◆
『私は、魔法使いになることにした。
今までのような『職業』魔法使いではない。『種族』魔法使いである。
捨食の魔法と捨虫の魔法によって成り変わった、完全な魔法使い。
つまり、人間を捨てるということだ。
では何故、魔法使いになる直前にこんな手紙を書いているのか。
それはただ、今の自分の気持ちを正直に綴りたかったからだ。成り変わる前に、どうしても。
おそらくはこれを読んでいる者……種族魔法使いとなった自分に向けて。
お前はもしかしたら妖怪になったことを後悔しているかもしれない。決断した私を恨んでるかもしれない。
そうではないことを祈るばかりだが、あの時は本気だったのだと。
これを書いている時は、霧雨魔理沙は種族魔法使いになりたがっていたのだと。
それを未来の自分に伝えるために、私はこうして筆をとっている』
◆
小鳥のさえずりも窓の軋む音もない、静かな朝だった。
朝食を食べ終わった魔理沙は、ベッドの上でうつ伏せになって魔導書を読み耽っていた。
幾度となく熟読され、数え切れないほど捲られたページは、手垢と年月の経過による汚れに塗れている。
数百回は読み込んだ魔導書だが、その内容のほとんどを身につけた今でも、時折こうして手に取っていた。
それは、この魔導書が魔法使いを志す者にとって優れた入門書だからである。
自分が独学でこれほど魔法を習得できたのは、師から受け継いだこの書物のおかげだった。
だから今でもこうして、少しの暇さえあれば読んでいるのだが。
「ねえねえ魔理沙、ちゅーしようよ」
それを快く思わない者が、いた。
魔理沙はちらりと振り返り、横たわった自分の腰の上に乗っている少女を一瞥する。
少女――古明地こいしは可愛らしく頬を膨らませながら、不満げに魔理沙を見下ろしていた。
魔理沙は溜め息をつきながらもあえて答えず、視線を戻して読書を再開する。
それを無言の拒否と受け取ったのか。こいしは一拍の無言の後、魔理沙の肩を掴んで前後左右に振り回した。
「ねえねえねえねえ! ちゅーしようよちゅー!」
「ああもう、さっきやったろうが! 朝ごはんの前と後に一回ずつ! あれで満足だろう!?」
さすがに読書どころではなくなった魔理沙は、本を脇に置いてこいしを睨みつけた。
睨みあう目と目ががっちりと噛み合い、眼差しが互いに突き刺さんばかりの激しさで交差する。
すると、こいしの頬が徐々に膨らみだした。さながら食べごろの餅といったところか。
魔理沙の表情は険しく、しかし内心こいし可愛いなぁとか思っていると。
「……そうなんだ。魔理沙ってばそうなんだ」
不意にこいしは顔を曇らせると、ふらりと後方へよろめいた。
背中から彼女の体重が消失する。素早く体勢を立て直す魔理沙を余所に、こいしは全身を震わし始めた。
その瞳から小さな涙粒が零れ落ち、深い嘆きの色がその面に刻まれる。
「ひ、ひどいよ魔理沙……。私は森の瘴気に耐えてここにいるのに、ちゅーのひとつもしてくれないなんて……」
「いやさ、さっきも言ったけど朝食の前後にやっただろ? あれでいいじゃないか」
「ごほごほ! ううん、残念だけどあれの効力は消えちゃったわ……新しい薬が、必要なの」
「でもキスすると余計息苦しくなるんじゃ……」
「言わないで! 愛があれば何でも乗り越えられる、そう教えてくれたのは魔理沙よ!」
芝居がかったように頭を振り、こいしが潤んだ目でじっと見つめてくる。
魔理沙はがっくりと肩を落とした。これが演技だと分かっているのだが、こうなったこいしは要望が叶えられるまで梃子でも動かないと知っているからである。
仕方なく膝立ちのまま、こいしの元に歩み寄る。
するとこいしはパァと表情を輝かせ、満面の笑みで目を閉じた。
まんまと彼女の思い通りになっていると自覚しつつ、魔理沙はそっとこいしの横髪をかき分けて――
「……んっ」
右の頬に、柔らかな口付けを落とした。
だいたい三秒ほどで魔理沙が離れると、やはりこいしは唇を尖らせて抗議してきた。
「……なんで口じゃないのよ。なんかこのところ、ずっとそうね」
「お前、私たちが巷で何て呼ばれてるか知ってるか? 『恋色バカップル』だぞ。天狗たちにも騒ぎ立てられて、里じゃ『不健全交友カップル代表例』とか言われてるし」
「いいじゃない別に。私たちは愛し合ってるんだし、それくらいなら」
「お前は良くても、私は駄目なんだ!」
さすがに里へ行くたびに『あ~、恋色バカップル黒白号だ~』なんて子供から指差されるとへこむのだ。
こいしとのキスは好きだが、日常的に減らしていかないとまた人前でやってしまう危険がある。
魔理沙は言い含めるように、また膨らみだしたこいしの頬を撫でた。
「だから、また今度な。次はちゃんとしたキスしてやるから」
「……うん。分かった」
こいしは萎れるように頷き、くるりと体を反転させて背を向けた。
そしてこちらへとゆっくりと倒れこんでくる。ちょうど彼女の頭が、自分の太腿に乗せられる位置だ。
魔理沙は乗せられる前に膝を整えて、万全の状態で迎え入れる。
ぽすん、と軽い音がして、こいしの頭が魔理沙の太腿に乗り、いわゆる膝枕のような形に収まった。
こいしがこちらを見上げながら、そっと呟く。
「これくらいは、いいよね?」
「……仕方ないな。本を読んでるから、静かにしててくれよ」
こいしが了解するようににっこりと微笑んで、静かに目を閉じた。
その素直な態度に、魔理沙は安堵の息を洩らす。
程度こそあるものの、やはりこうして正面から好意を向けられると嬉しいものがあった。
当たり前の話だが、魔理沙もこいしが好きなのである。その相手から甘えられて嬉しくないはずがない。
(我ながら甘いとは思うけどな……)
そこは惚れた弱みというか、なんというか。
言葉では嫌がっているものの、内心満更でもないというのはこいしも知っているのだろう。
心なんて読まれなくても、それが自然と分かるくらいには一緒にいるのだから。
ふぅ、と色々なものが込められた溜め息を吐きながら、魔理沙は脇に置いていた魔導書へと手を伸ばした。
指先がボロボロになった表紙に触れる。
そのときだった。
「っうあ!?」
見えない電流のようなものが、魔理沙の全身を駆け巡った。
思わず慣れ親しんだ魔導書から手を離してしまう。そして確認するように手を開いたり握ったりして、首をかしげた。
……気のせいか? 怪訝そうに眉をひそめる魔理沙に、こいしがきょとんとした表情で声をかけた。
「魔理沙?」
「ん、いや、なんでもない」
「……その本が、どうかしたの?」
「あ、おいこいし!」
魔理沙が止めるのも聞かず、こいしはあの魔導書を手に取った。
もしかしたらこいしにも――と心配するが、それは杞憂だったらしい。
こいしは寝転がりながら、特に何事もなく魔導書をパラパラと捲る。
何も起こらないことに満足したのか、こいしが悠々と魔理沙に魔導書を差し出した。
「はい、大丈夫だよ。たぶんなんともない」
「……こいし。頼むから危ないことはやめてくれよ」
「大袈裟だよこれくらいで。まあ、そんな優しいところも好きだからいいんだけど」
クスクスと笑いながらそんなことを言うこいし。
さりげなく伝えられた好意に、魔理沙はポッと顔を赤らめて、静々と受け取った。
たしかに先ほどのような刺激はなかった。念入りに調べるように表紙を触れ、紙面を確認していく。
しかし、その手が最後辺りの頁に差し掛かったところで――魔理沙は瞠目した。
震える指先でその頁を捲り、そこに書かれている『最後の内容』を一文字一文字たどるように読んでいく。
次第にその呼吸が荒くなる。とうとう瞬きすらもなくなり、こいしが心配になって起き上がるほどに熱中していた。
そして、最後の文字を読み終えて――
魔理沙が、ぽつりと呟いた。
「私は、魔法使いになれるのか――」
それは深く感動したような、果てしなく絶望したような、そんな声色だった。
◆
「魔理沙は、魔法使いじゃなかったっけ?」
遠くに飛び去っていた魔理沙の意識は、その声によって引き戻された。
声のした方向を見ると、こいしがこちらを不安そうに見ていた。
魔理沙はこいしの質問を頭の中で反芻し、こくりと頷いて説明を始めた。
「私は人間であって、魔法使いっていうのはあくまで職業だ。本来魔法使いっていうのは捨食の魔法を身につけた、食事の必要はない妖怪のことを指すんだ。そして捨虫の魔法を習得して寿命をなくし、不老長寿になれば完全な魔法使いだ。だから私が職業魔法使いだとしたら、後者は種族魔法使いになる。ほら、以前紹介しただろう? 紅魔館の日陰魔女と人形を使う独り者。あいつらが、それだ」
「う~んと、ああ、あの人たち」
こいしは合点がいったという風に首肯した。
「じゃあ、さっき言ってたのは……」
「種族魔法使い。人間の魔法使いはあくまで人間だが、魔法をその身に深く刻んだ人間は、妖怪である種族魔法使いになれる。――どうやら、私にもその資格が出来たみたいだ」
「え、どうしてそんなことが分かったの?」
「この魔導書の最後には、今まで何も記されていない頁があったんだ。どうやらその頁は一定量以上の魔力を有した者が触れないと文字が現れない仕組みだったらしい。そしてその一定量の魔力というのが……種族魔法使いになれる、最低限の魔力量だそうだ」
そう書かれてる、と魔理沙は溜め息まじりに言い放った。
するとこいしは身を乗り出し、至極真面目に問いかけてきた。
「つまり魔理沙は、その食べる必要もなくて老いも寿命もない、魔法使いになれるってこと?」
「ああ。……ここに書かれてるのはそれだけじゃなくて、実際に種族魔法使いになる術――捨食の魔法と捨虫の魔法についても記述されてる。まあそっちは必要ないんだが」
実はすでに捨食の魔法と捨虫の魔法の準備は整っている。
以前紅魔館の地下図書館にて、それらについて書かれていた本を拝借し、用意していたのだ。
元々不老長寿に少なからず興味があったためだが、実践はしていなかった。
実力不足も感じていたし、今すぐ妖怪になる必要もないと思っていたからである。
しかし今判明した、霧雨魔理沙が種族魔法使いになれるという事実。
本来なら諸手を挙げて喝采すべきなのかもしれないが、喜びよりも前に困惑がこみ上がってきた。
今までずっと『普通の魔法使い』を自称し、様々な妖怪や人外と交流してきた。
そんな自分が、彼女たちと同じ存在になれるということを――。
考え事で頭が一杯になった、次の瞬間だった。
「……いやったああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っうお!?」
はち切れんばかりの笑顔を浮かべたこいしが、勢いよく飛びついてきたのだ。
突然のことに魔理沙は目を白黒させ、激しく頬ずりしてくるこいしを戸惑ったように受け止める。
こいしがその首を、息ができなくなる一歩手前まで強く締め上げる。
魔理沙はとりあえずこいしを引き剥がし、興奮したこいしを落ち着かせるように声をかけた。
「ど、どうしたんだ? いきなり大声だして」
「だってさ、だってさ魔理沙! 魔理沙が妖怪になるってことでしょ!? 喜ばずにはいられないよ!」
「へ? な、なんでだ?」
こいしの考えがさっぱり理解できない魔理沙が、心底不思議そうに聞く。
喜色満面のこいしは、あっさりと言った。
「魔理沙は死ななくなるんだよ! 百年先も千年先も、ずっと一緒にいられるよ!」
「――ああ」
そういうことか、と魔理沙は得心がいった。
つまり、こいしは密かに恐れていたのだ。いずれ来るであろう魔理沙との別れを。
妖怪の寿命は千年を優に超える。それに比べ、人間は長生きして精々百年といったところだろう。
彼女と付き合い始めてからかなり経つが、そんなことを悩んでいる素振りはまったく見せなかった。
もしかしたら諦めていたのかもしれない。霧雨魔理沙が自分よりも先に死ぬのは仕方ないことだと。
ところがたった今、思わぬ吉報が降ってきたのだ。
すなわち、霧雨魔理沙が種族魔法使いという妖怪になる可能性が。
目の前で喜びを露わにするこいしの中では、すでに魔理沙が妖怪になると確定しているようだった。
……しかし。
「妖怪、か」
「……魔理沙? どうしたの、そんなに暗い顔して」
「いやな、本当に種族魔法使いにならなきゃいけないのかなって」
ぼんやりと、まるで夢の内容で語るかのような口調で言った。
途端、こいしが大きく目を見開いた。子供が駄々をこねるように首を振り、縋るような瞳を向けてくる。
湿り気を帯び、震えの止まらない声が耳を打つ。
「ま、魔理沙は、妖怪になりたくないの? 私と、一緒に、いたくないの?」
「……こいしと一緒にいたくないわけじゃない。ただ、人間を捨てるのに……躊躇いがある」
「でも、そうしなきゃ、駄目なんだよ? このままだと百年後には、私は、また独りぼっちになるんだよ?」
こいしが魔理沙の肩を激情のままに掴む。
魔理沙はその痛みに呻き声を洩らしながらも、悲しみを湛えた目でこいしを見つめた。
ごめん、と心の中で謝罪しながら。
これ以上口を開けば、彼女はきっと傷つく。それを理解していながら、魔理沙は止めなかった。、
「……それは違う。お前には家族がいるじゃないか。さとりやお燐や、お空たちが。それと地上で友達になった奴らが。お前が頑張って『友達になってほしい』って伝えたんじゃないか。もう独りじゃないんだよ」
「違う! そういう意味じゃなくて……!」
「もちろん私もすぐにいなくなるわけじゃない。人間でも隣を歩けるし、私がいなくなった後でも……」
「私は、魔理沙じゃなきゃ、駄目なの! 一緒にいるのが、隣にいるのが魔理沙じゃなきゃ駄目なのよ!」
振り絞るように発せられた悲鳴のような声。
叫んだことで下を向いたこいしの顔が、ふわりと浮き上がる。
その双眸から、先ほどよりもはるかに大粒の涙が、ボロボロと頬を伝って落ちていく。
恋人が悲嘆する姿は、魔理沙の心をこれまでになく凄惨に引き裂いた。
ここで『嘘だよ』『私がずっと一緒にいるよ』と伝えられれば、どれほど楽になるだろう。
だが。
「……ごめん。少なくとも今すぐ、人間を捨てることは出来ない」
「っ!」
頭を下げようとした。詫びても詫びきれないほど酷いことを言ったから。
しかし魔理沙は、それを実行できなかった。
それは魔理沙が深々と頭を下げる直前に、その頬を、こいしが平手で殴りつけたからだ。
小気味いい音が響いた。魔理沙は殴られたんだなと、心のどこかで嬉しく思った。
これでこいしが少しでも楽になれば、と自分に都合のいいことを考えたからである。
それは加害者である魔理沙の、自分勝手な希望に過ぎないことを、すぐに知った。
「あっ……あぅ……」
こいしは、ひどく顔を歪めながら泣いていた。
嗚咽しながら拳を振るわせる。零れる涙を拭う行為すら苦痛であると言わんばかりに。
ただひたすら、魔理沙を見つめながら涙を流していた。
それを目の当たりにした魔理沙は、恐るべき過ちを悟った。
魔理沙が自分を殴らせたことで、こいしは心にさらなる深い傷を負ってしまったのだ――。
そんな魔理沙が、擦れた喉で彼女の名を呼ぶ。
「こ、こい」
「――うそつき」
短い呟きと共に、こいしが身を翻した。
床を蹴って廊下へと出て行く。その数秒後に、バタンと玄関の扉が開閉する音が響き渡った。
手を伸ばして引き止めることも、声をかけて留めようとすることも出来なかった。
しようとも、しなかった。今の自分は彼女を慰める言葉を持っていないから。
魔理沙は静まり返った部屋を虚ろな瞳で見渡す。
不意に、滲んだ視界の中で『それ』を見つけた。魔導書。師から貰った大切な書物。
「――っ!」
反射的にそれを引っ掴み、力の限りに壁へ投げつけた。
分厚くそれなりに重量がある魔導書は、悲鳴を上げるかのように重苦しい衝突音を発し、ボトリと床に転がり落ちた。
たかが本一冊を投げただけだというのに、動悸がして息が荒くなっていく。
胸が痛かった。知らぬ間に心臓に傷を負ってしまったのか、あるいはその奥にある心が痛むのか。
その判断すらつかず、魔理沙は部屋の中央で突っ立ったまま、ぽつりと呟いた。
「……本当に、ごめん」
◆
『人間を捨てる。
これを言葉にするのは簡単だが、当事者としては簡単ではない。
例を挙げるなら、蛙が蛇に変わるようなものか。
魔法使いは人間を捕食する必要性こそないが、分類上は妖怪となる。
食事を魔力で補い、寿命はなくなる。老いぬまま、それこそ『死ぬ』まで生きることが可能となる。
そのことは知識として知っていた。でも、それはどこか遠い世界の話で、自分に当てはまるとは考えもしなかった。
だから最初、魔法使いになれると判明してこいしが喜んでいた時、それを否定したんだ。
彼女を、最愛の恋人を傷つけるとこれ以上になく理解していたけれど。
嘘はつけなかったから。なりたいと思っていないのに頷くのは、彼女への裏切り行為だったから』
◆
気がつけば、寂れた神社を目指して飛んでいた。
遠くより春を告げる声が聞こえる。生温い風が肌に擦り寄り、その不快な感触に眉を顰める。
いつもと変わらぬ速度で箒を駆っているつもりなのだが、景色の変化は遅々としてすすまない。
森を抜け、眼下には人間の里が広がっていた。それらを冷淡に眺めながら、魔理沙はさらなる先にある博麗神社を視認する。
チッ、とひとつ舌打ちをして、魔理沙は軽く自己嫌悪に陥った。
子供の頃からの癖といえようか。嬉しいことや悲しいこと、あるいは新たな発見したとき。とにかく感情が揺さぶられると、魔理沙の足は自然と博麗神社に向かうのだ。
最初は多分、感情豊かながら何事にも興味を示さない彼女に、何でもいいから話してこちらを見てもらいたかった、そんな理由だったと思う。
それ自体はあれの、あまりの変化のなさにすぐに諦めた。
だがもはや習慣と化していた『報告』はおわり時を見つけられず、結局今の今まで続いている。
(……第三者の目線ってのは、別に悪いものじゃないんだがな)
心の中で言い訳して、そうしたことにやはり苛立ちを覚えた。
要するに、自分は霊夢に甘えているのだ。
だから今もこうして、答えを教えてもらいに神社へ行っているのだろう。
魔法使いになるべきか、ならざるべきか。
こんなものは自分で考えて見つけるものだと分かっているのに、霊夢に聞いてみなくては安心できない。
「くそっ」
苛立ちを叩きつけるように、箒へ魔力を注入した。
すると飛行速度がぐいぐいと上がり、やがて最低限掃除された石畳に足が着いた。
魔理沙はひらりと着地し、箒を小脇に抱えて歩き出した。
――目の前には、のんびり茶を飲む博麗霊夢がいる。
「よう、霊夢。相変わらず暇そうだな」
軽く手を上げて挨拶した。
霊夢はちらりと視線を向けて、また青空へと戻した。
まるで魔理沙の顔など見たくもないといった態度だが、魔理沙は特別気にした様子もなく、彼女の隣にどっかりと腰を下ろす。
縁側でぼんやりとお茶を飲んでいるときの霊夢は、大体誰に対してもこうなのだ。
長年共に過ごした魔理沙だからこそ、それを知っている。
「なあ、私のお茶はないのか?」
「……んなもん、自分で淹れなさい。新しい茶葉はいつものところ」
「ということはすでに出涸らしか。よくもまあ、それだけお茶が飲めるもんだ」
「飲もうと思ってるわけじゃないわ。好きだから飲んじゃうの」
「へ~」
勝手知ったるなんとやら。魔理沙は寸分の迷いもなく戸棚に向かい、目的の茶缶を発見した。
次に霊夢の傍らに置かれていた急須を手に取り、ゴミ箱に茶殻を捨てようとする。
その行為に、待ったがかかった。
「ちょっと待って、茶殻は捨てないで。後で掃除に使うから」
「ああ、そうだったよな。置き場は……」
「玄関」
「了解した」
霊夢の言うとおりに、茶殻の水気を軽く切って所定の箱に放り込む。
そして新しい茶葉を補充し、すでに沸かされていたお湯を注いだ。
鼻をくすぐる柔らかな香りが四方八方へ広がっていく。柔らかなそれは、ささくれ立っていた精神を幾分和らげてくれた。
適当に待ったお茶を湯飲みに注ぎ、再び霊夢の隣に座りこんだ。
「…………」
「…………」
互いに無言。
霊夢はといえば、相変わらず無表情で空を眺めている。
その横顔はどこか神聖さを醸し出しており、声をかけるのを躊躇わせる。
こんな時間も普段なら大歓迎だが、胃から這い上がってくるような不快感が、それを邪魔した。
魔理沙はとうとう、急かされたように口を開いた。
「あの、さ……霊夢」
「なに」
「……実はな。私、種族魔法使いになれるみたいなんだ」
一瞬、強い風が駆け抜けた。
反射的に帽子を押さえて飛ばされないようにする。
ところが霊夢は、髪が乱れに乱れるのも気にしていないように、中空へ視線を泳がせるだけだった。
そして、ようやく言った。
「――そう。おめでとう、でいいのかしら」
あまりにいつも通りの、淡々とした口調だった。
別に諸手を挙げて喜んでもらったり「妖怪になんかならないで!」と泣き喚いたりしてもらいたいわけじゃなかったが、勇気を出して告白した自分としては、少し気勢をそがれた形となった。
いや、霊夢はこういう奴だったか。そう思いなおし、話を続ける。
「それはちょいと微妙だな。実は今、それについて悩んでるんだ」
「…………」
「元々不老長寿に興味があったし、一応それになれるよう努力してきたつもりだ。でも、本当のところ、私はどうしたいんだろうなって思って。なるべきか、ならざるべきか。答えが出ない」
「…………そう」
「まあ、若返りの魔法もあるらしいから、急がなくてもいいんだけど」
魔理沙はお茶を啜りながら、霊夢と同じように、空へと視線をやった。
千切れた雲が悠々と宙を泳いでいる。しかし心に浮かぶのは白い雲などではなく、あの少女の泣き顔だった。
古明地こいし。霧雨魔理沙の、大切な恋人。
のんびりと今を過ごしながら答えを出すのならば、まだ良かったのだが。
「妖怪にならなきゃ、一緒にいられないのかなぁ」
呟きは、風に攫われて消えた。
しかし魔理沙の頭を悩ませているのは、涙に暮れるこいしのことだけではなかった。
魔法使いになるということ。それは霧雨魔理沙が、心のどこかで望んでいたこと。
妖怪。魔法使い。恋人。友人。両親。希望。不安。恐怖。未来。一年後。百年後。考え出せばきりがない。
人間という今までの自分を捨てる代わりに、妖怪という新たな人生を歩んでいく。
得体の知れない将来は、それこそ形の見えない野獣の牙のように怖かった。
だから、隣にいる腐れ縁に聞いてもらおうと思った。霊夢ならきっとその対処法を教えてくれると。
しかし。
「知らないわよ。そんなくだらないこと、私に聞くな」
霊夢は、容赦なく魔理沙の悩みを斬って捨てた。
突然の言葉、その内容に魔理沙が目を見張った。湯飲みから茶が零れだし、白いエプロンドレスに小さな染みを作る。
魔理沙は歪な笑顔で、恐る恐る霊夢に問いかけた。
「く、くだらないって? これでも私は、真剣に……」
「あんたにゃ大事だろうが、私には心底どうでもいいことよ。人間でいたければ人間でいればいい。死にたくなければ魔法使いになればいい。自分は自分、他人は他人よ。私にとっては、明日の天気の方が重要事項ね」
「な、なんだと!? 確かにお前には他人事だろうが、それでも……!」
魔理沙は怒りでさっと青ざめ、霊夢を激しく睨みつける。
しかし霊夢の表情は変わらない。いつもにも増して平坦な瞳で、静かに見返すばかりだ。
「それとも引き止めてほしかったの? 魔法使いにならないでほしいって。それなら当てが外れたわね」
「そうじゃない! そうじゃなくて、ただ単に、霊夢はどう思うかって……」
「どうでもいい。これでいいかしら。ならさっさと帰れ。じめじめして、本当に気持ち悪いわあんた。せっかく春に入り始めたってのに、もう梅雨とか勘弁して欲しいのよね」
「……霊夢」
そのあまりに冷たい言葉に、怒りよりも悲しみが上回った。
握り締めた拳は緩やかに力を失い、魔理沙は零れそうな涙を見られないように、すくっと立ち上がる。
そして箒に腰掛けて、ゆっくりと地面を蹴った。
鳥居のすぐ上を通り過ぎ、里の全貌を見渡せる位置に着いたとき。
頑張れ、魔理沙――
そう聞こえた気がして、魔理沙は咄嗟に霊夢がいた縁側を振り向いた。
しかし。
すでにそこには、誰もいなかった。
◆
『ものすごく悩んだ。悩んで悩んで、何もかも放り出したくなるほどに。
悩んだ期間こそ短くて、それがたった一晩だと他人が聞いたら、きっとひどく呆れるに違いない。
だが私にとってはおそらく、今まで生きた生涯に匹敵するほどに濃密な時間だった。
暗闇の中、ただひたすらに思考に没頭し、答えのないものに無理やり答えを作ろうとした。
たった一晩だった。だけどこの一晩こそが、弱い私に決意と勇気をくれた。
あの時間だけは……きっと、いつまでも胸に残っているだろう。
だけどそこに私を導いてくれたのは、三人の魔法使いとひとりの少女だったよな』
◆
魔理沙は胸中に渦巻く悲しみを押し殺し、黙々と箒を走らせていた。
その速度はいつもより格段に遅い。高度も大したことはなく、地上にいる人間の顔がしっかりと視認できる程である。
普段なら鬱々とした気分を晴らそうと思いっきり速く高く飛ぶのだが、その気力さえ湧かない。
ただぼんやりと、眼下に広がる人間の里を眺めるように飛んでいるだけだった。
昼近くだからか、里の大通りにおける人の往来が激しい。
家族連れや恋人らしき男女、あるいは妖怪を交えた子供の団体が足早に歩いている。
そんな中、たった一人で立ち尽くしている女性の姿を発見した。
「……あれ、白蓮か?」
魔理沙が怪訝そうに呟く。
そして確認するため、大通りに続く小さな脇道で着地し、上から女性を発見した場所へと向かう。
女性は魔理沙が目を外している間も、同じところできょろきょろと視線を周囲に巡らせていた。
やっぱりそうか、と思いながら話しかける。
「よう、白蓮。こんなところでどうしたんだ?」
「あ、あら魔理沙。こんにちは」
命蓮寺の長、聖白蓮はぺこりと律儀にお辞儀をしながら挨拶してきた。
魔理沙もまた軽く頭を下げ、早速本題に入る。
「何か困ってるみたいだったけど、なにかあったのか?」
「ああいえ、そういうわけでは……あるというか、ないというか」
「要領を得ないな。もっとはっきり言ってくれ。助けが必要か必要でないかぐらいは、な」
そう言いながら、魔理沙は心の中で溜め息をついた。
白蓮は非常に穏やかな性格で、幻想郷の中では格段に話しをしやすい人物である。
もしかしたら相談できるかもしれない。そんな下心も含めて話しかけたのだ。
そんな魔理沙の内心を読めるわけでもなく、白蓮は申し訳なさそうに、しかし嬉しそうに頷いた。
「では、頼まれてくれますか? 実はそこのお店に入りたいんですけど……」
「そこって……ああ、ここか。確かに白蓮には入りづらいかもな」
白蓮の指差した店を認めて、魔理沙は納得した。
彼女が指している先にはひどく煌びやかな、少し突っ込めば悪趣味な看板を掲げた茶店があった。
ここは最近開店した甘味処である。以前早苗に連れられて来たことがあった。
商品は悪くないのだが、どうにも店の外観がよろしくない。乙女チック全開なので、入るのには抵抗がある。
茶店だからか、外には五人ほど休める申し訳程度の長椅子が置かれていたが、誰一人として座っていなかった。
「実は茶菓子を切らせてしまって、補給しに来たんです。お勧めのお店はどこか聞いたら、ここだと教えてもらったんですが……どうにも、ひとりで入る勇気が出なくて」
「あーわかるわかる。私だって独りじゃ無理だ」
「魔理沙もですか? でも私は、もう年齢的に……ねぇ」
「別におばあちゃんみたいな外見じゃないんだし、そこまで気にしなくてもいいと思うが」
「姿はそうでも、中身は立派な成人女性なんです。厳しいんです」
白蓮はそう力説するが、たしか彼女は魔界の一部である法界で千年以上も封印されていたはずだ。
となると、少なくとも成人女性なんて言葉で片がつく年齢ではなさそうだが。
そんなことを考えていると、白蓮がいやに迫力のある笑みを浮かべながら鋭い視線を向けてきた。
「魔理沙? なにか言いたいことがあれば言ってもいいんですよ」
「いやいや、ないからそんなの。だからとりあえず入らないか? 私とだったら行けるだろ」
「……よろしいんですか?」
「構わないさ。どうしても気に病むんだったら、私の相談に乗ってくれればチャラだぜ」
「そういうことでしたら、喜んでお供させてもらいます。行きましょう魔理沙」
そして魔理沙は白蓮と一緒に、目の前の店に入っていった。
店はかなり繁盛しているようだった。
今が昼時ということもあってか、相当数の客が店内でごった返している。
内部の装飾も外の看板と同じように派手で、じっくり見ていると目が痛くなってくる。
とにかく用事を済ませてしまおう、と白蓮を促した。
白蓮もここはあまり落ち着かないようで、並べられていた栗羊羹と饅頭を二つ手に取ると、すぐに会計してしまった。
魔理沙は買う気がなかったので、白蓮の買い物が終わった時点で外に出る。
たった五分くらいだというのに、なんだか酷く肩が凝ったような気がして、ぐるぐると腕を回した。
「あ~あ、なんか無駄に疲れたぜ」
「でもありがとうございます、魔理沙。おかげに良い物が手に入りました。では、そこで休みましょう」
白蓮が目を向けたのは、店の前に置かれた長椅子だった。
魔理沙は少し逡巡したが、結局は頷いて先に腰を下ろした。
すると白蓮も隣に座り、包まれたばかりの饅頭を取り出し、渡してくる。
「いいのか? これ、命蓮寺のお茶請け用じゃないのか」
「元々羊羹を一本だけ買う予定だったんですよ。ですが話にはお茶と菓子が良い潤滑剤となりますから」
そう言って、白蓮はこちらを安心させるかのように微笑んだ。
魔理沙も笑顔でそれを返すと、傍らに歩み寄ってきた少女の店員が、湯気の立つ湯飲みを渡してくれた。
饅頭を口頬張り、お茶で軽く流し込む。それでようやく、一息ついた。
白蓮も美味しそうに口を動かしている。そしてごくりと飲み込むと、柔らかに尋ねてきた。
「それで、相談とはどのようなものでしょうか」
「……聞きたいんだけどさ、お前はたしか人間から妖怪に成り変わった魔法使いだよな」
この一言だけでいくらか事情を察したようだ。
白蓮は静かな感情を湛え、小さく頷いた。
「ええ。年老いてから法力を学び、後に妖術や魔術……つまり魔法の力で若返り、そして妖怪へとなりました」
「……それってさ、怖くなかったのか? 周りのこととか将来とか」
「恐怖がゼロというわけではありませんでしたよ。私の時代は妖怪であることが殺害される理由でしたから、不安は不安でした。それでもはっきり言ってしまえば、死への恐怖に比べれば瑣末事でしたね」
「後悔、してないのか?」
そう聞くと、白蓮は過去に思いを馳せるような遠い眼差しで、空を眺めた。
つられて魔理沙も空を見上げた。まばらな白雲と青い空。これだけはきっと、千年前と変わりないはずだ。
「――しているはずが、ありません」
ぽつりと呟かれた。
その声は小さく短いものであったが、どすんと胸に響いた。
「得がたき仲間と共に、長き生涯を賭すに足る理想を目指す。これのなんと幸せなことか。たくさん傷ついて苦しんで誤解されて、この境地に至るまでの道程は決して楽なものではありませんでした。ですが、これまでに歩んだ時間に一片の後悔も無駄もありません。そう、封印されていた千年でさえ、ね」
「……白蓮」
「おかげで多くの方と出会えました。私の理想と似て非なる土地に辿り着けました。また仲間たちと寺で暮らせるようになりました。そして、可愛らしい後輩が悩んでいる瞬間に、その隣で座っている。頼られている。もはやこの身に余る幸福といえましょう。ねえ、魔理沙」
白蓮はこの上なく慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、言った。
あまりにも大袈裟ではないかと思ったが、彼女の表情は心の底からそう感じていると告げている。
それが――とても羨ましかった。
「そうか。私もそうなれたなら、いいんだけどな」
「なれますよ。貴女は愛されている。周囲の者に、とても愛されている」
「……正直、自分じゃそう思わないけどな」
「では言い換えましょう。少なくとも三人から愛されてますよ。こいしさんに私、そして……博麗の巫女」
「霊夢から? それはないだろ、絶対に」
魔理沙は鼻で笑って否定する。
なんせ先ほど突き放されたばかりなのだから、とても信じられなかった。
すると白蓮は、それでいいと言うように破顔した。
「知られるのは本意ではないでしょうから、ここまでにしましょう。それと、幻想郷には他にも魔法使いが二人いますよね? 彼女たちからも意見を聞くことをお勧めします。きっと良き言葉を貰えるでしょう」
「……あいつらに頼るのはあまり気乗りしないな」
「ふふっ、近しいが故に苦悩を打ち明けることを躊躇う。私にもそんな時期がありました」
白蓮はハンカチを取り出し、そっと魔理沙の口を拭う。
子供のように扱われることに若干気恥ずかしくなり、顔が赤くなった。
そんな若い少女の頭を、白蓮は優しく撫でた。
「迷ったのなら、いつでも命蓮寺へどうぞ。魔理沙なら大歓迎ですよ」
◆
『思い悩む私にまず、白蓮が魔法使いの未来について語ってくれた。
私はもちろんアリスやパチュリーとは比較にならないほどの年月を生きた、大魔法使い。
彼女の言葉には重みがあった。優しく語ってくれた内容には、想像を絶するほどの想いが込められていた。
私が知りたいことを正確に察し、かつ限りなく簡潔に述べてくれた。
もう勝てる気がしないな。いや、勝とうとも思えない。それくらいに好感を抱いてしまっている。
実家にいる母を別にして、もうひとり母親ができた気分だ。本人には到底伝えられないけど』
◆
「……ふん、未熟者」
話を聞き終わった魔女の第一声が、それだった。
それを聞いた魔理沙は一瞬顔をしかめ、しかし反論の言葉を飲み込んだ。
そして感情の昂りを抑えるようにひとつ息を吐いて、言った。
「二十四点。理由の提示がない、単なる罵倒、感想ですらない。要努力だぜ」
「これで二十四点なら貴女の話は六点ね。二でも三でも割れる最低の数だからネズミにぴったり」
「その喧嘩買った。表出ろ、この紫もやし」
「貴女ひとりで出なさいよ侵入者。まあ、私自身が追い出したっていいんだけど」
がたりと二人同時に椅子から立ち上がった。
魔理沙は紅茶のカップを置き、代わりに懐から八卦炉を取り出して構える。
対してパチュリーは、傍らに積み重ねていた魔導書の山から、書物を一冊取り出して広げた。
八卦炉が白色の光を灯し、魔導書の頁が発光しながら激しく捲られる。
まさしく一触即発の事態。それを本の整理をしながら見ていた司書の小悪魔が、ひそかに青ざめた。
やがて激突――の数秒前に、呆れたような声が彼女らの行動を阻害した。
「暴れない、大声を出さない、弾幕しない。それが図書館のルールじゃなかったかしら?」
「……なんで半端者がここの所有者を諭してるのかしら」
「私は静かに読書がしたいだけ。所有者さんはルールも守れない田舎者なんですか?」
「……大体、なんでお前がここにいるんだ。森にひきこもってろよ」
「必要なものがそこにあれば、どこにでもいる。私は行動的な都会派なのです」
二人から冷ややかな視線を向けられても動じず、アリス・マーガトロイドは淡々と言った。
魔理沙とパチュリーは矛を収め、渋々ながらも椅子に戻る。
そんな三人の姿に、小悪魔が安堵した表情で書架の整理を再開した。
――あれから里で白蓮と別れた魔理沙は、紅魔館に来ていた。
目的はそこの地下に存在する大図書館。そしてその主であるパチュリーだった。
なのだが、何故かここにはアリスまでいて、しかしまた日を改めるのも面倒だった。なので白蓮からの助言通り、彼女らにも意見を求めたのだが……失敗したと言わざるを得ない。
魔理沙が頭を抱えて嘆くのを余所に、アリスとパチュリーはのんきに話し合っていた。
「それにしても、魔理沙が種族魔法使いねぇ。いずれはと思ってけど、意外に早かったわ」
「……時期尚早。最低限の魔力しか持ち得ない者に、成る資格はない」
「そうかしら。私も結構ギリギリでやったから出来ないことはないでしょう」
「だから貴女は人間の習慣が抜け落ちない半端者なのよ」
「常に喘息で死にかかってる完璧な魔法使いさんには敵わないわね」
「……言うわね」
「どういたしまして」
いつもの仏頂面を崩さないパチュリーに、アリスが軽やかに言葉を返す。
彼女らは仲が良いのか悪いのか分からないが、別に嫌いあっているわけでもなさそうだ。
魔理沙は茶菓子をぱくつきながら他人事のように二人を眺めていた。
すると、アリスが人形に本を取りに行かせながら、言った。
「でさ、魔理沙は魔法使いになりたいの? なりたくないの?」
「……正直、分からん。いつかはなろうと思ってたし、そのつもりで準備もしてた。だけどいざその状況と顔を合わせたら……決められないんだ」
「意志薄弱。いつもは強硬に我を通そうとするくせに、大事なところは他人任せな者に、魔法使いは務まらない」
「そんなことはない。私だってちゃんと……」
「命蓮寺の聖白蓮のように、時間をかけて魔法使いになればいいはず。それにも関わらず、『今』魔法使いになるか否か悩んでいる。……話には出なかったけど、さとり妖怪が関係してるんじゃないの?」
パチュリーの推察に、うぐ、と魔理沙が言葉を詰まらせる。
アリスも納得がいったように笑みを零した。
「ああ、あの可愛い子ね。あの子の人形が作りたいんだけどすぐ逃げられちゃうのよ。あんたから頼んでくれない?」
「嫌だ。あいつが嫌がってるなら私から頼む気はない」
「大切にしてるのねぇ。まあ、あの子から『妖怪になって』って言われたら、そりゃ悩むわよね」
「魔法使いは頼まれて成るものじゃない。純粋なる意志から……」
「あーはいはい。私から話をさせてくれない? パチュリー」
不意にアリスが、真剣な眼差しでパチュリーを見据えた。
パチュリーは眉間に皺を刻んでそれを見返し……その視線を、再び書物に移した。
そして魔理沙の瞳を覗きこむように、アリスは告げた。
「率直に言うと、あんたは魔法使いに向いてないわ」
「……向いてない? 才能がないとかじゃなくてか?」
「才能は、たぶんパチュリーと私に次ぐ程あるでしょ。なんせその歳で成り変われるんだから。私が懸念してるのは、向き不向きの問題。あんたの性格、魔法使いに向かないのよね」
「この品行方正で有名な魔理沙さんの性格が悪いはずがないだろう」
「突っ込まないわよ。それに性格の良し悪しじゃなくて……ああ、面倒。魔理沙、あんた弾幕ごっこに負けたら悔しい?」
突然の話題変更に訝しみながらも、素直に答えた。
「そりゃ悔しいさ。負けるのは悔しい、それが当たり前だぜ」
しかしアリスは、それが向いてない根拠よ、だと断言した。
「魔法使いっていうのは、本来妖怪の魔法使いのことを指すわ。捨食の魔法、その後捨虫の魔法を習得してようやく完全な魔法使いとなる。身体の原動力は自身の魔力となり、外見や身体能力は人間とほとんど変わらない。ここまでは理解できるわよね?」
「馬鹿にするな。それは常識の範囲だろう」
「そう。生来の魔法使いなら知識じゃなくて感覚で知ってること。でもそれ故に、人間から成り変わる者が知らないこともある。それは例えば『魔法使いは人間よりも遥かに死にやすい存在』とか」
「……初耳だぜ」
「魔導書は魔法使いの生涯の結晶。そんなくだらないことを書く輩はいないでしょ。それはおそらく、あんたが後生大事に持ってる『あの』魔導書も例外じゃない」
脳裏に過ぎったのは、師から受け継いだ魔導書。
擦り切れるまで読んだあれにも、たしかに魔法使いのデメリットなんて書いていなかった。
「まあ、そこまで意識がいかないっていうのが正解なのかもね。だって私たちには当然のことだもの。それじゃあ質問。妖怪へ効果的な攻撃は?」
「精神攻撃だろ。妖怪は存在の比重が精神に置かれているから、肉体へのダメージよりも精神へのダメージの方が致命的だったはずだ」
「それは知識。理解が足りない。未熟な後輩にヒントをあげましょう。魔法使いは妖怪、そしてその身体能力は人間と同じ。ここから導き出される答えは?」
アリスが面白そうに問うてくる。
魔理沙は少し考え、即座に答えが思い浮かんだ。
「……なるほど、それは死にやすいな。魔法使いは人間と同じ身体能力。つまり、首を切られたら死ぬ。レミリアのように即座に治りはしない。そして、妖怪は精神攻撃に弱い。人間なら精神的なダメージが死に直結するわけじゃない。そういうことだよな、アリス?」
「頭は腐ってないようね。ほぼ正解。魔法使いは肉体への攻撃、そして精神への攻撃にも弱い。治癒魔法もあるけど、あれは相当難度が高いわ。本題だけど、あんたが向いてないっていうのは、その妖怪の特性が理由なの」
アリスはここで言葉を切り、一度目を閉じてから、言った。
「弾幕ごっこに負けたら悔しいって言ったわよね。その感情は、妖怪にとって『精神的なダメージ』に含まれるわ」
「……それだけでか。でもお前とか、他の妖怪はそんな感じなかったぞ」
「そりゃそうでしょ。弾幕ごっこなんてたかが遊び、異変だってただの暇つぶしじゃない。遊びに負けたからって地団駄踏んで悔しがるなんて奴はいないわよ。私も本気で弾幕ってないから勝敗に興味はないし」
「むしろ本気になれない。弾幕ごっこは、人間が妖怪を退治できるように『作られた』遊び……」
「ええ。そして、あんたは感情で行動する魔法使い。弾幕ごっこでも全力を尽くし、実験も失敗から学ぶ。そのひとつひとつが、あんたを殺す毒になる。もちろんそれを防ぐための、感情をコントロールする術はあるわ。パチュリーはもちろん、私だって身につけている。でもその代わりにあんたは、大事なものを捨てるかもしれない」
「……何をだ」
「恋符よ。あれは、恋という最強の『感情』を表したスペルカードでしょう?」
魔理沙は、絶句した。
恋符を捨てるなんて考えたこともなかった。
魔理沙が言葉を失って蒼白になり、アリスが同情するような視線を向ける。
そんな中、パチュリーがぼそりと言った。
「未熟者の無知につけこむやり方は感心しないわね」
その言葉を聞いた魔理沙が、アリスを鋭く睨む。
アリスは口端を吊り上げ、詫びるように魔理沙のカップへ紅茶を注いだ。
しかし魔理沙はむすっとした表情を崩さず、紅茶を呷った。
「脅かしたのは悪かったわ。でも、まったくの冗談でもないの。魔法は使用者の感情やテンションが大きく左右されるのは理解してるわよね」
「ああ。無知な私でも知ってるぜ」
「機嫌直してよ。それはともかく、感情のコントロールする術は別に一切の感情を消すわけじゃないわ。あくまでも感情の上下を抑えるだけのもの。だから弾幕ごっこに勝っても嬉しくならないし、実験が失敗しても悲しくならない。ただそれだけのものよ。まあ、そのためのものなんだけど」
「それは捨食の魔法みたいに、一度使ったら元に戻れないのか?」
「単なる魔法だもの。使わなければ感情は戻る。魔法を使ってるときにこれを使えば、魔法を安定して使用することができるわ。私が危惧してるのは、それを使ったら恋符に影響があるんじゃないかってことよ」
「……かもな。大きくは変わらないだろうが、少し弱くなるかもしれない」
そう、たった少しだ。
だがあのスペルカードは、霧雨魔理沙の代名詞とも呼べるもの。
威力が強くなるのではなく弱くなることに……自分は耐えられるのだろうか。
「だから向いてないって言ったの。感情で魔法を使わない霧雨魔理沙なんて霧雨魔理沙じゃないでしょ。私はね、あんたの恋符が結構好きなのよ。真っ白い光の奔流が何もかも飲み込んでいく……きっと私には生み出せない輝き。何もかもを壊し抜いていく様は、まさしく恋の名を冠するにふさわしいスペルだと思ってるわ」
「……アリス」
「どうせなら突っ切ってみなさいよ。普通の魔法使いっていう、唯一無二の存在として」
そう言うと、アリスはよっこらせと呟いて立ち上がった。
テーブルをぐるりと回るように歩き、その後ろを、何体もの人形が追従する。
そしてパチュリーの背後を通り過ぎる刹那、役目を譲るとでもいうように、ポンッと彼女の肩を叩いた。
するとパチュリーが本を閉じ、アリスはそのまま書架の方へと消えていった。
首を傾げる魔理沙に、七曜の魔法使いが鋭く訊いた。
「魔理沙。貴女には、魔法使いになりたい理由が、ある?」
突然の質問に、軽く混乱した頭を何とか静めながら、答えた。
「魔法の研究を続けたい。もっと長く生きていたい。……ずっと一緒にいたい奴がいる」
それが、現在の霧雨魔理沙が思いつく理由だった。
生粋の魔法使いであるパチュリー・ノーレッジなら、なんと不真面目な理由だと憤慨するに違いない。
そう思ったのだが、意外なことに、パチュリーは叱りも怒りもしなかった。
ただいつもと変わらない無表情で、重ねて問うた。
「それは本気なの? 本当に、その理由で人間を捨てられるの?」
「…………」
即答できなかった。
これらが人間を捨てるに値する理由なのか、自分でも分からないから。
するとパチュリーは、親の仇でも見るかのような眼差しで、魔理沙を射抜いた。
「確固たる意志を持たない者が、何を為せるはずもない。惰性で成るのは魔法使いへの侮辱と知りなさい」
「……すまん」
「私個人の意見としては、貴女が今魔法使いになろうと、老いてから魔法使いになろうと、あるいは魔法使いにならなくても。そのどれを選ぶのかはどうでもいい。ただそこに、貴女の揺ぎない意思があるのか、知りたい」
口を噤んで俯く魔理沙に、パチュリーは言った。
「資格なんてものがあるとしたら、それを答えられる者こそ、魔法使いにふさわしいわ」
それっきり、パチュリーは口を閉ざして読書に戻った。
彼女が纏う雰囲気は重く、明らかに、決断しない霧雨魔理沙を拒んでいた。
◆
『アリスは私が魔法使いになることを望んでいなかったが、それは私の身を案じてのことだった。
彼女の言うとおり、確かに感情が制御された自分なんて想像できない。
弾幕ごっこに勝つのは嬉しいし、負ければすごく悔しくて泣きたくなるほどだ。
でも、それが楽しいんだ。最高に舞い上がって最低まで落ち込む。勝負なんてそうじゃなきゃ面白くない。
実験だって失敗で落ち込むから成功の喜びがある。失敗すると悔しいけど、それが成功へのバネになる。
だからこそアリスは警告してくれた。その生き方では、無用な命の危機を招くぞ、と。
そしてパチュリーの方は、ある意味もっとも大事なことを指摘してくれたな。
種族魔法使いになるのは何故か。この問いは、きっと私の中できちんと形になっていなかった。
どうして妖怪になるのか。どうして魔法使いになるのか。そこには譲れない『理由』があるのか。
なれる事実に困惑して、なりたい理由を失念する。これではパチュリーが怒るのも仕方ないだろう。
だけどそのおかげで見つけることができた。霧雨魔理沙の中にある、本当の気持ちというものを』
◆
紅魔館を出ると、魔理沙は自宅へ直帰した。
しばらく考え事をしたかったからである。瘴気や胞子を振り切り、バタンと玄関の扉を閉めた。
家の汚さは今朝出かけたままだった。他に人の気配はない。
誰かいるとしたら、その少女は気配すら感じさせない能力の持ち主なのだが。
「……帰ってるわけ、ないか」
すべての部屋を見回って、魔理沙は静かに肩を落とした。
寝室に入ってのろのろとベッドの上に腰を下ろし、背中を壁に預けた。
そして、疲れたぁ、と呟いて瞼を閉じた。
……本当に疲れていた。肉体的疲労は皆無に近いが、精神的な疲労が心身に強く影響している。
魔法使いになれるということも、なるかどうか悩んでいることも、本当に全部。
なんだか難しく考えすぎている気がした。なるかならないか。たった二択だというのに、何故これほど悩んでいるのか。
将来を決める重要な決断ではある。だがもはや面倒になっていた。
人間を捨てるのが嫌だとか、魔法使いになればずっと生きていられるとか、そんな理屈が鬱陶しくてしょうがない。
いっそのこと、コインの表裏で決めてしまおうか――
理性が聞いたら激怒しそうな考えを思い浮かべながら、魔理沙は湿ったベッドに倒れこんだ。
……………………………………
……………………
…………
不意に瞼が開いて、魔理沙は目覚めた。
目の前にあるのは白いシーツだった。何回も寝転がったことで幾筋も皺が寄っている。
なるほど、あのまま眠ってしまったらしい。
靄のかかった頭でそう考えながら天井を向いた。
――そこには、今一番会いたくて会いたくなかった人物の顔が、あった。
それを認めた瞬間に目を見開き、水でもかけられたかのような早さで正気づいた。
古明地こいしが、いた。
魔理沙の頭を自身の太腿に乗せ、その髪を撫でながら、小さな声で歌っている。
子守唄だろうか。聞いたことのない旋律ではあるものの、妙に耳に懐かしい音が連なっている。
彼女はまだ魔理沙が目を覚ましたことに気づいていないようだった。三つの瞳はそっと閉じている。
魔理沙は彼女を呆然と眺めながら――ふと、身じろぎした。
すると誘われたようにこいしが目を開いて目線を下ろし……途端、その顔が真っ赤に染まった。
「ま、魔理沙!? い、いつから起きてたの!?」
「え……いや、ついさっき」
「だったら早く言ってよ! てっきりまだ寝てると思って、もっと色々しようかなって……!」
「色々って?」
「う、う~んと……色々は、色々よ。その、撫でたり、すりすりしたり、舐めたり、噛んだり……」
余程混乱しているのか、彼女はあたふたと手をかき回しながら、慌てて言い訳をする。
ちなみにその手は未だに魔理沙の頭の上である。結果、髪がくしゃくしゃに混ぜられてしまった。
それに気づいたこいしが、謝罪しながら手を離した。
「ああごめんね、綺麗な髪が……」
「んーだったら整えて」
「え?」
「適当に梳いてくれないか」
「……うん。わかった」
再びこいしの両手が触れてくる。右手で髪を優しく梳いてくれた。
髪の毛の間をすっと通る指の感触がとても気持ちいい。撫でられていると再び眠くなってきそうだ。
頭をごろりと動かして横を向くと、窓が視界に入った。真っ黒で、すでに外は夜の帳が下りているらしい。
魔理沙はこいしを仰ぎ見ながら聞いた。
「もしかして、私って結構寝てた?」
「うん、ぐっすり寝てた。なんだか起こすのが可哀想だったから膝枕にしちゃったけど……」
「柔らかくていい匂いだった。ありがとう、こいし」
良かった、とこいしが嬉しそうに微笑んだ。
なんだかこの笑顔を見るのも久しぶりだな、と思った。実際は半日ぶりなのだが。
「こうやってて気づいたんだけど、魔理沙に膝枕ってこれが初めてなのよね」
「……そういえばそうだな。こういう角度でこいしの顔は見たことないかもしれない」
「これからも、やっていいかな?」
「別にいいぞ。するのは好きだけど、されるのが嫌いなわけじゃないし」
クスクスと一緒に笑いあう。
それからしばらくして、こいしがふと真面目な表情でポツリと言い出した。
「あのさ、今朝はごめんね。殴っちゃって」
「気にしてないぜ。殴られても仕方ないこと言ったし」
「うん、それなんだけど……。実は今日、地霊殿に帰ってたの」
「……さとりか。今度会ったときに殺されるな」
さとりの、鋭利な殺意に満ちた眼差しを思い出して震える。
だがこいしは苦笑しながら静かに首を横に振った。
「私が怒られちゃった。『もう一度、きちんと腹を割って話してきなさい!』って。詳しく話してなかったのに、私が感情的になって飛び出したのが分かるっていうのは、やっぱりお姉ちゃんだなぁって」
「あいつは何よりも、お前を大切にしてるからな」
「うん。それで、私も私なりに考えたの。どうするか、魔理沙に会ったら何を話そうか。それが、さっき決まったの。――聞いて、くれるかな?」
真剣な眼差しが、魔理沙を射抜く。
魔理沙はしばし無言でそれを受け止め――やがて、こくりと頷いて体を起こした。
ベッドの上に座りなおし、彼女の正面で胡坐をかく。
こいしは正座を少し崩して楽な体勢になり、自らの肩にある閉じた第三の眼をそっと撫でた。
そして。
「私はね、魔理沙が好き」
そんな言葉から、始まった。
「最初に会った時から気になってて、しばらく一緒にいて好意を深めて、あの時の魔理沙の笑顔で恋を自覚した。魔理沙から好きって言われたら嬉しくて仕方なくて、今までそれを抱きしめながら生きてきた。飽きなかった。楽しかった。幸せだった。魔理沙がいれば何も怖くないって、そう思えるくらいに」
「…………」
「友達も増えたし、お姉ちゃんとも元の関係に戻れたし、もう無意識が私の世界じゃなくなった。傍観者じゃなくて参加者になった。寂しいって感じる心も取り戻した。どれもこれも、魔理沙のおかげなの」
少女は、本当に嬉しくてたまらないといった表情で語る。
きっと彼女のこんな顔が見たくて、自分は今まで一緒にいたんだろう。
そう思った瞬間に、こいしは笑顔を消して真摯な目を向けてきた。心臓がどくんと跳ねる。
その瞳は、今まで見たことがないほどに澄んでおり、その奥に『何か』が顔を覗かせていた。
「だから私は、魔理沙と一緒にいたい。これからも、百年後も、千年後も。ずっとずっと隣を歩いてもらって、笑いあって、一生幸せでいさせてもらいたい。……これは私の勝手な願い。分かってるよ。分かってて言ってる」
でもお願い、と胸の前で両手を重ね合わせる。
その姿は神に祈るかのように必死で、しかし何者にも犯せない『意志』を滲ませていた。
こいしは、願うように、言った。
「魔法使いになって、ずっと私といてください」
真っ直ぐ向けられた瞳は波立つように潤んでいるが、決して逸らされない。
魔理沙は、ふと思った。今目の前にいる少女は、本当に古明地こいしなのだろうか、と。
見慣れているはずだった。同じベッドで寝起きして、食卓も大概共にし、時間が合えばいつだって一緒にいた。
そんな一日を数え切れないほど積み重ねて、互いに何もかも知ったような気がしていた。
社交的なようで人見知り。天真爛漫なようで寂しがりや。他人などどうでもよさそうで、けれどとても怖がり。
それが霧雨魔理沙の知る古明地こいしだった。しかし、今は全然違った。
自らの想いを吐露し、体を震わせながらも揺るがず、ただ魔理沙を正面から見つめる。
今までの彼女には出来なかったことで、そして今の霧雨魔理沙にすら出来ないことだった。
(……お前は、そんなに強かったかなぁ)
素直になるのは怖いだろうに、躊躇わない。
相手の瞳を見つめるのは辛いだろうに、逸らさない。
他人を信じるのは不安だろうに、迷わない。
自分の如何なるものを武器にしようと挫けない強さを、古明地こいしは持っていた。
(いや、違うか。きっと小さな歩幅で、ずっと強くなっていたんだ)
あまりに小さな変化に、隣を歩いていた自分が気づかなかっただけなのだ。
もはや立場は逆転していた。魔理沙が手を引く期間は終わり、今は勇気あるこいしに引っ張られている。
「魔理沙、今たくさん考えてるでしょ」
「……ああ。色々考えてるよ」
「それ、全部出して。口から、言葉にして。私には心が読めないから、そうしてもらわないと分からないよ」
「……それは、怖いなぁ。もしかしたら嫌われるかもしれないし」
「大丈夫。怖くない。私が傍にいるから、きっと魔理沙は怖くならないよ」
そう言って、こいしは微笑んだ。
いつかの恋する少女のものではなく、愛を伝えるものでもない。
一瞬だけ母と見間違うほどに慈愛に満ちた、そんな微笑み。
それはこいしが精一杯振り絞った勇気なのだろう。震えだす体を押さえて、逃げ出したくなる恐怖を堪えて。
恐怖を感じないのは勇気でも強さでもない。恐怖に耐えて前に進むことこそ本当の勇気だと思える。
そんな彼女を素直に尊敬した魔理沙は、ついに心の内を晒した。
白蓮に言われたこと。妖怪になったら幸せになれた、そんな感想。
アリスに言われたこと。あんたは魔法使いに向いてないからやめるべきだ、そんな助言。
パチュリーに言われたこと。如何なる意志をもって決定するのか、そんな問いかけ。
そして彼女らの話を聞き終わった後に浮き上がった、自分の本心。
「たぶんさ、怖いんだよ」
きっと、心を明かすよりもこちらの方が怖かった。
「霧雨魔理沙から『人間』を取ったら、一体何が残るんだろうなって」
「……魔理沙は、魔理沙だよ」
「きっとそうだろうな。お前ならそう言ってくれる。でも、他の連中は? 私は人間の身で今までやってきた。化け物みたいな連中から認められたのは、きっと『人間』だからってこともあるんだ。……怖いんだ。私から『人間』がなくなったとしたら、みんなは『霧雨魔理沙』を見なくなるんじゃないかと思って」
異変を解決する強い『人間』、霧雨魔理沙。
そこの『人間』が単なる『妖怪』に取って代わられたら、きっと誰も見向きもしなくなる。
霧雨魔理沙は数多に存在する妖怪の中に埋没し、やがて誰からも認識されなくなる。
それが、何よりも怖かった。
人間というファクターがなければ、誰も自分を見てくれない。
その事実はきっと、どんな強力な弾幕よりも霧雨魔理沙を打ちのめすだろう。
「みんなから『強い人間』なんて思われたいわけじゃない。ただ私を、私として見てもらいたいだけなんだ……。強くても弱くても、ただひとりの存在として、誰かに接してもらいたいだけなんだ……! だけどやっぱり、みんな出会った最初は『強い人間』として興味を持つ。じゃあ人間を捨てたら、私は『普通の妖怪』に成り下がって、誰からも見てもらえなくなるかもしれない。……それが、怖い」
もし仮に。
これから出会う誰かが、『人間じゃないから』霧雨魔理沙に興味を持たなかったとしたら。
その時、霧雨魔理沙は妖怪になった自分を心の底から憎むに違いない。
「霧雨魔理沙は、人間じゃなければ価値がないかもしれない……なんて……」
俯き呟いた、次の瞬間。
なんとこいしが唐突に立ち上がり――魔理沙を、力任せに押し倒した。
驚く間もない。魔理沙は驚きで目を見張ったものの、抵抗することは出来なかった。
ベッドに背中から倒れこみ、魔理沙は呆然とこいしを見上げる。
ぽつりぽつり、と。こいしの双眸から流れ落ちた涙が、魔理沙の頬を濡らした。
彼女は、震える喉で言った。
「……ごめんなさい、魔理沙。魔理沙がそんなに苦しんでたなんて知らなかった」
「お前のせいじゃないぜ。いずれは行き当たった問題と、少し早く顔を合わせただけなんだから」
「それだけじゃないの……。本当に、ごめんなさい」
小さな雫が落ちてくる。熱い吐息が頬を撫でてくる。
四つんばいになってこちらを見下ろすこいしの顔が、あまりにも近い。
それがさらに間近へと迫り、鼻の頭同士が触れ合いそうな距離になって。
罪を告白するような声が、耳朶を打った。
「魔理沙の苦しみを知っても、それでも私は――」
こいし、とその名を呼んだ声は。
「――魔理沙が妖怪になることを望んでる」
柔らかく濡れた唇に、そっと吸い込まれていった――。
◆
『そして、こいしからの告白。
彼女からの言葉は、今思い出すだけでも顔が赤くなるほどのものだった。
……正直、あまりここには書きたくないな。もしかしたら他の人の目に触れるかもしれないし。
でもこれだけは言える。私はあいつが好きになれて、あいつから好かれて、最高に幸せ者だってことだ』
◆
まるで小鳥が餌を啄ばむかのようなキスを、幾度となく降らされた。
湿った唇の感触。近づいては離れていく呼吸。潤んだ瞳。夢心地のまま、それらを甘受する。
しかし数分が過ぎても次の段階には移行せず、たまらず魔理沙は自分の方から求めた。
こいしが口付けを落とすタイミングを見計らい、深くまで求めるキスを。
だが。
「駄目……今は私が、するの」
こいしの顔がするりと避けたかと思うと、熱くねっとりとしたぬめりが、首筋を伝った。
そのぞわりとした感触に、魔理沙はたまらず目を剥いた。
反射的に逃れようと体を捩るが、腕を掴まれ足を絡まされ全身で伸し掛かられ、身動きがまったく取れない。
舐められている――そう理解した瞬間、腹部の奥底に小さな火が灯った気がした。
しかも責める手段は増えていく。いつしか首は吸われ、唇で摘まれ、また甘噛みすらされていた。
ぴちゃぴちゃ、と水気の伴う音が聴覚を支配する。肌を丹念に『綺麗』にされる感覚に脳髄が焼かれる。
「くあ、うぅ……こ、こいし、ちょっと待っ」
頭が、機能しない。
絶え間なく襲われる背筋の痺れと、じわじわと這いよってくる甘い感触に、ただ身震いした。
歯を食いしばって嬌声を堪える。すると胸の辺りがわずかに楽になり、冷たい空気が入り込んできた。
何故だろう、と重くなった頭を上げて胸元に目線をやる。
――こいしが片手で器用に、上着のボタンを外していた。お気に入りの白いキャミソールが顔をのぞかせている。
「待った、こいし……待ってくれ」
ようやく抗議の声を聞き届けたのか。
こいしは舐め上げるのを止め、顔を上げて横目で魔理沙を見た。
涙が消えた瞳はいつになく爛々と輝いており、ひどく熱の篭った眼差しを向けてくる。
さらにこいしは妖艶な笑みを零し、真っ赤に濡れた舌をちらりと差し出した。
何事かと眺める中、彼女は勢いよくキャミソールを捲りあげ、ポツリと自己主張するそこに「ここまでだね」
「続きを読みたいなら、僕と契約して魔法少女になってよ! まあ、そんなのないんだけどね。なんでないんだって? それはそうさ。ここは健全な場なんだ。要求することがそもそもの間違いだろう? まったく、わけがわからないよ」
◆
真夜中。
魔理沙は猛烈な喉の渇きに耐えかね、目が覚めた。
カーテンを閉め忘れていた窓から月光が入り込んでいる。
とても静かだ。動物や虫の声もなく、音を出す存在は自分の横で寝ている少女だけであった。
すぅすぅ、と小さな寝息を立てる少女――古明地こいし。
魔理沙は彼女を起こさないように注意しながら、床に足を下ろした。
滑らかな肩を露わにするこいしに毛布を掛け直してから台所へ向かう。
水瓶からコップ一杯分の水を注ぎ、一息に飲み干す。生温いが、火照りきった体にはちょうど良かった。
そして再びベッドに戻り、眠るこいしの隣に腰を下ろした。
「…………」
目を閉じても眠気はやってこない。
昼間にぐっすり眠ってしまったのが原因だろう。頭は完全に覚醒している。
「…………」
やがて魔理沙は睡眠を諦め、膝を立ててその上に腕を敷いた。
そこに顎を乗せ、ぼんやりと虚空を眺めながら思考する。心に思い浮かぶがままに。
種族魔法使いのこと。
先達の魔法使いたちが語った、各々の意見。
こいしに伝えた、魔法使いになることへの不安。
そして――その彼女が教えてくれた自分への愛情と、願い。
すべてを思い返して、それぞれを吟味して、なんとかひとつの形にしようと試みた。
しかし、心が粟立つたびに初期化され、また最初から思案し直すはめになる。
だが考える。眠る恋人の傍で、ただひたすらに考え続ける。
霧雨魔理沙の歩む道を。理由を。自分が進むべき最高の未来を夢想する。
最善ではなく、最適ではなく、理想的ではなく、堅実なものでもなく。
たとえ迷いは消えずとも、この選択を永劫後悔しないような答えを、盲目的に探して。
そうして、遠い夜が瞬く間に過ぎ去っていった。
やがて空が白み始め、周囲に立ち並ぶ森の僅かな隙間から光が差し込んでくる。
じっと暗闇に視線を向けていた魔理沙は、おもむろに顔を上げた。
その目は真っ赤だ。瞼の下には淡い隈が浮き出ている。まるで空を駆け回った後のように疲労している。
そんな魔理沙の嗄れた声が、狭い寝室で反響した。
「――決めた」
誰に言うわけでもない、ただ自らの内に刻む言葉。
ちらりと隣に目を移す。規則正しく寝息を立てるこいしが、何やらにやにやと口を歪めている。
美味しいものを食べる夢なのか、あるいはとても楽しいことをしている夢なのか。
魔理沙はそんな彼女の頬を優しく撫でながら、ひび割れた唇の端を持ち上げて、言った。
「決めたよ……こいし」
告げる少女は、どこか泣いているようだった。
◆
『みんなから助けてもらった。
魔法使いの先輩たちからは、より良き未来を選べと叱咤激励してもらった。
こいしからは恋人として最高級の言葉を貰った。
これだけされて決断できないはずがない。それは彼女らへの侮辱以外の何物でもない。
だから私は、その期待に応えるべく、考えに考え抜いた。
そして、出た。
霧雨魔理沙は人間であることを捨て、種族魔法使いとしての道を歩むことにした』
◆
空腹だったので朝食にすることにした。
軽く濡らしたタオルで体を拭き、新品の服を着て、愛用のエプロンを付ける。
魔理沙は少し憔悴した面持ちながらも、大きいフライパンを軽々と扱う姿に陰りはない。
思えば昨日は夕食を食べずに寝てしまった。大体十二時間ほどは胃が空の計算だ。
というわけで、今日の朝食は白米に味噌汁、漬物、そしてなんとチーズハンバーグである。
朝から重いと思われそうだが、個人的にはあまり気にならなかった。
ふんふん、と鼻歌を歌いながら丸めてへこませた肉をフライパンに放り込んでいく。
表面に軽い焦げ目をつけてから弱火にし、蓋をしてじっくりと焼き上げる。箸で突っついて中まで火が通ったことを確認すると、その上にチーズを乗せる。ちなみにこのチーズは妖怪との賭けで手に入れた品だ。
待つこと三分。チーズがとろとろに溶けたところで皿に盛り付ける。添え付けには茸のソテー。
湯気の立つご飯、なめこと麩の味噌汁、茄子とキュウリの漬物、そしてハンバーグがテーブルに並べられた。
すべての準備を終えて、さあこいしを起こそうと思ったときだった。
寝室からガタンガタンと騒々しい音が響き、やがて少女が酷く取り乱した様子で飛び出してきた。
こいしは台所に立つ魔理沙の姿を認めると、大きく息を吐いて膝を折った。
「……もう、どこに行ったのかと思ったよ」
「もう朝だからな。お前は早起きが苦手だし、自分で起きられたとは偉いものだ」
「まったく、心配した私がバカみたい」
口を尖らせながら可愛らしく睨んでくるこいし。
そんな彼女に苦笑しながら、魔理沙は手にした箸の先で指すように円を描いた。
こいしの全身を示すようにである。
「ところでさ。いくら春先とはいえ、そんな格好じゃ風邪引くぞ?」
「え? ……きゃあ! もう、先に言ってよ!」
こいしは顔を朱に染め、体を手で隠しながらまた走り去っていった。
くくく、と声が零れる。まったくもっていつもの二人に戻っているではないか。
なんだか可笑しくなって、今度は大声で笑ってみた。外に届けと言わんばかりに、大きく。
すると向こうから「こらー、笑うなー!」という声が聞こえてきた。
それを耳にして――魔理沙は、やっぱり大笑いしたのであった。
こいしと一緒に豪華な朝食を取る。
最初こそむくれていたこいしだが、魔理沙特製のハンバーグを一口食べてからは、すっかり機嫌が直った。
今では満面の笑みで話しながら食事に夢中になっている。魔理沙も同じだった。
そして互いに残りわずかとなったとき、魔理沙がおもむろに話し出した。
「なあ、こいし。ちょっといいか」
「んー? なになに、デートプランの提案?」
「それは魅力的だが、違う。実はな、決めたんだ」
「何を?」
首をかしげて聞いてくるこいし。
魔理沙は努めて何でもないかのように振舞いながら、言った。
「種族魔法使いになるかどうか」
途端、ご飯を頬張っていたこいしの顔が固まった。
しかし驚きのあまり口から米粒を吐き出すとかいう醜態を見せることはなく、冷静に飲み込んでから箸を置く。
そして、一回目を閉じて深呼吸すると、そのまま聞いてきた。
「どうするの?」
間髪いれず、答えた。
「なるよ。今日、魔法使いになる」
こいしは意表を突かれたように目を見開いた。
それはそうかもしれない。仮に魔法使いになるとしても、数十年先のことだと思われていただろうから。
だがその推測を明確に否定するため、繰り返した。
「今日、魔法使いになる。妖怪に、種族魔法使いにな」
「……そう。ここはありがとう、でいいのかな」
「いや、それは違うな。私は別にお前のために魔法使いになろうとしてるんじゃないし」
えっ、とこいしがきょとんとした表情になる。
「お前のためじゃないし、お前のせいでもない。霧雨魔理沙が望んで出した、結論なんだ」
「……魔理沙がそう決めたなら、私から何か言うつもりはないよ」
「ああ、あと頼みがあるんだが。ちょっと地霊殿に戻ってくれないか? 魔法使いになる作業はここでやるし、本を返しに行かなきゃならないんだ」
「手伝わなくていいの?」
「大丈夫だ。これは私が独りでやらなきゃいけないことだから」
そう言い切ると、こいしは微笑しながら溜め息をついた。
まるで子供のわがままを仕方なく聞いてやるような、そんな態度だった。
「分かった。じゃあ食べ終わったら戻るよ。昨日の今日で帰ったら、お姉ちゃん驚くだろうなぁ」
「悪いな、あとで迎えに行くから待っててくれ」
「うん。いつまでかかってもいいから、絶対に迎えに来てね!」
ああ、と柔らかに魔理沙も微笑んだ。
この約束があれば、自分はきっと迷わず前を向いて進んでいける。
魔理沙は、そう信じることができた。
◆
『今のお前は訝しんでるかもしれないな。人間を捨てることに対して。
もしかして怒ってるのか? この先、人間をやめたことを後悔して。
私だって今も不安が一秒毎に押し寄せていて、もう一人の自分が「考え直せ」と耳元で常に囁いている。
だけど、私は決意した。決意したのだ。人間をやめることを。
この気持ちは、一時的な衝動や思考が麻痺したことによる暴走では、断じてない。
もう一度書こう。
この時は本気だったのだ。この文章を書いている時は、霧雨魔理沙は種族魔法使いになりたがっていたのだ。
だから、『この』私を恨んでくれるな。恨むなら、後悔している『今の』自分を恨むことだ。
後悔なんてしているくだらない元人間、霧雨魔理沙を恨め。それが私に言えることだ』
◆
地霊殿に帰るこいしを見送った後、縛り上げた魔導書の束を抱えて、紅魔館へと向かった。
そして『本を返しに来たぜ』と言ったら卒倒した門番の脇を素通りし、次に『本を返しに来たぜ』と言ったら愕然とした表情で時間が止まったメイド長を放っておき、さらに『本を返しに来たぜ』と言ったら正気を疑ってきたレミリアをぶっ飛ばし、ようやく地下の図書館に辿り着いた。
かび臭く埃っぽい図書館内を進み、いつものように読書をするパチュリーを発見する。
周囲を軽く見渡すが、どうやらアリスはいないようだった。
魔理沙は堂々と近づき、彼女の背後から声をかけた。
「いよう、パチュリー。喘息は元気か?」
「まあまあかしら。この頃ネズミどもが活発だからまた猫イラズでも……」
言いながら、パチュリーは鷹揚に振り向き――わずかに瞠目した。
その視線の先には、今なお浮かんでいる魔理沙の箒がある。ただし、箒の柄には束になった魔導書が限界まで吊るされており、彼女が注視しているのは間違いなくこれらだろう。
驚愕の表情こそ波引くように消失したものの、それでも隠し切れない動揺が言葉の端々に滲み出ていた。
「まさか……もう、決めたのかしら」
「ご明察。だから返しにきたぜ。人間として死ぬ前に、返しに来た」
「一生悩んでも出るかどうか分からない問いに、一晩だけ悩んで出した答えを用いるの?」
「一生かけても出るか分からん問いに、一生を費やすことこそ愚の骨頂だろう」
「……じゃあ答えてもらえるかしら。貴女は、如何なる理由をもって魔法使いになる?」
魔理沙はあっさりと回答した。
「魔法の研究を続けたい。もっと長生きしたい。一緒にいたい奴がいる。こんなところだ」
「……以前とまったく変わってないじゃないの」
「そうさ。変えてないわけじゃなくて、変わらなかったんだ。そして今、確固たる意志で口にしている」
「魔法使いになる引き換えに恋符を捨てることになるかもしれないわよ」
「何かを得るなら何かを捨てる覚悟でなければならない。等価交換ってやつだな。感情のコントロールも身につける。魔法使いになって、死なないように神経を尖らせながら。でもまあ、弱くなっても恋符は使い続けるさ。あれは霧雨魔理沙の証だから」
あっけらかんと言い放つ魔理沙を、七曜の魔女がぎろりと睨みつける。
「何故待てないの? 感情のコントロールなんて五年もあれば充分習得できる。もしも成長が不満なら若返ればいい。貴方が今、魔法使いになる理屈がないわ」
「五年後まで生きているとは限らないぜ。その可能性を潰すために、私は選択した」
「妖怪になるということは、今までの自分を捨てて新たな時を刻むということ。その変化を、起こり得る未来の変移を、貴女は真に理解しているのかしら」
「だからこそ、ここにいる。あまり見損なってくれるな。パチュリー・ノーレッジ」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、魔理沙は間断なく返答する。
パチュリーはさらに問いかけようとして、ふと気づいて口を閉ざした。
自分に、霧雨魔理沙の意志を覆すことは不可能なのだと。
魔理沙は、他人であるパチュリーが思い付いた、その何十倍もの数の懊悩に、真正面から挑んだのだ。
そして消しては生まれ出でる悩みに煩悶し、葛藤し、その果てにたったひとつの答えを出した。
パチュリーの問いかけはすでに、霧雨魔理沙が幾度となく往復し、踏み固められた苦悩の残骸でしかないのである。
パチュリーは聞いた。意思を問い質すのではなく、単なる確認として。
「人間には戻れないわよ」
「覚悟の上だ」
「普通の魔法使いは廃業ね」
「霧雨魔理沙っていう存在が生き残るさ」
「……大勢、見送ることになるわよ」
ここで初めて、魔理沙が言葉に詰まった。
今までの返答からして、この答えもすでに出ているはずだ。
ただし今彼女の口を閉ざしているのは、その重さを明確に理解しているからだろう。
――たっぷり一分の沈黙を経て。
魔理沙は、限りなく柔らかな笑顔で、言った。
「きっと別れる以上に出会えるさ。それに、最期まで一緒にいてほしい奴は、ひとりだけでいい」
「……そう。妬けるわね」
ふと、パチュリーの面が小さく歪んだ。
それは少女にしては珍しい、あるかないかの微笑だった。
おそらく長年共に過ごしている小悪魔はおろか、レミリアでさえ気づいたか。
それほどに淡く、まるで蜃気楼のような儚さを伴った笑み。
魔理沙がパチュリーの変化に疑問を抱く前に、そのかすかな微笑みはさっと消え去っていた。
パチュリーはまた冷淡とした表情で、淡々と伝えた。
「本を強奪することは許さないわ。人間であることを盾にして未熟を誤魔化すのも論外」
「そんなことしたことはないがなぁ」
「うるさい。この盗人め。ともかく、これからは魔法使いとして誇りある行動を心がけなさい」
「ここはあんまりに埃塗れだけどな」
魔理沙の軽口には眉ひとつ動かさず、超然とした態度で、パチュリーは言った。
「その意志、七曜の魔法使いが確かに聞き届けた。歓迎するわ、新たなる同胞よ」
◆
紅魔館を出た魔理沙は、続けてアリスと白蓮の元を訪ねた。
彼女たちにもパチュリーに語った決意の内容を伝えた。魔法使いになる、その決意を。
白蓮は優しく抱擁してくれた。よく決めましたね、と涙すら流してくれた。
アリスは興味がなさそうに、しかし少し嬉しそうに納得した。案外仲間が増えて嬉しいのかもしれない。
そして半日かけて、今まで借りていた物を持ち主たちに返却していった。
多くが驚きをもって受け止めた。中には深い精神ダメージを負って倒れる妖怪もいた。
皆が一様に同じような態度を取ることに辟易しつつ、夕刻までにすべて片付づけた。
魔理沙は、箒に乗って夕焼け雲の下を、飛んでいた。
これから向かう場所に返却するものは一切ない。だが彼女に伝えるのが筋だと思うから、行くのだ。
やがて、その場所が見えてきた。
白い石畳が赤光を弾く。夕日によって真っ赤に染まった神社が、煌煌と輝いている。
その周辺では若々しい蕾をつけた桜木が立ち並び、開花の瞬間を今か今かと待ちわびているかのようだ。
そして、寂れた境内に撒き散らされた落ち葉を掃く、独りの少女を見つけた。
魔理沙の瞳が一瞬だけ深い感情を宿し、消える。そしてすいっと箒を走らせた。
ひび割れた石畳の上に着地して、斜陽を背に、魔理沙は歩を進めた。
心地よい風が結わった髪を揺らす。甘い香りが漂っている。春の気配が間近に迫っている。
そんな中を歩きながら、かすかな追憶に耽った。
初めて博麗神社に足を踏み入れたとき。初めて会話をしたとき。初めて隣り合ってお茶を飲んだとき。初めて神社に泊まったとき。初めて花見をしたとき。初めて一緒に酒を交わしたとき。初めて――
「魔理沙」
「……よう、霊夢」
初めて、名前を呼び合ったとき。
「酷い顔。墓場で見たら、絶対に死体か何かだと思うわ」
霊夢は眩しそうに目を細めながら、言った。
その全身が毒々しいほどの紅に染められている。紅白ではなく、紅一色。
夕日の紅は、彼女によく似合っていた。
「……そうだな。色々あったから。昨日からもう何年も経ったみたいだ」
「奇遇ね、私も似たようなもの。ただし、年単位じゃなくて月単位だけど」
霊夢が今までにないほど朗らかに、笑う。
それをはっきりと目の前で捉えていながら、しかし魔理沙の視界は未だに思い出によって閉ざされていた。
ぐるぐる回る。生まれてから今までの自分が、泣きじゃくりながら必死に走っている。
「そろそろ桜が咲く時期ね。またあんた、博麗神社で宴会するつもり?」
「……ああ、当然だ。今度の花見はすごいぞ。天界から地底まで、呼べるだけ呼んで大宴会だ」
その先にいるのは博麗霊夢だ。霊夢が時折魔理沙を振り返りながら、けれども歩幅は緩めず歩いていく。
魔理沙はそれを追っていた。春の土手道で転んで、夏の暑さに対抗し、秋の味覚に酔いしれて、冬の寒空に凍える。
いつまで経ってもその背中に届かない。霊夢はすたすたと歩き、自分は血反吐を吐きながら走っているのに。
距離は一向に縮まらない。それどころか、少しでも足の力を抜けばあっという間に突き放されるだろう。
そんな霧雨魔理沙と博麗霊夢の過去が――走馬灯のように巡る。
「ふふっ、それじゃ片づけを手伝ってもらわなきゃ回らないわよ」
「……大丈夫だぜ。咲夜も、妖夢も、早苗も、みんな来る。猫の手も必要ないくらいにな」
「料理上手が集うと楽よね。でもあんたは手伝わないわけ?」
「……やるよ。私も、やるから。精一杯、手伝うから」
今までの記憶が想起されるなんて、まるで死ぬ寸前ではないか。
今宵種族魔法使いになったとしても霊夢との今生の別れになるわけではない。
どうせ明日になれば、また挨拶をして隣に座ってお茶を飲んで――
「楽しみね。この頃は寒くて集まれなかったから、久々に楽しくなりそう」
「……冬はな。屋外は寒すぎていられなかったし、神社はみんなが入れるほど広くもないから……」
違う。死ぬのだ。今夜、霧雨魔理沙は死ぬ。霧雨魔理沙という人間が、死ぬ。
そして妖怪、霧雨魔理沙が誕生する。
つまりはこの一瞬が、最期の時。霊夢と過ごす、最期の時間だ。
……別れの、挨拶。
「悪かったわね。だいたい、何だっていつもいつも博麗神社で……」
霊夢が、何故か言葉を切った。
その顔は酷く辛そうに歪んでいる。まるで心を引き裂かれるような場面と遭遇したみたいだ。
どうしたのかと問いかけようとした瞬間、目の奥が焼け付くように熱くなった。
じりじりと不可解な熱に苛まれながらも、しかしどこか寂しそうな霊夢から目が離せない。
ぽたり、と雫が頬を伝って落ちた。
ああ、魔理沙が泣いてる――。
唇を噛み締めながら涙を流す幼馴染を、霊夢はじっと眺めていた。
魔理沙は肝心なことを何一つ口にしていないが、本当はすべて理解していた。それこそ以心伝心のように。
すなわち、霧雨魔理沙が妖怪になる決意をしたことを。
そしてその意志は、博麗霊夢が何を言おうと決して変えることはないであろう。
魔理沙のことだ。きっとみんなから励まされ、忌憚なき意見を貰い、その上で独り苦悩し通したはずだ。
おそらくは『先送りにする』道もあっただろうに、決めたらすぐになろうとするところが彼女らしい。
霊夢はわずかに目を閉じて、刹那のみ、過去に思いを馳せた。
瞼の裏に映ったのは魔理沙の笑顔だった。一番見覚えのある顔だ。弾幕ごっこをするとき、新しい発見を披露しているとき、宴会中に絡んでくるとき。いつでも彼女はその顔を浮かべていた。
同時に、今のような泣き顔というのは記憶になかった。
彼女は意地っ張りだから。弱みを他人に見せることを是とせず、笑顔と同じ回数くらい陰で泣いたに違いない。
「……んっぐ、うぅぅぅ……」
魔理沙の可愛らしい顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
あまりに新鮮で哀れな姿に、心底彼女を強く抱きしめたいという欲求が芽生えた。
だけどそれは駄目だ。それじゃ何のために昨日突き放したというのか。
霧雨魔理沙は博麗霊夢の手を離れ、これからは自分だけの道を歩むのだ。そうでなければならない。
もう博麗霊夢から答えを貰おうとしたり、その後ろを雛のようについていくようでは駄目なのだ。
だから――たとえ目の前で、帽子で顔を隠しながら全身を震えさせていたとしても。
魔理沙はもう、博麗霊夢なしで立たなくては――
「……ひっく、んぐ……れ、霊夢ぅ」
「ああもう、しょうがないわね! このばか魔理沙!」
決意は名前を呼ばれた瞬間に瓦解し、たまらず魔理沙を抱きしめた。
自分よりも少し小さい彼女の背中に手を回し、わずかな隙間すらも許さぬとばかりに密着する。
その温もりに感情の堤防が決壊したのか、しかと霊夢の体を抱きしめ返しながら。
魔理沙は、大声で泣きじゃくった。
「う、うああああぁぁぁぁ……! ご、ごめん霊夢ぅ……あ、うああぁ」
「なに謝ってんのよ。謝られることなんて何一つないわ」
「だ、だってぇ……ひぐぅ、私、お前と一緒に……逝けなくなってぇ……」
「誰も頼んじゃいないわよ。馬ァ鹿」
「でも、でもぉぉぉぉ……!」
どうやら自分を先に逝かせることに負い目を感じているようだ。
はぁ、と霊夢は魔理沙の頭を撫でてやりながら、小さく溜め息をついた。
あれはいつかの、酒の席でのことだったか。
霊夢は度重なる飲酒で口がいつもより軽くなっていた時、ぽろっと零してしまったのである。
博麗霊夢は、独りで死ぬつもりなのだと。
別に自殺とかそんな話ではなく、自らの人間としての寿命に従い、博麗神社で死ぬ。
他に誰もいなくていい。隣にも、同じ屋根の下にも。どうせ死ぬのならこの身ひとつで足りるのだ。
楽しい宴会の最中、そんなことを口走ってしまったのだ。
それを聞いた妖怪たちは沈んだ表情で口を噤んだのに対し、この幼馴染だけは満面の笑みでこう言い放ったのだ。
『だったら私が一緒に死んでやるよ! 地獄の果てまでついてくからな!』
それは面倒だと思う反面、少しだけ嬉しかった。
なにが楽しいのか、昔から博麗霊夢の後ろを付いて回る、この小さな魔法使い。
霊夢は思った。ああ、こいつとなら退屈はしないかな、と。
しかし時が過ぎれば変わっていくものだ。自分は変わらず、魔理沙は恋をして妖怪と結ばれた。
そしてそんな恋人のために自身も妖怪になると決心した。たった独りで、答えを出した。
博麗霊夢の手を借りずに、苦しんで悩んで。
号泣する少女を、霊夢は優しく抱擁する。
満足するまで泣けばこの少女はきっと立ち上がれる。みんなから力を借りて、みんなに力を貸して。
たとえ私がいなくなっても――
「あんたなら、絶対大丈夫だからね。ばか魔理沙」
魔理沙の耳元で。
愛おしげに呟いた霊夢の頬に、一筋だけ、涙が流れた。
◆
『結局のところ、答えは単純だったのかもしれない。
私は幻想郷が好きなんだ。好きな奴と頼れる友人がいて……霊夢がいる、この幻想郷が。
こんな素敵な場所にいたら、出て行きたくないのは当然だろう?
地獄で裁かれるのも天国で救われるのも嫌だ。私はここで、ずっと生きていきたい。
こいしに怒られるかもしれないな。これじゃまるで、私が幻想郷に恋をしているみたいだから』
◆
日が暮れてから自宅に戻り、すぐさま準備を始めた。
居間の中央に置かれていたテーブルを取っ払い、黙々と魔法陣の生成を行う。
押入れの奥で埃をかぶっていた道具やら材料やらを引っ張り出し、それぞれを規定の位置に配置した。
そしてすべての準備が完了する。捨食の魔法と捨虫の魔法。この二つの魔法を、同時に発動するための陣。
整然と並べられたそれらを、魔理沙は、師から受け継いだ魔導書を片手に眺めていた。
何の感慨も湧かない。それはそうだ。まだ何も為していないのだから。
ふと目を閉じると、様々な光景が過ぎった。
半人前の魔法使いとして師と共に、今では遊戯のうちに入る魔法を研究していたこと。
霊夢の背中を追いかけるようにして異変に参加し、たくさんの人妖と友達になったこと。
今日という日に至るまでの出来事を思い返していると、不意に心臓が掻き毟られたような痛みを発した。
「ぐっ……」
苦悶の声を噛み潰し、ただ胸を押さえてその痛みに耐える。
痛みが語りかけてくる。本当にこれでいいのか、お前は急ぎすぎている、人間を捨てればどうなるか分からないと。
それは迷いだった。霧雨魔理沙の中にある将来への不安が、痛みとして己が存在を訴える。
当然だった。これほど明白な人生の岐路において迷いがないはずがない。あとは突き進むのみと決めていてなお、弱い自分の心は、大きな変化を恐れて脅迫するように呟く。
――このままでは必ず後悔するぞ。
そう告げる声に、魔理沙は黙って耐えていた。
痛みがわずかな疼きを残して落ち着いたとき、魔理沙は足早に書斎へと向かった。
机の奥にしまっていた便箋を取り出し、一回深呼吸をしてから、書き始める。
『私は、魔法使いになることにした』。
その手紙は、そんな書き出しだった。
思うがままに筆を滑らし、夢中になって書いていった。今の、自分の気持ちを。
たとえ遠い将来、妖怪になったことに絶望したとしても。
この手紙で、この瞬間の自分は魔法使いになりたかったのだと。
強い不安に襲われていたけれど、それでも決意したから、種族魔法使いになったのだと。
それだけは忘れていてほしくない、その一心で書き連ねる。
やがてその手紙を封筒に入れて閉じ、書棚に並べられている本と本の隙間に突っ込んだ。
宛名も書かなかった。だが偽らざる想いを吐き出したことで、ついに胸の疼きはなくなった。
居間に戻り、魔理沙は魔法陣の中に立った。
毅然とした表情で魔導書を開き、その最後の頁に書かれている呪文を口にする。
この夜、ひとりの人間が死んだ――。
――この夜、ヒトリの妖怪が生まれた。
◆
『……これで私の気持ちは語りつくした。
もしも妖怪になったことを後悔することがあれば、これを読んでくれ。
正直、この手紙の出番がないことを切に願っている。
だけどさ、ひとつだけ聞いてもいいかな。
分かってるさ。過去の自分に質問されて答えるのは結局今の自分で、答えは貰えないってことくらい。
それでも聞きたいんだよ。たぶんこれだけ聞ければ、あとはなにもいらないだろう。
教えて欲しい。お前は今、どうなんだ?
お前は、――――』
◆
「……うわぁ」
魔理沙はそれを読み終えて、たまらず呻いた。
その眉間には深々と皺が刻まれている。むしろ頭痛がするかのように、手で額を押さえていた。
もう一方の手には、一枚の手紙が握られている。
霧雨魔理沙が霧雨魔理沙へ送った手紙。それを書斎の片づけ中、偶然発見したのだ。
最初は誰からの手紙かと首を傾げながら開いたのだが、よもや自分からのものだとは思ってもみなかった。
そしてその内容は、目を覆いたくなるほど恥ずかしいものであった。
当時は本気で心配して書いたことが窺えるのだが、それはあくまで過去の話。
今現在においては、すぐにでも破り捨てたくなるほどの魔力をもつ手紙となっていた。
「というか、破り捨てよう。今すぐに」
手紙と封筒を重ね、その中心を両手の指先で摘む。
あとは片方の手を思いっきり下に引っ張ればいい。そして力を込めた瞬間だった。
「魔~理沙! 片づけをサボって何やってるの?」
「うわぁ!?」
突然、扉の方向から声がして、魔理沙は慌てて振り向いた。
そこに立っていたのは、腕まくりをしてエプロンを着用する、古明地こいしだった。
頭にはスカーフが巻かれており、いかにも掃除中といった格好である。
魔理沙は咄嗟に手紙を背中に隠した。しかしその行動が、こいしの興味と疑念を呼び起こしたらしい。
たちまちこいしの顔に凄惨な笑みが浮かび、ゆったりといった足取りで歩み寄ってきた。
「ねぇ、魔理沙。私たちの間に隠し事なんて無粋だと思わない?」
「い、いや、思わないぜ。親しき仲にも隠し事ありというか……」
「まあそれはそうだけどねぇ。でも、そのうしろにあるのは、たぶん手紙よね。誰から?」
「誰からって言われれば……まあ、身近な人からとしか」
さすがに自分自身から、と言う勇気はなかった。
だがそれがまずかったらしい。こいしは笑顔を引っ込め、鋭い眼差しで睨んできた。
「それ、見せて」
「……嫌だ。絶対に嫌だ」
「見せなさい」
「無理」
「わがまま言わないで」
「戦略的自衛行為だ」
「…………」
「…………」
「いいから見せろー!」
「きゃあぁぁぁぁぁ!?」
こいしが柳眉を逆立てて飛びかかってきた。
その標的は、魔理沙の右手にある手紙。魔理沙が必死に抵抗するが、こいしはかまわず手紙へと手を伸ばす。
体勢が崩れてしまい二人して床に転がるが、互いに気にした様子もなく戦いを続ける。
「渡してよ! もしかして浮気の証拠なの!?」
「そんなことしてない!」
「じゃあ見せられるでしょ!」
「これはどうしても嫌なんだ!」
「うがー!」
「ぬぉぉぉ!」
縺れ合うように攻防を繰り広げる魔理沙とこいし。
だがそんなときに、扉がバタンと音を立てて開き、何者かが入室してきた。
揃ってそちらを見る。入ってきた人物は二人。
呆れた表情の古明地さとりと、何故か喜色満面のパルスィだった。
「……なにやってるの、貴女たちは。他人に掃除の手伝いをさせておいて、自分たちはお楽しみ?」
そう溜め息を洩らすさとりに対して、
「もっと素敵な嫉妬を出してちょうだい! 正直、宴会よりもよっぽど『美味しい』わ!」
パルスィは自分の体を抱きしめながら身悶えしている。
魔理沙とこいしは唖然と彼女らを見つめ、そして魔理沙の方が早く我に返った。
すかさず掌に魔力を集中させ、燃え盛る炎を脳内で思い描く。
刹那、右手に握られていた手紙が、一瞬の炎に包まれて燃え散った。
それに気づいたこいしが、非難の声を上げた。
「ああーーー! そんなに隠すってことはやっぱり浮気だったんでしょ! この、裏切り者!」
「痛い痛い殴るな! だから違うって! 詳しく言えないけど違うんだ!」
「どうやって信じろってのよ!」
「それはー……」
言い淀んでいると、さとりが横から口を出してきた。
「こいし、魔理沙さんは浮気なんてしてないわよ。手紙の内容も」
「お姉ちゃん知ってるの!? あれに書かれてたこと!」
「ええ、魔理沙さんが絶えず中身を垂れ流してるからはっきりと。……なんなら、教えましょうか?」
「やめてさとり様! それだけは勘弁をぉ!」
「だ、そうよ。まず浮気とかじゃないのは私が保証するわ。まあ、本人のトラウマになったようだけど」
さとりが魔理沙に向かってにやりと邪悪な笑みを見せる。
魔理沙はすかさず跳ね起きて深々と頭を下げた。完全降伏のしるしである。
それを受けてさとりは、早々に話を進めた。
「もう宴会の支度だって整った頃合でしょう。さっさと行くわよ、こいし」
「むぅ~……分かった。とっちめるのは後にする」
「……出来れば忘れて欲しいんだが」
「もう終わり? もう終わりなの、修羅場は。妬ましいわこのバカップルねたましい」
口々に勝手なことを言いながら、埃を被った服を着替え、少女たちは霧雨邸を出発した。
外は、快晴だった。
柔らかな風が漂っており、日差しも邪魔にならない程度の強さで、まさしく屋外での宴会日和である。
今はもう春が過ぎ去ろうとする季節。直に雨雲が空を支配する梅雨に入るだろう。
そして今日の宴会は、その春に別れを告げるために開催された。
魔理沙たちが到着した頃には、すでに博麗神社は高らかな喧騒に包まれていた。
境内では、真昼間にも関わらず四十人近くの参加者が、互いに杯を合わせながら語らっている。
今日の宴会は花見という名目だった。
神社の周囲に林立する桜の木々から、無数の花びらが舞い踊っている。
実はすでに、花見の対象となっている桜木のほとんどは、その花を散らせていた。
だが、これで良かった。今回は咲き誇る桜を鑑賞するためではなく、見送るためなのだから。
魔理沙たちはコップを用意し、その乱痴気騒ぎに加わった。
さとりとパルスィはあっという間に参加者たちに連れ去られた。
昔こそ恐れ疎まれていた地底の面々だが、今ではすっかり宴会の人気者である。
彼女たちは普段、地底に住んでいるので滅多に顔を見せない。なので、物珍しさに話をしようとする者が後を絶たないのだ。
そして地上の者たちとは明らかに違う感性と、その話の内容が好評を博しているらしい。
忌み嫌われる能力は、宴会の場ではさほど気にされない。
心を読まれたところで所詮は酔っ払いの心、嫉妬心を操られても宴会芸にしかならないからだ。
また、さとりもパルスィも能力を悪用する気がないので、実に平和なものだった。
こいしもそうなのだが――誰も馬に蹴られて死にたくはないということだろう。
そんな彼女らを見送り、魔理沙とこいしは宴会場の中央付近に腰を下ろした。
それを見計らったように、四方八方から人影が近づいてきた。初めに声をかけてきたのは、月の姫君だった。
「やっほ、魔理沙にこいしちゃん。相変わらず仲が良いわね~」
「よう輝夜。お前もそろそろ落ち着いたらどうだ?」
「こんにちはー。私たちも輝夜さんの結婚式に参加したいな」
「ふふっ、考えておくわ。私が結婚するまで死なないでよ?」
輝夜は軽やかに笑い、そう返した。
その合間を縫うようにして、妖怪寺の僧侶が朗らかに微笑を零しながら話しかけてくる。
「こんにちは、魔理沙。こいしさん」
「白蓮。やっぱりさ、あの宿題難しすぎないか? まだ分析が二割も終わらないんだが」
「大丈夫、貴女の技量なら二ヶ月あれば出来るでしょう。一歩ずつ進むことです。分からなくなったらいつでも聞きに来なさい。きちんと教えてあげますから」
「……大体、あの程度で音を上げるなんて未熟極まりない。たかだか五行のうちの二つを重ねただけの魔法陣、遅くても三十日でやりなさいよ」
パチュリーがぼそっと呟き、それに対してアリスが苦笑する。
「七曜の魔女さんは相変わらず厳しいわね。魔理沙もなんなら気晴らしに、私の人形術でも身につける? 前に言ってた奴隷型の弾幕もより高度になるわよ」
「それはいいなぁ。お前から教わるというのは、なんか癪だが」
「素直に受け止めなさい、魔理沙。みんな貴女を心配して言っているんだから」
いつの間にか、魔法を業とする四人が集結していた。
それだけではない。まるで魔理沙に引かれるようにして、次々と宴会の参加者が集まってくる。
鬼が酒を勧め、地獄猫が料理を運んできて、鴉天狗が楽しげに写真を撮り、そんな皆をスキマ妖怪が優しく眺める。
魔理沙とこいしもそれらを受け、語らいながら料理と酒に手を伸ばす。
かくして、魔理沙たちは熱を帯びる宴会へと身を浸らせていったのであった。
宴会も盛り上がり、太陽が頭上から下り始めた時だった。
魔理沙は酒を飲みながら語らっていたのだが、ふと桜に目が行った。
今朝ほどではないが花びらを今も撒き散らす桜木が、一瞬陽光を浴びて真っ赤に染まった。
瞠目する魔理沙の前で、紅が白を覆い尽くし、何かを思い出せと告げる。
――脳裏に浮かんだのは、いつかの霊夢だった。
夕日の赤光を真正面から浴びながら悲しげに微笑む博麗霊夢。
花びらすらも紅く染まり、まるで桜が全身から血潮を噴き出させているような錯覚。
その桜とあの霊夢の姿が重なった瞬間、ふいに目頭が熱くなった。
「……どうしたの? 魔理沙」
わずかに霞む目で周囲を見渡すと、共に飲んでいた彼女たちが一様にこちらを見ていた。
皆から心配そうに見つめられ、魔理沙はなんでもない、と呟いて首を振る。
だがそれは失敗だったらしい。両目を押さえる手がどんどん湿り気を帯びていく。
痛いの、どうしたの、もしかして目にゴミでも入った、悲しいのかしら。
そんな言葉に誘われて、躊躇いながらも理由を告げた。
「なんかさ、いつまで続くのかなって思ったんだ。この楽しい時間が」
シン、と一斉に博麗神社の音が消えた。
その雰囲気にしまったと後悔したが、一度開いた口は意思に反して動き続ける。
「今は全員が揃ってるけどさ。きっといつか、百年もすれば誰かが必ずいなくなる。五百年経てば、もっといなくなるんだろう。千年後には、宴会を開けるくらいの人数は残るのかなって」
誰も言葉を発しない。
元気だけが売りの妖精も、万年を生きた大妖怪も、あるいは不老不死の人間も。
囁くような魔理沙の声に耳を傾け、その重さに口を閉ざす。
「分かってるさ。私だって妖怪の端くれ、それが世の常なんだって。でも……誰一人欠けなきゃいいのにって思うのは、悪いことなのかな。いつまでもこうしているのは、駄目なのかな」
決して諸行無常を呪っているわけではなかった。
永遠を望む気もない。彼女の傍らには、永遠を宿したばかりに永劫楽しみ苦しむ友人がいるのだから。
ただ、ずっとこうしていたいだけだった。
楽しい時を、幸せな時をみんなと過ごしていたかった。
「――なんでこんなに、幻想郷は楽しいんだろうな」
魔理沙は、どこか諦観したように言った。
いつしか宴会場の熱気は露と消えていた。桜吹雪すらも空気を読んだかのように止んでいる。
彼女の友人はおろか、恋人であるこいしすらもかける言葉を持たない。
ただ、悲しみを湛えた瞳で桜木を見つめる魔理沙を、無言で眺めているしかなかった。
そのときだった。
「なにくだらないこと言ってんのよ」
少女が魔理沙にすっと歩み寄り、その彼女の額をデコピンで一撃した。
観客たちが目を剥く。そして魔理沙は、デコピンの威力の高さに目を見張って呻いた。
「いったぁ……!」
「なんか妖怪になったからって感傷的ねぇ。あんた、やっぱ人間の方が似合ってたかも」
憮然とした表情で、その少女――博麗霊夢が言った。
魔理沙は別の意味の涙が込み上げてきたが、それを振り切って霊夢に強く抗議する。
「なんだよ、感傷的になって何が悪い!」
「本当にらしくない。ちょっと自分を見失いすぎじゃない? 大事なこと忘れてるわよ」
「……なにを。なにを忘れてるんだ、私は」
「いい? 大事なのはね、いつか死ぬってことじゃないわ」
霊夢は軽く目を閉じて一拍の間を置くと、なんでもないことのように、言い切った。
「今、生きてるってことよ」
「――っ」
魔理沙は、魂が貫かれたかと錯覚するほどの衝撃を受けた。
魔法使いとなってまだ三年も経っていない。しかしそれでも、人間とはもう違うのだと骨の髄まで分かっていた。
輝夜や白蓮が言っていた、見送る者の辛さというのを少なからず理解してしまったから。
普通に接してきた友人が、目の前で、緩やかに成長し、老いていく。
今はみんな生きている。博麗霊夢、十六夜咲夜、東風谷早苗という人間たちも。
しかしそれは永劫ではない。必ず、死ぬのだ。もちろん魔理沙自身も、他の人妖たちも。
それを、散りゆく桜を前に意識してしまった。
「たしかに私は、私たちは死ぬわ。特に人間はたかだか百年でね。でも、それを悲しまれてもちっとも嬉しくないわよ。それに死んだ本人ならまだしも、生きてるあんたが泣いてどうすんの。生きる以上は死ぬ。出会う以上は別れる。あんたは、それを覚悟して、魔法使いになったんでしょう?」
だが霊夢は、それを駄目だと断じた。
散っていく桜を悲しむなと、老いて死んでいく自分を悲しむなと叱責する。
でもそれは理屈だ。これから死んでいく者の綺麗事だと、魔理沙は思った。
置いていかれる者の苦しみを知らず、置いていく者が勝手に振りかざす正論であると。
しかし――人間だった霧雨魔理沙も、そうではなかったのか。
「……以前の私なら、なんて言ってたかな」
「あんたのことだから『生きてんなら笑って楽しめ』かな? 大体、長く生きることを優先してたなら、あんたは魔法使いになんてならなかった。一歩間違えれば死ぬ、弾幕ごっこの世界に入ってこなかった。それこそ、道具屋の一人娘として生きれば安泰だったのに、わざわざ寿命を縮めるように『こっち』に来たんじゃない。違う?」
「……私は、間違えてたのかな」
「大人になるのが早すぎただけでしょ。ほら!」
「ん? ……いててててっ!」
突然、霊夢が魔理沙の頬を左右に引っ張り出した。
しかしそれについて怒る間もなく、霊夢はいつかのように朗らかに微笑み、
「笑え、ばか魔理沙」
そう、言った。
痛みと湧き上がる感情で、魔理沙の双眸は再び透明な雫を生み出す。
しかし霊夢の手を振り払って袖で目元を乱暴に拭い、そして――
「言われなくても、笑ってやるよ! ばか霊夢!」
魔理沙は、少し歪な満面の笑みを浮かべた。
それを見届けた霊夢は大きく頷き、隣で座りながら放心するこいしに、苛烈な眼差しを向けた。
「古明地こいし!」
「はいっ!?」
その刃の如き鋭い声に、こいしが反射的に立ち上がった。
直立不動の姿勢で霊夢を見る。唇を引き締めていることから、かなり緊張しているようだった。
おそらくは怒られやしないかと不安なのだろうが、霊夢は語気を和らげて語りかけた。
「魔理沙はね、外からの重圧には強いけど、内からには弱いのよ。だからこいつがひとりでうじうじ悩んでたら、殴るなり蹴っ飛ばすなりして、さっさと立ち直らせなさい。でないといつまでもああしてるわよ」
「う、うん……わかった」
それでも自信なさげに頷くこいし。
そんな彼女の肩を軽く叩き、しっかりとした口調で激励する。
「魔理沙はあんたの恋人でしょ? これからはあんたがやらなきゃならないんだから」
「……うん、頑張る」
「魔理沙を、よろしくね」
「……っ! 絶対に私が、何とかするから!」
「よし。だったら練習しなさい。ほら、なんか心に響きそうな台詞とか」
「え、え? 今、ここで?」
「そりゃそうでしょ。無粋な観客がいるけど、それくらいできなきゃ魔理沙は繋ぎとめられないんじゃない?」
にやりと挑発するように笑いかける霊夢。
するとこいしは、むっとした表情に変わり、魔理沙に向き直った。
静かに事の成り行きを見守る人妖たちの前で、魔理沙とこいしが見つめあう。
そして、こいしはしばらく口をもごもごと動かした後、きりっと見据えて、叫んだ。
「ま、魔理沙! 大好き、愛してる!」
「へ……?」
瞬間、博麗神社全体の時間が止まった。
至極真剣なこいしを除いた、あの霊夢でさえ、ぽかんとした顔でこいしを見ている。
比較的不意打ちの告白に慣れていた魔理沙は、落ち着いた様子で訊いた。
「……こいし。なんで、そういう台詞にしたんだ?」
「だ、だって、恋人だもん! 愛があれば絶対に、なんだって何とかなるはずだと思って……」
だんだん声が尻すぼみになっていく。
こいしの顔は真っ赤で、まるでお風呂に入りすぎて茹で上がったかのようだ。
逆に周囲の野次馬たちは冷静になってきたのか、徐々ににやついた笑顔を浮かべ始めた。
これでは向こう百年ほどからかわれるだろう。
それもいいだろう、と思った。それくらい出来なくて彼女と恋人同士だと胸を張れるはずもない。
魔理沙は決意も新たに、その返事をすることにした。
「こいし。私はな……」
「う、うん」
その緊張を解すように頬をそっと撫でながら。
さらに一歩踏み出し、彼女の腰に手を回すと同時に引き寄せて。
魔理沙は、高らかに宣言した。
「私も、愛してるぜ!」
魔法使いとさとり妖怪は、永遠を誓うように口付けを交わした。
色めき立つ観衆――様々な種族が入り混じった人妖たちには見向きもせず、静かに唇を重ね続ける。
その傍らに立つのは、博麗霊夢を始めとした彼女らの友人たち。
誰もが拍手をし、歓声を上げ、二人への祝福を叫ぶ。
それを耳にしながら、魔理沙はこいしと共にひたすら貪る。
ふと、どこからか声が響いてきた。
聞こえてくるのは、遠い過去からの伝言だった。
霧雨魔理沙の声を模して、それは耳に届いた。
――教えて欲しい。お前は今、どうなんだ。
魔理沙は唇を離し、輝くように微笑むこいしと目を合わせる。
そして彼女の耳元に口を寄せ、そっと囁くように告げた。
――お前は、幸せか?
「私は今、すごく幸せだよ――」
読み進めて行く内に気付いたら読み終えていました
途中思わずウルッと来た所もありました
大作お疲れ様でした!
アリスとパチュリーに相談を持ちかけるマリサの姿は進路に悩む若者のようで、
等身大でスッと読み手に入ってきます。「いよう、パチュリー」なんていかにもマリサらしい。
そしていつもそばにいる世話焼き女房のこいしというのが新鮮でした。次回作期待してます!
簡単な言葉で難しいテーマをここまで仕上げるのがさすがです。いつも真っ直ぐすぎるくらいの言葉が却ってストンと胸にしみて、いつの間にか案外に壮大なことを考えさせてくれます。
とりあえず握手させてください。
最高!
良いお話をありがとう!
さあ、もっとこいマリ書くのディス
二人とも可愛かったです。
こいしと魔理沙、ずっと一緒にお幸せにね!
あとうp主握手してください!
誰かハンカチ無いかな?(涙)
次の作品も楽しみにしています。
すごく活き活きとかつ、それらしく動いていて一気に読めました。
テーマでもあった隠れレイマリも、綺麗に書き切れてたと思います。
・・・個人的な希望。次は隠れでないレイマリを(マテ
よいこいまりでしたーw
霊夢との関係やパチェ達との関係が良かったです。
ゴチになりました。
つーか甘すぎるにも程があるだろ
この作品のステキな幻想郷がいつまでもあることを願います。
こいまりフォーエバー!
一気に読んでしまいました
三作品の中で最も心にドスンとくる作品でした
こいまりだけじゃない、霊夢と魔理沙の二人、最高でした。
貴方のこいまり作品で好きなキャラがたくさん増えました、ありがとう
こいしの告白シーンできゅうべぇが浮かんだ俺は死ねば良い
霊夢と魔理沙のようなやりとりは寿命ネタでよくありますが、今まで読んだどの小説のやりとりよりも感動的でした。キャラそれぞれの言葉が深く、かつ無駄がなくストレート。冒頭で結論をもってきた話の構成のおかげで、重いテーマであるにもかかわらず安心して読めましたし。こいマリも、二人の心情が分かりやすく描かれていて、感情移入しちゃってなんかドキドキしました(笑) とっても良かったです!!100点!
この作品はもう見事というしか
途中の幻想郷はどうしてこんなに楽しいんだろうなあ…というセリフ
たまりませぬ…
美しいですねえ