※原作より前の話。鬼が妖怪の山を去ったばかりの頃。オリ設定ありますのでご注意を。
― やさしい風 ―
「そこの河童のお嬢さん」
穏やかな川の流れにしゃがみ込んでいる青色の髪の少女に声がかかる。
突然話しかけられた彼女は、手にしていた胡瓜でわたわたとお手玉を披露した。
きょろきょろと辺りを確認するも声の主を見とめられず、ここですよという声に誘われて木の上を見上げると、太めの枝に腰を下ろした少女が川の中の少女を見降ろしていた。
「て、天狗様!」
「そうです、天狗です。鴉天狗の清く正しい射命丸ですよ。」
射命丸と名乗った木の上の少女はうんうんと頷く。
「またいらしたんですか。ここは河童の住処ですよ、天狗様のいらっしゃるところでは……」
「いいんですよ、私は新聞記者ですから。ところで、あなたの名前は……ええと」
「にとりです!河童の河城にとり!!これで自己紹介は何回目ですか!」
「あやや、これは失礼。ま、河童の顔も3度というでしょう。」
「それを言うなら’仏の顔’です!ついでに今回で5回目です!!」
「ああ、貴女は本当にいい反応をしますねー。最高ですよ、にとりさん。」
肩を落とすにとりとは対照に文は愉快そうにカメラを構え、シャッターを切る。
にとりはどこか諦めた様子で今日は何を直せばいいんですか、と半ば投げやりに文へ用件を尋ねる。
文がにとりの元へやってくるのは暇つぶしににとりをからかうか、カメラや珍しいカラクリ、機械の修理が主だ。
後者の場合はにとりの趣味でもあるので、いつであろうと歓迎するのだが、前者はあまり好ましいものではない。
鬼が山を去ってまだそう経っていないが、山の最高権力者であった鬼に代わり、現在は天狗がその地位に就いている。
その天狗の中にも、天魔を頭として様々な種族がある。山の実権を握る天狗もいれば、にとり達のような地位の低い妖怪と同等の地位しか持たない天狗もいる。
にとりをからかいに来る射命丸文という天狗は、天狗の中でも中堅に位置する鴉天狗だ。
そんな御山の権力者である鴉天狗にからかわれるのが習慣になっているとはいえ、文以外の天狗に自分の文に対する無礼な振る舞いを目撃されてはたまったものではない。
「今日は修理のお願いではないんですよ。ちょっとにとりさんに聞きたいことがありまして。」
「聞きたいこと?」
メモ帳を開き、文は楽しそうに口を開く。
「にとりさんは最近、哨戒の者達と将棋を指していると聞きまして。」
「哨戒?ああ、白狼天狗たちのこと?」
にとりが’白狼天狗’と答えた瞬間に、文は宝物を見つけた子供のように、にんまりと効果音のつくような笑顔を返した。
「そうです、白狼天狗!住処は何処なのでしょうか、普段はどこで哨戒の任に就いているのでしょうか。にとりさん、ご存じですか?」
「え?射命丸さんは知らないんですか?同じ天狗なのに」
同族の住処も仕事場も知らないという文に、にとりは驚きを隠せない。仲間意識の強いはずの天狗が、仲間のことを知らないというのだ。
そんなにとりを見、文は葉団扇で口元を隠し、仕方ありませんねとでもいうような調子で返答する。その表情は笑顔のまま。
「ええ、仲間ですよ。種族、社会としては。地を這いまわる低俗な哨戒なんぞに、我々鴉天狗は興味がないだけです。」
「なっ……」
「……と、いうのが鴉天狗の一般的な感情でして。私としては千里眼を持つ白狼天狗に興味があるのですが、なかなか私の仲間達は教えてくれないのです。」
「む、難しいんですね、天狗様の社会は」
「教えてくれないというのであれば、ますます知りたくなるのが記者の性でしょう。」
「で、でも射命丸さんなら、ぴゅーっと空に上がって見つけてしまえばいいのでは?」
「それができていたのなら、私はここに寄り道などしませんよ。白狼天狗は目と鼻が利きます。私が見つける前に、哨戒達は身を隠すんですよ。」
そう言った文の様子はどこかイライラしているようだった。幻想郷最速の名に於いて、取材対象から逃げられるというのは、鴉天狗としても記者としても我慢ならないものである。
「でもなんで隠れてしまうんでしょうか、私と会うときは向こうから声をかけてくるのに。」
「それは簡単ですよ、私が鴉天狗だからです。」
「それはどういう……」
「にとりさん、あなたは鬼に会いたいと思いますか?」
「え?そ、それはちょっと」
「でしょう?そして、それは何故ですか」
「えーと、何より怖いし、山の決まりで鬼と出会ったときは、頭を下げて顔を上げちゃいけなかったから?」
「そういうことです。」
「うへぇ……その慣習って、天狗様達が一番嫌ってたじゃないですか。」
「……立場が変われば考えも変わるものですよ。」
文は面白くなさそう顔を顰める。面白くはないですね、と静かに零した声は木々にざわめきに掻き消され、にとりには聞き取ることができなかった。
「九天の滝、ですか。」
天狗社会での身分差の話を聞いた後ではあるが、にとりは、普段白狼天狗達と将棋を興じる場所や時間を文に話していた。
白狼天狗達と同じく地位の低い妖怪である河童としては、鴉天狗から身を隠そうとする彼らの気持ちはよくわかるし、できることなら庇ってあげたいと思いはするのだが
さらさらとペンが紙の上を走る音が心地良いな、と思いつつ、にとりは文なら大丈夫ではないかと考えていた。
勿論確信などありはしない。河童である自分に対しても良く言えば友好的である文ならば、と思っただけにすぎない。
「射命丸さんは、河童ごときの言葉を信じてくれるんですか。」
楽しそうにペンを走らせる文に、にとりは小さく問いかける。
天狗達はいつだって、河童の発明を鼻で笑う。成功品もあるが、それよりも遥かに失敗品の方が多いのだから仕方ないと仲間達は諦めている。
しかし、エンジニアとしての河童という一族を誇りに思っているにとりには、「河童の戯言か」と天狗達に笑われる度に’悔しい’という言葉で表せない思いが心を蝕むのだ。
昔、仲間達に悔しくはないのか、見返してやろうという気持ちはないのかと仲間達に問うたことがある。
その時の仲間達からの答えは『にとりは頑固な変わり者』というものだった。
それ以来、別に疎まれているというわけではないのだが、なんとなく居辛さを感じて、にとりは仲間達の集落よりも少し離れた川沿いに家を移した。
自分を信用してくれる者など、その時には両手で数えられるほどしかいなかったからだ。
「はい、信じますよ。にとりさんは大切な情報提供者です。」
「適当なことをいっているのかもしれませんよ。」
「貴女からの情報が間違いだったとしたら、それは私の取材能力不足ですね。しかし、私はそんなヘマをするような三流記者ではありませんから。」
にやりと口元を歪ませ、自信たっぷりに言葉を続ける。
「私は伝統のブン屋です。私は私の取材能力を信じています。だからあなたの情報も真実なのですよ!」
堂々と言い放った文に、にとりは全身の力が抜けるようだった。自然と笑みが零れる。
「あはは、なんですかそれ。とても滅茶苦茶で素敵な理論ですね。」
「ええ、素敵でしょう?それでは、九天の滝までの御供をお願いしますね。」
「……え゛」
「先日にとりさんに作ってもらったカメラも試したいんですから。発明者がついて来なくては、客の要望に応えることはできませんよ。」
早くしてください、と先に歩を進める文の背中を見、にとりは小さく笑った。
ああ、嬉しい。こんな気持ちは久しぶりだ、と。
「それで、九天の滝で哨戒の任に就いている白狼天狗の数は?」
「ええと、正確な数はわからないけど、片手で数えられるくらいしかいないと思います。」
「少数での交代制なんですね。ふむ、道理で見つけにくいわけだ。狼らしく、もっと群れているのかと思っていたのですが。」
「それだと任務の効率が悪いですよ。」
暫く歩くと、ひんやりとした空気と共に地鳴りのような音が文とにとりを迎える。
大量の水を滝壺へと落とす大瀑布は、太陽の光を受けてきらきらと輝く水滴を振りまく。
見慣れた風景だと感じるにとりとは違い、文は立ち止り、少しの間滝を眺め、カメラを構えた。
「下から見る大瀑布というのもなかなかいいですね。視点によってこうも見え方が違うとは、面白いです。」
カシャ、とシャッターが切れる音をにとりは楽しそうに聞いていた。
「着きました。ちょっと待っていてください、よく将棋の相手になってくれる子を呼んできます。」
そう言い残し、にとりが滝の裏側へと続く細道を駆けていく。
その後ろ姿を見送った後、文は大瀑布の作りだす冷たい風と風景を楽しんでいた。
暫く大瀑布を目で肌で楽しんでいた文だったが、背後に気配を感じ、振り返る。
するとそこには、白髪に獣の耳と尾を持ち、文が身につけているものとよく似た頭巾を被り、山伏のような装束に身を包んだ若い白狼天狗がいた。
文の姿を確認した途端、はっとして地面に伏せた彼女を、文は冷めた目で見つめる。
そう間を置かずに、滝の裏からにとりが別の白狼天狗を連れて出てきた。
その白狼天狗も、茂みから現れた者と同じように、文の姿を確認すると、片膝を地面について頭を下げた。
「にとりさん、これで全員ですか?」
「え?う、うん。中にいたのはこの子だけ。多分そっちの子は交代に来たんじゃないかな。」
「そうですか。さて御二方、ちょっとお時間をいただけますか?」
それを聞いて、茂みから現れた方の白狼がびくりと肩を震わせる。
驚かせた時のにとりと同じような反応を見せる彼女に、文は興味が湧き、そちらに歩みを進めた。
一歩、また一歩と近づく度に肩を震わせる白狼天狗の様子を面白く感じた、のだが
「鴉天狗様、発言を許可願えますでしょうか。」
にとりが連れてきた方の白狼天狗が口を開いた。文はそちらへ向き直し、構いませんよと返す。
先ほどまで震えていた彼女は、緊張から解放されほっと息を吐いた。
「あなた、名前は?」
「はっ。白狼天狗の犬走椛と申します。九天大瀑布にて、大天狗様より哨戒の任を与えられ、この十一番隊の隊長を務めております。」
「隊長さんでしたか、これは失礼。私は射命丸文、新聞記者です。よろしくお願いしますね。」
張り付けたような笑顔で、文は椛へと歩み寄り、手を差し伸べる。しかし、その手が握り返されることはなかった。
「失礼を承知で申し上げます。鴉天狗様、我々は大天狗様より命じられた大事な哨戒の任の最中でございます。にとりから事情は伺っておりますが……」
「ほう、邪魔だと?」
「そこまでは申しません。しかし、一度御約束をされてからであれば、我々も準備ができ、このような失礼なおもてなしにはなりません故。」
「おもてなしなどいりませんよ。私はただ取材させてほしいだけです。」
「お言葉ですが、我々の任務にも守るべき掟というものがあります。」
臆さず顔を上げ、そう言い放った椛という白狼天狗を文はじっと見つめた。
茂みから出てきた方とは違い、耳をピンと立て、白髪は短く、凛とした眼差しで文を見据えていた。
それを見て、葉団扇で口元を隠し、文はにやりと笑う。
「そうですか、しかし、なぜ鴉天狗である私が狗賓なんぞの予定を窺う真似をしなくてはならないのですか?」
「申し訳ありません。」
「しかたがありませんねぇ。それでは、あなたのご予定はいつならよろしいのか、私めに教えていただけます?」
「……明日の午後であれば。」
「わかりました。では、明日の午後、御山の上にある大杉でお待ちしています。」
わざとらしく恭しい態度をとる文とは対照的に、椛は表情こそ変えないものの、拳を強く握りしめ、何かに耐えるようだった。
そんな空気の中、にとりは気まずそうに立ち竦む。
いつも友好的な文が、なぜか挑発的な態度を取り、友人の椛は悔しさに右手が赤くなるほどに拳を握りしめているのだ。
こんなことになるなんて、なんとかしなくてはとにとりが内心焦る内に、再び椛が口を開いた。
僅かに怒りという感情を孕んだ声色で。
「申し訳ありません。ご存じかとは思いますが、我々白狼天狗は、大天狗様のご用命を賜る以外に御山の上へと行くことを許されておりません。」
「ああ、そうでした。すっかり忘れていました。では、私がこちらの大瀑布まで来ますから。その後、大事な任務とやらに邪魔にならないところでお話しを聞かせてくださいね。」
「はっ。ご無礼をお許しください。」
「いえいえ、無礼だなどとおもっていませんよ。それでは、明日を楽しみにしています。」
「しゃ、射命丸さん!」
「あやや、にとりさん。今日はありがとうございました。それではこれで失礼しますね。」
「ちょ、待ってください!!」
にとりが文に手を伸ばした瞬間には、すでに文の姿はなく、小さな旋風のみが文のいた場所を舞う。
残されたにとりは、すっと立ち上がった友人の顔を覗き込む。
いまだに伏せたままだった部下に任務に戻るよう命じ、椛はにとりの方へ向き直った。
その表情には、はっきりと怒気が露わとなっている。
「にとり、なんで鴉天狗なんか連れてきたの。」
「さ、さっきの射命丸さんはなんかおかしかったよ……ふ、普段は……優しく、はないけど悪い人じゃないんだ。」
「柄の問題じゃないよ。鴉天狗達は、私達を見下してバカにしている。例外なくね。」
「で、でも射命丸さんはそういう風習とか気にしないし。」
「さっきのアレを見てなかったの?」
「う……見てた、けど」
普段は優しい椛が牙を剥き出して憤慨する姿にたじろきつつもにとりは言葉を続ける。
文に悪意があったとは、どうしても思えなかったのだ。
「射命丸さんは、私みたいな河童の言葉だって聞いてくれる。私の発明品を喜んで使ってくれる。あの鴉天狗がだよ?そんな射命丸さんがあんな態度取ったのにはなにか理由があるんだよ、椛。」
「……理由って、何。」
「ご、ごめん。わかんない。」
「もういいよ、にとりは悪くない。怒ったりしてごめん。」
「いいよ、気にしないから。」
気まずさに背中を押され、にとりは椛に別れを告げて家路につく。
歩きなれた道が、今のにとりには長く、暗く感じられた。先ほどの射命丸の豹変ぶりを思い出すたびに足取りが重くなる。
裏切られたような気分だ。
御山で地位の低い河童、その中でも変わり者扱いのにとりに対して、気兼ねなく話しかけ、発明にも耳を傾け、意見すらしてくれる。そんな、御山の天狗らしくない自由な文に感謝と、僅かばかりの憧れをにとりは抱いていた。
なのに―――。
視界が潤むのを感じて、にとりは空を仰ぎ、ぐっと歯を噛みしめ零れそうになる悲しみを堪えた。
真夏の太陽が、うんざりするような暑さを幻想郷中に振り撒いている。
椛は比較的日差しの強くない午前の任務を終え、午後から任務に就く部下達に冷えた水を配っていた。ありがとうございます、と元気に礼を言う部下達に後ろ髪を引かれる思いで九天の滝裏にある洞窟を後にする。
(できることなら、このまま午後もここにいたい。)
大天狗から与えられた任務に誇りを持っているからというのもあるが、なにせ今から昨日の鴉天狗の取材に付き合わされるのだ。それなら真昼の太陽のもとで喉を渇かせるほうがずっとマシなのに。
そう考える椛の白い尾は元気なく垂れている。
「……お早いですね。」
「あやや?気付かれていましたか。流石は白狼天狗、鼻が利きますね。」
九天の滝からそう離れていない場所で、椛は斜め上空を見上げるとそこには文がメモを取りつつ、感情の薄い笑みを浮かべていた。白狼天狗は嗅覚が優れている、などと呟きながらペンを走らせている。
椛はさっと膝を付き、頭垂れた。
「鴉天狗様、まずは昨日の非礼、お詫び申し上げます。そして、本日はご足労いただきありごとうございます。」
「非礼とは何のことでしょうか。まあいいです、どこか涼めるところに移動しましょう、こう暑いと満足な取材もできませんし。」
「で、では……」
「そうだ!にとりさんのとこに行きましょう!あそこは川の近くですから涼しいですし、なによりお茶が出ますから。」
「へ?あ、ちょ……なにをうわあああああああああああ!!!」
ごうと風の音を立てて、文は椛の手首を掴み、にとりの住む川辺へと向かって加速する。
狼から転じた身であるとはいえ、椛も文と同じ天狗という種族であるため、他の妖怪と比べれば空を飛ぶのも、地を駆けるのも速い部類に入る。しかし、幻想郷最速といわれる鴉天狗のそれと比べることはできない。
椛が文に手首を掴まれたことに気付く頃には、生まれて数百年、今まで感じたことのない速さと生じる風圧に悲鳴を上げることしかできなくなっていた。
川の辺に木造の小屋がある。川辺の大木の傍にひっそりと佇むそれは、一人分の住居としてはやや大きい。入口にある木製の看板には‘河城工房‘と記してあった。
時刻は午の刻を過ぎた頃だろうか、普段であれば河城工房からは鉄を打ち付ける音が響いたり、煙突から煙が立ち上っているのだが、この日は音も、煙もなにもない。家主であるにとりの性格と同じく、いつも賑やかな工房は完全に沈黙していた。
昼の日差しが窓から差し込んでいる。
にとりはいつものように作業台についているが、作りかけの発明品と工具をばら撒いたまま、力のない目で台の上のそれらを見つめているだけだった。
「はぁ……椛、怒ってるかな。射命丸さんにも会い辛いなぁ。」
昨日のたった数時間の出来事がにとりの心を引きずっていた。自分の軽率な行動への罪悪感で心どころか体まで重く感じられる。
「うじうじしてても仕方ないか。椛には明日もう一回謝ろう。射命丸さんは……いつも通りで大丈夫かな。」
何度目かわからなくなった溜息を吐いて、重い腰を上げようとした瞬間、家の外で風の音がした。窓がガタガタと揺れる。今日は快晴、嵐など来る気配はない。そうなると、にとりの脳裏に文の顔が浮かぶ。
「射命丸さんですか?」
扉を開けると、夏の日差しがにとりの肌をじりじりと刺激した。今まで暗い部屋で落ち込んでいたにとりの目は眩み、慣れるのに時間がかかる。
「あやや、にとりさん!こんにちは。」
「げほっげほっ……う」
「情けないですねぇ、椛さん。もしかして飛び方をご存じでなかったのですか。」
「……じゅ、準備というものを考えていただきたい!まったく、なんて乱暴な……」
声を荒げたところで、はっとして椛は謝罪の言葉を述べた。
「も、申し訳ありません。気が動転していたとはいえ、鴉天狗様に暴言を。」
「いえいえ。そのくらいでないと面白くありません。その肩がこるような話し方はやめてください。それから、わたしの名前は‘射命丸文’です。‘鴉天狗様’ではありません。」
「は、はあ。これは失礼致しました。射命丸様。」
「話し方。それから、下の名前でかまいませんよ。私も椛さんを下の名前で呼んでいますから。」
「申し訳……じゃなくて、すみません。え、えーと、文、様。」
文様と呼ばれて、少しだけ不満そうだった文だが、まあいいかと諦めて、呆然と天狗達のやり取りを見ていたにとりの元へ駆けよる。
椛はそんな文の後ろ姿を見、けほ、と一度だけ咳をした。
「え、えと。こんにちは、射命丸さん。今日もお元気ですね。」
「はい!記者は体が資本ですから。ところでにとりさん、今から椛さんに取材を行いたいのですが、今日はこの天気です。いくら妖怪といはいえ、辛いものがあります。そうは思いませんか。」
「……嫌な予感しかしません。」
「思いませんか?」
感情の籠りを感じさせない笑みで返答を求める文、その後ろで呆気にとられつつ、心なしか笑っているように見える椛を見て、にとりは先ほどまで自分の心を引きずりまわしていた重しが離れていくのを感じた。
「思います。……それじゃ、お二人とも、お茶でもいかがですか。」
「流石はにとりさん!私の友人です。」
「に、にとり……いいの?」
してやったりとでも言いたげな笑顔の文と申し訳なさそうに眉を下げる椛を交互に見、にとりは楽しそうにふふっと笑ってみせる。
「いいんだよ椛。なんたって私は射命丸さんと椛の‘友達’だからね!」
ああ、楽しいなぁ。にとりは静かに心の中でそう呟いた。
真夏の日差しは相も変わらず肌を刺すような日差しを振りまいている。
大木の下はじめじめとした不快感をもたらしている。
文は一つ背伸びをして、文花帳を取り出し、昨晩考えた取材内容を確認しつつ、河城工房の看板を潜った。
椛は律儀に「お邪魔します」と言ってから、文の後に続く。
数時間後、河城工房からは楽しそうな、時折怒ったような声が聞えだし、煙突からは煙が立ち上っていた。
真夏の日はいつまでも、いつまでも天上に留まっているような日だった。
にとりがなんか和む…
山の社会のことを詳しく書いてるのがおもしろそうな前フリ に思えるだけに余計に
読みやすい文章、期待感を募らせる展開、優しい物語。
どれをとっても面白かったからこそ、そこで終わってしまったのが残念です。
今後書かれるということでしたら、今度こそ百点!とさせていただきたく、今回はこの点数で。
各キャラクターも魅力的に描かれていて、先の展開が気になります。
ただ、やっぱりシリーズものの一話目だけを読んでしまったような印象
なのが残念です。
せめて、椛と対面したとき文の態度が豹変した理由を明かしてほしかっ
たです。
なので、期待度としては100点なのですが、今回は半分ということで