さとりは桃色のネグリジェ姿で、ベッドの上に腰掛けて本を読んでいた。
寝室は行燈の光に満たされていた。柔らかいオレンジ色の光に。そしてしんと静まり返っている。
時折さとりがページをめくる度に、ぱらりと乾いた音が響いた。
ふと黒猫姿の燐が、キャットドアから音も無くひょっこりと顔を出した。さとりが彼女に気付くことは無い。目の前に広げた本に没頭している。この距離では燐の心の中も流れ込んで来ないのだ。
だが返って都合が良いと燐は思った。
ふと訳も無く、愛する主人の姿を見たくなり用事をほっぽり出して返ってきたのだから。彼女には、時たまそんな風に主人を渇望することがあったのだ。
だから燐は眺めた。
さとりと、彼女の仕草を。
桃色の中で、さとりの肋骨の窪みと首筋が際立っている。磁器のように白く、そして白く輝いているように燐には見えた。
ページをめくるその白い指が、ふっくらとした朱色の唇をなぞった。柔らかで、温かそうな唇だ。
赤貝色の爪はよく手入れされていて、宝石のような品のある輝きを帯びている。
あぁ、と燐は心の中で嘆息した。そしてぞくぞくと背筋の震えを覚えた。
あの磁器のように白い肌をぺろぺろと舐めて差し上げたい。一度でいいからあのふっくらとした柔らかそうな唇に触れてみたい。
そう欲情せずにはいられない程、目の前のさとりを燐は魅力的に感じた。
今宵の桃色のネグリジェも、とっても可愛らしくて似合っていると燐は思った。
ネグリジェには、桃色のふわふわとしたレースのフリルが身体を巻くようにあしらってある。それを燐は眺めて、まるでさとりの纏う柔らかく慈愛に満ちた雰囲気が具現化したようだと思ったのだ。
燐はさとりのその雰囲気が好きだった。さとりの纏う雰囲気は傍に行くと自分を温かく包み込んでくれように感じられるから。そして自分を落ち着かせてくれて、この上なく安らいだ心持になるのだった。
ふと、さとりの膝の上に目が行った。
そこは空いていた。
座っちゃおう。そう燐は思った。友人が、今宵あの膝の上で何かをしようとしていたらしいが、どうでも良い。早い者勝ちって言葉が世の中にはあるのだ。
「にゃぁ」
さとりは顔を上げた。
そして、燐がキャットドアからが顔を出して自身をじぃっと見つめていることに気付いた。
さとりは口元に笑みを浮かべて微笑した。
心は読めずとも、長年寄り添ったペットの言いたいことをさとりはすぐに感じ取れたのだ。
「いいわよ、お燐。おいで」
さとりは、ちょいちょいと指先で手招いた。
「にゃあ」
燐の身体がキャットドアから出て来た。スマートで毛並みの艶々とした身体は滑らかな光沢を帯びていた。
燐はベッドの方へ速足で向かい、その上に跳びのる。そしてさとりの膝に頬を擦り寄せて甘い声で鳴いた。さとりは指先で燐の顎の先を掻くように撫でる。燐は瞼を閉じて心地良さにごろごろと喉を鳴らした。
「にゃーっ、にゃーっ」
燐はさとりに対して、お膝にのせてーっと心の中で訴えた。優しいさとりは頷くと、右手で自身の空いていた膝をぽんぽんと叩いた。
「横になる時はどいてね」
「みぃ」
燐はさとりの膝の上にのると丸くなる。
膝の上は柔らかくて、温かかった。そして大好きなさとりの柔らかい香りが燐を包んだ。
燐は目を閉じた。心地良かった。膝の上に頬を押し付けると、その温もりがより一層感じられるようだった。
大好きな主人の香りと温もり。
それが感じられることが嬉しくて、燐は二本のしっぽをゆっくりと交互に揺らした。
――――どんな玉座も大好きなさとりさまの膝の上には、色褪せるに違いない。いや、そもそも足元にすら及ばない。
燐はそう確信していた。
「褒めすぎです」
さとりはくすぐったそうに笑いながら、燐の滑らかな毛並みを指先で梳いた。
「でもありがとうね、こんなに喜んでくれて」
そして再び本に目を落とした。
ありがとう。その一言がくすぐったくて、燐は両手で顔を掻いた。
灰色のスウェット姿の空が、薄暗い廊下をスキップで進んでいた。その顔には輝くような満面の笑顔が浮かんでいた。
空はウキウキしていた。
彼女は燐から『今日は地上で出来た化け猫友達のところに外泊する』と聞いていた。
だから、今宵はさとりを独占出来ると期待していたのだ。
空はさとりに膝枕してもらおうと決めていた。膝枕に憧れてはいたものの、さとりの膝はいつも燐が独占しているために機会が巡って来なかった。だから今宵はまたとない機会であり、それ故に楽しみだった。
空がやりたいことはまだ他にも数え切れないほどにあるのだが、自分の我儘と欲望の為にさとりを困らせてはいけないと彼女はそれだけに留めていた。
お空は小さく笑った。気分は有頂天で、今にも天に舞い上がれそうだと思った。
「さとりさまいるかな~」
そして寝室の扉の前に来ると、空はドアノブに手を掛けてゆっくりと扉を押し開けた。
「さっとりっ様~♪」
ドアの隙間から、空はひょこっと笑顔を出した。
「あらお空」
「あーーーっ!!!!!!!!!!!! 」
そして叫んだ。さとりの膝の上で、今夜はいないはずの燐が丸まっていたのだから。
「ちょっとお燐っ。今日はいないって言ってたじゃん? なんでいるのーっ?! 」
空はドアの前に立つと頬を膨らませ、眉をしかめて燐を見た。
――――さとりさまを独占出来ると思ったのに……。はぁもうサイアク! 酷いよお燐!!
「あらら……」
空の心の叫びに思わずさとりは頬を染めた。そして俯いた。自身を独占、なんて言われて恥ずかしかったのだ。
燐は目を閉じたまましっぽを揺らしただけだった。その態度が余計癪に障ったのか、空はずんずんとベッドの前に迫って来た。
「ねえー! なんでいるのー?! 」
空は両手の拳を握りしめ、怒りに燃える瞳で燐を睨みつけながら甲高い声で怒鳴った。
しかし燐は無反応だった。気分が変わったのさー、と言う心の呟きをさとりは聞いた。
さとりはやれやれと溜息を吐いた。面倒なことになった。
「どいてよバカお燐!! いっつもさとり様の膝の上を一人占めにしてるんだから、偶にはいいじゃない!! 」
「どうして私の膝が欲しいんですか? 」
「さとりさまに膝枕してもらうのー!! 」
「ああ、なるほど。でもまた次の機会でも良いじゃないですか」
「イヤだイヤだイヤだーー!! 今がいいの、ずっと楽しみにしてたのー!! 」
じたばたと足踏みする空の瞳は潤んでいた。
さとりは思った。よっぽど悔しいのだな、と。そして困ったように唸った。どうしようか悩んだのだ。
燐に許した手前、彼女に膝から退くようには言い難い。
しかし空の甘えたい気持ちにも答えてあげたい。
そんな時、ふとさとりの頭の中にあることが思い浮かんだ。
「お空。じゃあこうしましょう」
「うにゅ……。なあにさとりさま? 」
「膝の代わりと言ってはなんだけど、私の肩にのってみたら? 」
「うにゅにゅ……? 」
空は涙目のまま首を傾けた。
「でも私がのったらさとりさま、重くて大変だよ……? 」
「お気遣いありがとう、良い子ね。でも違うわ。元の姿でよ」
「なんで? 」
「えっとね。お空は鳥さんだから、そっちの方が落ち着く気がするのよ」
うにゅにゅー、と空はこめかみに指を当てて唸った。そして不本意ではあるけどもそうすることにした。このまま駄々をこねて主人を困らせてはダメだと思ったからだ。
その代わりに空は、しっかり言うことを聞いた私を褒めて褒めてさとりさま、と心の中でさとりに対して訴えた。
「ええ。お空は物分かりの良い子ね」
「うん!! 」
空は大きく頷いた。そして褒められたことが嬉しくて、涙目から一転して笑顔を浮かべた。
さとりの言葉に燐のしっぽが不機嫌そうに大きく左右に揺れたが。
「ただし、痛くしないようにね? 」
「はーい♪」
空は笑顔のまま高らかに挙手すると、ぽんっと軽い音を立てて元の鴉の姿に戻った。
そして漆黒の翼を広げて飛び上がった。力強い羽ばたきだった。黒い羽根が周りに飛び散ったほどだった。さとりが、今日掃除したばっかりなのに……と呟いた。
空は翼をはためかせながらホバリングした。下にはさとりがいる。
さとりは少し不安なのか空を見上げた。
空はゆっくりと高度を下げていた。そして鉤爪をさとりの華奢な肩に恐る恐る触れさせると、慎重に翼のはためきも弱めていき、やがて僅かに翼が振動するくらいになると翼を畳んだ。
「おっと」
それでもさとりは僅かによろめいた。肩に掛かる重さは少し予想外だった。それでも上手だと感心した。
「上出来ですよお空。……ちょっと重たいですが」
さとりは笑いながら言った。
すると太ったかなぁ……と言う空の不安そうな心の溜息が聞こえた。
さとりはあっ、と口元に手を当てて後悔した。いくら空でも女の子として気にするところはあるのだ。
「ごめんなさい、お空。……少し無神経でした」
さとりが頬を赤らめながら言うと、燐がそれに同調して「にゃあ」と鳴いた。
けれども次第に空はウキウキし始めた。
大好きな主人の肩にのっていると言うことが、空の鳥としての本能をくすぐるらしかった。忙しなく首を色んな角度に傾けている。
さとりはそんな空の心情を読んでクスクスと笑った。自分の思い付きで空が喜んでくれたことがさとりは嬉しかった。
「折角ですし、読破しちゃいましょうか」
だからさとりも機嫌が良くなって、二人に甘えたいだけ甘えさせてあげようと今夜は夜更かしすることにした。
さとりは本に目を落とした。
燐は相変わらずさとりの膝の上でのんびりとしていた。
空は浮かれた様子でさとりの肩にとまっていた。
地霊殿の平和な夜は進んで行った。
しかし平和とは長くは続かない。何故と言えば平和と混沌のサイクルが世の中の真理だからだ。
グワアン!!
突如、ドアの方から轟音がした。
ベッドの上にいたさとりが反射的に顔を上げた。燐がビクッと身体を震わせた。空が驚いて身をのけ反らせたことでバランスを崩しさとりの肩からずれ落ちた。
ドアに大阪ミナミのグリコの看板の体操選手をかたどったような穴が空いていた。
「あっちゃー……。やっちゃったー」
こいしがフリルのついた白いキャミソール姿でドアの前にいる。帽子はない。彼女は穴を見て苦笑しながらてへへと頭を掻いていた。
「ちょ、ちょっとこいし」
さとりは目を丸くしていたが、慌てて我に帰りドアを壊したことを叱ろうとする。
「お姉ちゃん☆」
「な、なんですか? 」
いきなり満面の笑顔を向けられ、さとりはたじろいた。
「た」
こいしはベッド(主にさとり)に向かってダッシュする。
「だ」
こいしは屈む。
「い」
こいしはその体勢から一気に力を発揮してジャンプする。
一瞬の事だった。三人が身構えるスキも無かった。
「まああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!! 」
こいしは満面の笑みでさとりにダイブした。
「きゃああああああああああああああ?! 」
「にゃああああああ?! 」
「アホーウ!! 」
さとりはこいしに押し倒され、燐は床の上に投げ出され、空は慌てて飛翔してベッドから離脱する。
「はう~お姉ちゃ~ん! 会いたかったよ~~。会いたくてどうしようも無かったんだよ~ぅ♪」
こいしはさとりを抱き締めて頬ずりする。
「ちょ、ちょっとこいし……いきなりなにをするんですか。やめてっ」
「嫌だよーっ。私だってお姉ちゃんが恋しくなる時だってあるんだから~。いや、いっつも恋しいよ? 忘れてるだけで! だって私、お姉ちゃんのこと大好きだもん!! 」
「な、なにを……」
こいしの言葉にさとりは頬を染めて黙り込んだ。
それを良い事にこいしの腕がさとりをぎゅーっと抱き締める。燐と空はいきなり現れたこいしを前に、互いに目を見合わせて落胆したようにうなだれた。実の妹であるこいしと、さとりを奪い合う訳には行かないからだ。二人は優秀なペットであるが故に、悲しい程に身の程を弁えていた。
そして、猫と鴉の姿のまま寝室のドアの風穴からトボトボ出て行こうとした時だった。
「ひゃ、ちょ、こいし、やめっ、ひゃうぅっ」
さとりの甘い嬌声が聞こえて、燐と空はガバッ!っとドアの前で振り返った。
「おねーちゃーんをペーロペロー♪」
なんと、こいしが舌をさとりの首筋やうなじに這わせているではないか。しかも笑顔で。
さとりはされるがままだった。
目をくいしばって身体をよじらせ、両手でシーツをぎゅっと握りしめて耐えている。
大好きな主人をこいしが好きなようにしている……。
――――羨ましい!! 私もさとりさまに思う存分甘えたい!!
二人は欲情を抱いた。
しかし、いやいやダメだと互いに思い直した。主人がこいしに蹂躙されているのだ。なのに自分たちまで混じってさとりを蹂躙してどうする。こいしを止めねば。と。
だがいざ止めようと思って向かおうとすると、どう言う訳か足と翼が動かなかった。
そして二人はうろうろとその場を右往左往し始めた。
ふと振り返ったこいしの目にそんな二人が止まった。そして二人の挙動不審さからすぐに悩ましい心情を悟ったのか
「お燐もお空もこっちおいでよ~。一緒にお姉ちゃんにいっぱい甘えようよ~~」
こいしはさとりの身体を抱き起こして言った。何となく燐と空が可哀想でこいしは混ぜてあげることにしたのだ。
「も、もう止めなさいってば……」
さとりの言葉は弱々しい。
息は荒く、髪は乱れ、頬は上気していた。
桃色のネグリジェは乱れている。白い胸元の肌が露わになっていた。そこにも微かな朱が滲んでいた。
燐と空の心に火が灯った。
が、それはあっという間に心の中に燃え広がり激しい大火炎となった。
それは激しい愛の衝動だった。
欲望をさとりにぶつけてしまいたいと言う物だった。
だが、二人はなんとか踏み止まった。辛うじて保たれていた理性が「そんなことをしてはダメだ」と、その衝動を抑えつけたのだ。
「二人ともお姉ちゃんのこと大好きなんでしょ~? 」
そう、大好きなのだ。
燐も空も。
そして出来るならば今すぐにでも人型になってさとりの元にダイブして、自分達の甘えたい欲望をぶつけたかった。爆発したかった。
アトミックボムのように
濃縮された自分達の愛の欲望を、解き放ちたかった。
二人がしたいことをさとりが聞いたら、今にも赤面してあたふたするだろうが、幸いにも距離が開いてる為に二人の心の叫びはさとりには届いていない。
だがそんな激しい愛の欲望を抱いているが故に、二人は自分の欲望に流されてはならないと思っていた。実際、さとりが嫌がっているではないか。
故に、激しい愛の欲望とペットとしての自制心の狭間で二人は激しく葛藤した。
行ってしまうか、それとも耐えるか、と。
こいしは、そんな二人の心情を二人のきょどる目の動きをそのまんまるとした瞳で事細かに観察ることで感じ取った。
心を閉じて相手の心が読めなくなった代わりに、こいしは相手のちょっとした表情や目つき、しぐさの変化から相手の内心を読みとる術を手に入れていた。相手が動物だとしても例外ではない。普段はニコニコしている彼女だが、見た目とは裏腹にとても強者なのだ。
(二人ともかわいいなぁ)
こいしは、うぷぷと口元に手を当てて笑った。
「な、何を笑っているのですか? 」
さとりが不審そうな視線を投げ掛けた。
「べっつにー。あ、ねえねえ二人とも」
燐と空は顔を上げた。
「お姉ちゃんなら、甘えても嫌ったりしないから大丈夫だよー」
こいしの一言に二人は目を見合わせた。
それならいいのだけど、と二人は思ったのだが確信が無かった。
許可さえあれば、騎兵連隊の如くベッドの上のさとりに猛然とチャージするのだが。
「いや、ですから……きゃ??!! わ、こいしやめっ、あははは”!!」
こいしがさとりをこちょこちょし始めて、言葉の続きを遮った。手を止めるとさとりは、ハアハアと大きく肩で熱い息をした。
背後からこいしが、さとりの肩に顎を押し付けた。
「ねーお姉ちゃんー。ただ甘えるだけならイイじゃんー? 私も激しく甘えたりはしないから」
こいしはさとりの耳元に囁き掛けた。
「う―……」
さとりは唸ると、燐と空を伏し目がちにちらちらと見た。そして溜息を吐いた。
(まあ、このままじゃ埒が明かないですし……。甘える位なら許してもいいかしら)
さとりは先程までの燐と空の様子から、甘えると言っても二人が自分の膝に甘える位のモノだろうと思っていた。
だがそれは余りに酷い思い違いであった。
ドアの前にいる二人は、あまりに濃厚かつ熱すぎる愛の欲望を抱いていたのだ。それは地底の業火のように二人の心の中でごうごうと燃え盛り、今にも二人の自制心と理性を焼き切ろうとしていたのだ!!
距離がある為に、さとりは二人の内心を読めなかった。そして迂闊にも読むことを忘れてしまった。こいしの愛撫に少し理性が蕩け、判断が鈍っていたのだ。
勿論、背後で自分の身体を抑えるこいしが、自身を猛烈にペロペロしたがっていることなどにも気付く筈が無い。
「まあ、甘える位ならいいですよ」
チュドーーーーーーーン!!!!!!!
燐と空の理性がアトミックバンした。激しいキノコ雲を頭の上に立ち昇らせた。
二人は人型になった。
燐は緑色の高校ジャージを身に纏っていた。
そして、じりじりと歩み寄って来る。
さとりは、おや変だぞ、と今更ながらに思った。
二人は嬉しそうに笑ったりしていない。まあ単に喜びを通り越して違う次元の感情に至っているだけなのだが。さらに二人の瞳には熱が湛えられていた。
何より、甘える為だけに何故人型になるのかさとりは疑問だった。
そして二人がいよいよ接近して来た時――――――――
「―――――――ッ????!!!! 」
さとりは一気に顔を耳まで真っ赤にした。
二人の心の中の欲望を、読んだからである。
「ちょ、ちょっと待って!! そんなことしちゃダメですから!!!! 絶対ダメですから!!!!!!!! 」
さとりは汗を浮かべ、目を回しながら叫んだ。ぶんぶんと手を振り回している。
しかし今となっては後の祭りだ。二人はじりじりと、蕩けた表情でベッドに迫る!!
「ダメェ!! そんなことしたらおかしくなっちゃう!! 壊れちゃうよぉ!!! 」
さとりはそう言いながらベッドの上で後ずさろうとした。
「みんなでおねーちゃんをペーロペロー♪」
だが背後に回り込んだこいしが笑顔でさとりの肩を抱き、腰に白い両足を回してがっちりホールドする。
「こいし! ……ハッ?! 」
燐と空がニコニコしながらベッドの前に立っていた。逃げたくてもこいしの両手両足が身体を固定していて身動きが取れなかった。
さとりはいよいよ焦りに狩られた。
「い、一緒に寝ましょう? 平和で仲良く、みんなで、ね? そうしましょ? お、お願いだから」
さとりはニコニコ笑う二人を見上げて冷や汗を掻きながら懇願する。
しかしそんな願い虚しく――――……
「「さとりさまああああああーーーーーーー!!!!! 」
二人は酔いしれた表情でさとりのベッドにバンザイ突撃した。
「あ、らめえええええええええええええええええええええええ!!!! 」
さとりの悲鳴が地底を震わせた。
「なにがあったんだ……」
地霊殿の破壊された玄関門を押し開け、勇儀とヤマメ、を始めとする妖怪の一行が中へ入って来た。勇儀の手には松明が握られていた。
その晩、さとりの地底を割らんばかりの悲鳴が地底に響き渡った。
何が起きたのだと皆が慌てた。そしてその悲鳴の大きさから考えに至ったのだ。
――――きっと地霊殿で大事件が起きたに違いない、と。
そこで勇儀が指揮をとり皆で様子を見に行くことになり、地霊殿にやって来たのだった。
室内は暗く水を打ったように静まり返っていた。そして普段はそこら中にいるペットがどこにも見当たらなかった。
「
「ペット達の鳴き声がしない……? 」
勇儀の隣にいたヤマメが呟いた。
「ペットの姿もどこにもないな」
勇儀は暗闇を睨み据えながら言った。
「とにかく、何がいるか分からない。後に付いて来な」
松明を掲げた勇儀を先頭に皆は進んだ。
とにかく勇儀達はここの主人であるさとりの安否を確認する為に、彼女の部屋に向かうことにした。
勇儀に臆する様子は全く無く、むしろ堂々と胸を張って歩いていた。ヤマメも至って冷静だった。他の皆も不安ではあったがそれを表情には出さなかった。
だがあのか弱いさとりが、全身黒タイツの何者かに蹂躙される場面を想像すると誰しも寒気を覚えた。
「おい。さ、さっきから足の裏になんか変な感触があるんだけど……」
廊下を進んでいる時、妖怪の一人が震える声で言った。
勇儀は、松明を足元に近付けて廊下を照らし出した。
そして皆が息を呑んだ。
廊下の辺り一面に、ペットの毛や羽が散らばっていたのだ。
「一体何が……」
勇儀は呟いた。そして目を細めて先に進む。ヤマメや妖怪達も後に続いた。
「見てよ」
ヤマメが廊下の先を指差した。一行のずっと先をオレンジ色の明かりが照らしていた。
「あそこだけ扉が開いているのか」
勇儀は言った。
そしてその場にいる皆が直感した。あそこに何かが居る筈だと。
一行は慎重な足取りでそこに向かった。
「いや、壊されていたのか」
破壊された扉の横に立って、勇儀は呟いた。
「ここで、待ってな。私が突入する」
勇儀が小さい声で囁いた。皆は頷いた。
そして、勇儀は壊れたドアの前に躍り出て中を見た。
「プッ、ふふ……」
そして噴き出して、さらには口を両手で押さえて笑い声を殺しながら一行のところに戻って来た。
「ちょっと、どうしたの?! 」
ヤマメが目を見開いて聞くと、勇儀は笑顔で口元に人差し指を立てた。
「見てみな」
抑えた声で勇儀は言った。皆がぞろぞろとドアの前に集まった。
そして皆が安心した様子を浮かべた。苦笑したり、クスクスと笑ったり、笑顔でうんうんと頷いたりなど。
「さあて」
勇儀が背伸びしながら言った。皆が勇儀を見た。そんな皆に対して勇儀が穏やかな笑顔を浮かべながら抑えた声で言った。
「私達は宴会の続きでもしようか? 」
――――さとりの寝室にはベッドを囲むようにしてペット達が集い、安らかに眠っていた。
ベッドの上では、さとり、こいし、燐、空が眠っていた。
こいしがさとりを抱き締め、彼女たちの両側から燐と空が身を寄せていた。
とても幸せそうな笑顔だった。
「ぅうぅ……も、もうらめぇ……」
ただ、さとりはかなり苦しそうではあったが。
後日さとりは三人を叱った。
けれど怒ったり、感情をぶつけることは無かった。
さとりも、こいし、燐、空の愛故の行為に、満更では無かったからだ。
何故ならば、さとりもまた同じように、三人やペット達を愛していたからであった。