姉のさとりと妹のこいし、二人のさとり妖怪がの前に、一つのショートケーキがありました。
ケーキはテーブルの上に置いてあって、二人は肩を並べて椅子に座っています。
ケーキを飾っているクリームはアシンメトリーを描いており、上に乗っている苺は、たった一粒でした。
さとりは妹の心が読めません。ですが、左手でこいしの右手を握っています。
こいしは誰の心も分かりません。ですが、右手でさとりの左手を握っていました。
「ねえこいし」
「なぁに、お姉ちゃん」
「お腹は空いてる?」
「そうでもない」
「このケーキは?」
「別腹」
「そう」
「お姉ちゃんはケーキ食べたいの?」
「割と」
「ふーん」
今、地霊殿には二人だけしか居ません。
鴉も猫も、何処か遠くないところに居ます。
二人の視線に焼かれてか、少しだけケーキのクリームが緩くなっています。
「早く食べないと美味しくなくなるわね」
「今日も地獄は暑いからね」
「こいしって、苺は好きだったかしら?」
「大好きだよ」
「流石、私の妹ね」
「それほどでもないわ」
二人はケーキをじっと見つめたままです。
じっとじーっとケーキを見つめていても、ケーキが綺麗に真っ二つ、なんてことはありません。
どうにかしてこれを半分にしなければ、二人は笑い合えないままです。
「苺だね」
「苺ね」
「これをどうにかすれば」
「クリームの量も微妙じゃないかしら」
「でも流石に完璧に真っ二つは無理だと思う」
「じゃあ土台がほぼ半分になればいいわね。上の苺は後にして、まずは切り分けましょう」
「そうだね。お姉ちゃんナイフ取ってきてよ」
「あー……良からぬことを企んでない?」
「ないよ」
「今こそサードアイを開く時だわ」
「ないよ」
「せめて普通に私の目を見て行ってみない?」
「ないよ」
こいしは最後までケーキから目を離しません。
「……どうしたのお姉ちゃん」
「こいしがナイフを取ってきてくれないかしら」
「ないよ」
実に即答でした。
「……姉の言うことは聞いておくものよ」
「お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだからきっと食べるよ」
説得力にも満ち溢れています。
世界はとても静かでした。エントランスホールに置いてある古時計の鳴る音が聞こえてきます。
それは五時の合図でした。
「…………もう二時間経ったよ」
「そうね」
「右手が溶けそう」
「私の左手も溶けるわ」
「離そう?」
「両手が空いたら何するか分からない」
「お姉ちゃんもだよ」
「私はそんなに欲張りじゃないもの」
「信用ならない」
「……ここはあんまりお腹を空かせてない人がナイフを取りに行くべきよ」
「私お腹空いた」
「ちょっとさっきは」
「時間経ったもん」
とうとう、握り合っている手からは雫が一滴だけ、零れ落ちました。
「……分かったお姉ちゃん。空いてる手をテーブルの上に置こう。そして手を離そう」
「そうね。それならいいわ」
二人はそっとテーブルの上に、右手と左手を置きます。
ケーキを見ていても見える位置に、そっと置きました。
「……じゃあせーので離そう」
「離しましょう」
『せーの』
そうして、テーブルの下にある左手を右手を、ついにぱっと離しました。
その時でした。
「ただいまー、あれ?」
「あら、お燐」
「そんな――お皿が一枚乗ったテーブルに面と向かって、二人とも何やってるんですか?」
「へっ!?」
燐が帰ってきました。さとりは、帰ってきた燐のほうに、数秒だけ視線を移しました。
はっとしてテーブルの上にあるはずのケーキに視線を戻しても、もうそこにケーキはありませんでした。
さとりがこいしを見ます。燐も釣られて、不思議な顔をしてこいしを見ました。
こいしは燐の顔を見て言いました。
「それはね、お燐。私たちは、何もやってなかったんだよ」
燐はやっぱり不思議な顔をしていました。
こいしはとっても満足そうに笑っていました。
「……そうね。何もやってないことになったわ」
そしてさとりが、苦々しい笑みで肩を竦めました。
その日は特に何もありませんでしたが、晩ご飯の時、さとりがいつもより一杯多くご飯をおかわりして、こいしがおかずを一品だけ、空のお皿にプレゼントしていました。
好きです。何もない話。
ケーキ?
おっとっと……完全に修正を忘れておりました。ご指摘ありがとうございました。
こいしちゃんはお姉ちゃんと遊べてよかったね