「おじょうさまー」
「ぉが?」
むにいとほっぺが引っ張られる感触に目を覚ます。
咲夜のにこにこ笑顔が私の視界の大部分を占めていた。
「……もうちょっと普通に起こせないのかしら」
「これでも毎日工夫を凝らしているつもりですわ」
「……あっそ」
毎朝同じやりとりをするのも飽きてきたので、私は適当に返事をして上体を起こした。
「…………むぅ」
左右の壁が近い。
見上げれば天井も近い。
生活感溢れる六畳一間のアパートには、まだ慣れていない。
畳の上に布団を敷いて寝るのも、五百年の吸血鬼人生で初めての経験だ。
腰と背中が地味に痛い。
「あ、朝ご飯できてますよ。今日は卵焼きと納豆です。あと豆腐のお味噌汁」
「わかった」
咲夜がてきぱきとちゃぶ台の上に料理を並べていく。
住環境のみならず、食事も随分と庶民的になった。
まあ、支給されてる生活費には限りがあるから、仕方ないのだけど。
「さあ、食べましょう」
「ええ」
ちゃぶ台を挟み、咲夜と向かい合う形で座布団の上に腰を下ろす。
正座は足がもたないので、いわゆるお姉さん座りでお茶を濁す。
そして手を合わせて、一礼。
「頂きます」
まず初めに、ずず、と味噌汁をすする。
芳醇な味噌の香りが口いっぱいに広がる。
やっぱり日本の朝はこうでないと……
「……って、おい!」
「え?」
「あ、いや……なんでもないわ」
「そうですか」
しまった。
思わず、現在の生活環境に順応している自分にツッコミを入れてしまった。
「…………むぅ」
仮にも私は誇り高き吸血鬼にして紅魔館の当主なのに、こんな六畳一間のアパートで味噌汁すすって感動してどうする。
……いや、まあ、咲夜の味噌汁が美味いってことに間違いはないんだけど。
そんな私の葛藤をよそに、咲夜が呑気な声で話しかけてきた。
「そういえばさっき美鈴から、明日あたり、妹様を連れて遊びに来たいってメールがありましたわ」
「友達か」
あの二人も順調に日々を過ごしているようで何よりだ。
特に妹の方はどうなるか不安だったけど、美鈴が一緒に住んでいることもあって、特に問題なくやれてるらしい。
「あと、パチュリー様と小悪魔は毎日のように市立図書館に通ってるそうですわ」
「変わらなさすぎだろ」
「ですね」
くすくすと楽しそうに笑う咲夜。
私は卵焼きをお箸で切り分けつつ、なんとはなしに呟いた。
「それにしても、いつまでここで暮らさないといけないのかしら」
「さあ……まだ当分かかりそうな感じですけど」
納豆を混ぜつつ、さしたる興味もなさそうに答える咲夜。
まったく、こいつの環境適応力は異常だ。
まあ、元々こっちの世界にいたってこともあるんだろうけど。
「早く何とかしてほしいものね。なんだって、私たちだけがこんな目に」
「まあ仕方ないですよ。これも運命だと思って受け入れましょう」
ぽりぽりと、付け合わせの沢庵をかじりながら言う咲夜。
あえて“運命”という単語を持ち出したのは、私に対する皮肉のつもりなのだろうか。
「まったく、もう……」
ため息を一つ、私も沢庵をかじる。
うむ、美味い。
―――事の発端は、一週間前に遡る。
「……外の世界へ?」
「ええ。少しの間だけ、我慢してもらえないかしら」
そう言ってぺこりと頭を下げてきたのは、妖怪の大賢者・八雲紫だった。
なんでも、幻想入りしてくる妖怪たちの数が増えてきたため、結界の範囲を拡張する必要が生じたのだという。
そしてそのためには、結界内のいくつかの箇所に、基点となる軸を新たに打ち直さないといけないらしいのだが。
「その中の一つが、ちょうどこの紅魔館の位置に当たってしまったのよ」
紫はつくづく申し訳なさそうに言った。
「軸を打ち直す間は、膨大な妖力を注ぎ込む必要があるから、そのままその場所に居続けるのはあまりに危険なの」
「……だから、その作業が終わるまで、外の世界に身をやつせと?」
「うん」
うんって。
可愛い笑顔で言いやがって。
「もちろん、幻想郷内の他の勢力のところに厄介になってもいいけど……あなたの立場上、ちょっとどうかなって思って」
「む……」
確かに、いくら理由があるとはいえ、紅魔館の当主たる者が他の勢力のところに居候というのは、あまり微笑ましい話ではない。
……主に、私のプライド的な意味で。
だからこそこの提案は、紫なりに気を遣ってくれた結果なのだろう。
「……まあ、そういうことなら仕方ないわね」
「ありがとう、レミリア。外の世界での暮らしに必要なものは、こちらで用意しておくから。あとは、妖怪だってことがばれないように気を付けてくれたらいいわ」
「わかった」
……こうして、私たちは外の世界に仮住まいをすることになったのだ。
なお、幻想郷の他の奴らには、「紅魔館一同は最近開発した新型ロケットで宇宙旅行をしている」……ということになっているらしい。
それはそれでどうなのとも言いたかったが、まあ目をつむることにした。
―――そうして始まった、外の世界での生活。
私と咲夜は、六畳一間のアパートを二人用の住まいとしてあてがわれた。
ぶっちゃけ狭いと抗議をしたが、「予算上仕方ないのよ」とまた頭を下げられた。
強い奴に下手に出られると、一番対処に困る。
仕方ないので、結局そのまま受け入れることにした。
まったく、やれやれである。
「今日もいい天気ですね」
「そうね」
ちなみに咲夜は咲夜で、かえってこの状況を楽しんでいるように見受けられる。
主人と二人暮らしだというのに、大して気を遣ってくる様子もないし。
「あ、お嬢様。おしょうゆ取って下さい」
「ああ、はい」
……この調子である。
まあ、今更とやかく言う気もないけど。
「あ、そうだ咲夜。今日こそ布団を買いに行くわよ」
「ああ、そうでしたね」
おお、と思い出したように手を打つ咲夜。
紫が用意してくれていた布団は一組しかなかったため、私と咲夜は、いつも同じ布団の中で肩をぶつけ合いながら眠ることを余儀なくされていたのだ。
おまけに咲夜は寝相が悪いので、私が布団から蹴り出されることもしばしばだ。
「なんかいつも忘れちゃうんですよねぇ。色々見て回るうちに」
「あんたがあっちこっち行くからでしょうが。やれプリクラ撮りたいだのクレープ食べたいだの」
「む。お嬢様だってノリノリだったじゃないですかっ」
そう言って、携帯電話の裏を私に突き付けてくる咲夜。
そこには満面の笑みを浮かべた咲夜と、ぎこちない笑顔でピースサインをしている私が。
「……って、ちょ、何貼ってんのよ!」
「プリクラは貼るためにあるものですわ」
「だ、だからってそんなとこに貼らなくてもいいでしょ!」
「あ、表側の方が良かったですか。でも表だと貼る場所が……」
「そういうことじゃねぇ!」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと……。
そう思った矢先、咲夜はふと何かに気付いたような顔になり、
「あ、お嬢様。お味噌汁のおかわり要ります?」
「え、あ、うん。お願い」
「はーい」
咲夜は空になったお碗を受け取ると、台所の方へと小走りで向かっていった。
「……やれやれ」
なんというか、こっちに来てから一層、咲夜のペースに振り回されているような気がする。
まあでも、そんな状況を楽しいと感じている自分がいるのもまた、事実なのだけれど。
「じゃあ行くわよ」
「はい」
朝ご飯を食べ終えた私たちは、早速買い物に出掛けることにした。
着ていくのはもちろん、外の世界に合わせた服装。
「えへへ。お嬢様、どうです?」
「ええ、いいんじゃない?」
咲夜は、昨日買ったばかりのパーカーを嬉しそうに羽織っている。
下はジーンズにスニーカーと、全体的にラフなスタイルだ。
……え? 私?
私は……いいでしょ、別に。
設定上、咲夜の妹ってことになってるんだ。……後は、察していただきたい。
あ、もちろん羽根は引っ込めてあるわよ。
「お嬢様、今日はこのお店に行きましょう!」
咲夜がそう言って嬉しそうに見せてきたのは、駅前に新装開店したらしいケーキ屋のチラシだった。
アパートの階段をカンカンと踏み鳴らして下りながら、私はため息混じりに言う。
「あんたねえ……昨日もケーキ屋行ったじゃないの」
「昨日とはまた違うお店ですわ」
「はあ……しょうがないわね、もう」
「やった」
弾むような足取りで私の前を歩く咲夜。
車にはねられても知らないわよ。
「お嬢様、あれ可愛いですわ!」
「? 今度は何よ」
道すがらにあるゲームセンター。
咲夜が指差したのは、巨大なクマのぬいぐるみ。
「いやいや、こんなの絶対獲れっこないわよ。明らかに固定されてるじゃん」
「やってみないとわからないですわ!」
きらきらとした目で私を見る咲夜。
「……もう、一回だけよ」
「はーい」
咲夜に百円玉を二枚渡す。
傍から見たら、なんとも奇妙な光景であろう。
実際、道行く人がなんとなくこちらを見ているような気もするし。
「ぐあっ!」
とか考えているうちに、咲夜の操作したアームは、クマにかすりもしないまま再び上昇していった。
「ほら、言わんこっちゃない」
「もう一回! もう一回だけお願いしますわ」
「だめよ。一回だけって言ったでしょう」
「…………」
きらきらとした目で私を見る咲夜。
「……もう、ホントにもう一回だけよ」
「はーい」
……結局その後、四千円近く費やして、咲夜は目的のクマをゲットした。
「うふふ。かーわいい」
「はあ……」
巨大なクマに頬ずりする咲夜を見つつ、私は盛大にため息をついた。
今日の夕食はもやし炒めにでもしようかしら。
「ではお嬢様、続いてケーキ屋さんへ」
「何言ってんの。もうそんなお金残ってないわよ」
「えー!」
「えーじゃない。誰のせいだと思ってんのよ」
「うぎぎ……」
心底悔しそうに下唇を噛む咲夜。
と、
「あ」
「? 何よ」
「ふふっ。とってもいいことを思いつきましたわ」
「……え?」
ぞくりと背中を伝う汗。
正直言って、嫌な予感しかしない。
……結論から言うと、やはり私の嫌な予感は当たっていた。
私と咲夜はその後、咲夜が行きたがっていたケーキ屋に行き、さらに、夕食ももやし炒めではなく、肉野菜炒めを作って食べた。
そして、今。
「最初から、こうすればよかったんですわ」
「…………」
私と咲夜はまたしても、同じ布団の中で横になっていた。
ぶっちゃけ狭い。肩当たってるし。
「やっぱり、節約できるところからしていきませんと」
「…………」
もう反論するのも面倒くさくなったので、ごろりと横を向いて就寝体勢に入ることにした。
咲夜が羽根が痛いとかなんとかぼやいていたが、それこそ自業自得というものだろう。
徐々に瞼が重くなってきた頃、背中越しに小さな声が聞こえた。
「お嬢様」
「……ん?」
「明日は、和菓子屋さんに行ってお団子食べましょう。お団子」
「…………」
「…………」
「……早く寝なさい」
「はーい」
……まったく、なんでこんなことになってしまったのやら。
私は自分の身が置かれた境遇を呪いつつ、明日咲夜と食べるであろうお団子の味を想像しながら眠りについた。
了
「ぉが?」
むにいとほっぺが引っ張られる感触に目を覚ます。
咲夜のにこにこ笑顔が私の視界の大部分を占めていた。
「……もうちょっと普通に起こせないのかしら」
「これでも毎日工夫を凝らしているつもりですわ」
「……あっそ」
毎朝同じやりとりをするのも飽きてきたので、私は適当に返事をして上体を起こした。
「…………むぅ」
左右の壁が近い。
見上げれば天井も近い。
生活感溢れる六畳一間のアパートには、まだ慣れていない。
畳の上に布団を敷いて寝るのも、五百年の吸血鬼人生で初めての経験だ。
腰と背中が地味に痛い。
「あ、朝ご飯できてますよ。今日は卵焼きと納豆です。あと豆腐のお味噌汁」
「わかった」
咲夜がてきぱきとちゃぶ台の上に料理を並べていく。
住環境のみならず、食事も随分と庶民的になった。
まあ、支給されてる生活費には限りがあるから、仕方ないのだけど。
「さあ、食べましょう」
「ええ」
ちゃぶ台を挟み、咲夜と向かい合う形で座布団の上に腰を下ろす。
正座は足がもたないので、いわゆるお姉さん座りでお茶を濁す。
そして手を合わせて、一礼。
「頂きます」
まず初めに、ずず、と味噌汁をすする。
芳醇な味噌の香りが口いっぱいに広がる。
やっぱり日本の朝はこうでないと……
「……って、おい!」
「え?」
「あ、いや……なんでもないわ」
「そうですか」
しまった。
思わず、現在の生活環境に順応している自分にツッコミを入れてしまった。
「…………むぅ」
仮にも私は誇り高き吸血鬼にして紅魔館の当主なのに、こんな六畳一間のアパートで味噌汁すすって感動してどうする。
……いや、まあ、咲夜の味噌汁が美味いってことに間違いはないんだけど。
そんな私の葛藤をよそに、咲夜が呑気な声で話しかけてきた。
「そういえばさっき美鈴から、明日あたり、妹様を連れて遊びに来たいってメールがありましたわ」
「友達か」
あの二人も順調に日々を過ごしているようで何よりだ。
特に妹の方はどうなるか不安だったけど、美鈴が一緒に住んでいることもあって、特に問題なくやれてるらしい。
「あと、パチュリー様と小悪魔は毎日のように市立図書館に通ってるそうですわ」
「変わらなさすぎだろ」
「ですね」
くすくすと楽しそうに笑う咲夜。
私は卵焼きをお箸で切り分けつつ、なんとはなしに呟いた。
「それにしても、いつまでここで暮らさないといけないのかしら」
「さあ……まだ当分かかりそうな感じですけど」
納豆を混ぜつつ、さしたる興味もなさそうに答える咲夜。
まったく、こいつの環境適応力は異常だ。
まあ、元々こっちの世界にいたってこともあるんだろうけど。
「早く何とかしてほしいものね。なんだって、私たちだけがこんな目に」
「まあ仕方ないですよ。これも運命だと思って受け入れましょう」
ぽりぽりと、付け合わせの沢庵をかじりながら言う咲夜。
あえて“運命”という単語を持ち出したのは、私に対する皮肉のつもりなのだろうか。
「まったく、もう……」
ため息を一つ、私も沢庵をかじる。
うむ、美味い。
―――事の発端は、一週間前に遡る。
「……外の世界へ?」
「ええ。少しの間だけ、我慢してもらえないかしら」
そう言ってぺこりと頭を下げてきたのは、妖怪の大賢者・八雲紫だった。
なんでも、幻想入りしてくる妖怪たちの数が増えてきたため、結界の範囲を拡張する必要が生じたのだという。
そしてそのためには、結界内のいくつかの箇所に、基点となる軸を新たに打ち直さないといけないらしいのだが。
「その中の一つが、ちょうどこの紅魔館の位置に当たってしまったのよ」
紫はつくづく申し訳なさそうに言った。
「軸を打ち直す間は、膨大な妖力を注ぎ込む必要があるから、そのままその場所に居続けるのはあまりに危険なの」
「……だから、その作業が終わるまで、外の世界に身をやつせと?」
「うん」
うんって。
可愛い笑顔で言いやがって。
「もちろん、幻想郷内の他の勢力のところに厄介になってもいいけど……あなたの立場上、ちょっとどうかなって思って」
「む……」
確かに、いくら理由があるとはいえ、紅魔館の当主たる者が他の勢力のところに居候というのは、あまり微笑ましい話ではない。
……主に、私のプライド的な意味で。
だからこそこの提案は、紫なりに気を遣ってくれた結果なのだろう。
「……まあ、そういうことなら仕方ないわね」
「ありがとう、レミリア。外の世界での暮らしに必要なものは、こちらで用意しておくから。あとは、妖怪だってことがばれないように気を付けてくれたらいいわ」
「わかった」
……こうして、私たちは外の世界に仮住まいをすることになったのだ。
なお、幻想郷の他の奴らには、「紅魔館一同は最近開発した新型ロケットで宇宙旅行をしている」……ということになっているらしい。
それはそれでどうなのとも言いたかったが、まあ目をつむることにした。
―――そうして始まった、外の世界での生活。
私と咲夜は、六畳一間のアパートを二人用の住まいとしてあてがわれた。
ぶっちゃけ狭いと抗議をしたが、「予算上仕方ないのよ」とまた頭を下げられた。
強い奴に下手に出られると、一番対処に困る。
仕方ないので、結局そのまま受け入れることにした。
まったく、やれやれである。
「今日もいい天気ですね」
「そうね」
ちなみに咲夜は咲夜で、かえってこの状況を楽しんでいるように見受けられる。
主人と二人暮らしだというのに、大して気を遣ってくる様子もないし。
「あ、お嬢様。おしょうゆ取って下さい」
「ああ、はい」
……この調子である。
まあ、今更とやかく言う気もないけど。
「あ、そうだ咲夜。今日こそ布団を買いに行くわよ」
「ああ、そうでしたね」
おお、と思い出したように手を打つ咲夜。
紫が用意してくれていた布団は一組しかなかったため、私と咲夜は、いつも同じ布団の中で肩をぶつけ合いながら眠ることを余儀なくされていたのだ。
おまけに咲夜は寝相が悪いので、私が布団から蹴り出されることもしばしばだ。
「なんかいつも忘れちゃうんですよねぇ。色々見て回るうちに」
「あんたがあっちこっち行くからでしょうが。やれプリクラ撮りたいだのクレープ食べたいだの」
「む。お嬢様だってノリノリだったじゃないですかっ」
そう言って、携帯電話の裏を私に突き付けてくる咲夜。
そこには満面の笑みを浮かべた咲夜と、ぎこちない笑顔でピースサインをしている私が。
「……って、ちょ、何貼ってんのよ!」
「プリクラは貼るためにあるものですわ」
「だ、だからってそんなとこに貼らなくてもいいでしょ!」
「あ、表側の方が良かったですか。でも表だと貼る場所が……」
「そういうことじゃねぇ!」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと……。
そう思った矢先、咲夜はふと何かに気付いたような顔になり、
「あ、お嬢様。お味噌汁のおかわり要ります?」
「え、あ、うん。お願い」
「はーい」
咲夜は空になったお碗を受け取ると、台所の方へと小走りで向かっていった。
「……やれやれ」
なんというか、こっちに来てから一層、咲夜のペースに振り回されているような気がする。
まあでも、そんな状況を楽しいと感じている自分がいるのもまた、事実なのだけれど。
「じゃあ行くわよ」
「はい」
朝ご飯を食べ終えた私たちは、早速買い物に出掛けることにした。
着ていくのはもちろん、外の世界に合わせた服装。
「えへへ。お嬢様、どうです?」
「ええ、いいんじゃない?」
咲夜は、昨日買ったばかりのパーカーを嬉しそうに羽織っている。
下はジーンズにスニーカーと、全体的にラフなスタイルだ。
……え? 私?
私は……いいでしょ、別に。
設定上、咲夜の妹ってことになってるんだ。……後は、察していただきたい。
あ、もちろん羽根は引っ込めてあるわよ。
「お嬢様、今日はこのお店に行きましょう!」
咲夜がそう言って嬉しそうに見せてきたのは、駅前に新装開店したらしいケーキ屋のチラシだった。
アパートの階段をカンカンと踏み鳴らして下りながら、私はため息混じりに言う。
「あんたねえ……昨日もケーキ屋行ったじゃないの」
「昨日とはまた違うお店ですわ」
「はあ……しょうがないわね、もう」
「やった」
弾むような足取りで私の前を歩く咲夜。
車にはねられても知らないわよ。
「お嬢様、あれ可愛いですわ!」
「? 今度は何よ」
道すがらにあるゲームセンター。
咲夜が指差したのは、巨大なクマのぬいぐるみ。
「いやいや、こんなの絶対獲れっこないわよ。明らかに固定されてるじゃん」
「やってみないとわからないですわ!」
きらきらとした目で私を見る咲夜。
「……もう、一回だけよ」
「はーい」
咲夜に百円玉を二枚渡す。
傍から見たら、なんとも奇妙な光景であろう。
実際、道行く人がなんとなくこちらを見ているような気もするし。
「ぐあっ!」
とか考えているうちに、咲夜の操作したアームは、クマにかすりもしないまま再び上昇していった。
「ほら、言わんこっちゃない」
「もう一回! もう一回だけお願いしますわ」
「だめよ。一回だけって言ったでしょう」
「…………」
きらきらとした目で私を見る咲夜。
「……もう、ホントにもう一回だけよ」
「はーい」
……結局その後、四千円近く費やして、咲夜は目的のクマをゲットした。
「うふふ。かーわいい」
「はあ……」
巨大なクマに頬ずりする咲夜を見つつ、私は盛大にため息をついた。
今日の夕食はもやし炒めにでもしようかしら。
「ではお嬢様、続いてケーキ屋さんへ」
「何言ってんの。もうそんなお金残ってないわよ」
「えー!」
「えーじゃない。誰のせいだと思ってんのよ」
「うぎぎ……」
心底悔しそうに下唇を噛む咲夜。
と、
「あ」
「? 何よ」
「ふふっ。とってもいいことを思いつきましたわ」
「……え?」
ぞくりと背中を伝う汗。
正直言って、嫌な予感しかしない。
……結論から言うと、やはり私の嫌な予感は当たっていた。
私と咲夜はその後、咲夜が行きたがっていたケーキ屋に行き、さらに、夕食ももやし炒めではなく、肉野菜炒めを作って食べた。
そして、今。
「最初から、こうすればよかったんですわ」
「…………」
私と咲夜はまたしても、同じ布団の中で横になっていた。
ぶっちゃけ狭い。肩当たってるし。
「やっぱり、節約できるところからしていきませんと」
「…………」
もう反論するのも面倒くさくなったので、ごろりと横を向いて就寝体勢に入ることにした。
咲夜が羽根が痛いとかなんとかぼやいていたが、それこそ自業自得というものだろう。
徐々に瞼が重くなってきた頃、背中越しに小さな声が聞こえた。
「お嬢様」
「……ん?」
「明日は、和菓子屋さんに行ってお団子食べましょう。お団子」
「…………」
「…………」
「……早く寝なさい」
「はーい」
……まったく、なんでこんなことになってしまったのやら。
私は自分の身が置かれた境遇を呪いつつ、明日咲夜と食べるであろうお団子の味を想像しながら眠りについた。
了
他の面子のお話も読んでみたいかもです
ついつい甘えてしまう、ちょっと幼げな咲夜さん。
どっぷり和みました。面白かったです。
あと、メイフラサイドも読んでみたいですw
差し支えなければお願いしたい
いつもまりまりささんの作品を読むと2828がとまりません
メイフラ編とぱちゅこあ編もよろしければ是非…!
いつも楽しませてもらってます
お嬢様も咲夜さんに甘いなw
二人とも楽しそうだ。
残り2組も期待してます。
ゆかりん、仕事遅らせても全然いいのよ?
終始ニヤニヤしてしまいましたw