Coolier - 新生・東方創想話

シーカー 前編

2011/06/10 00:29:58
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注意
これは拙作『マスカレード』の続編になります。
先に『マスカレード』を読むことを強くお勧めします。







最近、姉がぐっときれいになった。
妹だからと言うひいき目もあるかもしれないが、時折り同性の自分でもドキッとさせられることがある。
メルラン=プリズムリバーはソファーに座りながらそう考えていた。
そして姉のルナサ=プリズムリバーは愛用のバイオリンの調整をしている。弦を弾く音が時々鳴るだけで部屋の中は静かなものであった。

今彼女たちがいるのはプリズムリバー亭。その館は外観はぼろ屋敷、けれど中はある程度整っている感じの西洋の館である。床は歩くと軋むが穴は空いていない。
玄関を入ると二階まで吹き抜けているリビング兼ホールが特徴である。そこに二人はいた。
メルランは三人が座れるくらいのところに肘掛にもたれ体を横に崩しながら姉をじっと見ている。その対面にいる姉はもたれている妹の視線に全く気づかずに一人がけのソファーに座っている。

「………」
黙々と調整を続けるルナサ。表情を全く変えず口も挟まないその姿勢はまるで職人そのものであった。
こうなっては話しかけにくい。そう思うメルランは末の妹が遊びに言ったのが恨めしく思えた。
別に彼女もどこかに行ってもよいのだが、姉の観察をする方を選んだのだ。

「………メルラン。退屈だったらどこか遊びに行ってもいいのよ。家のことは私がしておくから」
「あ、いいの。私はここにいる方が好きだから。姉さんこそ私が気になるなら部屋に戻るけど」
「ううん。気にならないわ。大丈夫よ」
静かに微笑むルナサ。メルランはドキッとした。
こういうときがある。この瞬間が見ていたいからこそ彼女はここを選んだのだ。その選択は間違っていなかった。
姉は変わった。それは嬉しくもあり寂しくもある。
月並みだがそれがメルランには複雑であった。





シーカー 前編








ルナサが変わったのは昨年の秋ごろ。
プリズムリバーの音楽の幅を広げようと考えていた時期であった。具体的にはルナサが鬱を反映する『静の音』に加えて『ハッピーな音』を習得しようと考えていた。
そのために姉妹は考えた。その末に出たのが姉に恋をさせようとことであった。
もちろんそれは真剣な恋愛ではなく、擬似的にお付き合いしてもらうことである。言うなれば『恋愛ごっこ』であった。

その相手として白羽の矢が立ったのは魔法の森に住む道具屋の店主、森近 霖之助であった。最初、この話を持ちかけたときは渋い顔をしていたが、ルナサの独奏会を条件に引き受けてもらった。

期限は1週間。
結果から言えば、大成功であった。ルナサはハッピーな音を奏でれるようになったのだ。まさかあっさりと上手くいくとは思っていなかったメルランと末のリリカ=プリズムリバーは拍子抜けであった。

と言うのも、ここの道具屋が大変偏屈屋で話をする距離感が掴みにくい男である。
また自分の姉の悪口を言うのも失礼なのだが、ルナサもまた距離感を掴みにくい存在であった。だから、この二人の組み合わせはかみ合わない、それが二人の予想であった。
それでもこの男を姉の恋人に見立てたのは、枯れていそうだったからだ。何がとは言わせない。







あらましはそんな感じである。
現在、ルナサは霖之助と良好な関係が続いていた。週に二、三回は彼の元に向かう。炊事や洗濯に甲斐甲斐しく励む様はまさに通い妻であった。
秋に付き合いだし、現在、交際6ヶ月が過ぎようとしている。半年なんてものはあっという間である。



姉はきれいになった。
お世辞ではなく本当にきれいになった。魅力的であった。
メルランは毎日同じ感想を抱いていた。これが恋する乙女の有様なのかと。

「姉さん。最近、あの人とどう?」
『どう』の言葉には色々な意味が込められている。順調なのか、倦怠に入っているのか、格好良いと思うのかダサいところがあるのかなどなど。メルランはどんな言葉を返してくれるのかわくわくする。

「素敵よ、うふふふふ……」
(素敵ときたかぁ)
嬉しそうに、そして恥ずかしそうに頬を染めながら話すルナサ。バイオリンを調整している手も止まりもじもじとスカートのすそをいじくる様はにやついて仕方なかった。
もしこの場にリリカがいたら嫌味の一言くらい口に挟んでいただろう。

「それは良かったわね、姉さん」
メルランは無難な言葉で締めくくった。もし、続きを促すような言葉を紡いだが最後。砂糖地獄に落ちかねないからである。
彼女はそんな打算的な考えを持ちつつ再び姉の方に目を向けた。少しは落ち着いたかと見計らいながらのタイミングである。
しかし、そこには先ほどと様子が違う姉がいた。何故か、俯き気味であった。

「姉さん?」
笑みは消えていた。いつの間にか変わっていた表情にメルランは心配そうに覗き込む。
ルナサがぽつりと口を開いた。

「素敵なのよ、あの人………………でも」
「でも?」
「…………」
口を閉じるルナサ。言いにくいのか、何度も口を開こうとするが声は出て来ない。
メルランは彼女が言うまでじっと待っていた。
暫し、無言がリビングを包んでいたがようやくルナサが重い口を開いた。

「………笑わない?」
「笑わないわ」
「………してくれないの」
「え? ごめん、もうちょっと大きめで」
「キス……してくれないの」
「はぁ?」
姉の言葉を聞いてメルランは素っ頓狂な声をあげた。
何深刻に話そうとするのかと思えば、キスときたものだ。てっきり、あの日が来なくなったとかもっと重めの話がくるのではと内心、彼女は心臓をばくばくさせていた。
と言うか、6ヶ月もたってまだキスがないなんて、どんだけお子様なのだろうかと失礼な考えを持つメルラン。しかし、これは姉にとっては重要なことなのだろうと考えを改めさせられた。

ルナサの方を見ると、俯き気味は変わっていないものの顔は真っ赤になっているのが見える。もう桃を通り越してトマトみたいであった。よほど発言が恥ずかしかったのか耳や首まで赤い。

(それもそうよね。姉さんにとってあの人が初めての恋人だもんね)
メルランは髪を軽くかき上げながらどうしたものかと悩んだ。

「ねぇ、メルラン。私、わかんないんだけど、まだ半年じゃあ早すぎるのかな……?」
「うっ……」
メルランは言葉を詰まらせた。
なぜならルナサが顔を上げたとき、彼女の顔にくらっときたからである。頬の赤さはそのまま、いつの間にか目には涙を溜めていた。今にも零れそうなくらいふるふると震わせながら妹に伺う姉のその様子。メルランは不覚にも同性で家族なのにときめいてしまった。

「ねぇ?」
最近、姉はきれいになった。
すごく魅力的になった。抱きたいほどきれいになった。そう思わずにはいられなかった。







「えー、では第259回プリズムリバー妹会議を始めたいと思います」
「お題は?」
「ルナサ姉さんと霖之助さんをどうやったらキスさせることができるか、よ。これ、結構真面目な話なんで茶々は入れないようにね」
「了解」
夜。
メルランは外から戻ってきたリリカを部屋に招きいれ、早速姉のために腕を振るうことにした。

「はい」
「何かしら、リリカ?」
「原因はなんだと思いますか?」
「そうね。私が思うに、姉さんは元々奥手じゃない。だから雰囲気が作れないのじゃないかしら」
「だったら、店主の方にも問題があるんじゃないかな。だって知っての通り、あの人は偏屈屋でしょ。あの人こそ雰囲気を作らせないようにしているんじゃないかな」
「なるほど」
メルランはリリカの意見に同意しながら用意してあったメモ用紙に発言を記録していく。後で作戦を練るために必要だからだ。

「それに、場所が悪いわ。あそこって陰気くさいじゃない。わけの判らない道具ばっかが置いてあるところじゃロマンチックもへったくれもないと思うの」
「あら、それには反対だわ。初めてのキスなのよ。誰にも邪魔されない場所であるべきだわ。それなら彼の部屋の中で、愛する人の腕に抱かれながらっていうほうが素敵だと思わない」
「むむむ、確かに」
難しい顔を浮かべながらもリリカは頷いてしまう。
確かに人の目がつくくらいならそこの方が良いかもと納得する。

「結局のところ、場所はあっても、当人が問題ってところかしらね」
「というか、メル姉。そもそも、店主にしたいって言う気持ちがあるのかな?」
「………そういえば、そうね」
メルランは唸った。
というのも、そもそも、ルナサが霖之助と『恋人ごっこ』をさせたのは彼が『枯れているから』、という理由であった。もし枯れていなかったら、彼は間違った行動を起こしてしまい、結果として傷つくのはルナサだからである。
故に『恋人ごっこ』として、相手役を演じる彼は適正であった。そして彼はしっかりと彼女を導いてくれた。

今回の発端――つまり恋愛への発展はその『ごっこ』が延長してしまった故の問題である。なら、『枯れている』というのがもし正しかったとしたら、霖之助はキスをしたいと思わないのかもしれない。すなわち、

「私達は入り口から間違っていたのかもしれない」
「ああ、やっぱりそこに行き着くわけか」
思わず頭を抱えるメルラン。
一方、メルランがそういう結論にたどり着くと思っていたリリカの方はどこか達観していた。それでも軽くため息をつかずにはいられなかったようである。
二人が練り練った『恋人ごっこ』作戦。それがこのような状況で障害を招くとは想像もしていなかった。

「私達はここまで続くとは思わなかったからね。今回の件は私達の見通しの甘さが原因だったのかもしれないよ、メル姉」
「そうね。だったら、私達がこの演目を続けさせる義務があるわね」
「演奏者ならではの使命だよね」
二人は夜遅くまで議論を続けた。
どうにかして姉の思いを果たせたい。その一心であった。









翌日
ルナサは台所でお昼の用意をしていた。
以前まで、朝、昼、晩と全て彼女が担当をしていたのだが、ある日を境に当番制になったこともあり、彼女の負担は大きく減った。
今日は彼女の番。なので朝に続き昼の用意をしているところであった。

「~♪ ~♪ ~♪」
数十年間、ずっと厨房に立ち続けていたこともありその手つきは慣れたものである。トントンとリズムよくトマトやたまねぎを刻み、それを皿に盛り付けていく。サラダであった。
テーブルには目玉焼きとロールパンがセットされている。しかし、何故か二人分しか用意がされていない。

「二人とも、用意が出来た。降りてきて」
ルナサが二人に呼びかけると、それぞれの部屋からひょっこりと出てきた。

「ありがとう、姉さん」
「後片付けは私達がやっておくから用意した方が良いんじゃない?」
「ええ、分かってる。ごめんね。簡単なものしか作らなくて」
そう言ってルナサは身に付けていたエプロンをはずし、いそいそと自室に戻っていく。
入れ違いざまに二人はテーブルに着き、昼食を口に入れていく。
おしゃべりをしながらも手の動きは止まらない。
やがて、ルナサが部屋から出てきた。
いつもとは違う服装の彼女。白のワンピースにヒールがやや低めの赤い靴。どこか清楚なお嬢様を想像させるような格好にいつもと違うギャップを感じる二人。

「それじゃあ、行って来る」
声を弾ませほんのりと頬を染めながら昼食に手をつける二人に声をかけるルナサ。それは6ヶ月たってもまだ初々しくあった。

「行ってらっしゃい」
「気をつけてね」
その何気ない妹たちの声が姉には嬉しく感じていた。
そして玄関を後にし、完全に気配が消えたところで二人は食事のスピードを上げる。そこには先ほどまでののんびりさがなかった。

「早く食べるわよ」
「うん。それで急いで片付けよね」
「ええ、全ては今日の姉さんの様子を把握するためよ」
喋りながらも決してスピードは緩めず、次々と皿がきれいになっていく。
昨晩、遅くまで議論をした末、出した結論。それは一度ルナサと霖之助の二人の様子を把握してから考えようということであった。そして今日がその決行日である。

二人は共同で皿洗いを済ませると、急ぎ香霖堂に向かう。
魔法の森は鬱蒼としているので中は見通しが悪い。なので空を飛び、上空から目的地を目指していた。
何度も訪れたことがあり、場所は頭の中に入っている。見渡す限り、緑の絨毯が敷き詰められた森を渡る。

「あ、見えたよ」
「近くで降りましょう。分かっているけど決して二人には気づかれないようにね」
そう言って香霖堂のある場所から10メートル離れた付近で静かに降下した。
そしてまるでこそ泥のように忍び足で一歩一歩足を進める。もちろん気配はすでに絶っている。

二人は窓からじっと覗き込んだ。そこの窓は道具が置いてある売り場がよく見える位置にある。ゆっくりと店内を見回すと二人を発見した。

「いたわ」
「いたね」
ひそひそ声で囁きあう。
ルナサと霖之助は入り口から離れたカウンターに座っていた。昼間にもかかわらずほのかに暗い店内で霖之助は新聞を、ルナサは小説を読んでいた。
姉が家を出てから考えてみると、おそらく1時間弱はこうしていたに違いない。

「退屈しないのかな、ルナ姉」
「あれが良いんじゃないの、姉さんの場合」
リリカにはとても退屈そうに見えた。なるほど、もしこれが日常の風景ならキスする雰囲気も作れやしないだろうと想像した。
少し、姉に同情しているとその姉が読んでいた本を膝に置いた。

「あ、姉さんが何か言ってるわ」
二人は壁に耳を当てる。

「………ん、どうした?」
「してほしいな………いつもの」
ルナサは頬をほんのりと染め、霖之助に話しかける。同じ椅子に座っているのだが彼のほうが上背があるため、彼女が話しかけるとどうしても上向きになる。

「何か、してほしいっていってるわね」
「それよりもあの話し方反則じゃない? 私が男だったら落ちてるかも」
窓の外から二人は姉の成り行きを覗く。
すると霖之助は読んでいた新聞をカウンターに置き、自分の膝をぽんぽんと手で叩く。

「「?」」
その仕草に二人は首をひねる。が、それは一瞬であった。
二人は次の瞬間には目を点にしていた。

「ほら、おいで」
「うん♪」
そう言って嬉しそうにルナサは霖之助の膝上に座った。
ちょこんと座る様はまるで人形のようである。
嬉しそうにはにかむルナサ。特別何をするでもなく、大人しく座っていた。
一方、外にいる二人はと言うと、

「おう……」
「すごい、すごいよ、ルナ姉」
顔を赤らめながらじっと覗いていた。
まさか自分の姉がこんな可愛らしい姿をするとは想像もつかなかった。
家では家事に勤しみ、妹たちの世話を甲斐甲斐しく振舞う。
演奏会も独特の空気を醸しながら静かに、けれど強い意思を込めて演奏し、その様子はまるで凛冽。要するに良い意味で可愛らしさを覗かせていなかった。
そんな姉が霖之助の前では乙女になっていた。

「なるほど、これが恋する乙女ね」
若干興奮気味に食い入るように視線を二人に送るメルラン。彼女にとって姉の様変わりはアリなようだ。
リリカの方も胸を押さえながら見つめている。心臓の高鳴りが止まらないらしい。





ルナサはまだじっとしている。霖之助が彼女を囲むように再度新聞を開く。必然と新聞が目に入るのだが、一向に文字が頭に入らず、ただ文字を見ているだけであった。なぜなら霖之助の方に意識が向いてしまうからであった。
彼女にとってここにいることが至福のときである。恥ずかしさはあるが、それ以上に嬉しさに包まれていた。赤く染められた頬がそれを悠然と語っていた。

そんな時ふと彼の顔を覗く。ひげが全く生えていない整えられた顔つき。時々女性なのではと思わせるような風貌はいつ見ても緊張する。彼女は自然と唇に目が飛び込んだ。

(きれい…)
かさつきがない薄い赤色をした唇。間近で見る分、それだけしか目に入らずにいた。
ルナサは行動に移った。
目を徐々に細め、ゆっくりと霖之助の唇に近づく。少しあごを上に上げ自分のそれが重なるように近づけた。
その距離が10cm……8cm……5cmと徐々に縮められていく。そして距離に比例するように頬はより赤くなっていく。
ルナサは彼の唇をまぶたに焼付け目を瞑った。
緊張しているのか顔が妙に震えていたがそれでも動きをとめようとしない。
今日こそキスをする。その機会を逃さないよう彼女は唇を近づけた。
4cm……3cm……2cm……











バサリ



その大きな音にルナサはびくりと肩を震わせ思わず目を開いた。
新聞が畳まれた音であった。彼女は彼の方に目を向ける。

「おやつを持ってこようか」
霖之助はにこやかに笑った。

「お願いね」
ルナサも笑顔で返す。そこには落胆した表情はなかった。
彼の膝から降りた彼女は自分が座っていた元の椅子に腰掛ける。そして台所に向かう彼を見送った。
ふと、カウンターに置かれた新聞に目を向ける。

『メイド長、門番長に高い高いされ、大喜び!?』
そんな見出しと共に写真がでかでかと載っている。
写真の中の門番長は確かに笑顔だが、メイド長は恥ずかしそうに驚いていると言った方が似合っていた。

「いいな、そっちは……」
ルナサはぽつりと呟いた。





「ああ!? メル姉、ルナ姉が落ち込んでるよ」
「何があったのかしら。新聞で隠れていたからよく見えなかったけど……」
「もしかして、いやらしいことをしたとか」
「いや、それは……」
ないとは言えなくないか。そんな考えがメルランの頭によぎった。
それは決して悪いことではない。健全な男性ならそんな反応してもおかしくはない。女性としては男性に魅力を見せれたということに繋がるからだ。
けれど、

「たぶん違うわね。おそらく姉さんが何かしらアタックをしたけど、それがかわされたと見た方がいいわ」
「え、どうして?」
「考えてもみなさい。もしあの人がいやらしいことをしたとしたら姉さんが私達にキスの話なんて持ち込むと思う? ないでしょう。だから、あれは姉さんの行動が徒労に終わったと見たほうがいいわね」
メルランは自分の推察を織り交ぜながらリリカに説明した。
もし、本当にルナサが折角アタックしたのだとしたら、受け止めてほしかった。そう思うのが当然であった。

「……もし、そうだとしたら、どうして店主はキスとかルナ姉の行動を避けるのかな? もしかして本当に枯れてるの?」
「そんなの私に聞かれても困るわ」
「なら、本人に聞いてみない?」
リリカの提案にメルランは首を横に振る。代わりに別の提案を投げかけた。

「もう少し様子を探らないかしら? 彼の行動を見ていれば何か分かるかもしれないわ」
「あ~、そうだね」
大きく頷く末の妹に彼女は説明を加えていく。

「明日、彼の行動を見張りましょう。不審な動きがあったら要チェックね」
「なんだか面白そうだね」
「そうね。でもこれは遊びじゃないのよ。姉さんのためなんだから、そこは忘れないようにね」
「了解!」
二人は再度窓の向こうにいる姉に目を向ける。するといつの間にか霖之助が台所から戻っていた。
先ほどまでの寂しそうな雰囲気はすでに消えている。それでも、姉に違和感を覚えずにいられない妹たち。明日の作戦を練るために名残惜しみながらもその場を後にした。








「気分は探偵だね、メル姉」
「一歩間違えればストーカーね、私達がやってることって」
翌朝、二人は昨日と同じところから香霖堂の中を覗いていた。朝食を食べ終え、すぐにここに駆けつけた。約束どおり張り込みのためだ。
因みにルナサには人里へお出かけといって出てきた。

じっと目を凝らし中の様子を見ると太陽の光しか明かりがない店内で霖之助は昨日と同じ場所で本を読んでいた。無類の読書好きの彼には決してふしぎな光景ではない。

「ま、こんなものだね」
「そうね。このお店、あまり客が来ないことで有名だものね」
二人は開始早々から退屈そうに覗いていた。春の陽気さも相まって欠伸が出そうになる。
するとメルランは誰かがこちらに近づく気配を察知した。慌ててリリカの手を引っ張りながら店から離れて様子を伺った。

「あれは…霊夢か」
紅白を着飾った博麗神社の主であった。手には今、彼女が着ている巫女服が握られている。
そして彼女は店内に入っていった。

二人はこそこそと再び窓へ近づき中の様子を伺う。
店内では霊夢が霖之助に持ってきた服を見せていた。

「どうやら服の修理を依頼しているみたいだね」
「あの人にそんなことができるのね」
二人は霖之助が衣服の修復をできることを知らなかった。男で家事をするものはいるが衣服まで扱うことに驚き、感心して見ていた。
これだけ家事の能力に長けていると、まるで自分たちの姉と似ているとも思わなくもなかった。

「あ、裁縫箱持ってきた。やっぱりするんだね」
「これはいい物を見たわ。姉さんに報告しようかしら?」
「駄目だよ、メル姉。今日は調査のために来たんだから、下手なこといってルナ姉に心配かけちゃうよ」
「それもそうね」
メルランは残念そうにため息をつく。
一方、店内では霖之助が霊夢のもってきた巫女服の修復に取り掛かっていた。
慣れた手つきで待ち針を刺し、形が崩れないように固定する。
そして衣服に合わせた色糸を使い縫い合わせていく。ついついと手馴れた様子で縫い付けていく。
その間、暇をもてあましていた霊夢は勝手知ったるや、台所でお茶の用意をしていた。彼が注意しないところを見ると、どうやら習慣になっているらしい。

「慣れてるね、霊夢」
「確かにね。あの娘って魔理沙やアリスと同じくらいここに頻繁に来ているからじゃないかしら」
「付き合いの長さか。ルナ姉に負けている点だよね」
リリカの発する言葉にメルランは口を挟まなかった。
妹という贔屓目をぬきにしても姉はよく彼に尽くしていると思う。現時点で負けているのは仕方がない。全ては時間が解決してくれるだろう。

「時間の問題よ、リリカ」
「………そうだね」
何故か妙な間を開けてリリカは答えた。







二人はあらかじめ用意していたパンをほうばる。まるで張り込みの手本のような行動であった。

「アンパンに牛乳。これ外の世界の常識らしいよ」
「ホントかしら」
リリカの言葉に首をかしげながらもメルランは牛乳を嚥下していく。
食べながらも二人は決して窓から目を離さないでいた。とは言え、見ている窓の箇所は午前とは違っていた。というのも、店内でも昼食の時間に移ったからだ。居間に移動した二人はそこで昼食をつついている。ちなみにメニューはごはんと味噌汁、海苔に煮物といたって普通であった。ただいつもと違うのは作ったのが香霖堂の主ではないことだ。

「霊夢ってごはん作れるんだね」
「当たり前でしょ。何で不思議に思うのよ」
「いや、だって霊夢っていったら、いつもごはんがないか、もしくは誰かに恵んでもらうか、宴会でがっつり食うかしかイメージがなかったから」
「………言い得て妙ね。確かにそのイメージがあるかも」
「だから、まともなもの作れないんじゃないかなって思ったけど」
そう言ってリリカは窓向こう側に目を移す。
そこには美味しそうに口に入れていく霖之助がいた。あまり表情には出ていないが喜んでいるって言うのは間違いないだろう。

対面に座っている霊夢は霖之助が口に入れるのをじっと見ていた。評価が気になったのであろう。
しかし、間髪いれずにはしをつついていく彼の様子に、口で言われなくても気に入ってもらったことを彼女は感じた。ほっとした彼女は自分の分の皿に手をつけ始める。
そんな二人の様子を見てリリカは口にしてはいけないことをぽろっと漏らしてしまった。

「………まるで通い妻みたいな雰囲気だね」
「リリカ!」
「あ、ごめん………」
メルランの言葉にびくりと体を竦ませ、すぐに謝った。
別にリリカが悪いわけではなかった。彼女は思ったことを口にしただけである。
そう、彼女がそう思わせるくらいの雰囲気が店内には広がっていたのだ。

だからこそ、メルランは彼女を叱責した。
なぜなら彼女も霊夢の様子がまるで通い妻に見えていた。そして口に出してはいけないと思っていた。
それを隣にいる妹が言った。だから過剰に反応したのであった。

(姉さんは負けていない。絶対に姉さんの方が上なんだから)
知らず知らず頭の中で、メルランはルナサと霊夢を勝負させていた。
二人はどこかぎこちない様子で二人の張り込みを続けていく。






日も下がり始めた夕方。
魔法の森は平野にある人里と比べて日の傾きが大きく反映される。辺りは薄暗い影が広がり始め、気温も心なしか冷たさを感じる。
そんな時刻になっても霊夢は香霖堂から離れることはなかった。霖之助が巫女服を修復してくれるまでいるつもりなのだろう。
彼女は彼の邪魔をすることなく、暇を見つけては掃除をしていた。その時間が楽しいのか霊夢は時折り笑顔を浮かべている。

一方、外にいる二人は中にいる二人とは対照的であった。
特にメルランは顔をしかめながら二人の様子を観察している。霊夢の行動にやきもきしているのもあるが、一番の原因は霖之助が楽しそうにしていることであった。
何故、そこまで尽くされているのか。それが、彼女には分からなかった。

「なんなのよ、あの人。霊夢のほうがいいってことかしら」
「まぁまぁ、メル姉落ち着いて」
リリカもたまったものではなかった。最初こそは霊夢の様子を見ながらメルランを弄っていたが、今ではやぶへびである。メルランをつついてはいけない、そう思うくらいの様子になっていた。

しかし、ここまで仲がいいと勘ぐりたくなるのが性なのか、リリカはもしやと思い始めていた。もちろん口に出してはやぶへびである。だから、黙っているのだが、心の中に留めておくのがもどかしい。口に出してすっきりしたかった。

(まさか店主に二心が?)
ルナサと霖之助は真剣に交際している。
何度もデートをしたり霊夢みたいな通い妻も経験している。時々家でこちらが砂糖をはくくらい姉がのろけることもあった。
キスこそはまだないかもしれないが半年間、順調に交際が続いている。

もし、これが霖之助にとって遊びだとしたらルナサは悲しむだろう。そして私は絶対に彼を許せない。そして隣にいる姉はもっと許せないと思うだろう、そう考えていた。

(メル姉はその可能性を考えているだろうか?)
ちらりと姉の方に目を向ける。ピリピリとした雰囲気を放ち、目に力が篭っている姉の様子に気圧され目をすぐに逸らした。

「あ、リリカ。服の修復が終わったみたいよ」
「え、あ、ホントだ」
不意にメルランが声をかけたので、くぐもった声が出たリリカは中の様子を伺う。
確かに服の修復が終わったらしく霖之助が霊夢に服を手渡していた。両手でそれを広げ、服をくるくると回して見る。そして感心しながらきれいに畳んだ。

「あ、床に座らないで畳んでる。器用だね、霊夢って」
「貴女が不器用だからじゃないの?」
「違うよ。家事をやり始めたばかりだからまだ慣れてないだけ」
ちょっとした冗談にもちゃんと乗ってくれる辺り、メルランの気は穏やかになり始めたようだ。おそらく霊夢が帰るからだろう。
リリカはほっとしながら後は彼女が早くここから出て行ってくれるのを待った。




そう思った矢先のことであった。青天の霹靂ともいうべきか。リリカは見てはいけないものを目撃した。

夕日が差す香霖堂の店内で、霊夢は手を伸ばし霖之助の頬にそっと触れる。何をしたいのか分かっていない彼をそのままに彼女はゆっくりと顔を近づける。ある場所がお互い触れ合うようにゆっくり、ゆっくり、ゆっくり………










リリカは口をあんぐりと開けていた。他人から見たらみっともない表情だったがまさに開いた口が塞がらなかった。
確かに霊夢と霖之助の親密さは認めていた。付き合いが長いから仲良くしていたって不思議ではない。しかし、そんなことをするくらいの仲だったのか。もしかして、本当に彼に二心があったのか。

リリカは嫌な予感がして隣に振り向いた。
メルランは怒っていた。その一言に尽きていた。
しかし、それは表面であって内心はどうだろうか。もっとおどろおどろしいのでは。
今の彼女は竜の逆鱗、虎の咆哮、神の雷(いかずち)、それらが霞むくらい怖かった。リリカは目を背けずにはいられなかった。

少しして香霖堂の玄関の扉が開く音が聞こえる。霊夢が出てきた。
私達がここにいたことを気づかずに彼女は空の中へと飛んでいった。

「………入るわよ、リリカ」
「…………うん」
静かながらもドスの効いたメルランの声にリリカはただ頷くしかできなかった。
今日、香霖堂はなくなるかもしれない。







玄関の扉を開ける。ぎぃっと鳴った。
ゆっくり開けると地面に夕日の絨毯が玄関から一緒に入ってくる。
店の奥に霖之助が座っているのを確認できた。カウンター越しに座る彼は二人の来客に驚いている。

「……いらっしゃい」
誰にでも使う当たり障りのない彼のフレーズ。聞きなれたその言葉が仰々しく感じるのは先ほどの光景が起因しているからだろうか。リリカはごくりとつばを飲んだ。

「こんばんは。霖之助さん突然の来訪許してちょうだいね」
「いや、構わないよ。まだ、閉店時間でもないし」
穏やかないつも姉の声。なのにリリカは心臓が竦むような気がした。そして彼のほうも何かを察したのだろう。メルランの言葉に身構えるように見えた。

「それはよかったわ。なら、早速お聞きしたいんだけど」
一旦言葉を区切る。そして、爆弾が投下された。

「さっき、霊夢と何をしていたのかしら?」
決して攻められているはずのないリリカが真っ先に目を逸らしてしまった。理由は単純。


姉が怖かった。その一言に尽きた。



惨劇は免れないかもしれない、リリカは静かに悟った。
一方、霖之助のほうはというと、

「は?」
何故か素っ頓狂な声をあげていた。
その反応はないよ、リリカはそう声を上げたかった。しかし、姉の目の前、そんなわけにはいかない。何とか好転するように念じていた。

すると、彼は首を傾げ、今度はしきりに頷いていた。
そして言葉を紡いだ。

「ああ、ああ。そういうことか。なるほど、やっと彼女が言っていた意味が分かったよ」
「…うん? どういう意味かしら? 分かるように説明してもらえる?」
「君たち、最初からここを覗いていたんだよね?」
「へ?」
今度はリリカが素っ頓狂な声を上げる番であった。
まさかばれているとは思わなかったからだ。十分に警戒し、彼が外のいた二人に目を向けるような仕草があればすぐに隠れるように注意していた。
リリカは何故ばれたのだろうと、自分たちの行動を思え返していると答えはあっさりと見つかった。

「あ、霊夢か」
「そうだよ。彼女が僕たちのほうを覗いているといっていたからね。あの娘は鋭いからそういうのがよく分かるんだよ。もっとも君たちとは分かっていなかったようだが」
霖之助の説明で納得した。確かに彼女は勘とかそういったシックスセンスに長けているのは周知の事実である。そのことを計算に入れていないところを思うに今回のミッションは割りと甘かったのかもしれない。

それはさておき、納得するリリカと穏やかな表情で説明する霖之助を横に徐々に不機嫌なオーラを放つ女性がいることを忘れてはいけない。

「覗きがばれたことは分かったわ。それに関しては私達のいたずら心が原因だから素直にお詫びします。………でもね、少し仲が良すぎないかしら?」
「仲? ……もしかして霊夢とのことかい?」
「ええ。食事を作ったり、掃除をするならまだ分かるわ」
そこでメルランはわざと言葉を区切った。次に彼女が発する言葉が分かっているリリカは思わずに胸に手を当てる。

「でもね、キスをするってどうなのかしら」
最大級の爆弾がメルランの口から発せられた。当事者でないにもかかわらず、背中に氷を入れられたかのように驚いてしまう。
できれば火に油を注がないような発言をしないようにと願いながら霖之助の言葉に耳を傾けた。
霖之助は口を半開きにし目を見開いて言葉を紡いだ。

「え…?」
(ぅぁぁぁああああああああ~)
本日二度目の間の抜けた声であった。
リリカはそれを聞いて内心、後悔した。少しでも期待した自分が馬鹿だったといわんばかりに後悔した。
そして隣の次女はまだ終わらんといわんばかりに詰問をしていく。

「惚けないで! 私達は見ていたんだから。貴方と霊夢がキスをしていたところを。そうよね、リリカ」
瞳孔がこれでもか、といわんばかりに開いた目でにらまれたリリカは、壊れたロボットのようにただただ頷くだけであった。まさに蛇に睨まれた蛙の心境である。
そして、再度霖之助のほうに目を向けるメルラン。
彼のほうは本当に心当たりがないのか呆けながら、頭を働かせていた。
やがて一つの可能性に当たったのか、一人納得するようにしきりに頷く。

「……なるほど、あれなら君たちにはそう見えていたのかもしれない」
「見えていた? 面白い表現をするわね。私達は見ていたのよ」
「それは本当にそう見えたのかい? 寸分違わず、そう言いきれるかい?」
「質問をしているのは私のほうよ。私の質問から答えなさい」
まるで言葉を武器にした戦場とも言うべきか。言葉の応酬がカウンターを挟んで次々と敵地へと放り込まれる。
それをはらはらとしながら見守っていたリリカだったが、ふと彼の質問の意味に疑問を抱え始めた。何か引っかかったのである。

「そうだね、結論から言えば答えはいいえだね」
「は、言ってくれるじゃない! じゃあ、私達が見ていたのはなんだっていうの? 幻、夢? 言っとくけど、ボケたんじゃないか、という発言も却下よ」
「違うよ。僕が思うに君たちが見たと言うのは………」
そこまで言いかけて霖之助は言葉を呑んだ。
言い合いの相手、メルランのその向こう。夕日が差し込まれる入り口。赤く照らされたそこはまるでまるで神の怒りの色か。
そんな場所にまるで死人でも見たかのように顔を真っ青にした人物が立っていた。




「ルナサ」




黒い衣服で包まれた二人の姉。そして霖之助の恋人。

「キスって………どういう………こと?」
ぜんまいが切れそうな人形のように、言葉を一つ一つ区切りながら話すルナサが立っていた。
霖之助の言葉で妹たちもはっと後ろを振り向く。逆光気味で見にくくはあったが確かに自分たちの姉が立っているのが確認できた。

不味い、何かが不味い。何が不味いのかよく分かっていなかったが、それでも不味いと感じた。霖之助を急がせようと彼の中で警鐘が激しく鳴り響いていた。
それは自分にしか聞こえない音、彼はそれに従い、ルナサのほうに近づこうと身を乗り出す。

「最低」
しかし、その前に彼女から拒絶の言葉が紡がれた。
漢字に置き換えてった二文字の言葉。それが彼の行動を萎縮させた。手も伸ばすこともあきらめ、俯く。
やがてルナサは香霖堂を後にした。人知れず嗚咽を殺しながら空の中へと消えていった。
本当にお久しぶりです。モノクロッカスです。
待っていた人はお待たせしました、『マスカレード』の続編が出来ました。

思った以上に長くなりましたので二部か三部構成でいきます。
これからのお付き合いどうぞよろしくお願いします。

ではでは。
モノクロッカス
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コメント



0.2130簡易評価
11.80名前が無い程度の能力削除
ヒャッハァァァいっちばんのりィィィッッ!
半年振りに始まったモノクロッカス恋愛談は、俺達の予想の斜め上を行くゥ!

白ワンピルナサ脳内構築余裕でした
後は頭からレース被せてブーケ持たせて白いヒールでウェディングですねわかります
さぁ早く次を書くんだ…!
16.100奇声を発する程度の能力削除
凄く続きが気になる最後で終わった…
いや、マジでこの後どうなっちゃうの?
23.100名前が無い程度の能力削除
マスカレード続編きたぁぁぁぁ!!
続き期待してます!
30.100名前が無い程度の能力削除
続きを期待せざるをえないッ・・・
ルナ姉さん可愛過ぎでしょう。
34.100名前が無い程度の能力削除
まさかの続き!これはwktkせざるを得ない。
ルナ姉がかわいすぎてやばい
35.100名前が無い程度の能力削除
これは続きが気になるぅぅぅぅぅ!!
ルナ姉かわゆすぎる
44.100名前が無い程度の能力削除
どんどんこーい!
45.90K-999削除
ヒャッハキタコレ。
ルナ姉来たよこれ。
わしゃあモノクロ氏のルナ霖と言うだけでときめきがマッハ。
そしてラストのルナ姉の涙に心痛がマッハ。

なぁに心配するな。これもハッピーエンドへの布石に過ぎない。
そうだと言ってくれぇぇ……orz
49.無評価モノクロッカス削除
返信します。

まずはこの作品を読んでいただきありがとうございます。
今回、評価してくれたコメントに対して一括して返信します。

かわいいルナサを前面に出していけれるように全力で作っています。
もちろん望むべくはハッピーエンドなのですが、どうなるかわかりません。
量も多くなる予定必死なので長い目で見てやってください。
51.90名前が無い程度の能力削除
涙目紅潮ルナサなんて見たらメルランだって落ちる、俺も落ちる、では店主は……?中編読んできます。
62.100名前が無い程度の能力削除
今最初から読んでます
65.100名前が無い程度の能力削除
何でレート一桁なんだおかしいだろ