[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 I-4 J-4 K-4
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【 L-6 】
「ここでお別れだな。オマエは山に戻るんだろ?」
“ここまでの話を聞かされた上で”
そこまでを口にすることはなかったが、魔理沙が言いたいことはそういうことだった。
アリスもそれをわかった上で、こくりと頷く。
「まぁそうなるわね。知りたいことは教えてもらったわけだし。このまま不参加っていうのも手だけど――そこまで紫に反発する理由が見つからないしね」
まったくもって残念だけど、と肩を竦めて見せた。
それに「ふぅん」とだけ言いながら、魔理沙は内心では同じことを考えていた。
――結局紫の言う通り、っていうことだけが納得いかないけどな。
なんとはなしに、彼女は空を眺めた。
夜明けが近いのだろう。空の闇はだいぶトーンを上げている。もう少しすれば、だんだんと朝焼けと混じり合い、紫色の幻想的な色を帯びてくるだろう。
境界のぼやけたような空に、魔理沙はさっきまでの情景を浮かべていた。
『いいのかそんなベラベラと喋って。これを聞いた私らが他に伝えたら、手間かけてこさえた異変がご破算だぜ?』
紫の独白を全て聞いた後、魔理沙が問いかけた。
心配をして、というよりは、ほとんど皮肉に近い意味を込めて発した言葉だったが、受ける紫から出る答えは『別にいいわよ』などという軽いものだった。
『すでにアタリのついてるのも結構いるみたいだしね。私としては知らない方が楽しめると思って何も言わなかったのですけどね』
紫はくすりと悪戯っぽく微笑んでいるだけだった。
“言われて困ることは何もないわ”そう言わんばかりだった。
『仮にあなたたちがこれを誰かに広めたとして、私は損をしないわ。結果的に各人が“暇つぶし”をしてくれるのならば、この異変を起こした意義は達成されるのだから』
『主催者側に公表していない意図があったことが発覚すればボイコットが起きるかもよ?“結局紫の掌の上で踊るようなもんじゃないか。やってられない”ってね』
アリスも魔理沙の質問に追従する。例えを出す彼女自身が、誰かの目論見通りに動かされることを人一倍嫌うタチだった。
『あら、怖い。大丈夫よ。私人望あるから』
『おまえに人望があるんなら私は聖人君子だぜ』
『…………ん?それだと魔理沙さんもダメなんじゃ…………』
『大丈夫よ。言い得て妙だから。魔理沙にしては良いこと言うわね』
『ツッコミ待ちだったんだけどなっ』
結局四人でいつものダラダラとした会話になってゆく。
その様子を正面から眺める紫は、やはりどこか楽しそうであった。
『ま、話を戻すとね』
無駄話が切れたところを見計らい、紫がまた口を開く。
『誰かに言ったところで、もうこの異変は止まらないわ。なぜなら――この異変の参加者が、それぞれこのチャンスを楽しんでいるから。なんせ彼女たちは、そしてあなたたちは、“暇人”ですもの。せっかく舞い込んだ暇つぶしの機会を、みすみす逃すことはしないわ』
自分たちものこのこと参加してしまった手前、これには誰も反論できなかった。
暇だと感じたことも事実だし、絶好の暇つぶしが飛び込んできた、と思ってしまったことも事実だったのだから。
『それに、私は仕組むなんてほどのことはしてないわ。イベントの企画をしただけ。そこに参加してる個人が楽しんでいるのならば、主催者の意図など関係ないんじゃなくて?』
確かに、この異変はすでに立派な“イベント”として機能していた。
参加者の命は保障されているし、自由度も高い。昨日一晩を戦った彼女たちのチームからは、不満の声は聞こえていないし――現に魔理沙たちも別段文句は無かった。
『参加者に異論は無い。しかも結果的には幻想郷のバランスを保つことができる。良い事ずくめに組んだつもりよ。……明日のあなたたちの善戦にも、期待してるわ』
最後にそう言って、紫は満面の笑みで三人を送り出した。
「幻想郷を守る、ねぇ」
「そんな殊勝なヤツじゃない気もするけど、確かに言うことに筋は通ってたわね。……それがまた癪だけど」
アリスは未だに紫の言う通りに動くことが釈然としない様子で吐き捨てた。
だが紫の言葉通り、この異変を心のどこかで楽しんでいる自分がいることも頭の隅では理解しているだけに、なおさらスッキリしないのだろう。
「私も思った以上のことを教えてもらって混乱してますが――いまさら下りるのもなんか申し訳ないですよね」
早苗が何気なく口を挟んだ。
元々はスッキリしない、“結界”という単語を解消しに来ただけであった彼女だったが、意図せずにこの異変の根底を見てしまった。
「早苗はやっぱり明日も戦うのか?」
「――?そりゃやりますよ。せっかくですしね。それに幻想郷を守ることにも繋がるって言われちゃ、紫さんの意図に反対する理由が無いじゃないですか。……魔理沙さんは明日は出ないんですか?」
「ま、私もむざむざサボる気はないけどなぁ。確かに面白い話ではあるし」
ですよね!と意気込んで鼻を鳴らす早苗を、魔理沙は横目で眺めておいた。
紫をよく知らないから、というのではなく、さては元来結構単純なヤツだな、と魔理沙は思った。
「とりあえず帰りましょうか。目的も達した訳だし」
不意にアリスが切り出す。
彼女はすでに二人から背を向け、ひとり帰る支度を済ませていた。
「おまえは、明日はどうするんだ?」
「……そうね。相手はもう決めてるわ。明日も山から出るって言ったら、さすがに神奈子も怒るかしら」
「相変わらず団体行動の出来ないヤツだぜ」
「うっさい。帰るわよ」
魔理沙の憎まれ口を背に、アリスは空へと浮かび上がる。
そのまま行ってしまうのかと思われたが、不意に中空で止まり、振り返った。
「……魔理沙。あなたは明日どうするの?」
「ん?私か?」
思いもよらず尋ねられたその問いに、魔理沙は一瞬返事を考える。
だが、それこそ一瞬だけだった。
「そうだな。私も相手は決まってるぜ」
頭の中には、ほとんど訊かれた瞬間に、“彼女”の顔が浮かんでいた。
それが誰かまでは、魔理沙は口にしない。
だが、それを解っているかのように、ただ確認しただけのように、
「……そう。ま、精々頑張りなさい」
アリスは静かに、それだけを返した。
「なんだ急に。気持ち悪いぜ」
「別に」
「安心しな。――私は誰とやっても、負ける気は無いぜ」
ニッと自信満々に笑う。
彼女のその大口を聞いて、思わずアリスも微笑んだ。
この少女の、この根拠の無い自信が――彼女は内心で、少し好きだった。
「負けても半べそかかないことね」
「泣いたら慰めに来てくれよ?」
「嫌よ。頑張りなさいな」
「期待には応えるぜ」
「頑張って、泣くのを我慢しなさい。どーせ負けるんだから」
「早く帰れ」
ふふ、っと微笑み、彼女はまた二人に背を向ける。
「おやすみなさい、アリスさん」
「おやすみ、早苗。お疲れ様」
「じゃあな、アリス」
「じゃあね、魔理沙」
そうしてアリスは一人、夜の空へと消えてゆく。
空の端はすぐに白み始めるだろう。七色の魔法使いは日の出に背を向け、飛んでゆく。
なんとはなしに、魔理沙と早苗は黙ってその後姿を眺め続けていた。
「……私らも帰るか」
「そうですね」
アリスの影が小さくなるころ、二人はそう言って空へと浮かぶ。
「明日は忙しくなりますしね。早く寝ましょう」
早苗のその言葉の意味については、魔理沙は深くは尋ねなかった。
【 Daybreak 】
紅魔館・正面玄関――――――
「ただいま帰ったぜ~」
「きっともうみなさん寝てますよ」
「あやや、お帰りなさい。お二人さん」
「ほら、こうして起きてるヤツもいるじゃないか。出迎えご苦労」
「別に魔理沙を待ってたわけじゃないけどねー」
魔理沙と早苗は紅魔館へと戻ってきた。
帰ってくるころには明け方近くなっていたため、誰も起きてはいないだろうと思っていたが、ちょうど彼女たちが帰ってくるのと同タイミング、ロビーへと降りてくる二つの人影があった。
今夜一晩留守番をしていた彼女たち二人は、どうやら相当に手持ち無沙汰でいるようだった。
「ゆっくりと寝ちゃいましたからね。なんかまた寝るってのももったいなくなってきたんで、ルーミアさんと紅魔館を探索していたところです」
聞かれてもいないうちに、文がそう説明する。
普段は門番を置いて来客を遠ざけている節のある紅魔館だけに、彼女の記者根性が大人しくしてはいなかったのだろう。彼女は愛用のカメラを大事そうに抱えながら、“フフフフフ……”と不適な笑みを零していた。
何を撮ったのかは知らないが、聞いてもロクなことにならないという直感から、魔理沙はニヤニヤしている文を軽くスルーしておいた。
「二人は他と別に出かけてたみたいだけど、どうだった?楽しかった?」
何気なくルーミアが尋ねる。
明け方近くになってもまだ元気そうな彼女は、にっこりと笑いながら魔理沙と早苗を見ていた。
“楽しかった?”という問いに、彼女たちは紫の言葉を思い出さずにはいられない。
ルーミアのこの言葉が、この異変に参加している大多数の意見を表しているような気がしたから。
「あぁ……まぁ、収穫はあったな」
「……ですね」
早苗も魔理沙の声に追従しておいた。
「えっと、他の方々はもうお休みになってますか?」
「寝てるみたいですよ。他の方々もさっき帰ってきたばかりでしたが……なんかレミリアさんがすこぶるテンション高かったですね」
「落ち着きの無いヤツだぜ」
「こんな時間に起きてる人間に言われたくはないだろうねー」
ルーミアがちゃちゃを入れ、
「私はむしろ早起きで健全な人間様だぜ」
魔理沙が減らず口を返す。
気安い会話――それほど日常的な面々に囲まれているわけでもなかったが、魔理沙にはこの雰囲気が懐かしいとさえ思えていた。
それくらい、白玉楼で交わされた会話は、幻想郷慣れしている彼女にとっても、ショッキングだった。
魔理沙は文とルーミアを前に、ゆっくりと口を開き、
『誰かに言ったところで、もうこの異変は止まらないわ』
口を開き…………
『なぜなら――この異変の参加者が、それぞれこのチャンスを楽しんでいるから』
開いた口を、そのまま噤んだ。
「さ、て……疲れたし、私は寝るぜ」
「えぇ、えぇ。早くお休みになって下さい。こっそり全員分の寝顔を激写する予定なんですから」
「ちょっ!や、やめてくださいよ!?」
「このメンツ相手に怖いもの知らずだな……」
「報道には常に危険が付き物なのですよ」
「そーなのかー」
一日休みをもらっていた二人は、まだまだ元気なようだった。
――この二人は、明日どうするつもりなのだろう。
ほぼ丸一日かかるような傷を負いながらも、それでもまた戦渦に身を投じるのだろうか。
紫の望み通りに。
早苗も同じことを考えているのか、顔つきが少し神妙なのが見てとれた。
魔理沙は大きく伸びをして、考えるのを止めた。
昼夜逆転しつつある彼女の頭は、すでにだいぶ思考能力が下がっていた。
寝て、一度リセットしよう。
前向きな彼女の思考は、それですぐにフラットになるようにできていた。
自分の舵の取り方を知っている彼女は、ひとまずその判断に身を委ねることにした。
昨日と同じく自分に割り当てられた部屋へと歩みを進めて、
「乙女の寝顔を撮ると……高くつくぜ?」
それだけを、笑って言っておいた。
妖怪の山・守矢神社――――――
「あら、お帰り。まだ帰ってなかったのね」
「……霊夢こそ。今日はもう戻ってこないもんだと思ってたわ」
妖怪の山、守矢神社の母屋の庭に下り立ったアリスは、縁側でひとりお茶を啜る霊夢にばったりと出くわした。
どうやら他の面々は、もう寝ているようである。もちろん、別のチームの誰かがいる気配も無い。彼女が帰ってきた時には、山はすでに朝の静けさを帯びていた。
「他のメンバーは?」
もう寝ているということはわかっていたが、話題の入り口にと、そう問いかけた。
「寝てるわよ。夜雀やら騒霊やらは誰とやったか満身創痍だったみたいだし。なぜか神奈子と幽々子は酔っぱらってたけど」
なにやってんだか、と吐き捨てて、霊夢はお茶を口に運んでいた。なぜか彼女は、すぐに寝る気はないようだった。
アリスは霊夢の顔を目の端にだけ入れながら、
「今日紫のトコに行ったわ」
「行くって言ってたしね」
「そこで全部聞いたわ」
「念願叶ってよかったじゃない」
霊夢は相変わらず興味なさげにアリスの言葉を聴いている。
「あなたはこの“異変”に介入しないのね」
その言葉で、霊夢は少しリアクションを示した。暫時黙し、ぼぅっと庭を眺めている。
その姿はいつもの通り、どこか気怠そうに。どこか少し――悲しげに。
「――してるわ。私は……“博麗の巫女”だもの」
それだけを呟くように言った。
是も非も述べないその言葉は、“感情を表さないよう努める”、という感情を見せているような気がして、アリスは、
「そう」
とだけ言った。
相変わらず何を考えているかよくわからない人間だったが、それだけ聞ければ満足だった。
「明日もきっといい天気ね」
湯呑みを膝の上に持ち、霊夢は空を見て言った。
アリスもつられて空を見る。
晴れ渡った空は、朝焼けを待ちわびるような、黒と白の混ざった色をしていた。
永遠亭――――――
「あらまぁ……。これまた、派手にやったわねぇ」
「やったのは私たちじゃないわ」
「まぁ……そう……でしたっけ?」
「これは掃除のし甲斐がありますわ」
「おぉう!?メイドさんは根性あるなぁ」
「いっそ私が全壊させようか?それで建て直しは河童にやらせるから」
「い、いやぁ~冗談キツいですよ~はは、ははは…………」
七人は惨憺たる状況の永遠亭・大広間に集合していた。
妖怪の山へと出向していた輝夜たちは、パチュリーたち留守番組と合流し、各々に部屋の状況を見て感嘆の声を漏らしていた。なぜか、誰一人として憤る者はいない。
三日間だけの仮暮らしとは言え、ほとんど廃墟みたいになった拠点の現状を前に、あまりに全員呑気であった。
唯一、普段からここに住んでおり、今回ほぼ強制的に屋敷を貸与するはめになった、永遠亭家主のチームリーダーさえ、
「まぁ別にこの部屋で寝泊りしてるわけじゃないし、いいでしょ。各自適当に無事そうな部屋で寝てちょうだいな」
などとのたまっていた。
自分の城で好き勝手やられたことに対する怒りなどはまったく見られないその様子は、懐が広い、というよりは、むしろ無頓着であるという風である。
後は今ここにいない、鈴仙や永琳あたりが見たらなんと言うだろうか。
「ん、そういやチルノとレティは?」
にとりが足りない二人に気づいた。
「あの二人なら先にどこかで休んでますわ。どうも妹様とやりあったらしくて消耗してたから。明日も大人しくしてるしかないかもね」
咲夜がその質問に答える。
一応心配しているようだったが、その声にはさほど緊張感が感じられなかった。
「まぁチルノのことはレティに任せましょう。幸い永琳の薬がどっかにたくさんあるから、傷が癒えるのも早いでしょう」
「薬の使い方を知ってる人は?」
「とりあえず私は知らないわね」
「薬だけあってもダメじゃないかなぁ」
よくよく適当な面々である。
「とりあえず……今夜はお疲れ様。明日のことは明日決めるとして、今日はもう寝ましょうか。明日起きたら、今日の永遠亭の話も聞かせて頂戴な」
輝夜のこの号令で、騒がしい一日となった永遠亭は、異変二日目を静かに終えた。
白玉楼――――――
「お帰りなさい。あなたが最後よ」
紫は戻ってきた少女へと笑いかけた。
が、フランはニコリともせず、明らかにイラついた紅い瞳をジトリと向けるだけだった。
「あらあら、ご機嫌ナナメ」
先に戻っていた幽香が、そんな彼女の顔を見て笑う。
「鬼の子に袖にされたらしいのよ。そうつついてあげないの」
永琳が静かにたしなめる。
彼女がここに戻ってきたのも、フランとほぼ同じタイミング。同じく妖怪の山にいて、同時刻に戦闘を展開していた彼女が、どうやってそのことを知ったのかは解らない。
「あれ、妖夢は?」
「先に戻って来て今は自室だ。多少傷を負っているようだったしな」
「世知辛いねぇ。そんなに頑張るこたぁないのに」
「ホントにね。厄払いしてあげようかしら」
白玉楼の庭で待機していたリグル、雛、小町、慧音もすでに屋敷へと戻って来ていた。
各々でくつろぎながら、気楽に過ごしている。彼女らの雰囲気からは、すでに一日の終わりを感じさせた。
少女たちの声がキャイキャイと響く。夜明けまで起きていた彼女たちだったが、その顔に睡眠不足な様子は見られない。
楽しげに笑いながら、口々に言いたいことを言っている。
そんな安穏な空気の中。しかし、
「――うるさい。殺すよ」
そんな一同の雰囲気の染まることなく、フランだけは相変わらず、不機嫌なままだった。
不完全燃焼のまま相手に帰られた彼女のフラストレーションが、遠慮なく周囲に振りまかれる。ヘタに手を出せば噛み付かれる……くらいでは済まないであろうことが、空気を介して全員に伝わった。
「あらら怖いわねぇ。お姉さん譲りかしら」
そんなフランの殺気など気にならないかのように、幽香はくすくすと微笑んでみせる。
その声、顔、態度、言葉――それら全てが、フランの琴線に触れた。
「あいつの話はしないで。今聞きたくない」
「あらぁ、あなたは気が短いのね。お姉さんとは違って」
「決めた。このイライラ、あなたを壊して解消する」
「ふふ、吸血鬼二連戦かしら。望むトコだけど」
空気が凍結してゆく音をそこにいる面々は頭の中で聞いた。
睨み合う両者が空気を重く沈め、現実にその場の重力を増しているような錯覚さえ起こさせる。
黙して睨み合う二人。一触即発の空気。誰も口を開かない。
殺伐とした気配が、周囲の空間を歪めてすらいるようだった。
そこに、
パンパン、と手を叩く音が響いた。
「はいはい、お終い。仲良くしなさいな」
張り裂けそうな緊張の中、平然と声が割って入る。
彼女――八雲紫は、この殺気すらも楽しんでいるかのように、にこやかな笑顔のままだった。
「……もういい。寝る」
興を殺がれたためか、フランは一同に見向きもせず、一人部屋へと向かってゆく。
機嫌の悪さを隠そうともしない足音を立て、廊下をドスドスと歩いていった。
彼女の気配が遠ざかってゆくのを確認してから、紫が肩を竦めるようにしてみせる。
「こらこら、あんまり突っついちゃダメだって言われたでしょう?」
「ごめんねぇ。あぁいう子みたらついイジメちゃいたくなって」
くすくすと笑う幽香はあんまり反省しているようには見えなかったが、彼女が素直に誰かの言うことを聞くということ自体が、そもそも滅多に無いことだ。
こうして謝辞を述べただけ、彼女の機嫌が良かった証だろう。
「ま、いいわ。私たちももう寝ましょう」
紫は全員を見渡し、薄く微笑む。
「明日も楽しい楽しい、騒がしい夜が待っているわ」
彼女の言う、楽しい楽しい、騒がしい夜は、残すところあと一日となっていた。
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・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 I-4 J-4 K-4
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【 L-6 】
「ここでお別れだな。オマエは山に戻るんだろ?」
“ここまでの話を聞かされた上で”
そこまでを口にすることはなかったが、魔理沙が言いたいことはそういうことだった。
アリスもそれをわかった上で、こくりと頷く。
「まぁそうなるわね。知りたいことは教えてもらったわけだし。このまま不参加っていうのも手だけど――そこまで紫に反発する理由が見つからないしね」
まったくもって残念だけど、と肩を竦めて見せた。
それに「ふぅん」とだけ言いながら、魔理沙は内心では同じことを考えていた。
――結局紫の言う通り、っていうことだけが納得いかないけどな。
なんとはなしに、彼女は空を眺めた。
夜明けが近いのだろう。空の闇はだいぶトーンを上げている。もう少しすれば、だんだんと朝焼けと混じり合い、紫色の幻想的な色を帯びてくるだろう。
境界のぼやけたような空に、魔理沙はさっきまでの情景を浮かべていた。
『いいのかそんなベラベラと喋って。これを聞いた私らが他に伝えたら、手間かけてこさえた異変がご破算だぜ?』
紫の独白を全て聞いた後、魔理沙が問いかけた。
心配をして、というよりは、ほとんど皮肉に近い意味を込めて発した言葉だったが、受ける紫から出る答えは『別にいいわよ』などという軽いものだった。
『すでにアタリのついてるのも結構いるみたいだしね。私としては知らない方が楽しめると思って何も言わなかったのですけどね』
紫はくすりと悪戯っぽく微笑んでいるだけだった。
“言われて困ることは何もないわ”そう言わんばかりだった。
『仮にあなたたちがこれを誰かに広めたとして、私は損をしないわ。結果的に各人が“暇つぶし”をしてくれるのならば、この異変を起こした意義は達成されるのだから』
『主催者側に公表していない意図があったことが発覚すればボイコットが起きるかもよ?“結局紫の掌の上で踊るようなもんじゃないか。やってられない”ってね』
アリスも魔理沙の質問に追従する。例えを出す彼女自身が、誰かの目論見通りに動かされることを人一倍嫌うタチだった。
『あら、怖い。大丈夫よ。私人望あるから』
『おまえに人望があるんなら私は聖人君子だぜ』
『…………ん?それだと魔理沙さんもダメなんじゃ…………』
『大丈夫よ。言い得て妙だから。魔理沙にしては良いこと言うわね』
『ツッコミ待ちだったんだけどなっ』
結局四人でいつものダラダラとした会話になってゆく。
その様子を正面から眺める紫は、やはりどこか楽しそうであった。
『ま、話を戻すとね』
無駄話が切れたところを見計らい、紫がまた口を開く。
『誰かに言ったところで、もうこの異変は止まらないわ。なぜなら――この異変の参加者が、それぞれこのチャンスを楽しんでいるから。なんせ彼女たちは、そしてあなたたちは、“暇人”ですもの。せっかく舞い込んだ暇つぶしの機会を、みすみす逃すことはしないわ』
自分たちものこのこと参加してしまった手前、これには誰も反論できなかった。
暇だと感じたことも事実だし、絶好の暇つぶしが飛び込んできた、と思ってしまったことも事実だったのだから。
『それに、私は仕組むなんてほどのことはしてないわ。イベントの企画をしただけ。そこに参加してる個人が楽しんでいるのならば、主催者の意図など関係ないんじゃなくて?』
確かに、この異変はすでに立派な“イベント”として機能していた。
参加者の命は保障されているし、自由度も高い。昨日一晩を戦った彼女たちのチームからは、不満の声は聞こえていないし――現に魔理沙たちも別段文句は無かった。
『参加者に異論は無い。しかも結果的には幻想郷のバランスを保つことができる。良い事ずくめに組んだつもりよ。……明日のあなたたちの善戦にも、期待してるわ』
最後にそう言って、紫は満面の笑みで三人を送り出した。
「幻想郷を守る、ねぇ」
「そんな殊勝なヤツじゃない気もするけど、確かに言うことに筋は通ってたわね。……それがまた癪だけど」
アリスは未だに紫の言う通りに動くことが釈然としない様子で吐き捨てた。
だが紫の言葉通り、この異変を心のどこかで楽しんでいる自分がいることも頭の隅では理解しているだけに、なおさらスッキリしないのだろう。
「私も思った以上のことを教えてもらって混乱してますが――いまさら下りるのもなんか申し訳ないですよね」
早苗が何気なく口を挟んだ。
元々はスッキリしない、“結界”という単語を解消しに来ただけであった彼女だったが、意図せずにこの異変の根底を見てしまった。
「早苗はやっぱり明日も戦うのか?」
「――?そりゃやりますよ。せっかくですしね。それに幻想郷を守ることにも繋がるって言われちゃ、紫さんの意図に反対する理由が無いじゃないですか。……魔理沙さんは明日は出ないんですか?」
「ま、私もむざむざサボる気はないけどなぁ。確かに面白い話ではあるし」
ですよね!と意気込んで鼻を鳴らす早苗を、魔理沙は横目で眺めておいた。
紫をよく知らないから、というのではなく、さては元来結構単純なヤツだな、と魔理沙は思った。
「とりあえず帰りましょうか。目的も達した訳だし」
不意にアリスが切り出す。
彼女はすでに二人から背を向け、ひとり帰る支度を済ませていた。
「おまえは、明日はどうするんだ?」
「……そうね。相手はもう決めてるわ。明日も山から出るって言ったら、さすがに神奈子も怒るかしら」
「相変わらず団体行動の出来ないヤツだぜ」
「うっさい。帰るわよ」
魔理沙の憎まれ口を背に、アリスは空へと浮かび上がる。
そのまま行ってしまうのかと思われたが、不意に中空で止まり、振り返った。
「……魔理沙。あなたは明日どうするの?」
「ん?私か?」
思いもよらず尋ねられたその問いに、魔理沙は一瞬返事を考える。
だが、それこそ一瞬だけだった。
「そうだな。私も相手は決まってるぜ」
頭の中には、ほとんど訊かれた瞬間に、“彼女”の顔が浮かんでいた。
それが誰かまでは、魔理沙は口にしない。
だが、それを解っているかのように、ただ確認しただけのように、
「……そう。ま、精々頑張りなさい」
アリスは静かに、それだけを返した。
「なんだ急に。気持ち悪いぜ」
「別に」
「安心しな。――私は誰とやっても、負ける気は無いぜ」
ニッと自信満々に笑う。
彼女のその大口を聞いて、思わずアリスも微笑んだ。
この少女の、この根拠の無い自信が――彼女は内心で、少し好きだった。
「負けても半べそかかないことね」
「泣いたら慰めに来てくれよ?」
「嫌よ。頑張りなさいな」
「期待には応えるぜ」
「頑張って、泣くのを我慢しなさい。どーせ負けるんだから」
「早く帰れ」
ふふ、っと微笑み、彼女はまた二人に背を向ける。
「おやすみなさい、アリスさん」
「おやすみ、早苗。お疲れ様」
「じゃあな、アリス」
「じゃあね、魔理沙」
そうしてアリスは一人、夜の空へと消えてゆく。
空の端はすぐに白み始めるだろう。七色の魔法使いは日の出に背を向け、飛んでゆく。
なんとはなしに、魔理沙と早苗は黙ってその後姿を眺め続けていた。
「……私らも帰るか」
「そうですね」
アリスの影が小さくなるころ、二人はそう言って空へと浮かぶ。
「明日は忙しくなりますしね。早く寝ましょう」
早苗のその言葉の意味については、魔理沙は深くは尋ねなかった。
【 Daybreak 】
紅魔館・正面玄関――――――
「ただいま帰ったぜ~」
「きっともうみなさん寝てますよ」
「あやや、お帰りなさい。お二人さん」
「ほら、こうして起きてるヤツもいるじゃないか。出迎えご苦労」
「別に魔理沙を待ってたわけじゃないけどねー」
魔理沙と早苗は紅魔館へと戻ってきた。
帰ってくるころには明け方近くなっていたため、誰も起きてはいないだろうと思っていたが、ちょうど彼女たちが帰ってくるのと同タイミング、ロビーへと降りてくる二つの人影があった。
今夜一晩留守番をしていた彼女たち二人は、どうやら相当に手持ち無沙汰でいるようだった。
「ゆっくりと寝ちゃいましたからね。なんかまた寝るってのももったいなくなってきたんで、ルーミアさんと紅魔館を探索していたところです」
聞かれてもいないうちに、文がそう説明する。
普段は門番を置いて来客を遠ざけている節のある紅魔館だけに、彼女の記者根性が大人しくしてはいなかったのだろう。彼女は愛用のカメラを大事そうに抱えながら、“フフフフフ……”と不適な笑みを零していた。
何を撮ったのかは知らないが、聞いてもロクなことにならないという直感から、魔理沙はニヤニヤしている文を軽くスルーしておいた。
「二人は他と別に出かけてたみたいだけど、どうだった?楽しかった?」
何気なくルーミアが尋ねる。
明け方近くになってもまだ元気そうな彼女は、にっこりと笑いながら魔理沙と早苗を見ていた。
“楽しかった?”という問いに、彼女たちは紫の言葉を思い出さずにはいられない。
ルーミアのこの言葉が、この異変に参加している大多数の意見を表しているような気がしたから。
「あぁ……まぁ、収穫はあったな」
「……ですね」
早苗も魔理沙の声に追従しておいた。
「えっと、他の方々はもうお休みになってますか?」
「寝てるみたいですよ。他の方々もさっき帰ってきたばかりでしたが……なんかレミリアさんがすこぶるテンション高かったですね」
「落ち着きの無いヤツだぜ」
「こんな時間に起きてる人間に言われたくはないだろうねー」
ルーミアがちゃちゃを入れ、
「私はむしろ早起きで健全な人間様だぜ」
魔理沙が減らず口を返す。
気安い会話――それほど日常的な面々に囲まれているわけでもなかったが、魔理沙にはこの雰囲気が懐かしいとさえ思えていた。
それくらい、白玉楼で交わされた会話は、幻想郷慣れしている彼女にとっても、ショッキングだった。
魔理沙は文とルーミアを前に、ゆっくりと口を開き、
『誰かに言ったところで、もうこの異変は止まらないわ』
口を開き…………
『なぜなら――この異変の参加者が、それぞれこのチャンスを楽しんでいるから』
開いた口を、そのまま噤んだ。
「さ、て……疲れたし、私は寝るぜ」
「えぇ、えぇ。早くお休みになって下さい。こっそり全員分の寝顔を激写する予定なんですから」
「ちょっ!や、やめてくださいよ!?」
「このメンツ相手に怖いもの知らずだな……」
「報道には常に危険が付き物なのですよ」
「そーなのかー」
一日休みをもらっていた二人は、まだまだ元気なようだった。
――この二人は、明日どうするつもりなのだろう。
ほぼ丸一日かかるような傷を負いながらも、それでもまた戦渦に身を投じるのだろうか。
紫の望み通りに。
早苗も同じことを考えているのか、顔つきが少し神妙なのが見てとれた。
魔理沙は大きく伸びをして、考えるのを止めた。
昼夜逆転しつつある彼女の頭は、すでにだいぶ思考能力が下がっていた。
寝て、一度リセットしよう。
前向きな彼女の思考は、それですぐにフラットになるようにできていた。
自分の舵の取り方を知っている彼女は、ひとまずその判断に身を委ねることにした。
昨日と同じく自分に割り当てられた部屋へと歩みを進めて、
「乙女の寝顔を撮ると……高くつくぜ?」
それだけを、笑って言っておいた。
妖怪の山・守矢神社――――――
「あら、お帰り。まだ帰ってなかったのね」
「……霊夢こそ。今日はもう戻ってこないもんだと思ってたわ」
妖怪の山、守矢神社の母屋の庭に下り立ったアリスは、縁側でひとりお茶を啜る霊夢にばったりと出くわした。
どうやら他の面々は、もう寝ているようである。もちろん、別のチームの誰かがいる気配も無い。彼女が帰ってきた時には、山はすでに朝の静けさを帯びていた。
「他のメンバーは?」
もう寝ているということはわかっていたが、話題の入り口にと、そう問いかけた。
「寝てるわよ。夜雀やら騒霊やらは誰とやったか満身創痍だったみたいだし。なぜか神奈子と幽々子は酔っぱらってたけど」
なにやってんだか、と吐き捨てて、霊夢はお茶を口に運んでいた。なぜか彼女は、すぐに寝る気はないようだった。
アリスは霊夢の顔を目の端にだけ入れながら、
「今日紫のトコに行ったわ」
「行くって言ってたしね」
「そこで全部聞いたわ」
「念願叶ってよかったじゃない」
霊夢は相変わらず興味なさげにアリスの言葉を聴いている。
「あなたはこの“異変”に介入しないのね」
その言葉で、霊夢は少しリアクションを示した。暫時黙し、ぼぅっと庭を眺めている。
その姿はいつもの通り、どこか気怠そうに。どこか少し――悲しげに。
「――してるわ。私は……“博麗の巫女”だもの」
それだけを呟くように言った。
是も非も述べないその言葉は、“感情を表さないよう努める”、という感情を見せているような気がして、アリスは、
「そう」
とだけ言った。
相変わらず何を考えているかよくわからない人間だったが、それだけ聞ければ満足だった。
「明日もきっといい天気ね」
湯呑みを膝の上に持ち、霊夢は空を見て言った。
アリスもつられて空を見る。
晴れ渡った空は、朝焼けを待ちわびるような、黒と白の混ざった色をしていた。
永遠亭――――――
「あらまぁ……。これまた、派手にやったわねぇ」
「やったのは私たちじゃないわ」
「まぁ……そう……でしたっけ?」
「これは掃除のし甲斐がありますわ」
「おぉう!?メイドさんは根性あるなぁ」
「いっそ私が全壊させようか?それで建て直しは河童にやらせるから」
「い、いやぁ~冗談キツいですよ~はは、ははは…………」
七人は惨憺たる状況の永遠亭・大広間に集合していた。
妖怪の山へと出向していた輝夜たちは、パチュリーたち留守番組と合流し、各々に部屋の状況を見て感嘆の声を漏らしていた。なぜか、誰一人として憤る者はいない。
三日間だけの仮暮らしとは言え、ほとんど廃墟みたいになった拠点の現状を前に、あまりに全員呑気であった。
唯一、普段からここに住んでおり、今回ほぼ強制的に屋敷を貸与するはめになった、永遠亭家主のチームリーダーさえ、
「まぁ別にこの部屋で寝泊りしてるわけじゃないし、いいでしょ。各自適当に無事そうな部屋で寝てちょうだいな」
などとのたまっていた。
自分の城で好き勝手やられたことに対する怒りなどはまったく見られないその様子は、懐が広い、というよりは、むしろ無頓着であるという風である。
後は今ここにいない、鈴仙や永琳あたりが見たらなんと言うだろうか。
「ん、そういやチルノとレティは?」
にとりが足りない二人に気づいた。
「あの二人なら先にどこかで休んでますわ。どうも妹様とやりあったらしくて消耗してたから。明日も大人しくしてるしかないかもね」
咲夜がその質問に答える。
一応心配しているようだったが、その声にはさほど緊張感が感じられなかった。
「まぁチルノのことはレティに任せましょう。幸い永琳の薬がどっかにたくさんあるから、傷が癒えるのも早いでしょう」
「薬の使い方を知ってる人は?」
「とりあえず私は知らないわね」
「薬だけあってもダメじゃないかなぁ」
よくよく適当な面々である。
「とりあえず……今夜はお疲れ様。明日のことは明日決めるとして、今日はもう寝ましょうか。明日起きたら、今日の永遠亭の話も聞かせて頂戴な」
輝夜のこの号令で、騒がしい一日となった永遠亭は、異変二日目を静かに終えた。
白玉楼――――――
「お帰りなさい。あなたが最後よ」
紫は戻ってきた少女へと笑いかけた。
が、フランはニコリともせず、明らかにイラついた紅い瞳をジトリと向けるだけだった。
「あらあら、ご機嫌ナナメ」
先に戻っていた幽香が、そんな彼女の顔を見て笑う。
「鬼の子に袖にされたらしいのよ。そうつついてあげないの」
永琳が静かにたしなめる。
彼女がここに戻ってきたのも、フランとほぼ同じタイミング。同じく妖怪の山にいて、同時刻に戦闘を展開していた彼女が、どうやってそのことを知ったのかは解らない。
「あれ、妖夢は?」
「先に戻って来て今は自室だ。多少傷を負っているようだったしな」
「世知辛いねぇ。そんなに頑張るこたぁないのに」
「ホントにね。厄払いしてあげようかしら」
白玉楼の庭で待機していたリグル、雛、小町、慧音もすでに屋敷へと戻って来ていた。
各々でくつろぎながら、気楽に過ごしている。彼女らの雰囲気からは、すでに一日の終わりを感じさせた。
少女たちの声がキャイキャイと響く。夜明けまで起きていた彼女たちだったが、その顔に睡眠不足な様子は見られない。
楽しげに笑いながら、口々に言いたいことを言っている。
そんな安穏な空気の中。しかし、
「――うるさい。殺すよ」
そんな一同の雰囲気の染まることなく、フランだけは相変わらず、不機嫌なままだった。
不完全燃焼のまま相手に帰られた彼女のフラストレーションが、遠慮なく周囲に振りまかれる。ヘタに手を出せば噛み付かれる……くらいでは済まないであろうことが、空気を介して全員に伝わった。
「あらら怖いわねぇ。お姉さん譲りかしら」
そんなフランの殺気など気にならないかのように、幽香はくすくすと微笑んでみせる。
その声、顔、態度、言葉――それら全てが、フランの琴線に触れた。
「あいつの話はしないで。今聞きたくない」
「あらぁ、あなたは気が短いのね。お姉さんとは違って」
「決めた。このイライラ、あなたを壊して解消する」
「ふふ、吸血鬼二連戦かしら。望むトコだけど」
空気が凍結してゆく音をそこにいる面々は頭の中で聞いた。
睨み合う両者が空気を重く沈め、現実にその場の重力を増しているような錯覚さえ起こさせる。
黙して睨み合う二人。一触即発の空気。誰も口を開かない。
殺伐とした気配が、周囲の空間を歪めてすらいるようだった。
そこに、
パンパン、と手を叩く音が響いた。
「はいはい、お終い。仲良くしなさいな」
張り裂けそうな緊張の中、平然と声が割って入る。
彼女――八雲紫は、この殺気すらも楽しんでいるかのように、にこやかな笑顔のままだった。
「……もういい。寝る」
興を殺がれたためか、フランは一同に見向きもせず、一人部屋へと向かってゆく。
機嫌の悪さを隠そうともしない足音を立て、廊下をドスドスと歩いていった。
彼女の気配が遠ざかってゆくのを確認してから、紫が肩を竦めるようにしてみせる。
「こらこら、あんまり突っついちゃダメだって言われたでしょう?」
「ごめんねぇ。あぁいう子みたらついイジメちゃいたくなって」
くすくすと笑う幽香はあんまり反省しているようには見えなかったが、彼女が素直に誰かの言うことを聞くということ自体が、そもそも滅多に無いことだ。
こうして謝辞を述べただけ、彼女の機嫌が良かった証だろう。
「ま、いいわ。私たちももう寝ましょう」
紫は全員を見渡し、薄く微笑む。
「明日も楽しい楽しい、騒がしい夜が待っているわ」
彼女の言う、楽しい楽しい、騒がしい夜は、残すところあと一日となっていた。
to be next resource ...
ここまでついてきて下さった方には感謝してもしきれません!
完結までもっきますので、どうかよろしくお願いいたします。
とうとう終盤か。不戦や早期離脱組の再登場、活躍を期待します!
しかもこれほとんど夜中だけの話(ry
最終日は、全員なんらかの形で出てきてもらいます!ラストですしね