Coolier - 新生・東方創想話

シーカー 中編

2011/06/20 13:15:52
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シーカー 中編


呆然と立ちすくむ霖之助をリリカは頭をかかえていた。起きてはほしくないことが起きてしまったからだ。しかも自分たちの目の前で。
本来今回のミッションの目的はルナサを後押しすることである。
もし、彼に二心があるようなら先に戒めて、もっと親密になってもらいたいというのが根底にあった。
しかし、結果はまるで逆の方に向いてしまった。しかも、『自分たちの勘違いのせい』によってである。
霖之助は入り口で悲しそうに立ち呆けている。香霖堂に差し込む夕日も相まって哀愁漂う斜陽の様であった。
言葉を紡がずにはいられなかった。

「……ねぇ、店主。こんな時に言うのもなんだけど、霊夢と店主がキスしていたのって嘘でしょ。もしくは見間違い」
「え?」
妹の言葉にメルランは小さく驚く。まだ、彼女はルナサがここに来ていた事に呆けていたようで反応が小さかった。それでも耳には届いていたようだ。

「………そうだね。君の言うとおり、見間違いだった」
霖之助は振り返り二人に顔を向ける。けれど、言葉や表情に力が篭っていなかった。悪い意味で垢抜けていたように見受けられた。

「あの時、君たちからは霊夢の手で僕たちの顔が見えにくくなっていたんじゃないと思う」
霖之助と霊夢がキスしたように見えていたとき、彼女の手は彼の頬に当てられていた。確かに、それは窓から覗いていた二人には、彼の唇が手で隠れているように見えたのであった。

「そして霊夢は言ったんだ。『ちょっと外の人を驚かせましょう』。小声で話したときはどういう意味か分からなかったが、やっと意味が分かったよ。二人にはそういう風に見えていたんだね」
メルランは愕然とした。本当に彼はキスをしていなかったからだ。それだけじゃない。自分の不用意な発言で彼と姉は不味い関係になったからだ。
全ては誤解からの始まり。彼女はすぐに頭を下げた。

「ごめんなさい! わ、わた、私のせいでこんな……」
「……僕は君を責めるつもりはないよ。そもそも僕がしっかりと霊夢の悪戯を止めていればよかったんだ。気にすることない」
メルランの心情を汲み取りながら霖之助は優しい言葉を彼女に投げかける。心配をかけないようにとする意図が見えていた。
けれど彼女は一向に頭を上げようとしない。本当に申し訳なく思っているのか咽び声もかすかに聞こえてくる。
霖之助は困ったように頭をかく。そして、持っていた自分のハンカチを腰にかけてあるカバンから取り出し、彼女に差し出した。

「できれば泣き止んでほしいかな。君は明るい音を司る騒霊なのだろう。そんな君は笑っていた方が素敵だよ」
泣きながらもメルランは嬉しいのかこくりと頷いてハンカチを受け取る。ぎゅっと目から流れる涙をそれにしみこませ、彼女は何も言わずに返した。

「そういう言葉は姉さんにかけてほしいな」
「どうやら、いつもの姉思いな君に戻ったようだね」
顔を上げた彼女の目元には涙のあとがうっすらと残っている。それでも笑顔に戻った表情に安堵しながら霖之助は彼女の頭を優しく撫でた。

そばで見ていたリリカはひとまずほっとした。メルランが泣いたときにはこれ以上収拾がつかないのではと思い、自分もいっそう泣いてしまおうかとも考えた。
でも、こちらの方は上手くまとまりがついたようなので彼女は次のことを考えはじめる。
即ち、ルナサの誤解を解くことである。
この事に関しては説明をすれば問題ない。幸い姉は頑固ではなく意外と融通が利くので真摯に向き合えばきっと分かってくれるだろう。

だが一番の問題は彼女がどこに行ったかである。あの様子だと家に帰っているはずがない。
ルナサは悲しいことがあったときは大抵どこかに出かけてほとぼりが冷めたら戻ってくる、そんな性格の持ち主である。長いときは一ヶ月間、家に帰らないこともあった。お陰で料理が作れない二人はその間、白玉楼にお世話になっていた。あの頃は妖夢様様の日常であった、とリリカは懐かしんだ。

(どこに行ったんだろう、ルナ姉は)
リリカは思い当たるところを頭の中でリストアップしながら段取りを決めていく。
こういう考え事をするのが好きな彼女は、いつもなら楽しそうに思案するのだが、今回は事情が違う。真剣にルナサの行き着くところを考えていた。

「ルナ姉……どこに行ったんだろう」
夜の帳が落ちてきた静かな時間であった。










香霖堂から逃げて1日目

一晩を魔法の森の中で過ごした後、翌日には魔法の森を抜け、空を翔け、一日経っても止まらない涙をそのままにルナサは飛んでいた。
悲しいとき、家にいるのが辛くて外に行き始めてからこれがいつしか癖となっていた。
大概は近場で誰にも見つからないようにひっそりと泣いてから家に戻るのだが、今回は戻れそうにない。彼女はそう思っていた。

大好きな恋人がまさか誰かとキスをしていたなんて。
信じられなかった。
自分もまだしたことがないのに、何故他の人にしたのか。悔しさが心に募っていた。

「私達って恋人だよね」
そう問いかけても答えてくれるものはいない。
言いようのないよどみを抱えながら翔けて一刻、彼女が足を下ろした場所は霧の湖のほとりであった。そこは二人が始めてデートした場所、そして霖之助のお気に入りの場所であった。
無意識にここに足が向いていたというくらい、ルナサにしてみれば偶然ここにきたのだ。まるで二人の関係を再確認させるかのように。

一面広がる緑の絨毯に腰掛ける。ちくちくした葉が何故か気持ちよかった。
そしてルナサは背中から倒れた。視点は緑から青へ。そこまた無限の雄大さが広がっていた。

「ちっぽけなのかな、私の悩みは」
彼女は目の前に広がる青空に自分の悩みと比較していた。空には空の悩みがあるだろう、それこそ彼女が想像できないほど大きな悩みを。そう思うと自分の悩みはなんと小さいことか。

けれど、そう素直に受け取れない。
香霖堂から離れる前の一幕を思い出すとまた涙が溢れてきた。
あの時、霖之助は何を言おうとしていたのだろうか。いい訳か、あるいは謝罪か。どちらにせよ自分を引き止めたかったのは伺えた。
でも私はきっぱりと拒絶した。




生まれて初めて使った言葉だった。




あれ以上聞くのが怖かったからだ。嘘だったら良いかもしれない。でも、本当だったら、そう考えると言葉が自然と発せられた。そして香霖堂から出ていった。
悪い方に考えるのが自分の悪い癖だとルナサは考えている。それを克服し、少しでも明るくなろうとしたきっかけが彼との『恋人ごっこ』だった。
どうやら自分の根本は直っていなかったようだと改めて実感した、彼女であった。







自然の三原色。
この世に様々な色を認識できるのはある三色の構成によって創られているからである。
緑、青、赤。
実はここ、霧の湖はその三原色が味わえる奇妙なスポットであった。
そして芝生から起き上がったルナサが次に目にしたのは赤の世界。
即ち、紅魔館であった。

明確に色の境界が現れているこの場所に彼女は足を運んでいた。どうせ家に帰る気もないのなら、ここに行こうというのが彼女の気持ちであった。
霧が立ち篭る湖を抜けると自分たちが住んでいる屋敷よりも大きく立派な西洋館が窺えた。

「こんにちは」
取りあえず、門の傍で声をかけてみた。ここには世にも珍しい門番という職種があることを彼女は知っていたからである。
すると、一人の妖精がひょっこりと顔を出した。

「どなたですか?」
「あ、えっと……咲夜いるかな」
取りあえず、場所の提供をしてもらうためにも知り合いである十六夜 咲夜の名前を出してみた。
するとその妖精は困った顔をして奥に引っ込んでいった。
ほんの二、三分で出てきたのは門番長の紅 美鈴であった。

「こんにちは、何か御用ですか?」
明るく透き通った彼女の声はまるでハンドベルのようだと内心思った。
けれど、何か様子がおかしい。本来ストレートでつやのあった髪の毛が何故か色々癖がついている。よく見ると葉っぱもくっついていた。

「寝てたの?」
「い~え、悟りを開いていたのですよ」
にこにこと屈託のない笑顔でそう答えられるとそうですか、と頷くしかなかった。

「あ、咲夜呼んでほしいんだけど」
取りあえず、用件を伝えてみると、こちらも先ほどの妖精と同様に渋い顔をした。

「困りましたね。今、彼女はお嬢様のもとにいる時間なのよ。席をはずすなんてめったにないわ」
妖精が困っていたのは咲夜を呼べない状況にあるから、そこで咲夜に次ぐ権限のある美鈴が出てきた。何故彼女が出てきたのか分からなかった、ルナサはようやく納得した。

「ま、それでも呼べないこともないけど」
「本当?」
「もち」
楽しそうに、ぐっとサムズアップをしてみせると、美鈴は息を吸い込んだ。次の瞬間、大気の暴風かといわんばかりの声が彼女の口から発せられた。

「さっっっっっきゅぅぅぅぅぅううんんんんんん!!!!!!」
「うるさい! 中国!!!」
目の前に瞬間移動してきたのはメイド長の咲夜。どこからともなく音もなく現れた彼女は両の脚のホルダーにセットされてあるナイフを取り出すと、筒を作るように両手を口元に添えて発している美鈴めがけて投げつけた。

目視できただけでも十本。器用に放たれたそれらは寸分違わず、彼女に当たるだろうとルナサは見ていると、慌てることなく美鈴は右手で三本のナイフの塚の部分を叩き落とし、背後から来た二本を指の間で受け止め、残りの五本を右足で回し蹴りにて追撃した。まるで舞踊のように優雅であった。

けれどそれらは全て一瞬の出来事。
ナイフの抜き放ちが目にも止まらないスピードだったと表すなら、美鈴の撃墜方法は目にも映らなかったというべきか。

「あ~くやしぃ!!! どうして当たらないのよ!?」
「それは単に咲夜さんが下手なだけでは」
「うっさい! 偶にはくらいなさいよ。というか、また寝てたでしょう!」
「ノー。ワタシサトリヒライテイタネ」
「何で片言なのよ!」
あーだ、こーだと客の前で言い合う様は台風のような出来事。ルナサはこれが本当に咲夜なのかと疑いながらじっと様子を見ていた。

「あ、それよりお客がいるのにそんな様相見せてもいいんですか? ちょっとひんしゅくされていますよ」
「くっ……もとはといえば、貴女が」
「はいはい、分かりましたから。とにかく後はよろしくお願いしますね」
「ちょっと、どこ行くつもり?」
「ダイニノサトリヲヒライテクルネ」
「待ちなさい!」
咲夜の制止も空しく、あはは、と高笑いしながら美鈴は空へとのぼっていった。おそらく屋根の上で悟りを開くのだろう。
ルナサはここに来て失敗だったかなと痛惜した。

「………ふぅ。ごめんなさい、みっともないところを見せてしまって」
「構わない。貴女のみっともないところは24時間以内では二度目だから」
「は? どういう意味?」
「昨日の新聞。貴女、彼女にたかいたかいされていたよね」
「くっ、痛いところを」
咲夜もどうやらあの新聞を読んだ様で苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

「あの天狗は今度、串刺しにするとして何か用かしら?」
「うん。ちょっとここで雇ってもらえない?」
ルナサから紡がれた言葉に一瞬言葉を失ったが、咲夜はすぐに柔和な表情に戻し、館へと促した。

「何か訳ありなようね。ま、いいわ。貴女を招待しましょう」














「働く前に貴女の家事能力の確認をしておきたいのだけど、いかがかしら」
「ほぼ全般問題ない。任せてもらっても大丈夫だと思う」
「あら大きく出たわね」
咲夜はルナサの発言に少々驚きながらも、納得した。
プリズムリバーの長女だからある程度家事もこなしているのだろうと踏んだからだ。

「なら、頼もしいこと言ってもらったしね、早速調理場に移ってもらうわね」
「ええ、よろしく」
咲夜を先頭に二人は調理場まで向かうことにした。道すがらどんな料理ができるのかも確認しながら赤い絨毯の上を歩く。
壁や天井も赤系統に染まっているだけになかなかに目に負担が掛かりそうだとルナサは感じていた。

「ここが調理場よ」
大きな二枚の扉を開けるとそこは戦場であった。
中からは材料を切る音や炒める音、なによりも飛び変わる声の合図が激しかった。
咲夜は入り口に掛けられてあるフリルのついた白いエプロンを一つ掴み、それを周りの様子を見ていたルナサに渡した。

「ここではそれが必須だからね。はずしちゃ駄目よ」
「分かった」
彼女がそれをつけている間に咲夜は一人の妖精に話しかけていた。どうやらルナサの応対のためである。

「取りあえず、貴女には材料を切ってもらいたいらしいわ。向こうに一つだけあいているスペースに行ってくれる? 勝手に材料が渡されていくからお願いね」
「分かった。ありがとう、咲夜」
「どういたしまして」
ルナサは早足で指示された場所に移った。
早速人参やねぎなどが運ばれている。咲夜は問題はないだろうと思いながらその場を後にした。
















「失礼します」
咲夜に私室にノックが響く。彼女はどうぞ、といって入らせた。入ってきたのは先ほど彼女が調理場で指示した、妖精であった。

「どうだったかしら?」
咲夜は一旦、読んでいた書類から目を離し、その妖精に向き合う。
すると彼女は何か困ったように眉間にしわを寄せている。
何かトラブルがあったのだろうかと咲夜は推測した。

「正直、私には手に負えません」
「失敗、だったということかしら」
「失敗といえば失敗ですが、むしろ失敗は私達のほうかもしれませんね」
「どういうこと?」
怪訝な表情を見せながら咲夜は続きを促した。

「彼女の段取りが常人離れしています。手渡された材料はすぐに切り刻まれ材料待ちをし、調理を任せてもスピードが速すぎて材料の投入が間に合いません。皿洗いも任せたのですが、水場から皿が消えてすぐに乾燥台に並べられていました。もう、お手上げです」
彼女は神です、とぼそりと呟いて妖精の報告は終わった。
悪魔の館に神ってどうよ、と突っ込みながら咲夜は思わず笑ってしまった。信頼しているこの妖精を困らせるくらいなのだから余程すごかったのだろうと想像したからである。

「ふふふ、大変だったわね。ご苦労様、もう下がって良いわよ」
ねぎらいの言葉をかけながら咲夜は彼女を退出させた。
ルナサを採用したのは成功だった。そう思った彼女は椅子から立ち上がり、調理場に向かった。

「さて、あの娘の部屋も用意してあげないと」
ちょっとした楽しさが彼女の顔からにじみ出ていた。






「有意義だった」
自分用の個室に案内され、ベッドに寝転がりながら今日の様子を思い出していた。
咲夜からはもう少し手を抜け、といわれたときには驚いたが周りの様子に合わせる必要もあるのだと実感した。

そこでふと思い出した。ちょっと前もこんな生活をしていたことに。
家では世話の掛かる妹たちを相手に、たまにあの人のところで世話をしたり。
自分はつくづく仕える生活をしているのだなと苦笑した。
まだ離れて一日目だというのになぜか懐かしいと思う辺り、寂しがり屋なのかもしれないと感じたルナサであった。





2日目

「朝よ、起きなさい」
そんな声が遠くから聞こえたのでルナサは目を開けた。時計を見ると、午前5時。早過ぎないかと思いながらも寝ぼけた頭で自分がいる場所を思い出すと、のそのそと布団から這い出た。
昨日のうちに支給されたメイド服とエプロンを身に付け、廊下に出る。すると慌しそうにメイド服に着替えた妖精たちがばたばたと歩いていた。
何があったのかと思いながら、彼女もその波にのることにした。

向かった先は個室にしては広い部屋。サロンとも言うべきか。そこにたくさんの妖精たちが集合していた。何事なのかと遠くから見ていると、自分の近くをおしゃべりしながら妖精たちが通り過ぎる。

「今日、東の棟の三階の廊下だった。そっちは?」
「私は中庭の菜園担当。まだ寒いからきついんだよねぇ」
どうやら、自分たちの仕事の割り当てが教えてもらえるようだ。ルナサは納得しながら、その人ごみに入っていった。

「私は……」
掲示板がありそれぞれ名前と担当が記されてある。おそらく咲夜がやったのだろうと思うと、改めて彼女はすごいと思った。
仕事の担当割りもそうなのだが、妖精たちのそれぞれの名前を把握していることのほうが驚きであった。ルナサにはぱっと見見分けがつかないからである。

(ここにいるだけでも50人ほどはいるのにな)
咲夜のことを感心しながら自分の担当を確認した。

「今日も厨房…か」
昨日言われたことを肝に銘じながら彼女は調理場へと向かった。



昨日と同じような苦情が咲夜の部屋に届いたのは言うまでもない。










5日目

「手抜きって難しいな」
初日から5日連続でペースを下げられず、厨房の妖精に注意された。
任されたときはとことん張り切るルナサにとってここの仕事はなれるのに時間がかかりそうである。
とは言え、昨日に比べたら注意が減ったので大きな前進だったと振り返ることにした。
休憩中で自分のベッドで寝転んでいるそんなとき、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。

「ちょっといいかしら?」
顔を出したのは咲夜であった。

「何?」
「今、時間空いてるでしょ? ちょっと付き合ってもらえないかな」
「いいよ」
彼女の頼みにルナサは応諾した。

廊下に出ると配膳が一つ置かれてある。白いシーツで覆われたワゴンの上にはピンクの花柄のついた白いティーポットとカップ。かすかに紅茶の香りが漂っていた。

「お嬢様のところに行くから付き合ってほしいのよ」
「レミリア=スカーレット? 私なんかが会っていいの?」
「ええ。お嬢様も会いたがっていたし」
卑下するわけではないが自分に会っても仕方ないだろうと思っていたルナサは意外だと感じた。
ごろごろと配膳台を押す咲夜の後について行く。その後姿は本当にメイドなのだと思った。
いい意味で他の服は似合わないだろうなという感想も付け加えた。

「咲夜ってメイドなんだね」
「どうしたの急に?」
そんなやり取りをしながら二人は赤い廊下を歩いていった。



そしてレミリアの自室らしき前に着くと咲夜はその扉を二回ノックする。

「どうぞ」
中から可愛らしい声が聞こえた。レミリアの声である。
失礼します、と断りを入れてから咲夜、続いてルナサが中に入った。

「いらっしゃい、ルナサ=プリズムリバー。レミリア=スカーレット、紅魔館の主をしているわ」
「こんにちは、レミリアお嬢様。先日から仕えさせていただいておりますルナサ=プリズムリバーです」
ルナサはぺこりとお辞儀をしてから面前に座るレミリアを見た。
悠然とただ座っているだけなのにその様がまるで何者にも敵わないような彫刻品のように、彼女の目には写った。
なるほど、主という言葉が相応しいくらいの存在だと改めて実感した。

「ま、堅苦しい挨拶はもうやめましょ。これって疲れるのよね」
そう言って本当に疲れたのか軽くため息をつくレミリア。休んで良いわよ、といわれながらもルナサは緊張のせいでどうしてよいかわからず、咲夜に助けを請う。
すると彼女はレミリアのためにカップに紅茶を注いでいるところであった。

「お疲れ様です。素敵でしたよ?」
「ありがとう。……ああ、紅茶が美味しい」
咲夜から受け取った紅茶に一口つけた。そして、テーブルにそれを置き、レミリアはまたルナサのほうに目を向けた。

「早速で悪いんだけど、一曲演奏してもらえない?」
「え?」
「いやね、偶には音楽でも聴きながら紅茶でも飲もうかなと思ってね、それで咲夜につれてきてもらったわけ」
「はぁ……」
少しばかり目を輝かせて話しかけるレミリア。声と容姿も相まって少女のように楽しそうに話すので、先ほどとは違った様子にルナサはギャップを感じずにはいられなかった。
それもあって、間の抜けた声が出てしまった彼女は自分の呼ばれたことには納得した。しかし、そこで彼女はまた困ってしまった。

「申し訳ないが、生憎楽器を持ち合わせていない」
そう、ルナサはここにきたときは手ぶらだったのである。楽器がなければ、以下に弦楽器の名手といえど意味がない。
すると、レミリアはにやりと笑みを浮かべた。

「それなら問題ないわ。そうよね、咲夜?」
「はい」
咲夜は紅茶を運んでいた配膳台の白いシーツをめくった。するとそこにはもう一段台があり、ルナサにとって見慣れたものがあった。

「バイオリンのケース?」
「ええ。お嬢様に頼まれていてね、倉庫にあった物を取ってきたのよ」
そう言って咲夜はケースからバイオリンを取り出し、ルナサに手渡した。
取りあえず、弦を弾いてみる。一つ一つ確かめながら音を鳴らしていく。

「どうかしら?」
「素晴らしい楽器。その一言に尽きる。惜しむらくは管理が雑かな」
「それは改めるわ。じゃあ、早速演奏してちょうだい」
レミリアは楽しそうに目をルナサに向ける。
それに答えるようにルナサはバイオリンの演奏準備に掛かる。
右手で掴んだ弓を弦にあて、ゆっくりと始めた。

重厚なクラシックな音がレミリアの自室に広がる。たった一つの音が意思を持つかのように壁や床に音をしみこませていく。無機質なものにも音楽を感じさせるように音が放たれている。
少なくともレミリアや咲夜にはそう感じた。

けれど彼女にはそう感じなかった。
心が弾まない。手が動かない。音の呼吸が聞こえない。
暫くしてルナサは弓を引くのをやめた。

「どうしたの? なぜ、やめたのかしら?」
レミリアは不思議そうに、そして徐々に機嫌を損ねながらルナサに尋ねた。

「………ストーリーが作れない」
「は?」
返ってきた言葉はレミリアには意味不明な答えであった。

「申し訳ない。これ以上演奏することができない」
「……それは、私の命令を無視するって言うことかしら」
「確かに今、貴方は私の主です。けれど、その主にこんな音を聞かせるのは従者として、また演奏家としての矜持が耐えられない。すこし、時間がほしい」
「………ふむ」
レミリアは気分を悪くしながらも、ルナサの真摯な態度に少し考えることにした。

「分かったわ。貴女がそういうのだからそうなのでしょうね。いいわ、時間を置きましょう。また改めて演奏してちょうだい」
「はい」
改めて演奏の約束を取り付けてから、レミリアはルナサを下がらせた。
バイオリンと弓をケースにしまい、来た時と同様に一礼をしてから部屋から出た。




「………珍しいですね。いつものお嬢様なら、ウガーっとなるかと思いましたが」
「ウガーって何よ。まぁ、言わんとすることは分かるけど。私は、彼女がそういうならオーディエンスはそれに従うものだと思ったからよ」
「そういうものですか。それにしても、あの娘があんなことを言うなんてね。正直ひやひやしましたわ」
「全然不思議でないわ。プロはああでなくちゃ最高じゃないのよ」
レミリアは面白そうに笑いながら紅茶を口に含んだ。

「貴女の紅茶はいつも最高よ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」









一方、レミリアの部屋を後にしたルナサは廊下を駆け足で走っていた。
いつもの彼女にしては珍しく驚きと焦りの表情が浮かべている。そして自室を開けるなり彼女はベッドに座り込み、閉まっていたバイオリンを取り出した。

「おかしい。なんだろう。何がいけないの?」
ルナサはバイオリンを胸元に当てながらそれに問いかけるように呟く。決してバイオリンがよくないわけではないのは先ほどの『引き』で分かっていた。だとすれば、原因は…

「私だ」
ルナサは自分が原因だと判断した。
プリズムリバーたちの音楽は彼女たち曰く、自分たちの体験を音に纏めたものが音楽である。見たもの聞いたもの全ての経験が音であり、彼女たちはそれを一つのストーリーに見立て、演奏することで音楽が作られるという。


そして音楽はそれぞれパートが異なっていた。ルナサは鬱の音を、メルランは躁の音を、リリカは幻想の音をという風にである。
霖之助と付き合いだしたことで、ルナサはメルランが言う『ハッピーな音』を奏でられるようになった。
最近の彼女の体験あるいはストーリーは明るかった。ほとんどが霖之助との体験を奏でていただけに、それは以前の彼女にしてみれば華やかな体験の連続であった。


元々彼女は静や哀の音素を司っていたために霖之助との期間がある意味異常であった。そしてルナサの要素である鬱な音楽を最近は奏でていなかった。鬱を映し出すような体験がなかったからである。

要するに今の彼女はどちらの方向性にいるのか自分でも不明になっていたのである。このようなことになるのは彼女自身は初めてである。従って脱出の仕方が見えていない。
二つの音楽を学んだゆえの弊害であった。


忘れたのなら初心に帰れ。ハッピーな音が無理ならいつものに戻そう。
ルナサはすぐに自分の音素を思い出そうとした。けれど、その為には静や哀な体験を思い出さなければならない。
そして、彼女は昨日それを体験した。苦い、苦い体験を。

「………………ぐしゅっ………」
ルナサは涙を流した。
あまりにも耐え難い体験だっただけに自然と涙が溢れてしまったのだ。
袖で目頭を押さえ、天井を仰ぐ。

「無理だ………」
悲壮感が心に募った。












そのころの香霖堂。
霖之助は決まった場所であるカウンター越しの席に座りながら、日課の読書に励んでいた。
玄関はすでに開いており、『営業中』を表す看板も出ている。
店内もいつ誰が来ても構わないようにきれいに掃除してあるのが見受けられる。
要するに、いつもどおりの彼の生活が続いていた。

「やっほ~。遊びに来たよ」
リリカが店内に入ってきた。
元気のいい声は薄暗い店内に広がる。開けられた玄関も相まって店内はほんのりと明るくなった。

「いらっしゃい」
顔を読んでいた本から上げ、お客のあいさつをする。ぎこちない笑顔を覗かせるとリリカもそれに応えた。

「いつもと変わんないね、店主は」
「そうかもね」
そう言って霖之助はまた本に目を移す。
勝手にしてくれ、そんな風に読み取れたリリカはぐるりと周りを見渡した。
一角に詰まれた帽子の山が目に入った。麦わらや、シルクハット、キャップなどなど。
赤い色の帽子を被っているリリカはそれを隣に置き、いろいろ被ってみた。

「どうどう、店主? 似合ってる?」
「うん? ああ、なかなか似合ってるじゃないか」
呼ばれた霖之助はつい、と彼女のほうに目を向ける。リリカは白いつばの広い帽子を被っていた。淡いピンクのリボンがちょっとしたお洒落をかもしている。
服に合うかはともかく、彼女には似ていると彼は思った。

「えへへ~、ありがと♪」
嬉しそうに笑いながらリリカは別の帽子も試していく。鏡を見てはこれはなしかな、と時々独り言を言っては楽しんでいた。
穏やかな時間が流れる。やがて昼になろうとしていた。

「あ、店主。お腹すかない? もし良かったら作ろうか?」
「そうかい? じゃあ、悪いが任せるよ」
「りょ~かい!」
リリカはカウンターの、霖之助が座っているさらに奥にある暖簾で仕切られた居間へとはいる。靴を脱ぎ、勝手知ってるように台所へと向かった。

「いつもすまないな」
小さな声で呟いた。






「ごちそうさま」
「おそまつさま、って言うんだよね?」
食事を終えたリリカと霖之助。
彼女は台所で洗うためにお皿をお盆に重ねていく。きれいに食べられた彼のお皿の中を見てはニヘラ、と無意識に表情を崩す。

しかし、一方の霖之助は顔がこわばっていた。いつものようの小難しい顔、けれど彼と親しい仲にあるものならすぐに気づく。そんな表情を浮かべていた。
そして、それはしっかりとリリカにも分かった。

「どうしたの? やっぱり、なんか不味かった?」
「いや、そうじゃない………そうじゃないんだが」
「………?」
要領がつかめないでいた。けれど何か言葉を挟もうとしていることに気づき、彼女はすぐにお皿を集めるのをやめる。
そして彼が言うとしていることに耳を傾けた。

「君が作ったごはんを食べているとどうしてもルナサのことを考えてしまう。まだ1週間しか離れていないが、どうも落ち着かない。こんな僕は変だろうか?」
憂いで一杯の瞳を覗かせる。リリカは彼がルナサのことを心の底から渇望しているように見えた。

「………よかった。ずっとずっと、店主からルナ姉のことが言葉に出ないもんだから自然消滅したかと思ったよ」
彼女は嬉しそうに言葉を紡いだ。
実は彼女、ルナサが香霖堂から出て行った時からずっと足繁く通っていたのだ。
最初は彼への不安からの気持ちで様子見のつもりだったのだが、平然といつもどおりの生活をしていた。そのことにほっとしながらもどこかぎこちない、ねじれがあるように見えたのでずっと通うことにしていたのである。
そして、彼女の思ったとおりねじれはあった。

「でね、店主に対する質問なんだけど、私は全然ありだと思う。好きな人を思うのは誰にでもあることだと思うから。だから、むしろ思ってなきゃ駄目なんだよ」
「そうか…………それを聞いて安心した」
霖之助は心に溜まっていたため息を大きく吐いた。
心が洗われた、比喩ではなくそう実感していた。

「早速だけど、ルナサを探す」
リリカは頷いた。
嬉しそうに大きく頷いた。

「言ったね! じゃあ、その前に確認しておきたいことがあるんだ。どうしてこんなことになったか分かるよね?」
「……キスの問題、か」
「そ! ルナ姉はいつもしたがってたよ。それを拒んでるって男としてどうかなって私は思うんだけど」
「……………逆に聞くけど、どうしてそんなにしたいんだい?」
「……は?」
彼の切り返しに彼女は思わず素っ頓狂な声で聞き返した。
先ほどまでの真剣さがこの言葉で薄れてしまったように彼女は感じた。
どう応えようか迷っていると、彼のほうから言葉が紡がれた。

「僕はね、大事なときまで待った方がいいんじゃないかと思ってね。決して意地悪で拒んでいたわけじゃないんだよ」
「大事なとき? それっていつなの?」
今がその大事なときなのではと思う彼女は彼の言葉を不思議に感じた。
恋人の関係を続けることこそが大事。それよりも上な時とはいつだろう、リリカは首を傾げる。

「それは、その………む……」
また歯切れが悪くなる霖之助に彼女は目を瞑る。集中するときの彼女の癖である。
何度も眉間を寄せては考えると彼女ははっ、と目を開けた。

「まさか……『け』から始まるやつ?」
「…………………………………………まぁ、ゆくゆく、は………だが………」
驚いた。開いた口が塞がらない。リリカは目を大きく見開いていた。
確かに恋人関係が続いていればそんな時期がきてもおかしくはない。しかしだからといってまだ6ヶ月目では早すぎないか?
いや、姉のことを早くから真剣に考えてくれるのはありがたいが、などと娘の親にでもなった心境でリリカは心の中で呟く。
このようなことを口に、正確には心の中を見せてくれたとは言え、本気なのだろうかと疑心したのも否めなかった。彼女はちらりと、霖之助の方に顔を向けると、

(うわっ!? 首まで真っ赤じゃない!)
この表情を天狗に見せれば高値で売れるんじゃないかなどといつものリリカらしさを見せながら、霖之助の真剣さを確認した。

「まぁ、取りあえず、店主の考えは分かった。でもね、その考えのせいでルナ姉は苦しんだんだよ。言ってみれば身から出たさびかも」
「そうかもね。彼女には悪いことをした。それは反省するよ」
「店主は固い。そんなんだからお店にも人が来ないんだよ」
「………それは関係あるのかい?」
などという霖之助の発言はリリカに無視されてしまう。
取りあえず彼の本心がわかった所で納得した彼女は本題のルナサ探しに取り掛かることにした。

「まあ、店主の気持ちは分かったから、もしルナ姉が見つかったらちゃんと話してよね。ルナ姉は決して頑固じゃないから、真剣に訳を話せばきっと分かってくれるから」
「分かってる。彼女を傷つけた分しっかりと向き合って話すよ」
「よろしい。じゃあ、ルナ姉の探索なんだけど、実はメル姉が探しに行ってるんだ。最近顔出してなかったでしょ?」
「メルランが? そう言えば、はたと見なくなってたね」
次女のメルランが香霖堂に足を運んでいなかったことを思い出した彼はなるほどと頷きながら、探してくれていることに感謝した。

「私達の見立てだと、今回のような深刻な家出の場合、私達の縁がない場所に行ってるはずなのよ。昨日までに永遠亭、地底、妖怪の山……今日は紅魔館に行ってるけどそこにいなかったら後は人気の場所に当たるしかないかな」
「意外と探してるね。もし、彼女だけで見つからなかったら僕も手伝うよ」
「当たり前よ。だってルナ姉は将来の人なのでしょ?」
「う………まぁ、そう、だな」
どうやら将来などといった言葉で直接意識させると霖之助は口ごもるようである。
生来、薀蓄など語ることが好きなことを知ってるリリカから見ればこれは面白いネタであった。
とはいえ、今は状況が状況なだけに弄ることはさておきメルランが良い知らせを持ってきてくれることを切に望んだ彼女であった。
こんにちは、モノクロッカスです。
『シーカー 中編』が完成しました。と、同時に3部構成になることも決定しました。長くてすみません。

今回、咲夜とリリカが大活躍です。メインの二人より目立ってしまった。
良いのか、こんなのでと自問自答しながら創りました。

なんとか、霖之助とルナサの仲を取り戻したい、そんな一心で後編も創ります。
あ、咲夜はもう少し活躍するかも。

意見や感想を待ちながらこの辺で切り上げます。
ありがとうございました。
モノクロッカス
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コメント



0.1470簡易評価
5.100奇声を発する程度の能力削除
後編マジ楽しみ!
この恋どうなるんだろう…
8.100名前が無い程度の能力削除
まさか霖之助が可愛いと想う日が来るなんて。
後編、楽しみにしてます!
9.80名前が無い程度の能力削除
ヒャッハァァァいちば…ん良いちゅっちゅだぜぇぇぇ(ぇ

後半楽しみにしています、慌てず騒がず、多少の誤字は気にせず、心置き無くお書きください
14.100名前が無い程度の能力削除
大好きなシリーズなんですが
魔理沙やアリスは二人の関係をどう納得したのか気になります
16.90名前が無い程度の能力削除
霖之助のそこらへんの価値観は堅いのも自堕落なのも考えられますよね。
会えただけで解決すればよいのですが。
23.90K-999削除
さっきゅーん!

……ふぅ。さあ早く後編と美鈴にたかいたかいされた話を書く作業に戻るんだ。戻ってくだっさい。
失礼、嘘です。

このSSのさっきゅーん!がりんの世界のさっきゅーん!と同一人物なら、ルナ姉の事情を知ったらどんな
反応を返すんだろうわくわく。さっきゅーん!

くっ、静まれ……俺のテンション……!
ルナ姉を見て気を静めるんだ……!
28.無評価モノクロッカス削除
返信します。

まずは14氏が言う魔理沙とアリスについてなんですが、まったく考えていませんでした。
むしろ、なぜからませなかったのか自分でも疑問です。
まぁ、創るとしたら番外編という風になるんでしょうか。

とは言え、重要なのは霖之助とルナサの行動。
応援してくれる人のためにも一生懸命創ります。
40.100名前が無い程度の能力削除
さぁ続きだ!