出会ってから、六十年の時が過ぎた。
それは私の寿命から考えればほんの僅かな時間に過ぎないが、一秒は一秒、一分は一分、一時間は一時間。
一日は一日で、一年は一年だ。
六十年には六十年分の様々な出来事や想いが詰まっている。
けして軽い時間ではない。
色々なことがあった。
いいことも、悪いことも。
反吐が出てきそうなくらいの綺麗事にも聞こえるけれど。
今ではその全てが、宝物のように思える。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
見下ろしてくる顔には、優しげな笑みと深い皺が刻まれていて。
顔の距離が、以前より近い。
「背が、縮んだね」
喉が震えて、声が掠れた。
「お嬢様との距離が、縮みましたわ」
崩れない笑みと一緒に返ってきた言葉。
少し低くなった、だが柔らかみを増した声。
「以前は逆だった」
思い出す。
小さくて、痩せっぽちだった咲夜。
なにも持っていなかった彼女に、私は名と居場所を与えた。
刷り込みに近かった、と思う。
彼女は私が彼女に与えた全てを、私に差し出した。
「お前は、どんどん美しく、大きくなっていった」
「今は、どんどん小さく、醜くなっていますね」
「違うよ。お前は変わらず美しい」
手を伸ばす。
以前は屈ませなくてはとどかなかったのに。
今ではこんなに簡単に、頭を撫でることが出来るようになった。
「だが、どうしてだろうね」
目頭が熱い。
「お前の背が伸びて、複雑に物事を考えるようになって。距離が離れた気がして。物理的にも精神的にも頭を撫で辛くなってしまった時には寂しくも感じたのだけど。今、背が縮んで、ただ穏やかになったお前の頭を撫でていても、やはり酷く寂しく感じるんだよ」
以前は銀髪だった。
今は真っ白な白髪になった。
癖のある少し硬い髪は、細くやわらかくなって。
美しい、とは思うのだ。
そこに偽りはないのだけれど。
とても、儚くて。
胸が、ちくちくと痛む。
「咲夜」
「はい」
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「お前と、私の距離は。近付いたのかな。それとも、離れたのかな」
咲夜は美しく微笑んで答えを紡ぐ。
「距離など、きっと。最初からなかったのです。私とお嬢様の間には。ただ」
真っ直ぐ私を見据える、白く濁ってしまった青い瞳を、私はきっと忘れない。
忘れることなど、出来ないだろう。
「ただ、ゴールまでの距離が、私のほうが短かった。それだけなのですよ」
色々なことがあった。
いいことも、悪いことも。
反吐が出てきそうなくらいの綺麗事にも聞こえるけれど。
今ではその全てが、宝物のように思える。
だけど、きっと。
お前が死んでしまったら、それは捨てることの出来ない、とてもとても、重い荷物になってしまうのだろうね。
後書きの最後の一行とか好き。
こーゆー話に弱いんだよな。
慣れねえな、この二人は…
すばらしい