霧の湖付近の坂の上に変わったレモンがある。
噂好きな妖精の間で流行っている話題の中から、ひょいと拾った根も葉もない話だ。
その噂を聞きつけたレミリアは、興味半分暇つぶし半分の気持ちでそのレモンを食べに行く。
しかし坂はなかなか多くて目的であるレモンが見当たらず、やがてとある少年と巡りあう。
変わったものと聞いた少年はそれが自身が育てているものだと告げその場へと案内する。
到着するとそこには蜜柑の木がなっており、一口齧るとそれはとてもすっぱく蜜柑とは到底思えなかった。
そうして、なるほどこれは変わったレモンだと大笑いするレミリアに対し少年は腹を立てる。
これは将来とても甘く育つ蜜柑になる、覚えていろとレミリアに少年は告げる。
これはなかなか。吸血鬼とは知らずとも妖怪である私に対して、ここまで生意気な者はそういないと少し興味を持つ。
すっぱいすっぱいとレミリアは言いながら、蜜柑を口に放り投げて最後の一口分をぱくりと頬張る。
お礼にと簡単に知っている知識を少年に放つ。
土がしっかりしていないからちゃんと小石や草を分ける事。
蟲がいるならちゃんとどけてやる事。
そうして決定的な事実として告げる。
この蜜柑は将来ずっとすっぱいままだ、と。
能力である運命をただ口にした、という事であり別にそれ以上のことはしなかった。
それを聞いた少年はもう一度口を荒げて宣言する。
お前のようなやつ甘くて甘くて美味しいってぎゃふんといわせてやる。
レミリアはこの言葉を聞き、年に一度この場に来ることを決めた。
いつ挫折するのかが見物だ、と。
二度目の来訪。
少年が心配そうに見守る中、レミリアは率直に食べた蜜柑をすっぱいと答えた。
意気消沈するかと思いきや、何を思い立ったか言ってくる。
あんたが蜜柑を甘いと言うまでは、名前は言わないし聞かない、だそうだ。
それじゃあ一生聞くことは出来なさそうだなと笑うと、今に見てろと少年は意気込んでいた。
三度目の来訪。
すっぱい。
一言目にそう呟いたレミリアに、少年は少し躊躇いながら一つ提案してくる。
どうやら名前がお互い分からないので、あだ名を決めようということだそうだ。
なるほど、確かにお前やあんたと呼び合うのは振る舞いに欠けようか。
では、とレミリアはお互いに坂の上の友と呼び合おうと提案する。
それは恥ずかしいから嫌だと少年は言うが、いいじゃないか坂の上の友よ、とどこかご満悦なレミリアであった。
四度目の来訪。
やぁ坂の上の友よ、元気だったか。
開口一番よく恥ずかしい台詞がいえるなと少年、いや青年は呆れる。
レミリアは無駄に大きくなったものだと言い捨てる中、細くて小さな赤い実がなっている事に気付く。
蜜柑とは別のもので、見た事のない実であった為ひょいともぎ取り口にいれる。
あっ、と青年が声をあげた時には既に遅く、レミリアは声なき声をあげる。
馬鹿だなぁそれは唐辛子だよ。見たのは初めてだったか、と青年は大きく笑う。
虫除けにいいと聞いた為一緒に育てていたそうだが、そんな事は知らないレミリアは青年へと当り散らす。
口直しにすっぱい蜜柑をほおばった。
五度目の来訪。
来て見ると唐辛子はなくなっていた。
どうしたものかと青年に尋ねると、おっちょこちょいな妖怪が間違って食べないように配慮したのだと笑って答えた。
生意気な奴めと笑うと、青年は尋ねてくる。
なんて事はない、ただの世間話であった。
湖には主がいるそうだが見た事はあるか、お酒とは美味いのか、空を飛ぶ時は気持ちがいいのか、と。
青年はレミリアが何の妖怪か、どこに住んでいるのか、人間に対して触れあっていいのかとか、そういう話題を決して口には出さなかった。
最後に今から独り言、と青年は言う。
両親は早くに病死し、青年は独り身だった。
家の懐は暖かかったという訳ではなく、どちらかというと貧困な生活を過ごしてきた。
そんな中、坂の上に食べられるという果実を知り、食料がてら自身で大切に育て上げていく。
でも、他の人はそれを食べてくれなかった。
お金を稼ぐ為その果実を育てているわけではないし、別段困った事ではなかった。
ただ、一口食べてはもういらないと言い捨てる人を見ると、心が苦しくなった。
そんな中、口を開けばすっぱいすっぱいと文句ばかり言う者が現れたんだ。
でも、そいつは文句を言うけど笑いながら最後まで食べるんだ。
それがとても嬉しかった、それだけの事がとても嬉しかったんだ。
独り言を言い終えたのか、青年はどこか照れながらあさっての方向へと向いている。
誰だか知らないけどその食べた奴は災難だったろうね。
こんなすっぱい蜜柑、食べるのに一苦労だから、とレミリアは蜜柑を食べながら言うと青年は笑顔で答えた。
ああ、だから今度こそは美味しい甘い蜜柑をそいつに食べさせてやりたいのさ。
幾年たてど甘くならない蜜柑であったが、とある時ふらりと妖怪が立ち寄ってきた。
その妖怪は成っていた蜜柑を口にするとまずいと吐き捨て木をおろうとする。
しかしそれが面白くないレミリアは妨害し、一旦退ける事に成功する。
貸しなんてないぞと青年は言い、レミリアはもちろんと答える。
年に一度の楽しみを奪われるのは面白くないから。
やはりその年の蜜柑もすっぱかった。
そしてその次の年。
またもや妖怪がやって来た。
その場にレミリアは居らず蜜柑はただただ破壊されていく。
何度も止めようと青年は試みるが、妖怪と人の身では力の差が歴然としており止める事はできなかった。
遅れてきたレミリアはその有様を見て青年に声を掛ける。
ごめん。と青年はレミリアに言う。
約束守れなかった。瀕死の身でありながらただそう告げる。
一つお願いがあるんだ。
お前の名前を教えてくれ。
友達の名前を知らずにいくのは少し、辛い。
そうか、レミリアか。
はは、あだ名を決めた時には変わった名前だろうと思っていたが、なかなかどうして、美しい名前だ。
その後は何も告げず、レミリアはただ妖怪の後を追い、そして見つける。
近場に居た妖怪になぜ壊したのかと問い始める。
そうしてただ癪に障ったからという理由を聞いた後もう一つ妖怪へと問う。
お前は何の妖怪だ?
そして妖怪は答える。
何の妖怪? いやそんなことは知らないさ。俺は妖怪。何の妖怪とかそういうのはないね。
ただ、妖怪ってのは人を襲うものさ。そういうものだろう?
それを聞いたレミリアは納得する。
なるほど。自身が何の妖怪かという事すら分からぬ木偶だったか。
妖怪とは自身が自身の在り方の妖怪としての誇りを持っている生命だ。
少年の誇りを汚した罪は大きい。
それがどうした、押し問答ならいらないなと妖怪は言う。
それは悪かった。前口上が長くなってしまったが簡単な事だ。
私はどうやらお前を駆逐したいのだとレミリアは最後に告げる。
そうして妖怪を倒したレミリアは青年の下へと戻る。
青年は既に事切れ、目から光を失っていた。
その青年にレミリアは言葉をかける。
もう奴は来ない。二度と来ないんだ。さぁ私を満足させなさい。
私は坂の上の友の名前を聞いてはいない。次はそちらが私に名乗る番であろう、と。
答えは返ってこない、が。
ふとレミリアは気付く。
青年が何かを抱えている事に。
壊れ物でも扱うかのように優しくそれを取る。
綺麗な蜜柑だった。
この惨状の最中、彼は瀕死にも関わらず無事であったものを探して救ってきたのだろう。
べりっと皮を剥き、一口齧る。
―――馬鹿じゃないの。
これじゃとても名前なんて聞けないでしょう。
それは今まで食べた中で一番すっぱい蜜柑であった。
青年へと向き合いレミリアは告げる。
聞け。坂の上の友よ。お前の誇り高き血肉はこのレミリアが頂戴した。
甘美であった。この吸血鬼レミリアが声をあげるほどの物であったぞ。
落とした雫の先にいた青年の顔はどこかしら微笑んでいるように見えた。
霧の湖付近の坂の上に変わったレモンがあるらしい。
それは赤いレモンだとの事。
しかしそれを目撃したものはいないのだが、紅魔館当主であるレミリアは言う。
この幻想郷の中で、もっともおいしいレモンだろう、と。
優しい顔を浮かべながらそう答え、視線をどこか遠い場所へと向ける。
その視線の先にある坂の上には甘い蜜柑が一つ、生っていた。
悪くなかったですよ。
好きですね、こういうの
若干展開が早いのは自身でも感じていましたが、他の方の感想が聞きたく気持ちが先走った為修正いれずでの形で投稿した為です。申し訳御座いません。
なんとなく雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 また別の投稿をした際、良ければみてやってください。
日本語がへたぴーなので読んでて ('A`;)? となる展開も御座いますとは思いますが出来る限り修正していきます。
見て頂きありがとうございました。
多数の方の評価を見てとても嬉しく感じました。 今後もこのような形のSSを頑張りたいと思います。 リアルではぶぶわもわっのAAの顔してます。
ありがとうございました。
近々レモンをリメイクして作り直そうかと思ってるので、もしよければまた見てやってください~
完全に会話などをつけるのでこの度の童話のような雰囲気がなくなってしまうかもしれませんが・・・。
最後の赤いレモンの解釈で悩んでいますが、いい雰囲気のお話でした