Coolier - 新生・東方創想話

彼女が望むものは?

2011/05/08 12:34:10
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 頭が痛いとレミリアは思った。
 昼も寝ないで思考を働かせた結果がこれであった。
 ついでに何の解決策も出なかった。

 そもそも気が付くのが遅すぎたのだ。
 期日は明日に迫っていた。

「それで、悩みってなにかしら?」

 困り果てて訪ねた親友は快く悩み相談を受けてくれて、レミリアは心底の感謝と持つべき親友への愛を感じたのだ。
 一瞬後、その悩みを打ち明けた彼女が背を向けて俯き、肩を震わせる姿を見るまでは。

「おいパチェ……」
「くっくっく……」

 呼びかけても返事は無い。返ってくるのは押し殺した笑い声だけ。

「パチェったら」
「ひっひ……」

 苦虫を噛み潰した顔でレミリアが背を揺さぶる。

「ひーひー」

 それでも反応を変えない親友にレミリアはしばし動きを止めて、やおらその手を垂直にかざす。
 そしてそのまま何のためらいも無く……。

「であっ!」
「おぶっ!?」

 振り下ろしたチョップを頭に受けてびくんとパチュリーの体が跳ねる。それから頭を押さえて沈黙。
 なんどか頭を痛そうにさすって、それからゆるりとレミリアを振り返った。

「発作はおさまった?」
「ええ、おかげさまで」

 珍しい事に瞳の端に涙を浮かべて、動かない大図書館はうらみがましく笑顔のレミリアを見つめた。
 彼女は少しだけ溜飲を下げたのか寄せていた眉根をほぐして改めて親友へと向き直る。

「そんなにおかしい事か、私の悩みは」

 溜息と共に言葉を吐きだした。

「いえ、可愛いなって」
「か、可愛い?」
「そうよ、明日は母の日だから、美鈴に何をあげれば喜ぶだろうかとか」

 五月八日。
 幻想郷ではなじみが薄いが、母の日と定められた日が存在する。
 すべからく、自分の母親へと感謝を表す日なのだ。

「澄まし顔で、それでも顔を真っ赤にしてそういうものだから
 なんだか微笑ましくなってしまって、笑ってごめんなさいね、レミィ」
「……いいよ、私も叩いて済まなかった」

 眉根を下げたパチュリーが微かに笑みを浮かべてどこか照れた様な、憮然とした表情でレミリアがそっぽを向く。

「ところで急にどうしたの?」
「ん?」
「母の日にプレゼントだなんて、この九十年間で初めてじゃない?」

 パチュリーが紅魔館にやってきたのはおおよそ九十年前。
 異端審問の魔女狩りからほうほうの体で幼い魔女が紅魔館へと転がり込んでもうそれくらいになる。

「まあ、私にとってあいつはそのな……母親みたいなものだ」

 かつての父の恋人であり、また身を呈して長い間自分を守り続けてくれた美鈴。
 時には背を任せて、時には甘えて、そしていまもまだ自分達の為に尽くしてくれている。

「美鈴は、必要とされればされるほどに力を取り戻すんだろう?」

 少し前の事だ。美鈴に寿命が訪れると、そう運命を見た。
 美鈴は先代にレミリア達を守り通すという約束をしていて、長い間レミリアとフランドールを身を呈して守り続けてきた。
 やがて二人は成長して、平和な幻想郷に来て、彼女もう自分が守る必要が無いと満足した時にそれが来ると。

 妖怪の存在は主に肉体よりも精神に依存する。
 寄る辺や生きる目的が無くなれば、呆気なく死んでしまう。

 だからこそ、その時は皆が美鈴を必要としているとそう気が付かせて事なきを得た。
 美鈴は過去の約束の為でなく、今を生きる大切な人の為に生きようと決めたのだ。

 だが、美鈴は衰えていて、その力は昔と比べるべくもない。
 徐々に戻っているそぶりは見せるのだがそれでもレミリアには気がかりな運命が見えていた。

「ええ、そうね。だからプレゼントを?」
「ああ」

 それは美鈴が殺されるという運命。
 相手すら分からぬ、ただ夜闇の中で亡骸を晒す彼女の運命。

 衰えた彼女が迎える最悪の結末。
 それを避けるために一刻も早く美鈴には昔の力を取り戻して欲しかった。

「くすっ……」
「?」

 パチュリーは再び笑う。
 先ほどの様に大仰にでは無くて、微かな優しい笑み。

「素直じゃないんだから……」
「………言っている意味が分からないわ」
「そうかしら?」

 澄まし顔の親友にレミリアは再び眉根に皺を寄せる。
 それから誤魔化す様にまあともかくと言葉を紡いだ。

「何を渡せばあいつは喜ぶと思う?」
「そうねぇ……」

 いつもであれば疑問には明朗に回答を返すパチュリーが迷う仕草を見せる。

「私よりもレミィの方が分かるんじゃないかと思うのだけど。
 美鈴との付き合いは誰よりも貴方が長いのよ。なんせ五百年も共に居たのでしょうし」

 何かを測りかねている様子で魔女は言葉を返す。

「逆に分からないんだよ、あいつは……」

 何も欲しがらなかったからとレミリアは渋面を作る。
 吐き出す息は重い溜息。

 そう、何も欲しがらなかった。
 与えるばかりだった。

 レミリア達に安心を、親愛を、そして安全を。

 ぬくもりを、愛を、希望を。

 己がボロボロになって、何度も死にかけて、それでも彼女は笑顔を浮かべていた。
 愚痴も吐かずに、弱さも見せずに、ただ二人こそが幸せであれと、そればかりで。

「以前、聞いたんだ。
 お前が欲しい物は何かないのかって、そしたらどう答えたと思う?」

 浮かぶ表情は自嘲気味に。

「貴方達が幸せであるならば、私は何も要りませんよって」
「……そう」

 つられたのかパチュリーすらも溜息を吐く。

「ごめんなさい、レミィ。私にも良く分からない。
 無償の愛と言うのは時に残酷ね。どう報いてあげればいいのか分からないのだから」
「ああ」

 重苦しい空気。

「パチェは……」
「え?」
「パチェはどうだったんだ? 母親とか居たんだろう?」
「ああ、そうね、今もどこかにいるのでしょうね」

 表情は薄い。だけどどこか少しだけ懐かしそうな響きがある。

「話したくなければ……」
「いえ、構わないわ。でもあまり参考にはならないと思うのよ」
「というと?」
「いわずもがな私の母も魔女だったのよ。それで、母が喜ぶ事と言えば私達の上達だったの」
「ふむ……私「達」?」
「母はちょっとは名の知れていた魔法使いでね、弟子も沢山いたわ。
 それで母の日はその……どれだけ実力を上げたかを披露する場になっていて……」
「ああ、なるほど」

 パチュリーの母の喜びは恐らく、弟子や娘の成長だったのだ。
 だからこそ、その成果を見る事が何よりの喜びであった。

 たしかに参考にはならない。
 もうレミリアの実力は美鈴を遠く超えていて、いまさら確認する様なものではないのだ。

「弟子全員と同時組み手になってね」
「は?」
「いつも母が皆を蹴散らしていた……弟子の中には今の私クラスの猛者も何人かいたというのに……」
「へ、へえ……」

 思っていた想像の斜め上の事実にどんな化け物だとレミリアが口元を引きつらせる。

「言ったでしょう、参考にならないって」
「そ、そうね」
「ええ……」

 先ほどとは違う重苦しい空気。
 しばしの無言が続いて、やがて……

「パチュリー様~」

 と、明るい声がそれを破った。

「ああ、小悪魔、御苦労さま」

 頭と背中の羽を小刻みにはばたかせ、図書館の小淫魔がやってくる。

「淫魔じゃありません!」
「は?」
「いえ、何でもないです、パチュリー様、準備が出来ましたよ」

 レミリアが見やればその手にはやや大きめの旅行かばんが揺れていた。

「どこかに出かけるの?」
「ええ、明日魔界にね」
「なんでまた……」

 小悪魔がにこにこと笑顔で嬉しそうに。
 何かを期待するように己の主人へと視線を向ける。

「小悪魔の両親に挨拶をね」
「……は?」

 その小悪魔に微笑んで、パチュリーはそう言った。

「もう一生添い遂げるのだもの、おかしい事ではないでしょう?」
「あ。ああ……」

 レミリアが面食らった様子を見せる。
 契約を結んでるのは知っていたが……むしろそう仕向けたのは自身なのだが、ここまで親密になっているとは思わなかった。

「というか両親いたんだ小悪魔」
「む、お嬢様、木の根から生まれたとでも思ったんですか?」
「いや、まあ当然だよなぁ」

 小悪魔も生物である以上両親が居てもおかしくは無い。
 まあ、中には自然発生する者も居るので一概にはそうも言えないが。
 だが小悪魔の能力は主に「淫夢を操る程度の能力」であって……。

「てっきり私はエロ本から生まれたのかと……」
「え?」
「なんでもない」

 ああもしそうなるとパチュリーはエロ本と契約した事になる。つまりは……

 知識と日陰のエロ本少女 パチュリー・ノーレッジ

 うん、違和感無いわね。
 などと考えてレミリアは改めて視線を小悪魔に移す。

「ところで小悪魔、明日は母の日よね」
「はい」
「貴方は何か贈り物とかしたりするのかしら?」
「ええ、カーネーションを一房、お母さん生んでくれてありがとうと」
「それだけ?」
「はい」

 小悪魔はシンプルイズベストですと軽くウインク。
 飛んできたハートをレミリアは掴んで横へと放るとふむりっと息を吐いた。
 小悪魔の言う事も一理あると、そう得心する。

「と言う訳でレミィ、明日は一日開けるわね」
「どうぞ、楽しんでくるといい我が親友」

 ありがとう、と彼女は滅多に見せない素直に嬉しそうな笑みを見せた。





「美鈴に、ですか?」
「ああ」

 レミリアの問いに咲夜はとくにためらいを見せなかった。

「別に特別な事は何も。しいて言うなら少し食事を奮発する位ですわね」
「そうなのか」
「美鈴は単純ですから、それでもきっと喜んでくれますわ」
「ふむ」

 これは意外だったとレミリアは思う。
 咲夜にとっても美鈴は育ての親だ。

 恐らく自分と同じような悩みをしているのかと思ったが違ったのかとレミリアは思う。

「美鈴には確かに育ててもらいましたが……」

 十六夜咲夜。
 名こそ与えたのはレミリアだが育てたのは美鈴だ。

 自分を殺しに来た狩人の少女を打ち倒し屈服させて、それから召し抱えた。
 それから美鈴に教育を任せて十年ほど、今のメイド長が此処にいる。

「親、と言うには違和感がありますわ」
「ふむ、ああ……」

 何かと得心した様にレミリアが頷く。

「どちらかというと親だと困るのか」
「ご想像にお任せいたします」

 何気ない呟きに咲夜は静かな表情のままそう答えた。






 真っ赤な薔薇の花束だった。

「フラン、ええと……母の日よね?」
「うん、そうだよ?」

 当然の様にフランドールがそう答える。

「母の日にはね、カーネーションだけではなく薔薇でもいいんだよ」
「そうなの?」
「うん」

 幼い笑顔を見せてフランドールは言葉を続ける。

「私は美鈴が好きなの。だから真っ赤な薔薇をあげるんだ」

 赤い薔薇の花言葉。情熱、愛情・あなたを愛します、など。
 これだけならばごく自然の事だ。だがよくよく見れば緋色や紅色ばかりである。
 そうとなると意味が変わってくる。

「母に対する愛、よね?」
「それなんだけどね……」

 確認するように問うレミリアにフランドールは少し眉根を寄せる。

「私、美鈴を母として見れないの。ああ、お姉さまにも言っておくね。
 私は美鈴を愛しているわ、告白もしたのよ」
「……へ?」

 驚くレミリアにフランドールは嫣然と微笑んで見せた。

「もうキスもしたし、血も吸わせてもらったわ。
 だから明日は私の一番大事なものをあげようと思うのよ」
「いやあの……」
「大丈夫よ、お姉さま。ちゃんと堕とす算段は考えてあるの」

 薔薇の花束を抱えて目を細めるフランドールは何よりも妖しい雰囲気を纏わせていた。
 少々呆然として、それから我に返ったようにレミリアが言葉を荒げる。

「駄目よそんなの!」
「どうして?」
「どうしてって……その美鈴は私達の……」
「お姉さま、人の心は移ろうの、そして変わるわ。
 私は美鈴が欲しいの。誰にも邪魔はさせないの」

 フランドールの瞳に剣呑な光が宿る。
 始めてみる妹の一面にレミリアがうろたえた様子を見せる。

「いやあの、フラン。貴方そんなキャラだっけ?」
「恋は女を変えるんだよ?」

 いい子だったはずだ、とレミリアは思う。

 気が狂っているというのはあくまで当時レミリアがフランドールを守るために流した噂に過ぎない。
 本来のフランドールは優しくて、人懐こくて、明るくて……ああでもとレミリアは思う。

 それはフランドールの一面にすぎなかったのではと。

 元来吸血鬼はエゴの塊だ。
 支配欲も、独占欲も随分と強い。

 自分が五百年の人生の中で薄めてしまった物を、引き篭もっていたがゆえに未だ精神が幼いフランドールは持ち続けているのではと。

「ともあれ、明日の夜は二人きりにしていて欲しいな、お姉さま」

 フランドールが無邪気な笑顔でレミリアにそう告げて……。

「それは看過できませんわね」

 ふわりと、微かに風が巻いた。
 何時の間にやら彼女がレミリアの脇に控えていた。

 完全で瀟洒なメイド長 十六夜咲夜だ。

「咲夜、邪魔するの?」
「残念ながら」

 困ったような笑みのフランドールに澄まし顔の咲夜。
 間に挟まれてレミリアは頭を抱えたくなる。

「もう私と美鈴の関係はだいぶ進んだんだよ?
 キスもしたし、血も吸わせてもらった」
「魅了の魔眼を使用した場合のキスでは美鈴の本位とは思えないのですわ。
 それに吸血行為に関してはお嬢様も同様でございます」
「随分詳しいね。まさか見てたの?」
「ご想像にお任せいたしますわ」

 笑顔と澄まし顔。
 かつてない緊張感の中でレミリアは思い出していた。

 ああ、あれは何時であったか。
 美鈴と二人きりで教会の騎士たち百人に囲まれた時の事だ。

 正直滅びを覚悟したがあの時は怖くなかった。
 傍に美鈴が居たからだ。背に彼女のぬくもりを感じて居れば怖くなどなかった。

 でも今は違う。孤立無援であるせいなのか、別の原因なのか。
 いまこの場面は何故か、あの時よりも絶望的に思える。

 この二人を収めるすべが全く見えない。
 普段はおおよそ味方であるはずの運命すらも見えてこなかった。

「ふぅ……」

 永遠とも思える沈黙の中でフランドールがそう吐息を吐いた。
 それから苦笑する。

「そうだよね、魅了の魔眼を使ったんじゃ美鈴も本位じゃないよね。
 私は彼女を求めるあまりになにか大切なものを忘れていたのかもしれない」

 張りつめていた空気が霧散する。

「無理に美鈴を私の物にしてもいつか歪むのは分かり切っていたのにね」

 自体は終息に向かっていると悟ってレミリアはそっと胸をなでおろした。

「今回はこの花束を渡すだけで我慢するよ」
「そ、そうね。それがいいわ」
「うん、……はぁ、なんだか疲れちゃった」

 じゃあ、いくねとフランドールが踵を返す。
 去り際に言葉を紡ぐ。

「私は咲夜の事も好きだよ」
「あら、光栄ですわ」
「だから、正々堂々と、禍根を残さないように」

 言葉に、咲夜が笑みを見せて。
 フランドールが通路の角に消えたのを見届けると失礼しますと咲夜も消え去った。
 一人残されたレミリアの表情はどこか途方に暮れていて、また悩みが増えてしまったと嘆く余裕も無いようだった。




 朝の廊下。
 一歩一歩が重いとレミリアは思う。

 美鈴が何をすれば喜ぶのか。
 一晩悩んだ。

 昨日はあれから、館内を回った。
 ほとんどの門番隊や妖精メイド達は母の日などどこ吹く風で何時も通り。
 それでも数人、準備をしている場面に出くわした。

 お母さんにプレゼントです、と様々な物を見せてくれた。
 河原で拾った綺麗な石や、自分で育てた素敵な花。
 手作りのお菓子に、中にはなにやら芸を練習しているものも居た。

 妖精は自然発生するもの。
 母親などいやしない。
 
 彼女らは言うのだ。

 咲夜だと、美鈴だと。
 彼女達が自分のお母さんだと。

 去年、お母さんはとても喜んでくれたのだと。

 その笑顔が眩しくて、足早に立ち去って。
 でも気が付いた事がある。

 パチェは言った。
 母が喜ぶ事と言えば私達の上達だったのと。

 咲夜は言った。
 美鈴は単純ですから、それでもきっと喜んでくれますわと。

 フランは言った。
 美鈴を母として見れない、彼女を愛しているわと。

 妖精メイド達は言った。
 お母さんはとても喜んでくれたのだと。

 そして小悪魔は言った。
 シンプルイズベストですと。

 ああ、そうだ。

 私は美鈴の喜ぶ顔が見たいんだと。
 だからこそ思い出したのだ。

 当時、まだ何も知らなかった頃。
 父の隣に控える美しい赤い髪の女性。

 幼いながらも彼女が母になると感じていて。
 彼女はどうすれば喜んでくれていただろうか。
 ああ、それは単純な事だったはずだ。

 彼女が配下に成る以前の出来事。
 自分も彼女を母として見る事が出来なかった。
 実感がわかなくて、どうすれば良いのか分からなくて。

 彼女が距離を詰めようとするたびに、つれない態度をとって、その度に彼女は寂しそうに笑って。
 それが嫌で、本当は彼女に喜んで欲しくて……自分はどうしただろうか?

 もっとも古い記憶にある、真っ赤なドレスの彼女は悲しそう、でもその後は満面の笑みも記憶にあって。
 どうすればあの笑顔を引き出せたのだろうかと。

 記憶の奥底に沈んでしまったその方法を必死に探って。
 そして……シンプルイズベストですと、不意にその言葉を思い出して。

 一晩悩んで、ようやく見つけた。
 美鈴がきっと喜んでくれる事を。

 レミリアの目の前には美鈴の部屋のドアがある。
 思考に没頭している間に辿りついてしまったらしいと僅かに苦笑。
 ごく自然にノックする。返事まで数秒。ドアを開いて入る。

 部屋は見渡した部屋にはいくつか見覚えのある物が増えていた。

 フランドールの赤い花束と、いくつかの包装されたプレゼントの箱。

「お嬢様」

 美鈴がいつも通りの笑顔をレミリアに向ける。
 
「お茶でも入れますね」
「いや……」

 立ち上がりかけた美鈴を制して、レミリアはそれから沈黙。
 彼女の前まで進み、後ろ手に棒立ちでしばしの時間が経過する。

 俯いたままのレミリアに美鈴は特に何も言わない。
 何時もの通りに見守っている。五百年、ずっとそうしていたように。

「美鈴」

 やがて意を決したようにレミリアがそう声を絞り出した。
 そして組んでいた後ろ手をほどいて前に突き出す。

 その手に握られていたのは一房のカーネーション。

「一度しか言わない。だから良く聞いて」

 消え入りそうな声で彼女が呟いて。
 それから小さく息を整えて。

「あのね、私はあなたに感謝してるの。だからこれからもよろしくね……」

 はいっと、笑顔を浮かべる美鈴に向かって。
 彼女は小さく、それでもはっきりと。

「おかあさん」

 と、そう呟いた。





 こののち、怖いくらいに満面の笑みの美鈴に抱すくめられて頬ずりされて、しかし逃げられずにうんざりしているレミリアが
 門番に出ない美鈴を不審に思って様子を見に来た咲夜に救助されたのはそれから数時間後の事だったそうな。



                              -終-
 お読みくださりありがとうございました。
 母の日と言う事でレミリアに美鈴をお母さんと呼ばせてみたかった。

 何のかんので投稿を初めて二周年です。
 ここまで続いたのはひとえに作品をお読みくださった皆様のおかげです、感謝を。
みたらしいお団子
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コメント



0.2590簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
「おかあさん」
↑この一言にやられた。
良い話でした。ご馳走様でした~。

さてと…
それじゃあ俺はフランちゃんに頬擦りしに逝くか…
4.100名前が無い程度の能力削除
作者のおかげで今日が母の日だって思い出せたよ。
母にメールしたら、元気しとんねと返信がきた。
俺は泣いた。
5.100名前が無い程度の能力削除
いまおもったら今日が母の日じゃないか!!
なにか送ろうかな

すごく面白かったです
6.100奇声を発する程度の能力削除
このお話読んで漸く今日が母の日だって事に気付いたw
ちょっと母親に送る品探してきます
13.100名前が無い程度の能力削除
やはり雰囲気が素晴らしい。
母の日の孝行を自分もしてこないといけませんな。
19.100名前が無い程度の能力削除
そら美鈴も喜ぶだろうな
26.90Admiral削除
レミリアの父と美鈴との関係にちょっと違和感が…。再婚?的な感じでしょうか。
美鈴が紅魔館のお母さんというのは完全同意です!
母の日を前にしてこのSSを読めたのは嬉しいですね~。
フランちゃんw
良作、ご馳走様です。
39.100名前が無い程度の能力削除
お嬢様にそんな風に呼ばれたら全盛期よりもハッスルしてしまいそうですね。
2周年おめでとうございます。応援していますのでこれからも頑張って下さい。
44.100名前が無い程度の能力削除
普段は名前呼びだからこそ呼ばれると嬉しさMAXってやつですね
500歳っていうともう大人なんだから恥ずかしさもあったろうに……レミリアはいい親孝行をした
それと2周年おめでとうございます!
貴方の紅魔館シリーズが好きすぎて息をするのも辛いw過去の独自設定とキャラクターの微妙な関係にwktkする日々です!
51.100名前が無い程度の能力削除
さりげなくフランが後戻りできない領域に足を踏み入れてるw
59.100名前が無い程度の能力削除
いい関係でした
フランはもうどんどん突き進んで欲しいね