Coolier - 新生・東方創想話

霧雨魔理沙は覚えない ~疾風怒濤のメカニック妖怪山~

2011/05/31 11:27:40
最終更新
サイズ
50.06KB
ページ数
1
閲覧数
3576
評価数
24/94
POINT
5620
Rate
11.88

分類タグ


※このお話は、一作目「霧雨魔理沙は知りたくない」の設定を用いています。
※「霧雨魔理沙の非常識な日常」タグでそちらの作品が出てくるので、まずはそちらから目を通していただければ、随所の設定が解るかと思います。
※基本的に一話完結型ですので、前作及び前々作「霧雨魔理沙は見たくない&顧みない」は読んでいなくてもご理解いただけるかと。
※長くなりましたが、それではどうぞお楽しみ下さい。


















――0・パーキング/始まりは森にて――



 魔法の森の空気は、キノコの瘴気で何時も淀んでいる。
 鬱々とした空気に、入り込んだ妖怪が狂い出すのも日常茶飯事。

 そんな暗黒の森に居を構えている、人間の魔法使い。
 それが私、霧雨魔理沙だ。

 最近、私には日課となったことがある。

 魔法の研究?……そんなものは、毎日変わらずやっている。
 魔導書の強奪?……最近は、色々あって遠慮している。
 霊夢との弾幕ごっこ?……前より数は増えたが、それだけだ。

 そんなんじゃなく、最近、私の日課に加わったことがあるのだ。

 魔法の森。
 瘴気に覆われた空を突き抜け、蒼天に躍り出る。
 刹那の間には体中に纏わり付いていた不快感が消え去り、どこまでも澄んだ空気が私の中に満たされた。

「っと……もう見えたか」

 白い外壁と青い屋根。
 綺麗な外装の中はまさしく“魔窟”であるということを、私は知っている。
 なぜならば、あの中にはとっておきの危険物が溢れかえりそうになっているのだから。

「おーい、アリスー?」

 玄関の前に立って、扉を数度ノックする。
 だが反応はなく、私はただ首を傾げた。

 私の隣人、アリス・マーガトロイド。
 彼女の下へ行き魔法の研鑽――ついでに、精神力も――をすることが、ここ最近の私の日課だった。

 パートナーであり、それから友人でもある。
 向こうが私のことをどう思っているか何か知らないが、これが私の認識だ。
 そんな私から見て、アリス・マーガトロイドという人物は“変人”だ。

 日月火水木金土――七日間で入れ替わる七人のアリス。
 それぞれ違った個性を持つ彼女たちは、そりゃあまともなのも居るが、半分は変人だと思う。

――ガチャ
「お?」

 そんな風にアリスについて回想していると、扉が一人でに開いた。
 赤い服の人形――上海人形が、アリスの操作で扉を開けてくれたのだろう。
 もうちょっと早く開けてくれても良いと思うんだが……まぁこれで、中で待っているアリスが“だれ”であるか、少しだけ絞り込めた。

 木曜日や月曜日なら、すぐに開けてくれる。
 火曜日か水曜日なら、ワンテンポ遅れても、待たせたりなんかしない。
 そうなれば、残りはあと三人だ。

「お邪魔するぜ」

 上海に帽子を渡して、フローリングの床を進んでいく。
 廊下から歩いてすぐ、リビングの、いつもの窓際。
 金の髪を日光にさらけ出して紅茶を飲む、ビスクドールのような顔立ちの少女。

「アリス?」

 アリスは、私のことを一瞥もすることなく、ただ手に持った灰色の紙に夢中になっていた。
 あれは……たぶん、幻想郷の新聞記者、鴉天狗“射命丸文”が発行している“文々。新聞”だ。

「なんの記事読んでいるんだ?」
「……」

 問いかけても、返事はない。
 せめて“どの”アリスかだけでも確認したくなって、私は視線を落とした。

 青いドレスに、いつものケープはない。
 探すまでもなく、机の上に置かれたケープ。
 邪魔だからとったのだろう。そのケープの上には、“紫色の”リボンが丁寧に畳まれていた。

「……ちょっと急用を思い出したから私はこれで帰る――ぜっ!?」

 身体に巻かれた、無数の糸。
 逃がすまいと堅く結ばれた糸に、私はため息を吐くことしかできなかった。
 なんか、もう、絶対厄介ごとに巻き込まれる。

「この“非想天則”のことなんだけど……」
「ずいぶん古い話だな。それ、もう終わったぜ?」
「ああ、やっぱりそうよね」

 文の新聞は、こうして時折内容が被る。
 号外なんて言いながら出すのは、大抵今までの総集編だったりするのだ。

「なぁアリス、そろそろ離してくれると――」
「――見てみたいわ、これ。山一つくらいなら、吹き飛ばせるのかしら?」

 紫色のリボン。
 人形開発の方向性が、何故だか“爆発”に偏るハイテンション。
 土曜日のアリスが、私を引き寄せながら呟いた。

「行くんなら一人で行け!吹き飛ばされてたまるか!」
「何を言っているのよ?本当に吹き飛ばす訳無いじゃない。見学するだけよ」

 珍しくフラットなテンションの、土曜日のアリス。
 それが爆発の前段階のような記気がして、私は動くに動けなかった。
 非想天則が展示されていた場所――妖怪の山なんか吹き飛ばしても、敵を増やすだけだぜ……。

 第一、見学ってなんだよ?
 見て学ぶって、巨大ロボットから何を学ぶんだ?

「巨大ロボットよ?早々見る機会無いじゃない。貴女がそのヒヒイロカネくれるのなら、それで我慢しても良いけど」
「いやいやいや、八卦炉をおまえに渡したら何されるか解らん。というか、なんでヒヒイロカネだって知ってんだ?」
「前に聞いたことがあるわ。香霖堂さんに。貴女が集めてきたのでしょう?」
「偶然だぜ」

 香霖め……余計なことを。
 いやまぁ、相手が水曜日あたりだったら、普通に良い奴だから言ってもおかしくはないか。

「第一!……普段ならおまえ、一人で行くじゃないか」
「私一人だと心配だから、貴女と行けっていわれたの。マスターに」
「は?」

 私を信頼……してるんじゃなくて、他に交友関係がないだけだろうなぁ。
 土曜日のアリスはそう言うと、新聞を畳んで人形を操りだした。
 見た目は大江戸だが、スカートの端にひらがなで可愛らしく書かれた“アルフレッド”の文字。

 ……一度、マーガトロイド邸を更地にしたアルフレッド先生人形の試作型だ。

「私、そういえば霊夢と約束が――」
「――いいじゃない。行ってあげてよ」

 リビングに新しく入ってきた、幼い声。
 振り向いてみれば、蓬莱人形を肩に置く少女の姿があった。
 金色の髪に結ばれた青いリボン、同色のスカートに革のブーツ。
 全ての“アリス・マーガトロイド”を統括する“アリス”が、気怠げに佇んでいた。

「なに?あの子を一人で行かせるの?」
「うっ」

 そう言われてしまうと、厳しい。
 何をするかわからない。
 何をするかわからない、から……心配ではある。

「はぁ、しょうがないわね。――せっかく人形を貸したのに、そういえば返ってこなかったなぁ」
「わかったよ!……アリス、頼むから、私から離れるなよ?」

 先週のことだ。
 私は火曜日のアリスと一緒に博麗神社に訪れて、そこで幼いアリスに借りた人形を忘れた。もうとって来られそうにない場所だから、こう言われるとどうしようもない。

 いや、いずれ取りに行ってみせる!けど、時間はかかるだろうし。

「あら?私は別に良いのよ?ひとりでも」
「そう言ってのける辺りが心配なんだよ」

 なんだかんだと脅されもしたが、私はどの道ついていったような気がする。
 土曜日のアリス一人で妖怪の山に行くなんて聞いたら、きっとブレイジングスターで飛んでいったことだろう。

「やっぱり魔理沙は頼りなるわね。“アリス”は任せたわ」
「はいはい、ったく」

 だからこれは、私の意志。
 他の何者にも曲げることはできない、私の感情。

 決して――――“アリス”に頼られてちょっと嬉しかったなんてことは……ないんだぜ。















霧雨魔理沙は覚えない ~疾風怒濤のメカニック妖怪山~














――1・ロー/疾風怒濤迅速迅雷――



 幻想郷で“組織”と言われれば、幾つか思い浮かぶだろう。

 吸血鬼が統括する悪魔の館――紅魔館。
 亡霊が数多の幽霊を従える――白玉楼。
 月の民と竹林の支配者たち――永遠亭。
 地底の怨霊と妖怪の管理者――地霊殿。

 そのどれもが、組織的な力を有していることは明らかだ。
 けれど、じゃあどれが一番大きいのか?と言われたら、私は迷いながらもここをあげる。

 八百万の神々。
 情報を制する天狗。
 高い技術力を持つ河童。
 そして、最強の幻想種たる、鬼。

 それらが集い、支配する世界。
 それが、私と土曜日のアリスが見上げる大きな山々。

「ここが妖怪の山ね、楽しそうだわ」
「いや、非想天則の公開も河童のバザーも終わっているから、何もないと思うぞ?」
「一日中太陽の光が降り注ぐ工場があるのでしょう?幻想郷縁起で見たわ」

 いや、阿求のアレか。
 確かに書いてあったが、アイツ、妖怪の山なんか入れないだろうに。
 どこから得たのか定かじゃない情報をなんざ、信用ならないぜ。

「さて、早速行きましょう」
「いやいや、待て待て待て。せめてこう、こっそりとだな」
「あのねぇ魔理沙?」

 あ、何かすごくバカにされている気がする。
 眼を細めて肩を竦め、ゆっくりと首を横に振るアリス。
 出がけはフラットだったはずのテンションも、だんだん妙に高くなってきたように思える。

「爆発に必要なのは勢い!勢いの中から真の美しさは生まれるの!それこそが“私”の研究テーマよ!」

 胸を張って、アリスは宣言した。
 なるほど、今までのフラットは、ここで爆発するための助走か。
 いや、まだ爆発はしていないか。この程度だったら、“溜め”の段階だ。

「わかった。それでも良いから、とりあえず守矢神社の参道から入ろうぜ?その方が、奥から入り込める」
「あら、ノって来たわね?いいわ、そうしましょう」

 もうこうなったら、私も本気になってやる。
 そういえばこうして振り回される前までは、紅魔館で本を借りたりなんだりと、私もずいぶん突飛なことをしていたような気がする。

 だったらせっかくだし、丁度良い。
 この“悪友”と、山を走り抜けるのも面白そうだ。
 ついでに河童の所から面白そうなアイテムでも“借り”られれば、儲けものだしな。

「守矢神社って、行ったこと無いのよね」
「そうなのか?最初のイメージがおまえになるのか。“アリス”も大変だな」
「そうね。私ほどの芸術性となると、金曜日かマスターくらいしかいないものね」
「言い切るな」

 というか、金曜日は認めてるのか。
 ゴリアテサクリファイスとか合作スペルを使われたら、私も逃げ出すしかできそうにないな。

 気合いを入れ直して、アリスと共に空を飛ぶ。
 眼下に広がるのは、新緑に染まる山々の光景だった。

 もうすぐ夏。
 この季節の山は、見事な緑に覆われている。
 秋になれば一面が情熱的に染まる山も、夏は爽やかで涼しげだ。

「この先に滝があって、その奥が守矢神社だ」
「こんな辺鄙なところにあって、人間の信仰が得られるのかしら?」
「そこら辺は、早苗に聞けばいい」

 守矢神社が、人間のために確保している道。
 その上空ならば、天狗にとやかく言われることはない。
 ただし、少しでも脇道に逸れようものなら、すぐに天狗が飛び込んでくるのだが。
 そうアリスに告げると、アリスはしっかりと首肯して見せた。

「さて、それじゃあそろそろ脇道に逸れましょうか」
「いや、おまえ、私の話を聞いていたか?」
「ようは、向こうの監視が私たちから外れればいいのでしょう?」

 それはそうだが、向こうには“千里を見通す”程度の天狗がいる。
 並大抵のことでは、目を逸らしてくれないだろう。

「私ね、この間、“私”から記憶を共有したときに、貴女から学んだことがあるの」
「私から?おまえが?」

 なんだろう。
 私がアリスと一緒に居たときにしたことなんて、せいぜい池の入り口を見つけたくらいで、他に大したことは――いや、橙とのスペルカード戦か?それのどこに?

「そう――強烈な芸術は、見たものの目を眩ませる」
「は?あれ?」

 アリスの側に、人形がいないことに気がつく。
 確かに、私と一緒に山へ行った時はいた。
 なのに今、アリスの隣には何もいない。

「心師【敬愛のアルフレッド先生人形】」
「スペル宣言?」

 アリスが、小さく呟くように告げた。
 そして、目を逸らすのを見て私も慌ててそれに倣う。

――カッ!……ゴ、ォォォォォンッッッ!!!

 私たちから離れた場所。
 瞼の裏からでも灼きつくほどの閃光と、離れているのに耳朶を震わせる轟音。
 恐る恐る目を開けてみれば――キノコ雲をあげる山の一角があった。

「よし」
「よし、じゃねえッ!!」

 これを“千里を見通す”程度の目で見たのか、椛。
 大丈夫なのだろうか?心配になってきたんだが……これでもう、引けなくなった。

「あーもう!行くぞ、アリス!」
「ええ、まずは制圧ね」
「それは必要ない!」
「えー」

 少々突飛ではあるが、納得してくれるのが土曜日。
 突飛な思考に対するツッコミを受けて、そこから異次元の思考になるのが金曜日。
 共通点は、終わってみてから全てに気がつくということだ。意味がない。

「それで、どこへ行けば非想天則が見られるのかしら?」
「河童が集まる川があるから、そこで聞き込みだ」

 非想天則公開前までは、核熱施設内にあった。
 そこまで来ると管轄が妖怪の山から外れるらしくて、私は単独で行ったりもした。
 けれど公開後は場所を変えたらしく、河童が集まっている川付近で探りを入れないと、見つけられそうにないのだ。

「わかったわ。それじゃあ早速――」
「――行かせないわよテロ魔法使い」

 早速向かおうとした私たちの、後ろ。
 そこで腕を組むのは、里に一番近いブン屋の天狗――射命丸文だった。
 記者として動くときは丁寧な物腰だが、そうでないときも当然ある。
 それは、警告を促すときと怒っているときなのだが……十中八九、後者だ。

「こんな屈辱、久々だわ。轟音と閃光で私を墜とすなんて、中々できないわよ」

 黒い髪に絡みついた、緑の葉。
 所々破れた服に、傷の付いた一本足の下駄。
 ちょっと涙目になっているのと額が赤くなっていることは、きっと大いに関係があるのだろう。

「やるじゃない、魔理沙」
「やったのはおまえだ!」
「バカな魔法使いね、同罪よ」

 だよなぁ……。
 仕方なく、私は八卦炉を構える。
 アリスも同様にスペルカードを構えて、私の箒の後ろに横座りになった。
 いつかの長い夜の時のような、二人一組の弾幕ごっこだ。

「アリス、今使えそうなのは?」
「最近作った“幻想結晶【17℃のアスカニオ先生】”が用意してあるわ」
「……なんか危なそうだからそれは止めておけ」

 聞いたことがない名前は避ける。
 というか、大江戸とかその辺でいいじゃないか。
 そういえば永夜異変の時も土曜日のアリスだったらしいな。
 その時ですら、あの威力の爆発だったのに、今だったら……。

「相談は終わり?それなら、そろそろ行くわよ!【幻想風靡】!」
「いきなりかよ!チィッ……【ブレイ、ジングゥッ――」

 方向を転換。
 バーニアを調整。
 軌道を造り、背後に射命丸を設置して、魔力を点火する!

「逃がさないよ!」
「人形伏兵、設置。人形弓兵」
「遅い!」

 アリスの人形から放たれる矢。
 その速度は緩やかだが、威力は強いので避けなければならない。

「――スタァァァァッッッ…………のような鬼ごっこ】」

 私の目くらまし弾幕第二弾!
 威力はやる気を削ぐ程度しか無いが、速度はピカイチ。
 おまけに、アリスの魔力も上乗せされているんだ。
 これで振り切れない敵は、いない!

「くっ、小癪な!」

 方向を見失わないように魔法で調整してから、僅かに後ろを振り向く。
 光で僅かに怯んだ、射命丸。
 そこへ、空間の中に隠れ潜んでいた伏兵たちが、射命丸に襲いかかった。

「わわっ」
「よし、あれなら時間を稼げるはずだ!」

 人形が纏わり付いて、射命丸の動きを拘束していた。
 人形伏兵……盾にも使える補助スペルは、確か水曜日のアリスの得意分野だ。
 逆に、設置から攻撃、弾幕とバランス型でも攻撃寄りになると木曜日の得意分野になる。

「そろそろいいわね」
「ああ、このまま振り切るぜ!」
「リモートサクリファイス」
「は?」

 射命丸を拘束していた人形たちが、光を発する。
 射命丸は慌て始めるが、最早何もかもが手遅れだった。
 眩いばかりの閃光の中、瞳に涙を浮かべて手を伸ばす射命丸から――私はそっと、目を逸らした。

――ド……ォォォォォンッッッッ!!!
「許せ、射命丸!」

 勢いを増し、心の中で敬礼する。
 どうせ良い笑顔しているんだろうなとアリスを見れば……何故か、険しい表情を浮かべていた。

「どうした、アリス」
「大江戸をバーニアに加えなさい。来るわよ」
「来るって……げっ」

 黒煙の中から覗く、黒い翼。
 服は焼け焦げてぼろぼろだが、射命丸自身には煤が付いている程度だ。
 いや、弾幕ごっこようのスペルだから死にはしないだろうが、もう少し動けないで居てくれると思ったのだが……流石は天狗。甘かった。

「私はこれで一つ、スペルブレイクね。あと何枚が良い?」
「ひ、一つで頼むぜ」
「そう、【無双風神】」

 アリスの本気と私の本気。
 二つでギリギリ追いつかれない程度の弾幕。
 当然、私たちに攻撃のチャンスなど……ない。

「逃げるぞ!」
「ええ、わ、わかったわ!」
「にぃがぁすぅぅぅぅかぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 ああくそ!
 どうしてこうなった!?
 いや、わかってはいるんだが、納得できないぜ……。
















――2・セカンド/鬼ごっこのような“ですれーす”の終点――



 妖怪の山に幾つかある、滝。
 守矢神社の側にも大きな滝はあるが、そこから更に斜め奥へ行った所にも、滝がある。
 荘厳で壮大なその滝の裏側で、私とアリスは転がっていた。

 私たちは射命丸の猛攻から無事、逃げ切れた――はずもなく、二人揃って煙が出るまで追い詰められて、こうして地に伏せることになったのだ。

「はぁ、まったくもう。どうしてこんなことしたの?」
「妖怪の山に興味があったの」
「それならせめて私に声をかけてちょうだい。少しなら便宜してあげるから」
「ネタと引き替えに?」
「ネタと引き替えに」

 目的の“も”の字も見えない内から、妙に疲れた。
 あー、今日はもう帰って、水曜日のアリスとクッキーが食べたい。

「もう、一張羅がボロボロじゃない」
「あら?それなら私が作ってあげるわよ」
「人形以外のもできるの?」
「大きくするだけよ」

 普通はそれ、“だけ”とは言わない気がする。
 だが、これはチャンスだ。
 こうやって興味を引くことができれば、射命丸はすぐに動く。

「今回のお詫びに、何か作ってやればいいじゃないか」
「そうねぇ、デザインを相談してくれるのなら、合わせるわよ」
「ほほう、実は最近、きゃんきゃん噛みついてくる鴉と狼をいじ……可愛がろうと画策していましてね」
「犬耳かしら?犬耳ね。あと鴉」

 私が一言発した途端、二人はこそこそと相談をし始めた。
 自分で誘導しておいてなんだが、犠牲になる“鴉”と“狼”には申し訳ないことをしたような気がする。射命丸、敬語になってるし。

 そうなると、ここで私にやれることはない。
 暇な時間に、私は八卦炉の手入れをしていた。
 そろそろメンテナンスの時期だろうか?香霖に頼むかな。

「なにぼうっとしているのよ?行くわよ」
「あれ?射命丸はいいのか?」
「良い笑顔で飛び去ったわ」

 見上げれば、米粒サイズの射命丸らしき影が空を飛んでいた。
 ほとんど炭化した服であんな速度を出して、大丈夫なんだろうか。
 ああいや、私たちを追いかけていたとき大丈夫だったんだから、大丈夫なんだろう。

「それにしても、結果的に、とはいえずいぶん奥まで来られたな」
「言われて見ればそうね。見たことのない場所だわ」
「射命丸が追いかけてきていたから、他の監視から外れたんだろう」

 滝の裏側から外を覗いてみても、周囲に気配はない。
 気配を感じ取る技術は、最近磨かれてきたから、わかる。
 この付近に、天狗や河童の気配は……あれ?

「どうしたの?」
「あ、いや……」

 そう、気配だ。
 気配を探っている内に、気がついたことがある。

「アリス、この奥」
「奥?」

 滝の裏側の、洞窟。
 その奥に向かって、アリスが弾幕を放つ。
 通常ならすぐにどこかにぶつかるのだろうが……その気配は、無かった。

「非想天則工場、かしらね?ふふふ、楽しくなってきたわ」
「いや、不覚にもどきどきしてきたが……頼むから、暴れないでくれよ?」
「わかっているわ」

 私が八卦炉から光を生み出すと、アリスは洞窟の奥を見て微笑んだ。
 妖艶な笑みを浮かべる幼いアリスと違い、彼女の笑みはどこか獰猛さを宿している。
 そんな顔で笑うから、私は不安なんだ。

 暗い洞窟を、進んでいく。
 冷たく吹いてきた風に、嫌な予感を覚えながら――。
















――3・ニュートラル/今日も妖怪山は平常運行――



 洞窟の奥、そのまた奥、ずっと奥。
 疲れ始めた頃に、私たちは漸く行き止まりに辿り着いた。

「で、これかぁ」

 幻想郷でも珍しいほどに澄んだ、青い水。
 水底にヒカリゴケでもあるのか、ぼんやりと輝きを放っている。
 それこそ、八卦炉から出していた光も要らないほどに。

 幻想郷に於いてなお幻想的、ではあるが。
 これは私たちの求めていた光景ではなく、それ故に疲労感もたけなわだ。

「落胆するのは早いわよ、魔理沙」
「どういことだよ?」

 アリスは笑みを浮かべたまま、水面に触れる。
 すると、緩やかに波紋が広がった。
 普通ならだんだんと波紋が落ち着いてくるのだが、それが無い。

「視認するのが難しくなっている……河童って、姿を隠せるの?」
「えーと、確か“光学迷彩”とかいうのが可能だったはずだぜ」
「ふふ、そう、ここから先――“入り口”が、光学迷彩とやらで隠されているみたいね」

 言われて初めて、よく見てみる。
 アリスの指先から伸びた、細い糸。
 その先を目凝らしながら見ると、湖の端、壁にぶつかることなく真っ直ぐと伸びていた。

「さて、魔理沙……潜るわよ」
「いや、それはいいんだが、どうやって?」

 潜ることに異論はない。
 というより、異論を上げて一人で行かれたら、幼いアリスにも射命丸にも合わせる顔が無くなってしまう。さよなら妖怪の山的な意味で。

「魔理沙」
「なんだ?」
「水泳は得意?」
「人並みには」
「そう、なら大丈夫ね」

 嫌な予感がして背を向けたときには既に、私の身体には糸が巻き付けられていた。
 いやいやいや!水泳?ちょっと待て、空気の確保くらいしないと無理だから!

「おいこら待て!」
「しっかり、息止めてなさいよ!」
「あー、もう!わかったよ!」

 何を言っても聞かない。
 そう理解できたから、私は大きく息を吸い込んだ。
 子供の頃、お手伝いさんと川で泳いだ覚えがある。
 だがそんなに深いところで遊んだ――思えば、少しでも離れようものなら、後になって親父にものすごく怒られた――記憶はなく、泳ぎに自信はない。

――ザブンッ

 思えば、水に飛び込むのはこれで二度目だ。
 先週、博麗神社で池に落ちて、それから今日になってまた落ちて。
 今月は水難に縁でもあるのだろうか?
 水難……村紗め、今度会ったらアルティメットショートウェーブぶつけてやる。

(……っ)

 水底の景色が、私の意に反して流れる。
 澄んだ青を通り、壁があったはずの場所を抜ける。
 その先は、銀のタイルで四方を覆われた通路のような場所だった。

 私を糸で引っ張るアリスの顔は見えない。
 けれど、だいだい想像は付く。
 きっと……楽しそうな顔、してんだろうなぁ。

 数多の光が通り抜け、銀のタイルがまるで一繋がりになったような光景を目に焼き付け。
 そして私は、ついに光源へ向けて射出された。

――ザバンッ
「ぬわっ!?」

 ていうか、射出って……。

「アリス!少女はもうちょっと大事に扱うべきであってだな――」
「――見なさい魔理沙。ふふ、これが……妖怪の山よ!」

 金の髪から滴る水滴が、謎の光源を反射して黄金色に輝く。
 水底にでも落としてきたのか、いつもの白いケープはない。
 けれど、紫色のリボンだけは、左手の手首に巻いていた。

「見ろって、いったい――は?」

 天井に浮かぶ光は、一つや二つではない。
 等間隔に設置された光が、一つも損なうことなく輝いていた。
 その下、私たちの眼前に広がるのは、よくわからないカラクリだ。

 黒い板が動いていて、その上には見たこともないようなガラクタが多量に乗っている。
 そのガラクタは、蒸気を上げる巨大なカラクリの中に呑み込まれているようだ。

「“ベルトコンベア”ね。マスターから習ったことがあるわ」
「ベルトコンベア?スペカみたいな名前だな」
「一応、外の世界の“機械”よ。どうしてここにあるのか、知らないけど」

 ベルトコンベアとかいう機械に近づいて、上に乗っているガラクタを見る。
 不可思議な光沢を放つそれは、魔法の森でたまに見かける“七色キノコ”によく似ていた。色だけ。

「ふふふ、楽しくなってきたわ。進むわよ!魔理沙!」
「ああ、ちょっと待ってくれ」

 私はそのガラクタの中から、適当に一つ掴んで帽子の中に入れる。
 歯車のような形をしているこれは、まぁ“土産”だ。
 幼いアリスも、珍しげなものを貰ったら、そう何度も人形の事で脅しにかからないだろう。

 ……いつも、最終的には承諾させられてしまうと言うことは、置いておいて。

「頼むから、爆破は止めてくれよ?」
「――――…………わかっているわ」
「なんだ、今の間は!?」

 この上で土産まで持っていくんだ。
 存分に喜びやがれってんだ!アリス!
















――4・ニュートラル/彼女たちの平常運行――



 機械と機械。
 その裏側を、走り抜ける。
 にとりによく似た河童たちに見つからないように、迂回しながら私とアリスは進んでいた。

「なぁアリス、どこへ向かっているんだ?」
「さぁ?」
「は?いやいやいやおまえ」
「大声出さないで。見つかっちゃうわよ」
「ぐ、だがな」

 妖怪の山内部。
 そこに広がるメタリックな空間は、存外声を逃がしてくれる。
 というか、蒸気や駆動音やらで、僅かな音ならかき消してくれるのだ。

「とにかく奥よ。奥か地下に行けば大物が居るって、相場が決まっているの」
「そういやおまえらのマスターは、地下に引き籠もってたもんな」
「――さあ行くわよ!」
「誤魔化せてないぜ」

 八卦炉から熱風を出して髪を乾かしながら、つき進むアリスについていく。
 なんとかペースを取り戻すためにも、体調は万全にしておかないとな。
 主導権を握られたままなんて、正直柄じゃないぜ。

「いいわね、そのドライヤー。私にも貸してよ」
「ああ、ほれ」

 風邪引かせてもアレだからな。
 ああいや、風邪……引くのか?まぁいいか。

「あっさり貸してくれるのね」
「変なことに使うなよ?……一応、信頼してるぜ?」

 信用ではなく、信頼なのがミソだ。
 信じて頼りにはしているが、信用となるとちょっと怪しい。

「――――ふーん」

 アリスはそう一言告げると、顔を逸らして八卦炉を使い始めた。
 私が使ったときよりも温度を高くしたのか、耳が赤いように見える。

「はい、ありがと」
「あ、ああ」

 そっぽを向いたままのアリスから、後ろ手で返される。
 というかもう渇いたのか。私よりも使いこなしているのか?
 いや、私じゃちょっと厳しい温度も平気ってだけか。

「どうかしたか?アリス」
「……なに?なんでもないわよ」

 間を置いて振り向いたアリスの顔は、何時もどおりだった。
 やっぱり熱風のせいだったのだろう。もうとっくに、落ち着いているみたいだ。

「魔理沙、止まって」
「あん?どうした?」

 少し沈黙が流れて、それからふと、アリスが呟く。
 言われて足を止めると、アリスがゆっくりと振り向いた。

「ここ、どこ?」
「は?いや……あれ?」

 ぼうっと歩いている内に、変なところへ迷い込んでしまったようだ。
 等間隔で取り付けられた扉。
 覗き窓のようなものが取り付けられていて、覗いてみても何もない。

 ……私たちの周辺には、だが。

「なにか、聞こえるわね」
「ああ」

 天井に取り付けられた光で、廊下の奥まで明るく、よく見えるようになっていた。
 そのつき進んだ奥から、声が聞こえるのだ。

――ぁぁぁぁ、ぁぁぁぁぁ…………ぁぁぁ、ぁぁ―ぁ―――ぁぁぁ

 不気味な声。
 地の底から這い寄るような。
 扉の狭間から滲み出るような。
 そんな声が、ずっしりと私の耳朶を叩く。

「どうするの?魔理沙」
「はっ、決まってんだろ。ここで退くなんて、私“らしく”ないぜ」
「ふふ、そうね。それも、そう」

 このアリスとは、二人で永い夜を切り抜けた。
 その時と同様に、私はアリスに背中を預け、アリスも私の背中を捉えている。
 ああ、なんだ……これだったら、誰にも負ける気がしない!

 廊下の奥へ進み、その扉の前に立つ。
 ゆっくりと覗き穴を開けると――私を同様に覗き込む、暗い両目があった。

「っっっ!」

 思わず、飛び退く。
 びびらせやがって、死ぬほど驚いたぜ。

――アケテ、アケテ、アケテ、アケテ、アケテ
「私に、開けさせて、どうしようってんだ?」

 閉じられた覗き穴。
 何かをひっかくような音。
 扉が軋むほどに、しきりに扉を叩く何か。

――ドウシテ、ドウシテ、アェェェケェェェテェェェェェェェェッッッ
「魔理沙、離れなさい!……【アーティファクルサクリ――」
「待て!そんなん使ったら、これを解放しちまう!」
「くっ……キャンセル」

 そうして私たちは、硬直することになった。

 一分、二分、五分、十分。
 しばらくすると、静かになる。
 私は恐る恐る扉に近づくと、そっと耳を当てた。

――ふ、ふふふ、ふふふふ、本当に、イジワルですね。
「笑ってる?」

 不気味な笑い声――だと思うのだが、引っかかるものがある。

――秘術【グレイソーマタージ】
「っ離れろ!アリス!」

 聞いたことがある声と共に、扉が吹き飛ぶ。
 間一髪の所で避けたが、だがその轟音は妖怪の山に、余すことなく響き渡った。

――ブーッブーッブー!!
「警報鳴っちゃったじゃないですか!どうして目があったときに、素直に出してくれないんですか!もう!」

 お祓い棒のようなものを手に、肩を怒らせる緑の巫女。
 濃い青色の両目は血走っていて、なんか怖い。

「あれ?じゃああれ、今のおまえの……呻り声?」
「呻り声って言わないでください!助けを求めていたんですよ!」

 言われて見れば、そんな気もしてきた。
 まったく、紛らわしいぜ。

「それはいいけれど、私はアリス・マーガトロイド。貴女は?」
「よくぞ聞いてくれました!私の名前は東風谷早苗!正義の使者です!」

 また妙なテンションだな。
 異変の時のテンションによく似ているけれど、これって異変なのか?

「正義の使者?じゃあここは、悪の巣窟?」
「はい、そうです!私はここ妖怪山機械施設の秘密を知ってしまったがために、こうして軟禁されていたのです」

 胸に手を当てて語る早苗は、ノリノリだ。
 おかげでアリスのテンションが下がっているように見えるが……まぁまず気のせいだな。
 他人に当てられてテンションが下がるようなら、苦労はしない。

「そう悪の組織なら――爆破するべきよね」
「そんなことだろうと思ったよ!」
「おお、アリスさん!気が合いそうですね!」
「おまえもかよ!早苗!」

 くそぅ、二人分のツッコミは疲れる。
 今、切実に火曜日のアリスが恋しくなってきた。もちろんツッコミ的な意味で。
 火曜日は、ツッコミに回れば割と辛辣なこと言ってくるし。

「あっちだ!」
「見つけたぞ!侵入者だ!」
『ガガガ、排除、シマス、ガガガ、ピー』
「逃がすな!囲め!」

 げっ、嗅ぎつけて来やがった……ッ!
 河童や、ドラム缶みたいなカラクリが続々と集まってくる。
 取り囲まれでもしたら、そこでゲームオーバーだ。

「逃げるぞ、二人とも!」
「そうね、行くわよ!早苗!」
「ええ、アリス!」
「意気投合すんの早ぇよッ!」

 低空飛行で滑空しながら、廊下をつき進む。
 その先は、“T”字の分かれ道だ。

「二手に分かれるわよ!魔理沙と早苗は左、私は右!」
「おう!」

 別れて、飛び、後続の追っ手を見て気がついた。

「って、アリスのヤツ!わざと一人になったな!?」
「何をしているんですか魔理沙さん!このまま、施設最深部へ突き抜けますよ!」
「はぁ?!何で逃げるのに最深部へ……あーもう、わかったよ!」

 早苗と一緒に、廊下をつき進む。
 この先に何があるのかは、わからない。
 けれど、奥へ進んでいるはずなのに――私は何故か、向かい風を感じた。
















――5・ドライブ/楽しい巨悪の打倒法~発覚編~――



 警報の鳴り響く妖怪の山。
 その施設の傍らで、私と早苗は身を隠していた。
 河童が通り抜ける度に物陰に隠れるのは面倒だが、仕方ない。

「早苗、お前が見たものってなんなんだよ?」
「……ここから先、そこへ行けばわかりますよ」

 それきり、早苗は黙り込む。
 考えてみれば、おかしいことが幾つかあった。
 早苗ほどの力を持った人間を、怪我をさせることもなく軟禁する、実力者。
 しかも、術を使って早々に抜け出すことを躊躇わせるような相手なんて、二人――いや、“二柱”しか思い浮かばない。

「今なら、退けますよ?」
「今更、見なかったことにはできないぜ。それに、放って置けないヤツもいるしな」

 とりあえず、爆音が響かない以上好き勝手はやっていないのだろう。
 だが、それは同時に、アリスの無事を伝える手段が無いということにも繋がる。
 アリスは、私よりも遙か上の位階に立つ魔法使い。なら、無事だとは思うが。

「わかりました、それではお見せしましょう」

 早苗はそう言うと、ベルトコンベアの影に隠れたまま、指し示した。
 数多の機械が並ぶ、その奥。
 不自然に開けた場所の、壁。

「なんだ、あれ……?」

 壁に穿たれた穴。
 パイプや配線といった機械に繋がれた、空洞。
 その奥は、不自然なほど暗い七色の光に覆われていた。

「あれが妖怪の山に設置された、天狗と河童の隠し穴。“外の世界”とこちらを繋げた、ルールに反した“結界の穴”です」

 幻想郷縁起に綴られた一文。
 それがふと、私の脳裏に過ぎった。

――禁じられている筈の結界に穴を開ける行為が行われており、外の世界と繋がっている……

 阿求のヤツ、どこで仕入れた情報なんだよ。
 その大きな穴は確かに、妖怪の山にあった。
 ということは、阿求は本当に確かな情報を仕入れていたことになる。
 となると当然情報を漏洩したヤツがいると思うんだが……河童辺りか?

「外の世界なんかと繋がっても、良いことなんか無いのに」
「早苗?」
「いえ、なんでもありません。とにかく、これで私たちがするべきことは決まりました。見てください」

 早苗が指した先。
 そこでは、穴の近くで河童たちに指示を出す、小柄な姿があった。
 黄色の髪と、特徴的な帽子、それから蛙のアップリケ。

「諏訪子、か。そうだな、だったらやるべきことは、決まった」

 一度戻り、博麗神社で紫に繋いで貰う。
 外の世界に興味がないと言えば、嘘になる。
 だが、アレからは“嫌な予感”がしてならないから。

「覚悟を決めたようですね。行きますよ!」
「ああ!……って、おい!?」

 早苗に引っ張られて、私たちは飛び出した。
 覚悟っておまえ……自分でぶっ潰すってことかよ!

「そこまでです!これ以上、好き勝手はさせませんよ!」
「あー……やっぱり来ちゃったかぁ」

 諏訪子は早苗を見るなり、そう言って項垂れた。
 軟禁なんかしていたくらいだし、出したくはなかったんだろう。
 その割りには、簡単に出て来たが。

「おかしいなぁ、人払い結界で早苗“は”来られない筈なんだけど、無効化した?」
「なんのことですか?」

 見つかったというのに、諏訪子はそれほど焦っていない。
 これも神としての余裕か……と思ったら、帽子の目玉が震えていた。
 いや、そこが動揺するのかよ。

「うん?だから、結界だよ。早苗自身の意志は別の通路へ行くようにしておいたんだけど……まさかとは思うけど、魔理沙、アンタがここに誘導したの?」
「は?ここを知らないのに、誘導なんかできる訳……あれ?」
「だよねぇ。正常に作動しなかったのかなぁ?」

 誘導、といえば。
 二手に分かれたときの、アリスの指示。
 アリスは単独行動がしたかったのだろうけど……まさか、あれが?

「往生際が悪いですよ、諏訪子様!」

 早苗に追い詰められて、諏訪子は一歩下がる。
 普段のコイツならけらけら笑いながら応戦しそうなものだが……気まずいことでもあるのだろうか?

「早苗に知られたくは無かったんだけどなぁ」
「残念でしたね!私はまるっとお見通しです!」
「黙っておこうかな?でもなぁ」

 どうにも、二人が噛み合っていない。
 諏訪子は後ろ手で指示を出しながら、河童たちを退避させている。
 弾幕ごっこをするのなら、それも必要ではあるだろう。

「ですが私は、なんの理由も無しに、諏訪子様が外の世界とこちらを繋げたとは思えません!さぁ、言ってください!裏に隠された、本当の計画を!」
「これだもんなぁ」

 夢見る少年のような、きらきらと輝く瞳で諏訪子を睨む早苗。
 期待に応えなければならないと思わせるその瞳に、諏訪子はたじろぐ。
 顔を引きつらせて一歩一歩と後退していく諏訪子は、なんというか、哀れだ。

「さあ!」
――きらきらと輝く瞳。
「さあ!」
――熱くなる吐息、上下する肩。
「さあ!」
――徐々にトーンの上がる声。
「さあ!!」
――全身から、“巨悪”と対峙することへの期待を、満ちさせて。

 諏訪子は少しだけ潤んだ目元を拭い去ると、晴れやかな笑顔を作った。
 いや、まぁ、折れたんだろうな。おまえの気持ち、伝わってくるぜ。諏訪子。

「ふっふっふっ!よくぞ暴いたね、早苗!」
「くっ……諏訪子、おまえ、輝いてるぜ……」

 大きく手を広げて、背後に紫色に光る蛙の幻影を浮かび上がらせる。
 動作一つ一つに悪役じみた演出をしている辺り、やけっぱちだ。
 誰のせいでこんな目に遭っているのかと問われれば、まぁ間違いなくアリスのせいだろう。黙っておくが。

「この穴より外界から溢れ、そしてこちら側で力を持った“執念や妄念”を、私自身の力に変えて、換えるのさ!」

 蛙だけに。
 ああいや、これはいいか。

「蛙だけに、ですね」
「寒いよ、早苗」
「う、うるさいですよ!諏訪子様」

 冷ややかな目で見られた早苗から、そっと目を逸らす。
 良かった……口に出さないで。

「そんなことをして、何の意味があるのですか!」
「いや、吸っとかないと幻想郷に――――じゃなくて、幻想郷の支配だよ!そう、蛙による蛙のための蛙的支配をするのさ!」

 所々で本音が交じっている、諏訪子。
 言葉の端を拾って判断すれば、幻想郷に溢れ出してくる外の世界からの“なにか”を、諏訪子が吸収して事なきように済ませているのだろう。

 だが、それが全てとは言えない。
 だったら……そんな“いいこと”で終わるのなら、早苗に黙っておきたい理由がわからない。

「力が増したら困る?いや……他に何か、大きな理由が――」
「――鋭いのは“らしく”ないよ、魔理沙」

 静かに告げられた、声。
 すぐ前にいる早苗にすら聞き取れなかった私の“呟き”を、諏訪子は捉えていた。

「諏訪子様?魔理沙さんがなにか?」
「なんでもないよ、早苗。さぁ、それでどうするの?私を見逃す?」
「そ、そうでした!今日という今日は痛い目見て貰いますよ!諏訪子様!」

 鋭いのはらしくないって、つまり、普段の私は鈍いって事か?
 まったく、失礼なヤツだぜ。

「何時の世だって“悪は打倒”される。それが一番良いことなんだよ。私はそう教えたね。早苗」
「はい、諏訪子様。ですから、思う存分倒されてください!」

 早苗の言葉にも、なにか含まれている気がする。
 二人とも不器用ながらに思いを汲んでいるのだろうが……なんにしても、私は蚊帳の外だ。置いてけぼりを喰らっているような気がしてならない。

「行きますよ!魔理沙さん!」
「やっぱり私も、か。まぁ、偶には“正義の味方”も悪くないか」

 箒に跨り、浮き上がった早苗に並ぶ。
 諏訪子がそれを望んでいて、早苗もそれに答えようとしていて。
 私が出る幕ではないかも知れないけれど、それでも望まれていて。

「さあ、捻れ曲がり淀んだ歪な“祟り”!その身で味わうと良い!!」

 諏訪子の声。
 そこに宿った思いは如何なるものか、理解しきれるかはわからない。
 でも、やることは変わらないんだから、気に留めないことにする。

 私はただ、いつものように――打ち砕くだけだ!
















――6・イグニッション/点火・点火・点火の三閃――



 昏い紫色の輝きを全身から滾らせながら、諏訪子が浮き上がる。
 その威圧感は、こいつらが幻想郷に来たとき、初めて対峙したときとは比べものにもならないほどだった。

 なるほど、これは早苗一人じゃ辛い。

「秘術【グレイソーマタージ】」
「儀式かい?させないよ!」
「それは私の台詞だぜ――光撃【シュート・ザ・ムーン】!」

 早苗が、全ての弾幕を始める前の儀式に入る。
 これ自体が弾幕としての効果を持つが、代わりに早苗本人は動けない。
 だったらそれをサポートするのは、私の役目だ!

 星形の弾幕を放ち、諏訪子にあえて避けさせる。
 狙いはその後、諏訪子の背から襲いかかる、レーザーだ。

「へぇ、弾幕そのものに魔法を込めたんだ、面白いねぇ……“大蝦蟇神”」

 だがそれも、諏訪子が出した紫色の蛙の光によって、弾かれる。
 あんな効果あったかな?ああいや、強化されているのか!

「奇跡【白昼の客星】」

 諏訪子の硬直を狙った、頭上からの弾幕。
 昼間でも星が見える奇跡とやらを生み出したその光弾は、諏訪子に向かって縦横無尽に降り注いだ。

「やるじゃないか!でもまぁ……」
「早苗、逃げろ!」

 諏訪子が手を合わせて、頭を下げる。
 その動作に、いや、低くなった声色に……私は、嫌な予感を覚えた。

「開宴【二拝二拍一拝】」
「えっ?」

 私の弾幕も、早苗の弾幕も、もろともせずに諏訪子が弾幕を放つ。
 常時耐久スペルモードってか?冗談じゃないぜ!

「【ブレイジングスター】!」

 魔力を充填し、加速。
 岩でできた巨大な手に潰されようとしていた早苗を、横から掻っ攫う。
 私の髪を、岩の手が何本か掠め取るが、気にしている暇は無い!

――ズドン!
 すんでの所で躱し
――ズドン!
 身を翻して躱し
――ズドン!!
 天地逆さまになりながら、切り抜ける!!

「ほら、もっと急ぎな!」
「言われなくても!」

 諏訪子が、挑発をしてくる。
 乗るべきじゃないんだろうが……だが今は、乗らない気分じゃない!

「私を忘れないでください!――開海【モーゼの奇跡】」

 早苗が私の手の中から転移し、諏訪子の上空に移動する。
 そしてそのまま、勢いよく腕を振り下ろした。

 海が割れる。
 そのイメージは、書物でしか海を知らない私には、よくわからない。
 だが、巨大な波が広がっていく姿は、確かに“奇跡”と呼べる光景だった。

「本当に、成長したもんだ。まったくさ――源符【厭い川の翡翠】」
「なっ!避けられるスペースくらい作れ!」
「作ってるよ、失礼な」

 早苗が生み出した水を利用して、巨大な波が襲ってくる。
 その中に、一個一個が私の身長を優に超える翡翠を潜ませて。

――ド、オンッ!!
「ぐあっ!?」
「きゃあっ!!」

 私と早苗は、そろって大きく弾かれる。
 箒を地面にこすりつけながらなんとか着地すると、諏訪子は私たちに会わせて降り立った。弾幕ごっこの範疇で、それでもこの威力だ。とんでもない。

「早苗、大丈夫か?……っ」

 早苗は、転がったまま目覚めない。
 気を失っているようだが……実戦経験の少なさが、徒になったか。

「……さあ、どうする?言っておくけど、ここまで来て逃がしはしないよ」
「くっ」

 ここまでか?
 いや、そんな結果、あってたまるか!
 どんな状況だろうが、諦めてなんかやらない。

 それが私の、“普通の魔法使い”霧雨魔理沙の、誇りだ!

「強い目だね。外の世界も、そんな瞳に満ちていたら……もっと」

 なにか手段はないかと、周囲に目を光らせる。
 諏訪子は私から視線を外して目を逸らしているから、今がチャンスだ。

「うん?あれは――」

 視界の端、私の左側にある、機械の裏。
 そこでハンドサインを送るのは……大江戸人形だ。
 しきりに両手をL字やらV字に動かしていることから、あれが時計を指すモノだとわかった。

 時間を稼げってことか?
 ったく……何時も何時も、いいとこ取りしやがって。

「――なぁ、諏訪子。外の世界の“なに”を吸い取って、力をつけたんだ?」
「無事帰れたら、参考にでもする気?参考にならないと思うけど……早苗が寝てるから、いいや」

 諏訪子は一息吐くと、背後に穿たれた穴に意識を向ける。
 その瞳には、何故だか寂寥が浮かんでいるように見えた。

「外の世界の人間は、信仰を忘れつつある」

 それで諏訪子たちは、幻想郷に移り住んだ。
 私でも、それくらいは知っている。

「でもね、外の世界は、未だ祟りを畏れているんだよ」
「矛盾していないか、それ」

 私に背を向け、諏訪子はそのまま空洞を見上げた。
 その瞳に何が映っているのか、私の位置からでは見えない。

「そう!信仰を忘れ、妖怪を忘れ、神を忘れてなお、外の世界では祟りがはびこる!怪我をすれば祟り、失脚すれば罰が当たった!神を忘れておいてなお、神を蔑ろにした結果だけに縋り付く!!」

 諏訪子の声が、響く。
 強く、痛く、重く。
 妖怪の山の施設に、大きく響き渡った。

「……でもそれは、仕方のないことだよ。それはわかっているんだ。でもね、魔理沙。あの穴は――そんな“妄念”を呼び込み、“幻想”として力を持たせてしまうんだ」
「あの穴を、壊したいのか?」
「私たちは、拠点であるこの妖怪の山との関係を、強く考えないとならない。だから妖怪の山の財産であるここをどうにかしようなんて、思えないよ」

 ただ、と諏訪子は続ける。
 哀愁に満ちた声に、どこか悪戯っぽさを含ませて。

「――情報が漏れてしまい、興味を持った人間が来てしまうかも知れない。そう、例えば幻想郷縁起なんかに、情報が漏れて……ね」

 阿求の情報源がどこにあるのかと思えば……。
 つまり私は、呼ばれたってわけか。
 諏訪子の“目的”のために。

「早苗には言わないでくれよ。まだ、早い」
「過保護だと思うというか……第一、気がついているかも知れないしぜ?」
「だとしても、だよ」

 そう言って振り向いた諏訪子は、不敵な笑みを浮かべていた。
 防衛に努めなきゃならない諏訪子と、破壊を任された私。
 なら……やることは、決まっている。

「割と本気で行くから……頑張って、潜り抜けな――祟符【ミシャグジさま】」

 土着神を用いたスペルカード。
 だったはずなのだが、外の世界の妄念を吸い込んだ弾幕は、その様相を違えていた。
 波紋のように広がる、赤と緑と青の三色。
 その全てが、掠っただけで目眩を覚えるほどの邪念に満ちていた。

「破壊して欲しいってんなら手加減しろよ!避けるだけで、精一杯だぜ!」

 魔力を込めた箒で、空を駆け抜ける。
 上も下も横も斜めも関係ない。
 この空間の全てが、私の道だ!

 避けて避けて避けて。
 気がつけば、私は諏訪子から大きく距離を取っていた。
 諏訪子はそんな私に追い打ちを掛けようと手を広げて――慌てて、上を見る。

「魔操【リターンイナニメトネス】」
――キィンッ
「なっ!人形!?」

 光を放った人形が、諏訪子に抱きつく。
 ――刹那、人形から、轟音が響き渡った。

――ドゴォォォォンッッッ!!!

 青白い閃光の中に、諏訪子が消える。
 相変わらずとてつもない威力で、相変わらず良いタイミングだ。

「誘導、助かったわ。魔理沙」

 私の後ろ斜め上。
 そこを見上げてみれば、紫のリボンを左手に巻き付けた、アリスの姿があった。
 腕を組んで仁王立ち視している辺り、ノリノリだ。

「げほっげほっ……あーうー、なんなのさぁ」

 服の所々を焦げ付かせながら、諏訪子が現れる。
 怪我は無いように見えるが……本当に、丈夫だな。

「仲間を連れてきているんなら言いなよ、魔理沙」

 諏訪子は眼を細くして睨み付けてくるが、そう言われても困る。
 第一、合流できるかも怪しかったのだし。

「大江戸を通して聞いてたわ。あれを潰せばいいのね?」
「そうだが、どうやって切り抜けるんだ?」

 再び弾幕を撃つ体勢に入った、諏訪子。
 その堂々とした姿に、私は僅かな焦りを覚えた。
 二人いても、二連続はまずい。

「私が何のために別経路に行ったと思っているの?」
「何の為って……え?」

 アリスはそうため息を吐くと、不敵に笑って指を弾いた。
 何をするつもりなのかと諏訪子と一緒に首を傾げて……すぐに、凍り付く。

――ガンッ!ズシンッ……ズシンッ、ズシンッ!!
「非想、天則……?」

 背後の壁を打ち破り、その姿を覗かせる黄金の頭部。
 決められた行動しかできないはずの非想天則が、ゆっくりと歩いてきた。

 この余りにも突飛な光景に、諏訪子はスペルカードを中止して、大口を開けていた。
 気持ちはわかるが、はしたない気がするんだぜ?

「そう、これに人形を詰めて動かすのに時間がかかったのよ!さぁ行きなさい、非想天則!」
「ちょ、ちょっと待って、行くってどこに……」

 慌てる諏訪子の横を、ハリボテ型巨大ロボット非想天則がつき進む。
 その薄い鋼でできた身体は、不思議な光沢を放っていた。

「どうしてたんだよ?おまえ」
「アレを探していたのよ。見てみたかったし」
「よく動かせたな」

 人形仕込んだだけで動けるもんなのか?
 ああ、レミングスパレード辺りをみっしり、というこも考えられるか。

「貴女、歯車を抜いていたでしょ?おかげで防衛機能が働かなかったのか、楽だったわ」

 私のせいか。
 いや、おかげ、というべきなんだろうけれど。

「さて……逃げるわよ、魔理沙」
「は?いや、でも」
「早苗は……いいわ、私が持っていくから」

 アリスは、空洞に張り付いた非想天則を一瞥すると、早苗を糸で絡め取った。
 火曜日のアリスが、こんな風に妖怪を簀巻きにして運んでいるのを見たことがあるのだが、同じ扱いというのもいかがなものか。

「あの穴はどうするんだ、アリス!」
「私がさっき考えたスペルを発動させるわ」

 面倒くさそうな表情で非想天則をどかそうとする、諏訪子。
 その姿を視界に納めながら離していると、アリスは懐から銀の箱を取り出した。
 確か、香霖の所にあった……そう、“ジッポ”だ!

 アリスがジッポを開けると、そこには火を出すための口ではなく、赤いボタンがあった。
 アリスはそれを満足げに玩び、指を添える。

「おいまさか、おまえそれ」
「美学【非想天則――」

 今日最大の嫌な予感に身を竦ませるが、もう遅い。
 非想天則は、どう対処しようか迷っていた諏訪子の目前で、強い光を放ち始めた。

「ちょ、え、なにこの」
――キィィィィィン……
「――サクリファイス】」
――ドォォォォォンッッッッッ!!!

 耳をつんざくような轟音に、目眩を覚える。
 咄嗟に耳に両手を当てたのに、これだ。
 早苗の耳も大江戸が押さえているようだが、それでも時々痙攣している。

「ここは、いったい」
「あ、起きた」
「いいから逃げるわよ!崩れるわ!」

 周囲のタイルに罅が入り、空洞が潰れていく。
 結界の穴が修復されないように、繋ぎ止めておくための機械だったのだろう。
 それは如何なる機能なのか、周囲の機械が壊れると同時に淀んだ七色の光は、消滅した。

「諏訪子様、諏訪子様は!?」
「彼女なら無事よ(たぶん)」
「おいアリス、今妙なことを付け加えなかったか?」

 アリスの肩が震える。
 どれだけパートナーをやっていると思ってんだ。

 まぁでも、あれだけの力を内包してたんだ。
 発散すれば、助かりはするだろう。……するよな?

「なんでいつもいつも、一人で抱え込まれるんですか――」
「早苗?」

 アリスから吊り下がっている、簀巻き状態の早苗。
 その早苗が何事か呟くも、私には聞き取ることができなかった。
 というか、周囲から響く爆音で、隣のアリスの声も聞き取れるかわからない。

「――なんでもありません。さぁ、“巨悪”は打ち倒しました!脱出しますよ!」
「お、おう、元気だな」
「あんな巨大な爆発を起こした魔理沙さんに言われたくありません!」
「私じゃない!」

 周囲全方向に罅が入り始めている。
 このままではまずいので、とにかく今は抜け出すことに専念する!

「本日三度目大盤振る舞いだ!行くぞ……【ブレイジングスター】!!」

 私の箒の後ろにアリスが乗り、そのアリスが持つ糸から早苗が吊り下がる。
 早苗は巧く風を操って体勢を整えているようだが……いや、なんでまだ簀巻きなんだよ。

 落ちてくる瓦礫を避け。
 アリスが大江戸を爆発させ。
 早苗が結界で爆風を防ぎ。
 私が弾幕で道を造る。

「早苗、出口は?!」
「ここからまっすぐ、そこを奇跡で薄くします!」
「薄く、ね。魔理沙、手助けは?」
「背中は任せたぜ!」

 高速からの風圧や重圧を、歯を食いしばって耐える。
 得体の知れない寒さ、下がっていく体温、速まる鼓動。
 全身からみなぎる躍動を、目前に構えた八卦炉に装填した。

「私の代名詞だ、とっておけ。魔砲――」

 八卦炉から光がみなぎる。
 腕に伝わる熱も、頬を灼く風も、全部が全部私のものだ!

「――【ファイナルスパーク】!」

 七色の極光が、魔法陣の円環を突き抜けて放たれる。
 瓦礫も、機械も、何もかもを巻き込んで……施設の壁を、ぶち抜いた。

「脱出だ!」
「ええ!」
「流石です!」

 私とアリス、簀巻きの早苗。
 三人が妖怪の山から飛び出した。
 途端に、山の所々から黒煙が上がり……動かなくなる。

「爆発、しないのか?」
「いえ、魔理沙さん。よく見てください」
「非想天則サクリファイス……今度金曜日に協力して貰って、作ろうかしら」

 言われてよく見てみると……いや、これは、まずいだろ。
 妖怪の山そのものの“背”が、僅かに――でも、目視でわかる程度に――低くなっていた。

「お約束、ですね。……私たちの戦いは、これからです!」
「これからもあってたまるか!」

 あーくそっ……疲れた。

 簀巻き状態で飛び跳ねる早苗。
 背が低くなった山を見て、目を輝かせるアリス。
 私はそんな二人を引っ張って、夕暮れの空を飛び立った――。
















――7・リバース/帰還の混乱、陰謀謀略エナジー――



 早苗を守矢神社に帰すと、境内で正座する諏訪子の姿があった。
 帽子は何処かになくしていて、髪も跳ね、服もぼろぼろだ。
 そんな諏訪子を正座させているのは、神奈子だった。ばれたらしい。

 神奈子に合流して、涙目になって怒り始める早苗。
 そんな三人の姿を視界に納めると、私とアリスは音もなく飛び去った。
 いや、爆発の責任を問われると、ちょっとな。共犯だし。

「けれど、幻想郷縁起ってすごいのね」
「阿求の情報源は、本当に謎だぜ」

 夕暮れの幻想郷。
 なんだか、事が終わると夕暮れを見るのが日課になってきた。

 茜色の光を全身で浴びながら、箒に乗って飛行する。
 そんな私の後部座席で、アリスが小さく呟いた。

「どうやって、“事前”にリークを受けたのかしら」
「事前に?」
「え?だって、幻想郷縁起が出たのって――きゃっ」

 急ブレーキを掛けると、アリスの身体が私にぶつかった。
 反動で僅かに体勢を崩すが、気にしてはいられない。

 幻想郷縁起は、今、増えていく妖怪たちに対応できるように、随時更新されている。
 けれど、妖怪の山に結界の穴があるという情報が載ったのは……早苗たちが来るより、前だ。

「いやいやいや、待て待て待て!」
「どうしたのよ!」
「じゃあなんで諏訪子は、自分が情報を流したって言ったんだ?」
「それは……あれ?おかしいわね」

 これが土曜日のアリスだったのは、幸いだった。
 金曜日だったら、溢れ出る好奇心で即刻問い詰めに行っただろう。
 だが裏側が全く見えてこないのに見えた部分だけ突き崩すのは、危うい。

「自分の足下に、あんな大規模なものに神奈子が気がつかないというのも考えられない。結界の穴を、紫が放置しておくのもわからない。あとは――そうだ」

 なんで気がつかなかった?
 そう問われれば、必死だったからとしか言いようがない。

「射命丸が、妖怪の山の奥まで、私たちに追いつけない?」

 幻想郷最速の天狗が?
 目で追えないほどの、最速のスペルを使って?

 そんな道理は、ない。

「どうするの?魔理沙」
「どうもしない。いや、“今”の私がどうこうしても、のらりくらりと流されるだけだ」
「なら、諦めるのかしら?」
「はっ!まさか」

 背中にいるアリスの顔は、見られない。
 けれど、あの永い夜のような表情を浮かべているんだろうな、とは思う。

 桁違いだと称した永琳に、それでも向かっていった時の、不敵な表情を。

「今の私が、見逃してしまう程度の流れ星だって言うんなら、目を瞠って見なければならないような彗星になるだけだ!」

 それが私の、普通の魔法使いの、人間の……在り方だ!

「それでこそ、魔理沙よ。まぁ……疲れたら、私たちの所へ寄って行きなさい」
「そうだな、そうなったら……クッキーと紅茶くらい、頼むぜ!」
「火薬ご飯も作ってあげるわよ」
「かやくご飯だぞ?火薬じゃないからな?」
「わ、わかっているわよ」

 差し当たってすることは、幼いアリスへの手土産か。
 いいや、もう、今日はアリスたちの酒で、朝まで飲み明かしてやる。





 夕暮れの空は、変わらず朱色の天蓋を幻想郷に落としている。
 妖怪の山、見えなさすぎてまっさらにすら思える裏側。
 なにも解決していないが、決意を新たにすることはできた。

 どいつもこいつも、好き勝手隠しやがる。
 でもな、見てろよ――私は絶対、“諦め”なんて言葉、覚えてやらないからな!
















――8・パーキング/そんな夜明けの羽休め――



 朝まで飲み明かした魔理沙が、ソファーの上で転がっている。
 よほど疲れたのだろう、飲み明かした程度じゃこんなに深く寝ない。
 気疲れもあると言っていたが……爆発が足らなかったかしら?

 そんな魔理沙の姿を、マスターは満足げに一瞥すると、魔理沙の手土産を手に持った。

「マスター、気に入ったの?」
「ふふ、ええ、期待どおりよ」
「期待?」

 マスターに尋ねると、彼女は機嫌良さそうに歯車を玩ぶ。
 不可思議で、でも強い力を内包していることが解る歯車だった。

「あの子、偶然拾ったヒヒイロカネで、八卦炉を作ってもらったんでしょう?」
「ええ、そうね。そう水曜日の私に教えてくれたそうよ。香霖堂さん」
「だからね、期待していたの。あの子が拾ってきてくれるものに」

 そう言うと、マスターは歯車を机の上に置いた。
 そのため息は、好奇心に満ちた艶やかさを宿している。
 マスターは私たちの父であり、姉のような存在だ。
 喜んでくれるのは、やはり嬉しく思う。

「これ、“オリハルコン”よ」
「え?」

 でも時折、私たちでは想定できないところまで見ているような、そんな気持ちに囚われる。そしてそれはきっと、気のせいなんかじゃない。

「私は、錬金術は苦手だから。ふふ、こんな上質なサンプルを持ってきてくれるなんて、予想外だったわ」

 そうは言うが、マスターのことだ。
 私たちが理解の及ばない範囲まで、想定していた可能性がある。

「さて、このままじゃ魔理沙も風邪を引いてしまうわ。フリルのドレスにでも着替えさせて、寝かせてあげましょう」
「ええ、マスター」

 マスターの心は、見えない。
 けれど、ほんの僅かにだけれども、魔理沙への瞳が優しくなっているような。

 そんな錯覚を、私は信じ込むことにする。
 まっすぐで、強くて、でも時々ちょっと頼りない、この大切な“パートナー”のために。







――了――
――8,5・リバース/彼女の知らない危機一髪 ~済~――



「ハァハァ、魔理沙を着替えさせるのは、この私よ!」
「はぁ、解らない子ね。私が着替えさせるって言っているでしょう?」
「ふ、二人になんか任せておけないわ!」
「ゴリアテ魔理沙……これね!」
「こうなったら私が、まとめて爆破するしか!」
「いい加減煩いわよ!誰でも良いじゃない」
「もうみんな、止めなさいってばぁっ!!」


「……上海、蓬莱、手伝って」



 結局、アリス(真)が着替えさせたそうです。




 想定していた以上に長くなってしまいました、第四回です。
 今回は、土曜日のアリス編。好奇心と想像力の彼女でした。

 今回のお話はいかがだったでしょうか。
 コメディテイストましまし……といっておいて、微妙にそうならなかった気配がします。
 次回こそは、コメディテイストましましでなんとかっ。

 またもや50kb超え読了、お疲れ様です。
 ここまでお読みくださりありがとうございました。

 それでは次回、“霧雨魔理沙は退かない ~地獄極楽湯煙地霊殿~”でお会いしましょう!

 2011/06/01
 誤字脱字修正。
 ヘタレる→ヘタレになるの略のつもりだったのですが、わかりにくいようなので変更しました。
 障気→素で勘違いしていました。全シリーズ分直してきます……orz
 ありがとうございました!コメント返しは、また後ほど。

 2011/06/02
 誤字修正しました。ご報告ありがとうございます。
I・B
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3260簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
いいアドベンチャーでした。
土曜アリスの豪快さに吹いたw
2.100奇声を発する程度の能力削除
続編だー!!
今回もグイグイとお話にのめり込めて面白かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
次回のタイトルがもう決まっているなんて
早いなww
4.100名前が無い程度の能力削除
土曜日のはじけっぷりが最高でした。
爆発は芸術なり。
次回も楽しみだ~w
6.100名前が無い程度の能力削除
>でもためにヘタレる、
最後の一行、誤字でしょうか?

今回も楽しませていただきました。
各アリスの個性が出ていて良かったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
今回も面白かったー。
障気→瘴気ではないかと。次を楽しみに待ってます。
19.100愚迂多良童子削除
いろいろと謎が残ったな・・・
いづれ明らかになるのだろうか。

>>偏頗
 もしや辺鄙の間違いでは
>>今月は水難に縁であるのだろうか?
 でもある
20.100名前が無い程度の能力削除
この設定は面白い
21.90名前が無い程度の能力削除
少年漫画のようなノリが好き。魔理沙がすごい主人公っぽい。
それにしても土曜日フリーダムw
23.100名前が無い程度の能力削除
早いし面白い 素晴らしいと思います
37.100名前が無い程度の能力削除
毎回面白いし、しっかり話が作られてて脱帽です
次も楽しみにしてます!
40.100アリス・マーガトロイド削除
「さて、このままじゃ魔理沙も風邪を引いてしまうわ。フリルのドレスにでも着替えさせて、寝かせてあげましょう」
これは嫌がらせ?w
イタズラ心か本気で心配してるのか分からんw
42.90名前が無い程度の能力削除
とりあえず、椛はさりげなく今作最大級の被害者だと思うんだ。本人直接一回も出て無いのにw
45.100名前が無い程度の能力削除
このシリーズの魔理沙とアリス大好きです。

>楽しい巨悪の打倒方
打倒法、ですかね?
46.100名前が無い程度の能力削除
キャラが生き生きしていて読んでいて楽しくなります。
次回作もお待ちしてます。
49.100名前が無い程度の能力削除
土曜日のアリスはギャグも面白いし、派手でバトルにもよく合いますね。
そしてアルフレッド先生人形には笑いましたwいったいどんな顔をしているのかも気になりますw
52.100名前が無い程度の能力削除
あっという間に読み終わったー! 今回もとても楽しめました。
水曜アリスも良いけど、土曜もなかなか。
54.無評価I・B@コメント返し削除
1・名前が無い程度の能力氏
 土曜日のアリスさんは、アリス一派にしては珍しく力押しです。
 アドベンチャーwありがとうございます!

2・奇声を発する程度の能力氏
 実は書くよりも構成に時間を掛けているので、そういっていただければ幸いです。
 次回も、どうぞお楽しみにしていて下さい。

3・名前が無い程度の能力氏
 向こう一話分の基盤だけは作ってから書くので、次回予告だけは毎回あります。
 構成がもっと早く終われば、もうちょっと早く書けるのですが……。

4・名前が無い程度の能力氏
 爆発は芸術です。
 土曜日のアリスと金曜日のアリスでは、この辺りに意見の相違があるようです。

6・名前が無い程度の能力氏
 表現が解りづらかったようで、申し訳ありません。
 今後もこんな感じで「わかりにくいw」と思われるようなことがありましたら、是非ご報告ください。飛び跳ねて喜びますw
 ご指摘、ありがとうございます!

11・名前が無い程度の能力氏
 うわぁ、全シリーズで間違えてました!
 ご指摘ありがとうございます。修正しました。

19・愚迂多良童子氏
 このシリーズ内で、これ以上の追求のお話が入れられるか怪しいですw
 真実に魔理沙さんが踏み込めるのは、もう少し先のことでしょう。
 と、誤字ですが……この漢字、どうやって変換したんだろう。
 ご指摘、ありがとうございました!

20・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます。
 設定には毎回うんうん呻っていますので、そう言っていただければ幸いです。

21・名前が無い程度の能力氏
 魔理沙は主人公です。それも、王道ものの。
 アリスはライバルキャラです。ただし乗るのはヘビーアームズですw

23・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます。
 なるべく早くお届けできるよう、頑張ります!

37・名前が無い程度の能力氏
 設定が書くよりも大変、というか書くより時間使っています。
 いや、普通なのかも解りませんが。
 次回も、お楽しみいただければ幸いです。

40・アリス・マーガトロイド氏
 あ、アリス、さん……?
 ちょっとした嫌がらせ……だったはずなのですが、予想外の事態になりましたw

42・名前が無い程度の能力氏
 実は椛さん以外にも、プロットにだけ名前がある河城さんがというかたが……。

45・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 魔理沙とアリスは、とくに気合い入れて書いていますw
 それと、ご指摘ありがとうございます!

46・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 生きている彼女たちが書けたようで、嬉しいですw

49・名前が無い程度の能力氏
 アルフレッド先生は、アスカニオ先生の友達です。ダイナマイト的な意味で。
 そのご尊顔は、とりあえず“少女”とだけw

52・名前が無い程度の能力氏
 ありがとうございます!
 次回はかなり長くなりますが、読んでいただければ幸いです。


 沢山のご感想、ご指摘のほど、ありがとうございました!
 それではまた次回、地底編でお会いしましょう!
56.100名前が無い程度の能力削除
やっぱ好きだわこのシリーズ
59.100名前が無い程度の能力削除
即座に爆発に繋げようとするアリスいいな。
60.80桜田ぴよこ削除
「爆発はパワーだぜ!」
61.100名前が無い程度の能力削除
あなたのような作家さんが、
また私をそそわの世界へ引き戻してしまうのだ・・・。
62.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
77.100名前が無い程度の能力削除
全体的にはコメディなんですが、随所にあるシリアスチックな謎も魅力的で、どんどん引き込まれてしまうお話でした。
さて、次のお話も読んできます!
92.無評価いぬものすけ削除
ドウシテ、ドウシテ、アェェェケェェェテェェェェェェェェッッッ
のところが、アァァァケェェェテェェェじゃなくてアェェェケェェェテェェェになってる
地味な所に笑ったw
93.100いぬものすけ削除
おっと評価忘れ