紅魔館。湖の横にある館である。
異変の中心になった事もあるが、基本的には平和である。何故なら、館の主であるレミリア・スカーレットが強大な力を持っているからだ。
そのため、この屋敷を狙うような妖怪は居ないし、もちろん人間も怖がって近づいたりはしない。一部、例外も存在するが・・・
そんな平和な日々の一部である。
◇ ◇ ◇ ◇
紅魔館な日々。
「レミリアとチルノ」
◇ ◇ ◇ ◇
「~♪」
チルノは上機嫌だ。カエルを凍らせて元に戻す遊びで、今日は失敗をしなかった。文句を言ってきた諏訪子を湖に叩き落すことも出来た。これは、チルノがこけた拍子で諏訪子に運良く当たっただけなのだが。
本人は、結果がよければそれで良いようで、気分の良いまま寝床に戻るだけ・・・だったが、お月様も綺麗に出ているし、夜風も心地良い。しばらくのんびりするのも良いかもしれないとチルノは思った。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは退屈だった。つまり、暇。それも吸血鬼なら泣いて喜ぶ満月の日だと言うのに、付き合いの悪い友人パチュリーは早々に寝てしまった。咲夜は呼べば来るだろうが、何か倉庫を整理しているようで忙しそうな感じだし、美鈴は思考の片隅にも出てこなかった。妹のフランドールは自室に篭って、手作りのパズルを作っている。何が楽しいのやら分からない。
そんな訳で暇つぶしにテラスに出てきた。気温も丁度いいくらいで、そよ風がレミリアの髪を躍らせる。ふと湖のほうを見ると、氷の妖精・・・チルノが居た。湖の畔で、じっとして動かない。
(何をやっているのだろう?)
普段なら気にも留めないのだが、なんとなく行ってみようと決めた。テラスから館内に戻り、ロビーを抜けて、外に出て、門前で居眠りしている美鈴を踏みつけた時、
「ふぶぎゅ!?」
と、聞こえた気がしたが無視する。そして、チルノの元へ。
チルノは湖面に浮かぶ月を見ていた。風が吹くたびに月がふやけるような、不思議な動きをする。面白いという訳では無いのだが、なんとなく見てしまう。普段は寝ている時間だが、こんな素晴らしい時間ならば毎回ここに来るのも悪くないかも知れないとチルノは思った。
「結構良い眺めじゃないの、ええと、チルノだったかしら、名前。」
真後ろから声がしてビックリしたが、悔しいので振り向かずに答えた。
「そうよ、アタイがさいきょーのチルノ様よ。きゅーけつきがこんな時間になんなの?」
慇懃無礼に答える。チルノ自身、もちろん紅魔館の吸血鬼の事は知っているし、とてつもない力を持っていることも分かっている。だが、ここは自分が見つけた場所で彼女は侵入者なのだ。それに、なんだか襲われることは無いとなんとなくそう思う。
「別にいいじゃない。ここは良い所で、良い風、良い景色があって私はそれを見に来た。ただ、それだけよ。」
しばらく2人は湖を見ていたが、手持ち無沙汰になったレミリアが、足元に落ちていた石を拾って湖に投げた。ピシャ・・・ピシャ・・・何度か跳ねて湖に石は沈む。波紋が広がり、湖のキャンバスに変化を与える。
「何今の!?どうやるの!?」
水切りを見たことが無いのか、チルノがはしゃぐ。レミリアも水切りしただけで、こんなに目をキラキラさせるのを見せられたら、満更でも無い様子で
「少し平べったい石を探すのよ。」
と、説明する。真剣な顔でふんふんと顔を縦に振るチルノ。
「それで、こう回りを指で囲うように持って・・・そうそう、それでこんな感じで・・・手首を使って回転をかけて投げるのよ。」
クイクイと手首を動かすレミリアを見て、チルノがそれに倣う。しばらく、あれやこれやとレクチャーする。
「じゃあ、投げてみなさい。」
「よーし、いっくよー!」
ヒュッっと良い音がして石が放たれる。パシッっと良い音がしてレミリアの手に石が収まった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・・ごめんなさい。」
レミリアがチルノに石を返し、気を取り直してもう一度。今度はまっすぐ飛んで行き、2度3度跳ねてから湖へ沈んだ。
「見た?見た?跳ねたよ!」
「初めてにしては良いじゃない、普通は跳ねなくて悔しい思いをするものよ。
センスあるんじゃないの?」
珍しく素直に褒めてしまった。本人は自覚をしていないようだが、皮肉の一つも出ないのはこの場の雰囲気のせいなのだろう。
チルノが新しい石を探しているので、一緒に探すことにする。
「これなんて良いんじゃない?」
レミリアが差し出したのは、少し小さめの石。チルノは体格自体、レミリアよりもさらに小さいので丁度いいサイズだった。
「お~、これはいいかもしんない!」
はしゃぐチルノの横目で見ながら、ため息混じりに問う。
「折角だし、目標でも立てたら?」
「もくひょう?」
「何回くらい跳ねたら満足?」
「んー・・・・、5回!」
「初心者には微妙なところね・・・頑張りなさい。」
「よゆーだよっ!」
根拠は無いのだろうが、チルノは自信があるようだ。5回跳ねさせるというのは、出来なくもないが難しい。絶妙な難易度設定。
そしてチルノが振りかぶって、投げる。1回、2回、3回・・・バウンドが低いが、4回・・・5回?確認するのが難しいが、なんとか5回跳ねたようだ。吸血鬼は夜目が利くし、視力も良いのだがそれでもなんとか確認できる程度だったので、チルノは出来たかどうか分かっていない様だ。
「とーくまで行っちゃって、良く見えなかった・・・」
「大丈夫、ちゃんと5回跳ねていたわ。凄いじゃない。」
「本当っ!?さすがアタイよねっ!」
珍しい組み合わせの2人が楽しそうに笑っていた。
それから、あれこれ話をしていたが、世間話と言っても共通の話題がある訳では無い。話のタネも尽きてしまったし、レミリアはそれなりに時間も潰せ、チルノもそろそろ眠たくなってきた。
「さて、そろそろ戻る?」
「そうだね~、アタイもちょっと眠いし・・・帰る?」
チルノがその場で、すいーと地面を滑りながら言う。その光景にレミリアは少し目を丸くし、納得した。地面を凍らせて滑っている事に気が付いたからだ。
レミリアは吸血鬼だ。水を渡れないという性質を持っている。その為に、氷を滑る・・・つまりスケートという物をした事は無い。万が一でも氷が割れたら、とんでもない事になってしまう。
具体的に言うと、氷の上に立つことは問題無いのだが、割れた瞬間に水と氷の上に存在する事になる。その時点で、吸血鬼であるレミリアは動くことが出来ず、飛ぶことも出来ないため水の底に沈む事になってしまうからだ。
しかし、スケートと言う行為自体は興味はあった。ただ、滑るだけだが楽しいのだろうと想像した事もある。パチュリーに頼めば、スケートリンクを作る事は出来るだろうが、そこまでしてやりたい訳でもないので長い間機会を逃してきていた。
それとなしに、レミリアはチルノが通った跡の氷の上に立って滑ってみようとして・・・派手に転んだ。後頭部を強打し、翼も少し捻ってしまった。正直、涙が出てくるほど痛い。
「だ、大丈夫?」
返答したくても、痛みを我慢するので精一杯でうーと唸るが、チルノに心配されるのも癪なので、無理に表情を作って答える。
「・・・だ、大丈夫よ。とりあえずはね。」
「・・・・もしかして、滑れないの?」
図星だ。癪に触るが事実。
「滑れない・・・のでしょうね。滑ったことが無いのよ。」
「滑ったこと無いのかー・・・じゃあ、今日のお礼に今度教えてあげるっ!」
「えっ・・・いや、それもいいかも知れないわね。じゃあ、今度はいつここに来るかしら?」
たまには、こんな戯れも良いと思ったので承諾した。チルノは少し唸ってから、明日と答えた所でお開きとなった。
レミリアが紅魔館の門まで戻ったところで美鈴が立っていた。
「なんか楽しそうでしたねぇ。」
ニヤニヤしながら言ってきた。癪に障るのでグングニルを投げておく。美鈴は、ブリッジの要領で綺麗に避けた。目標を失ったグングニルが遠ざかっていく。遠くのほうで、あややややとか聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「あ、スケート用の靴ありますけど要ります?」
「そんな物持っているの?でも、サイズが違うんじゃない?」
以外な言葉に少し驚きながらも当然の回答をする。
「それくらいなら調節できますよ~。いやぁ、それにしても見事な一人バックドロップでしたねぇ。」
よいしょと、美鈴が立ち上がりながら答え、さらに続けて言った。
「咲夜さんも誘ってみては?あと、妹様とパチュリー様と・・・」
「つまり、みんなで滑ろうと?」
「はいっ、きっと楽しいですよー」
レミリアは、少し考えてから答えた。
「まぁ、たまにはいいかも知れないわね。」
次の日の夜、湖の畔が賑やかだったのは言うまでも無い。
さぁ、早くスケートの話を書くんだ
あえて書かなかったのであれば、それを書くのも 書いてと願うのも無粋な話ではございませんか。
しかし、いや ならばこそ、"スケートの後日談"を書いていただきたい!!
あとがきの咲夜を想像したらかわいいです。