「んんー。気持ちのいい朝だなぁ」
紅魔館の門番、紅美鈴。彼女の朝は体操から始まる。季節は初夏、さわやかな朝の日差しと涼しい風が、彼女の脳内を活性化させた。
「うんうん、綺麗な花をつけるんだよー」
体操の後は庭園の手入れをするのが彼女の日課だ。花壇にはもうすぐ開花しそうなアジサイがずらりと並んでいる。
以前、美鈴が四季のフラワーマスターを名乗る妖怪から譲り受けたものだ。花言葉は「元気な女性」。貴女にぴったりね、そう言ってその妖怪は笑顔を見せた。
門番として紅魔館の門の前に立っていると、様々な人と出会う。美鈴にとってそれは一番の楽しみだった。
庭園の手入れが終われば、いよいよ門番としての仕事の始まりだ。
しっかり周囲に目を届かせ、第三者の侵入を許さない。それこそが彼女、紅美鈴の使命であり生きる意味である。
「うむ、異常なし!」
「異常な~し!」
「……暇だなぁ」
「ふわぁぁ……」
「……はっ!」
そのとき、美鈴の鋭い直感が第三者の存在を感知した。
「待ちなさい! 紅魔館に用があるならまず私に通してください。勝手な進入は許しませんよ!」
「あらら、見付かっちゃったか」
「貴女は……! って、やっぱり貴女ですか」
第三者の正体は普通の魔法使い、霧雨魔理沙だった。大きな袋を背負っており、また何かを死ぬまで借りにきた、といったところだろう。
「ダメダメダメ! 貴女を中に入れることはできませんよ! どうせまたろくでもないことを考えてるんでしょう」
「入れてくれないって言われてもなぁ。私はもう帰るところだぜ」
「あれ?」
「いやぁ、ぐっすり寝てるのを起こすのも悪いしさ。こっそり忍び込ませてもらった」
「ええぇ……」
「ま、寝過ぎも身体によくないって聞くからな。ほどほどにした方がいいんじゃない? それじゃ私は帰るぜー」
そう言い残し、魔理沙は箒に跨って飛び立っていった。形式美だった。
「ちょ、ちょっと待っ」
「持っていくなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ!」
一呼吸遅れて絶叫しながら館の中から飛び出してきたのは、紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジであった。
その表情は絶望と憎悪で歪み、更に過呼吸と嗚咽でとても人には見せられないものになっている。
「はぁ、はぁ、うえっ……。くっそ、くっそ! 畜生、あのクソジャリ……。よりにもよって秘蔵の自作ポエムを……。おっふ、ぐほ……人間の分際で! はぁ、はぁ、絶対に許さんッ!」
「あ、あの。パチュリー様」
「何よっ!」
「ひっ」
パチュリーという人物は、基本的に無口で大人しい人物だ。それがここまで激昂し、他人を口汚く罵るのを、美鈴は見たことがなかった。
魔理沙はどうやら手を出してはいけないところに出してしまったらしい。
「だいたいこうなったのはアンタのせいよ! アンタ、何のためにここに立ってるの?」
「あう……。ご、ごめんなさい……。でも、パチュリー様がそこまで怒るって、いったい何が?」
「とても人には見せられない自作のポエムを魔理沙の奴が盗っていきやがったのよ! あぁ、あれが世に出回ってしまったらもう私恥ずかしくて外に出られないじゃない!」
「元から殆ど外に出てないんじゃ」
「あぁん!?」
「すいませんでした」
「……もういいわ。もうアンタには頼らない! 魔理沙の野郎……次に来たときは覚悟してもらうわよ! ごほっ、ごほっ」
パチュリーは怒りに満ちた表情のまま、咳き込みながら館の中へと消えていった。
ひとり残された美鈴は、ただただ落ち込むことしかできなかった。
紅魔館の時計台の針は午後三時を指している。ちなみに美鈴がふわぁぁとあくびをしたのは、午前十時のタイミングである。
* * *
魔理沙がパチュリーの自作ポエムを死ぬまで拝借してから、一週間が経過しようとしていた。
美鈴はあれからパチュリーの姿を見ていなかった。もっとも、普通に生活していてもパチュリーを見かけるのは多くて週に一度程度であったのだが。
「……平和だなぁ」
涼しい風が吹く昼下がり、美鈴はいつも通り門前にぽけーっと突っ立っていた。あれから数日間は落ち込んで元気も出なかったが、時間が経過してしまえば妖怪といえどこんなものであった。
「美鈴」
「んぇ?」
そこに現れたのがパチュリーである。ぽやぽやとしていた美鈴の表情が一気に緊張感で染まった。
「おつかれ美鈴。今日で貴女はお役ご免よ」
「……え?」
「もう貴女に門番は任せられない。これからはこの彼女が紅魔館の門を守るわ! このメカ美鈴がね!」
そう言い放ったパチュリーの背後から現れた者。
それは細身のサングラスをかけた、美鈴と同じ姿をした何かだった。
「え? えええええええええ!」
これには美鈴も混乱せざるを得なかった。メカ美鈴って何だよと。
「今日から彼女が門番よ。最強完璧の人造妖怪、メカ美鈴。これでもうこの紅魔館がトラブルに晒されることは、金輪際いっさいない」
「え? え? 新しい門番って、人造妖怪って。ってか何で私と同じ姿してるの? 姿を模すことに意味はあるの? いやいやそうじゃなくって! ぱ、パチュリー様! そのメカ美鈴が新しい門番って、私はどうなっちゃうんですか!」
「さぁ、クビってヤツになるんじゃない?」
「そんなああああああ!」
「どうしたのよ、昼間っから騒がしいわね」
続いて館の中から現れたのは、紅魔館の主、レミリア・スカーレットその人であった。もちろん今は日中なので、隣には日傘を持ったその従者、十六夜咲夜も付き添っている。
「あら、何これ。門番、貴女双子の姉妹でもいたの?」
「ちょうどいいところに来たわレミィ。これは私が造ったメカ美鈴。今日からここの門番はこの子よ」
「ちょ、パチュリー様!? 冗談じゃないです! お、お嬢様からも何か言ってやってくださいよ!」
今にも泣き出しそうな顔で懇願する美鈴を見て、レミリアはニヤリと口元を歪めた。
美鈴は「あ、これはもうどう転んでもろくなことにはならないな」ということだけは理解できた。
「うふふ、よくわからないけど面白そうじゃない。じゃあこうしましょ。美鈴とメカ美鈴、どちらが紅魔館の門番に相応しいか対決すればいい。ふふふふ、たまには昼間から起きてみるものね。いい余興になりそうだわ」
「……お嬢様。対決といいましても、その内容はどうするので?」
横から咲夜が口を出した。もっともなことだ。紅魔館の門番は筆記や面接で決められるものでは到底ない。
如何にして外部からの進入を拒むか、この一点のみが重要なのだ。
「うーん、そうねぇ。誰か馬鹿が忍び込もうとしてくれれば手っ取り早いのだけれど」
「いやいやいや、何で対決する方向で確定っぽくなってるんですか! 私がこんな機械に劣るわけないじゃないですかー!」
「落ち着きなさい美鈴。そう思うならば競って勝利すれば何も問題はないでしょう」
「さ、咲夜さぁん……」
咲夜のもっともな指摘に、美鈴は納得せざるを得なかった。
辛そうに口をつぐむ美鈴を尻目に、パチュリーはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ふふん。美鈴、このメカ美鈴を甘く見ないことね。この子には様々な特殊武装が備えられているのよ、あの魔理沙だって目じゃないくらいにね。ね? メカ美鈴」
「イエスマスター」
パチュリーに反応し機械音声を発したメカ美鈴に、美鈴は少し引いた。あとの二人も引いた。
「うわぁ、喋るんですかそれ……」
「当たり前でしょ。これだけじゃないわ、メカ美鈴にはもっと……」
「マスター。シンニュウシャノケハイヲサッチシマシタ。警戒モードニイコウシマス」
「えっ」
「あっ、みんな、あれ見て! ほらあそこ!」
レミリアが指をさした方向、箒に跨って大空を翔る見覚えがある白黒。
「まっ、魔理沙ぁー!」
パチュリーが叫んだ。どうやら怒りはまだ微塵も収まっていないようだ。
「あっはっはっはっは、素晴らしいタイミングで現れてくれたわ白黒! いいわよいいわよ、久々に楽しくなってきたわ!」
「流石ですわお嬢様。これも運命を操る能力の成せる技ですわね」
「えっ? あ、そそそそそそそそうよ! これは私が呼び込んだ運命! 流石私ね、うんうん」
「コントやってる場合じゃないわよ二人とも! さぁメカ美鈴、その力を示しなさい!」
「ニンムリョウカイ、迎撃モードニイコウ。……シャテイキョリナイ、ロックオン」
ビシュッ、という鋭い音がした。
一瞬の出来事だった。メカ美鈴のサングラスから紅い閃光が走り、空中にいた魔理沙が爆発。黒焦げになって落下した。
その刹那、魔理沙の落下地点に向かって全力疾走するメカ美鈴。その光景はもはやホラーといっても差し支えない。
「うっ……ごほっ、ごほっ。な、何が起きたんだ? うぐっ!」
メカ美鈴は状況が飲み込めず混乱している魔理沙のあごを左手でがしりと掴むと、続けて右手の人差し指を彼女の眼球の前に運んだ。
「カクゴシナサイ。コノドロボウネコ」
奇々怪々な光景だった。メカ美鈴の指がまるで蛸の足のように多方向にパカリと割れ、その中から長さ数センチのドリルが姿を現した。
ドリルはキュイイイイという幻想郷の面々にはあまり馴染みがない回転音を発しながら、ゆっくりと魔理沙の眼球へ向かって伸びていく。
「あああああああああああああああああああああ!!」
「ちょ、ちょっとストップストーップ! パチェ、もうやめさせなさいよ!」
「何でよ!」
「何でもあさってもないわ! いくらなんでもやりすぎよ! あの白黒を再起不能にしたなんて知れ渡ったら、今度こそ私達幻想郷にいれなくなっちゃうじゃない!」
「……チッ。メカ美鈴、そこまでよ。もう十分だわ」
「イエス、マスター」
パチュリーの命令を受け、メカ美鈴は右手を引いた。魔理沙は気絶してしまったらしく動かない。
美鈴は口も満足に開けないまま、ただその光景を見つめることしかできなかった。隣では咲夜が額に手を当てため息をついていた。
* * *
激動の一日だった。あの後魔理沙は、私は金輪際紅魔館に忍び込みません、という契約書にサインをさせられ開放された。
そして美鈴はというと、対決結果の通りに紅魔館の門番の座を奪われ、事実上のクビになった。レミリアは厨房の皿洗いぐらいなら仕事を与えてやってもよいと言ったが、美鈴はそれを断った。自分の情けなさに耐えることができなかった。
「私、これからどうすればいいんだろう……」
まだ少々肌寒く感じられる初夏の夜。途方に暮れた美鈴は目的地も定まらないまま、ただただ歩いていた。
野良妖怪になったのはこれが初めてではない。紅魔館に仕える以前も、同じように放浪していた時期もあった。
だが、美鈴は紅魔館に慣れすぎた。何十年、いや何百年いたかすら定かではないほどの長い時間、彼女には自分の居場所があった。
その長い時間は、美鈴に一人でいることの辛さを忘れさせるには十分であった。
「今何時なんだろう……。とりあえず野宿できる場所を探そう。……ん?」
美鈴の視界に入ったそれは、人が生活してることを示す明かりだった。基本的に門番という仕事柄、紅魔館の外に出ることは少ないので、美鈴にはこんなところに民家があったなどということは知る由もなかった。
「今晩だけ泊めてもらおう。これからのことは、それから考えればいい……かな」
香霖堂、という看板をこしらえたそこは、どうやら何かの店舗のようだった。店の前には狸の置物やらよくわからない物が陳列……というよりは散乱しており、美鈴は若干の不安を抱きながら戸を叩いた。
「ごめんくださーい……」
「おや、こんな時間にお客さんかい? ……君は確か、紅魔館とかいうところの」
香霖堂の中にいたのは、眼鏡をかけた銀髪の青年だった。
美鈴は変な人物というわけではなさそうだと少し安心し、続けた。
「紅美鈴といいます。あの、ちょっと今理由があってですね、できればその……今晩泊めていただけないかと」
「ふむ、何か深い訳がありそうだね。……そうだな、別に一泊するぐらいなら構わないよ」
「い、いいんですか?」
「ただし、ひとつ条件がある」
「条件? ……はっ!」
「どうしたんだい?」
「だっ、だだだだ駄目ですっ! そういったことはその、ちゃんと愛し合っている人同士でするべきで! あのその、えっと」
「……どんな勘違いをしているかはわからないということにしておくが、僕のいう条件はそうじゃない。ひとつ使ってみて欲しい物があるんだ。その感想を聞きたい」
「……へ?」
青年は、洋式のテーブルに置いてあった黒い物体を美鈴の前に持ってきた。原始的な機械の類と思われるそれは、時計のような数字が掘り込んである輪が刻まれた本体の上に、くるくると円を描いたコードで繋がった取っ手のような物が置かれていた。
「これは電話という外の世界の道具でね。遠く離れた相手とリアルタイムで会話ができるという優れものさ」
「はぁ」
「ただね、この店の裏手にある魔法の森の魔力に影響されたのか、どうやら普通ではない力を持ってしまったみたいなんだ。それがどういったものか調べてみたいんだが、どうにも勇気が出なくてね。君に代わりに試してみてほしいんだよ」
「……わ、わかりました」
一泊の恩義の対価としては何とも微妙な条件ではあったが、美鈴はそれを了承した。
魔力を持った、といっても、自分もそれなりの力を持つ妖怪だ。大事には至らないだろう、そう思った。
「さて、では僕はお茶を淹れてくるとしよう。僕が知りたいのは効力であって君の会話ではないからね。じゃあ、頼んだよ」
そう言って、青年は店の奥に姿を消した。
ひとり残された美鈴は、恐る恐る取っ手らしき物を手に取った。
「……あれ、それでこれどうやって動かせばいいんだろう。……すいませーん! これ何をどうすればいいんですかー?」
「その辺は君に任せるよー! 僕の能力では道具の名称と用途しかわからないんだー!」
店の奥から何とも無責任な返答があった。仕方なく美鈴は試行錯誤を開始する。
「喋る道具だから……。これを耳と口に当てるのかな? あとはこのダイアルだけど……。うーん、たぶんこれでその会話の相手を決めるんだろうけど、金庫みたいに数字をいれるのかな。そんなものわからないし、適当でいいや。……じゃあ、試しに私の誕生日を……」
美鈴はダイアルに指をかけ、自身の誕生日である数字を入れた。耳に当てた受話器から、ぷるるるるという電子音が流れた。
『……もしもし?』
「つ、繋がった! あっと、えと、何を喋ればいいんだろう」
『……もしかして、美鈴かい?』
「えっ? 何で私の名前を……」
『やっぱり! あんた、美鈴なんだね!?』
「……お母ちゃん?」
不思議なことが起こった、というのは、まさしくこういった場面で使う言葉なのだろう。
電話に出た相手は、紅美鈴の母、その人だった。
『まったく! 家を飛び出してから手紙のひとつもよこさんで! 今何やってるんだい? どこから電話してるんだい?』
「えっと、こ、香霖堂から……」
『それはどこだい? 美鈴の仕事場かい? それに美鈴、身体は大切にしてるのかい? ちゃんとご飯食べてるかい?』
「ちょ、ちょっと! お母ちゃん一度に質問しすぎ!」
『だってねぇ美鈴、可愛い娘から何百年ぶりかわからない連絡がきたんだよ! 聞きたいことなんて山ほどあるよ!』
「だって今までは連絡のしようがなかったから……。そ、それよりもお母ちゃん! お母ちゃん達はどうしてるの? 今も同じところに住んでるの? みんな元気にしてるの?」
『あんたねぇ……。とりあえずみんな元気にしとるよ。でも同じところには住んでないさ。私達の寿命は人間とは違うからね、いつまでも同じ地にはいられないんだ。……もう妖怪も減ってしまったねぇ。都市開発っちゅーんが進んで、昔美鈴と住んでたところには今はビルが建っとるよ』
「……ビル?」
『それよりも美鈴、今度はお母ちゃんの番だよ。元気にしてるのかい? 一人で辛くないかい?』
「わ、私は……。私は……うん、元気にしとるよ。辛くないよ」
『本当かい? ちゃんと働いて、食べていけてるのかい?』
「……うん。ちゃんと働いてるよ。職場の人も、みんなよくしてくれるよ」
『……美鈴。あんた、泣いてるのかい?』
「な、泣いてなんかないよぅ! 私は元気でやっとるよぅ、だから安心して……いいよぅ」
この言葉は嘘だった。
それはそれは長い間聞いていなかった母の声と、紅魔館に居場所がなくなってしまったという事実が重なり、美鈴の感情は心の器から溢れ出していた。
溢れた感情は涙へと変わり、美鈴の頬を濡らす。
『美鈴、お母ちゃんに嘘は通じないよ。お母ちゃんは、美鈴のお母ちゃんなんだからね』
「……っ! ……ホントは、ホントは……少し辛い……」
『美鈴』
「うぅぅ。っく、ふぅぅ……うあああああ」
『美鈴は、優しい子だからね」
「……お母ちゃん」
『美鈴は優しいから、やりたいことがあっても、譲れないものがあっても、全部我慢して、自分の中に溜め込んじゃうから。それは美鈴のいいところでもあるけど、悪いところでもあるんだよ』
「うん」
『何があったかはお母ちゃんにはわからないけれど、美鈴。悩まないで、自分が思うことを、自分がしたいことをやりなさい。美鈴の優しさは、きっとみんなわかってくれてるから』
「……うん」
『だからね美鈴。負けないで、頑張りなさい。辛いことがあっても挫けちゃ駄目だよ。たまにはね、自分の思うように、やりたいようにやってもいいのさ。もしそれで駄目だったら、そのときはこっちに帰ってこればいい。みんな、待ってるからね』
「……うん。お母ちゃん、私ね」
『なんだい?』
「守りたい、大切な場所があるの。好きな人達がいるの。でも私は失敗ばかりしちゃって、今回も私のミスで大切な人を怒らせちゃったの」
『うん』
「それで、結果的に私の居場所がなくなっちゃった。……でもね、でもねお母ちゃん」
『何だい、言ってみな』
「私はまだ、その場所にいたい! 大好きなみんなと一緒にいたい!」
『……あっはっは、いいよ美鈴。あんたは昔っから滅多にわがままを言わない子だった。そんなあんたが珍しくわがままを、我を通そうってんだ。いいじゃないか。好きなように、自分で満足いくまで暴れてきな!』
「……うん! お母ちゃん、私、頑張るよ!」
『あぁ、頑張りな、美鈴! お母ちゃんは、いつでも美鈴の味方だからね!』
「やぁ。通話は終わったかい? どうにも戻るタイミングを逃してしまってね、お茶も冷めてしまった」
通話が終わり、余韻に浸る美鈴の元に、青年がお茶をふたつ持ってこっそりと顔を出した。
「あ、えっと……」
「あぁ、そういえばまだ名乗っていなかったね。僕は森近霖之助。この香霖堂の店主をやっている。……で、その電話の力はどうだったかな?」
「えと、霖之助さん。この電話は、うん、素晴らしい物だと思います」
「ほう」
「きっとこの電話は、かける人が今一番必要な相手を呼び出してくれるんです。その人に道筋を与えてくれる、とっても素敵な道具だと思います」
「おぉ、それはいいことを聞いた。これは非売品確定だな。ありがとう美鈴、ささ、今お茶を淹れ直してくるから座っていてくれ」
「いえ、お気持ちは嬉しいんですが私はこれで失礼します。やりたいことが、今自分がすべきことが見付かったので」
「ふむ、そうかい。まぁそれはそれで構わないが」
「貴方に最大限の感謝を。では失礼します」
そう言って美鈴は駆け出していった。何かふっ切れたというか、先ほど入店してきたときとは比べ物にならないほど表情に生気が宿っていたと霖之助は感じた。
どうやらこの電話は当たりのようだ。
「ふむ、では僕も使ってみるとするか。……一番必要な相手か、果たして誰が出るのやら」
霖之助は先ほど美鈴がしたのと同じように、この道具をどう使うのか試行錯誤を開始した。
そして同じように受話器を耳にかけ、適当な番号をダイアルした。
「……誰も出ないな」
余談ではあるが、電話である以上、その必要な相手の元に同じく電話がなければ通話のしようがない。
森近霖之助、年齢不詳。生まれも育ちも幻想郷だった。
* * *
「たのもーっ!」
メカ美鈴爆誕、そして美鈴リストラから一週間が経ったある日。
美鈴は、紅魔館の門前にいた。
「アポイントメントハ、オトリデスカ」
「そんなもんはないわよ! っていうか何その態度は……。この前は問答無用で攻撃してたのに」
「イマハ、受付嬢モードデスノデ」
「あぁ、そう……」
珍妙なシーンであったことは確かだった。門前にたたずむメカ美鈴と、元門番の美鈴。
姿形が同じ二人が、何ともよくわからない会話をしている。
「あぁもう、調子狂うなぁ。誰か庭園に……あっ」
美鈴の目に入ったのは、庭園の花に水をやる銀髪の女性、十六夜咲夜だった。
「おーい! 咲夜さーん!」
「チョットオキャクサマ、ソンナオオゴエヲダサレテハコマリマス」
「ええい黙らっしゃい!」
「め、美鈴!? 戻ってきたの?」
美鈴の声に気付いた咲夜は、門に向かって駆けた。
「お久しぶりです、咲夜さん」
「お久しぶりって……。いったいどうしたっていうのよ」
「勝負を挑みに来ました。紅魔館の門番としてではなく、一人の妖怪、紅美鈴として。このメカ美鈴に!」
「……待ってなさい。今、お嬢様とパチュリー様を呼んでくるわ」
「アーア、ハヤクタマノコシニノッテコトブキタイシャシタイナー」
「思ったより遅かったわね。私はてっきりニ、三日でやっぱり皿洗いでもいいのでやらせてくださ~い! って泣きついてくると思ったのに」
「この一週間、山に篭って修行をしていました。私は今までの美鈴とは違います。紅魔館の門番の座、実力で取り戻してみせます」
「笑わせるわ。貴女がどう変わろうとこのメカ美鈴には敵わないのに」
時刻は昼下がり。紅魔館の門前には、一週間前と同じ面々が出揃っていた。
美鈴は、メカ美鈴に挑戦者として勝負を挑んだ。それを面白がったレミリアは、美鈴が見事勝利した暁には、彼女に門番の座を再度授けると約束した。狙い通りだった。
今日の美鈴は、狡猾で真剣で、そして本気だった。
「今まで武道家として挑戦を受けたことは多々あったけど、挑戦者として挑むのは久しぶりね。全力でいくわよ、私っぽいロボットさん」
「やれやれ、どうなっても知らないわよ。……メカ美鈴」
「イエスマスター。決闘モードニイコウシマス」
「では……。勝負は無制限一本勝負。降参するか再起不能になった方が負けよ。……はじめっ!」
そう言って咲夜が腕を振り上げた。その刹那、美鈴が超スピードでメカ美鈴に接近。その拳を叩き込む。
「あたぁ!」
ゴキン、という金属を叩いたような鈍い音がした。実際金属なのだろうが。美鈴の拳はメカ美鈴の額に命中したが、彼女の顔色は変わらない。
「キカヌ、キカヌノダ」
「……ふん、そうこなくちゃ面白くない。まだまだこれからよっ! あーたたたたたたたたた!」
美鈴の怒涛の連撃がメカ美鈴の腹部に叩き込まれる。
だがメカ美鈴にダメージが入った様子はない。それどころか、ニヤリと口元を歪め、こちらを挑発しているかのように見える。
「ツギハコチラノバンヨ。チューゴクビーム」
魔理沙を黒焦げにしたあの閃光が、再びメカ美鈴のサングラスから放たれた。
「なんとぉー!」
美鈴の気合一閃。中国ビームをかき消した。
「おおー」
勝負といえば弾幕ごっこばかりで、久しく本当の仕合というものを忘れていたレミリア達は、それに魅入ってしまっていた。
互いの命を削り合うそれは、生々しくも美しい。
「……フム、ナカナカヤルヨウネ。ナラコレハドウカシラ、チューゴクドリル!」
メカ美鈴の腕が巨大なドリルに変形し、美鈴を襲う。メカ美鈴の背中から何かこう、推進剤のようなものが吹き出すのが見えた。
何気にパチュリーは河童など遠く及ばないほどに凄い人物なのかもしれない。
「なんの! 痛いのには慣れてるわっ! こんなものはぁー!」
「ムゥッ!」
あろうことか美鈴は、轟くメカ美鈴のドリルを素手で掴み、その握力で止めた。
「いぎぎぎぎぎ……! い、痛いけど! 痛いけどっ! 貴女はまんまと罠に嵌ったのよっ!」
「はっ! あれは大鵬墜撃拳!」
「知っているの咲夜!?」
「えぇ。あれは美鈴とっておきの大技。相手の攻撃を頑張って我慢して耐えて、超至近距離から連撃を食らわす必殺拳!」
「うおおおおお! 大鵬!」
打開、鉄山靠とメカ美鈴の懐に叩き込み、全力を込めた揚炮で、彼女を叩き飛ばす。
「墜撃拳ーッ!!」
「ウボァー」
遥か上空に吹っ飛んだメカ美鈴は、数秒の時を経て、今度は地面に叩きつけられた。
「はぁ、はぁ……。か、勝った……!」
「……ブツブツ」
「なっ!」
メカ美鈴は、何かを囁きながらむくりと立ち上がった。サングラスはひび割れ、衣類はところどころ擦り剥けいている。
「サイダイキュウニキケンナテキトハンダン。デストロイモードニイコウ」
「ま、まずい!」
「……目標ノ殲滅ヲサイユウセントスル」
メカ美鈴の様子がどうにもおかしい。
美鈴のスタイルを見事に模したボディは赤熱化し、周囲の大気を熱で歪める。
長い赤髪は逆立ち、その姿はまるで鬼を模しているかの如きだった。
「……ちょっとパチェ。まずいって何がよ」
「デストロイモードに移行したわ。オートでリミッターを外して最大稼動モードになる。ただし……」
「……ただし?」
「暴走して周囲の物を無差別に破壊するようになるわ」
「なっ、なんだってそんな機能搭載したのよー!」
「し、仕方ないじゃない! 造ってるうちに楽しくなってきちゃったんだから!」
「デストローイ! ハカイー!」
暴走したメカ美鈴が放った中国ビームは、先ほどまでとは段違いの威力だった。高出力の極太ビームは、紅魔館の時計台を一瞬で消し飛ばした。
「ああああああーっ! 私の城がーっ!!」
「今はそんなことどうでもいいでしょ! 逃げるわよレミィ!」
「ニガシテタマルモンカヨー。シネーッ!」
パチュリーとメカ美鈴の射軸が、寸分も違わずに合わされた。メカ美鈴のサングラスが巨大な閃光を放つ。
「ひっ!」
パチュリーは、死の恐怖に目を固く瞑ることしかできなかった。その恐怖に耐えること一秒、二秒。だが、不思議と何も感じることはなかった。
恐る恐る目を開けるパチュリー。彼女の目に映ったものは、自分が造った者と寸分違わぬ身体を持つ者。紅美鈴の激痛に歪んだ顔だった。
「だ、大丈夫でしたか。パチュリー様」
「あ、あんた……私を庇って……」
「大丈夫そうですね。よかった……うぅっ」
「どうして……。私は貴女に、酷いことをしたのに」
「元はといえば、私の怠慢が招いたことですから。パチュリー様のポエム、守れなくてすいません」
「美鈴……」
「今は門番じゃなくなっちゃいましたけど、でも貴女達が私の大好きな、私の大切な、守るべき存在であることには未来永劫変わりありません。待っててください。今、終わらせますから」
パチュリーを覆うようにしゃがみ込んでいた美鈴が立ち上がり、メカ美鈴と対峙する。彼女を中国ビームから守ったその背中は、酷く焼けただれていた。
「美鈴っ! そんな身体でそれ以上どうするっていうのよ! もう下がりなさい!」
「ありがとうございます、咲夜さん。でもこれは私の喧嘩です。私がカタをつけます」
美鈴の顔を見た咲夜は、これ以上何を言っても無駄だということを瞬時に悟った。
そして信じた。美鈴の勝利を。
「ギギギ……。殲滅、センメツ」
「聞け。私と同じ身体を持つ異型の者よ。貴様は門番として、人を守る者として、もっともしてはいけないことをした」
「ナニィ……?」
「自らの主に、守るべき人に手を上げるなどとッ! 言語道断ッ! 最早貴様に門番を語る資格はないッ!!」
「ホザケッ! テキヲセンメツスルコトコソワガニンム! ソノタメニハドンナギセイモイトウモノカッ!!」
「勝つことと守ることは違う! 大切な人を守る拳、それを今、貴様に教えてやるッ!!」
「ウガアアアアアアア!!」
「私のこの力、気を使う能力。私の生命力を、溢れ出るこの感情を! 全てをこの拳に賭けるッ!!」
美鈴に飛び掛るメカ美鈴。そのスピードは尋常ではなく、もはや野獣と形容するに相応しい。
だが、美鈴は動かない。極限の集中、相手の動きを気で察知し、メカ美鈴の腕が振り上げられたその刹那。
美鈴は静かに、そしてまさしく神速といった速さで、その拳をメカ美鈴の腹部に触れさせた。
「ワン・インチ・パンチ」
メカ美鈴が振り上げた腕は、美鈴の身体を切り裂く寸前で停止した。
そして一呼吸置いて、メカ美鈴の後背部から、強大な衝撃波が空を切り裂くような轟音と共に遥か彼方まで飛んでいった。
メカ美鈴はそのまま崩れ落ちるように倒れ、動かなくなった。
* * *
庭園のアジサイは、透き通るように青く美しい花を咲かせた。
どこまでも紅い紅魔館との対照的なコントラストが、庭園を鮮やかに、そして爽やかに彩らせていた。
「いやぁ、綺麗に咲きましたねぇ」
「私が一週間貴女の代わりに世話をしたからね。まったく、ただでさえ忙しいのに仕事が増えて大変だったわ」
「咲夜さん別に時間止めれるからいいじゃないですか」
「あんたねぇ……」
「あはは、そう怖い顔しないでください。……むっ。誰か近付いてきます、私いってきますね!」
「急に仕事熱心になっちゃって。いつまで続くんだか」
「ええい何奴! って、貴女は……」
「あら、お久しぶりね。以前貴女にあげた花の種、そろそろ花を咲かせてるかと思って」
「あぁ、それならちょうど綺麗に咲いているところですよ! さぁ、こっちに来てください」
「あらあら」
「どうです? 綺麗でしょう」
「そうね、見事なものだわ」
「オチャヲオモチシマシタ、オキャクサマ」
「……あなた、双子の姉妹でもいたの?」
「ああいえ、いろいろありまして……」
「紅魔館ノメイドロボ、メカ美鈴デス。コンゴトモヨロシク、キレイナオネエサマ」
「嬉しいこと言ってくれるわね。よろしくね、メカ美鈴」
「……疑問とか持たないんだなぁ」
「何か言った?」
「いえ何でも」
「そ。ところで、以前アジサイの花言葉は元気な女性だと教えたけれど、花言葉ってひとつだけじゃないのよ。花によっていくつもの花言葉があるの」
「そうなんですか?」
「えぇ。例えばこのアジサイ、他にも『高慢』『浮気』『自慢家』と……」
「アハハハハ。コウマンデウワキショウデジマンカトカスクイヨウガネーナ美鈴」
「あんたは黙ってろ!」
「うふふ、まぁ聞きなさい。まだアジサイの花言葉はあるのよ」
「あとはどんなのなんですか?」
「『ひたむきな愛情』。……ふふっ、この美しい花も、貴女の愛する心が作り出した結晶なのかもね」
-Fin-
特におかあちゃんのくだりが気に入りました
口の悪いパチュリーさんもいいものですね~。
お母さんも優しかったなぁ
これはイイモノダー
花言葉は不思議で理不尽ですよね
ロボ美鈴の小ネタには吹かざるを得ませぬw
もってけ百点!!
しかし皿洗いって、庭師で良いじゃないかw
それと結局、パチュリーはポエムを取り返せたんだろうか?
最後のゆうかりんが乙女っぽくっていいね。
うまく言えませんが面白かったですw