いつものようにふらりと迷い込んだ花畑。
彼岸花が一面に広がっている。
妙に赤が鮮やかで毒々しく、美しい。
フラワーマスターと呼ばれる風見幽香ですら、めまいを覚えるほどに。
「ふぅん…」
くるりんと日傘を回し、辺りを見回した。
彼岸花の赤と緑以外に、ちらりと青が見えた。
それは彼岸花が風に揺らぐたびにちらりちらりと見える範囲を変え、それが何かを幽香に教えた。
幽香はそっと、そちらに向かう。
そこには横たわる死神、小野塚小町の姿があった。
美しく紅く太陽光を反射する髪は彼岸花の群れに同化しているというのに、彼女が着ている服はこの一面の花畑から浮いたものとなっていた。
「良い御身分ね。こんなにも美しい毒の中でお昼寝だなんて」
幽香の足元に寝転ぶ小町は、目を閉じたまま微動だにしない。
ふぅ、と幽香はため息をつく。
「独り言って嫌いなのよね。寂しい奴みたいじゃない?」
そう言うと幽香は右足を持ちあげて小町の腹に向けて踏み下ろした。
が。小町はすぐさま目を開き、幽香の足首を掴むことでこれを制した。
「やっぱり。起きていたんじゃないのよ」
幽香は軽く足を振ると小町は手を離した。
「返事するかしないかはあたいの自由だろうが。何か用でもあるのかい?」
小町は再び頭の下で手を組む。
「別に。顔見知りがいたから挨拶に来ただけよ」
「あたいが知ってる挨拶ってのは『こんにちは』とか『ごきげんよう』とかなんだけど?」
「それ以外にもたくさんあるわ。知らない挨拶だからって無視というのはいただけないわね」
「それだけで人の腹を踏み抜こうとしないで欲しいね」
「あら。私が本気でブチ抜こうとしていたのならば、あんな軽く足首掴んだだけでは止まらなくってよ?」
「ずいぶんとゴアイサツだな」
「ええ。最初からそう言ってますわ」
ニコニコとほほ笑む幽香に、小町はため息をつくしかない。
「良い御身分だなー。こんなにも美しい毒の中でお散歩なんてー。これでいいかい?」
「ええ、上出来よ」
幽香はただ微笑むだけだ。
小町は再び目を閉じる。
が。
顔に被さった影は去ることもない。
「なぁ」
目を開けて小町は言う。
「挨拶は終わったんじゃないのかい?」
「ええ。終わったわ。私はただこの彼岸花を愛でているだけよ?」
「…それはあたいのすぐ傍じゃなくてもよくないかい?」
うーん、と幽香は考えるふりをする。
「もう少し、ここを眺めていたいの。それには立ち続けているのは少し疲れるし。でもこの辺りは一面花が咲いていて腰を降ろす場所なんて無いわね。ここで立ち尽くすしかないのかしら。そういえば、小町が今寝転んでいる場所には調度花が無いのね。本当に調度よく。小町が座ってくれたら私が座るだけの場所ができるのだけれど。背の高い小町が寝転んでいられるくらいの場所ですもの。きっと、二人並んで座っても窮屈な感じはしないでしょうねぇ」
くるくるくると日傘を回しながら言う幽香を見上げ、やがて小町はため息混ざりに身を起こし座り込むしかなかった。
幽香は何も言わない。
ただあんまりにも美しい造形の顔で微笑むだけだ。
「…幽香。よかったら、座らないかい?」
「あら、良いの? 長い散歩をしていたので疲れたなーなんて思ってたのよ」
嬉しそうに幽香が小町の隣に腰を下ろした。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「幽香さん。あたい寝たいのだけれど…」
「寝てなかったくせに」
「・・・」
「ここはきっちりと管理してるのね。まさに貴女が寝転ぶだけの場所を開けて花が生えていない」
「…さすがにあたいの昼寝のせいで花を押しつぶすわけにはいかないからね。いや、まぁじゃあ雑草は良いのかって話しになってくるけどさぁ。まぁ、一応…な。せめて花だけはさ。あんたはそういうの嫌いかい?」
小町は幽香を見るが。幽香は小町の隣に座ったまま視線は正面に据えて目を合わさない。
「別に。多少なりとも、植物に気を使っているっていう点では評価するわ。私は悪意さえなければどうでもいいと思っているからね」
「悪意?」
「端的に言えば。ただ花を毟り取るって言うのと、誰かにあげようと思って摘み取るのは結局植物からすれば一緒でしょう?」
「ああ、まぁ。そういう言い方をすればな」
「私の気分次第なのよ。私は植物ではないから。植物の怒りは私の怒りではないし、私の怒りは植物の知るところではないの」
ふーん。と小町は唸って自分が座っている地面に目を落とした。
膝の下には押し潰された名も知らぬ草、いわゆる雑草が見えた。
意味もなく指で撫でて、それから幽香の膝もとを見る。
幽香の折りたたんだ足を包むスカートはやはり雑草を押し潰していた。
小町は幽香を理解しようとして、思考を止める。
白黒絶対に付けるのがいいわけではないのだ、たぶん。
「ここの花、気に入ったようだね」
「ええ。さすがと言ったところね。これ程までの鮮やかさと毒を持っている花はあちらには無いわ。美しすぎて、毒すぎる。私でもくらくらしてしまうくらい。私と弾幕ごっこくらいなら出来る程度のモノなら数分でやられてしまうでしょうね。だからこその、この中毒性…」
「へぇ。あたいはここで寝ても平気だけど?」
「慣れている、で説明がつくのかしら? よくはわからないけれど。私たちにとってはお酒みたいなものよ」
「あぁ。なるほど」
なるほど。
だから。
そんなにも頬を染めて。
小町が弾幕ごっこの中で見た、幽香の表情とは違う。
ゆったりとした。
『幸せそう』な顔をしているのか、と小町は一人で合点する。
「…例えばさ。あたいがあんたにこの花を上げるって言って、手折ったら怒るかい?」
「まさか」
意外な答えに小町は少し眉根を上げる。
怒らせたかったわけではないけれど。
いつものあんな幽香が見たくてわざわざ言ったセリフだったのに即答だった。
「私は植物じゃないもの。私のためなら悪い気はしないわ」
「そう…なのか」
「ま、でも気持ちはありがたいってところね。出来れば、それは避けて欲しいわ」
「ふぅん…」
それから、小町は黙ってみた。
黙って、幽香を見ていた。
穏やかに美しくほほ笑む幽香を見ることができたのはそれはものすごい収穫だが、それ以上に何か得られないかと。
寝転がりたい衝動よりも、もはやそんな衝動が上回っていた。
だが。
幽香はそれ以上小町に話しかけようとはしなかった。
本当にただ座ってほんわりと花を見ていた。
話し好きの小町がたまに話しかけると、返事は返してくれるもののあちらからの誘いかけは無かった。
日が傾いたころ。
幽香が立ちあがった。
「帰ろうかしら」
「…お疲れ様です」
「座っていただけよ?」
「そうですね…」
立ちあがりささっとスカートの尻を払う幽香の仕草を美しいと、小町は思う。
そんな仕草を見ていたら目が合った。
「…」
「何かしら?」
「…いや。あんた綺麗だなぁって」
幽香は日傘を閉じて、律儀にくるくると巻いてぱちんと帯で止めた。
そして振りかぶって、座ったままの小町に振り下ろした。
「のぁ!!」
小町はそれをしっかりと手で受け止めた。
「あぶねーな!!殺す気か!!」
「私が本気で殺そうとしていたなら…」
「あぁ、はいはい。こんな簡単に止められないってか。もう、帰れってぇ。あんた酔っ払ってんだよ」
「そうかもね。さすがにこの毒はねぇ。死神はお強いこと」
「まぁね」
「こんなところに、日傘も差さずに一生懸命寝転んで。誰かを待っているのかしら?」
「!!」
「本当に見つかりたくなければ、その服装を真っ赤に染め上げることね。この彼岸畑では非常に浮いているわ。その気になったらぜひ私を呼んでちょうだい?」
「知ってるかい? 血は酸化ですぐ黒くなるんだよ?」
小町が言い返したつもりのセリフは少し語尾が震えていた。
「ええ。何度も見ているので知っていますわ。それが今の話となんの関係が?」
「ないね。ないよ。あたいは青が好きなんだ。だから、着るんだ」
「そ。見つけてもらえなくて寂しくなった時はいつでも私を訪ねていらっしゃい?」
「…ありがたいね。でも、あたいは目的の場所にいかないくらいなら枯れて散りたいんだ」
「何の話かわからないけれども。私ならあらゆる花を美しく咲かせることができるわ」
「いいんだ。あたいが咲きたい場所はそこしかないんだ」
「そ」
幽香は小町に背を向けて歩き出した。
「美しい花は好きよ。咲きたい花も。今日はありがとう。お陰で良い花見ができたわ」
「あぁ…」
幽香の後ろ姿を見ながら小町は思った。
今度、映姫にあげる花束の選出を彼女にお願いしようかと。
ただ、その申し出が気まぐれな幽香の感情をどう左右するのかは、小町には予測不可能だった。
彼岸花が一面に広がっている。
妙に赤が鮮やかで毒々しく、美しい。
フラワーマスターと呼ばれる風見幽香ですら、めまいを覚えるほどに。
「ふぅん…」
くるりんと日傘を回し、辺りを見回した。
彼岸花の赤と緑以外に、ちらりと青が見えた。
それは彼岸花が風に揺らぐたびにちらりちらりと見える範囲を変え、それが何かを幽香に教えた。
幽香はそっと、そちらに向かう。
そこには横たわる死神、小野塚小町の姿があった。
美しく紅く太陽光を反射する髪は彼岸花の群れに同化しているというのに、彼女が着ている服はこの一面の花畑から浮いたものとなっていた。
「良い御身分ね。こんなにも美しい毒の中でお昼寝だなんて」
幽香の足元に寝転ぶ小町は、目を閉じたまま微動だにしない。
ふぅ、と幽香はため息をつく。
「独り言って嫌いなのよね。寂しい奴みたいじゃない?」
そう言うと幽香は右足を持ちあげて小町の腹に向けて踏み下ろした。
が。小町はすぐさま目を開き、幽香の足首を掴むことでこれを制した。
「やっぱり。起きていたんじゃないのよ」
幽香は軽く足を振ると小町は手を離した。
「返事するかしないかはあたいの自由だろうが。何か用でもあるのかい?」
小町は再び頭の下で手を組む。
「別に。顔見知りがいたから挨拶に来ただけよ」
「あたいが知ってる挨拶ってのは『こんにちは』とか『ごきげんよう』とかなんだけど?」
「それ以外にもたくさんあるわ。知らない挨拶だからって無視というのはいただけないわね」
「それだけで人の腹を踏み抜こうとしないで欲しいね」
「あら。私が本気でブチ抜こうとしていたのならば、あんな軽く足首掴んだだけでは止まらなくってよ?」
「ずいぶんとゴアイサツだな」
「ええ。最初からそう言ってますわ」
ニコニコとほほ笑む幽香に、小町はため息をつくしかない。
「良い御身分だなー。こんなにも美しい毒の中でお散歩なんてー。これでいいかい?」
「ええ、上出来よ」
幽香はただ微笑むだけだ。
小町は再び目を閉じる。
が。
顔に被さった影は去ることもない。
「なぁ」
目を開けて小町は言う。
「挨拶は終わったんじゃないのかい?」
「ええ。終わったわ。私はただこの彼岸花を愛でているだけよ?」
「…それはあたいのすぐ傍じゃなくてもよくないかい?」
うーん、と幽香は考えるふりをする。
「もう少し、ここを眺めていたいの。それには立ち続けているのは少し疲れるし。でもこの辺りは一面花が咲いていて腰を降ろす場所なんて無いわね。ここで立ち尽くすしかないのかしら。そういえば、小町が今寝転んでいる場所には調度花が無いのね。本当に調度よく。小町が座ってくれたら私が座るだけの場所ができるのだけれど。背の高い小町が寝転んでいられるくらいの場所ですもの。きっと、二人並んで座っても窮屈な感じはしないでしょうねぇ」
くるくるくると日傘を回しながら言う幽香を見上げ、やがて小町はため息混ざりに身を起こし座り込むしかなかった。
幽香は何も言わない。
ただあんまりにも美しい造形の顔で微笑むだけだ。
「…幽香。よかったら、座らないかい?」
「あら、良いの? 長い散歩をしていたので疲れたなーなんて思ってたのよ」
嬉しそうに幽香が小町の隣に腰を下ろした。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「幽香さん。あたい寝たいのだけれど…」
「寝てなかったくせに」
「・・・」
「ここはきっちりと管理してるのね。まさに貴女が寝転ぶだけの場所を開けて花が生えていない」
「…さすがにあたいの昼寝のせいで花を押しつぶすわけにはいかないからね。いや、まぁじゃあ雑草は良いのかって話しになってくるけどさぁ。まぁ、一応…な。せめて花だけはさ。あんたはそういうの嫌いかい?」
小町は幽香を見るが。幽香は小町の隣に座ったまま視線は正面に据えて目を合わさない。
「別に。多少なりとも、植物に気を使っているっていう点では評価するわ。私は悪意さえなければどうでもいいと思っているからね」
「悪意?」
「端的に言えば。ただ花を毟り取るって言うのと、誰かにあげようと思って摘み取るのは結局植物からすれば一緒でしょう?」
「ああ、まぁ。そういう言い方をすればな」
「私の気分次第なのよ。私は植物ではないから。植物の怒りは私の怒りではないし、私の怒りは植物の知るところではないの」
ふーん。と小町は唸って自分が座っている地面に目を落とした。
膝の下には押し潰された名も知らぬ草、いわゆる雑草が見えた。
意味もなく指で撫でて、それから幽香の膝もとを見る。
幽香の折りたたんだ足を包むスカートはやはり雑草を押し潰していた。
小町は幽香を理解しようとして、思考を止める。
白黒絶対に付けるのがいいわけではないのだ、たぶん。
「ここの花、気に入ったようだね」
「ええ。さすがと言ったところね。これ程までの鮮やかさと毒を持っている花はあちらには無いわ。美しすぎて、毒すぎる。私でもくらくらしてしまうくらい。私と弾幕ごっこくらいなら出来る程度のモノなら数分でやられてしまうでしょうね。だからこその、この中毒性…」
「へぇ。あたいはここで寝ても平気だけど?」
「慣れている、で説明がつくのかしら? よくはわからないけれど。私たちにとってはお酒みたいなものよ」
「あぁ。なるほど」
なるほど。
だから。
そんなにも頬を染めて。
小町が弾幕ごっこの中で見た、幽香の表情とは違う。
ゆったりとした。
『幸せそう』な顔をしているのか、と小町は一人で合点する。
「…例えばさ。あたいがあんたにこの花を上げるって言って、手折ったら怒るかい?」
「まさか」
意外な答えに小町は少し眉根を上げる。
怒らせたかったわけではないけれど。
いつものあんな幽香が見たくてわざわざ言ったセリフだったのに即答だった。
「私は植物じゃないもの。私のためなら悪い気はしないわ」
「そう…なのか」
「ま、でも気持ちはありがたいってところね。出来れば、それは避けて欲しいわ」
「ふぅん…」
それから、小町は黙ってみた。
黙って、幽香を見ていた。
穏やかに美しくほほ笑む幽香を見ることができたのはそれはものすごい収穫だが、それ以上に何か得られないかと。
寝転がりたい衝動よりも、もはやそんな衝動が上回っていた。
だが。
幽香はそれ以上小町に話しかけようとはしなかった。
本当にただ座ってほんわりと花を見ていた。
話し好きの小町がたまに話しかけると、返事は返してくれるもののあちらからの誘いかけは無かった。
日が傾いたころ。
幽香が立ちあがった。
「帰ろうかしら」
「…お疲れ様です」
「座っていただけよ?」
「そうですね…」
立ちあがりささっとスカートの尻を払う幽香の仕草を美しいと、小町は思う。
そんな仕草を見ていたら目が合った。
「…」
「何かしら?」
「…いや。あんた綺麗だなぁって」
幽香は日傘を閉じて、律儀にくるくると巻いてぱちんと帯で止めた。
そして振りかぶって、座ったままの小町に振り下ろした。
「のぁ!!」
小町はそれをしっかりと手で受け止めた。
「あぶねーな!!殺す気か!!」
「私が本気で殺そうとしていたなら…」
「あぁ、はいはい。こんな簡単に止められないってか。もう、帰れってぇ。あんた酔っ払ってんだよ」
「そうかもね。さすがにこの毒はねぇ。死神はお強いこと」
「まぁね」
「こんなところに、日傘も差さずに一生懸命寝転んで。誰かを待っているのかしら?」
「!!」
「本当に見つかりたくなければ、その服装を真っ赤に染め上げることね。この彼岸畑では非常に浮いているわ。その気になったらぜひ私を呼んでちょうだい?」
「知ってるかい? 血は酸化ですぐ黒くなるんだよ?」
小町が言い返したつもりのセリフは少し語尾が震えていた。
「ええ。何度も見ているので知っていますわ。それが今の話となんの関係が?」
「ないね。ないよ。あたいは青が好きなんだ。だから、着るんだ」
「そ。見つけてもらえなくて寂しくなった時はいつでも私を訪ねていらっしゃい?」
「…ありがたいね。でも、あたいは目的の場所にいかないくらいなら枯れて散りたいんだ」
「何の話かわからないけれども。私ならあらゆる花を美しく咲かせることができるわ」
「いいんだ。あたいが咲きたい場所はそこしかないんだ」
「そ」
幽香は小町に背を向けて歩き出した。
「美しい花は好きよ。咲きたい花も。今日はありがとう。お陰で良い花見ができたわ」
「あぁ…」
幽香の後ろ姿を見ながら小町は思った。
今度、映姫にあげる花束の選出を彼女にお願いしようかと。
ただ、その申し出が気まぐれな幽香の感情をどう左右するのかは、小町には予測不可能だった。
なんとも言えない関係がとてもよかったです。