「――ねこは もう けっして 生きかえりませんでした。」
スターサファイアは、ゆっくりとした余韻とともに最後の一節を読み終え、雰囲気を崩さないよう静かに本を閉じた。
顔を挙げ、最後まで口を挟むことなく朗読を聞いていた二人の観客を見ると、二人ともぽつぽつと涙を流していた。
「うー!! 良い話だったあ! 猫さんは幸せになれたんだねえ」
感動の余りサニーは大声を上げた。その顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
いつもならここでルナが「うるさい……」と小言を漏らすところなのだが、その彼女も瞼を赤く腫らしてうんうんと頷いていた。
「ほんとに良い話だった。スターの読み方も上手だったし」
「お褒めに頂き光栄ね。練習した甲斐があったってものよ」
スターは、そういうといたずらっぽく微笑んだ。それに釣られて、ルナも口元を緩ませた。
「それにしても、急に絵本の朗読をしたいなんて言い出して、今度は人里で読み聞かせでもするつもり?」
「んー、別にそういうわけじゃないんだけどね」
ポケットから取り出したハンカチでサニーの顔を拭きながら、スターは答えた。
「一種の悪戯、なのかな。私も初めて読んだ時には思いっきり泣いちゃってね。あの時は、誰かが部屋に入ってこないかビクビクしてたわ」
「なるほど、夜中にいきなり後ろから声が聞こえる。その物語は、なんと感動の絵本だった。
涙で前が見えなくなってしまった村人Aさんは、思い切り足もとに転がっていた石に躓いて……」
いつもの調子に戻って茶々を入れるサニーを、スターが笑いながら制した。
「やめてよサニー。そんなんじゃないって」
「じゃあ何が悪戯なのさー」
「二人を思い切り泣かせてみたかったのよ。私が、この絵本で思い切り泣いちゃったみたいに、ね」
「スターも中々に意地が悪いわね……」
スターの堂々とした告白に、ルナがぼそりと呟く。
「そうかしら? 別に、周りの人に自分と同じ気持ちを味わって欲しいと思うのは普通じゃない?」
「確かにそれはそうだけど……でもそういうのって普通、嬉しいとか悲しいとかそういう気持ちをね」
「ポジティブだけが人生じゃないのよ、ルナはまだ子供ね」
上から目線で語られ、ルナはぷぅと頬を膨らませた。
何か言い返そうとしたが、不意に横からサニーが割って入った。
「それはそうとさ。なんで、この猫は生き返らなかったのかしら?」
「確かに、それは興味深い話題ね。ルナはどう思う?」
スターの質問を受けて、ルナは少し首をかしげた。
「そうね……やっぱり、真実の愛を見つけたから、かな?」
「真実の愛ってどういうこと?」
「なんていうか、自分から愛するってことを見つけたって感じなのかな」
「ふふっ、ルナも詩人みたいなところがあるのね」
「うー、そうやって混ぜっ返さないでよ」
スターは、顔を赤らめて照れるルナを見てくすくすと笑った。
対してサニーは、ぼんやりとした表情で二人のやり取りを眺めていた。
「サニー……そんなとぼけた表情をしてどうしたのかしら? そんなにルナの発言が面白かった?」
「いや、そうじゃないんだけどね」
「けど? けど、どうしたって言うのよ」
「別に! 別に何でもないわ! ルナの言うとおりだと思う!」
「変なの……」
あからさまに態度の変わったサニーを、二人は不思議な気分で見つめていた。
しかし、お互いに特に思い当たる節もなかったので、とりあえず触れない事にした。
ふと窓の外を見ると日が暮れてきていたので、三人は食事の支度を始めた。
今日の料理当番はルナだった。彼女は、エプロンを身に纏いつつ二人に聞いた。
「サニー、スター。今日は何が食べたい?」
「今日の気分は、あっさりしたものがいいかも。サニーは?」
「え、私? そうだな、うーん、別に何でもいいわよ!」
サニーは、どこか浮ついたような様子で質問に答えた。
あまりにも不審な態度を取るので、ルナは押さえきれなくなって問いただした。
「ねえ、一体どうしたのよ。さっきから貴方少し変よ?
いつもなら真っ先に『ハンバーグが食べたい!』とか『シチューが食べたい!』とか言ってくれるはずじゃない。
それなのに、そんな曖昧な返事をするなんて。どこか体の調子でも悪いの?」
「別に、そういうわけじゃないよ。ちょっと考え事をしてるだけ」
「それならいいけど。何か大事な事があるなら、水臭いこと言わないで相談してよ?」
「わかってるわよ」
口ではそうは答えていたものの、サニーの様子はやはりどこか落ち着かないでいた。
ルナの作ったオムライスを食べている間も、ずっと上の空であった。
スターは、その様子を問いただしたい気持ちもあったが、サニーが言わない以上は触れておかないのが良いような気もしていた。
相談してくれないという事は、サニー自身がきっと自分でどうにかできる問題なのだろうと自分に言い聞かせた。
食事の終わった後も、ギクシャクした雰囲気を残したまま、時間が過ぎていった。
「ごめん、今日はちょっと早めに寝るね」
サニーは、食事を終えて半刻も経たないうちに、自分の部屋へと入っていった。
残された二人は、困った様子で顔を見合わせた。
「……どうしたのかしらね、サニー」
「ううーん。今日の絵本が何かまずかったのかしらね」
「あの絵本に何か問題があるのかしら? 私は、素直に感動できたのだけど」
「もしかしたら、サニーが過去に死んでた猫を地面に埋めたことがあって、それが生き返ってこないか不安になってるとか」
「流石に、その説は無いんじゃないかなあ」
「じゃあ、ほかに何があると思う?」
「それを言われると、何ともいえないのだけど……」
ルナは、うーんと唸りながら首を捻る。
「もしかして、サニーも百万回ぐらい死んだことがあるとか」
「流石の妖精でもそれは無いんじゃないかしら」
「うーん、でもあの子結構そそっかしいから」
「そそっかしいだけで死んでるなら、噂に聞く毘沙門天の弟子は死屍累々の山を作ってるわ」
「説得力に欠けるわね、やっぱり」
そう言って、ルナは一つ大きな伸びをした。
「サニーが落ち込んでるのを見るのって、正直嫌なのよねえ」
「そうね、私はともかくルナは根暗だから」
「そこまで言われると流石に傷付く」
「あらごめんなさい。でも、サニーがムードメーカーなのは事実でしょ」
「うん、だからどうにかして元気を出させてあげたいんだけど……」
悩むルナの方をスターが思い切り叩いた。
その勢いで、彼女は思い切りよろめいて持っていた本を取り落とした。
「あいたた、何するのよ!」
「今は悩んでてもしょうがないわ。ここはあの子が元気になるまで私達が明るく振舞いましょう」
「で、でも……」
「ルナの気持ちもわかるわよ。でも、相談しないって事は多分サニーはそれを自分で解決しないといけないのがわかってるのよ。
だから、今はとにかく待ちましょう。サニーが行動を起こすまで」
「わかったわ、あなたの言うとおりにする」
スターは、にっこりと笑った。そして、部屋中のカーテンを閉じて「おやすみ」と言って自分の部屋へ入って行った。
ルナも、それの続くようにゆったりと部屋へと戻った。
真夜中、スターは不意に動く物の気配を感じて目が覚めた。
彼女の能力が、何かが動いている事を知らせている。
その「生き物」は家の中をうろうろとしばらく動き回り、そして家の外へと出て行った。
「泥棒じゃなそうね。今の大きさと速さは……サニーか」
ルナを起こすべきか、と一瞬迷ったが、彼女の寝起きの悪さを思い出して、一人で後を追うことにした。
ベッドを抜け出し、音が響かないようにそっと自室のドアを開けてリビングへと降りた。
案の定、ドアは開けっ放しになっていたのでそのまま通り抜けて外へと降りた。
三人が住んでいる大きな木の下に、サニーが立っていた。
「ああ、サニー。何して……」
スターがそう声を掛けようとした瞬間、月の光でサニーの表情がぼんやりと明るく照らされた。
そこに浮かび上がった情景に、彼女は声が詰まった。
サニーは、静かに泣いていた。彼女の瞳には昼間のような感動はどこにもなく、ただ暗闇だけがそこにあった。
そこから零れ落ちる涙は、彼女の頬をどんどん濡らしていき、その跡は月明かりに照らされて不気味に光っていた。
スターは、急にその姿を恐ろしく感じた。彼女にとっては、そんなサニーの姿は全く見たことが無かったからだ。
しばらくその場に立ち竦んでいたが、スターは勇気を振り絞ってサニーの元へと駆け寄った。
そして、後ろから思い切り抱きしめた。
「ひぃっ!!」
驚きの悲鳴とともに、サニーの体がびくんと震えた。
スターは、震える声で謝った。
「驚かせてごめん」
「び、びっくりした……スターだったのね」
「抱きしめる事しかできなくて、ごめんね」
「別に、そんなことないわよ。むしろ、私の方が相談しなくてごめんなさい」
「一体、どうしたのよサニー」
「別に何でもないわ。ちょっとだけ死んじゃうのが怖くなっただけ」
「死ぬのが?」
「そう、今まではまったくそんなこと感じた事も無かったのに」
「やっぱり、あの絵本のせいだったりする?」
「そう、かも」
ルナは、震えるサニーの体温を感じながら、そっと頭を撫でた。
サニーにはまだきっと、死と言う概念は早すぎたのだろう。頭は良いけどまさ幼いところもある。
今はちゃんと励ましてあげよう、と自分に活を入れた。
「負けちゃ駄目よ、サニー。ちゃんと自分で決着をつけなさい」
サニーは、そこですっとスターを肩から下ろした。
そして、にこりと笑いながら言った。
「そろそろ戻りましょう。体が冷えてきたし、足も痺れてきちゃった。ちょっと太ったんじゃない?」
「人が慰めてあげたのにひどい話ね」
無理やりひねり出された冗談だ、とスターは感じた。
だが、それよりも冗談を言えるほどに元気が戻ったことが嬉しかった。
二人は、手を繋いで家の中へと戻った。
翌日、朝食を終えるやいなやサニーは立ち上がった。
「どうしても外せない用事があるから、行ってくるわ」
少し目の下に隈はあったものの、清々しい表情を湛えた彼女を、二人は手を振って見送った。
サニーが向かった先、そこは人里から少し離れた一軒屋だった。
その家の前の畑を、一人の青年が耕していた。汗だくになりながらも必死に、自分の身長ほどもある鍬を振っていた。
「こんにちは、潤君」
サニーは、畑のそばに行って青年へと声を掛けた。
少年は、首に掛けていた手ぬぐいで汗を拭くと笑顔で会釈した。
彼女はその手ぬぐいを見て、青年と出会ったときのことを思い出していた。
それは彼女が、野菜を盗もうとこの畑の中に忍び込んだときのことだった。
畑に埋まってた大根を必死に抜こうとしたがまったく抜けず、顔を真っ赤にして引っ張っている時に、この潤と言う青年が家の中から出てきた。
サニーは慌てて逃げようとしたが、慌ててしまい思い切り転んでしまった。
急いで駆け寄ってくる彼の姿を見て彼女は、どんな仕打ちを受けるかと戦々恐々としていたが、
驚く事に、彼は手ぬぐいをさっと首元から外すと、彼女の傷跡に巻いてくれたのだった。さらに、手土産に大根を一本渡してくれた。
それ以来、サニーのほうは見つけた山菜などを持って潤の元に遊びにいくようになっていた。
その内に人間を遊び道具としか見ていなかった彼女にとって、潤と言う少年は特別な存在になっていた。
「こんにちは、サニーミルク。一体今日はどうしたのかな?」
「いや、ちょっと話したいことがあって」
「わかった、ちょっと待っててね」
潤は、作業を止め鍬をその場に置いて、サニーの隣へと歩いてきて座った。
彼の豆だらけの大きな手を、サニーはぎゅっと握り締めた。今の今まで働いていたという熱と汗が、確かにそこにあった。
これが人が生きてるってことなのか、と彼女は実感した。
そして、その実感は今まで人間を悪戯の対象としか見ていなかった彼女には無かったものだった。
サニーは、大きく深呼吸をして語りだした。
「話っていうのはね――」
「え、昨日の夜そんなことがあったの?」
スターから昨晩の出来事を聞かされて、ルナは非常に驚いた様子だった。
「だから、多分今日はサニーに取って大事な日なのよ」
「何で起こしてくれなかったのよ。私が薄情な子みたいじゃない」
「だって、ルナの寝起きの悪さは最悪じゃない。寝ぼけてる貴方ってその髪型ぐらいつんつんしてるわよ」
「むう、寝起きの事は記憶がないけど否定できない。ってそれはどうでもいいのよ。あの子の不安はどうやって取り除くのかしら」
「昨日も言ったけど、私に出来るのは待つ事だけよ」
そう言って、スターは台所に引っ込むと二人分の紅茶を淹れて戻ってきた。
「さ、これでも飲んで……あっと」
「どうしたの? 砂糖と塩を入れ間違えた?」
「そんなおいしい間違いはしないわ。ただ」
「ただ?」
「すぐにもう一人分必要になるなあ、と思って」
スターがそう言い終わるか終わらないかの内に、玄関のドアが大きな音を立てて開いた。
「ただいまー! スター、ルナ!」
「おかえりなさい……どうだったの?」
「えーっとね、頑張って決着をつけてきたよ!」
「決着? 一体何と決着を付けてきたのかしら?」
「……自分の気持ち?」
「そう、ついに決着が付けれたのね」
「うん、ちゃんと全部伝えてきたよ」
「そうなの……え、伝えてきた? 誰に?」
スターは、サニーの取った行動が自分の思い描いていたものと全く異なっていることに薄々気づき始めていた。
てっきり、どこかで思い切り憂さ晴らしをして恐怖を割り切れたのだとばかり思っていた。
だが、彼女が言うには誰かに「伝えてきた」ということだった。
「誰に……って、潤君」
「潤君って、誰?」
「私の、恋人」
スターは開いた口が塞がらなかった。ルナも、呆然とした。
サニーは、あわあわと手を振った。
「え、大丈夫だよ。これでもう私は死んだりしてもちゃんと戻ってこれるんだからね!」
「……ごめんサニー。言ってる意味が全然判らないのだけど」
ルナが、辛うじて口を開いた。サニーは、ぽかんとしながら答えた。
「だーかーらー! あの絵本では、猫は白い猫を見取ってから、死んじゃうじゃない!
好きな人を看取って死ぬと、もう二度と戻って来れないんでしょ!?
愛を持ったまま死んじゃうと、もう戻って来れないのでしょ?
だから、潤君に全部伝えたのよ! 負けたくなかったから!」
喋り続けながら、サニーはどんどん涙声になっていっていた。
恋人の前では泣き出さないように必死に耐えていたのだろう。
彼女は、潤との出会いを含めて、今日会った事をぽつりぽつりと語り始めた。
「――というわけなんだけど」
「なるほど、よく判ったわ」
「うん、私頑張ったよね?」
「サニー、ちょっと良いかしら」
「え、何?」
「その男の子は、潤君は、貴方がそう伝えた時何て言ってた?」
「えーっと、『嫌だよ』だったかなぁ……」
「サニー!!」
スターの怒号が家の中に響く。その余りの気迫にサニーも、隣で聞いていたルナもすっかり縮み上がってしまった。
「え、えっと何か私が悪いことを」
「貴方は本当に馬鹿よ! どこが三月精の頭脳なのよ! 大馬鹿よ!
あなた、あお絵本の話を全部真に受けてしまったわけ?」
「ええ……だってえ」
「そこまでならまだいいわ。それでも、潤君を拒絶したのだけは許せないわ」
「それは、もう二度と帰って来れないんじゃないかなって思ったから」
「仮にそうだったとして、それは幸せな事なんでしょう?」
「確かに、そうかも」
ルナは、サニーの頭をよしよしと撫でた。まるで母親が子供をあやすようであった。
「私達妖精にとって、誰かが存在を見てくれるのがどれだけ嬉しい事か忘れたの?
あなたがいつも言ってるじゃない。妖精の力がもっと大きくなれば良いって」
「それは、あくまで妖精全体の話で」
「まずは、あなたがその最初の一歩を踏み出せば良いじゃない」
「……なるほど」
「絵本の話は作り話。貴方は好きな男の子との恋が成就する。妖精を認めさせる事への一歩も踏み出せる。
三月精の頭脳さんなら、これがどれだけ魅力的なのかはお分かり?」
「わかり、ます」
「なら! 急いで潤君のところに戻りなさい!」
「は、はいぃ!」
サニーは、ドタバタと飛び去っていった。スターは、椅子に倒れるように座り込むと大きく息を吐いた。
「ほんと、手間のかかる子なんだから」
「ねえスター、あれどれだけ本気なわけ?」
気迫に押されてずっと黙っていたルナがおずおずと口を開いた。
「あれってのは、どれのことかしら」
「だから、あの妖精の力とか絵本の話が嘘とか」
「ああ、あれのことね。全部でまかせに決まってるじゃないの」
「や、やっぱり……」
「そもそもね、ルナ」
スターは、椅子に深く腰掛けなおしながら話を続けた。
「私があの絵本の中で猫が生き返らなかった理由をどう考えているかと言うとね、そもそもあの猫は百万回目で死ぬようになってたのよ」
「つまり、寿命みたいなものってこと?」
「そう、あるいはストックと言っても良いかもね。だから、私はあのお話、最後の最後で自分が真に愛せる人を見つけることが出来た、幸運な猫の話だと思ってる。
そして、そこに巡り合えた猫の幸福さに、私は感動したのよ」
「なるほど、貴方は貴方で面白い解釈をするのね」
「だからさ、サニーにも自分を認めてくれる人に出会えたことを感動して欲しいなって。幸福は義務って奴ね」
「妖精って、いつ消えちゃうかわかんないしね。今を楽しまなきゃ」
「ルナもたまには明るい事を言うじゃないの。さて、紅茶を飲みましょう。すっかり冷めちゃったけど」
二人は、冷めた紅茶を飲みながら座ってサニーを待つ事にした。
サニーは、必死に夜空の中を飛んで、飛んで、飛び続けて、ついに潤の家へとたどり着いた。
窓から漏れる一筋の光のお陰で、彼はまだ起きているのだろうと推測できた。
彼女は、潤が寝て以内と言う事実に胸を撫で下ろしながら、決意を固めて家の扉をノックした。
「はーい、どなたでしょうか……おや、サニーミルクじゃないか」
潤は、扉を開けると目を丸くした。サニーは、彼に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい! 私の思い込みって言うか勘違いで潤に酷い事しちゃって……」
「いや、別に良いんだよ。僕だって、サニーのことを何もわかってなかった。やはり、サニーは妖精で僕は人間だからね」
「違う、全然違うの! 別のそんなのどうだっていい! むしろ、貴方が私の事を対等に見てくれて凄くうれしかった。
ずっと今まで、私にとっての人間は、ただの悪戯の対象でしかなくて、それでもやっぱりどこかで認めて欲しくて」
潤は、サニーの話を真剣に聞いていた。その瞳に促されるように、サニーは続けた。
「潤が初めてだったんだよ。ずっと人から疎まれてた私を初めて心配してくれたから。
だから、これからも一緒に居てくれないかしら?」
「サニーの本当の気持ちを聞けて本当に嬉しいよ。僕からもお願いして良いかな?」
「うん!」
二人は、そっと抱きしめあった。
「あーあー、まったく妬けちゃうわね。人里で見かけるたびに嫉妬しちゃうわー」
「地底の妖怪じゃあるまいし……ていうか、スター。それ言うの何度目よ」
「さあね、何度でも言ってあげるわ。私の可愛いサニーを奪った罰よ」
「え、スターってそんな趣味が有ったの?」
「うふふ、どうかしらね」」
妖しげな笑みを浮かべるスターに、ルナは軽く引いた表情を見せた。
「でもなんだかんだ言ってあなたが一番喜んでたじゃないの」
「それはそれ、うちはうち」
あの日の夜、サニーが潤に抱えられて三月精の住む家まで来た時、新しく紅茶を淹れなおしてまで歓迎したのはスターだった。
「なるほど、あなたがサニーの言ってた潤さんね」
「はい、どうも初めまして。スターサファイアさんであってるかな? いつもサニーが話してくれるから」
「そうよ、私がスター」
「それで、こっちのちょっと愛想が悪いけど実は優しいほうがルナチャイルドさん」
「サニー……あんた一体どういう話を普段してるわけ?」
「えへへ」
その後、4人でちょっと遅めの夜ご飯を食べ、そのまま二人はサニーと潤を向こうの家まで送った。
帰り道に、少しだけ悲しげな表情を見せたスターをルナは覚えていた。
「あ、でもさ。そろそろって言ってたような気がするわ」
ルナは、天井をぼんやりと眺めていた。
「あれ、そろそろなんだっけ? 生憎、妖精の記憶は3日ほどしか持たないからね」
「それはダウト。あんた、サニーが嫁いだ日のことよく覚えてるじゃないの」
「まあね。ルナが、二人の結婚式の日に号泣してたのもちゃんと覚えてるわ」
「くっ、流石にもう忘れてるのだと思ってたのに!」
「『さにぃぃぃぃ!! しあわせになってねえぇぇぇぇx!!』って、必死に叫んでたのも」
「やめてー!」
こほん、と一つ咳払いをしてスターが立ち上がった。
ルナもそれに釣られるように立った。
「やはり私の記憶は正確だったわ、帰ってきた」
「あら、帰ってきたのね」
物音に気づいた二人が、玄関のほうを見ると同時にゆっくりと扉が開いた。
そこには、きらきらと輝くような笑顔のサニーが立っていた。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい、夫婦生活はどうだったかしら?」
「早速質問が厳しいわね、スター。幸せな日々だったわよ。
たまに喧嘩するときもあったけど、幸せだった」
笑顔を綻ばせながら語るサニーを見て、スターは満足そうに頷いた。
「なんか変わったエピソードとか無いの?」
「うーん、そうだねえ。妖精の記憶ってのは、あまり長持ちしないからね」
「それでも、一生忘れないでしょ?」
「そうだね、多分一生忘れない。というか2、3回死んだぐらいじゃ忘れないかも」
「流石のサニーも、50年も掛けて一緒に居た人は忘れないでしょ?」
「そうだね…・・・多分。でも、愛する人を看取っちゃったからもう生き返らないかもね。あの猫と同じだ」
サニーは、ふっと窓の外を眺めた。
「向こうでも元気にやってると良いけどなー」
「そうね、多分潤さんも幸せだったと思うわ。最後まで愛する人と寄り添えたのだし」
「私も、良い人探しに行こうかなあ」
ルナが、ぼそりと呟いた。サニーは、笑って励ました。
「大丈夫、私も200年ぐらい掛けて一人見つけたんだし、ルナもちゃんと見つかるよ」
「それもそうね……いつかどうにかなるでしょう。さて、サニーも帰ってきたことだし。久しぶりに三月精として行動しましょうか」
「賛成、サニーが居ない間に私とルナは弾幕ごっこの練習してたんだから。多分、今なら博麗の巫女も倒せるわよ」
三人は、疾風のように外へと飛び出した。
彼女達は、これからも自然の化身としてそこに有り続けるはずだ。これまでそうして来たように。
幻想郷が続く限り、いつまでも永遠に。