「にとりは絶対私に何かを隠してる。そうに決まってる」
と、椛が言った。
「だってそうでしょ? おかしいよ。こんなくだらない理由で私の前からいなくなっちゃうなんて」
椛は響子に背を向けて立ち、緑の木々に覆われた山間を見おろしていた。裾野の樹海を越えた向こうには大気に少し霞んで幽谷響山がたたずんでいる。少し塵が多いのか、空はとても柔らかい水色。だがその優しい眺めも今の椛には何の喜びも与えてくれないようだ。
「にとりの馬鹿」
響子は切り株から立ち上がって、椛の隣に並んだ。そうしてそっと注意深く言った。椛はまだ自分の感情をもてあましている。
「きっと、にとりさんも悩んでたんだよ。ずいぶんと思いつめてたんじゃないかな」
「それならもっと早く私に打ち明けてほしかった。一人で悩むなんて……」
裏切られたと感じているようでもあるし、また、友の気持を察してやれなかった己を悔やむような、そんな苦しみも伝わってくる。
「にとりが異性愛者だからって、そんなことで私が彼女を嫌いになったりするはずないのに!」
椛は口惜しそうに呻いた。
「そりゃあ、男性しか好きになれないっていうのは少し変わってるかもしれないよ。でもそれがなに!? にとりはすごく良い子じゃない! 私の大切な親友よ!」
「山の天狗はとくに異性愛者にたいして否定的だから、にとりさん、気にしてたのかな。それで、自分が一緒にいると、山社会で暮らしている椛さんに迷惑かけちゃうかもって……」
「たしかに今でも異性愛者に対しての偏見はあるけど、でも、そんなの、頭の古い年寄り天狗だけよ」
妖怪達にとって、性別の違いは交配の障害にはなりえない。つまり、人間風に表現するならば妖怪達は基本的に『両性愛者』だ。妖怪達にとって男女の違いとは、人間の意識からアヤカシという存在が分化されたさいにそのまま引き継がれただけの、あくまで観念的な区別に過ぎない。けれど中には――とくに人間に好意的な妖怪達の中には――現在でも人間の価値観に寄って、本来なら可能であるはずの同性交配を避ける者もいる。
同胞のおよそ半数をさしたる理由も無く愛の対象からはじく――その行為は見方によってはひどく非生産的で、時に差別主義者のそしりを受けることすらあるのだ。
「河童と天狗族はそんなこともあって昔から仲が悪いって、そういえばナズーリンさんから聞いたことある」
「それは……くやしいけどその通り。河童を馬鹿にする天狗はたしかに多いの。天狗ってプライドが高い連中だから、自分達より力が弱い人間や、人間と仲の良い河童を見下したりする奴らもいる。でも私は大切な親友をそんな風に思ったりなんか絶対にしない! ……それなのに、『私は異性愛者だから椛とはもう一緒にいられない。いつかきっと辛い思いをさせちゃう』だなんて言って、どこかへ消えちゃうなんて……ひどいよ……」
椛の千里眼は眼下に広がる木々の間に友の姿を求めているようだった。苦しげな瞳だ。もちろん、それが何日もの間かなわなかったからこそ、椛は助けをもとめて響子のねぐらにやってきたのだ。
「お願い響子さん。私の声をにとりに届けて」
椛は哀願するように言った。
響子は力強く頷いた。
「もちろん。私は幽谷響だもの。椛さんの声を必ずにとりさんに届ける」
――にとり私だよ、椛だよ。私の声が聞こえる? ねぇどこに行っちゃったの? にとりがなぜいなくなってしまったか、私には分からないの。私は今だってにとりの親友だよ。ねぇ寂しいよ。お願いだから声を聞かせて!
響子のチャージドヤッホーは、何度か山にぶつかって山彦を返しながら、幻想郷の空に広がっていった。青空から吹き降ろす、山彦の名残のような微風に獣耳をそよめかせ、椛はぽつりと言った。
「響子さんはさぁ、友達にちゅーしたいって思ったことはある?」
「もちろん、あるよ」
相手が異性であれ同性であれ、友人からより親密な間柄へと関係が深まるのは、妖怪達にとってはありふれた事だ。
「キョンシーの友達がいてね、いつもは結構ぼーっとしてるしちょっとぶっきらぼうなんだけど、私が落ち込んでたり心配事を抱えてたりすると、よく隣に座って――体の硬いキョンシーだから、座るのにも苦労するんだよ?――黙って悩みを聞いてくれるの。そんな事があると、そのまま体をくっつけて、ちゅーしたいなって思ったり」
「私もね、にとりと同じような事があった。私の家で、にとりは夜遅くまでグチをきいてくれたの。その後二人とも眠くなって、一緒におふとんで寝てたんだけど、夜中ふと目が覚めて、隣で眠ってるにとりの寝顔がなんだかすごく可愛く思えて、つい、抱きついてちゅーしちゃった」
「きゃー」
響子は頬を赤らめながらも瞳を輝かせた。けれど、切り株に隣り合って座る椛の口からは、重い溜め息が漏れた。
「でもにとりは実は起きてたの。私がちゅーすると、びっくりしてふとんから飛び出しちゃった。その時はまだ私、にとりが異性愛者だって知らなかったから、大げさな反応だなって笑っちゃったんだけど。……にとりが私の前からいなくなったのは、そのすぐ後。やっぱりあれが迷惑だったのかな。私、嫌われちゃったのかなぁ」
「……うーん」
話の筋は通っているような気もするけれど、どうも違和感がある。にとりが同性同士のキスに――ちょっと理解しがたい事ではあるが――激しい嫌悪を感じるとして、それで二人の友情をご破算にしてしまうものだろうか。話で聞く限り二人の親交は随分と深い。話合いの余地は十分にあったはずだ。あるいはにとりが、自分が異性愛者であることに強烈なコンプレックスを持っていたとでも言うのだろうか。
思うところを述べると、椛もまた意見を共にした。
「にとりがそういうのは嫌だっていうなら、私だってそんなことしないもの。親友として付き合っていくわ。それだけの話なのに……やっぱり何か変だよ……。にとりが私の前からいなくなった理由がどうしても納得できない。にとりはまだ何かを私に隠してる」
椛はハッとして、大地を踏みつけるようにして立ち上がった。眼前に思い浮かべた誰かを睨むような険しい顔つきになって、めくれた唇から、犬歯が覗いた。
「もしかして、あいつらがまた……」
拳が硬く握られていく。
「あいつらって?」
「時々ね、私とにとりのことをからかう天狗連中がいるの。河童と天狗が友達なのは変だ、なんていう奴らがね。もしあいつらが、私の知らないところでにとりに何かしたのなら……それでにとりが私のために距離を置こうとしたのだったら……!」
椛の尻尾がぴんと斜め上に逆立ち、毛が逆立ちはじめていた。よくよくみると、獣耳がそれぞれ側面を向いて、ぷるぷると震えている。響子の耳もまれに同じような状態になる。怒りに打ち震えている時だ。
響子は立ち上がり、ゆっくりと椛の隣に寄りそった。椛は表情を激しく歪めて、中空を睨みつけている。刺激しないように、やんわりと語りかける。
「にとりさんが心配なのは良く分かるけれど、あせっちゃだめだよ。本当にその天狗達のせいかどうかだって」
「もう三日もにとりを探し出せないでいる。こんなの普通じゃないよっ。もし今日もにとりを見つけられなかったら私……あいつらのところにいく! 問いただしてやる!」
頭に血が昇っている相手には、ただ冷静になれと諭しても無駄だ。どうすれば椛の気持を落ち着かせられるのかと響子が困っていた、その時だった。
「椛そんな事しちゃだめだよ!」
突然背後から、女の子の叫ぶ声がした。
響子は驚いて振り向くが、誰もいない。辺りを見回しても、緑に覆われた林が続くばかりだった。木陰に誰か潜んでいるのだろうか、と足を踏み出す。
すると今度は椛が叫んだ。
「にとり!? にとりだよね!?」
「え! 今の声、にとりさん?」
「間違いない! いるんでしょ!? 姿を見せてよ!」
懇願と怒りがない混ぜになったような声で、椛はにとりに呼びかける。だが返事はない。辺りの音は風に揺れる木々のざわめきのみ。それはまるで、にとりの最後のためらいのようだった。
ふと気がつくと、まるで蜂の羽音を山彦で聞いたような低い振動音が、周囲の空気を振るわせはじめていた。
「にとり――」
椛の視線を追う。最初は蜃気楼のように、そしてだんだんと輪郭をはっきりとさせながら、今日の空と同じ髪の色をした女の子が、木々の間に現れ始めた。纏っている服は綺麗な川のような水色。それに、遠めに見える山と同じ色の帽子とリュックを装備して、彼女は自然に溶け込むような色彩をまとっている。響子や椛と身長はあまり変らない。この子が河童のにとりなのだろう。
響子の山彦を聞きつけてやってきたのだろうか。
にとりしゅんとして、しかられる子犬みたいに瞳を怯えさせ、椛をちらちらと上目遣いに見やっていた。
響子は椛の様子を伺った。
椛ははじめ、生き別れた恋人と再会したような表情をしていたが、ある瞬間に、それはすぅっと消えてしまった。今度は憮然とした表情に代わって、今にも駆け出しそうに前のめりになっていた体からも、力が抜けていった。そしてしまいには、まるで腹をたてているかのような――いや実際のところ、椛はそうとうに腹をたてているのだろう――顔つきになって、とうとう、にとりに背を向けてしまった。
「あ……」
寂しそうな声を漏らして、にとりが一歩足を踏み出す。
けれど椛はそんなにとりを無視して、背を向けたまま、切り株にドスンと苛立たしげな音をたててお尻を下ろしてしまった。そうして腕を組んで、丸まった椛の背中はにとりを拒んでさえいる。
「椛。怒ってる……よね」
申し訳なさそうなにとりのその声は、椛の背中に跳ね返された。
「怒ってないと思うの?」
響子は二歩三歩と身を引いて、成り行きを見守る事にした。自分が立ち入る場面ではない。あんまりにも椛が意固地になっているようなら、少しくらいはにとりさんに助け舟を出してやろうかな、ぐらいは思っているが。
「この数日間、どこにいたの」
背中越しのその声は、問いかけるというよりは詰問に近い声色。にとりを怯ませるには十分だった。
「あ、あの……」
「何度も何度もにとりの家まで行ったよ。川も山も随分と探し回った。にとりの河童友達に居所を聞きに行ったりもした。成果はなかったけどね。紹介任務中だってずぅーっと千里眼でにとりの事を探してたんだよ!」
「ごめん……家にはほとんどいなかった。その、椛がくると思ったから。大体は川にいたよ。さっきみたいにクローキングスーツを着てたから、椛には見えなかったの」
「なんで?」
「え?」
「なんで私から隠れるの?」
「それは、その」
「にとりが異性愛者だから?」
「……」
にとりの沈黙は問いかけにたいする否定として二人には伝わった。やはり何か他に理由があるのだろうか。さっき言っていた例の天狗達?
椛の声に苦々しいものが混ざった。
「天狗に……あいつらに何か言われた? 嫌がらせされた? それで私の側からいなくなっちゃったの?」
にとりの返事は早かった。そしてはっきりとしていた。
「違う!」
「本当に? 口止めされてるとかじゃなくて?」
「本当だよ! あいつらは関係ない! だから、問いつめに行くなんて言わないで! 危ないよ! 椛が怪我しちゃう」
にとりの言葉から察するに、その天狗連中はそこそこ力があるのだろう。にとりは椛を守るために、隠れるのをやめたのだ。そして椛は、にとりが危害を加えられたのではないと知ってか、背中が少しほっとしたように見えた。
それはさておき、
「じゃあなんで? なんでいなくなっちゃったの?」
という事になる。
だがにとりはどうも煮え切らない。
「それは……」
「にとりは自分が異性愛者だからって言ったけど、私にはどうしてもそれが納得できない。だって、言っちゃ悪いけど、そんなのどうだっていいことだもの! にとりが男としか恋できないっていうなら、私達はずっと友達でいればいい。それだけの話でしょ? 例え周りの連中が何かくだらない事を言ってきたって、知ったこっちゃない」
「……」
「それに、にとりにとってその事が、私が思っている以上に重大な問題なのだとしたら、なおさらそれを私に話してほしかった。一方的に言うだけ言ってどっかいっちゃうなんてさ。悲しい」
「……ごめんなさい」
「私達は親友だと思ってた。でもそれは私だけだったの? にとりにとっては私は、相談相手にもなれないただの白狼天狗だったの?」
「そんなことない! 椛は私の大事な友達!
にとりはうなだれて、心底から悔しげに言った。
「後悔してる。そうだよね、ちゃんと話せばよかった。悩みを打ち明けるべきだった! 私、馬鹿だ」
その声と言葉を得ると、強張っていた椛の肩が、また少しほぐれた。
「そうよ大馬鹿。次また何も言ってくれなかったら……本当に許さないんだから!」
椛は組んでいた腕を解いた。
にとりにとって自分がまだ親友なのか、それが一番重要な問題だったのだろう。それさえ分かれば、にとりがいなくなってしまった本当の理由なんて、あとでいくらでも聞ける。にとりが戻ってきてくれた事が何より大事なのだ。椛はほんの一時だってにとりへの友情を失ってはいなかったのだ。
立ち上がり、振り向いた椛の顔は、ちょっとボーイッシュでかつ優しげな、いつもの表情に戻っていた。
「もう勝手にどこかへいなくなったりしないでよね!」
とりあえずは一件落着かな、と響子も口元を緩めた。
にとりもまた、申し訳なさそうにしょんぼりしながらではあるけれど、友の笑顔に手を引かれて、瞳の端に涙を浮かべながら弱々しく微笑みを返したのだった。
めいめい切り株に腰を下ろして、三人で他愛のないお喋りをした。
あんな事があった直後なのに、椛とにとりは少しもギクシャクとせず、むしろはしゃぎすぎているくらいに、楽しげに会話をしている。これまでに培ってきた二人の友情の土台はちょっとやそっとの事では揺るがないのだろう。
「迷惑をかけてごめんね、響子さん」
と、にとりが改まってぺこりと頭を下げた。
「ううん。迷惑だなんて。皆の声を届ける事が私の生きがいなの」
会話が一段落したのをを見計らって、椛がにとりに告げた。
「もう一度はっきりと言っておくけれど」
微妙に変化した空気を感じたのだろう。にとりもいくらか表情を引き締める。
「私はにとりが異性愛者だからって、それが私達の仲に何か影響があるとは、一切思ってないからね」
「……うん」
にとりは少し間をおいてから、同意した。
「でも、にとりに申し訳ない事をしちゃったかなとは、思ってる」
「え?」
「いつか私の家で一緒に寝た夜、私はにとりにキスしたでしょ? にとりからすると、あれって、嫌だったよね」
にとりは自分の膝に視線を落としたまま、何も答えなかった。その沈黙の陰に、今だ明かされないにとりの真意が潜んでいる気がする。椛は暗闇の中を手探りで進んでゆく。
「もしかしてにとりは、私がにとりに恋をしてるって思った? それで、私を傷つけたくなくて、私の前からいなくなってしまったの?」
にとりは肯定も否定もしない。
「それだったら安心して。にとりが男性しか好きになれないのなら、私はその気持を尊重する。私のにとりへの友情は、色恋なんかよりずっとかけがえのないものなんだから!」
ああ、女同士の友情っていいなぁ――響子は心からの羨望を感じた。
にとりとの友情は己のなかにある恋心なんかよりも強い、椛はそう言ってのけたのだ。ある意味、生命が抱きうるもっとも強い愛情ではなかろうか。
だが驚いた事に、そんな椛の告白を受けてさえ、にとりの表情は曇ったままだった。躊躇いがちに唇を開いて、そして言った。
「ありがとう椛。でもごめんね、そうじゃないの……」
一寸、椛と響子はお互いに目を合わせた。
実は響子も、にとりがいなくなってしまった本当の理由について、今しがた椛が言ったような事が原因なのではないかと思っていた。だがその予測は外れた。
「……本当の理由を、話すね」
にとりは俯いてぎゅっと両手を握り、怖気づこうとする自分の気持ちを必死に鼓舞している。
二人は一言も急かさず、ただ、にとりの言葉を待った。
「私ね」
にとりはくるおしげな瞳を椛に向けた。
響子はふと気づいた。にとりの表情は、かつて響子の山彦に救いをもとめた彼女達の――神奈子に、天子に、ナズーリンに、幽香に、ほかの何人か――それとよく似ていた。その奇妙な一致は、つまり……。
「私……実は……」
そしてとうとうにとりは、綿毛のように白かった頬をほんのりピンクに染め、少し上目使いに、おずおずと打ち明けたのだった。
「私、椛のことが好きになっちゃったのかもしれない」
「へ……!?」
響子と椛はそろって一緒に目を丸くした。直後、無言の混乱に百の言葉を込めて、二人の視線がにとりに突き刺さる。にとりはそれらに耐えられなくなったのか、ぎゅっと瞳を閉じて、深々と俯いてしまった。
「いや、けど、にとりは男性しか好きになれないんじゃなかったの?」
椛はわけがわからないという風にまぬけな声を上げた。するとにとりは椛の理解の遅さを咎めるような口調で、
「そうよ! 私はずっと自分が異性愛者だと思って生きてきた! でも、何時の間にか、椛にちゅーされたりするとすごくドキドキしちゃうようになってたの!」
それはにとりの照れ隠しなのだろう。一瞬で理解しろというのは無理な話なのだから。
「そ、そうなの? でもさ、でもさ、それが何か問題? 普通にあることだし。私、普通に嬉しいし」
にとりはお天道様から隠れるように両手で顔を覆い、大きくかぶりをふった。
「だから! 椛にとってはそうでも私には違うの! 女の子を好きになったかもしれないだなんて、初めてだったもの……何だか恐かった。まるで自分が自分じゃなくなっていくみたいで……。だから私は、椛の側からはなれなきゃと思ったの。一人になりたかった」
明らかな論理の飛躍があったが、響子にはなんとなくその空白が理解できるような気がした。けれど椛はまだ真実から取り残されているらしい。
「ええ? よく分からない。だったらそう言ってくれたらいいじゃない。異性愛者だから一緒にはいられないだなんて、あんな嘘つかなくても……」
「だからそれは……」
にとりの顔が、もどかしそうに歪んだ。
それで響子はつい、口を挟んでしまった。傍観者であるが故の理解の早さが、響子にはあったのだろう。あるいは、山彦伝心サービスのおかげで多種多様なの色恋沙汰とその心の妙味をまのあたりにしていたおかげかもしれない。
「にとりさんはきっと、自分は異性愛者なんだって思いたかったんだよ」
椛は深い皺を眉間に刻んだ。
「……何それ。よくわかんない」
「例えば、椛さんだってある日突然『お前は白狼天狗じゃなくて実は普通の人犬属だ』って言われたらびっくりしちゃうでしょ? ――今の例えに他意はないからね。今まで自分が信じてた世界が壊れるのって、とっても怖いんじゃないかな。にとりさんは、自分が両性愛者だってなかなか信じられなかったんだと思う。信じたくなかったんだと思う。それなのに椛さんの側にいると、にとりさんの気持ちはどうしても反応してしまって、頭では異性愛者のつもりなのに、心はそれを裏切ってしまう。その矛盾をなかなか受け入れられなくて、それでどうしようもなくなって椛さんの側から逃げ出すしかなかったんじゃないかな」
「ううむ……で、でもさぁ……あー、うぉうー……」
芳香みたいな声を上げながら、椛の頭から煙が吹き出た。
「馬鹿だったなぁ、って思う」
と、にとりが言った。どうやら概ね響子が言った通りらしい。
「自分は異性愛者じゃなきゃいけないって理由もなく思いこんで、それであんな嘘を言って椛の前からいなくなったの。響子さんの言う通り、逃げ出したのね。『椛に辛い思いをさせるから』っていうのは、ただの言い訳。ほんとは自分が辛かっただけ。本当にごめんなさい」
深く頭を下げる。その頭の向く先で、今だ混乱している椛が困ったような顔で頬をかいた。怒りたいけどなんだか怒れない、というところだろうか。
にとりは続ける。
「正直に言うと、今でもまだ私は自分の気持ちがよく分からないの。自分は異性愛者だって思う気持ちもまだ残ってるし……でもやっぱり、もうこれ以上椛に心配かけたくないし、これからは隠し事をしないって誓った。だからもう逃げない。私、自分の気持ちとちゃんと向き合うよ」
「う、うーん……」
にとりの抱えている悩み事は、ほとんどの妖怪にとっては無縁なものだ。椛にとってもすんなりとは理解し辛いのだろう。
それでも椛は、目の前の親友が打ち明けてくれた悩みを、精一杯理解しようと努力している。
椛は立ち上がってにとりに歩み寄ると、ひざまずいてそっとその手を握った。自分の理解が追いつかない分、行動で思いを伝えようとしているのか。
「ごめんねにとり。まだちゃんとは理解できてないけれど……ねぇ、私達は友達だよね」
「え? う、うん」
「友達なんだから。まだ恋人じゃない。だから、にとりが無理に自分の気持ちと向き合う必要は無いと思うよ」
椛の真意をはかりかねたのか、にとりは不安げに首をかしげる。椛は言葉の足りなさを補うように、優しく微笑んだ。
「ゆっくりと時間をかけて、少しずつ向き合っていけばいいよ。私はその間だってずっと、親友としてにとりの側にいるからさ。一応言っとくけど、私もにとりのこと、好きなんだからね」
きゅぅぅぅぅん!、とときめくにとりの心の音が聞こえたような気がして、響子は苦笑いをした。
あぁ~そんな事言っちゃだめなんじゃないかなぁ~。にとりさんの心の不均衡がまた刺激される……。
「も、もみじぃ……」
にとりは俯いて、垂らした前髪に顔を隠してしまった。相当に瞳にきているじゃないかなぁと響子は思う。自分が芳香にあんな事を言われたら、間違いなく抱きついてる。とゆーか、言ってほしい。
にとりは俯いたまま、体重を預けるようにしてオデコを椛の胸に押し当てた。椛は少し戸惑ったあと、ぎゅうっとにとりの体を抱きしめたのだった。
「まぁ、これでもう大丈夫かなぁ」
響子はひとり事を言った。
椛があれだけちゃんと抱きしめているんあら、にとりはもう逃げようがないのだから。
椛とにとりは心のちょっとしたすれ違いを認め合って、それで一件は解決したと思われた。
が、騒動はまだ終ってはいなかったのだ。しばらくたったある日、山で日向ぼっこをしている響子の所へ、再び椛が助けをもとめてやってきたのだった。
「響子ー!」
椛は泣きべそをかきながらすがり付いてきた。涙の理由はほっぺたについた真っ赤な椛マークのせいだろうか。どうみたって激しい平手打ちの痕だ。
「どうしたの椛」
ちなみにすでに三人とも名前で呼び合う仲だ。
「うええん! にとりがまたいなくなっちゃったの!」
「また!? まさか今度こそ例の天狗達の仕業……!?」
「ううん、違うの」
椛がしがみついたまま首を左右に振るものだから、涙と鼻水が響子の服にしみこんでくる。うわぁ。
「今度は100%私のせいなの。私がにとりにひどいこと言っちゃったから、それで怒って」
なんとか落ち着かせようとするが、泣きじゃくる椛は取り付くしまもない。何をそんなに泣くことがあるのだろうか。
「お願いよ響子、今すぐ私の言葉をにとりに伝えて!」
「う、うん、もちろんそれは構わないけど」
「えっとね、山彦はね――」
だがその内容を聞いた響子は、その過激な――というよりは理解を超えた――告白に、仰天してしまった。
「えぇ!? どどど、どういう事?」
「説明は後! 早くー!」
「こ、こんなを事大声で言っていいの? 幻想郷中に聞こえちゃうんだよ?」
「いいから!」
椛にせかされて、響子はわけの分からないままとにもかくにもチャージドヤッホーを放つ。
青空に向かって山彦を放つときはいつもとびきりの爽快感に心が満たされるものだが、今回は戸惑い混じりで、ちょっとばかり消化不良。
――にとり聞いて! 私にとりの尻子玉が心からほしいよ! さっきの事は本当にごめんなさい! お願いよ! 私に貴方の尻子玉をちょうだいーーー!
言い切った、というより、言ってしまった、という感のほうが強かったくらいだ。
尻子玉がなんであるかは響子も一応は知っている。河童の丹田に形成される高濃度の妖力塊だ。実のところそれはどの妖怪にも備わっているもので、体内の妖力が枯渇した時にはそこから生命維持のための妖力が抽出されるという。つまりは非常用の食料貯蔵庫みたいなものだ。河童についてだけ特に「尻子玉」という名称があるのは、彼らがそれを肛門から体外に取り出す技術を編み出しているから。高密度のエネルギー源として様々な用途があるとか。
「けど、にとりの尻子玉が欲しいってどういうことなの?」
河童の発明品の動力源になるらしいとは知っているが、個人間で尻子玉を受け渡しするなどとは聞いたことがない。
椛は地べたに座り込んで、まだグズグズと鼻を鳴らしていた。
「河童の間ではね、特別な絆の証として、尻子玉を交換する風習があるらしいの」
「へぇ、知らなかった」
「うん。私もついさっきまで……」
けれど、ならば椛とにとりの仲は順調に深まっていたということだろう。それがなぜこういう事に?
「今日、にとりが私に言ったの。『椛に私の尻子玉をもらって欲しい』って」
「うん」
「で私、その時はまだ尻子玉にそんな意味があるなんて知らなくて、何かの冗談かと思って『ええ~やだよきたない』って笑い飛ばしちゃったの」
「うわぁ……」
取り出す部位が部位であるから、なんとなくきちゃないイメージはあるが、実際には綺麗な光玉らしい。それはさておき、椛はにとりの愛情表現に最悪の返答をしたわけだ……。
「そしたらにとり、泣きながらカンカンに怒って、私のほっぺたをはたいて、どこかへ飛んでいっちゃった。千里眼でも見つけられないし、きっとまた姿を隠しちゃったのよ。それで慌てて知り合いの別の河童に話を聞いたの……。あぁ、そんな意味があったなんて! にとりぃー! 知らなかったの許してー!」
椛は膝を抱えてワンワンと泣き出してしまった。
互いの文化の不勉強から発生するこの手の問題は異種族間では頻繁に起こりうる。
本来は河童同士の風習である尻子玉プレゼント。それを白狼天狗である椛と交わそうとしたにとりは、それだけ真剣な気持だったに違いない。なのにそんな形で返されてしまったのだから、激怒するのも無理はない。
椛だって自分がどれだけにとりを傷つけてしまったかを理解したからこそ、これほどに取り乱しているのだろう。
「こんな事で二人が不仲になるのは嫌だ」
響子は久方ぶりにチャージドセルフヤッホーをすることにした。誰の言葉を伝えるのでもない、自分自身の思いを伝えるためだ。椛とにとりの誤解ととくために、幻想郷のどこかへいるにとりに声を届けるのだ。
両足を山肌の土に踏ん張り、空の白雲に向き合いながら、己の丹田――ここに響子にとっての尻子玉があるのだろう――に妖力を溜め始めた。
するとその時、誰もいないはずの真横から、突然に呼びかけられた。
「待って響子。私はここにいるよ」
「え!?」
声に驚いて、妖力だ霧散する。その声は明らかににとりの声だった。椛も気づいて、地面から跳びあがる。
「にとり!」
と叫ぶと、椛は走り寄ってきて響子のすぐ側の何も無い中空に、ギュッと抱きしめるような仕草をした。一見すると椛は自分の胸の前に人一人がくぐれるほどの輪っかを作ったようにみえるが、どうやらたしかにそこににとりがいるらしい。椛の両耳はにとりの居場所を正確にわりだしていたのだ。椛が中空に頬擦りをすると、不自然にそのほっぺたがへこんだ。
ブゥゥゥン
と、またあの低い振動音。それとともに、椛の腕の中に、不機嫌そうな顔のにとりが浮かび上がったのだった。
椛は永い夜の果てにようやく朝日を眺めたような顔をした。
「にとりぃ! ごめん、ごめんね!」
「……ふんっ」
寂しがりやな大型犬に抱かれるつっけんどんな猫というか、そんな二人。猫はあれで案外居心地の良さを感じているものだが。
「ねぇにとり聞いてあげて。椛は尻子玉に大切な意味があるって知らなかったんだよ。彼女は心から後悔してる」
にとりは相変わらず拗ねた顔で、けれど少しだけ罰が悪そうに、ぼそっと言った。
「そうみたいね。聞いてた。……ていうかそりゃそうだよね。私達の風習を椛が何もかも知ってるはずないし」
聞いていたという事は、にとりは最初からすぐ側にいたのだろうか。
響子はふと思った。もしかして以前から、にとりは姿を消している間、いつも椛の側にいたのではないか?
「椛の馬鹿。あんな風に大声で言ったら、私が椛に尻子玉をあげたって皆に知られちゃうじゃない。河童が別の種族に尻子玉をあげることなんてほとんどないんだからね。恥ずかしいなぁもう。それにそんな事が知られたらまたタチの悪い天狗達にからかわれるじゃない」
椛は喜んでいいのか、謝るべきなのか、ちょっと分からないようすだった。
「私は心からにとりの尻子玉が欲しい、誰に知られたってかまわないもん!」
「私が恥ずかしいっていってんのよー」
にとりの腕がもぞもぞと輪っかを抜け出して、椛のおでこを小突いた。そうは言いながらも、硬かった表情は大分緩んで、奥底に潜んでいた感情がようやく顔を覗かせた。
「……私も悪かったの。ついカッとなっちゃって……」
「ううん。私がいけないの。せっかくにとりが私のこと好きっていってくれたのに」
「べっ別にあれはそういう意味じゃ……友達同士でだってすることだし」
椛はにとりの耳元に口を潜ませた。
「改めて言うね。私ににとりの尻子玉をちょーだい」
吐息を直接耳の穴に吹きかけられ、にとりは頭のなかでクラッカーがはじけたような顔をした後、解けていく氷の彫像みたいに表情をとろけさせて、小さく頷いたのだった。
「いいよ。椛に私の尻子玉をあげる。……えへへ」
背負っていたナップザックを地面に下ろすと、鞄の形が少し歪んで、中から金属のぶつかり合う音がガチャガチャと聞こえてきた。にとりはザックの紐を解いて、手際よく中身を取り出していく。目的の器具は少し奥の方にあるらしい。
「椛は尻子玉をどうやって取り出すか、知ってるの?」
「ううん。知らないよ」
響子と椛は切り株に座って、その様子を眺めていた。にとりは、宝箱を探る子どもみたいな顔をしている。
「……あった! こいつを使って取り出すの」
そういってにとりが取り出したのは、長さ30cm、直径1cmほどの棒状の物体。表面は銀色の金属質だ。少し特徴的なのは全体が弓のように湾曲している事。先端は少し細くなって、丸みを帯びた針のよう。
湾曲しているその形がなにか生々しい便利の良さを感じさせる。響子は恐る恐るきいた。
「も、もしかしてそれを突き刺すの? ……その……お尻に……」
「うん。そーだよ」
あっけらかんと答えるにとり。にとりはスカートの中にもぞもぞと手を入れたと思うと、ぺろん、と膝したまで下着を下げた。響子が隣に目をやると、椛は危うく悲鳴を飲み込んだという感じで顔面を引きつらせていた。平静な顔をしようとしている努力がありありと見て取れる。多分、さっきみたいににとりを怒らせちゃいけないと、必死になんてことないフリをしているのだろう。
「じゃあいくね」
にとりはしゃがみこんで、砂場でお山をつくる子どもみたいな恰好になった。もっと言えば、和式のお手洗いをするときみたいな。そうして湾曲した棒を両の手で逆手にもち、振りかぶる。
「き、気をつけてね?」
椛が震える声で言った。
「あはは。別に見た目ほど痛くないんだよ?」
「そ、そう」
「私の尻子玉……貰ってね、椛」
「え、ええ」
そんな恰好でそんな乙女チックな顔をされても……、とは、響子にも言えなかった。
そしてとうとう、えいっ、という威勢のいい掛け声と共ににとりの両手が振り下ろされ、その棒は地面につきたてられることなくそのまま足と足の間にもぐりこんで行き――
「ひぃっ」
椛がふいに響子の手をギュッとにぎり、小さく悲鳴をあげた――
三人がにとりの手の中を覗きこむと、そこには拳ほどの大きさの蒼く輝く光の玉があった。例えるならば、内部に強い光源をそなえたサファイア球のよう。中心には直視が難しいほどに輝く領域がある。角ばったところはなく、完全な球体だった。これがにとりの尻子玉なのだ。
「綺麗だなぁ」
響子はこっそりと鼻をひくつかせたが、恐れていたような臭いはしなかった。香るのは辺りの木々のにおいだけで、要するに無臭のようだ。
「それで、これをどうやって私の中に? ま、まさかお尻から……?」
「あはは。だいじょーぶ。こいつは妖気の塊。実体はないの。さっき私が使った棒にはそれをキャッチするための特別な仕掛けが組み込まれてるのね。逆に体に入れるときは、皮膚の上から丹田に直接押し込めばいいんだよ」
「あ、ああ、そうなの」
――よかった、という言葉はなんとか飲み込んだらしい。椛はあきらかにほっとした様子で立ち上がると、にとりに言われるまま、上着を少し捲り上げた。引き締まったおなかにちょんと窪んだおへそが露出する。
「椛のおへそ可愛いー」
にとりはしゃぎながら、椛のおへその少し下辺りを人差し指でプニプニと触診していく。
むず痒そうに俯きながら、椛は黙ってそれを受け入れていた。
「うん。このあたりだね」
目星をつけると、椛の下腹部に尻子玉を押し当てた。
「わ、何だか暖かい」
にとりはふと手と止めて、その声に感慨深いものをこめた。
「ねぇ椛……」
「うん?」
「河童の友達意外で尻子玉を上げるのは、椛が初めて」
しばし見つめ合った後、椛は暖かい溜め息とともに、ありがとう、と述べたのだった。椛がそっとにとりの手を握った。繋がれた手の平を通して、言葉などではとうて表しきれない二人の思いが交わされたようだった。
「じゃあいくよ」
尻子玉を持っている方のにとりの腕にクッと力が入った。すると――
「わ! わ!」
興奮した響子の獣耳がぱたんぱたんと羽ばたく。椛もまた目を丸くして己の下腹部を見下ろしている。
にとりの尻子玉は、まるで地平に沈んでいく太陽のごとく、ゆっくりと椛の体内にもぐり込んでいく。
「ねぇ痛くないの?」
「う、うん、ぜんぜん痛くない。暖かい何かが体の中に入ってくるみたい。変な感じ」
「リラックス、リラックスよー」
尻子玉はみるみるうちに椛の体に吸収されていく。最後には全てが消えて、にとりの手が椛の肌にぺとりと触れた。にとりはそのまま、椛のおなかをゆっくりと撫でてまわった。
「どう?」
にとりが問うと、椛は瞳を閉じて、体の内に目を向けた。
「すごく不思議な感じ。頭の先から足の指さきまで、ほんわかしたものが広がってる」
「私の妖力が椛の体内をめぐってるのね」
「そっか、うん、にとりの感じがする。体中ににとりを感じるよ。とっても気持良い……。こんな初めて……にとりと一つになったみたい……」
その椛の心地よさそうな声は聞いているほうまでがうっとりとさせらてしまうほど。にとりは満足気な笑みをたたえていた。
響子はそんな二人の事が羨ましくてならなかった。椛とにとりは、響子がこれまで一度も味わった事のない深い愛情の世界にいる。
そしてまた驚いた事に、二人はそれだけでは飽き足らず、自分達に浴びせかけられる響子の憧れの視線など一切無視して、貪欲にその先の領域を求めて飛び立ってしまったのだ。
「ねぇにとり」
満たされた笑みを浮かべたまま、椛が囁いた。
「なぁに?」
「尻子玉って、私にもあるんだよね?」
「そうだよ。あんな風に綺麗な球体に仕上げられるのは河童だけだけれどね。私達は尻子玉を体内から取り出す技術と、そして体内に意識的に練成する能力を持ってるの。けれど、単純な妖力の塊みたいなものは、他の妖怪にだってあるよ」
「じゃあ、私の体からそれを取り出すことはできる?」
「え……!?」
「にとりに私の尻子玉を貰ってほしい」
「え!!」
「にとりにも、こんな風に私を感じてほしいの」
下腹部にふれているにとりの手に、そっと自分の手を重ねる。両手をつないだ二人の間には、あらゆる感情が循環しているように思えた。響子はつい二人から目をそらしてしまいそうになった。あまりにも彼女達が眩しくて、自分自身が日陰に追いやられた小さな影のように思えてしまったのだ。
「も、もみじぃ」
にとりの瞳に涙が浮かぶ。もちろん、悲しみによるものではない。
「でもでも、慣れてないと、取り出した後しばらく体に力がはいらないよ? それに最初は取り出す時結構痛いんだよ? いいの?」
「うん。かまわない」
「椛は自分ではできないだろうから、私がやるけど、いいの? 見えちゃうよ?」
「うん。恥ずかしいけど、にとりに尻子玉を上げるためだから、我慢する」
「えぐっ、私っ、すごく嬉しくて、ぐすっ、手元が狂っちゃうかも。そしたら痔になっちゃうよ? それでもいいの?」
「ふふ、その時は、にとりが看病してね」
「もみじぃ……!」
強く抱擁を交わす二人を見つめながら、響子は己の未来に思いをはせていた。自分にもあんな風に誰かと心を通わせられる日がくるのだろうか。これまでたくさんの人妖達の想いを伝えてきたけれど、今ほど自分がただの架け橋でしかないことを痛感した瞬間はなかった。そんな風に感じてしまう自分を、響子はいさめる。自分は幽谷響だ。皆の思いを山彦することに何よりの喜びを感じるべきなのだ。それを惨めに感じたりしちゃいけない。
「あはは、やっぱりちょっと恥ずかしいね。にとり、早くやっちゃって」
響子が思索に囚われていた間に、全ての準備は完了していた。
「じゃあ、いくよ椛。後ろを向いて、前かがみになって!」
「うんっ」
二人にとっての幸せの象徴である湾曲した金属棒が、にとりの手に握られ、そして振りかぶられる。
椛は少し膝を曲げて大地にしっかりと足を根付かせ、ほどよく脱力した極自然体で大空に笑みを向ける。そして心からの祝福とともにその棒を受け入れたのだった――
心なしかちょっと内股になった椛は、にとりに肩を支えられながら一緒に帰っていった。にとりの棒は椛の秘窟を的確に穿ったようだが、それでもやはり最初は少し刺激が強かったらしい。
椛の尻子玉は少し輝きの鈍い真珠のような白玉。にとりのそれのような完璧な固形ではなく、不安定で、霧が一箇所に集まったような状態だった。
友情を交換し合った二人は、仲むつまじく肩を取り合い、夕焼け空に消えていった。
――二人とも仲良くね~!
響子の山彦が赤い大空を駆け巡り、去っていった二人を祝福した。
「羨ましいなぁ」
一足早い夜風が吹いて、響子を寒がらせる。木々が風に揺れて、それからざわめきは山全体に広がった。日の光は消えて、妖怪の時間がやってくる。薄暗く静まり返った山中でふと寂しさに襲われる。響子は側の木に立てかけてあった箒を手に取った。
「芳香ちゃんに会いに行こう」
心が求めるまま、訪れた夜のとばりへと、響子は飛び立った。
数あるカップリングの中でも、私はにともみが一番好きです。
百合? レズ? いいや違う。友情だ!
いいにともみでした。
尻子玉で噴いちゃいましたよ、すまんにとり。
交換かー、結婚より繋がりが重くて良いですね。
尻児玉って臭いんじゃなかったかな・・・たしかダブルスポイラーで文がそんなことを言っていたような。
実際は内臓(腸?)らしいですね。
それにしても天狗社会めんどくせぇ
タイトルにもなってるヤッホーが物足りなかったのでこの点数で
そろそろまた芳香ちゃんとのヤッホーが見たいお年頃
響子ちゃんの山彦が活躍して仲直りかと思えば、山彦なしでにともみのお互いの愛情の深さが素晴らしかったです。
しかし後半の尻子玉のシーンでなんだか、良い意味でも、悪い意味でもインパクトが強かったです。
しかし今回は響子ちゃんがわき役で、山彦があまありなかったのでこの点数で
前半と後半がはっきりわかれるなら分かれた感じにした方が楽しみやすかったかなぁ、と。ちょっとだけ最初の入り方にインパクトを加えてみるとかっ
すったもんだの末の仲直りで心が温まりました。でもそれだけで終わらせないのがKASAさんクオリティですよね!
次回も楽しみにしております。
河童は技術力高いくせになんでそこだけアナログなんだよw
河童の知ってはいけない秘密を知ってしまった気分です…
声に驚いて、妖力だ霧散する。
妖力が霧散ではないかと
面白いので熟読しました
KASA氏にこのカップリングを勧めた上の御人、ぜったい狙ってたでしょw
なんというか、いい話だし心温まるのにコメントにしがたい恥ずかしさww
>>36さんが貴方にしかかけないお話だと思います。
と言っていますが、まったく同感です。こんなにおしりだらけなのに....こんなに綺麗に美しく終わらせてしまうなんて。