「流しそうめん器?」
紅魔館、地下図書館。日陰の魔女は読書を中断し、聞き返す。
「そう。人間の里で、物好きな奴が作ったらしいわ。」
目を輝かせて話すのは、水色の髪をした女の子。その小さな背中には、漆黒の羽根が。
「つまり、どういう機械なのよ。」
「全自動で流しそうめんがエンジョイできる装置なんだって。それさえあれば、一人でも流しそうめんを食べられるってわけ。」
「なんだか寂しい話ね。」
「まったくね。皆で食べた方が、騒がしくていいと思うのだけど。たぶん、作った奴はぼっちね。」
「……根拠もなく言うものではないわ。それに、私はいくらか気持ちが分かるわ。」
「類は友を呼ぶのかしら?」
「どういう意味か聞いても?」
「引き篭も「そこまでよ!」
勢いよく吸血鬼を指さす魔女。無駄にキレがある。
彼女の内心では「決まった……!!」という達成感があふれていた。
知識人というのは、得てして、こういう性質をもつに違いない。きっとそうだ。
「別にいいじゃない。間違ってないし。」
「う……外に出るのが苦手なだけよ。と、ともかく!!そういう話じゃなくて、職人的なものを感じる、ということよ。」
「パチェって職人だったの?」
「違うわよ。ただ、『作ってみたい』という知的好奇心は理解できる。それは魔女も技術者も同じ。」
「哲学的な話?」
「まさか。単純に言えば、ロマンよ。」
「なるほど。パチェはロマンティックな乙女だったのね。」
「……はぁ、もうそれでいいわよ。」
額に手をあて、うなだれる魔女。それが照れ隠しであるのを知って、くすくす笑う吸血鬼。
「ともかく、全自動うんぬんはどうでもいいのよ。それより、大事なことがあるでしょ。」
「ん?……ああ、なるほどね。確かに迂闊だったわ。つまり、あなたは……」
「「流しそうめんが食べてみたい」」
西洋にいた頃はそうめん自体を知らなかった。
そんな彼女たちが日本のそうめんを知るのは、幻想郷に来てからの話であった。
しかし、レミリア・スカーレットは吸血鬼である。
吸血鬼は太陽に弱い。
吸血鬼はニンニクに弱い。
吸血鬼は銀に弱い。
そして、吸血鬼は、流れ水に弱い。
また人里においても、人数や手間のかかる流しそうめんは、ほとんど行われない。
流しそうめんという文化は、彼女たちには遠いところにあったのだ。
たたみかけるレミリア。
「だってね、流しそうめんは味じゃない、って。風流なんだ、って。」
「けーねが言ってた?」
「そう、けーね……なんで知ってるの?」
「ありとあらゆる知識をもつこと、それが私の誇りよ。」
「へぇ、ふぅん、そう。まぁなんでもいいわ。
ともかく、風流といえば貴族の嗜み。これには私の矜持がかかっているのよ。」
「と言われてもねぇ……。」
「お願いよパチェ、あなたなら、なにかこう、すごいことになるって信じてるから。」
「すごいこと、って何よ。馬鹿にしてんのか。」
「え、あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのよ。土下座で許してくれる?」
「えらく安い矜持だな、おい!」
プライド云々は今更な話だからどうでもいい。ただ、親友のためならば、ちょっとぐらい動いてもいいだろう。
しかし、問題は山積みだ。
なんせ吸血鬼が流れ水を食す、というのだから。
まず雨も駄目だし、川も駄目。力が抜けるとか、体が気化するとか。
妖怪という生き物は精神的な部分が強く、その存在を支配するといわれる。つまり、力が抜けることと、その存在が霧散することは本質的に等しいのであろう。
では、いかに気力の減衰を回避するか。
意志を強く持て?
確かに、それで解決する事案もあるだろうが、流しそうめんを食べながらの精神論、とは似合わないにも程がある。
そもそも、それでは自分がいる意味がない。
人間だって、飲もうと思えば硫酸だって飲める。
そういう話ではないのだ。根本的な解決を目指さなければならない。
とは言うものの、課題は多い。
吸血鬼が流れ水を完全に克服する?
そんな話は聞いたことがない。
いわく、橋があれば川を渡れるらしいが……。
無理だ。できっこない。
きっとそうだ。仕方がないことなんだ。
それができれば苦労はしない。
歴史はもっと変わっていたはずだ。
仕様が無い。
どうにも、仕様が無い。
そうだ、これは呪文なんだ。
しょうがない、という呪文なんだ。
皆にあきらめる勇気を与えてくれる。
しょうがない。
しょうがない。
しょうがない。
しょうが、ない。
しょうが、無い。
「しょうがない、言うんやったら生姜買ってこいやああああ!!!」
「えっと、パチェ?」
「いいわ、やってみましょう。キリッ」
「……えっと、パチェ?」
「要するに、そうめんが流れればいいのよ」
「まぁ間違ってはいなけど……あなた、ほんとに大丈夫?」
「私はいつでも毎日がエブリデイよ。とりあえずは、そうめんを流す、という点に着目しましょう。」
「う、うん。無理はしないでね?」
「流れる、ということは少なくとも、液体・気体・流体のいずれかである必要があるわ。
ガラス・アモルファスは流れているとは到底いえない。氷河なども同様にアウトね。
流体の場合は温度・圧力にそうめんが耐えられない。気体ではそうめんが浮かない。
以上から、媒介物質を利用してそうめんを流す場合、それは液体でなければならない。」
「そうめんの話よね?」
「そして、媒介物質が水を含んではならない。
となれば、他に液体といえば、金属や臭素などを用いることになるわ。
臭素では食べる前に鼻がまがる。金属でも、その高温にそうめんが耐えられない。
常温で液体の金属には水銀が代表だけど、これは駄目ね。銀の一種たりえる。
他には、ちょっとぬるくなっちゃうけど、セシウムがあるわね。でも、そうめんつゆに触れたらドカン。」
「なんで爆発してんのよ。そんなもの食べられないわよ。」
「こうなれば、有機溶媒を用いるしかないわね。エーテルなどを利用すればいいわ。」
「ちょっと待って。……それ、食べられるの?」
「……サラダ油でもいいのよ。」
「それ絶対にそうめん違う!油に浮いたそうめんって何!?揚げたいの!?」
今日の魔女の運勢は……ざーんねん、12位!頑張りが空回りしちゃうかも☆
「魔女のから騒ぎ、って番組ないのかしら」
「何の話よ。ともかく、そんな得体の知れないものは食べないからね。」
「うーん、となれば……媒介物質なしにそうめんを流すのはどうかしら。」
「どういうこと?」
「外の世界にリニアモーターカーという乗り物があるわ。なんでも弾丸のようなスピードが出るとか。」
「弾丸そうめん?なかなか刺激的ね。」
「流石に、そのまま利用するわけじゃないわ。その技術を拝借するのよ。
このリニアモーターカーというのはね、実は浮いているの。その状態で移動するわけね。」
「それって飛行機、とかいうやつじゃないの?」
「飛行機はジェットを利用したものよ。リニアちゃんは磁力を使ってるの。
つまり、そうめんに磁石を埋め込む。これは鉄分を大目にすればいいわ。
その状態で、非常に強い磁場を展開する。そうすれば、そうめんが宙に浮くってわけ。」
「なんの話してるの?」
本を片手に歩いてくるのは金髪の吸血鬼。
「あら、フラン。おはよう。」
「……その台詞は今日2回目だけど。」
「刺激的でいいでしょう?」
「お姉様は間違ってると思うよ。」
「筆者が寝ずに書いてるからいいのよ。」
「メタ発言禁止ね。テンションがナチュラルハイ状態なのはよく分かったから。」
「……と、こうすればジェットでもそうめんを宙に浮かせることができるわ。
下から吹かすときは天板とレールが必要ね。横からなら、まさに弾丸そうめんよ。
これを捕まえるのは並大抵の技量じゃないけど、それがまさにロマンで……」
「パチュリーはどうしちゃったの?」
「フラン、気にしちゃ駄目よ。パチェはあれでも頑張ってるんだから。それを評価してあげなきゃ。」
「そもそも何の話をしてるの?」
「流しそうめんをどうすれば食べられるか。」
「はい?」
「あ、そうか。あのね、フラン。流しそうめんというのは……」
「知ってるよ。竹とかでレールを作って、上流からそうめんを流すやつでしょ。」
「ええ、そうよ。フランは物知りね。で、それをどうすれば私たちが食べられるか、ということよ。」
「どう、って。普通に食べればいいじゃない。」
「フラン。私たちは吸血鬼よ?流れ水はてんで駄目。」
「え」
「まさか知らなかった?」
「いや、そうじゃなくてさ」
「?」
「流しそうめんでしょ?上を渡るわけじゃないでしょ。
それに、箸を使って食べるんだから、流れ水に触れてもいないじゃない。」
「……そこに気づくとは、やはり天才か。」
「馬鹿なの?」
次の日、流しそうめんが紅魔館で振舞われる運びとなった次第である。
まぁ、皆で食べるそうめんはおいしいよね。
それと色々な雑学を抑えてるパチェが好きです
完徹二日目くらいな俺と思考回路のベクトルが同じだ。
有機溶媒のくだりに吹いた
このパチェは間違いなく理系。それもかなり純粋な。
しかしパチュリーがまじめに考えたアイディアにレミリアが、つっこんでいるはずなのにインパクトが薄い あなたの為に考えているのにそこは一緒に乗ってあげないと
全体的に面白かったです。
追記
フランちゃんは常識人
パチェの生姜の突っ込み切れ味がサイコ!