「あー降ってきちゃいましたか……」
買い物を終えて外にでてみると、どんよりとした灰色の空から幾筋もの白い線が落ちている。
にわか雨に注意という予報が見事的中してしまったようだ。
「大丈夫だと思ったんだけどなぁ……」
的中するにしても、どうして私が出掛けて帰るときに降るんですか。嫌がらせですか?
傘持って出掛けなかった私が悪いと言われたら何も言えないんですけど。
まあ愚痴っても仕方ないです。
今考えるべきは、傘もないのににわか雨に降られているこの状況をどう打開するかです。
このまま軒先をお借りして止むのを待つか、濡れて帰るか。
都合よく知り合いが現れて傘を貸してくれるなんて、そんなうまい話はないでしょう。
あんまり遅くなると家の神様が心配しますし、多少濡れてでも帰りましょうか……。
でも、濡れるのはイヤなんですよねー……。
「濡れて帰る?」
ハッと気づいてみれば、茄子色の傘がニコニコ揺れていました。
「里で会うなんて意外でした」
「最近はお寺の裏に住んでるの」
「へー」
店の軒先で、雨宿りか塗れるかの熱い読み合いをしている私の前に現れた彼女は多々良小傘。
茄子色の野暮ったい傘がトレードマークのミニスカートとオッドアイがあざとい何かと言動が残念な妖怪です。
「今失礼なこと考えてるよね?」
「小傘ちゃんのこと考えてただけですよー」
嘘は言ってないです。嘘は。
小傘ちゃんは残念でかわいい妖怪さんですからね。
「まあ、それは良いとしてさ……」
小傘ちゃんがキョロキョロと気まずそうに周囲を見回します。
そう言えばさっきから周りの視線を集めているような気がしますね。
小傘ちゃんが可愛いせいでしょうか。全く罪な子です。
「いい加減傘に入ってくれない?」
「あー……いえ、ああ聞かれたら濡れて帰るしかないかと思いまして」
そう言えば、傘差してる人の隣で濡れている変な人になってました。
でも、ああ言われたら、濡れて帰るしかないです。
売り言葉に買い言葉ってやつですよ。多分。
そんな感じで、話なからゆっくり歩いているので、だいぶ濡れちゃってます。
いい女ですね。
「傘差してる隣で濡れられると私が酷い人みたいじゃない」
「小傘ちゃんは妖怪ですよね」
「妖怪でも人でもいいから入ってよ。助けると思ってさー」
ずいっと差している傘をこちらに押し出してきます。
先ほど言った通りかなり野暮ったいデザインなので、入るのはちょっと恥ずかしいのですが、小傘ちゃんの頼みとあれば仕方ないですよね。
雨足も強くなってきましたし。
「そこまで言うなら入りましょうか」
「うん、ありがと」
「はい、感謝してくださいね」
「なんで傘貸してるわきちがお礼言ってるの……」
まあ、入ってと頼まれましたし、当然ですよね。
「っていうかすっかり濡れ鼠だね」
「水も滴るなんとやらです」
「うん、私の服まで濡れちゃうから、あんまり近づかないでね」
「そんな酷いっ」
横から全力で抱きしめます。
「ひゃっ」ってかわいい悲鳴が上がって、振り向いた小傘ちゃんから氷よりも冷たい視線。
ゾクゾクしますねっ。
「早苗……」
「言いたいことは分かります。よーく分かります。ですが、傷ついた私の心も……」
「早苗……」
「……はい、ちゃんと洗濯致しますので、家まで来て頂けないでしょうか」
「なにそれ、新手のナンパ?」
表情がくるっと変わって、ケラケラ笑い出します。
「服をわざと汚して近づくのは古典的ですけど、即お持ち帰りは斬新かもしれません」
「詳しいんだね」
「たまにされましたから」
「する方じゃないんだ?」
「私を何だと思ってるんですか」
失礼な事を言ってくれる小傘ちゃんの頭をコツンとしながら窘めます。
こういう小さな所から締めていかないと、妖怪になめられますからね。
「女たらしの山の巫女」
「ちょっと話し合いが必要みたいですね」
これはなめられてます。
完璧になめられてます。
「だってぬえちゃんともこういう事してるんでしょ?」
「まあしてますけど」
他にもはたてちゃんとかおくうちゃんとか。
お寺で見かけた山彦さんも気になってますね。
「ほら、女たらしじゃない」
「これは困りましたねー」
口を尖らせる小傘ちゃんに笑って誤魔化すと、彼女もつられ笑い。
何とかなった……で良いんでしょうか。
「でも、わかっててホイホイ着いて来ちゃう小傘ちゃんは……」
「早苗ならいいよ」
……はい?
それ、どういう意味ですか、小傘ちゃん。
「えっとそれは……」
「そう言うところを含めて好きなんて言わないけど、許せるぐらいには好きだよ」
チラリとこちらを覗く赤い流し目が色っぽくて、思わず息を飲む。
小傘ちゃんなのに、ドキドキが止まらなくて、なんだかすごく悔しい気分です。
「ぬえちゃんとかに浮気しちゃいますよ?」
「良いよ」
ドキドキを押さえつけて、精一杯絞り出した言葉も「良いよ」の三音節で流されてしまって。
あれ、おかしいです。絶対におかしいです。
「傘が提灯に嫉妬しても仕方ないじゃない」
忘れられなければそれで満足だよ。って寂しそうに言う横顔がすごく遠くに感じて、気づいたら彼女を抱きしめていました。
「早苗……」
「……なんですか?」
ため息混じりに彼女が私の名前を呼びます。
抱きしめる腕をそっと強くして……。
「濡れた服でくっつかれると冷たい」
「……はい、スミマセン」
冷たくあしらわれて、ハートはブロークン。
ささっと腕を解いてまた横に並んで歩きます。
……結構良い雰囲気だった気がするんですが、あれあれ?
なんか釈然としませんが、今日の小傘ちゃんにはかなう気がしませんので、なるように流されることにします。
あ、でも、一つ気になる事が……
「あのー……」
「なに?」
「良いってどこまで本気なんですか?」
もしかしてからかわれてるとかだったりします?
驚いた?驚いた?って可愛く言ってくれるんなら、まあ許せますけど。
「だって止めてもやるでしょ?」
「それはまあ……あっ……い、いえっ! 小傘ちゃんのためなら!」
「無理しなくても良いんだよ?」
「あ、いえ、小傘さん? ちょっとー?」
その憐れむような視線は一体どういうことですか!?
私、そこまでダメな人間のつもり有りませんよ!
「ほら行くよ?」
「待ってください!話はまだ終わって……んむっ!?」
一瞬何が起こったのか分からなくて、ぼやけた赤と青で理解したときには、もうかすかな感触を残して元通りでした。
まるで白昼夢のような一瞬の出来事。
「早苗、うるさいよ?」
「な、何するんですか!?」
キ……キスするにしてもっと雰囲気ってものがあると思うのです!
それをこんな「うるさい」とか言ってするなんて……あ、でも、バカップルっぽくていいかも?
「どうせ今更でしょ? 今までにしたキスの回数を覚えてるの?」
「五回! 私は清純派です!」
「意外に少なかったけど、認めては貰えないと思うよ?」
「え……そんな……」
会心の返しだと思ったんですけど、意外と反応が芳しくないです。
一桁だから大丈夫だと思ったんですけど……。
「ちなみに私以外で誰としたの?」
「え、ぬえちゃんと……って何言わせるんですか」
「えー。だって気になるじゃない?」
「気持ちは分かります」
「でしょ」
さっきのが初めてかどうかとかすごく気になります。
「で、他にはー?」
「小傘ちゃんが教えてくれたら教えましょう」
「ん、さっきのが初めてだよ」
「なるほど……って、ええっ?!」
そんなまさか。
初めてであんなキスが出来るなんてどういう神経してるんですか!?
普通ならやり直しを要求したいレベルですよ。
っていうか、私はやり直したいです!
「驚いた? 驚いた?」
……と熱くなる私を満面の笑みの彼女が覗き込んできます。
してやられたみたいです。
不覚です……!
「小傘さん……?」
「えへへ。ごちそうさまでしたっ」
「もう知りません。教えないです」
全く、調子が狂いまくりです。
今日は厄日か何かですか。
「あ、ひどーい」
可愛く言ってもダメですからね!!
「そう言えば、大した事じゃ無いんですけど、傘でも雨合羽には嫉妬するんじゃ」
「相合い傘は傘の特権だよっ」
買い物を終えて外にでてみると、どんよりとした灰色の空から幾筋もの白い線が落ちている。
にわか雨に注意という予報が見事的中してしまったようだ。
「大丈夫だと思ったんだけどなぁ……」
的中するにしても、どうして私が出掛けて帰るときに降るんですか。嫌がらせですか?
傘持って出掛けなかった私が悪いと言われたら何も言えないんですけど。
まあ愚痴っても仕方ないです。
今考えるべきは、傘もないのににわか雨に降られているこの状況をどう打開するかです。
このまま軒先をお借りして止むのを待つか、濡れて帰るか。
都合よく知り合いが現れて傘を貸してくれるなんて、そんなうまい話はないでしょう。
あんまり遅くなると家の神様が心配しますし、多少濡れてでも帰りましょうか……。
でも、濡れるのはイヤなんですよねー……。
「濡れて帰る?」
ハッと気づいてみれば、茄子色の傘がニコニコ揺れていました。
「里で会うなんて意外でした」
「最近はお寺の裏に住んでるの」
「へー」
店の軒先で、雨宿りか塗れるかの熱い読み合いをしている私の前に現れた彼女は多々良小傘。
茄子色の野暮ったい傘がトレードマークのミニスカートとオッドアイがあざとい何かと言動が残念な妖怪です。
「今失礼なこと考えてるよね?」
「小傘ちゃんのこと考えてただけですよー」
嘘は言ってないです。嘘は。
小傘ちゃんは残念でかわいい妖怪さんですからね。
「まあ、それは良いとしてさ……」
小傘ちゃんがキョロキョロと気まずそうに周囲を見回します。
そう言えばさっきから周りの視線を集めているような気がしますね。
小傘ちゃんが可愛いせいでしょうか。全く罪な子です。
「いい加減傘に入ってくれない?」
「あー……いえ、ああ聞かれたら濡れて帰るしかないかと思いまして」
そう言えば、傘差してる人の隣で濡れている変な人になってました。
でも、ああ言われたら、濡れて帰るしかないです。
売り言葉に買い言葉ってやつですよ。多分。
そんな感じで、話なからゆっくり歩いているので、だいぶ濡れちゃってます。
いい女ですね。
「傘差してる隣で濡れられると私が酷い人みたいじゃない」
「小傘ちゃんは妖怪ですよね」
「妖怪でも人でもいいから入ってよ。助けると思ってさー」
ずいっと差している傘をこちらに押し出してきます。
先ほど言った通りかなり野暮ったいデザインなので、入るのはちょっと恥ずかしいのですが、小傘ちゃんの頼みとあれば仕方ないですよね。
雨足も強くなってきましたし。
「そこまで言うなら入りましょうか」
「うん、ありがと」
「はい、感謝してくださいね」
「なんで傘貸してるわきちがお礼言ってるの……」
まあ、入ってと頼まれましたし、当然ですよね。
「っていうかすっかり濡れ鼠だね」
「水も滴るなんとやらです」
「うん、私の服まで濡れちゃうから、あんまり近づかないでね」
「そんな酷いっ」
横から全力で抱きしめます。
「ひゃっ」ってかわいい悲鳴が上がって、振り向いた小傘ちゃんから氷よりも冷たい視線。
ゾクゾクしますねっ。
「早苗……」
「言いたいことは分かります。よーく分かります。ですが、傷ついた私の心も……」
「早苗……」
「……はい、ちゃんと洗濯致しますので、家まで来て頂けないでしょうか」
「なにそれ、新手のナンパ?」
表情がくるっと変わって、ケラケラ笑い出します。
「服をわざと汚して近づくのは古典的ですけど、即お持ち帰りは斬新かもしれません」
「詳しいんだね」
「たまにされましたから」
「する方じゃないんだ?」
「私を何だと思ってるんですか」
失礼な事を言ってくれる小傘ちゃんの頭をコツンとしながら窘めます。
こういう小さな所から締めていかないと、妖怪になめられますからね。
「女たらしの山の巫女」
「ちょっと話し合いが必要みたいですね」
これはなめられてます。
完璧になめられてます。
「だってぬえちゃんともこういう事してるんでしょ?」
「まあしてますけど」
他にもはたてちゃんとかおくうちゃんとか。
お寺で見かけた山彦さんも気になってますね。
「ほら、女たらしじゃない」
「これは困りましたねー」
口を尖らせる小傘ちゃんに笑って誤魔化すと、彼女もつられ笑い。
何とかなった……で良いんでしょうか。
「でも、わかっててホイホイ着いて来ちゃう小傘ちゃんは……」
「早苗ならいいよ」
……はい?
それ、どういう意味ですか、小傘ちゃん。
「えっとそれは……」
「そう言うところを含めて好きなんて言わないけど、許せるぐらいには好きだよ」
チラリとこちらを覗く赤い流し目が色っぽくて、思わず息を飲む。
小傘ちゃんなのに、ドキドキが止まらなくて、なんだかすごく悔しい気分です。
「ぬえちゃんとかに浮気しちゃいますよ?」
「良いよ」
ドキドキを押さえつけて、精一杯絞り出した言葉も「良いよ」の三音節で流されてしまって。
あれ、おかしいです。絶対におかしいです。
「傘が提灯に嫉妬しても仕方ないじゃない」
忘れられなければそれで満足だよ。って寂しそうに言う横顔がすごく遠くに感じて、気づいたら彼女を抱きしめていました。
「早苗……」
「……なんですか?」
ため息混じりに彼女が私の名前を呼びます。
抱きしめる腕をそっと強くして……。
「濡れた服でくっつかれると冷たい」
「……はい、スミマセン」
冷たくあしらわれて、ハートはブロークン。
ささっと腕を解いてまた横に並んで歩きます。
……結構良い雰囲気だった気がするんですが、あれあれ?
なんか釈然としませんが、今日の小傘ちゃんにはかなう気がしませんので、なるように流されることにします。
あ、でも、一つ気になる事が……
「あのー……」
「なに?」
「良いってどこまで本気なんですか?」
もしかしてからかわれてるとかだったりします?
驚いた?驚いた?って可愛く言ってくれるんなら、まあ許せますけど。
「だって止めてもやるでしょ?」
「それはまあ……あっ……い、いえっ! 小傘ちゃんのためなら!」
「無理しなくても良いんだよ?」
「あ、いえ、小傘さん? ちょっとー?」
その憐れむような視線は一体どういうことですか!?
私、そこまでダメな人間のつもり有りませんよ!
「ほら行くよ?」
「待ってください!話はまだ終わって……んむっ!?」
一瞬何が起こったのか分からなくて、ぼやけた赤と青で理解したときには、もうかすかな感触を残して元通りでした。
まるで白昼夢のような一瞬の出来事。
「早苗、うるさいよ?」
「な、何するんですか!?」
キ……キスするにしてもっと雰囲気ってものがあると思うのです!
それをこんな「うるさい」とか言ってするなんて……あ、でも、バカップルっぽくていいかも?
「どうせ今更でしょ? 今までにしたキスの回数を覚えてるの?」
「五回! 私は清純派です!」
「意外に少なかったけど、認めては貰えないと思うよ?」
「え……そんな……」
会心の返しだと思ったんですけど、意外と反応が芳しくないです。
一桁だから大丈夫だと思ったんですけど……。
「ちなみに私以外で誰としたの?」
「え、ぬえちゃんと……って何言わせるんですか」
「えー。だって気になるじゃない?」
「気持ちは分かります」
「でしょ」
さっきのが初めてかどうかとかすごく気になります。
「で、他にはー?」
「小傘ちゃんが教えてくれたら教えましょう」
「ん、さっきのが初めてだよ」
「なるほど……って、ええっ?!」
そんなまさか。
初めてであんなキスが出来るなんてどういう神経してるんですか!?
普通ならやり直しを要求したいレベルですよ。
っていうか、私はやり直したいです!
「驚いた? 驚いた?」
……と熱くなる私を満面の笑みの彼女が覗き込んできます。
してやられたみたいです。
不覚です……!
「小傘さん……?」
「えへへ。ごちそうさまでしたっ」
「もう知りません。教えないです」
全く、調子が狂いまくりです。
今日は厄日か何かですか。
「あ、ひどーい」
可愛く言ってもダメですからね!!
「そう言えば、大した事じゃ無いんですけど、傘でも雨合羽には嫉妬するんじゃ」
「相合い傘は傘の特権だよっ」
小傘リードっていうのも新鮮でウマウマ~(`・ω・´)
おかわりを要求します。できれば僕が餓死するまでにお願いしますwwwwwww
早苗さんラブ~。
でも、やっぱりぬえちゃんが一番!
よかったです
まさかのタイミングでの小傘からのキス。さすが化け傘、驚かせることは得意ですね。
キスして小傘と早苗のお互いの顔の距離がゼロになったことを、早苗さん視点で「ぼやけた赤と青」と表現しているのが良いなぁ、と思いました。
特別に大きな事件が起きたりはしないですが、早苗さんと小傘の、仲が良くて小気味良い会話を聞いているだけでニヤニヤできます。
タイトルのセンスがいいですね