Coolier - 新生・東方創想話

春の姉妹のお仕事

2011/05/28 12:39:22
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「ブラックちゃん、大好きよ!」
「姉さん……」

私、リリーブラックは姉であるリリーホワイトに頬っぺたをつつかれていた。
こんなことをされるのはいつものことだけれど、今回は何かが違う。
なんというか……いつもされる時より力が強い気がする。

「あの、姉さん? ちょ、ちょっと痛いんですけど……」
「ふふふ、痛いですって? 痛いっていうのはこういうことを言うのよ?」

え、ちょ!?
こ、拳を頬っぺたにグリグリと押し付けないでください!
痛い! 痛いですから!

「だ、誰か助けてくださいー!」

私がそう悲痛な叫びを上げても、姉さんは笑顔で拳を私の頬に押し付けていた……



「ううーん……はっ!?」

気がつくと、私はベッドの上で寝ていた。
どうやらさっきのは夢だったみたい。

「ゆ、夢? あぁ、嫌な夢を見た……」

む、頬っぺたに何か圧力を感じるわ。
ゆっくり横を向くと……
姉さんの握り拳が私の頬に当たっていた。
どうやら悪夢の原因はこれみたい。
更によく見ると、私のお腹の上には姉さんの足が乗っかっている。

「全く、姉さんは寝相が悪いわね……」

ふぅ、と一つため息をつく。
寝顔は可愛いんだけどなぁ。
とりあえず、寝相のせいで布団がめくれてるからかけ直しておこう。
姉さんの足と手をどけて、起き上がる。

「風邪引きますよ、姉さん」

まだ寝ている姉さんにそう声をかけてから布団をかけ直す。
これでよし。

「さてと、私は朝食の準備でもしましょうかね」

うーん、と軽く背伸びをしてからベッドから降りる。
まずは着替えないとね。
着替えるために洋服ダンスに向かうと、背後からバサッという音が。
もしや、と思って振り返ると……

「うーん、ブラックちゃんー……むにゃむにゃ」
「こ、この人は……」

かけ直したばかりだというのに、また布団を引っぺがした姉さんの姿があった。
姉さんの寝相の悪さはしばらく治りそうに無いなぁ……

「もうこのままでいいや……
 かけ直したところでまた引っぺがされるだけだろうし」

姉さんに布団をかけ直すのは諦めて、私は着替えることにした。



「おはよー……」
「あ、おはようございます」

朝食を作っていると、姉さんが台所に入ってきた。
あ、起きてきたわね。
でも、服はまだパジャマのまま。
そして、まぶたをごしごしとこすっている。
どうやらまだ眠いみたい。

「今朝ごはんを作ってますから、出来るまでちょっと待っててくださいね」
「うん、わかったー……顔洗ってくるねー」

ふわぁ、と大きなあくびをしながら、姉さんは洗面所へと歩いていった。

「ふふ、姉さん可愛いなぁ」

姉さんを見てると自然に笑みがこぼれてくる。
おっと、それよりも仕事に集中しないと。
焦がしちゃったら大変だ。
ちなみに今日の朝ごはんは目玉焼き。
あまり手がかからないから、朝食には最適なのよね。
台所にジュウジュウという卵が焼ける音が響き渡る。
バターと卵のいい匂いも私の鼻に飛び込んできた。

「ふぅ、顔を洗ったらさっぱりしたわ」
「あ、お帰りなさい」

姉さんが帰ってきた。
顔を洗ったおかげで、目もぱっちりしている。
目は覚めたみたいね。

「うーん、いい匂いねー」
「もうすぐ出来ますよ」

姉さんが顔を近づけてくた。
鼻をひくつかせながら、フライパンの上の目玉焼きを眺めている。

「今日はお仕事ですから頑張らないといけないですね」
「うん、そうだね」

私たちのお仕事。
それは幻想郷に春が来たことを伝えること。
そう、私たちは二人そろって春の妖精。
……よく頭の中が春って言われちゃうけどね。
主に私の隣にいる人が。

「さ、出来ましたよ」
「待ってましたー!」

これをお皿に移して、ご飯も茶碗によそって……はい、出来上がり。
ほかほかと蒸気をあげるご飯に、美味しそうな焦げ目のついた卵。
うん、完璧な朝食ね。

「これは姉さんの分です」
「ありがとう! それじゃ先にあっちに行ってるねー」

姉さんはお皿と箸を受け取ると、先に居間へと行ってしまった。
私の分も準備して……よし、私も居間に行こうっと。
台所を出ると、姉さんは座って私が来るのを待っていた。
姉さん座っている場所の反対側にある椅子に腰掛け、テーブルに料理の載った皿を置く。

「それじゃあ、食べましょうか?」
「うん!」
「いただきます」
「いただきまーす!」

静かにいただきますを言う私とは対照的に、姉さんは元気よくいただきますを言った。
これが私たちの朝の食卓の光景。
私はよく朝から元気でいられるなぁ、って不思議に思うんだけれどね。
でも姉さんから見たら「朝からなんでそんなにテンション低いの?」って感じかもしれない。

「もぐもぐ……ほれ、ほいふぃ」
「食べながら話されても、なんて言ってるか分かりませんよ。
 飲み込んでから話してください」
「んぐ。『これ美味しい』って言ったのよ」

美味しい、か。ちょっと嬉しい。
自然に頬がゆるんでしまう。

「ふふ、そうですか」
「うん、美味しいわよ。流石はブラックちゃんね」
「ほ、褒めても何も出ませんからね?」
「わかってるわよー」

姉さんから褒められるとやっぱり嬉しいな。
おっと、照れてないで早くご飯食べないと!
こういう感じに、私たちは楽しい朝食を取ったのだった。



よし、食事も後片付けも終わったわね。
さーて、これからお仕事を頑張らなきゃ!
頑張れば一日で終わらせることが出来るしね。
私は出かける準備はもう済んでるんだけれど、
姉さんはパジャマのまま朝食を食べていたから、着替えにちょっと時間がかかるかな。

「姉さん、準備出来ました?」

そう声をかけると同時に、寝室から姉さんが出てきた。
お、ちょうどいいタイミング。

「うん、大丈夫よ。着替えもばっちり終わったし!」

うん、大丈夫みたいね。
後は帽子を被って終わりっと。

「それじゃあ、行きましょうか」
「ええ、行きましょ! えーと、まずは白玉楼かしらね」

白玉楼ね。いつもと同じ順序かな?
あそこは幻想郷でも有数の桜の名所だもんね。
早く春を告げて、桜を満開にしないとお花見が出来ないし。
ただ、私たちが春を告げても咲かない桜があるのが不思議なんだけれども。
うーん、謎よね……あの桜、どうなってるのかしら。

「白玉楼ですね、わかりました」
「よーし! 頑張るわよ!」

ということで、最初の目的地は白玉楼に決定。
よし、気合入れていかないと!

「それじゃあ先に行くわよー!」

いきなり姉さんが飛び上がった。
そして、私のほうを向きながら、反対側へと飛んでいく。

「あ、待ってくださいよ姉さん!」
「ふふふ、追いついてみなさいー!」

あ、この展開はマズイ。
こういう展開になると高確率で……

「みぎゃっ!?」

あ、あー、やっぱり。
よそ見していた姉さんは、進行方向上にあった木にぶつかって悲鳴を上げることになった。
姉さんは無事かなぁ……?

「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ……なんとか……」

涙目でぶつけたところをさする姉さん。
うわぁ、痛そう。
でも、姉さんも懲りないよなぁ。
もう数え切れないくらいに木にぶつかってるよね?

「もう、そろそろ学習してくださいよ……」
「ご、ごめん……」

う、涙目で謝ってくる姉さんも可愛い……
って、今はそんなこと思ってる場合じゃないわね。

「ほら、姉さん、立ってください。今度は一緒に行きましょうよ」
「あ、ありがと……」

座り込んでいる姉さんに手を貸す。
二人で一緒に行けばぶつかる心配はないよね。

「ブラックちゃんは優しいわね」
「そ、そんなことないですよ……! さ、さぁ、行きますよ!」

姉さんの手を引っ張って、空に舞い上がる。
おっと、道中でもしっかり春を告げないとね。
後ろから「照れなくていいのに」っていう呟きが聞こえたけど、私は聞こえないフリをした。



「こんにちはー、春ですよー」

白玉楼の庭に入ると、この屋敷の主人とその従者が何も咲いていない桜の木を見つめていた。
姉さんが春ですよーと叫ぶと、二人は同時に私たちの方へと顔を向けてくる。

「あら、やっと来たわねー」
「リリーさん、こんにちは」

幽々子さんと妖夢さんはにこやかに挨拶してくれる。

「もうそろそろ来る頃だと思ってたわ」

幽々子さんがいつものように微笑みながら、私たちの近くまでやってきた。

「お待たせしました。早速桜を咲かせますよ。あっという間に終わりますからねー」
「はい、お願いします!」

妖夢さんはぺこりと頭を下げた。
姉さんは桜の方へ近寄ると、普段の姿からは予想できないくらいに真面目な表情になる。
そして手のひらを桜の木の方に向けて力を込めると……あっという間に桜の木が満開になった。
目の前にある桜だけじゃない、庭にある桜全てが満開になった。
やっぱり例の咲かない桜は今年も咲いてくれなかったけど。
普段はどこか抜けている姉さんだけど、春の妖精としての力は一級品。
私もあれくらい出来るようになりたいなぁ。
私の力なんてまだまだだから……

「ふぅ、今年も見事に咲いてくれましたねー」

姉さんは表情を崩し、額の汗を拭う。

「お疲れ様です! あ、お茶でもいかがですか?」

妖夢さんが気を利かせて、お茶を勧めてくれた。

「あ、それじゃあ遠慮なく」
「はい、どうぞ! あ、ブラックさんも!」
「あ、ありがとうございます」

私にまで勧めてくれるなんて、ありがたいわね。
何にもしてないのに。
それにしても、きれいな桜を見ながらのお茶……いいものね。
心が癒されるわ。

「今年もたくさんの人がお花見にきそうねぇ」
「毎年たくさんの人が白玉楼に来ますもんね」

姉さんの言うとおり、幻想郷の中でもここの桜は素晴らしいって言って、たくさんの人が来るのよね。
私もここの桜は素晴らしく美しいと思う。
ここ以外にも名所は多いけどね。
私は博麗神社の桜とか結構好きなんだけれど。

「リリーさんたちも今度来てください!
 出来る限りおもてなしさせていただきますから」
「ええ、今度来させてもらいますねー」

姉さんはにっこり笑って妖夢さんにそう返した。
私も今度ゆっくりと桜を見させてもらおうっと。
今日は色々なところに行かないといけないから時間があんまりないしね。

「姉さん、そろそろ次のところに……」
「あ、そうね。それじゃあ、私たちはこれで失礼します」
「わかったわー、いつもありがとうねー」

幽々子さんが微笑みながらお礼を言ってくれる。

「いえいえ、これが私たちの仕事ですから」
「それじゃあ、失礼しますね」
「はい、お二人とも、頑張ってください!」

二人に見送られて、私たちは次の場所へ向かうことにした。

「次はどこですか?」
「えーと、紅魔館かな?」
「紅魔館ですか」

あそこは賑やかで楽しい場所よね。
逆に賑やか過ぎて、ちょっと疲れるけどね。

「さ、まだお仕事は始まったばかりよ。頑張りましょ!」
「はい!」

うん、まだ始まったばかり。
頑張らないとね!
空から下の方に春を告げながら、私たちは紅魔館へと向かうことにした。



「春ですよー!」

大きなお屋敷の玄関の前に立って叫ぶと、声を聞きつけてメイド長が出てきた。

「あら、春妖精のお二人じゃない。お疲れ様」
「咲夜さんも忙しそうですねー」
「ええ、いろいろと大変でね……」

ふぅ、と軽くため息をつく咲夜さん。
メイド長っていう仕事柄、私たちより苦労してるのは間違いないわね。

「ブラックさんのほうも大変じゃない?」
「ええ、大変ですよ。姉さんがもうちょっとしっかりしてくれれば……」
「ねぇ、二人は何の話をしてるのかしら?」
「なんでもないですよ」

少し怒った感じに頬を膨らませる姉さん。
ふふ、こういう姉さんも可愛い。

「あ、あとお嬢様には気をつけたほうがいいわよ。
 『今年こそは春を捕まえる!』なんて言ってたから……」

笑いをこらえていると、咲夜さんがそう告げた。

「そういえば前、咲夜さんに捕まりそうになりましたね……ねぇ、姉さん?」
「うん、あの時はびっくりしたわ……」
「ああ、あれね。あの時はごめんなさい」

何年か前に捕まりそうになったことがあるのよね。
家で寝てたらいつの間にか咲夜さんが家の中にいてびっくりしたわ。
話をしたら、咲夜さんはすぐに反省してくれたけど。

「あの頃の私はお嬢様の言うことは全部聞いてたからなぁ。
 『春を捕まえてきなさい』って言われて必死に探してたわね。
 ま、今はしっかり駄目なことは駄目って言えるようになったけど」

それが本当なのかどうか疑わしいですけどね。
咲夜さんなら普通に「しょうがないですね」とか言って、なんでも許しちゃいそうな気がするんですが。

「私がどうしたって?」
「あ、お嬢様」

あ、噂をしてたら、レミリアさんが現れた。

「あー! 春の妖精じゃない!」
「どうもー、リリーホワイトですー」
「ブラックですー」

レミリアさんは私たちを一目見るなり、指を突きつけてきた。
私の挨拶が半分棒読みになってるけど気にしない。

「ククク、ここで会ったが何年か目! 私だけの春妖精になりなさい!」

そんなことを私たちに向かって叫んでるけど……うーん、どういう意味だろう?

「姉さん、あれはどういう意味ですかね?」
「多分『私の女になれ』的な発言じゃないかしら……」
「あなたたち、こっちまで聞こえてるわよ」

耳打ちのつもりだったけど、しっかり聞こえてたみたい。

「あー、お嬢様が言いたいのはー。
 『幻想郷の春は私だけのものよ』ってことですよね」
「そう、それ! 咲夜の言うとおり! 幻想郷の春は私のもの! 私だけのものよ!
 いい? 私は面倒が嫌いなの。大人しく私のものになりなさい!」

……まーた、おかしなことを言ってるわね。
この人はその場のノリとか気分で行動したり発言をしたりするらしいから、あんまり気にする必要はないと思うけど。

「……で、春を独占してどうするつもりですか?
 まさか私たちの体が目当て……!」
「違うわよ!」

姉さんの発言にきれいにレミリアさんがツッコんだ。
ナイスツッコミです。

「私が春を独占したらみんな私の元にやってくるはずよ。
 『レミリア様、私たちに春を分けてください』ってね。
 そして春を分け与えてあげたら、私は崇められること間違いなし!
 こうして私は幻想郷の帝王になるのよ!」

うわぁ、すごい発想。
私たちにはあんな発想をするのは無理だわ。
そういうことを思いつけるのは凄いと思うけど。

「うーん、なかなか面白い考えだけど……
 春は誰かが独占するものじゃないと思うわよ?」
「ふぇ?」
「というか、春は独占なんて出来ないものなの。
 独占しようったって、誰にでも自然に訪れるものだからねー」

お、おぉ、姉さんが珍しくまともなこと言ってる。
たまにまともなことも言うのよね、姉さんは。
普段の言動からはなかなか想像できないけど。

「う、うー……」
「もう独占しようだなんて考えちゃ駄目よ?
 春はみんなと一緒に楽しまなくちゃ!」
「……うん、わかった! みんなと楽しむことにする!」
「分かってくれればよし!」

なんか姉さんがレミリアさんを説得した……というか改心するの早っ。
それにしてもレミリアさんもまだまだ子供なんだよね。
さっきまでの偉そうな口調がいつの間にか子供らしい口調と笑顔に変わってる。

「お嬢様の笑顔、素敵です……!」

あそこにちょっと大変なことになってる人が。
下手すると今にもレミリアさんに抱きつきかねないわね……

「それじゃあ、わかってくれたご褒美にこれあげる!」

ん、それは……桜の枝?

「わ、これって桜の枝? もらっていいの?」
「どうぞどうぞ。小さいけどね」
「へぇ、きれいですねぇ。ホワイトさん、ありがとうございます」

小さいけれども、きれいに咲いている桜。
これなら喜んでくれないはずがないわね。
……って、ちょっと待ってよ?

「姉さん、その桜はどうしたんですか?」
「ああ、これ? 白玉楼の桜の木からもぎ取ってきた」
「ちょ、何やってるんですか! 流石にそれは駄目でしょう!」

というかいつの間に……全く、呆れて物も言えませんよ。

「えー? ま、バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
「はぁー……」

もうため息しか出ない。
過ぎたてしまったことは取り返しがつかないし、とりあえず今は目をつぶろう。
白玉楼の二人が気づいてませんように。

「あ、あはは……とりあえずこれは居間にでも飾っておきますね」

ほら、咲夜さんも苦笑してるじゃないですか。

「また今度、白玉楼にお花見に行きましょうよ、咲夜!」
「ええ、もちろんです。紅魔館のみんなで行きましょう」
「私たちも今度行く予定だから、白玉楼で会いましょうね!」
「うん!」

姉さんの言葉に対して元気に頷くレミリアさん。
さて、そろそろ次の場所に行かないとね。

「姉さん、そろそろ次の場所に行きましょうか」
「あ、そうね」
「それでは、私たちはこれで失礼します」
「お疲れ様。あ、ちょっと待ってて」

そう言った咲夜さんの手には、いつの間にか小さな缶が握られていた。
多分時を止める能力を使って、取りに行ったんだろう。
これは……紅茶の缶?

「さっきの桜のお礼に、私が作った紅茶をあげるわ。お二人でどうぞ」
「あ、わざわざありがとうございます」

へぇ、お手製の紅茶かぁ。
試しに蓋を取ってみると、中から紅茶の匂いが漂ってきた。
うーん、いい匂い。
お菓子と一緒に頂いたらいいかもね。

「また白玉楼で会おうねー!」
「ええ、白玉楼でねー!」

レミリアさんが手を振って私たちを見送ってくれる。
その様子はとても可愛らしかった。
咲夜さんが夢中になる理由もわかるなぁ。
私たちはレミリアさんと咲夜さんの見送りを受けながら、玄関のドアを閉める。

「さて、次はどこですかね?」
「次は……博麗神社ね」
「神社ですか。お賽銭くらい入れて行きます?」
「うーん、そうね。ついでにお賽銭を入れて行きましょうか」

霊夢さんも金欠で困っているって聞いたし。
情報源は妖精たちの噂話だけどね。

「さて、それじゃあ行くわよー!」

ポケットの中にもらった紅茶の缶をしまうと、私たちは空に舞い上がった。
もちろん紅魔館に春を告げるのを忘れない。
さっきと同じように姉さんが力を込めると、辺りは春の空気に包まれた。
春の花々は咲き乱れ、動物たちも嬉しそうに駆け回る。
そんな様子を見ていると、私も嬉しくなってくる。

「ブラックちゃんー? ボーっとしてると置いてくわよー?」
「あ、すぐに行きますー!」

次に目指すは博麗神社。
ここもなかなかの桜の名所として有名なところだ。
……ま、白玉楼には負けちゃうだろうけど。



さて、博麗神社に到着ー。
……やっぱり人は全くいないなぁ。
これだけしーんとしてると同情すら覚えるんだけれど。

「いつもいつも人気の無い場所ねー」
「全くですよ。もうちょっと賑やかならいいんですけどね」
「人気がなくて悪かったわね……」
「ありゃ、いたんですか、霊夢さん」

いつの間にか立っていた霊夢さんにツッコまれた。

「あなたたちが降りてくるのが見えたから
 挨拶くらいしようかなーと思って近づいたら、いきなり人の神社の悪口?」
「あ、すみません。流石に謝ります」
「いいもん、別に気にしてないし。私、お賽銭多くてウハウハ状態だもん……」
「お、落ち込まないでくださいよ!」

ため息をつきながら顔を伏せる霊夢さん。
もうちょっと早く、近くにいることに気がつけばよかった……

「霊夢さーん、部屋の掃除終わりましたよー」

あれ、他に人がいるの?
声がするほうに目を向けると、緑が基調の巫女服に身を包んだ人が一人。
あれは確か山の神社の巫女だったかしら。

「あ、ごめんね、早苗」
「いえいえー、気にしなくてもいいですよ。
 で、こちらの方々は……春の妖精さんでしたっけ?」
「ええ、そうです。私が妹のリリーブラック、こっちが姉のホワイトです」
「こんにちはー、ホワイトです」
「こんにちは。私は東風谷早苗って言います。早苗って呼んでくれて構いませんよ」

何年か前にここにやってきた人たちの一人だったよね。
面識がないわけじゃないけど、あんまり話したことなかったわね。

「で、早苗さんはなんでここに? あなたは確か山の神社の巫女じゃ……」
「今日はたまたま霊夢さんの家に遊びに来たんですよ」

なるほど。
遊びに来たからここにいる、と。

「早苗はよく遊びに来てくれるからね。
 こちらとしては嬉しい限りよ。賑やかな方が楽しいし」

んー、博麗神社も人が全く来ないわけじゃないのよね。
ただ、ほとんど決まった面子しか来ないってだけで。

「で、あんたたちは春を告げにきたのかしら?」
「ええ、そうですよ」
「私の力ですぐに桜を満開にして見せますよー」
「お願いするわ。きれいな桜を見ないと春が来たーって気分になれないからね。
 早苗も二人の仕事ぶりを見ておくといいわよ。この二人、すごいんだから」
「はい、じっくり見させてもらいますよ」

霊夢さんがそう言うなら早速仕事に取り掛からないとね。
神社の境内を桜で満開にしないと!

「それじゃ、二人でやるわよ。
 準備はいいかしら?」
「ええ、いつでもいいですよ」

姉さんとの共同作業ですね。
私たちは二人揃えば怖いもの無しの力を発揮できる。
……ただし春限定だけど。
この力を使えば辺り一帯を春一色にすることが出来る。
弾幕にして撒き散らすことも出来るんだけど、めったに使わないんだよね。
この神社の境内くらいなら、姉さんにかかれば一人で十分なはずなんだけど……
やっぱり少し疲れてきたのかな?

「行くわよー。せーの!」
「はいっ!」

私たちが掛け声とともに力を込めると……
境内の桜の木は一斉に満開になった。
それを見た巫女の二人は小さく驚きの声を上げる。

「相変わらず、すごいわねぇ」
「すごいです……! これが幻想郷の春なんですね!
 うわぁ、すごい綺麗……」

霊夢さんはともかく、早苗さんは私たちの仕事ぶりを見たことがないからか、余計に驚いてる。

「ふぅ、終わりましたよ」
「二人とも、お疲れ様」

霊夢さんが優しく労いの言葉をかけてくれる。

「いえいえ、これが仕事ですからね。さて、仕事も終わったことだし……」
「ん? どうかしたの?」

私たちはほぼ同時に財布を取り出す。
向かう先はもちろん……賽銭箱だ。

「100円でいいかしらね?」
「妥当だと思いますよ。私も100円入れますね」

財布から100円を取り出して、賽銭箱に投げ込む。
チャリンじゃなくてコトンという悲しい音が聞こえたけど、気にしちゃいけないわね。

「さて、神社はこれで終わりですね。次はどこですか?」
「うーん、どこにしようかしらねー」
「ちょ、ちょっと待って二人とも!
 そろそろお昼だし、お昼ご飯でも一緒にどう!?」

なんかお昼ご飯に誘われた。
んー、私はちょうどお腹が空いてるけど。

「姉さん、どうします?」
「うーん、甘えちゃおうか?」
「どうぞ、甘えてって! お賽銭のお礼だから気にしなくていいわよ!」
「そ、そこまで言うなら甘えさせてもらいます……」

そこまで嬉しかったのね。
目をそんなに輝かせて……
なんか霊夢さんがかわいそうになってきた。

「あ、お昼ご飯作るなら手伝いますよ」
「ごめん早苗、手伝って!」
「お安い御用です!」

こうして私たちはお昼をご馳走になることになったのだった。
博麗神社のお財布事情ってどうなってるのかすごく気になる……



「どうぞ、召し上がれ!」

出されたのは納豆、味噌汁にご飯、それと焼き魚。
どれも美味しそう。

「簡単なものですまないけどね」
「いえいえ、十分ですよ」
「あ、あ、ブラックちゃん……」
「ん、どうかしました?」

姉さんが震えながら私を見つめてきた。
震える姉さんが指差したのは……納豆。

「ホワイトはどうかしたの? 震えてるけど」
「あー、姉さんは納豆が嫌いなんですよ」
「へぇ、納豆が嫌いなんですか?」

早苗さんの問いにぶんぶんと首を振って頷く姉さん。

「だってネバネバ、ヌルヌルしてるし臭いし!
 あんなもの人が食べるものじゃないわよぉ……」
「はいはい……姉さんは魚でも食べててください」
「うん、そうする……」

私たちの様子を見て、霊夢さんと早苗さんは笑っていた。

「納豆が嫌いねぇ! あっはっは、可愛いじゃない!」
「私も小さい頃は苦手でしたね。あの頃を思い出しますよ」
「うー、嫌いなんですもん」

霊夢さんと早苗さんに笑われて、うーと唸る姉さん。
とりあえず姉さんの分の納豆はどけてっと。

「はい、姉さんの嫌いな納豆はなくなりましたよー」
「ごめんね、ブラックちゃん」
「それじゃあ、食べようかしらね。お先にー」

あ、霊夢さんが先に手を付けた。
私たちも早く食べようっと。

「頂きます」

皆、霊夢さんの後に続くように頂きますを言って、食事に手を付けた。
まずはこの味噌汁から……む、おいしい。

「この味噌汁、美味しいですね」
「でしょ? 味噌を作ってるおじさんから直接もらってきた味噌なんだけど、この味噌がおいしいのよ」
「へぇ、そうなんですか。私たちはいつもお店に売ってる味噌を買ってきてますけどね」

お店で買う味噌も十分おいしいんだけど、この味噌はそれ以上かもしれないわね。
うーん、絶品。

「はい、霊夢さん、あーん」
「あ、ありがとね、早苗。あーん……」

なんか目の前でご飯を食べさせてあげてる人がいるんですけど。
見てるこっちが恥ずかしいよ……

「じー……」
「ど、どうかしましたか、姉さん?」
「ブラックちゃん、私にもアレやって」

そう言って指差したのは霊夢さんと早苗さん。
つまり、二人がやっていることを私にもやれってこと……

「えぇ!? い、いや、いつもやってますし、別にしなくてもいいんじゃないかと……」

うん、昨日の夕食も同じことやってたし。
ここでやるのはちょっと恥ずかしいんですが。

「だってさー、見せ付けられたらこっちも見せ付けてやりたくなるじゃない」
「そ、そんなもんですかぁ……?」
「うん、そんなもん」

こくこくと頷く姉さん。
う、うぅ。恥ずかしいけど、やらないと姉さんは引き下がってくれないだろうし……
やるしかないわね……

「そ、それじゃあ行きますよ? あーん……」

魚の肉を箸でつかんで、姉さんの口へと運ぶ。

「あーん! ん、美味し」

くぅ、なんか恥ずかしい。
霊夢さんと早苗さんの二人は……ニヤニヤしながらこっちを見ていた。

「あらあら、熱いわねー?」
「私たちも負けちゃうくらいに熱いんじゃないですか?」

に、ニヤニヤしながら見ないでください……
恥ずかしさで爆発しちゃいそう……

「ふふふ、お二人にも負けないくらいに熱いですよー?
 ね、ブラックちゃん?」
「わ、い、いきなり抱きつかないでください!」

悪い気はしないんですけど、恥ずかしいです……
せめて二人きりの時にされたらここまで恥ずかしがることはなかったんだろうけど。

「二人とも熱々ですねー」
「早苗、私たちも負けてないって所を見せてあげましょ?」
「そうですね!」
「も、もういいですから! ほら、姉さんも!」

これ以上三人を放っておくと大変なことになりそうだし、そろそろ止めておかないと。

「えー、いいところになりそうだったのにー」
「そういうのは二人きりの時にしてくださいよ……
 こういう場所でされるとかなり恥ずかしいです」
「んー、じゃあ二人きりになった時にするー」

ふぅ、これでやっと開放された。
さ、食事の続きにしよう。まだ食べ終わってないし。
それからみんなは食事に集中し始めたのか、特に喋ることはなかった。
これはこれで少し寂しいけれどね。



「ごちそうさまでした。美味しかったです」

私は手を合わせて、ごちそうさまを言う。
出されたものは全部美味しかった。
ふぅ、今日はいいものが食べられたわね。

「食後のお茶はいかがですか?」
「あ、頂きます」

早苗さんが人数分のお茶を持って居間に入ってきた。
どうやら私たちがここでゆっくりしている間に淹れてきたみたい。

「はい、霊夢さんもどうぞ」
「ん、ありがと」

霊夢さんはお茶を受け取ると、ずずずとすすり始めた。
うーん、霊夢さんは幻想郷一お茶を飲む姿が似合うって言っても過言じゃないかも。
やっぱりいつもお茶をすすってる印象があるからかな?

「ん、どうかしたの?」
「あ、いや、霊夢さんはお茶を飲む姿が似合うなぁって思いまして」
「何よそれ。私がおばあちゃんとでも言いたいのかしら?」
「そういう意味じゃないですよ」

確かにお茶を飲む姿が似合うのはおばあちゃんっていう感じがするけど、
そういう意味で言ったんじゃないのよね。

「霊夢さんはよく正座しながらお茶を飲んでるからじゃないですかね?」
「んー、言われてみればお茶を飲んでることが多いわね」

早苗さんの言うとおり。
正座しながらお茶……って姿をよく見るからね。

「でも最近年寄り臭いんじゃないですかー?
 よく長々と説教したりするって聞きますよー」

あ、いらん事を……
そして私の予想通り、姉さんは霊夢さんに拳骨を食らった。
ごつん、と鈍い音が私にも聞こえた。

「痛ぁー!? な、殴ることないじゃないですかー!」
「ふんっ、年寄りで悪かったわね!」

今のは完全に姉さんが悪いよなぁ。
霊夢さんもかなり怒ってるみたい。

「うぅ、ブラックちゃん……」
「今のは姉さんが悪いです」
「うぐ……」

かわいそうだけど、姉さんが悪いのは明白だしね。
こうとしか言えないよね。

「大丈夫ですか?」
「早苗さーん!」

あ、早苗さんのところに逃げた。
子供っぽく早苗さんに抱きつく姉さん。
狙ってやってるんじゃないかって思われそうだけど、これ、そうじゃないのよね。

「痛かった……」
「よしよし……」
「早苗、甘やかしすぎたら駄目よ?」
「わかってますよ。でも、やっぱりこういう人を見ると放って置けなくて」
「早苗は優しいわねぇ……ま、あなたのそういうところが好きなんだけれど」
「ふふ、ありがとうございます」

なんかこの二人、のろけだした。
私一人だけ置いてかれてる気がするのは気のせい?

「それにしても年寄り臭いねぇ。なんかそんな気がしてきたわ……はぁ」

大きくため息をつく霊夢さん。
どうやら結構気になるようだ。

「霊夢さんはまだまだ若いじゃないですか。そんなこと気にすることはないですよ」
「そ、そうかしら?」
「ブラックさんの言うとおりですよ。まだ若いんですから、そこまで気にすることはないと思います。
 それに、もし年寄りでも私は霊夢さんのことが好きですから!」
「……二人とも、ありがとね」

霊夢さんは優しく微笑んでくれる。
その笑顔はとてもきれいで、若々しかった。

「ほら、姉さんも霊夢さんに謝ってください」
「ご、ごめんなさい……」
「ん、別にいいわよ。こっちも大人気なかったわ。ごめんなさいね」

お互いに頭を下げる。
どうやら仲直りできたみたいね。

「さて、そろそろちょうどいい時間ですね。仕事に戻りましょうか」
「うん、そうしましょうか」

まだ少し、私たちには仕事が残ってる。
もうちょっとゆっくりしていたいのは山々だけどね。

「まだ仕事が残ってるんですか?」
「ええ、一応」
「お仕事、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます」

早苗さんの笑顔を見たら、まだまだ頑張れるような気がしてきた。
人の笑顔ってすごい力があるよね。

「春を告げるっていうのも大変だろうけど、頑張ってね。応援してるわよ」
「ありがとうございます、霊夢さん」

よし、二人の応援のおかげでやる気が出てきた。
残りも頑張ろう!
と、その時霊夢さんに声をかけられた。

「あ、そういえばあなたたちも白玉楼のお花見には来るのよね?」
「ええ、行きますけど」
「ならいいわ。その時は……みんなでゆっくりお酒でも飲みましょ?」
「はい、楽しみに待ってますよ」

みんなで飲むお酒……楽しいに違いないわね。
ふふ、お花見の日が楽しみになってきた。

「それでは失礼します」

そう言ってから外に出る。
二人は私たちが飛び去るまで仲良く見送ってくれた。

「仲いいですよね、あの二人」
「同じ巫女だからじゃない?」
「判る気がします」

姉さんの言葉に、笑ってしまった。
やっぱり巫女同士っていう関係から、あそこまで仲良くなったんだろうな。

「さ、残りはちゃっちゃと済ませるわよ!」
「はい!」



それから私たちは人間の里へと向かったのだけど、
そこでは多くの人々が私たちを歓迎してくれた。
頑張って、とか言われながら色々なものをもらっちゃったりね。
皆、春が来るのを心待ちにしてたんだ。
こういう風に喜ばれると、春妖精に生まれてよかったって改めて感じる。
ただ、人間の里からはさっさと離れちゃったけどね。
だって、駆け寄ってくる人が多すぎて大変だったんだもの……
姉さんなんて人ごみに流されてたし。
何とか救出は出来たけど。

「大丈夫ですか、姉さん?」
「え、ええ、なんとか。でもびっくりしたぁ……
 押しつぶされるかと思ったわよ」

本当に押しつぶされる手前まで行っていた気がする。
私も気をつけないとね。

「えーと、あとはどこでしたっけ?」
「あとは……山に彼岸に竹林、魔法の森、かしらね?」
「まだまだ多いですねぇ……」
「大丈夫。急げば夕暮れまでには間に合うわよ」

んー、確かに急げばそれくらいには終わるかな?

「それじゃあ、急ぎましょうか」
「ええ、そうね。頑張りましょ!」
「はい!」

こうして私たちは気合いを入れなおして、頑張ることにしたのだった。



「ただいまー」

仕事が終わって、家に帰り着いたのは空の色が赤と黒に分かれ始めた時間帯。
結構遅くまでかかっちゃったわね。

「ふぅ、疲れたぁ」
「でも一日で終わってよかったですね」
「確かにねー」

姉さんは壁に帽子をかけながらそう返してきた。

「あ、お風呂入りますよね?
 私、準備してきますよ」
「ええ、お願いするわねー。それじゃあ私は夜ご飯でも作ろうかな」
「お願いします」

姉さんの料理かぁ。
姉さんが作るシチューは絶品なのよね。
今日のご飯はもしかしてシチューかな?
さて、ご飯に期待しながら、私はお風呂の掃除を頑張ろうっと。

「さぁ、頑張るわよ!」

軽く叫んで、やる気を注入する。
そして、雑巾を手に、私は浴槽をゴシゴシとこすり始めるのであった。
それから数分後。

「ふぅ、疲れちゃったなぁ……」

お風呂掃除するのもきつい。
でも、疲れたのは姉さんも同じ。
いや、私以上に疲れてるはず。
だからここで私が弱音を吐くわけにはいかないわね。

「よーし、頑張って掃除しなくちゃ!」

浴槽を雑巾でこすって……ふぅ、屈みながらの作業だから腰が痛くなるわね。
休憩を入れながら作業を続けようっと。

「あー、腰が痛い……」

外で酷使してきた体にこれはきつい。
浴槽を磨き上げるまでに、私は何回も何回も腰を叩く羽目になった。
底を磨くのはそこまでつらくないんだけど、浴槽の側面を磨き上げるのがつらい。
側面を磨く時には中腰にならないといけないもんね。
底を磨く時は四つん這いになればいいから、ある程度楽なんだけど。
腰の痛みに作業を中断しながらも、一生懸命に浴槽を雑巾でこする。
そんな感じに休憩を挟みながら作業を進めること数十分。
なんとか浴槽をピカピカに磨き上げることができた。

「ふぅ、疲れたー。でもきれいになったわね」

磨き上げる前は一目見てわかるくらいに垢で汚れていた浴槽も、見違えるようにきれいになった。
指で浴槽をこすると「キュッキュッ」という気持ちのいい音がする。

「あとはお湯を溜めるだけね」

先日河童が付けてくれた筒の上についている丸い部分を捻る。
河童曰く「ここを捻れば水はもちろん、お湯も出てくるよ!」とのこと。
私にはどういう仕組みになってるのかわからないけどね。
でも河童の作ってくれる道具って便利。
たまに変なものも作ったりするけど。

「おー、出てきた出てきた」

筒からお湯が出てきた。
うん、温度もいい感じ。
これは便利ね。

「さて、あとは溜まるまで待つだけか」

それにしても、姉さんはどうなってるのかな?
ちょっと見に行こう。
風呂場を飛び出して、台所に入る。
姉さんは鼻歌を歌いながら、鍋を見つめていた。

「お風呂今溜めてますよー」
「あ、うん、ありがと」

お、いい感じに出来上がってきてる。
予想通り、今日はシチューみたい。

「姉さんはどんな感じですか?」
「あともうちょっとかな? 今は具を煮てるところ」

それじゃあ、しばらく暇になるよね。

「じゃあ、具が煮えるまで休憩します?」
「んー、そうね。休憩しようっと」

二人でテーブルに向かう。
椅子に腰をかけると、姉さんと同時にため息をついてしまった。

「大変だったわねぇ」
「でも、1年中仕事してるわけじゃないからいいじゃないですか」
「それはそうだけどさー」

1年中働いている人がいる中で、私たちは春に仕事をするだけ。
今日みたいに春を告げる日は忙しいけれども、基本的にものすごく楽な生活を送っているのよね。
ま、全く仕事をしない人も多いんだけどさ。
妖怪とか妖精とかね。

「それにしても今日はお疲れ様です。
 姉さんばっかり働いてましたね」
「何を言うのよ! ブラックちゃんもしっかり働いてたじゃない!」
「いやいや、姉さんに比べたら私なんて全く働いてないようなものですよ」

私が働いたのって神社くらいだったし……
いや、他にもちょっとは頑張ったけど、それでも姉さんの仕事量には及ばない。

「それでも私が見た感じでは、しっかり働いてたわよ?」
「そうですか……ありがとうございます」
「ブラックちゃんもお疲れ様」

こうして姉さんに褒められると嬉しくなる。

「仕事も終わったことだし、また明日からゆっくり出来るわね」
「そういえば白玉楼のお花見には行くんですよね?」
「もちろん行くわよー。みんなも来るだろうし、会えるといいわねー」
「ですね。みんなで飲んだ方がお酒は美味しいですし」

今週末に行けば多分みんな白玉楼にいると思うけどね。
行くなら今週末かな?

「今週末に行けば皆いると思いますし、今週末に行きましょうか」
「それがいいかもね。あ、ごめん、ちょっと休憩させて。
 疲れちゃったわ」
「あ、はい。わかりました」

姉さんはそう言うと、軽く目を閉じる。
寝るわけじゃなさそうだけどね。
しばらくそっとしておこう。
そして、それから数分が経ち、姉さんが目を開けた。

「あ、そろそろ具が煮える頃ね。ちょっと見てくるわ」
「それじゃ、私もお風呂の方を一回見てきますね」

お互いに椅子から立ち上がって、私はお風呂、姉さんは台所に向かう。
うん、お風呂もいい感じに溜まってるわね。
お湯を止めて、と。
ご飯を食べ終わったら二人で一緒にお風呂かな。

「姉さーん、お風呂のほうは溜まりましたよー」

お風呂の中から、姉さんに向かって叫ぶ。

「こっちも出来たわよー」

そんな返事が台所の方から返ってくる。
ちょうどご飯の方も出来たみたい。
それじゃあ、あっちに戻ろうかな。
台所では、姉さんがシチューを皿に移していた。

「姉さん、手伝いますよ」
「あ、ありがと」

姉さんがお皿に盛ったシチューを手にとって、テーブルへと運ぶ。
姉さんの分と、私の分を並べて……よし、これでいいわね。

「お茶も持ってきたわよー」

姉さんの方を振り返ると……手にポットとコップを持っている。
あれは紅茶、かな?

「それって今日咲夜さんにもらった奴ですか?」
「ええ、そうよ。いい匂いがするわよー」

茶葉の段階でいい香りがしていたけど、お湯を加えると更にいい香りがするなぁ。

「うーん、いい匂いですね。結構離れてるはずなのに、ここまで匂いが届いてますよ」
「さ、座って座って」

姉さんに促されて席に着く。
私が椅子に座ると、姉さんがコップに紅茶を注いでくれた。

「あ、ありがとうございます」
「ふふ、どうも」

私のコップに紅茶を注いだ後に、姉さんは自分のコップに紅茶を注いだ。

「さ、頂きましょ」
「ええ。それじゃ、頂きます」

リビングに二人分の頂きますが響き渡った。



「シチューも紅茶の絶品でした」
「ええ、この紅茶は美味しいわね。流石は咲夜さん」

後片付けを終えたあとに、咲夜さんの紅茶を楽しむ。
この紅茶、また今度もらって来れないかな?
私、気に入っちゃったわ。

「お菓子が食べたくなるわよね」
「流石に今はお菓子なんてないですけどね」
「今度はお菓子と一緒に頂きましょうよ」
「そうですねー。今度美味しいお菓子でも買ってきましょうか」

甘いものにはちょうど合うかもしれないわね。

「あ、もう無くなっちゃった」

姉さんが飲み干したカップに紅茶を注ごうとして、ポットを傾けると雫が垂れ落ちた。
ポットの中に入っていた紅茶はもう無くなってしまったみたい。

「茶葉はまだあるんですよね?」
「ええ、まだあるけど」
「それならまた作ればいいじゃないですか」
「んー、そうしたいけど、また今度にしよっと。我慢しないと眠れなくなっちゃう」

確かにこれ以上飲んじゃうと眠れなくなりそう。
私も我慢しよ。

「さて、お風呂にでも入りますか?」
「賛成。一日の疲れを取るにはお風呂が最適ね」
「それじゃあ、着替えの準備をしてきます。
 パジャマでいいですよね?」
「いいわよー。先に行ってるわねー」
「わかりました」

先にお風呂に向かった姉さんを見送ってから、私は箪笥へと向かう。
えーと、姉さんのパジャマは……これね。
あとは下着と私の着替え……よし、見つかった。
私も早く入ろうっと。

「姉さん、お湯加減はどうですか?」

脱衣所に入ってから、姉さんに聞いてみる。

「いい感じよー。ブラックちゃんも早くおいでよ!」
「今行きますよ」

着替えを棚に置いて、服を脱ぐ。
脱いだ服はちゃんとカゴに入れておかないと……
って姉さん、服は脱ぎ散らかさないで、しっかりカゴに入れてくださいよ……
小さく嘆息しながら、姉さんが脱ぎ散らかした服をカゴの中へ入れる。
よし、きれいになった。
それじゃあ、私もお風呂に……

「お待たせしましたー」

脱衣所に続く扉を閉めてから姉さんのほうを振り返ると……

「はい、ばっしゃーん!」

……思いっきりお湯をかけられた。
姉さんはずぶ濡れになった私を見て爆笑している。

「あはは、ブラックちゃんずぶ濡れねー!」

その時私の中の何かが切れた。

「面白いじゃないですか……やり返される覚悟はありますよね?」
「へっ?」
「いきなりお湯をぶっ掛けるなー!」
「ひゃん!? ちょ、ブラックちゃん、やめて! あ、謝るからー!」

その後しばらく、私は姉さんの頭に洗面器でお湯をかけ続けたのだった。



「はぁ……疲れた……」

ちょっとした姉妹喧嘩が終わり、私と姉さんはゆっくりと湯船に浸かっていた。

「うぅ、ブラックちゃんが怒ったー……」

ずぶ濡れになった姉さんはぶるぶる震えながら、私を見つめている。

「私だって怒ることくらいあります……
 まぁ、さっきのは私もやり過ぎちゃったとは思いますけどね」
「ごめんね、ブラックちゃん。私もやりすぎちゃった……」

姉さんに涙目で謝られるのには弱いんだよなぁ。
もしかして狙ってやってるんじゃないかって思うこともあるけど、
姉さんの性格からして、それは無いわね。
そこまで頭が回らないと思うし。

「もうこの事はお互いに忘れましょう。
 さ、姉さん。背中を流しますよ」
「あ、うん、ありがと」

二人で湯船を出る。
今日もいつものように姉さんの背中を流すことにした。

「お願いね」
「ええ、きれいに洗ってあげますよ」

石鹸をつけたタオルで、姉さんの背中をこする。
目の前にいる姉さんは、頭を洗っていた。
背中には濡れた長い髪が張り付いている。
……姉さんの髪、きれい。

「姉さんの髪、いつ見てもきれいですね」
「そう? ブラックちゃんの髪もサラサラで素敵だと思うけど」
「いやいや、姉さんのほうが……」
「ふふ、褒めてくれてありがと……って、ああああああ!
 目が、目がぁあああああ!」

いきなり姉さんが目を抑えて絶叫しだした。
どうやら目を開けていたら石鹸が目に入ったみたい。

「ね、姉さん! ほら、お湯です! これを使ってください!」

洗面器にお湯を入れて、差し出す。

「これでいいの!?」
「それは私の足ですって! 洗面器はこっちですよ!」

姉さんは何とか洗面器をつかんで、顔にお湯をかけた。

「もう一杯!」
「わかりました!」

数杯分のお湯を顔にかけて、なんとか目の痛みは引いたみたい。

「あー、痛かった……」
「目に泡が入ると痛いですもんね。大丈夫ですか?」
「なんとかね」

ふぅ、良かった良かった。一時はどうなることかと。

「さて、次はブラックちゃんね」
「あ、お願いします」

姉さんに背中は任せて、私は髪を洗おうっと。
くるり、と姉さんに背中を向ける。
頭を洗い出すと、暖かい姉さんの手が背中に触れた。
目を閉じると、背中の感触が良く分かるわね。

「ふふ、やっぱりブラックちゃんの髪もきれいじゃない」
「そ、そうですか?」
「ええ、十分すぎるくらいにきれいよ」

そう言いながら、姉さんは私の髪に手を触れる。
濡れてるからサラサラはしてないけどね。

「おっと、背中洗わないと」

そういう声が聞こえ、姉さんの手が背中をこすりだした。
タオルで私の背中をゴシゴシとこする姉さんの姿を想像して、自然と笑みが出てきちゃった。

「さ、できたわよー」

しばらくお互いに無言のうちに体を洗っていると、姉さんが声をかけてきた。

「わかりましたー。お湯を取ってもらえます?」
「はい、どうぞ」

姉さんが手渡してくれたお湯を頭からかける。
数杯かけると、泡は全部取れた。

「ふぅ……それじゃ、肩まで浸かってから上がりましょうか」
「そうね。そうしましょ」

二人で一緒に湯船に浸かる。

「上がったらもう寝るでしょ?」
「ええ、私はそのつもりですけど」
「ふんふん、それなら私も一緒に寝よっと」

それなら、って……何かやることがあったのかな?

「何かやることあるなら、起きてていいですよ?」
「やること? 何もないけど?」
「え、でも『私が寝るなら一緒に寝る』って……」
「ああ、それ? 気にしなくていいわよ。
 ただ私はブラックちゃんと一緒にいたいだけだから。
 ブラックちゃんが起きてるなら私も起きてるし、ブラックちゃんが寝るなら私も寝るだけよー」

……今のは効いた。
ドキッとしちゃったよ……

「姉さん……それじゃあ、一緒に寝ましょう」
「ええ、もちろん。さ、上がるわよ」

先に姉さんは湯船から上がって、脱衣所へと消えていった。
さて、私も後を追わないとね。



パジャマにも着替え終わったし、今からしなきゃいけないことも無いし……後は寝るだけね。
今日は疲れたから、ぐっすり寝れそう。

「それじゃあ寝ましょうか」
「ええ、もう何もすることはないわよね?」
「一応は」

ベッドに腰掛けた姉さんに、何もないことを告げる。

「じゃあ、寝るわよー。ブラックちゃん、おいでー」
「はいはい」

姉さんの横に寝そべると、姉さんも布団の中に入ってきた。

「んー、いい匂い」
「お風呂に入ったばかりだから、いい匂いがしますね」

姉さんからも、石鹸のいい匂いがした。
姉さんの髪を軽くつかんでみる。
乾いた姉さんの金髪はサラサラしていて、まるで絹のようだ。

「さっきから私の髪のことばかり気にしてるみたいだけど、そんなに私の髪が好き?」
「ええ。きれいな金色で、絹のようにサラサラしていて……憧れちゃいますよ」
「髪ばかり気にして……ブラックちゃんはもう私の髪とでも結婚すれば?」

軽く膨れる姉さん。
髪と結婚て……思わず苦笑してしまった。

「いやいや、流石にそれは……」
「ふふ、冗談よ。髪のことを褒められて悪い気はしないしね」

笑いながら、姉さんは私の頭を優しくなでてくれた。
やっぱりなでられるのっていい気持ち……

「さ、早く寝て疲れを取りましょ」
「ええ、そうですね。でもその前に……」

姉さんの唇に、自分の唇を重ねる。
柔らかな感触が伝わってくる。
いきなりキスをされた姉さんは一瞬驚いたみたいだけど、すぐに私を優しく抱きしめてくれた。

「おやすみなさい、姉さん」

唇を離すと、姉さんはクスクスと笑っていた。

「ええ、おやすみ。それにしても、ブラックちゃんも積極的になったわねー」
「ふふ、姉さんに影響されてきたのかもしれませんね」
「私に?」
「ええ、間違いなく姉さんの影響ですよ」
「そうかなぁ……?」
「とりあえず、私は寝ますね。お休みなさい」
「あ、うん、おやすみ……私も寝よっと」

こうして、私たちの忙しい一日は終わりを告げた。
また来年もこんな風に忙しくも、楽しい一日が来るのかな。
それまでは、ゆっくり休もう。
姉さんと二人で仲良く、ね。
春ですよー(遅
というわけで、春らしくリリーのSSを書いてみました。
だけど、投稿したのは梅雨に入ってしまった時期……
正直スマンカッタ。
で、でもまだ春でいいですよね!

リリーメインの話ですが、他のキャラも結構出してますね。
どのキャラも書いていて楽しかったです。
個人的にはさなれいむが楽しんで書けましたw
また近いうちにさなれいむを書いてみたいですね。

それでは、読んでくださった方に感謝しながら筆を置くことにします。
今回もありがとうございました。
双角
[email protected]
https://twitter.com/soukaku118
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コメント



0.360簡易評価
3.90奇声を発する程度の能力削除
春姉妹の良いほのぼのとしたお話でした
8.90終焉皇帝オワタ削除
ちょ、ちょっと君!「人が食べるものではない」って、君妖精でしょ!まあそこは別にいいけど!
10.90タナバン=ダルサラーム削除
まだ春の連作タグを付けてる俺としては、まだまだ大丈夫かと思いますな。
とってもほのぼのとした、好きなノリのほのぼのとしたお話で良かった・・・のですが。
もう少し、物語のテンポを意識して行くと、更に良くなると思います。落ちがキレイで良かったのですが、山場の部分がすこーしだけ登りきれてないというか・・・盛り上がりをもう少し激しくしてもよかったなぁと(人の事は全然言えないけどねw)

次回作も、楽しみにしていますよ!
11.100名前が無い程度の能力削除
リリーブラックの方が強く描写されることが多い中、このブラックは何と可愛いお姉さん思いの子のでしょう。
姉妹中良く、末永くお幸せに……。
12.無評価双角削除
コメントありがとうございます。

盛り上げるに欠けるところは、以前から言われているので、自分が直すべきところだと感じています。
次回以降、少しずつでもいいから直していけるように努力したいですね。
そして、内容、キャラについての褒め言葉はものすごく嬉しかったです。
これからも皆さんに読んでもらえるような作品を作っていきたいと思っています。

ブラックとホワイトについては、自分の願望(という名の妄想)をそのまま書き出してみました。
原作で話したりする描写がないので、二人の印象は人それぞれでしょうが、
「こういうブラックとホワイトもいいなー」などと思ってもらえれば嬉しいですね。

今回は読んでくださり、ありがとうございました!