に表さないだけで内心驚きの連発である。加えて、焦りもあった。
メイドを初めて数年、今ではメイド長というありがたい肩書きをもらっている彼女だが、実はまともに恋愛体験をしてこなかった。
職場が女100%という事もあり、そういう感情はからっきしだったのである。
最近はそういった感情も芽生えなくはないのだが対象が対象であって口にしがたい。
要するに彼女は恋愛体験をしたこともないのに相談に乗っていいのかという悩みを持った。
(これじゃあ、ミイラ取りがミイラになる、か)
変な野次馬精神出さなければ良かったなどと数分前の自分を侮蔑した。
「えっと、話を整理するわね。あなたの恋人が別の人とキスをしていた。で、その人から逃げてきた。そして、自分はどうすれば良いか悩んでいる」
「その通り」
頷くルナサ。
(やばい。整理するとかなりディープだっていうのが分かった)
頭を抱える咲夜。
これではどっちが相談に来たのか分からない。正直お手上げではあったが、決して他の人にたらい回そうという気持ちはなかった。
なぜなら、彼女に『友人として』と宣言したからだ。
ルナサと自分の悩みに負けそうになりながらも彼女は言葉を紡いでいく。
「まずはどうして逃げ出したのか、ここを教えてちょうだい」
「別の人とキスしていたらショックで逃げ出さない?」
(そうよね。そう切り返すよね)
咲夜は困りながらしどろもどろに言葉をつないでいく。
「あ、えっとそういう意味じゃなくて。……あ~、どうして理由を聞かなかったのかなっていう意味なの」
「……何か聞きたくなかった」
少しルナサのトーンが落ちたのが分かった。
どうやらここから深く聞きほれそうだと当たりをつけた咲夜は身を乗り出す。
「それは分かるけど……聞かなきゃ何も展開が起きないでしょ」
「分かる、分かっている。けれど、もしキスしたのが本当だったら私はどうすれば良いか分からない」
「………うん、『本当だったら』? ちょっと待って。貴女、その言い方だと現場を見ていないの?」
その一言にルナサは言葉を塞ぐ。
咲夜は人差し指で軽くあごを擦る。どういう状況だったのかと予測を立てながら慎重に言葉を選んでいく。
「もしかして人伝? 妹たちからとか、かしら」
「……そうよ」
「だったら、それは誤解だったということもあるかもしれないわよ。もしかして貴女を困らせようと末っ子が考えたことかもしれないじゃない」
「……だとしても、やはり聞くのは怖い」
俯きながら目に見えるように塞ぎ込むルナサに、どうしたものかと咲夜は悩んだ。
悩みの解決方法は理由を問いただせることなのだが、どうやって後押しをすればいいかが鍵となる。
そこで彼女は思いついた。今回の場面が恋愛事情であって、それを例えば友達との喧嘩別れに置き換えたらどうだろうか。案外いけるのではと得心する。
職場とポジションの都合上、そういった相談を受けてきた彼女。その中から参考になりそうな言葉を模索する。
「ねぇ、ルナサ。貴女、聞くのが怖いって言ってるけど、今の状況の方が怖くないかしら?」
「え?」
「だって、どっちつかずにいるのよ。嘘なのか本当なのか、そんな中間点にずっといるなんて絶対無理。最悪、このまま自然消滅してしまうかもしれないわよ、貴女の知らないところで」
「それは、困る!」
「でしょ? それなら貴女自身が確認した方がいいわ。仮にキスしたのが本当だとしても、傷は浅くてすむ。嘘なら尚良し」
「咲夜…」
落ち込んでいたルナサが顔を上げた。
咲夜は椅子から立ち上がり、ルナサの背後に回る。そして彼女の頭の上に軽く手を乗せた。
「思い立ったが吉日。私は貴女を応援しているわ」
まるで子供に勇気を持たせるような母親のように咲夜はルナサの頭を撫でる。
絹のような彼女の髪は咲夜の指に絡みつくことはなく静かに揺れる。
ルナサは咲夜の行動に最初驚いたが、撫でている彼女の手が段々と気持ちよくなり、目を細めていく。
「ルナサ、いますか?」
咲夜がルナサの頭を撫で始めてから5分足らず、彼女の私室にノック音と同僚の声が響いた。
「あ、いるよ」
「今、あなたの客さんが来てるけど……ってメイド長も一緒だったんですか」
「こんばんは」
中に入ってきた妖精は咲夜を見るとすぐに挨拶する。
咲夜もそれを返してからルナサは誰が来たのか尋ねた。
「誰、その人?」
「メルランさんです。ここに姉は来ているかと聞かれたのでいるといったら、すぐに呼んでほしいと言ってるけど…」
「咲夜…」
妹の名前が妖精から告げられた。その言葉にびくりと体を震わせるとルナサは後ろに立っている咲夜の方に振り向いた。
不安そうに尋ねる彼女に咲夜は笑顔で肩を叩く。
「言ったでしょ? 思い立ったが吉日。頑張ってらっしゃい」
「……分かった!」
頑張れ、の一言が嬉しかったのか、顔に余裕が戻っていた。
「案内して」
椅子から立ち上がり妖精の後を付いていくようにルナサは部屋から出て行く。しかし、完全に戸が閉まりきる前に彼女は言葉を紡いだ。
「相談に乗ってくれてありがとう」
その言葉が恥ずかしいのかルナサはそっぽを向いたままであった。
しかし、それで十分なのか咲夜は笑顔で返事した。
「どういたしまして」
こくりと頷いてからルナサは戸を閉めた。
部屋の主がいなくなった。
咲夜はルナサが据わっていた椅子に腰掛ける。そして、大きなため息をついた。
「ふぅ………慣れないことはするもんじゃないわね。つっかれた~」
およそ彼女らしからぬように手や足を伸ばし背伸びする。自室でもないのに油断しきった表情や仕草を見せていた。
彼女の人生で初めての恋愛相談。まだまともにしたこともないのに乗って良かったのかという悩みは達成感に変わっていた。ルナサの後押しをできたことが純粋に嬉しくて、そして相談の難しさから開放されて思わず顔をほころばせた。
「私も恋愛したいかも」
ぽつりと言葉を洩らす。その一言が1週間前に天狗の新聞で記事にされた、あの写真を思い出させた。
咲夜は思わず赤面し、紅茶に手をつける。
「…っ!? げほっ……………甘」
ルナサが飲んでいた激甘ジャム入り紅茶を飲んでむせた咲夜がそこにいた。
「姉さん!」
妖精に案内され、部屋に入ったルナサをメルランは勢いよく抱きしめた。
「メルラン、苦しい。ちょっと離れて」
「あ、ごめんなさい」
勢いよく抱きついたメルランは少し気恥ずかしそうにぱっと離れた。
ルナサはほんの少し咳をする。
「探したわ、幻想郷中。姉さんのことだし、あまり立ち寄らなさそうな場所を探していたけど、比較的早く見つかってよかった!」
「ごめんね。心配掛けて」
「ううん、いいの。もとはといえば、私が悪かったんだから」
メルランは俯きながら言葉を紡いでいく。
「姉さん。本当にごめんなさい」
「………もしかして香霖堂のことで謝っているの?」
「ええ……霖之助さんと霊夢がキスをしていたっていうことなんだけど、あれは私達が見間違えていたの。霖之助さんはしていない」
「そっか………良かった! それが聞けて嬉しい!」
ルナサはほっとしたように胸をなでおろした。
本当は自分から真相を聞くつもりだったのだが、嘘ということを先に妹から告げられた。結果オーライである。
「姉さん。もし良かったら、霖之助さんと話してほしいの。いくら私が話しても実があまり入っていないから、こういうことは二人で話し合ったほうがいいわ」
「そうね、私もそう思う。メルラン、悪いけどあの人を明日、ここに呼んできてくれないかしら?」
「え、ここで話すの?」
プライベートな話を縁のないここで話すのはいかがなものかと考えるメルラン。野次馬の一人や二人いてもおかしくないここで話すのは危険なのでは。
「大丈夫。待ち合わせがここなだけで、ちゃんと別の場所で話すから」
「あ、そうなの。分かったわ、朝の方がいいかしら?」
「できれば、十時までにお願い。昼には仕込みもあるしね」
メルランは分かったと頷くと約一週間ぶりの姉との会話が楽しく思えた。
てっきりひどい言葉が投げかけられるものだと身を構えていたがそんなことはなく、和やかに進む。
ここにいたことが姉にとっては最良だったのだと、紅魔館の住人に感謝した。
7日目
霖之助は霧の湖を歩いていた。
昨晩、香霖堂に駆けつけたメルランから事情を聞き、今日紅魔館に来る様にいわれていた。
実は、メルランやリリカから近くまで運ぼうか提案されていたのだが、どうしても自力で会いに行きたい伝え、丁重に断っていたのである。紅魔館から香霖堂までは歩くだけでも骨が折れる距離がある。なので今日の彼は5時起きの行動であった。
春らしい季節。
温かみとほんの少しの肌寒さがある季節だが、彼の額には珠のような汗が浮かんでいる。どれだけ苦労して歩いているか窺えた。
「後、もう少しか」
目の前には霧隠れしながら異質な存在を放つ紅魔館が見える。
自分の行程もやっと報われると感じていた。
「いや、これからが大事か」
それでも彼の頭にあるのは疲れよりも、これからの話し合いである。
内容如何によってはこれまでの6ヶ月が終わってしまう。
彼はルナサのこと本当に愛していた。だからこそ、しっかりと話し合おうと決めていた。
「おはようございます。今日来ることをルナサさんから窺っていますよ」
出迎えてくれたのは門番の美鈴。珍しいことに直立不動でのお出迎えであった。
「少々お待ち下さいね」
「ああ、よろしく頼むよ」
館内に向かう美鈴を見届け、霖之助は額に浮かぶ汗をポーチに入っていたタオルで拭く。
暫くして、彼女と一人のメイドが現れた。
「では、ごゆっくり」
「ありがとう、美鈴さん」
「いえいえ、これでやっと眠れますから」
美鈴はメイドに手を振って館から横へ逸れていく。どうやら自室でサボるようだ。
一方、メイドはてててっと小走りに門のほうへ近づいた。
「久しぶり」
「といってもまだ1週間なんだけどね」
「それでも私には長く感じた」
「………おはよう、ルナサ」
「おはよう、霖之助」
メイドの姿をしたルナサは霖之助に微笑む。
その笑顔を暫く見ていなかった――霖之助は口では『まだ』と言っていたがやっぱり長かったんだと実感した。
「貴方に連れて来てもらった場所に行きましょ?」
「分かった」
紅魔館から少し離れた小高い丘。
紅魔館の赤と湖と空の青、草原の緑が映えるこの場所はかつて霖之助とルナサが恋人ごっこを演じていたときに来た初めてのデートスポット。そして、彼女が香霖堂から逃げ出してやって来た場所でもある。
二人の思い出の場所で二人は草むらの上に腰掛けた。
「早速だけど、話したいことがある」
「くすくす、貴方らしいわね。いきなり本題から入るなんて」
「ははは……そうかもね。でも、決心があるうちに話したいんだ。………聞いてくれるかい?」
「ええ。お願い」
一陣の風が通り抜けた。
「まずは君に謝らなければならない。誤解や不満を与えてすまなかった」
「誤解は何を指しているか分かるけど。不満は何を指しているのかしら?」
「君が何度もキスをしたがっていた事、だよ」
「……貴方は気がついていたの? じゃあ、どうしてしてくれなかったの?」
てっきり気がついていなかったと思っていたルナサには寝耳に水で驚いた。分かっていながら拒んでいたことに驚きながらも今度は不満が募り出す。
私達は恋人なのに、どうしてそれを拒むのか、と。
「……僕はそういった類のことはもっと将来にするべきだと考えていたんだ。だから君の行為もわざと気がついていないようにスルーしてきたんだ」
「将来?」
「………僕は今の交際を真剣に考えている。現状だけでなく、未来のことも」
「……!? 霖之助さんそれって…」
ルナサは霖之助の言わんとしていることを悟り、思わず言葉を呑んだ。
「その言葉はもっと後になって話す。だから、もう少し待ってほしい」
緊張しているのか霖之助は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
対するルナサも彼の言葉が本当に耳に届いているのか、顔を真っ赤にしながらこくこくと何度も頷く。
「ルナサ、僕は偏屈屋だ。そして頭が固い。そんな僕だから君は一度僕のもとから逃げてしまった。それくらい、融通が利かなく、意思疎通も大変だと思う」
「……………」
「それでも、僕はまだ君と一緒にいたい」
霖之助は身を乗り出し、膝の上に置かれていたルナサの手を握る。
「だから、もう一度一緒にいてほしい。僕は君に夢中になってしまった!」
その言葉がルナサの心に大きく響いた。
感極まり彼女の目からいくつもの涙が流れる。体も小刻みに震える。
やがて、彼女は彼の胸に頭を埋めた。
「私も……貴方と…っ……一緒がっ………いいよぉ」
最後の方は言葉が小さくなった。霖之助に力強く抱きしめられ、言葉が途切れる。
苦しそうに、けれどそれ以上に嬉しそうに表情をほころばせた。
霖之助はルナサの真っ赤な顔を起こす。まだいくつもの涙が流れている。
彼は彼女の顔を自分の方に近づけて囁いた。
「目、瞑ってくれないか?」
「……良いの?」
「あんな事いった手前やりにくいが、そのなんだ」
「?」
「したくなった」
ルナサは思わずきょとんとする。
そしておかしそうに静かに笑った。
「だ~め♪」
「どうしてだい?」
「だってあれだけ、私を待たせたのよ? 許さないんだから」
「ぐっ!」
「だから、私からするね」
そう言ってルナサは霖之助のほうに顔を寄せる。
ゆっくりと吸い込まれるように二人の唇は重なった。
「えへへ…………ファーストキス!」
嬉しそうに照れながら笑うルナサがいた。
そのときの表情が霖之助にとって決して忘れられないものとなった。
最近姉がぐっときれいになった。
元々きれいだなと思ってはいたが、よりきれいになったと思える。姉妹だと言うひいき目抜きにしてもこの人は幻想郷一きれいだと思う。
それがメルランの最近の感想だった。
「姉さん、嬉しそうだね」
「あ、やっぱりそう思う」
そして同時に饒舌になったとも思った。何故だろう。
以前なら、『そうかな』などとワンクッション挟んでいたと思うが、それが少なくなった。
これもあの人お陰だろうか。
「ただいま!」
元気よく玄関の音を開けて帰ってきたのはリリカ。愛用のキーボードと一緒に今日は太陽の丘へソロコンサートに出かけていたのだ。
「おかえり。どうだったお客さんは?」
「もう、ばっちり! 客受けは最高だったよ」
リリカはよほど気分がいいのか親指を上げながら、話をふったメルランのほうへ近づく。
「ルナ姉たちも予定入っていたよね?」
「そうね。私は幽々子さんたちにお呼ばれしたわ。まるで転生の誘いみたいね。騒霊なだけに」
「私は紅魔館。前から約束していたからね」
「あ、あのスランプだっていたあのときの? ルナ姉はどっちでいくの?」
リリカはメルランの隣に座り、ルナサに質問をする。
ちなみに『どっち』と言うのは演奏パターンのことである。もともとの欝の音に今ではハッピーな音も出せるルナサ。二つ扱えるゆえのリリカの質問であった。
「もちろんハッピーな音よ」
「はいはい、ご馳走様」
「うわ、胸焼けしそう」
「ひどいわね貴女たち」
少し不満そうに呟きながらも彼女は手入れをしていたバイオリンをケースにしまう。時間らしく彼女は椅子から腰をあげた。
長女を見送ろうと二人も腰をあげ、玄関まで付いていく。
「じゃあ、行ってくるわね」
「行ってらっしゃい、姉さん」
「気をつけてね」
浮かび上がり、外に出た彼女を二人は手を振って見送った。
けれど途中、不意に姉が二人の方に振り向いた。
「「?」」
「あ、そうそう。今日はあの人のところに行くから帰らないからね♪」
嬉々とした声が二人の耳に届いたときには彼女は遠くの方に向かっていた。
当然、二人の『お幸せに』と言う言葉は彼女に聞こえるはずもなかった。
end
しかし、ハッピーエンドで何よりです。咲夜さんも恋愛できるといいですね。
前後編でわけてもよかったかも?
でも、二人が幸せそうで良かったです
よかったね、ルナ姉。
でも確かにあっさり気味に感じますね。
正直に言ってしまうと、前編はとっても良かったんですが今回は……。
いっそマスカレードで終わってた方が良かったのかも……とは言いすぎか。
あ、私的にモノクロ氏は東方SSの中では十指(もしかすると五指)に入るほど好きなSS作家であることは明言しておきます。
これからも期待させていただきます。
>>珍しいことに直立不動でのお出迎えであった
何気にこの件は美鈴的に重要事扱い?w
個人的にアリスや魔理沙達がどうなったか気になります。
特にアリス。
ifストーリーも書いて頂けるなら見て見たいです。
そして新しく、斬新な作品でした。
コレは流行る気がしますよ。
心情の変化(ルナサが帰ってくるとか、霖之助が現状重視から脱するとか)の部分や、クライマックス(やっぱりスムーチなとこ)
なんかは、じっくりねっとりと心や情景を描写すると、生き生きしてくると思います。
あるいは、せっかく霊夢を登場させているので、もう一波乱起こさせるという手もあった……?
中編でテンポが重めになっていた分、展開が急に見えるというのもあるかと思います。
根拠の無い勘ではありますが、もっともっと伸びていく作家さんだと信じています。これからのご活躍に期待します。
ご意見ありがとうございます。
特に奇声を発する程度の能力氏やK-999氏などがおっしゃってるように今回は急すぎたかもしれません。
自身としては練ったつもりでも物足りないといったところが皆さんの感想でしょうか。
これからはもっとじっくり描写できるように努力していきます。
そこんとこkwsk
甘々ですね~
とりあえず100点持ってけ!