小悪魔さんシリーズ第二話。
作品集146《小悪魔さん in 紅魔館》を先に読了なさった上での閲覧を御勧めさせていただきます。
流れ流され落ちに堕ちて悪魔となった私。
今度はいきなり喚び出されて使い魔にされてしまった。
でもどうやらご主人様は結構いい奴っぽいし、どうせ地獄にも馴染めていなかったのだから、そう悲観することもないか、と。
そんなふうに思い始めた使い魔生活初日。
だが、体調不良の咲夜ちゃんを看病する為パチュリー様の部屋へと運んでベッドに寝かせた丁度その時。
そんな気持ちも一瞬で吹っ飛ばすかのような衝撃と共に大きな爆音が轟いた。
「うわああああああっ!? え、なになんスかごめんなさい許してください命ばかりはっ!」
とりあえず命乞いが口から飛び出る、それが小悪魔クオリティ!
床が振動して立っていられなかった為蹲って頭を押さえ、ピンチの時には逃げ場がないか探す癖が見に染み付いているので、素早く周囲に視線を走らせた。
最初に目に入ったのは揺れるシャンデリア。
視線を下げると倒れた花瓶と床に落ちた額縁。
横に顔を向ければ咲夜ちゃんを守るように覆いかぶさったパチュリー様と、そんなパチュリー様にしがみついている咲夜ちゃん。
最後に、厳しい顔をして地面を見据えているレミリアお嬢様。
あれ? でも。
お嬢様、なんだか、少し。
悲しそう……?
――体感的には永遠に思われた揺れも実際はすぐ収まり。
私がほっと胸を撫で下ろそうとした瞬間、
「パチェ、行くわよ。小悪魔は咲夜についていてちょうだい」
レミリアお嬢様の鋭い声が飛んだ。
「え、え?」
パチュリー様は咲夜ちゃんの頬を一撫でしてから体を起こし、頷く。
「わかってるわ、レミィ。急ぎましょう」
突然の事に頭がまったく付いていかない私を物理的にも残したまま、レミリアお嬢様とパチュリー様は部屋から飛び出した。
咲夜ちゃんに視線を向ければ、彼女はベッドに寝転んだまま、とても不満そうな顔をして二人が出て行った扉を睨みつけている。
「……咲夜ちゃん?」
躊躇いつつも声を掛ければ、顔を動かしてこちらを見上げた咲夜ちゃんは、
「貴女、誰?」
と、問い掛けてきた。
そういえば咲夜ちゃんには自己紹介を済ませていなかったことに今更ながら思い至り、何事も第一印象が肝心なのだと笑顔を作る。
「自己紹介が遅れましたね。本日からパチュリー様の使い魔となりました。小悪魔と申します」
おおう、我ながら完璧。
さっきみたいに突然でなければちゃんと挨拶出来るんだよ。
やれば出来る子なんだよ。
服装はいまだにパジャマだけど。
「名前が小悪魔? 変なの」
……子供の言うこと! 子供の言うこと!
「いや、名前はちゃんと別にあったんだけど。さっき奪われちゃった」
ベッドの横に膝をついて、視線の高さを合わせて話す。
だって、よく知らない奴に上から見下ろされている状態って、落ち着かないと思うから。
ストレスで咲夜ちゃんの具合が悪化したら、魔女と吸血鬼の夢の競演を見れそうだ。
そんで人生見納め。
笑えねえ。
「奪われた?」
少し目を丸くした咲夜ちゃん。
うん、そうしているのを見ると、やっぱり。
子供は可愛いなあ、って思う。
……よわっちいから怖くないしー! そんな理由だしー! 子供好きとかそんなんじゃないんだからねっ!
「うん。ジャイア……ジャイアニズム全開の魔女さんに。私の、ご主人様に。だから今日から小悪魔なのですっ! おーらい?」
台詞とともに人差し指を立てて、ばちーんとウインクを決めようとしたが、上手く出来ずに両目を瞑ってしまった。
「……っ」
がつーんと、数秒遅れて心にダメージを負う。
――なにやってるんだ、私は。
顔熱い。めっちゃ熱い。うあーっ!
「そっか」
だけど幸いというべきか、私の無様な姿を咲夜ちゃんは特に気にしていないようだった。
内心物凄く安堵しつつ、こちらからも何もなかったかのように返す。
「うん」
笑顔で。
引き攣った笑顔で。
ああああ格好悪いって言葉は私のためにあるんだと思うよきっとそうだよ!
「私と逆だわ」
――溢すように、咲夜ちゃんはそう呟いた。
「うん?」
逆?
なんのことだろう、と疑問符を浮べると答えはすぐに返ってくる。
「私は貰ったもの」
咲夜ちゃんはその時の事を思い出すように目を細め、薄く微笑んだ。
「名前も、居場所も。お嬢様がくださったのよ」
眼差しから溢れるのは神様に捧げるような憧憬と、親に注ぐような信望で。
ああ、きっと。
この子の世界の根幹に、あのお嬢様はどっかりと居座ってしまっているのだ。
確かな重さで、悲哀や孤独に吹っ飛ばされてしまいそうだった小さな世界を固定したのだろう。
でも、それでは。
「……パチュリー様の、ことは」
その隣に。
「パチュリー様のことは、どう思ってるの?」
寄り添っている魔女の事は、どう思っているのか。
「……」
思わず問い掛けた私の言葉に、咲夜ちゃんは返事を返さなかった。
いや、返せなかった、のかもしれない。
とても複雑そうな顔をして俯いてしまったから。
「そういえば! なんだったんだろうね、さっきの。咲夜ちゃんなにか知ってる?」
沈黙に耐えられなくて、話題を変えた。
……でも本当になにが起きたのだろうか。
も、もしかして敵襲とかかな?
だったら逃げないと。
だけど下手に動くと余計危険だったり。
あ、やばい足震えてきた!
「……地下」
今度の問いには、咲夜ちゃんも口を開いた。
「地下に、誰かいるの。それで、たまにさっきみたいになる」
「え」
なにそのホラー。
「だ、だだだ誰かって誰? 何者ですか曲者ですか?」
続けて問い掛ければ、咲夜ちゃんは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「そんなの知らない。……誰も教えてくれないもの」
だけど、と言葉を続ける。
「毎食、お嬢様は二人分の食事を持って地下に降りるわ。多分、その誰かと一緒に御飯を食べているんだと思う。それと、お嬢様から地下に降りる事を許されているのは、パチュリー様と美鈴の二人だけよ」
知らない名前が出てきた。
「美鈴って?」
「この館に勤める門番隊の隊長。一番古い付き合いだって、お嬢様が言ってらしたわ」
なるほど。
ちょっとだけわかった。
つまり、地下にいる誰かはお嬢様と毎食を共に摂るような間柄だが、もっとも信用をおいているであろう者達以外は合わせる事の出来ないような存在でもあるのだ。
そんでたまに爆発する。
うん。
ちょっとだけわかったら、余計にわからないことが増えた。
たまに爆発するって。なにそれこわい。
私は痛む頭を両手で抱えて思考を放棄し、ベッドの端に突っ伏した。
しばらく経つと、なんだか廊下が騒がしくなったので顔をあげる。
すると、物凄い勢いで扉が開かれた。
「うわあっ!?」
驚いて叫んでしまった。
部屋に入って来たのはレミリアお嬢様とパチュリー様だったが、二人だけではなかった。
レミリアお嬢様の腕には、お嬢様よりも大きな女性の姿があった。
問題なのは、その女性がゴミクズみたいにボロッボロなことだ。
「美鈴!?」
ベッドから起き上がった咲夜ちゃんが走り寄りながら大きな声で女性に呼び掛ける。
ああ、この人がさっき話しに出てきた門番さんか、とあらためて女性、美鈴さんに視線を向けた。
美鈴さんは全身血だらけで、特に左腕が重症のようだった。
咲夜ちゃんが退いたベッドにレミリアお嬢様は美鈴さんを寝かせ、パチュリー様に怒声にも近い声を飛ばす。
「パチェ!」
「わかってる!」
同じく怒鳴るように返事をしたパチュリー様は、壁側に並べられた棚からいくつかの魔法薬を取り出した。
私はお嬢様に言われてぐずる咲夜ちゃんを抱き上げ、別室に移動。
寝かしつけてから部屋に戻ったが、出来る事はなさそうだったので邪魔にならないように隅でじっとしていた。
それから三時間近く治療は続き――……。
「――……ご迷惑をおかけしました」
意識を取り戻した美鈴さんは、ベッドの縁に腰掛けると眉を下げて笑いながらそう言った。
「本当にね」
パチュリー様は疲れきった顔で、それでも安心したように小さく微笑んでそう返した。
「まったく。何度目だ? 懲りない奴だよお前は」
腕組みをして溜息をつきながらそう言うレミリアお嬢様も、口調は乱暴ながら声音は優しい。
本当に親しい間柄、家族のような関係なのだということが、空気から伝わってきた。
「お花をね、持っていったんです。アルストロメリアが綺麗に咲いてくれましたから、あの方にも見せたくて」
深緑色の優しそうな目を細めて、美鈴さんは落ち着いた声音で語る。
とてもさっきまで死に掛けていた人と同一人物とは思えない。
「……そう。私も庭を散歩がてら見に行こうかしら」
「ええ、是非。他にも沢山綺麗な子がいますよ」
笑みを絶やすことなくレミリアお嬢様と会話を続ける美鈴さん。
この人は、笑顔がデフォルトなんだろうか。
そう思いながら見ていると、目が合った。
やはり微笑みながら、彼女は私に声を掛けてくる。
「はじめまして。私はこの館で門番をさせていただいています、紅美鈴という者です。貴女のお名前をお聞かせ願えますか?」
うわ。
すんごい爽やか。
服はボロ布状態のうえ、血で真っ赤だけど。
「は、はじめまして。今日からパチュリー様の使い魔となりました、小悪魔、です。よろしくお願いします」
つっかえ、つっかえ。
格好悪く自己紹介を返した私に、
「はい、よろしくお願いしますね。小悪魔さん」
……爽やか!
ミス・マイナスイオンとは貴女のことですか!?
「さて。本当にありがとうございました。私はもう部屋に戻りますね。明日も早いですから」
「待ちなさい」
さらっと信じられないことをのたまった美鈴さんを、強い口調でパチュリー様が呼び止めた。
「明日も早い、ですって?」
「ええ。朝からシフトが入っておりますので」
なんでもないことのように語る美鈴さんを、パチュリー様は眉をしかめて睨みつける。
「また馬鹿なことを言って。貴女の体のことくらい、貴女が一番よくわかっているでしょう?」
魔法の力ってすごいな、と思えたかも知れないが、そんなに便利な物でもないのだ。
回復魔法なんて漫画やゲームと違って本来は自己治癒能力の促進くらいしか効力がないはずで、貴重な薬品を併用して効果を底上げした場合にも揺り戻しが起きてしまう危険性は高い。
だから咲夜ちゃんの体調不良も自然な回復を待っていたのだ。
「表面上は完治したように見えても、内部までそうはいかない。特に左腕。今無理をしたら大変なことになってしまうかもしれない。それを知らないとはいわせないわよ。貴女には前科もあるし」
確かな心配の色を滲ませて言い聞かせようとするパチュリー様に、美鈴さんは穏やかな笑みを返すばかりだ。
「……無駄よ。パチェ。そいつは言い出したら聞かない。それに、もし敵襲があったら直前まで涎たらして寝こけてようが逸早くベッドから抜け出して飛んでいくのが紅魔の誇る門番長様だ。無理矢理寝かせても、意味がない」
レミリアお嬢様はそう言って苦笑しながら、宥めるようにパチュリー様の肩に手を置いた。
「さすがお嬢様。従者の事をよく理解していらっしゃる。そうですね。その通りです。ですから、私はシフトを崩す気はありませんよ、パチュリー様」
美鈴さんは嬉しそうにレミリアお嬢様に笑いかけ、パチュリー様へと愛でるような視線を向けた後、立ち上がり扉に向けて歩き出した。
「……待って!」
再び呼び止めたのもパチュリー様だった。
足を止め、少し困ったように眉を下げながら振り向いた美鈴さんに、パチュリー様は一瞬口篭った後、話し出す。
「休め、と言っても無駄だということはわかったわ。でも、普段通り、ということまでは納得出来ない」
譲歩してあげる、と。
そう言って、パチュリー様は私の肩を押し出した。
……え?
「この子を補佐につけなさい」
「ええぇぇぇええええええええええええッ!?」
なんスかソレ!?
「見ての通りよわっちい、悪魔なんていうのはおこがましいような奴だけど、多分妖精よりは役に立つわ。ええ、多分」
「ちょっ、そんな自信なさそうな顔してこっち見ないでくださいよ!? つうか自信ないなら推薦すんな!」
「……まあ、やばそうなら速攻で助けを呼びに走る係、ってことで。足は速そうだし」
「逃げ足ですねわかります!」
そんな会話を交わしていると、美鈴さんが噴出した。
口を押さえ、肩を小刻みに震わせている。
ああああなんか無性に恥ずかしいぞ!
「パチェがこれだけ言っているんだ。折衷案、ってことで。呑むわよね? 美鈴」
レミリアお嬢様の台詞がとどめになったのか。
美鈴さんは目尻に浮かんだ涙を拭って、答えを出した。
「ええ。それでは、しばらくよろしくお願いします。小悪魔さん」
へにゃり、と。
浮べられた笑みは、それまでの物よりも自然で。
気が抜けたようにゆるやかで。
「っ! ……は、はい!」
――あ、あれ?
その笑顔を見た途端。
どくん、って。
なんだか、心臓がすごいビートを刻み始めちゃった、ような?
「よろしくおねがい、します……」
発した声は尻すぼみで。
不思議そうに小首を傾げた美鈴さんを何故か真っ直ぐ見ていられなくなって、視線を逸らした。
すると、パチュリー様と目が合った。
奴はなにかに気付いたように、にやあ、と顔を歪めて嗤いやがった。
くそう、魔女めっ!
そんなこんなで。
天使から悪魔に、悪魔から使い魔に。
使い魔から、臨時の門番補佐になるようです。
……どうしてこうなった。
続きが楽しみです
続編、期待してます。
しかしやっぱりめーりんはいいな。どこにいても格好いい。
めーりんマジイケメン。
イケめーりん。
続編楽しみにしときます
続きも楽しみにしています。