※ 今回の作品は非常に猟奇的なシーン、もしくは個人の教育・成長に著しく害を及ぼすシーンが混入している恐れがあるため、その様な文に嫌悪感を覚える方は先に後書きの方を見て閲覧の判断をする事をこの場を借りて強く勧めておきます。
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唯一の肉親である姉によろこんで欲しい、ただその一心で私は行動をしてきたし、これからも。
世間ではそろそろ茹だるような暑さが訪れ、例年の如く人々に日差しを降り注ぐ事だろう。
私自身余り外に出ないので正確には今がどういった時期なのかは知りえないが、それでも部屋の壁に掛けてある古時計はカチカチと音を刻むのだ。最近の私はその音を後ろに知識を貪っている事が多い。
姉の友人であるところのパチュリーが言うには「取りあえず見繕ってきたけれど、責任は持てない」との事だ。確かに彼女の持つ蔵書の中から私が今回所望したのは良書悪書を綯い交ぜにしたようなものばかりだし、それに一々責任を取れというのも 無茶な話だろう。だが友人をもう少し大切に扱ってもいいのではないだろうか。
まぁ魔女とは大体がそんなものなのだろうと納得して私は考えることをやめた。
それよりも、今は眼前の目的が気になって仕方が無いのだ。
年月に直して半月、それだけの準備をしてきたのだから段取りに失敗は一つも許されない。そんな緊張感が私の体をぐるぐると駆け巡っていた。
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延々と自身の風体について述べてもまったくもって一片も面白くはないだろうが、それでも一部の奇特な面々に向けて言葉を放るなら、私は偉大にして雄大、しかして幼さを残すレミリア・スカーレットの妹であり、ならば当然の如く私自身もいまだ幼さが残っている事になる。
後者に関しては私としては否定の言葉を挙げ連ねるべき所なのだが姉が我慢しているのであれば、私も渋々黙認するしかない。
そんな吸血鬼だが、妖怪としては破格の種族能力もこの場に連なるべきだろう。
恐るべき再生能力に種族全体としての増殖能力、個体として見ても畏怖すべき怪力に俊敏な体裁きは是非知っておいて貰いたい。
しかしそんな吸血鬼にも公にはしたくない弱点という奴がある。
代表的な物としては、流れ水の上を渡れない、十字架、ニンニク、日光、暗銀に木杭等がありこれらは遥か昔からの書物にも記載されている筈だ。まぁ流石に脚色を度々重ねられており余程の事でも無い限り体の力が抜けるだけで死ぬことは無いだろう。
我ら吸血鬼とはそんなに軟弱な種族では決して無いのだ。
また、身体的な特徴として、悪魔であり吸血鬼でもある私達姉妹にはそれと判るように立派な一対の翼があるのだが、姉の翼は闇からそのまま染み出てきたかのような漆黒の、いかにもな翼であるのに対して私のはなんだか奇妙珍妙とでも言うべきものなのだ。
昔はこの事に私自体相当な劣等感を抱いていたのだが、姉の「フランの翼って、宝石みたいに綺麗で私、好きよ」の一言であっさりと覆ることとなる。
我ながら安い妹だとは思うが、これに関しては仕方が無いと目を瞑っていただきたい。妹とはそういう生き物なのだ。
「フランドール様、用意が整いました」
大体の身体的特徴を書き抜いたおり、咲夜からお呼びがかかる。
咲夜はこの紅魔館の殆どを姉から任されている程には優秀な給仕であった。
家事に関してはそつなくこなし、台所事情には特に明るいので咲夜がいなければここ紅魔館の食糧事情は下降の一途を辿る事だろう。
それに、つい先日も咲夜には世話になった。
私が急に食材を用意して欲しいと言った時も、幻想郷では珍しいものだっただろうに直ぐに揃えてくれた。
渡す際には紙袋から零れないようしっかりと密封して渡してくるあたりが瀟洒と周りから呼ばれる所以であろう。細かい気配りはいつでも重宝されるものだ。
それに免じて月に何回か、夜な夜な門番と逢瀬している事は姉には黙っておいてやろうと心に決めた。
「フランドール様も最近は忙しそうですね。ここ数日は何回もレミリア様に面会を申し込まれていますし……失礼しました、少々口が過ぎたようで」
「ん、有難う。別に気にしなくてもいいよ。それに咲夜も程々にね」
「……はぁ」
首を傾げつつも姉の部屋へと続く扉を開いてくれる。まったく良くできた給仕だ。
どうやら理解はしていなかったようだが、それでいい。何しろ勘付かれたら見境なくナイフで滅多刺しにされてもおかしくないかも知れないのだから。
前に門番が咲夜に調子づいた悪戯をしたときは、見ている方すら背筋が凍る様なそれは酷い有様を見せつけられたものだ。
正に妖怪の体の神秘をまざまざと見せつけられた案件だったが、咲夜もまるで容赦が無いのは問題ではないだろうか。
そういえばあのときからしばらくは門番の呼び名が針鼠になっていたか。
針鼠とはまた、誰が名づけたかは知らないが正確に的を得ているとも思う。
しかし字面だけで見ればなんと可愛い名前だろうか。あの事件は残酷で凄惨極まりないおよそ可愛いとは無縁の一件だったが。
その惨たらしい事件の加害者はしれっとした顔で扉を開け放つ。目線を少しやれば姉の姿が奥にこそりと見えた。
「お姉さま、失礼します」
「ん、入りなさい」
期待していた方々には実に申し訳ないが、姉の部屋は恐ろしい程には広くもなく、かといって小さくもない存外普通の部屋だ。
紅魔館の主というからにはどうやら館の外の奴らは馬鹿でかく無駄に絢爛な部屋を想像するらしいが、とんだ愛すべき阿呆達である。是非とも私が率先して姉の部屋に期待外れの看板を提げたいものだ。
まさに残念な感じで埋め尽くされてしまいそうなこの部屋だが、流石に雀の涙にも劣る程度の姉の権威に関わってくるので、行き過ぎた誇張表現事であった事はここに明記しておこう。まぁ個人の想像にお任せする事でここは丸く収めたい。
そんな問題の一室、まず目に付くのは綺麗に整理した部屋の全貌だが、どこにも埃一つ落ちていない完璧な清潔感である。
まるで今しがた時間を止めて誰かが掃除したと言っても過言にはならないくらいに綺麗だ。流石紅魔館が誇る給仕の頂点、その働きぶりは幻想郷の四隅全てに轟いている事だろう。
知らぬ存ぜぬを通すは姉ばかり。いい加減掃除という概念を頭に叩きこんで貰いたい。
次に目を引かれるのが壁だ。
ここには遥か昔、まだ私が今より自由に紅魔館の外を飛び回れた時代に姉と一緒に書いた絵画が飾ってある。
大小様々ある中でもとりわけ目立つのが、「おねえちまだいすき」という言葉と共に描かれている姉の肖像画だ。壁の真ん中に掛けてあるあたり、どうやら中々価値のあるものなのだと、この部屋に来るたび思わされる。
私の鍛えられた鑑定眼も遥か彼方の太古の秘法に届くかどうかといった価値があると見ている。ようはガラクタと同等という事だ。恥ずかしいから姉には早急に処分して頂きたい。
いままで少々辛辣な言葉を並べ立てて来たが、最後はなんといっても立派な玉座であろう。
簡素な中に職人の技が光るような、そう、まるでどこぞの静かな里で誰かが寺子屋仕事の片手間にこさえたかの様な重厚感がしつこく漂っている。なんとも姉にぴったりな椅子だ。座裏の「けいね」の掘り込み文字が輝いて見えるのは、座る姉の気品があればこそだろう。
私の姉のなんと素晴らしい事か、皆々にも滞りなく伝わったと私は信じている。
しかし私はそんな矮小な事には騙されるものか。外の阿呆達とは違うのだ。
何が清潔だ、何が絵画だ、何が玉座だ。
本命は椅子に大仰に腰掛ける姉の背中にあるものこそが、この部屋中に充満する主の気品を醸し出しているに違いない。
私の直感がそう告げているのだから十割十分十厘間違い無いだろう。
そう、そうなのだ、姉の背中から覗くその宝石のような何かは、そのまま宝石なのだろう。七色に彩られたそれらは、楡の枝に吊り下げられた美しい果実の如く瑞々しい色をそれぞれに見せている。
見ようによっては私を模した人形の羽の部分に見えなくもないが、どうせただの自意識過剰に違いない。
そう、華美な品は時に傲慢さを表すものにも成り得る。驕りと気高さは似ているようで少しも似ていない。見せびらかすのは馬鹿だけがする事なのだ。
だからこそ、肉親であろうともそういった煌びやかな類の品を見せることを良しとしない、そういった考えが姉の頭の中にあったからこそ私が来た時にさっと自分の後ろに隠したのだろう。なんと出来た姉であろうか。
そんな姉に私はこの一言を告げるのだ。
「……お姉さま、フランの人形見えてるよ」
「ちょ、え、いやっまさかそんな訳っ」
残念ながらこれが私の姉である。
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少しこの話から横道に逸れに逸れるが、ここで今までに出てきた素敵に人外な登場人物を紹介していこうと思う。
なんといっても最初を飾るのは私の姉でなければならない。
つい先程にその虚構のカリスマを私に見事に剥がされ、間抜けにも権威から滑落する事となった哀れな姉。
日々をただ怠惰に過ごし、自分がやりたくない事はお得意の能力を駆使しとことん回避する見事なまでにしょっぱい性格の持ち主である。
また、姉と私は姉妹であるからして互いを色濃い血縁が結んでいる訳なのだが、私としてはその縁はあまりあって貰いたくは無かったりもする。まぁ理由は察しが付くだろう。
姉とは綻び難い絆で繋がれてはいるが、勿論喧嘩もするときはするし仲直りだってするごく一般的な姉妹に分類されるのだと思う。決して特別仲が悪いとかは無いと断言しておいた方がいいだろう。
そんなどこか子供臭さが抜けない、それでいて決めるときはびしりと決める私の姉。レミリア。お姉さま。
私の姉は前述したとおり非常に面倒くさい性質だが、どうやらそんな奴にもなんとも奇想天外な事に友人がいるらしい。真にその誰かは奇特な人物であらせられる。
しかしこれまた残念な事に、その素敵に奇特な友人は紅魔館に生息しているのだ。
名をパチュリーという。ファーストネームは忘れた。これは別に私がパチュリーを嫌ってるだとかパチュリーが私を嫌っているからでは無く、ただ単純に忘れてしまっただけなのであって他意は無い。長年名前で呼んでいると忘れることも多かれ少なかれあるだろう。
その当の本人は、私も詳しくは知らないが調理書や医薬書に魔術書、聖書なんかの類を館内の図書館から探していると大抵見かける事から、多分あの巨大図書館を自身の根城にでもしているに違いない。
本人は否定するかもしれないが、彼女は近頃、意外に私の面倒をよく見てくれている。
この間も広大すぎて目当ての本を蔵書から探しきれなかった時は、見つけるのを一緒になって手伝ってくれた。なんとも魔女らしくない魔女である。
それにどうやら、最近は姉と喧嘩をした様でもあるらしかったが、こちらに関しても本人は全力を尽くして否定することだろうが。
面倒臭くなってきたので最後は一息にすませたい。
紅魔館の給仕の咲夜と職業門番の美鈴。門番の方は私が外に出ることに良い顔をしない姉のせいで殆ど喋った事が無い。
まぁそれも昔の話で、巫女が暴れに来てからは美鈴とは徐々に会話の数が増えていっている。先日聞いた話によれば「咲夜は耳が弱い」等という不埒淫猥極まりない猥談を私に告げてきた。奴の頭の中のなんと薄っぺらい事か。毎度付き合う咲夜もさぞや大変だろう。
そんな咲夜はこの紅魔館の実質の支配者であるから、彼女が本気を出せば三日も経たないうちに玉座に姉の姿は見かけなくなるに違いない。
限りなくしょっぱい姉はその事を理解しているのだろうか……。
誰か忘れている気もするが、横道にしては幾分落ち着いたであろうか。
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妹を真似た人形で遊んでいた事をその妹が白日の下に曝け出したという羞恥で、目尻に涙を浮かべている姉を尻目に私はずずいっと本題を姉へと突きつける事にする。
余談になるが、もし私が姉の立場であったなら十も数えないうちに焼身自殺を図るに違いない。それほどまでに耐え難い恥辱を耐えるとは、素直に姉へ賞賛の言葉を送りたい。繰り返すが私なら死を選ぶ。
「お姉さま、今日お出掛けする用事はある……?」
「えっ?別にこれといった用事は無いけれども。それとも今日は何かあったかしら」
さっきまでは慌てふためいた癖に、全く驚くべき復帰の素早さだ。姉の特技の項に「立ち直りが早い」を追加する事を考えねばならない。
「あのね、今日はお姉さまにフランのお料理、食べて貰いたいなって……だから、その」
「咲夜!今すぐ晩餐会の準備をっ!」
「御意に」
音も無く姉の隣に現れた咲夜が、一言言葉を発したかと思うと、また風の如く消えて行った。忙しないのか落ち着き払っているのか判断し難い奴だ。
「でもどうして急にそんな事を言い出したのかしら。あ、違うのよ!お姉ちゃんは別に嫌だからとかそんな理由で質問しているんじゃなくてねっ」
「だって、お姉さまこの頃あの胡散臭い巫女の所ばっかりに行って、フラン、寂しかったから……。だから、お姉さまがフランの事もっと構ってくれるようにって……」
「いいの!いいのよフラン。みなまで言わなくても大丈夫だからっ。御免ね、お姉ちゃんちょっとフランの事考えてなかったね……」
私が恥を忍んで今日の計画を告白していたというのに、何故途中で言葉を被せて来るのか理解に苦しむ。
こんな様だからパチュリーに「デリカシーが無いのよ、貴女」なんて言われて喧嘩になるのだ。
しかし私は今、何故か妙に気分が良いので、外の海よりも広い寛大な心で姉の事を許してやる事にしよう。決して姉の言葉が嬉しかったからだとかそんな不純な理由は微塵もないのでくれぐれも勘違いする事のないように。
「じゃぁお姉さま、時計の鐘が八回鳴る頃まで待っててね!」
「えぇ、お姉ちゃん、今から楽しみにさせて貰うわ」
たまに紅魔館に訪れる白黒の鼠が話していたことから察するに、この幻想郷には決して多くない組の姉妹が存在しており、奇しくもその全ての姉妹関係では妹が姉を日々よろこばせているらしい。ならばそれにならって私も例の愚直な姉をよろこばせても何ら問題はないだろう。
だから先の会話はどこにもおかしい所はないと再認識していただきたい。
そう、唯一の肉親である姉によろこんで欲しい、ただその一心で私は行動をしてきたし、これからもそのつもりだ。私の意思は依然変わらない
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八時までにはまだ時間があると私は時計を見ながらのらりくらりと考える。
しかし「考える」と一言で行ってしまうのは簡単だが私の能力を持ってすれば思考をしつつ、その片手間に別の作業をするという事も存外楽にこなせるのだ。
早い話が禁忌「フォーオブアカインド」。
どうかこれをズルいとは言わないで欲しい事をここで強く押しておく。
又このままだと私も、私の周りにも小規模な混乱が起きる事が予想されるため、目途が付くまでは4人の私を便宜上A、B、C、Dに振り分けさせて貰う失礼を許していただきたい。全ては姉のためなのだ。
Bの私は食事からの流れをどうすべきか考えている。
それはそうだろう、何せ今日はただの夕食では無い。今日というこの日を最上にするためには、それこそ惜しむ努力など欠片も存在はしない。なればこそ段取りというものは、運命を左右するに値するものなのだ。運命を操作する姉に対して言うのも不思議な話だが、とにかくこの項目は重要視した方がいいだろう。
なに、他の技術や知識に関しては関連の書物を読み漁って万全を期している。その場面に直面して狼狽えるという事は万に一つも無い。
そんな事をつらつらと考えている横ではCとDで協力しながら彫金仕事を行っている。
多分これが今回の仕掛けで一番の重労働であろう仕事だ。私としては普段ならこういった作業はしたくはないのだが、まぁ姉に送る指飾りを造るのだから少々力をいれても褒められこそすれ罰が当たるということはあるまい。
心配された装飾品の材料の方も、白黒鼠に頼んだらきっちりと用意してくれた。なんとも綺麗に光沢を見せる鈍色である。
こればかりはその手の奴に頼むしか方法が無かったため、都合が上手くついて万々歳といった所である。
彫金加工の方は、材料が金属の癖に比較的柔らかいという事もあり容易に作業が終わった。腐っても吸血鬼といった所か。
しかし吸血鬼が腐ると種族分類はどうなるのだろうか、興味をそそられる所でもある。
Aの私はB、C、Dとは少し離れて、紅魔館が誇る謹製の調理場へと籠っている。
何といっても私特製のスープを姉に振舞うのだから四人がかりで取り掛かればいいだろうと言われれば、まぁその通りである訳なのだがこういった手料理は一人っきりで作る事にこそ一番の意味があるのではないかと思う私だ。
自分で人数を増やしておきながら都合のいい奴め、と感じる事かも知れないが、全く持ってそうである。
だがそういった都合のよさは私の長所でもあるから、是非、各々の頭の中に「フランドールはご都合主義」の項を追加しておいてほしい。
それに料理という物は気持ちを込めるのが一番大切なのは周知の事実であるし、私も諸手を挙げてそれに賛同したい。
今までは誤魔化してきた所があったが、やはり自分の気持ちには嘘を吐きたくないし、可能ならば今日その気持ちを姉に伝えても構わないだろう。
不倶戴天の意思を全力でもって捻じ曲げ、尚且つ周りの白い視線からも這う這うの体で逃げ出し、しかしありったけの勇気を振り絞ってやっとの事で私自身の本心と向き合うならば、真に認めがたい事だが私は妹という身分でありながら姉の事がきっと好きなのだろう。
喉元過ぎれば、という言葉が書物に載っていたが真っ赤な嘘であるに違いない。
どうしてか、と問われればそれは私の喉元は依然熱いままであり、一向に過ぎる気配が無いからだ。
この言葉を考えた輩は今すぐ私へ謝罪をし、百万弁針を飲めばいいと思う。
無理矢理有耶無耶にした所で、そろそろ料理も仕上げの過程である。私が料理という作業を覚えたのはつい最近の事であるし、故にそこまで難解怪奇な料理には手も足も出なかったが咲夜と一緒に吟味した結果、スープならばなんとかなるだろうとの有難い言葉で今現在の特製スープが出来た訳である。
我ながら事前の練習よりかは数段上手く出来たと自負してもいいぐらいには美味しそうな一品に仕上がった。
しかし真の仕上げはここからである。
咲夜に頼んで手に入れて貰った「モノ」を紙袋から開封する。後はこれをスープに混ぜこみ、味付けとして終わりになる。
幻想郷では手に入りにくいその白い粉を丁寧に計量し、投下して完成だ。少し量が多かった気もするが味音痴かつ頑丈な姉の事、これくらいの誤差は平気だろう。
さぁ、後は咲夜に運んで貰うだけ……。
「おーい、咲夜ー」
「ここに」
相も変わらず素早い給仕だ。この給仕にかかれば誤差などは発生する余地すら許されないのだろう。
「あのね、出来たんだけど……お姉さま、気に入ってくれるかな?」
「気持ちを込めて作られたのでしょう?ならばお嬢様が気に入らない訳がありませんわ」
「うんっ!」
気配りも瀟洒とは、なんと完璧な姉の従者であろうか。今度引き抜きを真剣に考えてみようと思わせる完璧っぷりであることか。
「ではこれは先にお持ちしておきます。フランドール様もお嬢様が5時間前からお待ちですのでお急ぎ願いますわ」
「わかった、直ぐ行くね!」
まったく、逸る気持ちという奴は何年経っても抑えられない物である。だが、たまにはこんなドキドキもいいものだ。
なにせ唯一の肉親である姉によろこんで欲しい、ただその一心で私は行動をしてきたのだから……。成就はすぐそこまで見えている。
□
私が刻限になったあたりで姉の部屋に向かうと、既に食事の準備が整っていた。大方咲夜あたりが手際良くやってのけたのだろう。
そんな中、私の姉が待ち侘びた顔をして席に腰掛けていた。尻尾があったのなら元気よく左右に動いているに違いない。
「お姉さま、今日はこんな素敵な晩餐会を開いてくれて有難う!」
「いいえ、お礼を言うのは私の方だわ。あぁ、フランと二人っきりの食事なんていつぶりかしらね、フフッ」
本当に何年ぶりであろうか。といっても私は覚えているのだが、まぁここで口にすることも無いだろう。3年足らずの年月など吸血鬼の私からしてみれば些細なものにしか過ぎない。
「でもこんな所で本当に良かったのかしら?何も私の部屋じゃなくても、我が紅魔館が誇る絢爛なホールだってあるのよ?そこに妖精給仕たちを大勢列柱させて……」
「ううん、いいの。フランね、お姉さまと二人っきりになりたかったから」
「はぁぅっ!」
感動で咽び泣いている所に悪いが流石に大袈裟すぎやしないだろうか。これが演技でなければ、大変御しやすい姉だと思う。勿論演技では無いのだろうから困りものだ。妹として些か心配でもある。
「今日は巫女にも咲夜にも邪魔はさせないんだっ。お姉さまは私のお姉さまなんだからねっ!」
「ちょ、ちょっとフラン、もう少し手加減して褒めてくれないとお姉ちゃん死んじゃう……っ」
「えー、全部本当の事だよー」
「そ、それよりもお姉ちゃん、フランのお料理が食べたいなーなんて」
そうだ、姉との会話が楽しすぎて自分を見失っていた。危うくカリスマをかなぐり捨てる所だったか。
「うんいいよ。どうぞ召し上がれ」
私が言ったが早いか、上品にスープへと手を付け始める姉。その仕草には隠しきれない品性が見え隠れしている。流石は紅魔館の主、伊達ではない。
しかしこの時間を晩餐会とは呼んでいるが、それはあまりにも貧相なものである事を隠し通せはしないだろう。
豪奢な会場は無く、ここは姉の私室兼寝室であり、私が咲夜と姉に無理を言ってここで開かせた。こういった心理は妹ならば誰しもが思うはずだ。だが視界の隅にベッドがちらつくのを見ると、その心理も若干揺らぐ。
また、料理に関しても私が作ったスープと、付け合せ程度のサラダが一品づつ。お世辞にも豪華とは言い難い。けれども姉はその事に僅かの文句も言わずに受け入れてくれている。こんな姉の姿を見れるだけでもそれだけで妹冥利に尽きるというものだ。苦労して料理を仕込んだ甲斐があった。
「お姉さま、スープはまだまだあるからね」
そうなのだ、私とした事が少々取り乱してしまったがために量を用意しすぎてしまった。
半月も前から準備していたという事が私を少なからず衝動的に駆り立てたようである。賢い先達の皆々ならば斯様の通り、こういった気持ちはおよそ青春と呼称される過去に置いてきたのであろうが、やっかみを恐れずに言えば私は今がその時なのだ。
躍進する気持ちは常に忘れず、目標には最大の努力とあらゆる手段を持ってして到達しなければならない。
酷くくどい言い方になってしまったが、要するにはしゃいでしまった自分への言い訳である。
それにしても指輪を姉に渡す頃合いはそろそろだろうか。
折角私の感謝の気持ちを丹精に込めて造り上げたのだから、出来ることであれば受け取っては欲しいのだがこの要件に関しては完全に私の心の進退一つである。
一番の当事者の姉は、呑気にも只管に私手製のスープを頬張っており、傍から見ればちょっとした狂気すら孕んでいるかのようにも見えなくもない。
そんな姉の勇姿を見せつけられては、妹としても塞ぎこむ訳にはいくまい。私は但力を総動員して自身を奮い立たせる事とする。
「あのねっ、お姉さま!」
席から勢いよく立ち上がったためにテーブルの上のコップが絨毯に落下し、私と姉の周りに透明の染みを浮き出させる。
普段なら咲夜が傍にいるためコップが床に落ちる事すらあり得ない事であったが、今回は姉妹水入らずのため給仕の介入はどれだけ待っても期待できなかった。
「ほむ……はふはふ……、うんっ?」
「フランね、お姉さまに大事なお話があるんだけど……」
「ごくんっ。何かしら、急に改まっちゃって」
あぁもう、この世界がぐるりと一回転してもこの姉は気付くことは無いだろう、確実に。
こんな雰囲気になれば常人ならば嫌でも気が付く事必至な状況に、いまだ勘づく事無く私と相対している。だがそんな愚鈍な所があったからこそ今の今まで上手く段取りが進んだのだろうが。こんなにも無警戒ならば、これからは外に出す事を阻止するべきだろうか。
「えっとね、お姉さまに贈り物。はいっ!」
「……えっ」
唯の阿呆の如く口をあんぐりと開けている姉の手を取り、握りしめる。
「お姉さま、受け取って……くれる?それともやっぱりフランのじゃ、嫌かな……」
「もぅ、フランったらそんな事を言うためだけにこんな機会を申し出たっていうの?」
「ご、ごめんなさ……」
「馬鹿ね、誰が受け取らないっていったの。憎らしくて憎らしくて、愛しい私の妹が造ったのでしょう?例え世界が引っくり返ったとしても、神が私達姉妹の仲を引き裂こうとしても私は持てる全てを尽くして受け取るわ」
「お姉さまっ……!」
姉はそんな、歯が浮いて二度と閉じれなくなるような台詞を吐いて私が造った指輪を嵌めようとする。
その仕草は正に紅魔館当主としての気品と優雅さを備えた、流れるような動きだった。しかし足腰は嬉しさか、はたまた余りの感動のためかは理解の及ぶ所ではないが微妙に小刻みに震えている。頭隠して尻隠さずとは姉の為にあるような言葉だろう。
まったく、変な所で恰好を付けたがるんだから。
だからパチュリーと子供染みた事で喧嘩するのだ。
だから咲夜に毎回起こして貰わないと起きれないのだ。
だから門番に子ども扱いされるのだ。
だから―――に付け込まれるのだ。
どうしようもなく間抜けで愛らしく愛おしい私の姉。レミリア。お姉さま。
「はれっ?」
姉がその左の中指に指輪を通そうか、という時に姉がおかしな声を出して床へ崩れ落ちた。
そのおり、体勢を崩した姉の肘がテーブルにいまだ鎮座していた皿にぶつかり、中身の「オニオンスープ」がテーブル上に飛び散る。
「もぅ、お姉さまったら仕方無いんだからー。ほら、つけるのは薬指、でしょう?」
「えっ?」
どこまでも底抜けに間抜けな姉は、あろう事か左手の薬指では無く中指に通そうとしていた。
仕方が無い姉だ、と目を瞑り「銀製」の指輪を薬指に通してやる。
「夫婦になるんだったら、通すのはこの指じゃない。お姉さま、私物知りでしょう?」
「ぁぅぁぅ……」
間違えてしまった事が相当恥ずかしいらしく、言葉にならない言葉が姉の口の中で紡がれる。
「ふ、ふらん、おち、落ち着いて……」
「あっ、お姉さま危ない!床に「水」が零れているよー」
その通り、先ほど不覚にも零してしまったコップの水が筋を描いて流れ、まるで行先を示すかの如くベッドまでの道を作り出している。
「は、はわわぁ……」
「フランね、お姉さまと仲良くなるにはどうしたらいいかって誰かに聞いたの。そしたらその誰かがこうすれば絶対に仲良くなれる!って言っていたから頑張ってみたんだけど……。お姉さまによろこんでもらえてフラン、安心したっ!」
確かこの後はあの誰かは何と行っていたか。そうだ、次は。
「さ、お姉さまフランがベッドに連れてってあげるね!」
「ちょっ、ふりゃんおちついてっ……」
「大丈夫、安心してお姉さま。フラン御本をたくさん読んで勉強したから!」
そう、なんのために半月の時間を掛けて勉強したのか。
全ては、唯一の肉親である姉に「悦んで」欲しい、ただその一心で私は行動をしてきたし、これからは永遠に一緒……。
□
「いーっぱいお姉さまの事、よろこばせてあげるからねっ!」
ベッドに雪崩れる前に見た姉の顔は林檎の様に真っ赤に染まっていた。
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その後紅魔館の当主が代わったという噂が実しやかに幻想郷を駆け巡ったとかなんとか。
しかし、それと無関係に個人的な嗜好により、採点させてもらいました。
フラレミ?全生物におけるセントラルドグマですね。
姉受けは私にとって希望の光そのものです。ばっちこーい!
個人的にはこの遠回しのような書き方は面白いと感じましたです。
ま、そんな事よりも秋姉妹はお持ち帰りしていきますがね(´∀`)
言っていたか?
ちょいドキドキしながら読ませて貰いました
姉妹百合は宇宙の心理
とても素晴らしいお話でした
良かったです。