「これは、オリオンポプラのこずえの中、枝から枝へ、親鳥から小鳥たちへとつたえられる、ちいさな奇跡のお話です‥‥」
そう言いながら、早苗は開いていた本をそっと閉じる。
文章の他に大きな挿絵が描かれている、所謂絵本と呼ばれる物である。
「はい、おしまい。どうでしたか? フランちゃん」
「うん、面白かった! ありがとう!」
にこにこと笑顔で答えたフランドールが早苗の膝から飛び降りる。
とある一件以来、早苗はフランドールを大層気に入り、まるで妹のように世話を焼き可愛がっているのだ。
「あらいらっしゃい」
「あ、レミリアさん。お邪魔してます」
「お客を放っておいてごめんなさいね。ちょうど昼寝してて‥‥フラン、絵本を読んでもらっていたの?」
「おはようお姉様! これ、パチュリーに借りたの」
「ん? ‥‥ああ、この本ね。私も昔読んだのよ。私ももし死んだら、暫しの眠りの後で英雄として蘇りたいわね」
「そうだレミリアさん。咲夜さんにお土産を預かってもらっているんで、よければ召し上がってください」
「あら、悪いわね。咲夜ーお茶ー。早苗とフランにもね」
次の瞬間、目の前に置かれ湯気を立てているカップに、早苗は目をパチクリさせる。
「‥‥何度見ても驚いちゃいますね」
「そろそろ慣れなさいよ。人間は順応する生物でしょう?」
「えへへ‥‥頑張ります」
「あら、これがお土産ね? あんこ?」
「神奈子様がお作りになったおはぎです。美味しいですよ」
「それじゃあ遠慮なく‥‥」
「いただきまーす!」
上品に切り分けて食べるレミリア。
ぱくりとかぶりつくフランドール。
「へえ、なかなかいけるわね」
「おいしー!」
「お口に合ってよかったです。神奈子様もきっと喜んで‥‥あ、フランちゃん。口の周りがあんこだらけですよ。ほら」
「んにー‥‥」
ハンカチでフランドールの口周りを拭ってやる早苗を見て、レミリアと咲夜は笑みを浮かべる。
「早苗ったら、フラン様のお姉さんみたい」
「本当よね。実姉の形無しだわ」
「そ、そうですかね?」
「うん! 私も早苗と遊んでるとそんな気がするよ。お姉様よりお姉様みたい」
「‥‥本人に言われるとなかなか傷付くわね」
実年齢で言えば、姉どころか先祖と子孫ほどの差を付けてフランドールが上回っているが。
「そこまで言ってくれるなら、一度うちの神社に遊びに来ませんか?」
「え! いいの!?‥‥いいの?」
「‥‥フランはどうしたいの?」
「私は‥‥えーと‥‥」
一度目の「いいの」は早苗に。
二度目はレミリアに対しての質問である。
レミリアが異変を起こすまでの数百年に渡り、精神的な問題が原因で屋敷に篭り外との接触を断っていたフランドール。
現在ではその問題もだいぶ解消(別の問題で上書き)されているが、それを差し引いてもフランドールは危険な能力を有しており、故に不安は拭い去れない。
そう、いわゆるフアンドールである。
「私はその‥‥できれば、もっと早苗と遊びたいかな‥‥でも‥‥」
「まあ! じゃあ話は決まりですね! レミリアさん、フランちゃんは私が責任をもって一泊お預かりします!」
「え、泊まり? それ初耳」
「ダメですか?」
「いいけど」
「じゃあ決定って事で」
「そうね。咲夜、おはぎのお返しに何か包んであげなさい」
フランドールが言葉を挟む間も無く決められていく外出計画。
ぽかーんと口を開けてその光景を眺めているフランドールだが、ようやく一言だけ口にする事ができた。
「‥‥え? 今日行くの?」
「こちらがフラン様の着替えが入ったバッグと日傘。こちらがお土産です」
「ありがとー。わっ、重い」
「中身は咲夜の能力で時間を進めたイカサマ熟成ワインよ。後は合いそうな食べ物がいくつか」
「イカサマって‥‥もう少し何かありませんか?」
「エセ熟成ワイン? ともかく、お酒ならあなたのとこの神様も喜ぶでしょう?」
「これはこれは。どうもすみません」
「フラン、あまり我侭を言ってはダメよ?」
「大丈夫ですよ。ねー? フランちゃん」
「うん!」
「そう。それじゃお願いね。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす!」
かくして、フランドール初めての外泊が始まったのである。
「行ってしまいましたね」
「そうね。これであの子の世界も広がるし、いい機会よ」
「私は魔理沙辺りがその機会になると思ってました」
「魔理沙‥‥魔理沙ねえ‥‥」
「何か?」
「‥‥妹が一晩で不良になって帰ってきたら嫌だもの」
「うふふ。それは確かに」
「ところで咲夜。私、あなたにずっと言いたかったんだけどね?」
「はい?」
「ほっぺにあんこついてる」
「ええ!?」
あんこを顔に付けたまま延々と接客を続けたメイド長であった。
「ただいま帰りました」
「おや、お帰り早苗。今日の夕飯は‥‥ん?」
「こ、こんにちはー‥‥」
玄関を開けた瞬間、偶然にも八坂神奈子が立っていた。
ランニングと短パン姿で。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
無言で見つめあう吸血鬼と神。
実際よりも長く感じられる静寂を破り、先に動いたのは神奈子であった。
ドタドタドタ!
ガラガラ ピシャ!
ごそごそごそ‥‥
「あ、あの‥‥神奈子様?」
廊下に面した一室に駆け込み数十秒、再び神奈子が姿を見せる。
「はあ、はあ‥‥ごほん! よく来たな悪魔の妹よ。私が八坂神奈子だ」
今度の姿は我々もよく知る、威厳溢れる御姿だった。
「ど、どうもお邪魔します」
「うむ」
「ところで‥‥」
「なんだい?」
「その服、後ろ前なんじゃないかな?」
「な、何い!?」
最早、威厳も何も無いのであった。
「まったく早苗は‥‥誰かを連れてくるなら前もって連絡するように、外の世界にいる時から言ってあるだろう?」
「えへへ、すみません」
「こっちだって色々準備が必要なんだよ。おーい、諏訪子。飲み物とお菓子を出してやんなさい」
「はーい、はいはい」
襖が開き、妙な帽子が特徴的な少女が入ってくる。
「私は洩矢諏訪子。ケロちゃんって呼んでくれてもいいけどね。はい、これでもお食べ」
「ちょ、ちょっと諏訪子。これ‥‥」
「ん? 見ての通り、お煎餅にかりんとう、それと麦茶だけど?」
「ばっかだねえ! 今時の、しかも外人の子が、こんな物で喜ぶ筈無いだろう!? もっとこう、ケーキとか無いの? 飲み物もほら、ジュースとか!」
「な、無いよそんなの! 後はおまんじゅうくらいしか‥‥」
「まんじゅうって‥‥早苗! お金あげるから何か洋菓子でも買っといで!」
侃侃諤諤と騒ぐ二柱に、フランドールは少し怯んでしまっていた。
が、神奈子の発した言葉を聞いて我に返る。
自分が突然押しかけたせいで、このままでは余計な出費をさせてしまう。
人の家に遊びに行く時にはある程度家主に気を遣うものだって、けーねが言ってた。
「あの! これ、頂いてもいい、かな?」
「え? あ、うん」
「ど、どうぞどうぞ」
「それじゃあ、いただきまーす」
ひょい パクッ
「‥‥えーと‥‥」
「‥‥ど、どうかな?」
「んん! この黒いの、初めて食べたけどおいしー!」
「本当に!? よかったよかった。たくさんお食べ」
「うん!」
こうして、客に出すお菓子騒動は、フランドールの気遣いによって収束を迎えたのであった。
「あ、そういえば神奈子様」
「ん?」
「さっき、何か言いかけてませんでした? 夕飯がどうって‥‥」
「あ、ああ。あれね。ええと‥‥」
「ちょうど神奈子と話しててさ。今日の晩ご飯は昨日の残りのイモの煮っ転がしでいいかなって‥‥」
「ちょおい!」
ビシッ
「いたっ! な、何するのさ!」
「誰がそんな事を言ったんだい? 早苗に言いたかったのは‥‥そう。少し前に食べたばかりだけど、今日の夕飯もすき焼きでいいかな? って確認をね」
「す、少し前に食べたばかり?」
「すき焼きなんて半年に一回食べるかどうかじゃ‥‥」
「ちょおい!」
ビシッ
ビシッ
「いたっ!」
「いたっ!」
「フランドールもそれで構わないかい?」
「う、うん」
「それじゃ私は買い物に行ってくるから、仲良く遊んでるんだよ」
「はーい!‥‥二人共、大丈夫?」
瞬く間に二人を手刀で沈めた神奈子を前に、フランドールは何もいう事ができないのであった。
「早苗早苗! これなーに?」
早苗とフランドールは、食事の準備ができるまで早苗の自室で時間を潰す事にした。
早苗の部屋には幻想郷では見る事の無い物が数多くあり、そのどれもこれもがフランドールの興味を引く代物であった。
「ああ、これはDVDっていって、外の世界の物ですよ。中に映像と音が記憶されてるんです」
「へえ! こっちは?」
「それはテレビゲームです。見るだけじゃなくて、自分で動かして遊べるんですよ」
「すごいねー!」
「やってみますか?」
「いいの!?」
「もちろん。それじゃあまず、河童印の発電機を動かして、っと‥‥」
「こうやって、両方のキャラクターが組み合って腰を落とした瞬間にボタンを押すんです」
「おー‥‥」
「せっかくだし対戦してみましょうか。好きなキャラクターを選んでくださいね」
「えーと‥‥それじゃあこの人!」
「じゃあ私は‥‥」
「ええ!? そんな人、選ぶメンバーにいなかったよ!?」
「ふふふ、隠しキャラです。私のパンサーは無敵ですよ」
「ずるいよー」
「んー! 面白かったー。外の世界って、こんなにいい物があるんだね」
「それじゃ次は、お人形でも見てみますか? 結構持ってきましたから」
「うん!」
「こっちがウサギさんでー、こっちはなんと、コアラさんですよ!」
「わあ、かわいー!」
日頃から弾幕勝負に興じているとは言え、そこはやはり年頃の女の子。
二人共、可愛らしい物は大好きなのであった。
「おーい、そろそろご飯だよー。こっちに‥‥」
「ドドドドーン! タイガー戦車、発進! ズバババー!」
「なんの、イーグル戦闘機だー! シュイーン! バシュー!」
「‥‥何してんの?」
「はっ! 諏訪子様!?」
「えっと‥‥女の子らしく、お人形遊びを」
「こんなに物騒なお人形遊び見た事無いよ。そもそもお人形じゃないし。兵器だし」
可愛らしくない物も大好きなのであった。
「えー、それでは早苗の新しい友人、フランドールを歓迎して‥‥かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「ありがとー」
「たくさん食べなさいね」
「うん!」
「うわっ、普段食べてるのと肉が全然違う! 神奈子、張り込んだねー」
「やかましい。黙って食べな」
四人で鍋を囲む、賑やかな食卓。
フランドールが一人増えただけで、見慣れた光景が非常に新鮮なものとなっていた。
「なんだか懐かしい感じがするね」
「そうだね。早苗がこのくらいの大きさだったのは、いつだったかねえ‥‥」
「いっつも、かなこさまーすわこさまーって、ヒョコヒョコ歩いてさ」
「そうそう! 少し姿が見えないだけで、べそかいちゃってさ」
「ちょ、ちょっとお二人共‥‥」
「ま、早苗はこんなに可愛くなかったっけ?」
「あははは! そうかもね」
「むう‥‥」
昔を懐かしむような神々と、膨れっ面で赤面する巫女。
「そうだ。フラン、ちょっとおいで」
「んー?」
神奈子に呼ばれ、箸を休めてフランドールが寄っていく。
すると。
ギュッ
「ふえ?」
「あー、そうそう。この抱き心地。懐かしいねえ」
「あ! ずるい! 今度は私!」
久々の感触を堪能する神奈子と諏訪子。
永い時間を過ごしてきた二人にとって、人間である早苗の成長はそれこそ、瞬く間というのが相応しいほどの早さで過ぎ去ってしまった。
その短かった期間を思い出し、懐かしんでいるのである。
一方、フランドールも心安らぎ、身を委ねていた。
いつの事なのかもわからないほど昔に感じた、母親の温もりを思い出すように。
「ま、吸血鬼だから暖かくなかったんだろうけどさー」
妙にクールなフランドールだった。
いわゆるフランクールである。
「‥‥そうだフラン。今日は私と一緒に寝ようか」
「あ、いいねいいね! 私も一緒に寝るー」
「それじゃあ久し振りに、川の字に布団を用意しましょうか」
「うん! 今まで布団で寝た事無いし、楽しみ!」
美味しい食事に賑やかな時間。
寄り添って入る布団の感触。
こうして、フランドールの初めての外泊はあっという間に過ぎていった。
そして翌朝。
朝食は神奈子手製の味噌汁に、イモの煮っ転がし。
特別な物よりも、早苗達が普段食べている物を、というフランドールのリクエストだった。
「ふああ‥‥まだねむひ‥‥」
種族柄、朝に弱いフランドールは朝食後もボーッとしていた。
「んー、山の朝は冷えるんだなあ‥‥」
眠気覚ましに、冷たい廊下を歩いている時だった。
「おや、フラン」
「あ、神奈子。ご飯の片付け、手伝おうか?」
「いや、いいよ。それより眠たそうだね」
「ん、吸血鬼だしね。朝はちょっと‥‥」
「それもそうか。‥‥ところでフラン。ちょっとこっちに」
「んー?」
神奈子に導かれるまま、廊下の奥へ歩くフランドール。
どうやらそこは外や他の部屋から死角になっているようだった。
「なーに?」
「これ、少ないけど。お菓子でも買って帰りなさい」
「ええ!? いいよう。いらないよう」
「他の連中には言わなくていいからね」
「ちょっ、だから‥‥」
「ほら、しまってしまって」
「あ‥‥ありがとう」
有無を言わさぬ勢いで、お小遣いをポケットにねじ込まれてしまった。
「またおいでよ」
「う、うん‥‥」
用事を済ませて台所にさっさと引っ込んでしまう神奈子。
その表情は少し満足そうなものだった。
「いいのかな‥‥困ったなあ‥‥」
「フラン。何してんの?」
「あ、諏訪子。ちょっと食後のお散歩を」
「そうだ。ちょっとおいで」
「え‥‥?」
ペタペタと歩くフランドールに声をかけたのは諏訪子だった。
そして、つい今しがたと同じ展開。
「あのね、フラン。お泊り、楽しかった?」
「うん!」
「そっかそっか。でね? はいこれ。みんなには内緒だよ? お姉ちゃんにも言わなくていいからね」
「え、ええ!? いや、あの‥‥」
「いいからいいから。美味しい物でも食べなさい。ね?」
先ほどのように、今回も強引にお小遣いを渡されてしまう。
「さてと。私もちょっと散歩して来ようかなそれじゃ、またおいでね」
「う、うん。ありがとう‥‥」
「いいのいいの」
神奈子と同じく、満足そうに立ち去っていく諏訪子。
「うう‥‥どうしよう‥‥」
フランドールはポケットの中のお札を二枚握り締め、途方に暮れていた。
「フランちゃん」
「あ、早苗」
「そろそろ行きましょうか。あまり日差しが強くなってからだと大変でしょう?」
「うん。そうだ早苗」
「はい?」
「あのね‥‥余所の家でお小遣い貰った時って、どうすればいいのかな‥‥」
「はて。‥‥ああ、そういう事ですか」
フランドールの言葉に、早苗は合点がいったように微笑む。
「どうもしなくていいですよ。ただ、ありがとうって言って、そして‥‥」
言いかけていた言葉を止め、襖の方に視線を向ける早苗。
「また遊びに来てくれればいいんですよ。ね? 神奈子様に諏訪子様」
早苗が見ていた襖からは、二人の名残惜しそうな顔があった。
心なしか瞳が潤んでいるのも確認できる。
「ほらフランちゃん。二人に言ってあげてください。「またね」って」
「‥‥うん! 二人共ありがとう! またね!」
「でね、でね! 神奈子ったら、お姉さまがあげたワインを一人でたくさん飲んじゃって、諏訪子が怒ってね、でもケンカしてたら早苗がもっと怒って‥‥」
その後、紅魔館に帰りついたフランドールは、一日振りに会う姉や従者達にお土産話を聞かせていた。
「へえ。その様子だと、楽しんできたみたいね」
「うん! あ、昨日はすき焼きっていうの食べたんだよ! 知ってる? 肉とか野菜を煮て、卵つけて食べるの」
「あら、美味しそうね」
「後ね、後ね‥‥」
それはそれは楽しそうに話し続けるフランドール。
レミリアや他の面々も、楽しそうに話を聞き続けていた。
「あ、それでね? 帰り際に、お小遣い貰っちゃった。神奈子達は内緒だって言ったけど、やっぱり言っておかなきゃって思って」
「あらあら、本当に? どうしましょう。‥‥咲夜?」
「はい」
「‥‥ハムとか贈ればいいのかしら」
「台所を預かる身としましては、是非とも調理油を候補に入れて頂きたいところですね」
「地味過ぎない? ここはやっぱり‥‥」
こうして、紅魔館に新たなご近所付き合いが誕生したのであった。
そう言いながら、早苗は開いていた本をそっと閉じる。
文章の他に大きな挿絵が描かれている、所謂絵本と呼ばれる物である。
「はい、おしまい。どうでしたか? フランちゃん」
「うん、面白かった! ありがとう!」
にこにこと笑顔で答えたフランドールが早苗の膝から飛び降りる。
とある一件以来、早苗はフランドールを大層気に入り、まるで妹のように世話を焼き可愛がっているのだ。
「あらいらっしゃい」
「あ、レミリアさん。お邪魔してます」
「お客を放っておいてごめんなさいね。ちょうど昼寝してて‥‥フラン、絵本を読んでもらっていたの?」
「おはようお姉様! これ、パチュリーに借りたの」
「ん? ‥‥ああ、この本ね。私も昔読んだのよ。私ももし死んだら、暫しの眠りの後で英雄として蘇りたいわね」
「そうだレミリアさん。咲夜さんにお土産を預かってもらっているんで、よければ召し上がってください」
「あら、悪いわね。咲夜ーお茶ー。早苗とフランにもね」
次の瞬間、目の前に置かれ湯気を立てているカップに、早苗は目をパチクリさせる。
「‥‥何度見ても驚いちゃいますね」
「そろそろ慣れなさいよ。人間は順応する生物でしょう?」
「えへへ‥‥頑張ります」
「あら、これがお土産ね? あんこ?」
「神奈子様がお作りになったおはぎです。美味しいですよ」
「それじゃあ遠慮なく‥‥」
「いただきまーす!」
上品に切り分けて食べるレミリア。
ぱくりとかぶりつくフランドール。
「へえ、なかなかいけるわね」
「おいしー!」
「お口に合ってよかったです。神奈子様もきっと喜んで‥‥あ、フランちゃん。口の周りがあんこだらけですよ。ほら」
「んにー‥‥」
ハンカチでフランドールの口周りを拭ってやる早苗を見て、レミリアと咲夜は笑みを浮かべる。
「早苗ったら、フラン様のお姉さんみたい」
「本当よね。実姉の形無しだわ」
「そ、そうですかね?」
「うん! 私も早苗と遊んでるとそんな気がするよ。お姉様よりお姉様みたい」
「‥‥本人に言われるとなかなか傷付くわね」
実年齢で言えば、姉どころか先祖と子孫ほどの差を付けてフランドールが上回っているが。
「そこまで言ってくれるなら、一度うちの神社に遊びに来ませんか?」
「え! いいの!?‥‥いいの?」
「‥‥フランはどうしたいの?」
「私は‥‥えーと‥‥」
一度目の「いいの」は早苗に。
二度目はレミリアに対しての質問である。
レミリアが異変を起こすまでの数百年に渡り、精神的な問題が原因で屋敷に篭り外との接触を断っていたフランドール。
現在ではその問題もだいぶ解消(別の問題で上書き)されているが、それを差し引いてもフランドールは危険な能力を有しており、故に不安は拭い去れない。
そう、いわゆるフアンドールである。
「私はその‥‥できれば、もっと早苗と遊びたいかな‥‥でも‥‥」
「まあ! じゃあ話は決まりですね! レミリアさん、フランちゃんは私が責任をもって一泊お預かりします!」
「え、泊まり? それ初耳」
「ダメですか?」
「いいけど」
「じゃあ決定って事で」
「そうね。咲夜、おはぎのお返しに何か包んであげなさい」
フランドールが言葉を挟む間も無く決められていく外出計画。
ぽかーんと口を開けてその光景を眺めているフランドールだが、ようやく一言だけ口にする事ができた。
「‥‥え? 今日行くの?」
「こちらがフラン様の着替えが入ったバッグと日傘。こちらがお土産です」
「ありがとー。わっ、重い」
「中身は咲夜の能力で時間を進めたイカサマ熟成ワインよ。後は合いそうな食べ物がいくつか」
「イカサマって‥‥もう少し何かありませんか?」
「エセ熟成ワイン? ともかく、お酒ならあなたのとこの神様も喜ぶでしょう?」
「これはこれは。どうもすみません」
「フラン、あまり我侭を言ってはダメよ?」
「大丈夫ですよ。ねー? フランちゃん」
「うん!」
「そう。それじゃお願いね。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす!」
かくして、フランドール初めての外泊が始まったのである。
「行ってしまいましたね」
「そうね。これであの子の世界も広がるし、いい機会よ」
「私は魔理沙辺りがその機会になると思ってました」
「魔理沙‥‥魔理沙ねえ‥‥」
「何か?」
「‥‥妹が一晩で不良になって帰ってきたら嫌だもの」
「うふふ。それは確かに」
「ところで咲夜。私、あなたにずっと言いたかったんだけどね?」
「はい?」
「ほっぺにあんこついてる」
「ええ!?」
あんこを顔に付けたまま延々と接客を続けたメイド長であった。
「ただいま帰りました」
「おや、お帰り早苗。今日の夕飯は‥‥ん?」
「こ、こんにちはー‥‥」
玄関を開けた瞬間、偶然にも八坂神奈子が立っていた。
ランニングと短パン姿で。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
無言で見つめあう吸血鬼と神。
実際よりも長く感じられる静寂を破り、先に動いたのは神奈子であった。
ドタドタドタ!
ガラガラ ピシャ!
ごそごそごそ‥‥
「あ、あの‥‥神奈子様?」
廊下に面した一室に駆け込み数十秒、再び神奈子が姿を見せる。
「はあ、はあ‥‥ごほん! よく来たな悪魔の妹よ。私が八坂神奈子だ」
今度の姿は我々もよく知る、威厳溢れる御姿だった。
「ど、どうもお邪魔します」
「うむ」
「ところで‥‥」
「なんだい?」
「その服、後ろ前なんじゃないかな?」
「な、何い!?」
最早、威厳も何も無いのであった。
「まったく早苗は‥‥誰かを連れてくるなら前もって連絡するように、外の世界にいる時から言ってあるだろう?」
「えへへ、すみません」
「こっちだって色々準備が必要なんだよ。おーい、諏訪子。飲み物とお菓子を出してやんなさい」
「はーい、はいはい」
襖が開き、妙な帽子が特徴的な少女が入ってくる。
「私は洩矢諏訪子。ケロちゃんって呼んでくれてもいいけどね。はい、これでもお食べ」
「ちょ、ちょっと諏訪子。これ‥‥」
「ん? 見ての通り、お煎餅にかりんとう、それと麦茶だけど?」
「ばっかだねえ! 今時の、しかも外人の子が、こんな物で喜ぶ筈無いだろう!? もっとこう、ケーキとか無いの? 飲み物もほら、ジュースとか!」
「な、無いよそんなの! 後はおまんじゅうくらいしか‥‥」
「まんじゅうって‥‥早苗! お金あげるから何か洋菓子でも買っといで!」
侃侃諤諤と騒ぐ二柱に、フランドールは少し怯んでしまっていた。
が、神奈子の発した言葉を聞いて我に返る。
自分が突然押しかけたせいで、このままでは余計な出費をさせてしまう。
人の家に遊びに行く時にはある程度家主に気を遣うものだって、けーねが言ってた。
「あの! これ、頂いてもいい、かな?」
「え? あ、うん」
「ど、どうぞどうぞ」
「それじゃあ、いただきまーす」
ひょい パクッ
「‥‥えーと‥‥」
「‥‥ど、どうかな?」
「んん! この黒いの、初めて食べたけどおいしー!」
「本当に!? よかったよかった。たくさんお食べ」
「うん!」
こうして、客に出すお菓子騒動は、フランドールの気遣いによって収束を迎えたのであった。
「あ、そういえば神奈子様」
「ん?」
「さっき、何か言いかけてませんでした? 夕飯がどうって‥‥」
「あ、ああ。あれね。ええと‥‥」
「ちょうど神奈子と話しててさ。今日の晩ご飯は昨日の残りのイモの煮っ転がしでいいかなって‥‥」
「ちょおい!」
ビシッ
「いたっ! な、何するのさ!」
「誰がそんな事を言ったんだい? 早苗に言いたかったのは‥‥そう。少し前に食べたばかりだけど、今日の夕飯もすき焼きでいいかな? って確認をね」
「す、少し前に食べたばかり?」
「すき焼きなんて半年に一回食べるかどうかじゃ‥‥」
「ちょおい!」
ビシッ
ビシッ
「いたっ!」
「いたっ!」
「フランドールもそれで構わないかい?」
「う、うん」
「それじゃ私は買い物に行ってくるから、仲良く遊んでるんだよ」
「はーい!‥‥二人共、大丈夫?」
瞬く間に二人を手刀で沈めた神奈子を前に、フランドールは何もいう事ができないのであった。
「早苗早苗! これなーに?」
早苗とフランドールは、食事の準備ができるまで早苗の自室で時間を潰す事にした。
早苗の部屋には幻想郷では見る事の無い物が数多くあり、そのどれもこれもがフランドールの興味を引く代物であった。
「ああ、これはDVDっていって、外の世界の物ですよ。中に映像と音が記憶されてるんです」
「へえ! こっちは?」
「それはテレビゲームです。見るだけじゃなくて、自分で動かして遊べるんですよ」
「すごいねー!」
「やってみますか?」
「いいの!?」
「もちろん。それじゃあまず、河童印の発電機を動かして、っと‥‥」
「こうやって、両方のキャラクターが組み合って腰を落とした瞬間にボタンを押すんです」
「おー‥‥」
「せっかくだし対戦してみましょうか。好きなキャラクターを選んでくださいね」
「えーと‥‥それじゃあこの人!」
「じゃあ私は‥‥」
「ええ!? そんな人、選ぶメンバーにいなかったよ!?」
「ふふふ、隠しキャラです。私のパンサーは無敵ですよ」
「ずるいよー」
「んー! 面白かったー。外の世界って、こんなにいい物があるんだね」
「それじゃ次は、お人形でも見てみますか? 結構持ってきましたから」
「うん!」
「こっちがウサギさんでー、こっちはなんと、コアラさんですよ!」
「わあ、かわいー!」
日頃から弾幕勝負に興じているとは言え、そこはやはり年頃の女の子。
二人共、可愛らしい物は大好きなのであった。
「おーい、そろそろご飯だよー。こっちに‥‥」
「ドドドドーン! タイガー戦車、発進! ズバババー!」
「なんの、イーグル戦闘機だー! シュイーン! バシュー!」
「‥‥何してんの?」
「はっ! 諏訪子様!?」
「えっと‥‥女の子らしく、お人形遊びを」
「こんなに物騒なお人形遊び見た事無いよ。そもそもお人形じゃないし。兵器だし」
可愛らしくない物も大好きなのであった。
「えー、それでは早苗の新しい友人、フランドールを歓迎して‥‥かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「ありがとー」
「たくさん食べなさいね」
「うん!」
「うわっ、普段食べてるのと肉が全然違う! 神奈子、張り込んだねー」
「やかましい。黙って食べな」
四人で鍋を囲む、賑やかな食卓。
フランドールが一人増えただけで、見慣れた光景が非常に新鮮なものとなっていた。
「なんだか懐かしい感じがするね」
「そうだね。早苗がこのくらいの大きさだったのは、いつだったかねえ‥‥」
「いっつも、かなこさまーすわこさまーって、ヒョコヒョコ歩いてさ」
「そうそう! 少し姿が見えないだけで、べそかいちゃってさ」
「ちょ、ちょっとお二人共‥‥」
「ま、早苗はこんなに可愛くなかったっけ?」
「あははは! そうかもね」
「むう‥‥」
昔を懐かしむような神々と、膨れっ面で赤面する巫女。
「そうだ。フラン、ちょっとおいで」
「んー?」
神奈子に呼ばれ、箸を休めてフランドールが寄っていく。
すると。
ギュッ
「ふえ?」
「あー、そうそう。この抱き心地。懐かしいねえ」
「あ! ずるい! 今度は私!」
久々の感触を堪能する神奈子と諏訪子。
永い時間を過ごしてきた二人にとって、人間である早苗の成長はそれこそ、瞬く間というのが相応しいほどの早さで過ぎ去ってしまった。
その短かった期間を思い出し、懐かしんでいるのである。
一方、フランドールも心安らぎ、身を委ねていた。
いつの事なのかもわからないほど昔に感じた、母親の温もりを思い出すように。
「ま、吸血鬼だから暖かくなかったんだろうけどさー」
妙にクールなフランドールだった。
いわゆるフランクールである。
「‥‥そうだフラン。今日は私と一緒に寝ようか」
「あ、いいねいいね! 私も一緒に寝るー」
「それじゃあ久し振りに、川の字に布団を用意しましょうか」
「うん! 今まで布団で寝た事無いし、楽しみ!」
美味しい食事に賑やかな時間。
寄り添って入る布団の感触。
こうして、フランドールの初めての外泊はあっという間に過ぎていった。
そして翌朝。
朝食は神奈子手製の味噌汁に、イモの煮っ転がし。
特別な物よりも、早苗達が普段食べている物を、というフランドールのリクエストだった。
「ふああ‥‥まだねむひ‥‥」
種族柄、朝に弱いフランドールは朝食後もボーッとしていた。
「んー、山の朝は冷えるんだなあ‥‥」
眠気覚ましに、冷たい廊下を歩いている時だった。
「おや、フラン」
「あ、神奈子。ご飯の片付け、手伝おうか?」
「いや、いいよ。それより眠たそうだね」
「ん、吸血鬼だしね。朝はちょっと‥‥」
「それもそうか。‥‥ところでフラン。ちょっとこっちに」
「んー?」
神奈子に導かれるまま、廊下の奥へ歩くフランドール。
どうやらそこは外や他の部屋から死角になっているようだった。
「なーに?」
「これ、少ないけど。お菓子でも買って帰りなさい」
「ええ!? いいよう。いらないよう」
「他の連中には言わなくていいからね」
「ちょっ、だから‥‥」
「ほら、しまってしまって」
「あ‥‥ありがとう」
有無を言わさぬ勢いで、お小遣いをポケットにねじ込まれてしまった。
「またおいでよ」
「う、うん‥‥」
用事を済ませて台所にさっさと引っ込んでしまう神奈子。
その表情は少し満足そうなものだった。
「いいのかな‥‥困ったなあ‥‥」
「フラン。何してんの?」
「あ、諏訪子。ちょっと食後のお散歩を」
「そうだ。ちょっとおいで」
「え‥‥?」
ペタペタと歩くフランドールに声をかけたのは諏訪子だった。
そして、つい今しがたと同じ展開。
「あのね、フラン。お泊り、楽しかった?」
「うん!」
「そっかそっか。でね? はいこれ。みんなには内緒だよ? お姉ちゃんにも言わなくていいからね」
「え、ええ!? いや、あの‥‥」
「いいからいいから。美味しい物でも食べなさい。ね?」
先ほどのように、今回も強引にお小遣いを渡されてしまう。
「さてと。私もちょっと散歩して来ようかなそれじゃ、またおいでね」
「う、うん。ありがとう‥‥」
「いいのいいの」
神奈子と同じく、満足そうに立ち去っていく諏訪子。
「うう‥‥どうしよう‥‥」
フランドールはポケットの中のお札を二枚握り締め、途方に暮れていた。
「フランちゃん」
「あ、早苗」
「そろそろ行きましょうか。あまり日差しが強くなってからだと大変でしょう?」
「うん。そうだ早苗」
「はい?」
「あのね‥‥余所の家でお小遣い貰った時って、どうすればいいのかな‥‥」
「はて。‥‥ああ、そういう事ですか」
フランドールの言葉に、早苗は合点がいったように微笑む。
「どうもしなくていいですよ。ただ、ありがとうって言って、そして‥‥」
言いかけていた言葉を止め、襖の方に視線を向ける早苗。
「また遊びに来てくれればいいんですよ。ね? 神奈子様に諏訪子様」
早苗が見ていた襖からは、二人の名残惜しそうな顔があった。
心なしか瞳が潤んでいるのも確認できる。
「ほらフランちゃん。二人に言ってあげてください。「またね」って」
「‥‥うん! 二人共ありがとう! またね!」
「でね、でね! 神奈子ったら、お姉さまがあげたワインを一人でたくさん飲んじゃって、諏訪子が怒ってね、でもケンカしてたら早苗がもっと怒って‥‥」
その後、紅魔館に帰りついたフランドールは、一日振りに会う姉や従者達にお土産話を聞かせていた。
「へえ。その様子だと、楽しんできたみたいね」
「うん! あ、昨日はすき焼きっていうの食べたんだよ! 知ってる? 肉とか野菜を煮て、卵つけて食べるの」
「あら、美味しそうね」
「後ね、後ね‥‥」
それはそれは楽しそうに話し続けるフランドール。
レミリアや他の面々も、楽しそうに話を聞き続けていた。
「あ、それでね? 帰り際に、お小遣い貰っちゃった。神奈子達は内緒だって言ったけど、やっぱり言っておかなきゃって思って」
「あらあら、本当に? どうしましょう。‥‥咲夜?」
「はい」
「‥‥ハムとか贈ればいいのかしら」
「台所を預かる身としましては、是非とも調理油を候補に入れて頂きたいところですね」
「地味過ぎない? ここはやっぱり‥‥」
こうして、紅魔館に新たなご近所付き合いが誕生したのであった。
どうしても、かなすわ二人で顔がにやける。
フアンドールで地味に噴きました。
咲夜さん、最後の一言は本当によくわかってらっしゃる、思わず画面の前で頷いてしまった…
所帯染みた幻想郷も素晴らしい!
いや、失敬。
スーパーファイアープロレスリングだろ、それ?w
フランドールが愛らしくて、頬緩みっぱなしでした。
お姉さんな早苗さんも素敵で良かったです。
自分も、田舎の親戚のもてなしが懐かしい
なんか和むわ
(゚∀゚)人(゚∀゚)ナカーマ
煮っ転がし食べたいです。
守矢は神奈子さまがお父さん、諏訪子がお母さんで早苗さんが立派に長女だなあ
すげーなつい・・・
内容もほんわか素敵ですた
「子供同士でお金のやりとりしちゃいけません!」と叱りたくなるな。
完全に孫を可愛がる祖父母と化した神様二人が可笑しかったです。
完全におばあちゃんだこれぇw
すごいホンワカしました