拙作、ナズ星モノのスピンオフ作品です!(笑) ……すみません。偉そうでした。
大それた物言い、片腹痛いですね。でも言ってみたかったー。
まぁ、インターミッションっぽいのは確かなので、そこらへん、ご容赦ください。
今回も脱線しまくり(当社比五割増)&勝手設定、エロ極微(下着少々)です。
姫海棠はたてが紅魔館の門前に降り立った。
「美鈴さん、こんにちわー。お疲れ様でーす」
門番、紅美鈴に挨拶して小さな包みを渡す。
「はい、こんにちは。 これはなんですか?」
「命蓮寺名物の虎縞どら焼き、【とらまる焼き】ですよ。二つだけなんですけどね」
「なんですとー!!?」
美鈴が驚くのも無理もない。
【とらまる焼き】命蓮寺の定例行事で参詣者に供される表面の焼き目が虎の縞模様になったどら焼き。
この寅丸星特製の和菓子を寺に縁のないモノが口にすることはほとんどない。
以前、彼女が遣いに行った里の雑貨店は命蓮寺の檀家になっていた。
店の者が品物を揃える間、茶うけに出された【とらまる焼き】に美鈴はすっかり魅了されてしまった。
美鈴は和菓子、特に餡を使った菓子が好きだったが、勤務先のメイド長が作るのはほとんど洋菓子。
美味しいのは間違いない、文句なしに美味しい。
だが、無性に餡が恋しくなるときもある。
だから、たまに里へ行ったときは、必ずと言っていいほど饅頭やきんつばを買った。
【とらまる焼き】はそんな彼女のど真ん中だった。
餡が秀逸であることもさることながら、生地と餡の間に放り込まれたたっぷりの有塩バターの塩気が甘味と旨味を引き出している。
うら若い乙女であれば二つ目はためらうほどの熱量だが(ほとんどの場合食べてしまう)、美鈴は20個はいけると踏んでいた。
だが、その製造元、入手方法を聞いて愕然とした。
自分の立場ではよほどの幸運に恵まれない限り手に入らない。 がっかり。
そこへ舞い降りてきた幸運の鴉天使、いや鴉天狗。
もともと美鈴は姫海棠はたてを気に入っている。
当主と図書館責任者からフリーパスを与えられているのに、門番である自分に必ず声をかけてくる。
元気な挨拶、ねぎらいの言葉、たまに差し入れ。いいヒトだなーと思っていたところへ今回のこれ。
「はたてさん! ありがとうございます! とてもうれしいです! 大感恩!!」
機会があれば彼女の力になってあげようと思った美鈴だった。
たかがどら焼き二つと軽んじるなかれ、物事、タイミングの良し悪しで結果が左右することはザラだ。
それに今回の差し入れは偶然や気まぐれではない。
前日、命蓮寺に立ち寄ったはたては、寅丸から直々に【とらまる焼き】を三つもらった。
家に戻っていつものように編集作業。
夜食に一つ食べ、さて、もう一つと思ったときに、翌日紅魔館図書館へ行くことを思い出し、併せて門番のことも思い出した。
里の和菓子屋を取材したおり、意外な常連客の名前を聞いていた。
その客の買い方は少量多種、土産物としてはあまり適当ではない。
店主は本人遣いと推測していたし、はたてもそう思った。
美鈴が和菓子好きと当たりをつけたはたて。
ならばこの【とらまる焼き】は絶対に気に入るはず。
店では買えない抜群に美味しいどら焼き、あの人当たりの良い門番はきっと喜んでくれるだろう。
暑い日も寒い日も休まず外勤め。 大変だなぁと思っていた。
図書館長と自分、一つずつとも考えたが、先日の特製クッキーをまたご馳走してくれるとしたら、
和洋がバッティングしてよろしくないかも。
そんなことを考えながら、はたては残りの二個を包みなおした。
はたての予想以上に紅美鈴は喜んでくれた。 よかった。
「パチュリー館長、こんにちわー。はたてでーす。
今日は鉱物の図鑑を見せてくださーい」
「いらっしゃい。どうぞごゆっくり」
穏やかでハリのある声が返ってくる。
はたてにとってはいつものことだが、動かない図書館の本当のいつもは面倒くさそうで抑揚の少ない小さな声だ。
パチュリーが来館を歓迎する唯一のヒト、それが姫海棠はたてだった。
テーブルに広げた数冊の図鑑を見比べながら首を捻って眉をしかめているはたて。
「あ、その一番大きい図鑑、第四章以降は図と解説がずれているわ。
解説文が示す図の、ひとつ前の図を参照して。
編集の時に手違いがあったんだと思うの。
それさえ気をつければ、なかなか役に立つはずよ」
「あ、なるほどそうだったんですかー、ありがとうございます」
図説の矛盾に気づき、他の本と比較検証をしていた鴉天狗が礼を言う。
パチュリーははたてを気に入っている。
初めてここを訪れた時に一緒だったネズミ妖怪に、本を丁寧に取り扱うことを徹底的に仕込まれていた。
今もそれを忠実に守っている知識欲旺盛な鴉天狗を気に入っている。
「はたて、お茶にしない?」
「いいですねー。お相伴させていただきます」
手ずから紅茶と菓子を用意するパチュリー。
他の来館者の場合は、メイド長なり使い魔にさせるのだが、この客は必ず自らがもてなす。
前回供した新作のクッキーがことのほか気に入ったようだったので、今日も準備しておいた。
七種類の小ぶりなクッキーがそれぞれ一つずつ皿の上に並べられている。
【火】を表した【オレンジピールクッキー】
【水】を表した【フレッシュミントクッキー】
【木】を表した【抹茶アーモンドクッキー】
【金】を表した【クリームチーズクッキー】
【土】を表した【チョコチップクッキー】
【日】を表した【バタークッキー】
【月】を表した【スノーボールクッキー】
七曜の魔女プロデュース、紅魔館特製【七曜のクッキー】
「この前、このクッキーを初めていただいたときは、【日】のバタークッキーから曜日の順に食べてみました。
私あの後、考えたんですが、食べる順番によって物語が変わってくるんじゃないかなと」
「物語? どういうこと?」
「日月火水木金土、と、土金木水火月日では全く違う物語です。
それぞれ特徴のある味ですから、次にどれを口にするかで印象が変わります。
この前の【日月火水木金土】の順番ですと、こうでした! ジャジャン!
最初の出会いは甘いバター、次にちょっと塩気のあるスノーボール、そしてやや苦味の利いたピールは中盤の意外な展開です。
ミントで気を静めた後に抹茶の風味とアーモンドの歯応え。ここが山場でしょう。
クリームチーズでちょっぴり切なくなって、チョコで甘くほろ苦い穏やかな終幕。
味覚を中心に全身で【聞かされた】優しい恋の物語のようでした!」
ポカンとしているパチュリー。
「季節、気温、天候、その日の気分、お茶の種類によっても、変わってきますから【これがベスト】っていうのはないんだと思いますが、
なんにせよ、すべての組み合わせを試すべきですよね。
すべてを検証したいですね。組み合わせはいっぱいありますよねー。
7種類ですから、最初に選ぶのは7種類、次に選ぶのは残りの6種類、三番目は残りの5種類で、えーと、何通りあるのかな? えーと」
「5040通りよ」
「えーー! そ、それじゃあ、週に一回検証してたら100年近くかかっちゃいますよ!」
「つきあっても良いわよ」
「へっ!? あ、ありがとうございます、パチュリー館長!」
自分にはできない発想、ユニークな着眼点、知識豊富なはずの魔女が度々驚かされる。
そしてその考え方の根底には常に明朗な優しさがうかがえる。
単に礼儀正しく好奇心旺盛なだけではこの【動かない大図書館】の心は動かされない。
パチュリーははたてを気に入っている。 とても気に入っている。
「今日はなにを調べているの?」
はたては携帯型の写真機の画像を見せる。
その岩は歪なキノコようだった。根元のほうが細くなっている。
風水に削られたのか、不自然な隆起があったのか。
「最近見つけたんです、私の【能力】で検索したら、まだ誰も撮っていないみたいなんで、独占できそうなんです。
しっかり調べてから記事にしようと思いまして」
「? アナタの能力って【念写】よね?」
「ナズーリンデスクに教えていただいたんです。
私の能力は既存写真の念写ですから、検索して出てこなければ、誰も撮ったことがないってことになるんですよ、デスクは他にも……」
嬉しそうに話す鴉天狗。
パチュリーはナズーリンと言うネズミ妖怪とは面識がある、そもそもはたてとの出会いもナズーリンが居てこそのことだった。
「不思議な形の岩ね。私も見てみたいわ」
はたての話を遮るように切り出したパチュリー。
はたては自分の話が遮られたのにも驚いたが、それ以上に出不精の魔法使いが外出を望んでいることに驚いた。
内心の驚きを隠し、その言を受けてみる。
「ご案内しますよ。いつにしましょうか?」
「明日、いえ、明後日にしましょう。昼食は用意するから」
「え? よろしいんですか?」
またも驚いた、この魔女は本気だ。
「ええ、ここからだと、どのくらい時間かかるのかしら?」
「うーん」
射命丸文には敵わぬまでも、鴉天狗であるはたての飛行速度はかなりのものである。
しかし、眼前のインドア魔女が高速飛翔する図は想像しにくい。
「アナタ一人だと、どのくらい?」
はたてがなにを考え込んでいるのか察した魔女が答えやすいように質問を変える。
「通常巡航速度で四半刻(30分)弱でしょうか」
パチュリーの飛行速度は速くはない、いや、はっきり遅い。
風に乗るようにして楽な姿勢でふわーっと移動する。その速度は、はたての二割も出ないだろう。
「では、夜明けを待って出発しましょう、いいわね?」
はたては考える。出掛ける気満々なのはいいが、この魔女が往復数時間の空の旅に耐えられるだろうか?
丈夫な体ではない。日差しが強かったら片道も持たないだろう。
パチュリーの飛行姿勢で高速飛翔。
思いついた。以前に借りた西洋童話にでてきた馬車だ。
「パチュリー館長、背もたれのついた大きめのクッションをご用意願います。
それに取り付けた綱で私が引っ張ってまいります。館長はご自分の体を浮かせておいてください。
これでしたらかなりの速度で飛ぶことができますよ」
はたての提案はすぐに理解できた。
「でも、それではアナタが馬かトナカイのようだわ」
「構いませんて。パチュリー館長の足、いえこの場合、羽になりますよー。
それに私、朝早いの苦手なんですよ、これでお願いできませんか?」
下手なウソだ。昼夜を問わない体当たり取材が身上のはたてに苦手な時間帯などない。
自分の体を気遣ってくれているのが分かったパチュリーは下手なウソに乗っかった。
「仕方ないわね。それじゃ、明後日、昼前にいらっしゃい」
「了解しましたー!」
はたてが図書館を辞した後、パチュリーは【研究室】に篭った。
霧雨魔理沙に頼まれていたアイテム開発が大詰めだった。
明日には仕上がる予定だ。
だからはたてとの約束は明後日にしたのだった。
月の精霊魔法を封じたペンダント。
受動攻撃型の防御陣を瞬時に展開するものだ。
最近、魔理沙はパワーアップのために色々と努力し、取り組んでいる。
弾幕戦時の機動力を向上させるために習得した身体強化魔法。
実は一番得意な星屑系魔法の徹底強化。
マスタースパークの改良。
そして八卦炉に並ぶマジックアイテムの開発・入手。
魔理沙自身が考えたにしては随分とシステマチックだ。
誰かの入れ知恵に違いない、とパチュリーは睨んでいる。
アイテム開発を頼まれたパチュリーは、あの八卦炉を越えるアイテムを作ってやろうと密かに闘志を燃やした。
パチュリーにとって魔理沙は気になる存在だ。
駆け出し魔法使いのくせに存在感は十分、女性である自分から見ても惹きつけられる華やかな容姿。
豊かな表情、激しい感情表現、時折見せる独特の感性や気遣い、自分にないものに少し憧れている。
今の関係は良好、昨日も咲夜特製のクッキーを食べながら魔法談義に花を咲かせた。 悪くない。
以前は蔵書泥棒で難儀していたが、姫海棠はたてが体を張ってその悪行を止めた時から、足を洗ったようだ。
そうだ、ここでもはたてだった。
魔理沙は気になる、それは確かだが、今、パチュリーの心の空を飛び回っているのは、あの真面目で心優しいツインテールの鴉天狗だった。
「パチュリー館長にプレゼントがありまーす」
薄紫色の日傘だった。
当日、門前で待機していたパチュリーに手渡されたのはしっかりした拵えの割に軽いパラソル。
「本日はお日柄もよろしく、と言いたいところですが、ちょっと良過ぎですよね。
これをお使いください。飛行中の風は大丈夫、館長に当たらぬよう、捌きますから」
開いて日にかざしてみると、以外に上品な色だった。
「ありがとう、でも、少し派手な色ね」
素直に感謝するのが照れくさくて、くだらないことを言ってしまった。
「えへへへ、やっぱりそう思われますか?
どんなのが良いか結構考えたんです、最初はパチュリー館長の【紫】と補色位置にある【黄緑】系が良いかなーとも思ったんです。
でも、緑系は上から見たら周りに溶け込んじゃうから良くないなー、って。
それに、この色なら、私、どんな遠くにいてもパチュリー館長を見つけられます。必ず。
ですから、我慢してくださいね?」
そう言って微笑む。
迷子になんかならないのに、そう思う心と、そこまで気をまわしてくれるのか、との思い。
口をついたのは、
「いいわ、我慢しましょう」
言ってから猛省。なんと可愛げのない。
「パチュリー様、その傘、とてもお似合いですよ」
見送りがてらの美鈴が満面の笑みで言う。
「ふん、どうだか」
(あー、また素直じゃない)
パチュリーは、失言と照れくささ、なんとか誤魔化したくて、傘を両手に持ち、
「お……お、おどろけー……」
呆然とするはたてと美鈴。
(わ、私、なにをやっているの!? テンパリすぎよーー!)
火照った顔を傘で隠し、宙に浮かせておいた背もたれ付きクッションに座って咳払い一つ。
それを合図にしたかのように、動き出す二人。
美鈴はサンドウィッチの入ったバスケットをクッションにのせる。
はたてはクッションに取り付けてあるロープを自分の腰に結び始める。
パチュリーは今更ながらはたての格好に気づく。
細くて形のよい足の上には、いつものように短いスカート、そう、いつもと同じだった。
自分は長袖と長ズボン、いつものおネグリワンピースは外出には向かないから。
いつもと変わらぬはたての服装と本日の飛行姿勢を想像して少し慌てた。
「はたて、あのね、引っ張って飛んでくれるのはいいんだけど、
私、真後ろにいるから、アナタの、その、下着が、その、ね?」
「今日は【見せパン】穿いてますから、ご心配は無用ですよー」
「み、見せ、パン!?」
パチュリーは初めて聞く単語だった。そんなモノ文献には載っていない。
自分でスカートの前をピラッとめくり、黒と紫の市松模様のぴっちりとした派手な下穿きを見せる。
「!!」
そのままクルッと後ろに向いて、後ろ手でまたもスカートをめくる。
「!!!!」
太ももは細いが、お尻はそれなりのボリューム。
そのお尻は、上下の丈が短い割に横の張り出しがあり、女の眼から見てもかなり扇情的。
眼は釘付けで心臓はパカパカいっている。こんなこと初めて。
「ね? 大丈夫でしょう?」
全然大丈夫じゃない。
スーパーストライク・アルティメットボディの十六夜咲夜を見慣れているはずなのに。
咲夜を見ても【均整の取れた肢体ね】程度の感想だったのに。
各種生命体、それぞれの理想的なボディバランスについての知識はある。
はたては全体的に細すぎる。際立って美しいわけではない、なのに心惹かれる、その理由が見つけられない。
最近読んだ女性同士の妖しい恋愛小説の中のフレーズが思い浮かぶ。
【貴方、臀部の形状が美しいわ、なかなかよろしくてよ、ええ】
そして流し読みした三文冒険小説に出てきた下卑た表現。
【ねえちゃん! いいケツしてんな! たまんねえよ! オイ!!】
パチュリーは、なぜ後者の方が今の自分の感情にしっくり来るのか理解できない。
「それでは出発します!!」
うれしはずかし空橇は滑らかに加速していく。
美鈴は、薄紫の日傘が見えなくなるまで手を振っていた。
パチュリーにとってこれほどの速度で飛ぶのは二度目のこと。
初めては、魔理沙の箒の後ろに乗せてもらった時。
夜遅く、神社から紅魔館まで送ってもらったことがあった。
【飛ばすぜ! しっかりつかまっていろよ!】
未知のスピードで宙を切り裂いていく。びょうびょうと唸りを上げる風音が正直怖かった。
眼をつぶり、必死で背中にしがみつく。あっという間に到着した。
箒から下ろされてもしばらく放心してしまった。
圧倒的な速度に畏怖と憧憬を感じた。
今も素晴らしい速度で飛んでいる、なのに風をほとんど感じない。
自分の最高速度の数倍で飛んでいるのに、周りの景色を眺め、はたてと会話をする余裕さえある。
はたては風を【捌く】と言っていた。
鴉天狗の力なのだろうか。日傘が煽られる気配もない。
ただの移動なのに、なんと素敵で気持ちのよいことか。
快適な空の旅、そう表現するほかない。
半刻ほどで目的の【岩】に着いた。
パチュリーは座っていたクッションを畳んでいく。
一回畳むたびに何かつぶやきながら、軽く叩く。そうすると厚みが半分くらいになった。
何度も畳んでは叩く、そのうち、手のひらに乗るくらいの大きさになった。
それをポシェットにしまう。
「すごーい! すごいです! 魔法ってすごい! パチュリー館長! 素敵ですよー!!」
いたく感激しているはたて。
【アナタが贈ってくれた空の旅の方がずっとずっと素敵よ】
本気でそう思っていたし、そう言いたかったのに。
「このくらい、たいしたことではないわ」
(わ、私、バカなのかしら? なんなの? きちんとしゃべりなさいよ!)
気を取り直して調査を開始する。
パチュリーは、件の岩を少し削り、薬液の入った小さなガラス瓶に入れる。
岩の粉はシュワシュワと溶けた。持参の小さな図鑑を睨みつける。
はたてに周囲の風の流れを調べさせる。何度も細かく。
ややあって告げる。
「凝灰角礫岩のようね、火山灰を多く含んでいるから風の浸食を受けやすいのね。
この場所、岩の根元の方にだけ強い風が流れているわ。
ほら、あそこにある大きな岩壁、妙に鋭角でしょ? あれに当たった風が下りてきて地面を舐めるように流れている。
だから根元の方だけ侵食を受けたのだと思うわ」
それまでパチュリーの行動を注意深く見守り、時折メモを取っていたはたて。
今はパチュリーの最終考察を黙って聞いているようだ。
「百年単位で出来るものではないわ。何かの拍子でここらの地形ごと幻想郷にやってきたのでしょうね。
いずれにせよ、偶然撓められた風の道が気まぐれで造った【キノコ岩】ってところかしら?」
しゃべりすぎたと思ったパチュリーは照れくさくなり、最後、少しおどけて見せた。
はたての顔を覗いてみる。
眼に涙をたたえ、唇を噛み、小刻みに震えている。
(えー!? どうして!? 私、なんか変なこと言ったのかしら!? ふざけすぎだったの!?)
慌てるパチュリーに向き直るはたて、真剣な表情。
「パチュリー館長!」
「はひっ!」
「貴方はすごいヒトです! こんな短時間で知識の情報網を集約し、仮説を立てられるんですから!
貴方はもっと外に出るべきです! 貴方の知識は、現場、現物を見ることでもっともっと高まります! 深まります!
真実を見極められます! 外に出ましょう!」
はたての目からこぼれる涙。
「そ、そうなのかしら、もうちょっと外に出たほうがいいのかしら?」
力強く頷く鴉天狗。
しかし、なんなのだろう。他人事にこんなに真剣になって。
「はたて、そろそろお昼にしましょうか?」
誤魔化すように提案、このところ誤魔化してばかりだ。
咲夜に作ってもらったサンドウィッチを二人でつまむ。
はたては【美味しい、美味しい】とご機嫌。
先ほどまでの妙に重苦しい雰囲気が払拭されてやれやれのパチュリー。
「アナタ、いつもはお昼ご飯どうしているの?」
「取材をかねて食事処を利用することが多いですね。
それ以外のときは寅丸さんにお弁当を作ってもらっています」
「寅丸って、命蓮寺の?」
「そうです。ナズーリンデスクのご主人様の寅丸星さんです。
美味しいおにぎりなんですよー、ナズーリンデスクとお揃いなんです」
嬉しそうに言うはたて。
「この間のことなんですが、寅丸さんが私とデスクのお弁当間違っちゃったんです。
中身は同じなんですが、デスクのおにぎりは、私のより一回り小さいんですよ。
なんだか可笑しいやら嬉しいやらで」
「そう、良かったわね」
ぞっとするほど冷たい声。
「あ、あの、パチュリー館長? なにかお気に触りましたか?」
「え? い、いえ、ちょっと考え事していたの。この後どうするのかなって」
自分でも驚いていた、なんて素っ気ない返事だったのか。
そしてまた誤魔化した。
パチュリーをちらっと見たはたては無理矢理笑顔を作る。
「えーとですねー。この後は姫海棠はたてのオススメスポット巡りでーす!」
はたてに連れられ、空からでないと見つけにくい不思議ポイントを巡る。
断崖絶壁に彫られた解読不能の文字列。
丘の草並が風に煽られるたびに描く意味ありげな紋様。
妖怪の山の大滝の飛沫と日光が作り上げる虹、それが完全な円形で見えるポイント。
好奇心を揺さぶられ、都度自分なりの考察を述べまくり、すっかり絶好調になったパチュリー。
楽しい時間はあっという間。日がかたむき始めていた。
帰宅の途につく二人。
ようやく興奮が治まってきたパチュリーにはたてが話しかける。
「あそこに大きな気流の乱れがあります」
進行方向を指差すはたて、パチュリーには分からないが、鴉天狗が言うのだから間違いないのだろう。
「迂回していてはかなりの遠回りになってしましますので、突っ切りたいと思います。
パチュリー館長、クッションと傘を畳んでください」
言われたとおり、空中でクッションを畳み、もらった日傘も魔法のポシェットにしまう。
「失礼しまーす」
パチュリーの胴に手を回し抱きかかえる。
「!!」
「少しの間、ご辛抱を。しっかりつかまっていてくださいね。 行きますよー!」
そう言うや否や急発進、今まで以上のスピードで進んでいく。
風をまともに受け始め、眼も開けられず、はたてに力いっぱいしがみつく。
ぐおっ! ごわっ! 怒号とともに揺さぶられる。
魔理沙の背にしがみついた時のことを思い出す。
怖い、でも今回は不安じゃない。
怖い、でも今回は絶対大丈夫。
だって、はたてだから。
「はーい、なんとか抜けられました。 紅魔館が見えてまいりましたよー」
そう言って抱擁を解くはたてだが、パチュリーはしがみついたまま。
「パチュリー館長? 大丈夫ですか?」
(あっ、えっ、もうお終い? そ、そうよね、お終いよね、うん)
ようやくはたてを解放する。
「パチュリー館長! 本日はお疲れ様でしたー! それでは失礼いたしまーす!」
パチュリーを美鈴に委ね、飛び立つはたて。
綺麗な曲線を描きながら紅魔館上空を一周し、素晴らしい速度で山へ飛んでいった。
感嘆するパチュリー。 あれが彼女本来の【飛翔】なのだ。
あの美優の翼が今日一日、自分だけの羽になってくれたのだ。
「パチュリー様、今日はいかがでしたか?」
「……楽しかったわ……ええ、本当に楽しかった……」
パチュリーは最近の自分の感情を整理してみることにした。
●はたてはとても優しい。
・一緒にいると楽しい、時に刺激され、時に癒される。
・七曜のクッキー、あんなに喜んでくれた。
・あれほど楽しい外出は初めてだった、はたてが私のために色々と準備をしてくれたからだ。
・【もっと外に出るべきだ】単に健康云々を言う他の連中とは違い、私の知識のためだと言ってくれた。
初めて言われた理由だ。
●自分ははたてが気に入っている。
・だが、恋人になりたいとは思わない。
・女性同士の恋愛は理解できるが、自分には無縁だと思う。
・と言って男性と結ばれ、家庭を持つことには興味は無い。
・はたての体に興味があるわけではない、スタイルはまあまあ。お尻はいい形だが、全体的に細い。
特出した魅力があるとは思えない、なのにお尻が気になった、あれは未だに解明できない。
・抱きしめられていた間、不思議な高揚感と安心感があった。もっとああしていても構わなかった。
だが、あれは【つり橋効果】の一種と説明できる。……多分。
・キスしたり、その先に進んだりとかは考えてはいない。
・ただ、どうしても誰かとそういう関係にならなければ死んでしまう病や呪いにかかったとしたら。
そのときははたてを選ぶ、はたてがいい。
今は自分のことだから、はたての意思はとりあえず置いておく。
でも、そのとき、はたても自分を選んでくれたらきっと嬉しい。
……くだらない仮定だ、取り止めがなさ過ぎる。この先はナシ。
●ナズーリンデスクの話を楽しそうにするはたてを見ると気持ちがざわつく。
・これは明快な嫉妬、認めよう。間違いない。
・はたてはナズーリンを【師匠】と慕っている。大事な関係なのだろう。
・自分の前ではナズーリンの話はやめて欲しいと伝えれば、やさしいはたては理解してくれるはず。
・自分にとってレミィは大事な友人、魔理沙も気になる知人、でも、もしはたてが嫌がるなら話題にしない。
だから、はたても理解してくれる、きっと。
結論:次回、ナズーリンの話はやめてと伝える。
そして、お茶会に外出、知識を広げ、友誼を深め合う。
暫定的には【大事な友達】、いずれは【特別な友達】になるかも知れない。
このセンでいくことにしよう。
お出かけの一週間後、はたてが【七曜のクッキー】三回目の組み合わせでの【物語】を話し終えたところだった。
今回は、数奇な運命に翻弄され、非業の最期を遂げた英雄の物語だった。
少し芝居がかって語るはたてを穏やかに見守っていたパチュリー。
「アナタは緻密なルポルタージュが得意のようだけど、案外フィクションライターにも向いているかも知れないわね」
「そうですかー? 実はデスクからも、連載小説を載せてみてはどうか、って言われたんですよー」
来た。
「もう、その【デスク】の話は聞きたくないわ。今後私の前ではしないで頂戴」
予定通り。
だが、自分でも驚くほど冷淡な声だった。
ビックリしているはたて。
しばらくパチュリーを見つめていたが、やがて俯き加減で考え込んでしまった。
返答が【了承】であるのは間違いない。 パチュリーはゆっくりと返事を待つ。
「分かりました。申し訳ありませんでした。今日を最後にここにはお邪魔しないとお約束します」
はたての返答の意味が分からない。
【分かりました。もうしません】でしょ?
分かってくれたんでしょ? ここには来ないって、なんなの? 意味が分からない!
愕然とするパチュリー。
「でも、最後にお聞きください。
ナズーリンデスクは記者としての私、私の命の灯を救ってくれました。
今も厳しく優しく導いてくれる大切な師匠です。
この世で唯一、私を真剣に気にかけてくれるヒトです。
私、デスクの話は他のヒトにはほとんどしません。
大切なデスクのことです。きちんと理解してくれるヒト以外には話したくないんです。
パチュリー館長は私の話を何でも聞いてくださるので、甘えすぎてしまいました。
ご不快な思いをされていたとは知らず、申し訳ありませんでした。
でも、パチュリー館長には私を理解して欲しかったんです。
今の私はナズーリンデスク抜きにはありえないからです。
だからきっとまた、館長にデスクの話をしてしまうと思います。
そのたびにご不快な思いをさせるのは嫌です。
もう来ません。
私、ここに来るの楽しみだったんです。楽しかったんです。
ごめんなさい。そして今まで本当にありがとうございました」
静かに席を立ち、お辞儀をする。
扉へ向かっていく。
(待って、待ってよ。 止めなくっちゃ。 なんで声が出ないの?)
扉は閉ざされた。
少女は広い密室に一人残された。
最初に異変に気づいたのは美鈴だった。
もう三週間はたてが来ていない。
パチュリーとも顔を合わせていない。
用事がなければ門番である自分が図書館に赴くことはないので、事情も分からない。
だが、変だ、とても気になる。
「咲夜さん、最近のパチュリー様ってどんな感じです?」
「部屋干ししておいたのを忘れて何日も経ってしまった洗濯物みたいな感じかしら?」
「あのー、もう少し分かりやすくお願いしますよ」
「乾きすぎて干しグセがついて残念な感じ。つまり大体いつもと同じだけれど、少し元気がないということ」
「その表現、ヒドくないですか?」
「アナタの階級にあわせたのだけれど?」
もういいです、と言って美鈴は自分の中の気がかりを咲夜に話し始める。
週に一回は来ていた姫海棠はたてが三週間来ていない。
発端はこれだけのことだが、なぜか気になる。
咲夜が言うように洗濯物の元気がないとしたら、二人の間になにかあったのかも知れない。
パチュリーははたてと会うことを楽しみにしているように見えたことも伝えてみた。
そこまで聞いたメイド長は、先週テーブルでうたた寝していたパチュリーの寝言の正体を突き止めた。
「なるほど、そういうことだったのね。あれは【南京玉簾】ではなかったのね、合点がいったわ」
うむうむと頷いている咲夜に謎解きをせがむ美鈴。
「パチュリー様が寝言で何度もつぶやいていたのは【はたて】だったのよ。
悲しそうに、苦しそうに。
高野豆腐のように感情の起伏が少ないあの方が夢にまで追い求めるその【はたて】が来なくなった。
アナタが危惧するように、なにかあったと見るべきね」
やはりパチュリー様にもなにかあったのか。
しかし、これほど分かりやすいヒントがあったのに、咲夜さんはなんで気づかなかったのかな?
それに【南京玉簾】ってどういうこと?
美鈴は思うところを聞いてみる。
「それは寝言が【あ……さて…… あ……さて……】と聞こえたからね。
パチュリー様と南京玉簾、あまりにかけ離れた関係だけれど、その時はまったく気にならなかったの。
なるほど【は……たて…… は……たて……】と呼びかけていたのね、なんて切ないことかしら」
えーと、このヒト、頼りになるし、美人だし、優しいし、気も利くし、頭もいいんだけどなぁ。
美鈴はこの、ほとんど完璧、でもほんの、そう、ほんのちょっぴり残念な紅魔館の至宝を眺めやった。
「美鈴、私は姫海棠はたてと関係の深い正義の味方を知っているのよ。
だから、後は任せておきなさい」
きりっとした表情で告げる。
その日、里へ買出しに行った十六夜咲夜は帰りに命蓮寺を訪れた。
入り口にいた雲居一輪に身分を告げ、ナズーリンへの面会を求める。
敵意はまったく感じないものの、規格外れのビューティーオーラを全身に浴びた一輪は【あたふた】といった体で寺に駆け込んだ。
「紅魔館のメイド長が来たぞ! 皆のものであえ! であえーい!!」
一輪の呼びかけにわらわらと集まってきた命蓮寺’sが入り口の見える扉のかげに密集する。
なんだいあれは、すごい美人じゃないか!
なにアレ、ただの美人じゃないよ、超々美人ね!
人間じゃないね、うん、絶対違う。あんな綺麗な人間いないもの。
ゲロマブですね!
なにそれ、いつの言葉?
絶好調時の寅丸でも勝てなさそう。
いや、寒色系と暖色系、単純に比較はできないね。
アタシ知ってるよ! クールビューティーって言うんだよ!
あ、髪、かけあげた! かっこえーー!
驚かしてみていい?
やっほーーーー!
買い物籠片手の所帯じみた格好なのに、なんであんなに絵になるのか。
その佇まいは【美の女神がお忍びでご来駕なされました】と言われれば【恐悦に存じます】と誰も疑うまい。
ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる命蓮寺’sの後ろからハリのあるアルトが響く。
「皆さん、お静かに。あのヒトは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜さんです。
ご覧のとおり、大変に美しい方ですが、それだけではありません。
とても有能で、かつ、単独で異変解決に向かえるほど強い練達の戦士です。
そして幻想郷でただ一人の黒い星五つの方です。 くぅぅぅ……」
「寅丸? なんでそんなに悔しそうなの? 星五つってなに?」
「そこは忘れてください」
「ご主人、落ち着きたまえ。 ねえ、一輪、咲夜どののご用件はなんだったんだ?」
遅れてやってきたナズーリン。
「あ、いけない、アンタに用事があるんだったっけ」
「やれやれ、しっかりしてくれよ。美人の一人二人で取り乱していては命蓮寺が軽く見られるよ?」
もっともらしいことを言われ、ちょい反省ムードの命蓮寺’s
「ナズーリンはなにも感じないの?」
ムラサ船長の質問にナズーリンは軽く前髪をかきあげながら気障っぽく言う。
「確かに素晴らしい美人さ。間違いない。しかし、私の心は揺さぶられない。
だって、私の心は寅丸星への想いではち切れそうなんだからね」
「……ナズーリン……」
ぽーっとなっている寅丸。
「はいはい、わかった、またスケベ絡みで寅丸を怒らせたんだね?」
ぬえがニヤニヤしながら言う。
このネズミ妖怪があからさまなお世辞や惚気をいうときは、決まって直前に寅丸を怒らせていることに気づいている。
「な、なにを言うんだ! ぬえ! そんなことない! あれは単なる誤解なんだ! 私には下着蒐集の趣味はない! 絶対だ!」
「ほら、やっぱり」
再び喧騒に包まれそうになった場を寅丸が収める。
「ナズーリン、咲夜さんがお待ちですよ。早くお行きなさい」
「ご、ご主人? なんかちょっと怖いよ? さっきのことは後でキチンと説明するから!」
「咲夜どの、久しいね。元気かい?」
ナズーリンが話しかけると咲夜はほんの少し首を傾げ、にぱっと笑った。
『うえええええええーーーーー!!?? かっ! かわいいいいいいいーーーー!!!』
それまで怜悧な雰囲気を醸し出していた超絶美人が、突然、あどけない少女のように明るく笑った。
このギャップコンボはなんだ、ガード不可にして、いきなりファイナルベント。
世界の九割九分九厘が【とにかく許すっ!!!!】と言うこと間違いなし。
これに反応しないのは土中の石ころくらいだろう。
命蓮寺’sはもちろん、参道の石仏や、木々さえも眼を剥いている(ウソ)。
「こんにちはナズーリンさん、お忙しいところ恐縮です。相談なんです、実は……」
パチュリーのこと、はたてのこと、覚えている限りのことを説明する。
主の友人の手助けをしたい。個人的にも世話になっているし、放っておけないヒトなのだと。
ざっと状況を聞いたナズーリンがいくつか質問する。
ナズーリンは既に攻略ルートを見切っていた。
咲夜に簡単な策を与える。あとは自分のやるべきことをやるだけだ。
今回の件で咲夜がナズーリンに申し出た報酬は自分の小遣いの約三か月分。
咲夜の個人的な依頼なのでこれが限界だとすまなそうに言う。
【家族】のためにひっそりと腐心する心優しい娘。
外見の美しさや各種の技能、能力ばかりが評価されるが、十六夜咲夜の美しさ、気高さの真髄はここにある。
ナズーリンは以前に戯れで評価した【いい女指標】:黒い星五つを彼女に与えたことが誤りでなかったことを実感していた。
ナズーリンにしてみればはたて絡みのことでもあるし、咲夜の心意気も受け取ったので無報酬のつもりだった。
しかし、咲夜から欲しかったモノがあったのでそれを交換条件として示した。
話はついた。
だが、以前、紅魔館で捜し物の依頼を受けた際の報酬を巡り、咲夜の思い込みでどっさり冷や汗をかいたことがあった。
一抹の不安を感じたナズーリンは念のためスーパーメイドに聞く。
「咲夜どの、今回の報酬の件、ご理解いただけたとは思うが、確認して欲しい」
「私の下着を差し上げればよろしいのですね?」
「……確認しておいて良かった……違う、違う、違うよ!
咲夜どのの下着【の入手経路】を【教えて】いただきたい、と言ったのだ!
【咲夜どのの下着をいただきたい】ではない! 肝心なところが抜けているよ!」
「ですが、レミリアお嬢様に許可をいただきませんと、差し上げられません」
「ちょっと待って、それは【教えて差し上げられない】でいいんだよね?
ご主人への贈り物にしたいんだよ。里では手には入らないからね。
特別なルートを持っているはずだ、それを知りたいだけだ。
あのね、私が咲夜どのの下着を欲しがっているって伝わったら、大変なことになってしまうんだ。
ねえ、ここ間違うとホ・ン・ト大変なことになるんだ。いやホント頼むよ!?」
情けない顔で縋るように訴える。
「洗わなくてよろしいのですか?」
「だっ! かっ! らーー! 違うんだよー! 私をからかっているんじゃないのかい!?」
「世の中にはそういった類の嗜好が存在すると聞き及びます」
「脱ぎたて下着はご主人のモノ以外、全く興味がないんだよ!」
「よく覚えておきます」
「あ、覚えてくれなくて結構だ、いや、ホントに結構だ!
念のためだが、この話はご主人の前ではしないで欲しい。
サプライズプレゼントとしての側面だけでなく、なんだかとてつもなく面倒な伝わり方をしそうだ。
とにかく【下着】に関わる話は一切しないと約束して欲しい!」
ナズーリンをじっと見つめる咲夜。
「わかりました。【寅丸さんには下着に関する話は一切しない】これでよろしいのですね?」
「……うん……そういうことなんだけれど、不安だなぁ……何か見落としているような気がする……
なぜなんだろう? なぜこんなに不安なんだろう?……」
後日、この不安は、当然のように的中する。
飛び去る咲夜をしばらく見送っていたナズーリン。
「ちぃっ、見えなかったか……残念だ」
「なにが見えなかったんですか?」
「外出時の咲夜どのはファッショナブルでデンジャラスな下着を召されると聞いてね……って!
ご、ご主人!?」
連絡用の狼煙ではたてを呼びつけたナズーリン。
「はたて君、また、調べ物を頼みたいんだ。図書館に行ってきてくれ。 いいかい?」
返事をせず、下を向いてしまったはたて。
理由が分かっているナズーリン、少し心は痛んだが、本人から切り出させるために振ったネタだ。
「デスク、申し訳ありません、私、もう、図書館にいけないんです」
「なにかあったのかな?」
「パチュリー館長のご不興を買ってしまいました」
「聞かせてもらっていいかな?」
ナズーリンは決裂の直接原因が自分とは正直驚いた。
こんな自分が悋気の対象とは。
それにしても真っ直ぐな娘だ。いや、二人ともか。
「ふーむ。資料の拠り所が無くなって残念だね」
「パチュリー館長に、もう、会えないかと思うと、その方がずっと残念です」
「それはなぜかな?」
「とても優しくしてくださいました。
私、あの場所、いえ、館長と一緒にいると落ち着くんです。
それに素敵な七種類の美味しいクッキーを振舞ってくれました。
一緒にお出かけしました。
いろいろなことをたくさん教えていただきました。
あの方は机上の仮説を検証する方法をご存知です、だから、もっと外に出て欲しいです。
私、あの方に気に入られていると、勘違いしてました。
でも、あんなにデスクの話をしたのはパチュリー館長だけなんです。
私を分かって欲しいって、営業モードを止めちゃったんです。
きっと、全部受け止めて、理解してくれるんじゃないかって、甘えていました」
パチュリーがはたてに特別な感情を抱いているのは間違いない。
はたてもパチュリーを【特別なヒト】と見始めている。
でもそれは、自分が寅丸星に抱く様な感情、あるいは星熊勇儀とパルスィ、慧音と妹紅等の関係とは異なる。
「先刻、十六夜咲夜どのと話をしたんだ。
そのときの情報を与えよう。
そしてその先はいつものように自分で検証し、判断したまえ」
きょとんとしているはたてだったが、最後の【自分で検証、判断】のところで取材モードに入った。
「【七曜のクッキー】作った本人以外ではキミしか口にしていないらしい」
「え? パチュリー館長も一緒に食べてましたよ?」
「だから作った本人以外と言ったろう?」
「……パチュリー館長が作っていたんですか……」
「咲夜どのに教えを請うて作ったんだそうだ。はたて君のためだけにな」
七曜のクッキーが初めて供されたとき、一つ一つをやけに丁寧に説明してくれていたことを今思い出す。
「最近、薄紫色の日傘を入手されたそうだ。
魔法にそれほど詳しくない咲夜どのから見ても過剰なほどの保護魔法がかけられているそうだ。
破損、劣化、紛失を許さない強靭な複合魔法らしい。たかが日傘一本に」
【少し派手な色ね】と言っていたのに。
「サンドウィッチは時間がなかったんだそうだ。
前日から取り組んでいた製作物に時間をとられたらしく、外出当日の朝までかかってしまったらしい。
【私一人じゃもう間に合わない!】とても悔しそうな顔で咲夜どのに頼んだそうだ」
ここまで聞かされて七曜の魔女の気持ちが分からないはたてではない。
「私、どうしたらいいんでしょう? これまでそんな風に想われたことないから。
パチュリー館長は好きですけど、こ、恋人とか、思えません!
デスク! 私、どうしたらいいんでしょう!?」
「まぁ、すぐに付き合うとか、結婚するとかの話ではないだろう? 慌てて結論を出すことではないさ。
我々には結構時間があるからね。 ちなみに私は千年以上待ったんだぞ?
それより、今、キミはどうしたいんだ?」
「パチュリー館長に、パチュリーさんに会いたいです!!」
「ならば行け!! 今すぐに!! 速度記録を塗り替えろ!! さあ!!」
ナズーリンが指差す彼方へ向かって美優の翼が飛び立った。
紅魔館のテラスでは咲夜に焚きつけられたパチュリーが、日が翳っているにも拘らず、日傘をさして佇んでいた。
一人には慣れている。
一人が当たり前だから。
他人と関わることは煩わしい。
なにもかも元に戻るだけ。
【七曜のクッキー】どうしようかな。
結構作ってしまった。
保存魔法をかけたガラス瓶に入れてあるからしばらくは大丈夫だけど。
はたて以外に食べさせるという選択肢はない、まったくないの。
狭い幻想郷だからどこか出会うかもしれない。
挨拶くらいできるかな。してくれるかな。
……私、悪くないもの……多分……悪かったのかな……
きちんと話をしたいな。
紅魔館近くで減速。
美鈴を視認。
「おっじゃましまーーす!!」
両手をぶんぶん振って迎えてくれている、そして次は盛んに一方向を指差している。
テラスに薄紫の日傘を発見した。
すぐに見つけられた、やっぱりいい色よね。
ふひゅーっと一陣の風。
「パチュリー館長! やっぱり私、ナズーリンデスクの話、聞いてもらいたいんです!
これからも姫海棠はたての全部を聞いてください! お願いします!!」
パチュリーは突然かなえられた願いに少しだけ動転していた。
だが【これからも】の部分に全神経が反応した。
【やる気スイッチ】がONになり、【言いたいことを言うツマミ】がMAXに回された。
「そこのところは善処しましょう。でも私も言いたいことを言わせてもらうわ」
「はい!」
「【外に出るべき】って、私、アナタの【羽】以外で遠出するのは嫌よ」
「はい! 今後もお任せください!」
「【七曜のクッキー】の検証、あと5037通りあるのよ? 途中で止めるのは許さないわ」
「はい! 今後もよろしくお付き合いください!」
「アナタを気にかけているのはこの世で唯一【ナズーリンデスク】って、私の存在も認めるべきね」
「は、はい!」
(あ、あ、違うのに、きちんと謝りたかったのに)
【素直な気持ちを伝えるボタン】は相変わらす接触不良だった。
なんとも不器用で危なっかしい、こんな二人の長い長い付き合いはようやく始まった。
了
アリだな。
とても面白かったです
パチュはたが素晴らしい
こっちもたまんねえよ
はたパチュとはまた珍しい!
話の流れが綺麗な上、要所要所のネタが光る…素晴らしいなあ
小さいものから大きなものまでどんどん張られる伏線が気になって仕方ないです
次作も楽しみにしております!
はたたんまじ天使。
そんなはたたんの見せパンとか、コブラに出てくる女キャラみたいな大胆ファッションされたら俺のサイコガンが暴発してしまう。
はたてとパッチェさんの魅力もさることながら、メインではないにも関わらず眩い輝きを放つ一人の人間の存在!
ここまで言えば誰の事かわざわざ言わなくても大丈夫ですよね!? 言わせんな恥ずかしい///
はたてとパチュリーの組み合わせがあるとは思ってもみませんでした。本当に好きなシリーズです。
はたてが真っ直ぐでテラ可愛いです。
本当にかわいいです。次作も楽しみにまってます!
なーんて
はたても、パチュリーも、ナズーリンも他すべてのキャラクターが、あなたの作品を読む前よりも遥かに好きになりました。
次作も楽しみにしています。
本当に良くわかるw
ナズーリンの報酬の件についてはまた別の機会に明らかになるのかな?
しかしこの咲夜さん、思考回路が残念すぎだろw
の人が増えてる気がする。なんか私まで「だから言ったじゃ~ん」て気がして嬉しいよね。
咲夜ちんがイイキャラしてた! お嬢様
相変わらずのきわどいネタの連発お見事でした。お嬢様は頭抱え込んで発狂していましたよww
あと私の周りでは「見せパン」なんて言ってる子一人もいませんw世の男達が勝手に作り出
したシモネタにしか思えません。何かの陰謀の様なものを感じますw 冥途蝶
いつものデレデレの星さんもいいですけど、今回のツンツンした星さんに新しい可能性を感じ
ました!たぶん気づいたのは私だけです!シモネタに関しては全力でスルーの方向で!!
超門番
こんなはっちゃけぶりで大丈夫か!
大丈夫!紅川先生の新作だよ!
まさかのパチェはた…以前からの伏線が爆発した感じですね~。
はたていい子なんだな…。
この2人の話は始まったばかり!ですね。
続きが待ち遠しいです!
安心の紅川ストーリー
いえいえ予定通りです(ホントか?)ありがとうございます。
奇声様:
いつもありがとうございます。元々は「引きこもりコンビが二人で何とか楽しく」ってj準備しておりました。
5番様:
なんだか私の中ではメインキャラになってしまいました。これからもはたてはがんばります。ありがとうございました。
6番様:
どうも恐縮です。お楽しみいただけて何よりです。ありがとうございました。
9番様:
ありがとうございます。私の中ではたてはセクシーキャラです(ボリウムはやや心もとないですが)
10番様:
ありがとうございます! まとまった時間が取れたので、一気に書いてみました(いやー楽しかった)。
小ネタや小道具、拾って下さる方がいて泣くほど嬉しいです!
これからも意味が有るような無いような伏線を張りまくります。そして回収します(涙)。
11番様:
見せパンと分かっていてもドキッっとしますよね。はたてはこれからも色々絡みます。ありがとうございました。
12番様:
ごっつあんです! 彼女に関しての【自分設定】は、かなりディープに作りこんでいます。
黒い星五つはダテではありません!
14番様:
シリーズとのご認識、恐悦です。カップリングではないですが、絡ませる予定は何組か準備中です。
乞うご期待!(あ、あんまり期待されると困るかも……)ありがとうございました。
15番様:
ありがとうございます。かわいいって、なんだか照れますな……
17番様:
ありがとうございます。咲夜メインのお話はちょっと待ってください。かなり要のネタなんです。(笑)
そのかわり、次回もちょい役ですが、セクシーボンバーが炸裂します。
18番様:
うーん、予定通りなんですが。うーん頑張ります。ありがとうございました。
もちょ様:
あらあら、こちらもお読み下さったんですね。ありがとうございます。
変則の月一ペースですが、また拾ってやってください。
21番様:
これってゾクゾクするほどのお褒めの言葉ですね! ありがとうございます!
22番様:
今回は外伝っぽいのでナズはちょびっとです。でも、ナズあっての私なのでこのくらいはまぁ。ありがとうございました。
名前を忘れた様:
ありがとうございました。そう言えばあまり見たこと無いですよね。
24番様:
察するに、過去作もご覧いただいているんですね。ホントにありとうございます。
25番様:
今回の主役はパチュリーです。伝わってよかった。ありがとうございます。
次回、報酬の件で、予定通り咲夜がやってくれます。
お嬢様様:(←もう、これで通します)
初回作から早々と評価していただいたお嬢様には感謝の度合いを伝える語句が浮かびません。
貴方の励ましがなければ、間違いなく異なった展開になっていたと思います。
いつの日かお礼を、と思いますが、かなわぬ夢もまた良し、として、この場所でできることをさせていただきます。
冥途蝶様:
女子高校生である家人の後ろから「最近のオンナのコはどんなパンツはいているのかな?」
とスカートをめくったところ、紺地に白のピンストライプのスパッツ風。
当人は、振り向きもせず「フッ、残念だったな、これは見せパンだ!」
と言われたので【見せパン】で良いと思ったんです、ハイ。
超門番様:
ツン星か……うん、真剣に考えて見ます。
28番様:
ありがとうございます。少しでも長く続けられるよう精進します。
Admira様:
あ、過去作から随分と丁寧に読んでくださっているんですね。
伏線にもなっていないようなところまで……
なんだか背筋伸びましたよ! ありがとうございます! 次も頑張ります!!
42番様:
来てました(なにが?笑)! ありがとうございます。
44番様:
過去作も読んでくだっさているのですね、貴方が読んでくれるのならやっちゃいますよ! ええ! ありがとうございます!
テンパったパッチュさんの「お……お、おどろけー……」とか可愛いすぎて思わず吼えてしまいました。
一輪さんの「であえ! であえーい!!」とかみんな楽しそうだなww
何よりちょっと残念な咲夜さんが素敵すぎ。ナズーリンをも疲れさせる会話能力とかこの抜けっぷりこそ咲夜さんだ。流石★5つ。本当に完璧だったら逆に★一つ減っているところだ。
クールビューティーからにぱっと笑うとか反則ですよ!ああもう可愛いな畜生!!
咲夜さんのこの笑みは遊園地で【怪傑ナズーリン】を見たときのような邪気のない満面の笑みなんだろうな。ああ可愛い。この素敵咲夜さんでもまた小話が読みたいです!
ところではたたんはお尻が綺麗なようなんですが、アクティブなはたたんは幻想郷でトップクラスに【裏ふともも】から【ひかがみ】【ふくらはぎ】にかけてのラインがキュッと引き締まってて健康的で美しいと思うのです。
ありがとうございます。
ぺ・四潤様:
はたてを持ち上げすぎかもしれません。でもすで準レギュラーになってしまいました。
彼女を語る上で射命丸文との対比は避けられません、その上で必死に並び立とうとする彼女が好きになっちゃいました。
実は過去作で初登場のときからこのカップリングは確定していました。
パチュリーが心を開く相手は同じ境遇(ひきこもり、この表現は好きではありませんが)なのに新しい展開を目指しているはたてかも。
そう思ったらこの話の大筋は一瞬で組み上がりました。
最速でUPできたのも、迷いが全くなかったからです。 こんなこと初めてでした。
咲夜さん、この【おいしいキャラ】をこれまでどれほどの方が表現してきたことでしょう。
バンパイアハンター説、お嬢様スキー、その他たくさんのカップリング、いずれも納得した上で独自設定を乗っけていますww
彼女は今後もナズーリンを際どく追い込みますww (ちなみに私が一緒に暮らしたいのは星か咲夜です←誰も聞いちゃいねえ)
はたての下半身、しかも裏側、やはり上級者(?)は分かっていらっしゃる! 恐れ入りました!!!
健気だけれど人付き合いにはまだ不馴れな二人にきゅんきゅんします。
そしてナズの計算を飛び越える咲夜さんの存在感よ・・・
ありがとうございます。
紅魔館は濃いキャラばかりですから書いていても楽しいです。
あまり無さ気なパチュ×はたですが、頑張りますね。