こいしは自由奔放な子だ、と私は思う。
確かに、無意識ですもんね。ええ。無意識故、少しばかりは仕方ない。
だけど、馬鹿じゃなかったと思うんですよ。鳥頭はお空の特権、普通に聡明な子だと思ってたんですけど。
「お姉ちゃん、生きのいいフランシスコ・ザビエル捕まえてきたよー」
「は、ははは……」
生きのいいって……こいし、それは半分死んでますよ?
地底の奥深く。旧都よりもっと奥にある、大きな洋風の建物。その名も地霊殿、私達古明地姉妹と愉快なペットたちが暮らしている陰気な館。
私、古明地さとりが主人を。妹のこいしは……役職が妹ですかね。異論は出ない物とします。他のペットたちは適当に何か仕事をしてます、沢山いて一々覚えるのも面倒ですしそこまで詳しくは覚えてません。
その地霊殿にも時間は等しく訪れる物。今の時間はおやつ時、女の子はすいーつを楽しむ時間でした。過去形。
そうですね、男の子は黙って見てればいい、そこの……部屋の隅にいる、そう貴方。貴方以外にいないでしょう、プレーリードッグ。そんな円らな眼で見つめられても私は触手には興味がないので。そんなあからさまに残念そうな顔をしないでください。
……おっと、話がずれましたね。私は3時のスイートタイムを満喫してたわけです。過去進行形。今日のおやつは甘くておいしいビスケット、なるだけ上品に食べるのがさとり流。
そんな私の安息を、年末に現れる赤い服装の不審者の如く大きな袋を抱えたこいしがぶち破ってしまいました。現在完了進行形。
フランシスコ=ザビエル……いわゆる逆さペンギン。やった人なら分かる、というよりかは皆やったことがあるあの落書き。その印象しかなくて……宣教師? 確かそんな様な役職の江戸時代の外人。
その逆さペンギンと、彼女の横にいる半人半霊の少女と、一体何の関係があるんでしょうかね。たしかその少女の名前は……忘れた。二本の日本刀――刀狩り? いや、確か時期が違いました。
「わぉ、クッキー! いただきます!」
「あ、私もいただきますね」
ちょっとまて。なかなかしたたかだなザビエル。放課後中庭まで来てください。
そりゃまぁ、私のこいしなら許せる。でも、ふと来て私のビスケットを頂戴するなんて、許せん。それは私のビスケットさんだ。
私の幸せな時間をどうしてくれるんですか? ねぇ? 小さいころに「大きくなったら○○のお嫁さんになる!」って言った記憶でも呼び覚ましますよ? 貴方の旦那さんは誰でしょうか?
真面目そうな子ですし、顔を真っ赤っかにしてくれるに違いありません……うふふ。
まぁ、でもそう言う楽しみは取っておきましょう。もっと別の何か、そうですね、よし。
今日から――いえ、昔から、生まれた時から貴方はザビエルだったのです。異論は犬にでも喰わせておきなさい。そこのプレーリードッグとか。でも猫に食べさせると腹壊すらしくてお燐が泣くので駄目です。
「あれ? これビスケットじゃ」
「とりあえず、こいし……なんでザビエルさんなんて連れてきたんですか? ザビエルさん困ってるじゃないですか」
「は? ……今何と?」
「そうだよね、そうだよね! ザビエルだよね! お姉ちゃんならわかってくれると思ってた!」
「いや、私ザビエルじゃ――」
「まったく、彼女には布教っていう大切な仕事があるのに……はぁ」
「ちょ、そんな仕事してないです、というか私の名前は魂p――」
「ザビエルさん、私がついてますから。安心してください」
「……」
ザビエル泣いちゃった。こいしいけませんよ、母を尋ねて三千里とかいいますし、もしこの子に子供がいたら殴りこみに来ちゃうじゃないですか。落書きをすると逆さアザラシにでもなりそうなザビエル二世が。
それでもこいしは素知らぬ顔。後ろに抱えた袋をおいて、何やらあさってます。今のうちにザビエルさんの心でも読んで、状況を判断するのが吉でしょうね――
私の頭に浮かび上がってきた一つの情景。それは、人里で出会ったこいしとザビエルさんが会話をしているところでした。
――あ、ザビエルだ!
――え? ザビエル……?
――本物だー! ねぇねぇ、落書きしていい?
――……はい? 私ザビエルじゃないですが。
――ザビエルじゃない、どっからどう見ても。
――いや、え? ちょ、何? お姉さん怒らせると怖いよ? 刀とか持ってるよ?
――私のお姉ちゃんは一人だけだもん! 私のお姉ちゃんはザビエルじゃないもん!
――……あ、その、ごめんなさい。だから泣かないで、ほら。
――じゃあついてきて!
――えっ。
オーケイ、ありがとうこいし。その一言だけでご飯三杯……いや、プレーリードッグ3匹はいけますね。ねぇ、姉妹丼とか考えてるとマジ食用にしますよ?
私はこいしと二人がいいんです。攻めたいんです。あ、でも受けも……いや、そんなことはどうでもいい。塩がいいですか、それとも醤油? 妖怪ですから生もありかもしれません。
まぁ、震えるプレーリードッグは放っておいて――次はなんか想起させる――とりあえず、ザビエルさんお疲れ様です。でもこいしなら仕方ない。
肩に手をおいて彼女の名を呼んで慰めてあげると、ビスケットを持ってそのまま部屋の隅にいってしまいました。それは私の……いえ、そのくらいは許してあげましょう。
そのまま彼女は虚空……いや、プレーリードッグの前で愚痴をこぼし始めました。「お前のすべてを受け止めるぜ」ですか。頑張ってください、ザビエルさんの傷心は大きいですよ。あと、どう足掻いても貴方達のカップリングはない。
そうこうしているうちに、こいしが目的のものを取り出したようです。かいてもないのに、汗を拭く動作をしてから生臭いそれを私に向かって突き出してきました。
こいしの手に納まりきらない細身の体。それを8本。その灰緑色の姿はまさしくあれでした。そう、あれ。そろそろおいしくなってくるあの魚。
「あらこいし、鮎ですか」
「お姉ちゃん、たこ焼き! 食べる?」
「なるほどちょっと考える時間をください」
頭の中に触手の生えた鮎の姿が浮かんで消えて行きました。何と言う恐ろしい姿なの、触手付き鮎。あと夕食プレーリードッグ決定。貴方、昔、好きな子の巣穴に侵入して追い出されたことがあるんですね。
……たこと鮎は相いれない存在、せめてそこは鯛焼きの方がよかった。どちらかというと塩焼きまでは許容範囲。だけどさすがに生はちょっと。
でぃすふぃっしゅいずふれっしゅ、なんといいにくい言葉。10回言おうとすると確実にかむ。ってか生きてますよね、それ。くねくねとスタイリッシュに体揺らしてますよね。弱ってるけど。
「俺たちをよくわからねぇ生き物と一緒にするな」ですか。死への恐怖よりそっち勝っちゃいますか。死にかけなのに。
「ねぇ、食べる?」
「え、いやその、もうちょっと時間を」
「……食べてくれない、よね、やっぱり」
「そうね食べたいのは山々なんだけどちょっと私には無理かなってあそうだお燐お腹すかせてたはずこういうときはお燐に上げましょうかそれでいいですかこいし?」
上目遣いで悲しげな瞳をするこいしの可憐な姿に私の心が揺れてしまいました。だってそりゃ、愛らしくて愛おしくていとかなし。かなしきかなし。
だがプレーリードッグ、お前にゃやらん。どこのネズミの骨だかわからんやつに、妹はやれん! わかっててもやりませんが。ところで貴方、カピパラさんに恋してたんですね。
……お燐を呼びつけるために手をパチンと鳴らします。一回、二回、三回……と、七回目でお燐がやってきました。「さとり様、およびでしょうか!」と威勢のいい声。多分寝てたんでしょう、寝癖で頭がボンバーヘッ! それでもやってきたお燐には敬意を表します。
「ねぇお燐、たこ焼き食べます?」
「え、食べてもいいですが、たこ……たこ? どう見てもこれ鮎じゃ」
「お燐、私地上の世界でたこ焼きとってきたんだ! 食べてくれる?」
「食べます。いただきます。いやぁ、やっぱりたこ焼きはこうじゃないと」
流石私のペット、こいしの上目遣いには弱い。
こいしに上目遣いされて大丈夫な生物がいるかって話ですが。木になっている松ぼっくりが一斉に爆発する程度の破壊力を持ってると思うんですよ。むしろ、自制心を持ててたのがすごいとほめてあげたいです。気抜いてると私ですら鼻血とか吹きだしますし。反動で叩きつけられるくらいの。
あとプレーリードッグ、安心してください。貴方に上目遣いすることはないでしょうね。せめて身長1mになってから……ま、今日の晩御飯になる貴方には無理な話ですけど。ところで貴方、アルファルファ食べすぎで尿管結石起こしたことがあるんですってね。
……そして、どこか笑顔のお燐が8匹の鮎……いや、8個入りのたこ焼きを持ってどこかへ消えていきました。これで安心、もう変なものはないですよね。はっはっは、あの膨れた袋が死亡フラグを醸してるとかそんなわけない。きっと詰まってるのは夢に違いない。そうですよね? ね、こいし。
「たこ焼きはお燐に上げたから、今度はオニオンリングでも食べる?」
「いいですね、オニオンリング。ちょうど今食べたい――」
言ってから気付きました。やってしまった、と。
いや、だってですよ? 無意識でオニオンリングが食べたいなって最近思ってたんですよ? そんなときに愛すべき妹の口からオニオンリングって単語が出てくれば、飛びついてしまうのは仕方ないじゃないですか。
まさに誘蛾灯のごとく。ゴキブリホイホイのごとく。またたびのごとく。一マスだけ色の違う床のごとく。この私がそう簡単に釣られホシグマー! フィッシングされちゃいました、もう遅い。
さっきはお燐に振れた、もし私が余計なことを言わなければお空にでも振れたのに。なんてことをいってしまったんだ、私は……仕方ない、覚悟を決めましょう。
はたして、こいしの持ってる袋から出てくるものは一体――
「うわぁ」
「? どうしたのお姉ちゃん、オニオンリングだよ?」
白い物が麻の紐でくくられたそれは、ニンニクで作った首輪でした。食べ物ではない。絶対にオニオンリングではない。吸血鬼の首にかけてあげてください、卒倒しますから。大丈夫、こいしならかけてこれます。
……いやいや、それはさすがに無理ですって。餃子なんかとは比較にならないほど口が臭うというか、そういう次元ですらない話。そういうものはプレーリードッグにでも……え? 無理? 情けないですね。
私? 私は乙女ですから、皮ごとニンニクを口にするのはちょっと……いや、もしや。いいことを思いつきました、ふふ。私ったら天才ですね。
「そうですねー、ザビエルさんってキリスト教信者じゃないですか」
「仏教徒です! いや、それ以前に私はザビエルじゃ――」
「私が食べたいのは山々ですが。山々なんだすが。こいし、ザビエルさんの首に掛けてあげてください」
「そうだね、そっちの方がオニオンリングも喜ぶよね」
「もう、いやだ、もう白玉楼に帰りたい……」
ジタバタと抵抗しても無駄でした。ザビエルさん、首輪をして何だか新米のヴァンパイアハンターみたい。聖水とか、十字架とか、持たせるとそれっぽいかもしれませんね。
そのままいじいじと地面にのの字マークを書き始めましたが、今はそんなことは気にしていられないです。まぁ、そのうち返してあげましょう……そのうち。手土産もいっぱいつけて。でもプレーリードッグ、貴方は晩飯です。ってか少しくらい反省してください。
へ? さとりのSはサディスティックのSじゃないですよ、もう。そんなわけないじゃないですか。さとりのSはドSのSです。
現実逃避もこの辺に。まだまだこいしの持っている袋が大きい――後何回繰り返せばいいんでしょうか?
あの中には何が入ってるんでしょうか……っていうか動き始めてるっていうか中から「助けて」って心の声がここで発動私のスルースキル。最近一級取りました。いやぁ、試験勉強が大変でしたよええ。
「お姉ちゃん、唐揚げは?」
「唐揚げ、ねぇ」
唐揚げと言えば基本鶏。地霊殿にも数匹いましたね、お仲間さん。それにしても、地霊殿内で食物連鎖が特にないのが感動物。お燐が熱帯魚に餌を上げてるのを見た時は結構驚いたものです。目は怖かったですが。プレーリードッグも、ネズミなのにお燐に狙われない。
そんな地霊殿でも、絶対にしてはいけないことが一つ。ご飯として、同種の生物を出すのは絶対に許されない……程度は物によって違いますけど。お空には、絶対唐揚げは出せませんよね。でも卵なら出します。あと、共食いをする輩なら大丈夫。
あら、気がつけば現実逃避してますね私。駄目ですね私、現実には向きあわないと。さて、こいし。貴方はどんなものを出――いやいやいや。いやいやいやいや。
それは、小さな人型のブロンド像。地獄の門の上に座り、右手の甲をあごに当てるポーズをとって思索する人を模した像1/100スケール。その名も、考える人。
私が考える人になりたい。ほら、旧地獄ですし? 地霊殿の玄関あたりで体育座りしててもいいんで、考える時間がほしいです。
それを唐揚げと言い張るこいしの顔は嬉々としたものだったけど、流石に考える人の頭を口に入れるのはちょっと。というより、揚げ要素ないじゃないですか。唐揚げなのに。揚げ要素を求めます。
「これは、そうですね、玄関にでも飾っておきましょうか」
「……腐らない?」
「大丈夫」
そして、もう一度お燐コール。今度は3度目で来てくれました、流石お燐。日ごろから足腰鍛えてるだけありますね。
手ぬぐいを巻いて、まさしく今から料理でもしよう、というところだったんでしょう。でも残念ながら、貴方が99%鮎に近いたこ焼きを食べるのはまだまだ先になります、ええ。
「この唐揚げを、地霊殿の中で最も映えると思われる場所に置いて来てください」
「……はい? あたいにはちょっとよくわからなかったので、リピートお願いします」
「この唐揚げを、地霊殿の中で最も映えると思われる場所に」
「早送り」
「コノカラアゲヲ、チレイデンノ――」
「逆再生」
「いあさづけち――」
「わ、わかりましたからそんな「主人で遊ぶな」とか目で訴えるのをやめてくださいというか何語ですか今の!?」
お燐、逆再生をするときはローマ字に直して逆から読むのよ。覚えておきなさい?
で。今まで色々な物を出してきましたが。
あの袋の質感は素晴らしいですね。なんというかまだ人が何人か入りそうなレベル。こいしが一人で持ってこれたのがすごい。いや、そうじゃなくて。
本当に、後このやり取り何回繰り返せばいいんでしょうか。仮に出てきたものが普通の物でも、それを食べるとなるとちょっと胃薬が欲しくなってくる御年頃。
恐怖に震えながら、私はこいしに優しく呼びかけました。
「その袋には他に何が?」
「うーん……じゃあ笛ラムネとか」
「笛ラムネ、ですか」
笛ラムネが入ってる大きさじゃないよあの袋。
とはいってもこいしのこと。どんなゲテモノを持ってきてくれるんでしょうか? 今までザビエル、生物、儀式用、置物ときました。
黄金色に輝く衣。握り拳大の大きさで、中心に穴のあいたフォルム。そう、それはまさしくあれでした。そう、オニオンリング。これこそがオニオンリング。
思わず「惜しい!」と叫んでしまうほどでした。それを出すタイミングは少し前ですよ、こいし。なんで考える人出したんですか?
「? お姉ちゃん何か言った?」
「いや、なんでもない……笛ラムネ、笛ラムネねぇ」
咥えて吹いて音が出る気がしませんね、この大きさ。まず口に入りきるのかどうか。入ったところでサクッとやってしまいそうで怖いです。
しかしこいしが見ている前で普通にもぐもぐと食べるわけにはいきません。こいしが望んでるのは私とここで笛ラムネで遊ぶことに違いない、どうやって音を出しましょうか――
「おいしーね、この笛ラムネ」
前言撤回、普通に齧る事にしましょう。ほら、こいしのあの幸せそうな顔を見てくださいよ。口に埋まったオニオンリング、否、笛ラムネ。
その状態でこいしも気づいたんでしょう、この笛ラムネはいくら吹いても音が出ないと。音が出ない笛ラムネを咥えていても意味がない、と噛みしだいたんでしょう、なら私が普通に食べても問題はないはずです。
むしろサクサクという音色で行くべきですね。さて、食べましょう……と、その前に、一つ気になったことが。こいしは笛ラムネを何味だと感じてるんでしょうか?
「こいし、どんな味だった?」
「普通に笛ラムネの味だったよ、ちょっと辛かったけど」
ちょっとですんだんですか、さすが無意識。無意識すら先入観に浸るともうどうしようもないですね。
さて、意識の私が食べると一体どんな味がするんでしょうか……? と、いうかこの笛ラムネの入ってた袋には鮎やらなにやら……ええい、食べてしまえば大丈夫!
……うわっ、ファンタスティック。冷めたオニオンリング的笛ラムネとどこか生臭い香りがマッチして、微妙。でも、元がいいんでしょうかまずくはありませんでした。でも微妙。果てしなく、微妙。
プレーリードッグも食べますか? え? タマネギは食べたらまずい? 何言ってるんですか、ただの笛ラムネですよええ。ほら、ほらほら。どうしましたプレーリードッグ、アリルプロピルジスルファイドなんて捨ててかかって来なさい。
いやまぁ、いるといわれてもあげませんが。私の分ですし。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「なんでもないです。さて、他にも何かあるの?」
どう見てもまだまだいろいろと控えてますよね。わかってます。
ここまで来たら最後まで完走しちゃいましょう。大丈夫、ここまではまだ「他にそらせる」もしくは「別種の物だけど食べれる」の二択でしたから。
弾幕はブレイン、とどこかの魔女がが言いました。なら姉妹関係を保つためのこのやりとりもブレインでいけるはずですよね。まさかそううまくいかないはずが――
「みっき」
「うわぁああああああああああああ」
「お、お姉ちゃん?」
こいしの手の中にあった丸くて黒くて駄目だこれ以上言えない、それを右ストレートで弾き飛ばします。そのうえで弾幕で廃棄。一瞬でこの世から消しました。
駄目だ、今まで外してきたから今度も外すと思った私が馬鹿でした。誰がどの角度からどう見たって、これは削除規制にかかるあれ。やばい、私達の命が危ない。
無意識でもこの印を見たら思うのは、ここが夢の国かどうか、もしくは誰が削除されるのかに違いありません。これはもうこれ自身で一つの存在として伝説になってますね、ええ。
これ以上話を続けると地霊殿がおりんりんランドになり変わってしまうかもしれないのでこの辺でやめておきましょうか。さて、後はこいしに状況を説明するだけでいい。
「こ、これはそのね、私達の命じゃ足りないようなやばいものだったのよ」
「密教法具が?」
「ええと……そうそう、別の教の信者に殺されてしまいます」
「ふーん、そんな危ないものだったんだ……」
「いやまぁ、大事に至らなくて良かったです」
危険を回避、姉妹関係の維持はブレインじゃなくてパワーだったようです。絆とかは前提として。これを私以外の人がやろうものなら八つ裂き……だと思いたいですね。
いやぁ、それにしても危なかったです。私も命が惜しい物で、といっても本当に守りたいのはこいしなんですが。
……ところで、こいしの見てる風景って何なんでしょうかね、昔――瞳を閉ざしてから奇想天外なことばかり言っていますが。私が理性なら、こいしは本能。本能のまま見える世界は一体どんなものなんでしょうか? これを、ずっとずっと考え続けてきました。
いやだってですよ。常識的に考えて今までに出てきたものの見間違いは結構深刻。私が丹精込めて作った料理も生ごみに見えてるかもしれませんし、変なものをそれと知らず食べてしまうかもしれません。
放浪癖もありますし、何が起こるかわかったもんじゃない。だから、私が守らないと……。でも、こいし本人に聞く勇気はありません。私が私とみられていないのが怖いんでしょうが、どうしても踏みとどまってしまいます。
私が逡巡していると、何の前触れもなくこいしが物を押しつけてきました。なんというか、これはいわゆる耳かき。ふさふさの白い毛の玉がついてるかわいらしい耳かきです。
しかしここで「可愛い耳かきですね」なんて言うのは失策。だってまぁ、そりゃこうやって50本くらい束になってるってことは意図があるってことじゃないですか? それに、今までのパターンは全部、そう全部、誰が何と言おうと全部違うものでしたし。
だからやっぱり、私はこう聞くしかないのです。「これは、なんですか?」と。あら私、保母さんみたい。保母さんと違うのは、私とこいしの背丈が変わらないことくらいでしょうか。
「素麺!」
そうめん、と来ましたか。炸麺、なんて言われなくて良かったです。初見じゃ絶対恥ずかしいことになりますし。主に響きが。あ、でもこいしの口から言わせてみたくも……いえ、なんでもないです。
それにしても、素麺。ゆでれば完成、3分クッキング。これ茹でてもおいしくなる気がしませんが。でも、これの役目を見つけました。ぴったりの役目、もうこれしかないでしょう。
「素麺は保存がきくから、イグナチオ・デ・ロヨラに持たせましょう」
「誰それ!?」
「貴方ですよ、イグナチオ」
「私はザビエル……じゃなくて――」
「ごめんなさい、ザビエルでしたね」
言質取った。私の勝ちです。ついつい口を滑らせたうっかりやさんのザビエルには素麺をプレゼント。おめでとう。おめでとう。
でも、流石に可哀想にもなってきました。と、いうか彼女の負の感情がアグレッシブに。そろそろ送り返す時間帯かもしれません、ね。
と、こいしがついに最後のものを出してくれるようです。いや、最後ってなにかおかしくないですかあれ。どんなものが入ってるんですか一体。
袋の中で蠢くなにか、人型な気がしてきました。こいしが袋をひっくり返して――
「根性焼き!」
「返してきなさい」
注連縄をつけたまま真っ黒に焼けた神様でした。お空に核の力を授けたという、御柱が目立つ方の神様。こちらに気づいて「やぁ」と挨拶をする姿に流石の私も罪悪感が沸いてきますよ。
ザビエルさんと山の上の神様――いや根性焼き……いやいやさすがにあれは神と言わざるをえませんね――を山の上まで送り返した帰り道。
いや、うん。根性からカエルが出てくるのはわかるとはいえ、そっちじゃない方の神とはこれいかに。帽子が特徴的なんじゃなくて髪の毛が特徴的な方です。
本人ともう一人に謝りを入れると、豪快な笑いで許してくれました。流石神様。すごく……寛大です……。ザビエルさんの方も何とかしてくれるそうで、これにて一件落着。ええ、一件が落着しました。もう一件、あるんですけどね。
……こいし。そう、こいしのことです。どこか寂しそうな顔をしながら着いてきてくれました……ずっと。途中でいなくなるかと思ってましたがそんなことはありませんでした。
なにかを考えるようなそぶり……無意識故、物を考えるのは得意じゃないはずなのに。でも、なにかを必死に考え続けてます。そして、我慢している。超自我、スーパーエゴで無意識を抑えつけてるんでしょうね、多分。
そして地霊殿についた時。私のスカートを軽く引っ張んて、こいしが消え入りそうな声で話しかけてきました。
「お姉ちゃん……ごめんね」
「何が、ですか?」
「迷惑かけちゃって……本当は、全部ちぐはぐだったんでしょ?」
「……結構、楽しかったですよ?」
こいしの言葉を否定できません。でも、私は嘘は言いませんでした。
確かにザビエルさんは可哀想だったけど。確かに振り回されたけど。でも、私は楽しかった。嬉々として取ってきたものを説明するこいしが愛らしかった。
後、久々にこいしと一緒に入れたのが嬉しかったり。もうちょっと一緒にいてくれるとありがたいんですが……ねぇ。それに――
「私の為に取ってきてくれた……そうでしょう? それだけで私は十分です」
そう言って、私はこいしを抱きしめました。いつものとくらべて小さく見えるこいしの体は自然と私の方へと寄りかかってきます。
他から失敬したのか、それとも自分で採ってきたり作ったりしたのか。神様を持ってくるときはお空の力を借りたんでしょうね、多分。詳しくはわかりませんが、頑張ったに違いありません。
だから、頭を優しく撫でてあげる。ギュッと抱きしめ返してくるこいしがまた可愛らしい。暫くそのまま抱きしめあって、互いの体温を確認し合います。
心臓の音がすごく近くから聞こえて心を落ちつけられますし感情の高ぶりを抑えることも可能です。きっと胎児はその時を迎えるまでずっとこんな気分を味わっているんでしょう。そして、皆それを経験して生きてきた。
……大丈夫、いまなら聞ける。さっきは聞けなかった、私がずっと抱いていたあの疑問を。
「こいし……貴方の目には、どう見えてるの?」
「……お姉ちゃん以外は、その物を無意識で捕らえた形でしか見えないの。だから、変なものを持ってきちゃったと思うけど……」
「大丈夫、結構楽しめましたよ」
私の肩がじんわりと暖かくなってきました。泣いてるんでしょうか? いや、ここは深く触れるところじゃないでしょう。でも、少しだけ抱きしめる力を強くします。
「で、一応……私は、どう見えてます?」
「ランドセルが似合いそうな幼女体系で、胸がない、私の大好きなお姉ちゃん」
「こらっ、前半は余計よ」
右手でこいしの頭を軽く小突く。そうね、多分私がこいしの心を読めないように、こいしも私の姿を別のものとして見ることができないんでしょうか。
……いえ。多分、無意識の奥底まで私のことを思ってくれているんでしょう。それでいい。理由なんて、重要じゃないです。
こいしが私をしっかりと認識してくれる。それだけで、私は満足ですし、安心もしました。
「あと、お燐達も普通……博麗の巫女も、多分皆が見てるのと同じ物なんだけど、他のものは分からないの。分かってるかどうかが、分からない」
「分からない時は好きなだけ聞いてください。わかるまで教えてあげますから……ね?」
私がそう言うと、こいしは私の腕の中から離れて行きました。
少し名残惜しい。私もまた弱いですし。こいしのぬくもりをもう少し感じていたかったんですが、まあ仕方がない。
すこし目が赤いですが、安心したようにほほ笑むこいしを見て、私の顔も自然とほころんできます。
そのまま、こいしがゆっくりと私の顔へと口を近づけ……あれ? そのままだとぶつかっ――!?
――
甘い笛ラムネの味がしました、はい……甘かったです。辛いわけありませんし、衣の欠片なんて付いていない。タマネギなんてもってのほか。
上機嫌な、こいしと私。私も上機嫌です。奇声を上げて走り出してしまいたい欲求に囚われます。だって、唇が唇にホールインワン。着陸しました。そのまま数秒キープでしたし。
「そういうのは大切にしなさい」と顔を赤くした私が言っても、「お姉ちゃんだけにしかしない」と言われてさらに顔がバーニング。私の心もヒートアップしてしまいます。
いや、ほんと今になって落ち着けて良かった。嬉しさと恥ずかしさのあまりあのまま灼熱地獄に身を投げてしまいたくなってましたし。あー、思い出すだけで幸せな気分になってきます。ほんとにバーニング、煙がたつほど……あれ?
地霊殿内部から、煙が漂ってきました。一瞬体がこわばりましたが、おいしそうな香りだったことですし火事ではなさそうで一安心。中庭の方から漂ってくるその香りに、私達二人は引き寄せられていきます。あ、考える人。お燐いいところに置きましたね。
そこでは、お燐とお空が串にさした鮎を前によだれを垂らしていました。こちらの方に気付いて、「さとり様達もどうですか?」と問いかけるお燐の言葉に甘え、少し遠くに座って焼けあがるのを待ち始めます。
「お姉ちゃん、私がたこ焼きに見えてたあれは何?」
「鮎よ。細身の川魚。塩焼きにして食べるの」
こいしの問いかけに私がそう返すと、頭の中でどんな処理をしたかは分かりませんが、それを「川魚の一種」と捕らえてくれたようです。印象を聞いて、それを直すだけの簡単な作業。こいしが初めてみるものほど、分かりやすい。
そういえば、こいしにはそんなにたくさんの教育をしていませんでしたね。だから、言葉がわからなくて別のものに置き換えてしまったんでしょう。無意識で。人間でもよくある症状ですが、流石に次元とかそこらが違っていてまったく分かりませんでした。
こいしのイメージをおおよそ私のイメージと同じにしたところで、そろそろ焼け上がるころですかね? お燐がいいあんばいと判断したのか、手に一本ずつ持って持ってきてくれました。
「さとり様、こいし様。鮎、いえ、たこ焼きです」
「もう鮎で大丈夫ですよお燐」
「ねぇお燐、私にこれのおいしい食べ方を教えて?」
「分かりました。魚に関してはあたいに任せてください!」
お燐がやけに乗り気だから、こいしはお燐に任せてみましょう。私は、私の鮎をいただきます。
……あら、プレーリードッグ。何のために私の後ろになんているんですか? 後一歩でも歩いて上を見上げたらこの場で……あ、もう見えてた。そうですか、そうですか。
許しませんよ? 許しませんけど、今の私は気分がいいんです。頭だけですがほら、貴方にも上げます――
……とでも言うと思いました?
絶対渡しません。私のものです。貴方には配給の餌だけで十分ですよ。悔しかったら少しはその思考回路を正してください。
あ、あと。私がはいてないことを言いふらしたら、死ぬよりも苦しい目にあわせてあげますから……え? まさしく同じ穴の狢?
……貴方を冥界送りにすれば、同じ穴ではなくなりますよね?
確かに、無意識ですもんね。ええ。無意識故、少しばかりは仕方ない。
だけど、馬鹿じゃなかったと思うんですよ。鳥頭はお空の特権、普通に聡明な子だと思ってたんですけど。
「お姉ちゃん、生きのいいフランシスコ・ザビエル捕まえてきたよー」
「は、ははは……」
生きのいいって……こいし、それは半分死んでますよ?
地底の奥深く。旧都よりもっと奥にある、大きな洋風の建物。その名も地霊殿、私達古明地姉妹と愉快なペットたちが暮らしている陰気な館。
私、古明地さとりが主人を。妹のこいしは……役職が妹ですかね。異論は出ない物とします。他のペットたちは適当に何か仕事をしてます、沢山いて一々覚えるのも面倒ですしそこまで詳しくは覚えてません。
その地霊殿にも時間は等しく訪れる物。今の時間はおやつ時、女の子はすいーつを楽しむ時間でした。過去形。
そうですね、男の子は黙って見てればいい、そこの……部屋の隅にいる、そう貴方。貴方以外にいないでしょう、プレーリードッグ。そんな円らな眼で見つめられても私は触手には興味がないので。そんなあからさまに残念そうな顔をしないでください。
……おっと、話がずれましたね。私は3時のスイートタイムを満喫してたわけです。過去進行形。今日のおやつは甘くておいしいビスケット、なるだけ上品に食べるのがさとり流。
そんな私の安息を、年末に現れる赤い服装の不審者の如く大きな袋を抱えたこいしがぶち破ってしまいました。現在完了進行形。
フランシスコ=ザビエル……いわゆる逆さペンギン。やった人なら分かる、というよりかは皆やったことがあるあの落書き。その印象しかなくて……宣教師? 確かそんな様な役職の江戸時代の外人。
その逆さペンギンと、彼女の横にいる半人半霊の少女と、一体何の関係があるんでしょうかね。たしかその少女の名前は……忘れた。二本の日本刀――刀狩り? いや、確か時期が違いました。
「わぉ、クッキー! いただきます!」
「あ、私もいただきますね」
ちょっとまて。なかなかしたたかだなザビエル。放課後中庭まで来てください。
そりゃまぁ、私のこいしなら許せる。でも、ふと来て私のビスケットを頂戴するなんて、許せん。それは私のビスケットさんだ。
私の幸せな時間をどうしてくれるんですか? ねぇ? 小さいころに「大きくなったら○○のお嫁さんになる!」って言った記憶でも呼び覚ましますよ? 貴方の旦那さんは誰でしょうか?
真面目そうな子ですし、顔を真っ赤っかにしてくれるに違いありません……うふふ。
まぁ、でもそう言う楽しみは取っておきましょう。もっと別の何か、そうですね、よし。
今日から――いえ、昔から、生まれた時から貴方はザビエルだったのです。異論は犬にでも喰わせておきなさい。そこのプレーリードッグとか。でも猫に食べさせると腹壊すらしくてお燐が泣くので駄目です。
「あれ? これビスケットじゃ」
「とりあえず、こいし……なんでザビエルさんなんて連れてきたんですか? ザビエルさん困ってるじゃないですか」
「は? ……今何と?」
「そうだよね、そうだよね! ザビエルだよね! お姉ちゃんならわかってくれると思ってた!」
「いや、私ザビエルじゃ――」
「まったく、彼女には布教っていう大切な仕事があるのに……はぁ」
「ちょ、そんな仕事してないです、というか私の名前は魂p――」
「ザビエルさん、私がついてますから。安心してください」
「……」
ザビエル泣いちゃった。こいしいけませんよ、母を尋ねて三千里とかいいますし、もしこの子に子供がいたら殴りこみに来ちゃうじゃないですか。落書きをすると逆さアザラシにでもなりそうなザビエル二世が。
それでもこいしは素知らぬ顔。後ろに抱えた袋をおいて、何やらあさってます。今のうちにザビエルさんの心でも読んで、状況を判断するのが吉でしょうね――
私の頭に浮かび上がってきた一つの情景。それは、人里で出会ったこいしとザビエルさんが会話をしているところでした。
――あ、ザビエルだ!
――え? ザビエル……?
――本物だー! ねぇねぇ、落書きしていい?
――……はい? 私ザビエルじゃないですが。
――ザビエルじゃない、どっからどう見ても。
――いや、え? ちょ、何? お姉さん怒らせると怖いよ? 刀とか持ってるよ?
――私のお姉ちゃんは一人だけだもん! 私のお姉ちゃんはザビエルじゃないもん!
――……あ、その、ごめんなさい。だから泣かないで、ほら。
――じゃあついてきて!
――えっ。
オーケイ、ありがとうこいし。その一言だけでご飯三杯……いや、プレーリードッグ3匹はいけますね。ねぇ、姉妹丼とか考えてるとマジ食用にしますよ?
私はこいしと二人がいいんです。攻めたいんです。あ、でも受けも……いや、そんなことはどうでもいい。塩がいいですか、それとも醤油? 妖怪ですから生もありかもしれません。
まぁ、震えるプレーリードッグは放っておいて――次はなんか想起させる――とりあえず、ザビエルさんお疲れ様です。でもこいしなら仕方ない。
肩に手をおいて彼女の名を呼んで慰めてあげると、ビスケットを持ってそのまま部屋の隅にいってしまいました。それは私の……いえ、そのくらいは許してあげましょう。
そのまま彼女は虚空……いや、プレーリードッグの前で愚痴をこぼし始めました。「お前のすべてを受け止めるぜ」ですか。頑張ってください、ザビエルさんの傷心は大きいですよ。あと、どう足掻いても貴方達のカップリングはない。
そうこうしているうちに、こいしが目的のものを取り出したようです。かいてもないのに、汗を拭く動作をしてから生臭いそれを私に向かって突き出してきました。
こいしの手に納まりきらない細身の体。それを8本。その灰緑色の姿はまさしくあれでした。そう、あれ。そろそろおいしくなってくるあの魚。
「あらこいし、鮎ですか」
「お姉ちゃん、たこ焼き! 食べる?」
「なるほどちょっと考える時間をください」
頭の中に触手の生えた鮎の姿が浮かんで消えて行きました。何と言う恐ろしい姿なの、触手付き鮎。あと夕食プレーリードッグ決定。貴方、昔、好きな子の巣穴に侵入して追い出されたことがあるんですね。
……たこと鮎は相いれない存在、せめてそこは鯛焼きの方がよかった。どちらかというと塩焼きまでは許容範囲。だけどさすがに生はちょっと。
でぃすふぃっしゅいずふれっしゅ、なんといいにくい言葉。10回言おうとすると確実にかむ。ってか生きてますよね、それ。くねくねとスタイリッシュに体揺らしてますよね。弱ってるけど。
「俺たちをよくわからねぇ生き物と一緒にするな」ですか。死への恐怖よりそっち勝っちゃいますか。死にかけなのに。
「ねぇ、食べる?」
「え、いやその、もうちょっと時間を」
「……食べてくれない、よね、やっぱり」
「そうね食べたいのは山々なんだけどちょっと私には無理かなってあそうだお燐お腹すかせてたはずこういうときはお燐に上げましょうかそれでいいですかこいし?」
上目遣いで悲しげな瞳をするこいしの可憐な姿に私の心が揺れてしまいました。だってそりゃ、愛らしくて愛おしくていとかなし。かなしきかなし。
だがプレーリードッグ、お前にゃやらん。どこのネズミの骨だかわからんやつに、妹はやれん! わかっててもやりませんが。ところで貴方、カピパラさんに恋してたんですね。
……お燐を呼びつけるために手をパチンと鳴らします。一回、二回、三回……と、七回目でお燐がやってきました。「さとり様、およびでしょうか!」と威勢のいい声。多分寝てたんでしょう、寝癖で頭がボンバーヘッ! それでもやってきたお燐には敬意を表します。
「ねぇお燐、たこ焼き食べます?」
「え、食べてもいいですが、たこ……たこ? どう見てもこれ鮎じゃ」
「お燐、私地上の世界でたこ焼きとってきたんだ! 食べてくれる?」
「食べます。いただきます。いやぁ、やっぱりたこ焼きはこうじゃないと」
流石私のペット、こいしの上目遣いには弱い。
こいしに上目遣いされて大丈夫な生物がいるかって話ですが。木になっている松ぼっくりが一斉に爆発する程度の破壊力を持ってると思うんですよ。むしろ、自制心を持ててたのがすごいとほめてあげたいです。気抜いてると私ですら鼻血とか吹きだしますし。反動で叩きつけられるくらいの。
あとプレーリードッグ、安心してください。貴方に上目遣いすることはないでしょうね。せめて身長1mになってから……ま、今日の晩御飯になる貴方には無理な話ですけど。ところで貴方、アルファルファ食べすぎで尿管結石起こしたことがあるんですってね。
……そして、どこか笑顔のお燐が8匹の鮎……いや、8個入りのたこ焼きを持ってどこかへ消えていきました。これで安心、もう変なものはないですよね。はっはっは、あの膨れた袋が死亡フラグを醸してるとかそんなわけない。きっと詰まってるのは夢に違いない。そうですよね? ね、こいし。
「たこ焼きはお燐に上げたから、今度はオニオンリングでも食べる?」
「いいですね、オニオンリング。ちょうど今食べたい――」
言ってから気付きました。やってしまった、と。
いや、だってですよ? 無意識でオニオンリングが食べたいなって最近思ってたんですよ? そんなときに愛すべき妹の口からオニオンリングって単語が出てくれば、飛びついてしまうのは仕方ないじゃないですか。
まさに誘蛾灯のごとく。ゴキブリホイホイのごとく。またたびのごとく。一マスだけ色の違う床のごとく。この私がそう簡単に釣られホシグマー! フィッシングされちゃいました、もう遅い。
さっきはお燐に振れた、もし私が余計なことを言わなければお空にでも振れたのに。なんてことをいってしまったんだ、私は……仕方ない、覚悟を決めましょう。
はたして、こいしの持ってる袋から出てくるものは一体――
「うわぁ」
「? どうしたのお姉ちゃん、オニオンリングだよ?」
白い物が麻の紐でくくられたそれは、ニンニクで作った首輪でした。食べ物ではない。絶対にオニオンリングではない。吸血鬼の首にかけてあげてください、卒倒しますから。大丈夫、こいしならかけてこれます。
……いやいや、それはさすがに無理ですって。餃子なんかとは比較にならないほど口が臭うというか、そういう次元ですらない話。そういうものはプレーリードッグにでも……え? 無理? 情けないですね。
私? 私は乙女ですから、皮ごとニンニクを口にするのはちょっと……いや、もしや。いいことを思いつきました、ふふ。私ったら天才ですね。
「そうですねー、ザビエルさんってキリスト教信者じゃないですか」
「仏教徒です! いや、それ以前に私はザビエルじゃ――」
「私が食べたいのは山々ですが。山々なんだすが。こいし、ザビエルさんの首に掛けてあげてください」
「そうだね、そっちの方がオニオンリングも喜ぶよね」
「もう、いやだ、もう白玉楼に帰りたい……」
ジタバタと抵抗しても無駄でした。ザビエルさん、首輪をして何だか新米のヴァンパイアハンターみたい。聖水とか、十字架とか、持たせるとそれっぽいかもしれませんね。
そのままいじいじと地面にのの字マークを書き始めましたが、今はそんなことは気にしていられないです。まぁ、そのうち返してあげましょう……そのうち。手土産もいっぱいつけて。でもプレーリードッグ、貴方は晩飯です。ってか少しくらい反省してください。
へ? さとりのSはサディスティックのSじゃないですよ、もう。そんなわけないじゃないですか。さとりのSはドSのSです。
現実逃避もこの辺に。まだまだこいしの持っている袋が大きい――後何回繰り返せばいいんでしょうか?
あの中には何が入ってるんでしょうか……っていうか動き始めてるっていうか中から「助けて」って心の声がここで発動私のスルースキル。最近一級取りました。いやぁ、試験勉強が大変でしたよええ。
「お姉ちゃん、唐揚げは?」
「唐揚げ、ねぇ」
唐揚げと言えば基本鶏。地霊殿にも数匹いましたね、お仲間さん。それにしても、地霊殿内で食物連鎖が特にないのが感動物。お燐が熱帯魚に餌を上げてるのを見た時は結構驚いたものです。目は怖かったですが。プレーリードッグも、ネズミなのにお燐に狙われない。
そんな地霊殿でも、絶対にしてはいけないことが一つ。ご飯として、同種の生物を出すのは絶対に許されない……程度は物によって違いますけど。お空には、絶対唐揚げは出せませんよね。でも卵なら出します。あと、共食いをする輩なら大丈夫。
あら、気がつけば現実逃避してますね私。駄目ですね私、現実には向きあわないと。さて、こいし。貴方はどんなものを出――いやいやいや。いやいやいやいや。
それは、小さな人型のブロンド像。地獄の門の上に座り、右手の甲をあごに当てるポーズをとって思索する人を模した像1/100スケール。その名も、考える人。
私が考える人になりたい。ほら、旧地獄ですし? 地霊殿の玄関あたりで体育座りしててもいいんで、考える時間がほしいです。
それを唐揚げと言い張るこいしの顔は嬉々としたものだったけど、流石に考える人の頭を口に入れるのはちょっと。というより、揚げ要素ないじゃないですか。唐揚げなのに。揚げ要素を求めます。
「これは、そうですね、玄関にでも飾っておきましょうか」
「……腐らない?」
「大丈夫」
そして、もう一度お燐コール。今度は3度目で来てくれました、流石お燐。日ごろから足腰鍛えてるだけありますね。
手ぬぐいを巻いて、まさしく今から料理でもしよう、というところだったんでしょう。でも残念ながら、貴方が99%鮎に近いたこ焼きを食べるのはまだまだ先になります、ええ。
「この唐揚げを、地霊殿の中で最も映えると思われる場所に置いて来てください」
「……はい? あたいにはちょっとよくわからなかったので、リピートお願いします」
「この唐揚げを、地霊殿の中で最も映えると思われる場所に」
「早送り」
「コノカラアゲヲ、チレイデンノ――」
「逆再生」
「いあさづけち――」
「わ、わかりましたからそんな「主人で遊ぶな」とか目で訴えるのをやめてくださいというか何語ですか今の!?」
お燐、逆再生をするときはローマ字に直して逆から読むのよ。覚えておきなさい?
で。今まで色々な物を出してきましたが。
あの袋の質感は素晴らしいですね。なんというかまだ人が何人か入りそうなレベル。こいしが一人で持ってこれたのがすごい。いや、そうじゃなくて。
本当に、後このやり取り何回繰り返せばいいんでしょうか。仮に出てきたものが普通の物でも、それを食べるとなるとちょっと胃薬が欲しくなってくる御年頃。
恐怖に震えながら、私はこいしに優しく呼びかけました。
「その袋には他に何が?」
「うーん……じゃあ笛ラムネとか」
「笛ラムネ、ですか」
笛ラムネが入ってる大きさじゃないよあの袋。
とはいってもこいしのこと。どんなゲテモノを持ってきてくれるんでしょうか? 今までザビエル、生物、儀式用、置物ときました。
黄金色に輝く衣。握り拳大の大きさで、中心に穴のあいたフォルム。そう、それはまさしくあれでした。そう、オニオンリング。これこそがオニオンリング。
思わず「惜しい!」と叫んでしまうほどでした。それを出すタイミングは少し前ですよ、こいし。なんで考える人出したんですか?
「? お姉ちゃん何か言った?」
「いや、なんでもない……笛ラムネ、笛ラムネねぇ」
咥えて吹いて音が出る気がしませんね、この大きさ。まず口に入りきるのかどうか。入ったところでサクッとやってしまいそうで怖いです。
しかしこいしが見ている前で普通にもぐもぐと食べるわけにはいきません。こいしが望んでるのは私とここで笛ラムネで遊ぶことに違いない、どうやって音を出しましょうか――
「おいしーね、この笛ラムネ」
前言撤回、普通に齧る事にしましょう。ほら、こいしのあの幸せそうな顔を見てくださいよ。口に埋まったオニオンリング、否、笛ラムネ。
その状態でこいしも気づいたんでしょう、この笛ラムネはいくら吹いても音が出ないと。音が出ない笛ラムネを咥えていても意味がない、と噛みしだいたんでしょう、なら私が普通に食べても問題はないはずです。
むしろサクサクという音色で行くべきですね。さて、食べましょう……と、その前に、一つ気になったことが。こいしは笛ラムネを何味だと感じてるんでしょうか?
「こいし、どんな味だった?」
「普通に笛ラムネの味だったよ、ちょっと辛かったけど」
ちょっとですんだんですか、さすが無意識。無意識すら先入観に浸るともうどうしようもないですね。
さて、意識の私が食べると一体どんな味がするんでしょうか……? と、いうかこの笛ラムネの入ってた袋には鮎やらなにやら……ええい、食べてしまえば大丈夫!
……うわっ、ファンタスティック。冷めたオニオンリング的笛ラムネとどこか生臭い香りがマッチして、微妙。でも、元がいいんでしょうかまずくはありませんでした。でも微妙。果てしなく、微妙。
プレーリードッグも食べますか? え? タマネギは食べたらまずい? 何言ってるんですか、ただの笛ラムネですよええ。ほら、ほらほら。どうしましたプレーリードッグ、アリルプロピルジスルファイドなんて捨ててかかって来なさい。
いやまぁ、いるといわれてもあげませんが。私の分ですし。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「なんでもないです。さて、他にも何かあるの?」
どう見てもまだまだいろいろと控えてますよね。わかってます。
ここまで来たら最後まで完走しちゃいましょう。大丈夫、ここまではまだ「他にそらせる」もしくは「別種の物だけど食べれる」の二択でしたから。
弾幕はブレイン、とどこかの魔女がが言いました。なら姉妹関係を保つためのこのやりとりもブレインでいけるはずですよね。まさかそううまくいかないはずが――
「みっき」
「うわぁああああああああああああ」
「お、お姉ちゃん?」
こいしの手の中にあった丸くて黒くて駄目だこれ以上言えない、それを右ストレートで弾き飛ばします。そのうえで弾幕で廃棄。一瞬でこの世から消しました。
駄目だ、今まで外してきたから今度も外すと思った私が馬鹿でした。誰がどの角度からどう見たって、これは削除規制にかかるあれ。やばい、私達の命が危ない。
無意識でもこの印を見たら思うのは、ここが夢の国かどうか、もしくは誰が削除されるのかに違いありません。これはもうこれ自身で一つの存在として伝説になってますね、ええ。
これ以上話を続けると地霊殿がおりんりんランドになり変わってしまうかもしれないのでこの辺でやめておきましょうか。さて、後はこいしに状況を説明するだけでいい。
「こ、これはそのね、私達の命じゃ足りないようなやばいものだったのよ」
「密教法具が?」
「ええと……そうそう、別の教の信者に殺されてしまいます」
「ふーん、そんな危ないものだったんだ……」
「いやまぁ、大事に至らなくて良かったです」
危険を回避、姉妹関係の維持はブレインじゃなくてパワーだったようです。絆とかは前提として。これを私以外の人がやろうものなら八つ裂き……だと思いたいですね。
いやぁ、それにしても危なかったです。私も命が惜しい物で、といっても本当に守りたいのはこいしなんですが。
……ところで、こいしの見てる風景って何なんでしょうかね、昔――瞳を閉ざしてから奇想天外なことばかり言っていますが。私が理性なら、こいしは本能。本能のまま見える世界は一体どんなものなんでしょうか? これを、ずっとずっと考え続けてきました。
いやだってですよ。常識的に考えて今までに出てきたものの見間違いは結構深刻。私が丹精込めて作った料理も生ごみに見えてるかもしれませんし、変なものをそれと知らず食べてしまうかもしれません。
放浪癖もありますし、何が起こるかわかったもんじゃない。だから、私が守らないと……。でも、こいし本人に聞く勇気はありません。私が私とみられていないのが怖いんでしょうが、どうしても踏みとどまってしまいます。
私が逡巡していると、何の前触れもなくこいしが物を押しつけてきました。なんというか、これはいわゆる耳かき。ふさふさの白い毛の玉がついてるかわいらしい耳かきです。
しかしここで「可愛い耳かきですね」なんて言うのは失策。だってまぁ、そりゃこうやって50本くらい束になってるってことは意図があるってことじゃないですか? それに、今までのパターンは全部、そう全部、誰が何と言おうと全部違うものでしたし。
だからやっぱり、私はこう聞くしかないのです。「これは、なんですか?」と。あら私、保母さんみたい。保母さんと違うのは、私とこいしの背丈が変わらないことくらいでしょうか。
「素麺!」
そうめん、と来ましたか。炸麺、なんて言われなくて良かったです。初見じゃ絶対恥ずかしいことになりますし。主に響きが。あ、でもこいしの口から言わせてみたくも……いえ、なんでもないです。
それにしても、素麺。ゆでれば完成、3分クッキング。これ茹でてもおいしくなる気がしませんが。でも、これの役目を見つけました。ぴったりの役目、もうこれしかないでしょう。
「素麺は保存がきくから、イグナチオ・デ・ロヨラに持たせましょう」
「誰それ!?」
「貴方ですよ、イグナチオ」
「私はザビエル……じゃなくて――」
「ごめんなさい、ザビエルでしたね」
言質取った。私の勝ちです。ついつい口を滑らせたうっかりやさんのザビエルには素麺をプレゼント。おめでとう。おめでとう。
でも、流石に可哀想にもなってきました。と、いうか彼女の負の感情がアグレッシブに。そろそろ送り返す時間帯かもしれません、ね。
と、こいしがついに最後のものを出してくれるようです。いや、最後ってなにかおかしくないですかあれ。どんなものが入ってるんですか一体。
袋の中で蠢くなにか、人型な気がしてきました。こいしが袋をひっくり返して――
「根性焼き!」
「返してきなさい」
注連縄をつけたまま真っ黒に焼けた神様でした。お空に核の力を授けたという、御柱が目立つ方の神様。こちらに気づいて「やぁ」と挨拶をする姿に流石の私も罪悪感が沸いてきますよ。
ザビエルさんと山の上の神様――いや根性焼き……いやいやさすがにあれは神と言わざるをえませんね――を山の上まで送り返した帰り道。
いや、うん。根性からカエルが出てくるのはわかるとはいえ、そっちじゃない方の神とはこれいかに。帽子が特徴的なんじゃなくて髪の毛が特徴的な方です。
本人ともう一人に謝りを入れると、豪快な笑いで許してくれました。流石神様。すごく……寛大です……。ザビエルさんの方も何とかしてくれるそうで、これにて一件落着。ええ、一件が落着しました。もう一件、あるんですけどね。
……こいし。そう、こいしのことです。どこか寂しそうな顔をしながら着いてきてくれました……ずっと。途中でいなくなるかと思ってましたがそんなことはありませんでした。
なにかを考えるようなそぶり……無意識故、物を考えるのは得意じゃないはずなのに。でも、なにかを必死に考え続けてます。そして、我慢している。超自我、スーパーエゴで無意識を抑えつけてるんでしょうね、多分。
そして地霊殿についた時。私のスカートを軽く引っ張んて、こいしが消え入りそうな声で話しかけてきました。
「お姉ちゃん……ごめんね」
「何が、ですか?」
「迷惑かけちゃって……本当は、全部ちぐはぐだったんでしょ?」
「……結構、楽しかったですよ?」
こいしの言葉を否定できません。でも、私は嘘は言いませんでした。
確かにザビエルさんは可哀想だったけど。確かに振り回されたけど。でも、私は楽しかった。嬉々として取ってきたものを説明するこいしが愛らしかった。
後、久々にこいしと一緒に入れたのが嬉しかったり。もうちょっと一緒にいてくれるとありがたいんですが……ねぇ。それに――
「私の為に取ってきてくれた……そうでしょう? それだけで私は十分です」
そう言って、私はこいしを抱きしめました。いつものとくらべて小さく見えるこいしの体は自然と私の方へと寄りかかってきます。
他から失敬したのか、それとも自分で採ってきたり作ったりしたのか。神様を持ってくるときはお空の力を借りたんでしょうね、多分。詳しくはわかりませんが、頑張ったに違いありません。
だから、頭を優しく撫でてあげる。ギュッと抱きしめ返してくるこいしがまた可愛らしい。暫くそのまま抱きしめあって、互いの体温を確認し合います。
心臓の音がすごく近くから聞こえて心を落ちつけられますし感情の高ぶりを抑えることも可能です。きっと胎児はその時を迎えるまでずっとこんな気分を味わっているんでしょう。そして、皆それを経験して生きてきた。
……大丈夫、いまなら聞ける。さっきは聞けなかった、私がずっと抱いていたあの疑問を。
「こいし……貴方の目には、どう見えてるの?」
「……お姉ちゃん以外は、その物を無意識で捕らえた形でしか見えないの。だから、変なものを持ってきちゃったと思うけど……」
「大丈夫、結構楽しめましたよ」
私の肩がじんわりと暖かくなってきました。泣いてるんでしょうか? いや、ここは深く触れるところじゃないでしょう。でも、少しだけ抱きしめる力を強くします。
「で、一応……私は、どう見えてます?」
「ランドセルが似合いそうな幼女体系で、胸がない、私の大好きなお姉ちゃん」
「こらっ、前半は余計よ」
右手でこいしの頭を軽く小突く。そうね、多分私がこいしの心を読めないように、こいしも私の姿を別のものとして見ることができないんでしょうか。
……いえ。多分、無意識の奥底まで私のことを思ってくれているんでしょう。それでいい。理由なんて、重要じゃないです。
こいしが私をしっかりと認識してくれる。それだけで、私は満足ですし、安心もしました。
「あと、お燐達も普通……博麗の巫女も、多分皆が見てるのと同じ物なんだけど、他のものは分からないの。分かってるかどうかが、分からない」
「分からない時は好きなだけ聞いてください。わかるまで教えてあげますから……ね?」
私がそう言うと、こいしは私の腕の中から離れて行きました。
少し名残惜しい。私もまた弱いですし。こいしのぬくもりをもう少し感じていたかったんですが、まあ仕方がない。
すこし目が赤いですが、安心したようにほほ笑むこいしを見て、私の顔も自然とほころんできます。
そのまま、こいしがゆっくりと私の顔へと口を近づけ……あれ? そのままだとぶつかっ――!?
――
甘い笛ラムネの味がしました、はい……甘かったです。辛いわけありませんし、衣の欠片なんて付いていない。タマネギなんてもってのほか。
上機嫌な、こいしと私。私も上機嫌です。奇声を上げて走り出してしまいたい欲求に囚われます。だって、唇が唇にホールインワン。着陸しました。そのまま数秒キープでしたし。
「そういうのは大切にしなさい」と顔を赤くした私が言っても、「お姉ちゃんだけにしかしない」と言われてさらに顔がバーニング。私の心もヒートアップしてしまいます。
いや、ほんと今になって落ち着けて良かった。嬉しさと恥ずかしさのあまりあのまま灼熱地獄に身を投げてしまいたくなってましたし。あー、思い出すだけで幸せな気分になってきます。ほんとにバーニング、煙がたつほど……あれ?
地霊殿内部から、煙が漂ってきました。一瞬体がこわばりましたが、おいしそうな香りだったことですし火事ではなさそうで一安心。中庭の方から漂ってくるその香りに、私達二人は引き寄せられていきます。あ、考える人。お燐いいところに置きましたね。
そこでは、お燐とお空が串にさした鮎を前によだれを垂らしていました。こちらの方に気付いて、「さとり様達もどうですか?」と問いかけるお燐の言葉に甘え、少し遠くに座って焼けあがるのを待ち始めます。
「お姉ちゃん、私がたこ焼きに見えてたあれは何?」
「鮎よ。細身の川魚。塩焼きにして食べるの」
こいしの問いかけに私がそう返すと、頭の中でどんな処理をしたかは分かりませんが、それを「川魚の一種」と捕らえてくれたようです。印象を聞いて、それを直すだけの簡単な作業。こいしが初めてみるものほど、分かりやすい。
そういえば、こいしにはそんなにたくさんの教育をしていませんでしたね。だから、言葉がわからなくて別のものに置き換えてしまったんでしょう。無意識で。人間でもよくある症状ですが、流石に次元とかそこらが違っていてまったく分かりませんでした。
こいしのイメージをおおよそ私のイメージと同じにしたところで、そろそろ焼け上がるころですかね? お燐がいいあんばいと判断したのか、手に一本ずつ持って持ってきてくれました。
「さとり様、こいし様。鮎、いえ、たこ焼きです」
「もう鮎で大丈夫ですよお燐」
「ねぇお燐、私にこれのおいしい食べ方を教えて?」
「分かりました。魚に関してはあたいに任せてください!」
お燐がやけに乗り気だから、こいしはお燐に任せてみましょう。私は、私の鮎をいただきます。
……あら、プレーリードッグ。何のために私の後ろになんているんですか? 後一歩でも歩いて上を見上げたらこの場で……あ、もう見えてた。そうですか、そうですか。
許しませんよ? 許しませんけど、今の私は気分がいいんです。頭だけですがほら、貴方にも上げます――
……とでも言うと思いました?
絶対渡しません。私のものです。貴方には配給の餌だけで十分ですよ。悔しかったら少しはその思考回路を正してください。
あ、あと。私がはいてないことを言いふらしたら、死ぬよりも苦しい目にあわせてあげますから……え? まさしく同じ穴の狢?
……貴方を冥界送りにすれば、同じ穴ではなくなりますよね?
そしてこいしちゃんはボキャブラリが少ないのに根性焼きだのザビエルだのは知ってるんかw
この長さを飽きさせずに・時間を感じさせずに一気に読みきらせられるのが凄い
そしてプレーリードッグ…何者なんだ…
こいしの無意識ネーミングでこの名前になったとしか思えない
あとザビエル。
とりあえず美味しい姉妹丼を見ることができて大満足です。
素で吹いたの久々です。
もちろん姉妹仲も。