「慧音。実をいうとな」
ある日、妹紅が神妙な顔をして言うには――
「幻想郷に私の親がいるんだよなー。はっはっは」
「へえ……そうか……って、嘘はよくないぞ。千三百年近く生きる人間なんていない」
「幻想郷では千年単位で生きるやつなんて珍しくもないだろ」
「まあ確かにそうだが……、しかし、それでも人間で千年は無理だ。もしかして幽霊の類?」
「幽霊じゃないぞ。ちゃんと生きてる。私と同じくな……」
「もしかして蓬莱人だというのか。いや、しかし蓬莱の薬は二度とは作られなかったはずだし、月にある薬も厳重に封印されていると聞くぞ。あんなものが世に出回ってるとも思えんし、そもそも歴史的に考えても、あの当時はひとつしかなかったはずだが」
「蓬莱人ではないよ。ちゃんとした人間だよ。種を明かせば簡単だ。転生だよ」
「なるほど転生か。しかし転生だとすると記憶は取り除かれていることになるな。妹紅が会いにいってもわからないということになりそうだが」
「実を言えば、その点も問題ない。閻魔さまと仲が良いらしくてな、特例として記憶も消されていないらしい」
「それって……」
「ああ、そうだよ。稗田阿求だよ」
「久々にワロタ」
「とはいえなぁ。私にとっては親父だったわけだし、今の姿を見ると、どうも調子が狂うというか、頭ではわかっていてもうまく会話が弾まないんだよな」
「そりゃそうだろう。生まれ変わりとはいえ別人だ」
「血縁であるのはまちがいないはずなんだが」
「転生というのは基本的に別の地縁、血縁、天運をもって生まれてくることだよ。本来は同じ血縁に生まれることすら珍しい。記憶を持って生まれてくるということが例外的なんだ。だいたい阿求によればさほど昔のことは覚えていないらしいぞ」
「まあ、そうなんだよな。前にインタビューされたときも私のことを覚えていなかったみたいだし、いまさら娘です、認知してくださいというのもどうかなと思うんだよ」
「認知してほしいのか」
「んー……」
妹紅は腕を組んで考え始めた。
「なんだ。そのための前振りだと思ったんだが違ったのか」
「前振り?」
「つまり、私から阿求に話を通してくれということだと思ったのだが」
「いや違うよ。これは私の問題だからな。私から言うよ。ただほら……いろいろとなんだかもやんとした気分になるじゃないか。あー覚えてないのかなーとか。覚えてないとちょっぴり哀しいなーとか思ったりな」
「かわいいな妹紅は」
「かわいいってゆーな」
「ふつくしいな妹紅は」
「最近の先生はずいぶんと言葉が乱れてますこと」
「下賎の者ですいませんね。貴族様」
「しかし、困った」
妹紅は気さくであるが、普段クールな性格をしている。
今は少し違った。
慌てふためいているわけでもないが、なんだかそわそわしている小動物的な感覚だ。
「ふむ。やはりかわいい」
「は?」
「いや、こちらの話だ。ところで――妹紅の調子をみると、もしかして阿求が親だとわかったのは最近のことなのか」
「ああ、そうだよ。最近あいつの書いた幻想郷縁起とかいう本が出ただろ。私もインタビューされたんで読んでおこうと思ったんだよ」
「字体が似ていたか?」
「いや、普通に女の子っぽい丸文字になってた。親父の顔を想起して、なんだか言い知れない気持ちになった」
「……そうか」
自分の親父が女の子っぽい丸文字で書いていた。しかも女の子のかわいらしいイラストつき。そんな随筆を発見したときの気持ち。
想像してみると、結構きついものがある。
「字体じゃないとすると書き方に癖でもあったのか?」
「あいつ昔と同じようにラノベみたいな無駄な改行を駆使してやがった。十文字だぞ。十文字書いて次の行だ。紙がもったいないだろうが!」
「いやそれだけではなんとも。そもそもレイアウトの問題は人間達に妖怪の危険性を伝えるという目的がある以上、いたしかたないのかもしれないしな」
「それだけじゃない。ラノベっぽい音引きもそうだし、イラストの挟み方もラノベそのものじゃないか」
「ラノベの何が悪いのか言ってみろ」
「べつに悪いとは言ってない。ただ自分の親がラノベ作家だったと想像してみろ」
想像してみた。
ふむ……。
「今の時代はまともに妖怪対策なんかしても無意味だからなぁ……」
「ともかく文章からにじみでる、あのひょうひょうとした感じはまさしく私の親父のものだよ」
「それだけじゃ証拠にならないと思うが」
「もちろん裏もとったさ。稗田という苗字からしてもしかするととは思ったんだ。あいつのペンネームだったんだよ。まさか実際に稗田家ができてるとは思わなかったがな」
「分家ということになるのか」
「たぶんそうだろう。私が引きこもってた時期にできた家なのかもしれないし、歴史の裏側って感じだな」
「歴史とはえてしてそういうものだよ」
慧音はそこで、一息いれるためにお茶をさしだした。
妹紅は大きな溜息をついて、お茶を受け取った。
ごくり、一息で呑んだ。
「それで――結局、これからどうしたい?」
「そうだな。私が娘だってわかっているのかぐらいは知っておきたいな」
「しかし、あそこは膨大な量の歴史を溜め込んでいるからな。当然、稗田家の歴史のなかに藤原家との分かたれた経歴なども書かれてあるだろうし、阿求が自分の家をおろそかにしているとも思えないが」
「つまり、慧音は親父がわかっててあえて無視したというのか」
「そういうことになるな」
「娘の顔も見たくないってか」
はきすてるように言う妹紅。
怒りで顔が真っ赤になっている。
「先ほども言っただろう。転生したあとは基本的に別人だ。妹紅と同じで阿求も頭ではわかっているが肌の感覚としてはまったくわからないのかもしれない」
「そうだとしても一言ぐらいはあって欲しかったな」
「それが妹紅の本心なのだな」
「そうだな。慧音と話せてよかったよ」
ちょっと恥ずかしげな笑顔。
反則級である。
慧音は物も言わずに立ち上がり、壁に頭を打ちつけはじめた。
「な、なんだ。なんだ」
「修練だ。気にするな妹紅」
「ああ……」
ゴス。ゴス。ゴス。ゴス。
壁に大きな穴が空くまで、それは続いた。
身を小さくしながら「ついてきてほしい」と小さな声で頼むという反則技を行使されたので――
慧音は妹紅とともに稗田家へ行くことになった。
事前に連絡は取っていたので、すぐに客間に通された。ただ、どんな内容かは言ってない。
「珍しいですね。藤原妹紅さんがこんなところまでおいでになるなんて」
何を他人行儀なと思ったのか。
妹紅は拳を硬く握り締めていた。
慧音は少々いたたまれない気持ちになってしまう。
沈黙のままでいる妹紅に変わり、慧音が口を開いた。
「実をいうと今日の用事はここにいる妹紅のものなんだ。ほら妹紅」
「ああ……」
妹紅はしばし下を向いていたが、やがて力をいれて阿求を視界にいれた。
口を開きかけ
閉じ
また開いて
それから、ぎゅーっと目を瞑って、
ほとんど叫ぶようにして言った。
「私を認知してくれ!」
「へ?」
沈黙。
沈黙である。
阿求はきょとんとした顔をしていた。
「妹紅が言うには初代の阿礼=藤原不比等=妹紅の親父さんということだそうだが」
慧音が後をついだ。
阿求は「ああー」となんだか納得しているようだった。
妹紅はほとんど泣き出しそうな真っ赤な目をしている。ああ、これはいつものことだった。
「結論から言えば、それはまちがいですよ」
「へ?」
今度は妹紅が間の抜けた声を出す番だった。
「ですから、私と妹紅さんは血縁関係はありません。阿礼にしてもそうです」
「しかし、親父のペンネームは稗田阿礼だったんだぞ」
「それはですね。深くも浅い因縁があるのです」
「どういうことだ」
「いわゆる共同筆名として『稗田阿礼』を使っていたんですよ。もちろん稗田阿礼という人物はきちんと実在していたんですけどね」
「つまり、私の親父とあんたの先祖がいっしょに何かを書いていたってことか」
「そういうことです。ね、深くて浅いでしょう」
「つ、つまり。私は赤の他人に向かって『おかーさんって呼んでいいですか』と言ったことになるわけなんだな」
「あー、別にそう呼びたいなら呼んでもかまいませんよ。私の前前前前前前前前前世の友人の娘さんなわけですし、私にとっては娘も同然ですからね♪」
すごくにこやかな顔の阿求である。
それから両の手をオープンして、「ほらほら、お母さんの胸に飛びこんできてください」などと言う始末。
「……はうっ」
恥ずかしさのあまり妹紅は昏倒してしまった。
「今日はいい恥をかいたな」
帰り道、妹紅の背中にはいつもの元気がなかった。
「悪いことは何もなかったじゃないか。おまえの親父様と阿求との浅からぬ縁もわかったのだし。阿求もお母さんと呼んでいいと言ってたしな」
「馬鹿言うな。言えるか。千歳以上年下にお母さんとか恥ずかしすぎるだろ」
「しかし妹紅が認知してほしいと願ったのは真実だろう。きっと寂しかったからじゃないか」
「……そうかもしれないな。不死人の縁は生きれば生きるほど薄くなっていくものだから、少しでも昔を思い出したかったんだろう。われながらずいぶんと子どもっぽい」
「幻想郷に親がいると私に言ったとき、妹紅の顔は嬉しそうだったからな。子は親を求めるものだよ。どれだけ生きてもそれは変わらない」
「しかし、やっぱりうちの親父とはもう永遠に逢えないんだなぁ……」
「永遠を生きるんなら、無限にチャンスはあるってことだろう。閻魔よりも力をたくわえて冥界に乗りこんでいけばいい」
「先生とは思えない危ない発言だな」
「そうだな。今日は先生はお休みだ」
妹紅の友人として、ちょっとしたアドバイスをしたかったのだ。
「転生してたらどうするんだよ」
「それも無限に時があるならいつかは見つかるだろう」
「慧音は優しいな」
「そうか? だが、ひとつアドバイスをしておくが――」
「ああわかってるよ」
――今度は『認知してよ』と詰め寄るのはやめておこう。
ふたりは笑いながら家路についた。
妹紅もなんだかかわいいじゃないですか。
さらっと読めました。
誰か、それで長編が書いてくれないかなww
両方採用すると阿求は妹紅のお母さん
女の身でありながら輝夜に求婚した同性愛者になってしまいますが・・
腐ったことばかり並び立て寔に申し訳ありません。歴史は真実浪漫であります。
藤原不比等と言えば、彼が初期の編纂に携わりました養老律令に於いて、責任能力の有無に就ての言及が既にされていたことに驚きを覚えたことのあるわたくしでしたり。
なんにせよファザコンの妹紅は可愛い
読み易かったし、面白かったです。