――今日は記念日だ。
視界いっぱいに敷き詰められた玉砂利を、小粒の雨が濡らしていく。
ここ白玉楼にも雨は降るのだ。
「幽々子さま~……。いつになったら雨、止むんでしょうね?」
部屋の中から雨を眺める幽々子の耳に、縁側で憂鬱そうに庭を見つめる妖夢のぼやき声が入ってくる。
雨が降れば、庭師の仕事はお休みだ。
「いつまでかしら。でも梅雨には雨よね。ほら、紫陽花も色づいてるわ」
「紫陽花はきれいだと思いますが……」
妖夢は不満顔だ。
「まぁゆっくり休みなさいな」
幽々子は微笑んで、湿気のせいで所々ハネている妖夢の髪先を手に取った。
「わ。いきなりびっくりするじゃないですかぁ」
「いいじゃない。妖夢も、妖夢の髪もわたしのものよ?」
「それは……そうですけど」
どう答えていいか分からないようで、妖夢の視線は落ち着きなく庭や雨空をさまよった。
「かーわい」
「からかわないでくださいよぅ」
唇を尖らし、不服を露わにする妖夢を思わず抱きしめたくなる。
半人前だの未熟者だの、そんなものは関係ないのだ。
「あ、そうだ」
ふと、幽々子は思い当たって、妖夢に尋ねる。
「妖夢って、わたしの何かしらね」
「従者です」
そっけない返事。
そうじゃなくて。
「妹なのか娘なのかなぁって思ったのにぃ」
「従者です。血縁関係は無いのです」
はっきりと言い切られてしまった。
「まぁそうよね」
「そうですよ」
にべもない。
つまらないから幽々子は妖夢の頭を撫でるとみせかけて――
「えいっえいっ!」
「わー!?」
髪の毛をくしゃくしゃにするのだった。
「なにするんですか!」
驚いて顔を上げる妖夢に、意地悪な笑みをぶつけてやるのだ。
「もう! からかわないでくださいってば!」
「ふふ」
「あぁもう、早く雨やまないかな」
もさもさになった髪の毛のまま体育座りをして、恨めしそうに雨に打たれる紫陽花を見つめる。
そんな妖夢と同じように、彼女の半霊も丸くなって頭の上をふわふわ所在無げに漂っていた。
「あ、そうだ」
「今度は何ですか」
「お団子が食べたいわ」
妖夢の半霊を見て、そう思ったのだ。
「はい。作りましょうか」
以外にも妖夢は一つ返事で答えてくれた。
やはり雨だから、やることがなくて体を動かしたいのだろうか。
「雨でやることが無いですからね」
苦笑する妖夢。まさに幽々子の思っていた通りだ。
「じゃあちょっと待ってくださいね。今お作りしますから」
「美味しいの、作ってね」
「かしこまりました」
笑顔で言って、妖夢は台所へ消えて行った。
幽々子ひとりになって――
部屋は静まり返る。
雨はしとしとと音を立てて降り続く。
幽々子は瞳を閉じて、その時間に身を任せていた。
それがどれくらだったか。
「あ……」
ふいに、想う。
ここは灰色の世界で、無機質な音と景色に囲まれている。
そんな場所でも、妖夢がいるから楽しくて……
妖夢がいなくなったら。
「紫には、あんな風に甘えられないわねぇ」
一瞬だけ浮かんだ大妖怪の姿を幻視し、自虐的な笑みを浮かべると、妖夢の姿を追うように移動した。
――台所。
目の前には、沸騰させた鍋から手際よく団子を取り出す妖夢の後姿があった。
「妖夢」
「なんですか幽々子様」
「あまり甘くなくていいわよ」
「はい。いいですよ」
几帳面に団子をお盆の上に整列させながら、妖夢は砂糖の入った袋を取り出すと、カップで量りながら慎重に取り出す。
「砂糖控えめ、と」
そんな妖夢の背中を、幽々子はすっと包み込んだ。
「はわ。ななな何でしょう幽々子様!?」
「ねぇ妖夢。さっきの話の続きなんだけどね」
「はひ」
妖夢の耳元で囁くように喋りかけると、ただでさえ白いうなじがみるみる赤く染まり、それは耳、頬まで伝播していく。
「妖夢って、わたしの従者よね」
先ほど投げかけた質問の答えを確認する。
「え、えぇ」
「さっきそれを聞いたときは不満だったけれど、やっぱりそれでいいと思ったのよ」
「あぁ……そう、そうですか」
震える妖夢の声音が幽々子の加虐心をくすぐる。
「だって妹や娘だったり……血が繋がってたら」
「……はい」
「妖夢が食べられないわ」
「え、わ」
幽々子の腕が妖夢を深く抱きしめた。
びり――
妖夢が思わず力を込めた砂糖の袋が裂けて、中身がぼすんと音を立てて、整列している団子の上になだれ落ちた。
「あ……」
「……あぁ……」
こんもりと出来上がった砂糖の山を目の前にして、二人は言葉を失ってしまったのであった。
――そして。
「妖夢ぅー。甘いわよぉ……」
幽々子は机の上に出された団子を一つ、口に運んでから隣に座る妖夢に不満をぶつけた。
「幽々子様のせいじゃないですか」そう言って妖夢も団子を口に入れ「うわ、甘すぎる」と呟いた。
「でしょう? だから妖夢はまだ半人前なのよ」
「えぇ!? 今回ばかりは異議を唱えさせていただきますよ!」
「そういうところが半人前なのよねぇ」
そう言って幽々子は横になり、妖夢の膝に頭を乗せた。
「もう、幽々子様。お行儀が悪いですよ」
「ここが気持ちいいのが悪いのよ」
「そんな……」
膝枕をしたまま、下から顔を見上げられ、妖夢は気恥ずかしそうに視線をそらす。
「ねぇ妖夢?」
幽々子はそんな妖夢の両手を握ると、まるでその手に話しかけるように言葉を紡ぐ。
「妖夢がいなくなったら、わたしはどうすればいいかな」
ぴくりと、幽々子の握る手が震えた。
「妖夢がいなくなったら、わたしもいなくなっちゃってもいいかしらね」
ぎゅ。と。
妖夢の手が、幽々子の手を強く握り返した。
「私は……!」
妖夢が口を開く。
「私は長生きだから、大丈夫ですよ! 半人半霊は長生きですから。その中でもきっと私は長生きしますから! ずっと、ずっとずっと幽々子様のおそばにいますから。だから……だから……どうかご安心を」
「ふぅん」
熱を帯びた妖夢の手を頬に当てる。
その温もりに、幽々子は妖夢の決意を感じた。
そして言うのだ。
「うそつき」
と、笑顔で。
「えぇ!? 嘘じゃないですよぉ! ホントの気持ちですよ!」
「ふふ。でもありがとう妖夢。そうよね、妖夢がいなくなったら美味しいお団子を作れる人を探さなければならないものね」
「私とお団子どちらが大事なんでしょう……」
「同じくらいよ」
「じゃあ、それでいいです……」
「わ」
妖夢の手が幽々子の両頬に触れる。
「私も、お団子も、ずっとずっと一緒にいますから」
「お願いね」
「はいっ」
そう言って二人は笑いあうのだった。
――そして、
――ずっとずっとが経って。
幽々子は妖夢と交わしたいつかの会話を思い出して、冥界の空を見上げた。
「ゆーゆーこーさーまー!」
自分の名を呼ぶ声に振り向き、不覚ながらも幽々子は少しばかり驚いてしまう。
目の前には半人半霊の小さな少女が一人。
両手に剣を持ち、ふらつきながらも一生懸命に立っている。
白い髪と透き通るような肌、そして意志の強そうな瞳は妖夢にそっくりだ。
「まだだいぶ頼りないわね」
「そんなことありませんよぅ!」
初めて剣を持った少女に向かって幽々子は歩き出す。
――妖夢は、うそつきなんかじゃなかったわ。
自然と笑みがこぼれる。
玉砂利が軽い音を立てる。
今日は雨を降らそう。
いつか妖夢が作ったような、甘いお団子を作ってあげよう。
今日は記念日だ。
(終わり)
ラストの景色にドキッとしました
読むことができて良かったです。
メッチャ可愛い!凄く可愛い!
ゆゆみょんは私のジャスティスだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!