Coolier - 新生・東方創想話

大きな代償、小さな幸せ

2011/05/12 01:10:18
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今日の私なら鴉天狗にも勝てる。
いや鬼をも凌駕出来るのでは無いだろうか。
私は懐から紙袋を取りだした。
もう何度も見返しているが、もう一度見てみよう。
『給与 犬走椛殿』
そう赤字で記された給与袋。
紙袋から伝わる重みは一ヶ月間に渡る労働の対価。
この重みが私に力をくれているのである。
頬は緩みっぱなしだ。

「ちょっとそこ行くお嬢さん」

ふと背後から声を掛けられ、私は振り返った。
こうも簡単に背後を取られるとは、どれだけ油断していたのだろうか。
振り返った眼前には、私以上の笑みを顔全体に浮かばせた兎が立っていた。
確か永遠亭の兎だったような。

「何ですか?」
「耳寄りなお話があるのだけども、聞いていかない?」

ははぁん、押し売りの類だな。
そういえば永遠亭は薬売りもやっていると聞いた覚えがある。
金はあるけども、生憎聞く気は無い。

「いや結構です。他の人に当たってください」
「あら、そう? 折角哨戒のお仕事に役に立つ道具を教えてあげようかと思ったのに」
「間に合ってますから」

私は踵を返し、再び歩を進めた。
しかしその兎はなおも後ろから着いてくるではないか。

「そんなこと言わないで、ちょっとだけでも聞いてってよ」
「いりません」

そんな押し問答を繰り返しているうちに兎が私の前に立ち塞がった。
私の歩行の邪魔をするようであるなら、実力行使である。
今の私を止めれると思ったら、それは大きな間違いである。
しかし、兎は立ち塞がるどころか、頭を地面に擦りつけ土下座をしているではないか。
これには私も思わず面喰ってしまた。

「お願いします! ちょっとだけでもいいから話を聞いてください。そうしないと私家に帰れないんです」

涙を浮かべ嗚咽を漏らしながら、兎は必死に懇願しているではないか。
傍から見たら私が泣かせてしまったようにも見える。
これは見られたら非常に厄介な話である。

「はぁぁ……分った、分りました。ちょっとだけですよ」
「ありがとうございます!」

兎は私の手を強く握ると何度も頭を下げていた。
こんな風に頼まれると拒否できないのが私の駄目なところである。
因幡てゐと名乗った兎は、木陰に私を誘うとどこからか剣と盾を取りだした。
一体、どこに仕舞っていたのだろうか。
そして先程の泣き顔はどこへやら、一転商売人のような口調になっていた。

「さぁ取りだしたるはこの刀と盾。月で製造されたという珠玉の一品だよ」

確かに造形は美しい。それなりの業物であると推察できる。
しかし刀と盾は私はすでに使いこんでいるものがある。
それを今際わざわざ買い直す必要は無いだろう。
てゐには悪いけども、やっぱり別の人に当たって貰おうじゃないか。

「それだけじゃないよ、なんとこの刀。斬れぬものはこの世に一つも無しといわれる程の切れ味を持っているんだよ」
「ほう……」

造形だけではなく、切れ味まで鋭いとは。
私は剣を見つめた、毎晩磨いでいるので切れ味は問題ないが、流石に量産した刀である。
切れ味には限界がある。
それに比べてこの刀。
振るだけで両断してしまいそうなくらい鋭い刃先。
鈍い光が威圧感を醸し出している。

「そしてこの盾。この盾で防げぬものはこの世に無し。どんな攻撃だって受け止めれるのさ」

私は自分の盾を見つめた。
使いこみ塗装も剥げ、ちょっとヒビ欠けも入っている。
それに比べてこの盾。
鏡のような表面は何であろうか。
光り輝き眩いばかりである。

「この最強無敵の刀と盾。セットでお安くするよ」
「……うーん、魅力的だけども」
「さらに今なら永遠亭特製の腹痛に効く薬もオマケで付けちゃう」
「ちなみにいくらになるの」

てゐは算盤を弾くと私に差し出して見せた。

「うっ……」

今月の給料の半分じゃないか。
しかし、業物の刀の相場はこれ以上なものである。
以前、香霖堂で見た時は私の給料四年分に匹敵していた。
そう考えるとこの値段はお得ではないだろうか。
しかも、効果も抜群でありそうだ。
哨戒の仕事の効率も上がり、給料アップにつながるのではないか。

「分りました! 買いましょう!」
「ありがとうざいまーす」

てゐから桐箱に詰められた刀と盾、オマケの薬を受け取り、私は代金を支払った。
高い買い物?
いやこれは投資である。
私の未来はこの刀で切り開いていくのである。







「それ詐欺じゃない」
「へっ……?」

早速、刀と盾を見せびらかすためににとりの家へ向かったのであるが、にとりからは手厳しい一言が待っていた。

「えっ? でもほらこんなに立派な業物だよ」
「まぁ見た目は立派だけどさ、どんなものも斬る刀とどんなものも防ぐ盾なんだよね」
「うん」
「じゃあ、この刀でこっちの盾を切りつけたらどうなる?」

どんなものも斬る最強の刀。
どんなものも防ぐ最強の盾。
その二つをぶつけたら……

「あれ? 刀が勝っても盾が勝っても、おかしな話に……」
「はぁぁ……気付くの遅いって」

なんだつまり私はてゐの口車に乗せられてまんまと騙された訳か。
今思えばあの土下座も泣き顔も全て演技だったのか。

「私ってほんとバカ……」
「知ってる」

知ってましたか。
オブラートに包むことなく直球で言われると少々悲しい。
給料の半分も持っていかれてしまったのである。
自分の不甲斐なさと悔しさで涙が出そうになる。
何が鬼をも凌駕出来る、だ。
兎の掌で弄ばれてるじゃないか。

「よしよし、まぁ今後は騙されないように気を付けるんだよ」
「うん……」
「さっ、お茶でも飲んで落ち着こうよ」

差し出された冷たいお茶を一気に呷った。
キンキンに冷えたお茶が怒りで沸騰寸前であった頭を一気に冷やしてくれる。
落ちつきを取りも出した思考回路であるが、このまま泣き寝入りしてもいいものだろうか。
そんな思考が湧きあがってくる。
相手は所詮、兎。私は白狼天狗である。
腕力にモノを言わせてお金を取り返せばいいのではないだろうか。
そうだ、こんな簡単な話じゃないか。

「よし……」
「どうしたの? 椛」
「ちょっと取り返してくる」
「何をさ」
「お金と……奪われた私のプライドを」

私はにとり亭を飛び出すと、一直線に先程の場所まで戻っていった。
だが、もうその場にはてゐは居ない。
また別の場所に移送して次々に人を騙くらかして居るという訳か。
ああ、でも本当に残念だ。
私の鼻を甘く見ていたというのが本当に残念だ。
残り香で追走するくらい訳も無い、どこまでも追い詰めて見せる。

「……こっちか」

人里の方からてゐの匂いがする。
雑木を切り分け、最短距離で走り抜ける。
私は匂いへと全速力で近づいていくのであった。
人里は多くの人で賑わっている。
勿論匂いも色々な匂いがある。
食べ物の匂いだって混じっている。
それでも私の鼻孔はてゐの匂いだけを察知していた。
絶対に逃がさない。

「……見つけた」

里で呑気に売り物を物色しているてゐを。
私はてゐに気付かれないようにゆっくりと背後から忍び寄った。

「先程はどうも」

ビクッと反応したてゐが恐る恐る後ろを振り返った。
額から汗が一滴垂れている。
どうやらてゐにも私が何を考えているか分ったようである。

「あ、あはは。驚いたなぁ。それでさっきの刀はいかが?」
「これから試し切りをしようかなと思って。ここの兎はよく切れそうだ」

鈍い光がてゐを照らす。

「ちょ、ちょっと待って。取りあえず落ち着こっ?」
「出すもの出したら落ち着く。ほらちょっと跳躍してごらんよ」
「それ山賊の言い方だよ」
「詐欺師に言われたくは無い」

抜き身の刀をてゐに近付けてジリジリと近づいていく。
てゐの後ろには壁。
もう逃げることは出来ないだろう。
てゐも年貢の納め時と感じたのであろうか、ついに観念したようである。

「でも、お金は払えないんです」
「何でよ?」
「もう全部使っちゃって……だからお詫びにこれを」

てゐは胸元からペンダントを差し出すと私に手渡した。
小さな宝石であろうか。
桃色に輝いている。

「幸運を呼ぶペンダント。本来なら百万はするんだけども今回は特別に無料にしちゃうよ」

百万が無料か。どんな価格変更であろうか。
もう胡散臭さしかしない代物ではないか。
こんなものを掴まされた日には卒倒してしまいそうである。

「ほらっ! あれ見て!」

てゐが私の後方を指差す。
私は思わず振り返って見てみるものの、何も無いではないか。

「何も無いじゃ……あっ!」

私は慌てて振り返るもてゐはいつの間にか壁際から抜け出していた。
文字通り脱兎の如くである。
人込みに紛れてしまったようである、今から追いかければ間に合いそうではあるが
もう使い込んでしまったお金は戻ってこない。
それにあんな簡単な計略でまんまと逃がしてしまったこともあり、もう追いかける気力も失せていた。

「はぁぁ最低だぁ……」

私は溜息を吐くと握りしめたペンダントを見つめた。
胡散臭さ抜群の代物であり、効き目も全く期待できそうにない。
まぁ見た目だけは綺麗なので、私でもちょっとは似合うだろうか。
馬子にも衣装、いや、そこまで卑下しなくてもいいかな。
白い服に桃色の輝きが映える。
給料半分支払って得たのは刀と盾と薬とペンダントであった。
何て高い買い物だ。
にとりの言う通りもう騙されないように気を付けよう。

「はぁ……お腹すいた」

そういえばにとり亭ではお茶だけを飲んで飛びだしたのであった。
何か食べておけばよかったと今更ながら反省。
そうだなぁ。
今は甘いものが食べたい。
饅頭を腹いっぱい食べたい気分である。
生憎、残りの給料は全部にとりの所へ置いてきてしまったではないか。
どこが幸運だ。何が幸運だ。
お金でも落ちてないかな。

「あれ? 椛」

地面を見つめながら歩く私に掛けられる声。
この声は……

「にとり」
「何で下向いて歩いてるの? それよりどうだった?」

私は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
にとりも察したようで、肩を軽く叩いて慰めてくれた。
やっぱり持つべきものは親友である。

「実は……そんな椛の為に、いいものを買っておいたんだ」

にとりはリュックから紙袋を取りだすと私に差し出した。
ほんのりと甘い香りがする。
空腹中枢が刺激され、口内に唾液が溢れてくるではないか。

「饅頭の詰め合わせだよ。甘いもの沢山食べてさ、元気出していこ」

何と、今一番欲しているものがこうして目の前にあるではないか。
私はペンダントに目をやった。
もしかしてこれが幸運の効果だろうか。

「あれ? どうしたのそのペンダント。可愛いじゃない」

にとりがペンダントを指で弄った。
日光に照らされ、キラリと光る。

「うん、さっき貰った幸運を呼ぶペンダントなんだ」
「それはまた非科学的な」
「でも、今、幸運が叶ったみたい」
「へぇ、どんなこと?」

私は饅頭を一つ頬張り笑みを浮かべた。

「饅頭が食べたいって思ってたんだ」
「……やっすい幸運だこと」

にとりも呆れたように笑った。
初めまして翼と申します。初作品の投稿となります。
椛中心にこれからも書いて行きたいと思っております。

妖怪は詐欺にひっかからん? それはカイカブリすぎやで!

◎脱字を修正しました ※2さん、ありがとうございます。

http://bestdrop.konjiki.jp/
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コメント



0.970簡易評価
2.90愚迂多良童子削除
お、なんだか和んだ。
あんまり大仰なオチじゃないところも気に入った。

>>造形ではなく、切れ味まで鋭いとは。
造形だけでなく、のほうが文章的にあってるかと。
3.90名前が無い程度の能力削除
あっさりした読後感で良いね
割と単純で現金な椛が好きだ
4.80名前が無い程度の能力削除
てゐ……
8.90奇声を発する程度の能力削除
幻想郷らしい感じで良かったです
11.90名前が無い程度の能力削除
あははwwやりそうやりそうww
13.80名前が無い程度の能力削除
上手く纏まってるけどオチが読め過ぎた。
もう少しオチを上手く隠した方が面白いかも。
17.70名前が無い程度の能力削除
けっこう楽しめました。よくまとまっていたと思います。
20.90名前が無い程度の能力削除
古典的な故事ですが、配役がしっくりきて楽しかったです。

初投稿でこのまとまった文章。これからの投稿を楽しみにしてます
26.100名前が無い程度の能力削除
椛があほの子すぎてクスっときました。